「ポンペの化学書」というのが出ていた
2012年 05月 14日
そこの最初の先生として来日したのが28歳のオランダ軍軍医ポンペ・ファン・メーデルフォールト。
なぜかこの人が好きで、長崎案内を頼まれたときは、できるだけこの人の業績が残る場所を入れようとしてみたり…観光を楽しみたい人には迷惑ですよね、医学教育の歴史なんか。
少し前、TVドラマで「JIN-仁」というのがあったとき、直感的に、ポンペも似てるねと感じたのね。
南方先生の孤独感や不安感がひしひしと伝わるたびに、ポンペも同じように感じただろうなあと、二人をダブらせてドラマを見ていたような気がします。
あ、ポンペが長崎に来たのは安政4年11月で、南方先生がタイムスリップする4年くらい前です。
ポンペに関する本は、たくさん読みましたし、長崎大学医学部に残る関連の器具や書物なども見せてもらったりもして、一時期、ポンペにかなり迫ったのです。
最近ポンペをもう一度おさらいする必要があって、本を探していたら、ポンペが授業で教えた化学の講義録の翻訳本が出ていることを知りました。
ポンペは医学だけでなく、化学や物理学なども総合的に講義していたことはよく知られていますが、講義録の翻訳本があることは知りませんでした。
「ポンペの化学書」というタイトルで、彼の講義録「朋百舎密書」というものの翻訳のようです。
「朋百舎密書」は2000年に発見されたもので、日本の化学史上かなり貴重なものらしいのです。
読みたいですよ~~。
アマゾンにあるくらいだから読みたければ買えば~と言われそうですが、それがね、中古品しかなくて、それも29,800円からなんです。
もちろん長崎の図書館の蔵書にないかネット検索してみましたが、ないようです。
うーん、今29,800円の本は買えないわ~~。
いつかこの本と出合うことがありますようにと祈りながら、とりあえずはちょっと頭を冷やすことにしました。
しかし、知らなければこんなに悩むこともないものを、存在を知ってしまうと好奇心がざわついて平常心ではいられないって、やっかいなものです。
好奇心って、齢を取っても弱まらないものなんですね。
つくづく、厄介だなあと思いつつ、そんなわくわくモノを知ったことに感謝したりもして…。
さあ、お休みだし、掃除です。
# by windowhead | 2012-05-14 12:06 | 長崎と幕末維新 | Trackback | Comments(3)





ずっとずっと気になりながら通り過ぎていた本。
「ジョーカーゲーム」にひかれて柳 広司作品を読もうと手に入れたのが

