「エリックを探して」とサポーターのちから

ケン・ローチ監督の新作「エリックを探して」が今長崎でも上映されている。

なさけなくって、おかしくって、温かくて、頼もしくって、人生は捨てたもんじゃないと思わせる、そんな映画。
で、最後の最後に、シニカルな言葉を植え込んだところはやっぱりケン・ローチ。

パニック症候群に悩まされているマンチェスターの郵便配達員エリック。
仕事はうまくいかず、家に帰れば出て行った妻が残した連れ子たちが言うことを聞かない。家の中はごちゃごちゃで、息子達の友達が我が物顔で占拠している。
エリックが心休まるところは、彼の部屋のみ。部屋の壁には、マンチェスターU時代のエリック・カントナのあの襟を立てたユニフォーム姿のポスターが。エリックは、ポスターの偉大なエリック・カントナに悩みを語りかける。
すると、どこからともなく偉大なエリック(カントナ)が現れて、彼に、人生の指南をしてくれる。

行き違いになったままの最初の妻を心から愛しているエリックは、彼の青春の輝きだった妻の話をする。
カントナは、会って気持ちを伝えるべきだと言う。
行動することを決心したエリックに、カントナは、コーチとして付き添い、勇気を導く言葉を伝える。
最愛の人とのわだかまりが解けた頃、さらなる試練がエリックを襲う。
のっぴきならない状態のエリックに、カントナは言う「チームを信じろ。見方を変えろ」と。
何台ものバスに乗ってあるところに向かう郵便配達の仲間達。彼らが歌うカントナの応援歌。
赤いユニフォームの集団の痛快なプレーが、エリックの窮地を救う。

英国(スコットランド、アイルランドも含めて)映画の楽しさのひとつに、生活の中から垣間見えるフットボールがある。
会話の中に、登場人物の部屋に、当たり前のように自然にフットボールが登場する。
「エリックを探して」は、まるまるマンチェスターユナイテッドのサポーター映画と言えるほど、マンUだらけ。
映画の中に挟みこまれた、数々のカントナのゴールシーンもこの映画にさらなるパワーを加えたように効果的。その理由のひとつは、サッカーファンが見ても違和感を感じさせないサッカーシーンの字幕にあると思う。字幕監修に中西哲生氏の名前があった。
日本の配給会社の配慮に「グッジョブ!」

カントナファンのエリックは、子供のような質問をする「あなたにとって、最高のプレーはどれ?」と。
矢継ぎ早に、カントナの伝説的なゴールシーンをまくし立てるエリック。画面にはつぎつぎと、その素晴らしいゴールシーンが映し出される。
いつ、どこで、どのチームとの試合の、どんな流れからのゴールだったか。そこまで覚えているのかと思う人もいるだろうが、ファンというものは、そんなものだ。自分に引き比べても、好きな選手の最高のプレーは、映像で記憶しているし細部まで語ることができるもの。

ところが、カントナが選んだ最高のプレーは、そんなゴールシーンではない。「トットナム・ホットスパー戦で、デニス・アーウィンに出した「パス」だ」と言う。
「おれ様選手」だと思っていたカントナが、思い出に残る最高のプレーに仲間への「パス」を選んだのは以外だった。
そして、その後に語るスター選手ならではのストレスや恐怖感や孤独感と、それとの向き合い方。
「トランペットがあったから乗り越えられた」と言って、無邪気にトランペットを吹くカントナ。へたくそなトランペットだけど、大きな試練を乗り越えた自信に溢れていた。

この映画で、もうひとつ素敵なシーンがあった。
マンUの試合を見るためにパブに集まったエリックと仲間達。全員マンUが大好きだが、些細なことで意見が食い違った一人が、居たたまれずパブを飛び出した。本当は一緒に見たいのに。本当は飛び出した彼を引き止めたいのに、意地の張り合い。
そんなとき、仲間の一人が、とっさに「ゴール!」と叫ぶと、皆ゴール、ゴールと叫ぶ。飛び出した彼は、思わず、「誰のゴールだ!」とパブの中に飛び込んでくる。もちろん、ゴールは口からでまかせ。でも、それだけで何もなかったかのように、一緒にパブのTVでマンUに声援を送るエリックの仲間達。
こんな仲直りの仕方を持っている彼らを見ていると、フットボールは日常の一部なんだと実感し、うらやましく思った。
そんなサポーターたちが、最後にまるで子供のようにハチャメチャで痛快な活躍でエリックの窮地を救う。

フットボールを通して、無邪気な愛すべき男達が集まると、なにかを変えるんだ。

そんな気持ちにさせてくれたのは、「エリックを探して」だけではなかった。

今回の東日本大震災に、いち早く動いたグループがあった。(この後書くことは、私がいつもチェックしているサイトからの情報なので、若干の違いがあるかもしれない)
NPO法人「ハマトラ」というグループだ。Jリーグ「横浜Fマリノス」サポーターを中心にした集団のようだ。
マリノスファンのサイトで支援のアイデアを出し合おうという声明に出会ったのは災害の2日後の13日。
17日には、物資支援の詳細と協力呼びかけが掲載された。
詳細を読んで驚いた。日本中が混乱している数日の間に、救援物資の種類、集め方、集めた物資の届け先、そこまでの搬入手段などを決め、受け入れ先の承認まで取り付けていた。物流の支障にならないように、遠方のサポーターの好意をあえて断る決断もしていた。なんとかしなければという気持ちの瞬発力と細やかな気配りが感じられて、いつか参加させてもらおうという気持ちになったくらい。
3月20日の物資支援当日の様子は参加された武藤文雄氏のレポートと参加者のツイッターでのつぶやきからのぞかせてもらった。 http://hsyf610muto.seesaa.net/article/191623636.html

キャスターにダンボールをくくりつけた大集団が電車や地下鉄を乗り継いで、支援物資を運ぶという、奇想天外な運搬手段も、被災地に不足しているガソリンを使わないための苦肉の策だったのだろうが、天晴れと声援を送りたくなるくらい、なにかをしなければという私たちの気持ちにフィットした。
Jリーグサポーターたちの動きは、それぞれの動きから、徐々に協力し合う動きになり、次の週には、近隣チームのサポーターたちが東京に集めた支援物資を大宮のサポーターバスが仙台まで運ぶという、ダイナミックな動きに発展していった。
「ハマトラ」の支援活動は、被災地での作業ボランティアなど、さまざまな支援を模索しながら継続されている。

今回のことで実感したのは、Jリーグサポーターたちは、冷静な組織と行動力とネットワークを持った頼れる集団だということ。
そのような集団になれるのは、身近に愛するチームがあり、スタジアムで顔見知りになり、井戸端会議のように昨日の試合を語り合う、そんな日常が根付いているからだろう。

やっぱり、日本のサッカーの中心は、日本代表ではなく、Jリーグであるべき。

「エリックを探して」やサポーター集団の行動力を見て、Jリーグチームの大切さを強く感じた。
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Commented by pupu at 2011-04-14 23:14 x
中西さんお名前に気付いたお方も「ぐっじょぶ」!!
Commented by あいちゃんママ at 2011-04-15 09:10 x
この映画見たかったのですが、近くの映画館にかからなかったので見逃してしまいました…残念です。
同監督の“明日へのチケット”、ラストシーンの感動的だった事。。。
あの頃、俊輔がセルティックに居たから、思い入れたっぷりで見ました。

良くストラカンが俊輔のプレイにカントナを引き合いに出していました。(ストラカンとカントナは、プレミア・リーズで同時期プレーし活躍しました)

”セルティックのゴードン・ストラカン監督は、マザウェル戦で見事なFKを決めた中村俊輔について、
「ナカのフリーキックはファンタスティックだ。彼があれを決められたのは、
風の日も雨の日も、とにかくスコットランドのあらゆる気候のなかで練習を重ねているからなんだ」
と絶賛。そして、
「彼を見ているとエリック・カントナを思い出すよ。
カントナはいつも練習が終わってから20分間、胸トラップからボレーシュートの練習をしていた。
ナカも同じだよ。何点決めてほしいとは言わない。
とにかくこのまま今やってることを続けてほしい」
と、一層の活躍に期待した。”

サポーターの支援活動のフットワークの軽さと創造性、知って驚きです。
Commented by windowhead at 2011-04-18 11:53
PUPUさん、あいちゃんママさん、いつもコメントありがとうございます。
中西哲生さんは、これまでのスポーツ選手OBにはなかった視点とインテリゼンスで、サッカー界に貢献できる人、している人だなあと、いつも感心しています。サッカーの裾野を広げるには、彼のような活動は大事ですね。
この映画も彼のサッカーに関する部分のサポートがなかったら、サッカーファンには興ざめな部分が多かったとおもうのです。

そうですね、時代を考えると、ゴードン・ストラカンは、カントナのいるマンUと対戦しているんですね。
ストラカンと、セルティックによって、本物のサポーターと本物のクラブチームを教えてもらったような私ですので、やっぱりセルティックとストラカンはいつまでもリスペクトです。

今回の「ハマトラ」の活動をみて、やはり歴史のあるサポーターたちは違うなあという実感です。
今回の大震災に関しては、サッカー協会よりJリーグのほうが早く動き、Jリーグより各チームの動き出しは早く、さらにチームよりサポーターたちが真っ先に動き出した。これがすごいなあと。
by windowhead | 2011-04-14 02:02 | 至福の観・聞・読 | Comments(3)