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アリスの遊び心が記された、私の「9マイルは遠すぎる」

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「9マイルは遠すぎる」 ハリー・ケメルマン著 早川書房

朝日新聞に掲載された有栖川有栖氏のコラムを、楽しく読んだ。私は、有栖川作品が好きで、かなり読んでいる。特に初期の作品、それも学生アリスシリーズが好きだ。
10年ほど前、有栖川有栖氏を囲んでミステリを語る会に出たことがある。そのとき、有栖川氏が「手のひらに血のりがべったり付くような殺しは好きでないなあ」と言った言葉が印象的だった。

ミステリー好きが会うと必ず、一番好きな作品や作家は?という話になる。
一番好きをあげるのはなかなか難しい。でも、自分の中でカルチャーショックになった作品と言うのは確かにある。
私にとってのそれはハリー・ケメルマンの「9マイルは遠すぎる」だ。
大掛かりな謎解き、ドラマティックなストーリーが好きな当時のミステリむすめは、この1冊で、クールなミステリとは何かを知った。ロジックをたどった先に思いもよらない結末が待っているおもしろさを知った。これこそ、大人のミステリーと感激した。もうずいぶん昔の話である。

「9マイルは遠すぎる」は、ほんの20分もあれば読んでしまう短編だが、論理的ミステリーが好きな人の間では超有名な作品だ。
あらすじは、「10ないし12語からなる1つの文章から思いも掛けなかった推論を引きだしてみせよう」という英文学名誉教授のニッキイ・ウエルトの挑戦に、『私』の口を付いて出たのは「9マイルの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ」という文章。言葉遊びのはずが、次々と仮説を立てていくうちに、最後はとんでもないものにたどり着いてしまうというもので、純粋に論理を楽しむことができる。
日本でいえば都築道夫や西澤保彦の作品のおもしろさだ。彼らもきっと「9マイルは…」を意識していただろうと思う。

実は、私が持っている「9マイルは遠すぎる」には、うれしい思い出がある。
先に書いた有栖川氏を囲む会で、当時なにかの本に、有栖川氏と二階堂黎人氏だったかが「9マイルは遠すぎる」は本格ミステリーといえるかどうかの論争をした話が伝わってきていた。有栖川さんは、勿論、本格という側だった。
そこで、サイン会のとき、ちょっといたずらなお願いをしてみた。有栖川さんの新刊本にサインをもらったあと、自宅からもってきていた手垢の付いた「9マイル…」を出して、「アリスさん、これ本格ですよね。反則技だと思うんですが、よかったら、アリスさんが本格だという印をつけてくださいな。」といたずらなお願いをしてみた。すると、アリスさんは、「本格ですよねぇ」と言いながら、本の扉のタイトル「9マイルは遠すぎる」の文字の下に「本格です!有栖川」と書いてくれ、タイトルに向けて矢印まで付けてくれた。
私にとってミステリーのエポックメーキングな「9マイルは…」は、この有栖川有栖さんの、遊び心の痕跡が付いて、さらに、特別なものになった。

この日から、「あなたにとって一番のミステリーはなに?」の答えはハリー・ケメルマンの『9マイルは遠すぎる』。今でもそう答えているなあ。
by windowhead | 2005-05-19 21:58 | 至福の観・聞・読

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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