違和感が現実になった…選手逮捕

その選手が代表合宿に選ばれたとき、なんともいえない違和感を感じた。

あの事件があったのはすでに数年前のことだし、その選手がどこかのチームで今もサッカー選手をしているのは知っていた。刑事事件を起こしてもサッカー界で今も選手としてプレーできる彼は恵まれているなあと思いはしたが、その後その選手のことは頭になかった。

しかし、「おれ流」宣言した後の岡田監督が、その選手を代表合宿に招集したことを知ったときは、正直「いいのかなあ?」という複雑な気持ちだった。
サッカーファンであるためサッカー関係者に甘い私が、「いいのかな?」と感じたのだから、一般の人たちは納得するのかな?それとも、もう過去の事件として記憶から消えているのかなと気になっていた。

結果は、やっぱり許されなかったと言うことだろう。

これは私見だが、彼の逮捕のきっかけになったのは、日本代表召集だと思う。
起訴猶予になったからといって被害者や警察関係者はそれで納得していたわけではないだろう。一般の人でも納得できないと言う人はいただろう。事件後解雇されたとはいえ別のチームにいき普通にサッカー選手を続けているのに疑問を感じる人もいたことだろう。納得できないが仕事まで奪うのはあんまりだろうと見過ごしてた人もいたと思う。
その彼が候補とはいえ、日本代表メンバーに召集された。
「それは違うだろう、虫が良すぎないか」というのが、納得できないが我慢して見逃してきた多くの人たちの正直な気持ちだったと思う。
特に警察関係者の被害者に対する体面と正義感に火をつけてしまったのではないだろうか。

一度のちょっとした過ちで将来性のある選手の選手生命が絶たれるのはひどすぎると言う声もある。
でも、代表に選ばれるまでは、彼は選手でいることができた。彼は、そこでがんばりつづけるべきだった。選手のままでいられるということは、一般社会で問題を起こした人よりずっと優遇されているんだという認識が彼にあって欲しかった。代表召集は辞退して欲しかった。

さらに、今回一番の罪作りは、岡田監督と彼の代表召集を進言したであろう大木コーチだと思う。彼らも、切羽詰っているのだろうが、その選手の過去を知らなかったわけではないだろうから、もっと熟慮して欲しかった。彼らの短慮が、結果的に一人の選手のサッカー人生を奪うことになってしまったのだから。

この事態に対しての、Jリーグ選手協会(※1)の対応にちょっと感心した。
Jリーグ選手協会の藤田俊哉会長(名古屋グランパス)は、「選手を代表する立場から、深くおわび申し上げます」と仲間の不祥事に対し、速やかに謝罪の言葉を発している。そして、選手同士という立場からは今後、できる限り支援していくと表明した。(※2)協会としての具体的な支援は、弁護士の選定や派遣などを考えているようだ。
CAS裁定を求めた我那覇選手の支援といい、今回のすばやい意思表示といい、今の「Jリーグ選手協会」は、地味ながら一貫性のある行動ができる生きた組織であることを証明した。
それに比べて、サッカー協会のチェアマンや岡田代表監督、大木コーチたちの「驚いている」「なんとも言いようがない」「残念だ」はあまりにおそまつであり他人事すぎないだろうか。

その選手や海外に移籍してしゃあしゃあとサッカー選手を続けている婦女暴行選手の行為は恥ずべきだと思う。いくら逸材でも欲望のコントロールもできない人間に人々を感動させるプレーはできないだろう。ましてや日本代表というのは、いやがおうにも日本人のアイデンティティを託されてしまうのだから。
ただJリーグのほとんどの選手たちは、藤田会長に代表されるように節度をわきまえながらもきちんと自分たちの考えを主張できる精神的な大人であることは信じている。

あらためて、「日本代表」が、人々の潜在意識のなかで特別な存在なんだということを感じさせられた出来事だった。



※1Jリーグ選手協会・JPFAhttp://www.j-leaguers.net/

※2J1柏レイソル所属選手の窃盗容疑による逮捕の件(Jリーグ選手協会会長声明文)
http://www.j-leaguers.net/news/news.php?200804;2859
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by windowhead | 2008-04-28 11:08 | フットボール周辺 | Comments(0)