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実況席のサッカー論

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「実況席のサッカー論 」
山本 浩 (著), 倉敷 保雄 (著) 出版芸術社

トラさんとクラッキー。
サッカーファンにとってカリスマ的な実況アナウンサーお二人による対談スタイルのサッカー論。
数々の伝説的な言葉を残す名アナウンサーに対して、新しいカリスマ・倉敷さんが質問する形になるのだが、クラッキーはトラさんが大好きというのが見え隠れして、ほのぼのとした空気感が全体を包んでいるが、語られていることは今のメディアや日本サッカーの問題点をきちんとあぶりだしていて納得の一冊になっている。

プレーヤーや解説者や評論家ではない視点からみる彼らのサッカーの見かたは、極端な贔屓クラブを持たないがサッカー自体を愛してやまないサッカーファンにもっとも近いのかもしれない。そんな彼らの実況のテクニックが実に興味深い。
たとえばトラさん、中村俊輔のフリーキックの場面では、ずっとキーパーの動きを見るという。カメラが俊輔のボールセットからの一部始終を追うので、それを言葉で追う必要はない、それよりキーパーを追うことで、TVの向こう側に、その臨場感が伝わるという。
また、事前にたくさんの取材を重ねそれをそのまま使うのではなく、ベースしてに短い質問を作り解説者になげる、すると解説者が答えてくれる。その短いやり取りを組み立ててゲームを実況していくのだという。そのやりとりの積み重ねのためにも、取材、特に「見る,観察する」ことが大切な要素になっていると言う。トラさん、井伏鱒二が好きだと言うのも納得。
高校サッカー選手権のTV放映などでよくあるのだが、放送する側がすでに感動ドラマの筋書きを仕立てていて、ゲームと関係なくアナウンサーがそのドラマを延々としゃべるという安っぽい感動作りがスポーツ放送に万延している。
スポーツは感動を与える。それは選手たちのプレーであって、アナウンサーの技ではないのだが、放送関係者側がやたらと感動の盛り上げを競うような風潮が民放業界に蔓延している。それがいかに興ざめで醜いものかは純粋なスポーツファンが一番知っている。山本トラさんの実況が心に残るのは、実況や解説はすばらしいゲームの額縁だというスタンスをきちんと守っているからだろう。

スカパーの倉敷さんは、オフチューブの解説が多いそうだが、オフチューブ解説の大変さと倉敷さんの独特の実況の舞台裏がわかって、これも興味深かった。倉敷さんのように、日本中心でない世界標準のサッカー世界地図に軸足を置きながら、Jリーグのゲームも馬鹿にしないで楽しんでくれるパーソナリティは大切だと思う。


ドイツワールドカップ日本代表についても興味深い話がでていた。
ドイツワールドカップ時、日本のゲームが2ゲームも昼間に行われたことについては、ヨーロッパに人たちが、向こうのゴールデンタイムに日本よりブラジルが見たかったからだと言う。サッカー世界地図において辺境の日本と前回王者のブラジルなら誰もがブラジルのゲームを見たいはずだ。日本の広告代理店の圧力より、欧州サッカーファンたちの要望にそった形と取ったといわれるほうが自然だ。
また、ワールドカップがらみで最も興味深かったのは、50人の代表チームの構成メンバーについてだ。代表には1チームに50枚のIDカードが配られるそうだが、ドイツチームはカトリックとプロテスタント聖職者2人にIDカードを渡していたという。カウンセラーにIDを渡しているチームもあったそうだ。どちらも選手の精神面のケアのためという。日本は、選手のメンタル面のケアをする人はなく、その代わりスポンサーの看板がちゃんと出ているかチェックする広告代理店の人にIDが配られていたと言う。
日本サッカー協会や日本人たちの多くが惨敗は選手の闘う気持ちがたりなかったと監督・選手を批判したが、このように他国の選手の精神面へのサポートを知ると、メンタルなケアもなく日本代表を背負った選手たちが気の毒に思えるほどだ。この問題は現在も解決していないと思う。いまだに日本サッカー協会のチェアマンは、選手の気持ちが足りないと代表選手のモチベーションを問題視するが、選手のモチベーションに対するケアを手厚くすると言う話は聞かない。

このような問題点が見えてくるのも、山本さんや倉敷さんが単に話術を競うアナウンサーではなく、スポーツジャーナリストとしてサッカー実況に取り組んでいるからだろう。

山本さんと倉敷さんの少年っぽい人柄とサッカー愛が伝わってくる軽やかだが中身の濃い本だ。
by windowhead | 2008-05-03 13:44 | 至福の観・聞・読

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead