組織の成長に必要なのは「祖母力」
2008年 09月 02日
祖母力 -オシムが心酔した男の行動哲学ー
祖母井 英隆 著
光文社
合宿中の日本代表が練習試合で流通経済大学に大負けしたとのニュースが流れた。
オシム監督が率いていた昨年の今頃、日本代表は海外組をトッピングできるほど国内組での基盤はしっかりと自信に溢れていたのに、なんでこれほどガタガタになってしまったのだろうか。今の代表はオシム監督が作った代表と大きくメンバーが変わってしまっている。オシム監督のポリシーを表現する選手が姿を消している。改めて、オシム監督と彼が育てた昨年の代表チームがたちがいかにすばらしかったかを思い知らされた。
そのオシム監督をジェフユナイテッド千葉に招聘し、ジェフの主力選手を育てたのが、この本の著者 祖母井(うばがい)英隆氏だ。
この人には「旧来の日本男子の美しさがある」というのが、この本を読んで最初に感じたことだ。
頑固さと謙虚さ、尊敬する人への私欲を配した献身、弱者へのやさしさ、他者への感謝の気持ち、行動力と経験で積み上げた実力…。
高度成長期までの日本を支えて働き続けたモウレツサラリーマンや、日本のお父さんの姿だ。誠実で頼れる日本の根幹をつくった古臭い男の系譜の尻尾が祖母井さんなのかもしれない。
お金では動かないというオシム監督を誠心誠意を尽くして招聘し、日本での生活をサポートするため、自分の私生活は二の次で細やかに気配りし、影に日向に支える献身的な姿に、 古い時代の忠臣の姿を見る。
ジェフで育成した若い選手たちが、身の程以上の金銭で身を持ち崩したり、汚れたりしないように、ことさら金銭面を重視する代理人を近づけないように配慮する姿に、息子を守る父親の姿が重なる。
昨今持てはやされているマッキンゼー出身だのMBA取得だののビジネスエリートから見れば、祖母井さんの仕事の仕方は、非効率的でマニュアル化しにくい、古臭いビジネススタイルとして一蹴されることだろう。しかし、資格やマニュアルを重視し、現場での人心を軽んじるビジネスエリートたちのやり方では知名度や富は得られても、尊敬や信頼を得ることは難しい。祖母井さんの仕事の姿勢には尊敬や信頼を第一にした昔ながらの仕事の基本を感じる。
だからこそ、ビジネス至上主義の日本サッカー協会のお歴々とは相容れない部分があるのだろう。川渕氏への厳しい評価も垣間見ることができる。。
GMとしての実績とヨーロッパサッカー界での広い人脈をもつ彼を日本に引きとどめなかったのは日本のサッカー界の怠慢だろう。彼は富や名声を求めてグルノーブルに行ったわけではないのだから。
世界のフットボール界の名将オシムとまさに二人三脚で日本フットボール界に新たな希望をもたらした男の半生記が伝えてくれたのは、素直な人間らしい気持ちの大切さと理想のリーダーとは欲にからめとられない自由な立場を保てる人だということ。
「決してスタンドプレーに走らす、そっと後ろから見守り、細かい気遣いをする。かといってたやすく流されず、筋を通す気骨を持ち、対極を見通す見識を兼ね備える。そんなおばあちゃん的な存在が、サッカー界に限らず、あらゆる組織には必要なのではないか。」と言う。そんなおばあちゃん的スキルを祖母力と名づけて、50歳代後半から新しい環境で新しい仕事に取り組む祖母井さんの姿は、時代にスポイルされそうになる中高年に大きな力をくれる。
2007年から祖母井さんがGMとしてチームの改革に取り組んだ「FCグルノーブル」は、今シーズン、45年ぶりにフランス1部リーグに昇格した。
いつかグルノーブルの練習場で、元気なオシムさんの姿を見ることができるんじゃないだろうかという期待感を抱かせるほどこの本は輝いていた。
by windowhead
| 2008-09-02 10:12
| 至福の観・聞・読