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幕末の先駆者・赤松小三郎を知っていますか?

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大河ドラマ「真田丸」も大詰めを迎えている。この1年、久しぶりにワクワクさせる大河ドラマで、2002年の「新選組!」を彷彿させるものがあった。「新選組!」ファン時代に知り合った方々とも10年以上を経てネット上で再会したり、やはり「大河」の楽しさは演じる俳優の力量と脚本の魅力に尽きる。

真田一族を生んだ長野県上田市だが、この地が生んだもう一人の偉人を知る人は少ないようだ。

幕末の兵学者で政治思想家「赤松小三郎」がその人。
勝海舟の門下生として長崎海軍伝習所赴任になる勝の供侍として長崎に同行。4年間長崎に滞在して蘭学、英学などを学んだ。英国の兵学書の翻訳をしたり新しい海外の知識と情報の収集に富む赤松の私塾には在京の各藩から800人もの門下生が集まった。特に薩摩藩は京都屋敷に教室を開いて赤松を招き藩士の教練にあたらせたほど。
赤松の書いた「建白七策」は、当時日本に押し寄せていた英米仏蘭などの軍艦との戦争を避けるために公武合体論を主張し、世界情勢の中で日本が置かれている状況は内戦をしている場合でないほど逼迫していると論じて、幕藩体制から一挙に民主国家に移行する構想をあげたものだった。この構想は坂本龍馬の「船中八策」よりも1年早く松平春嶽に提出されたおり、船中八策の原案になったのではないかと言われている。
これほどの赤松が歴史の表舞台から忘れられていたのは、彼が道半ばで暗殺されたからだろう。それも門下生である薩摩藩中村半次郎らの手にかかってだ。

近年、赤松小三郎についての研究が、さまざまな人たちの中で始まっている。
先日、韮山の江川文書の研究をされている方から、赤松小三郎についての勉強会の連絡がきた。
残念ながら私は参加できないが、このブログの読者の方には、幕末史研究や愛好の方も多い。その方々に情報をお届けしたいと思い、以下に転載しておきます。
赤松小三郎は会津藩との接点もあるので、ぜひお時間があれば参加されるといいと思います、


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講演会「薩摩から見た赤松小三郎」のご案内
(暗殺された赤松小三郎 ~ 幕末に日本近代化のグランドデザインを描いた男)


                              

 幕末、信州上田藩士赤松小三郎は、京都で開いた洋学塾などで多くの英才を育てるとともに、わが国の近代化に向けてのグランドデザインを描きその実現に力を尽くしました。赤松は、1867年(慶応3年)37歳で志半ばにして暗殺されましたが、その先進的な政治思想と優れた洋学の教えは日本の近代化に大きく貢献しました。
 当研究会では、今回、赤松小三郎を多方面から研究し、脚光を当てた歴史作家の桐野作人氏をお迎えし、薩摩藩と赤松小三郎の関係についてお話を伺います。幕末史に関心をお持ちの多くの皆様のご参加を心からお待ち申し上げております。                  
     
日時:平成28年10月15日(土) 受付開始14:00 講演14:30~16:00
会場:文京区民センター 3階 A-会議室 (下記案内図ご参照)
参加費:1,000円(当日会場受付にて申し受けます。)
対象:幕末の歴史にご興味ある方であればどなたでもご参加いただけます。
定員:200名(先着順 お早めにお申し込みください。)
主催:上田高等学校関東同窓会 赤松小三郎研究会 (会長 丸山 瑛一)


演題:「薩摩から見た赤松小三郎」
    ・新発見の赤松小三郎建白書(盛岡藩京都藩邸公用日誌)の意義
    ・4種の赤松建白書の比較検討
    ・四侯会議と赤松建白書
    ・赤松の「幕薩一和」論の陥穽
    ・桐野利秋「京在日記」について


講師:桐野 作人(きりの さくじん)氏
   歴史作家、武蔵野大学政治経済研究所客員研究員。鹿児島県出身。立命館大学文学部東洋史
 学科卒業。歴史関係出版社の編集長を経て独立。織豊期と薩摩の歴史(戦国織豊期、幕末維
 新史)が専門。著書に『さつま人国誌』幕末明治編1~3(南日本新聞社)、『孤高の将軍 徳
 川慶喜』(集英社)、『織田信長―戦国最強の軍事カリスマ―』(KADOKAWA)など多数。
  
お申込み、お問合せ:
赤松小三郎研究会事務局(事前のお申し込みをお願いいたします。)
メール:kannazuki-6318@kxb.biglobe.ne.jp
電話:070-2685-2384(事務局 小山)




赤松小三郎(天保2年(1831年)~慶応3年(1867年))
信州上田藩士。江戸に出て内田弥太郎、下曽根金三郎に師事し、数学、天文、測量、暦学、蘭学、
 砲術を習得。その後、勝海舟の供侍として長崎海軍伝習所で英学、兵学、航海術を学ぶ。さらに横浜の英国士官アプリンから英語、英国兵法などを習う。幕末の京都で開いた私塾や薩摩藩邸などで、洋式兵学を教えた。諸藩より学ぶ門下生の数、800余名。その中には東郷平八郎元帥、上村彦之丞大将など日清、日露戦争で活躍した諸将が何人か含まれる。薩摩藩島津久光侯の委嘱により「重訂 英国歩兵練法」を翻訳した。将来の政体構想と国家のグランドデザインを描き、慶応3年5月、前政事総裁職・前福井藩主の松平春嶽侯と島津久光侯に建言した「建白七策」は、政治史のなかで輝いている。天幕一和、諸藩一和のもと上下二局の議政局により内憂外患のこの時期を乗り切る方策を模索し、最後まで東奔西走したが、明治維新直前の慶応3年9月、京都において暗殺された。享年37。
上田市(上田城跡公園内)に赤松小三郎記念館がある。

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by windowhead | 2016-10-06 17:51 | Comments(0)

高木監督の言葉も聞けた新入選手お披露目会

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Vファーレン長崎に加入した新しい選手たちのお披露目記者会見が行われた。
今回は長崎駅のかもめ広場。駅を利用する人たち、ショッピングモールの買い物客たちもいるオープンなスペースでの会見とフォトセッションだったけれど、これ成功だと思う。300人ほどの参加とメディアに報道されていたが、そのほかにもいろんな人が興味深げに足をとめたり、振り向いて眺めて行っていた。

選手たちは「白いかもめ」に乗って改札口から登場するという演出になっていた。
ヴィヴィくんに先導されて登場する選手たち。これ改札口側から登場のためのシナリオだけだと思っていたら、他の方がネットにあげた映像を見てびっくり!
選手たち、本当にかもめに乗って来ていた!改札口で一人一人切符を駅員さんに渡してるのだ。
こんな嘘のないところ、いいね。映像ではロドリゴくんが切符渡すのにモタモタしててほのぼのとなった。
ひとまわり自己紹介や質問タイムのあと、高木琢也監督がロータリー側から登場。今シーズンの決意を「初心」という言葉に択して話された。
「初心忘るべからず」とよく言われるがこの初心は物事を始める最初の志しのことと一般に思われている。
しかし、初心にはもう1つの意味があって、これは室町時代の書に書かれているが恥のことでもある。Vファーレン長崎は2度のプレーオフで負けた。J1に上がると言って上がれなかった。それを恥として、その恥を忘れずに、今年こそ大願を果たしたいというような話だった。

聞きながら思ったのだが、高木監督が言われる室町時代の書というのは、おそらく世阿弥の「花伝書」ではないだろうか。
「花鏡」の中で「初心忘るべからず」と言っていたと思う。この中には是非の初心や時々の初心や老後の初心といういろんな初心があってそれぞれ忘るべからずと説いている。
高木監督は、初心にサッカーを始めた時の初心や、最初のプレーオフを戦ったときの初心やJ1に上がると誓った時の初心みたいなことを重ね合わせて言われているのだろう。それを叶えられずいる状態を「恥」と捉えているところが、高木監督らしい部分なのかな。
若い時に初心を成して周りからほめられたら有頂天になり自分のことを過大評価してしまう。でもそれはその道を極めたわけでなく、その姿ほど浅ましいものはない。自分の未熟さに気がつかなければ芸の道はそこで止まってしまう。未熟な時の浅ましい姿を恥と思って、精進を重ねれこそ本当の道を木割れられるみたいなことが「風姿花伝」に書かれている。
おそらくこのことを言われているのだろうと、勝手にかんがえている。(間違っているかもしれないから、あくまでも私見)

監督の言葉はぐっと重かったけれど監督も選手も爽やかな笑顔だった。
諫早のサポ集団「KATARODE」さんが監督の横断幕を掲げてくれていた。監督うれしかっただろうな。
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それにしても新しい選手は14人(2人がライセンス取得のための講習で欠席だったが)、覚えきれません。昨シーズンの選手名鑑に付箋をつけて、選手たちの顔や名前、プレースタイルをチェックしたが、やっぱり実際にプレーを見なければわからないなあ。
ただ1つ言えることは、今シーズンもVファーレン長崎の選手たちのプロポーションは日本人離れしている。ほとんどの選手が180センチ以上だ。長崎の走るサッカーではぽっちゃりの選手はついていけない。みんなそぎ落とされた鋼のような肢体だ。
練習場で黒づくめのゴールキーパーたちなど190センチ前後だもの、海外アクション映画や劇画で見るようなプロポーションだ。これは近寄り難いかも。
それに比べればフィールドプレーヤーは身体もプレーもそれぞれのスタイルがあって華やかだ。
イケメンが見たいぞという気持ちからでもいいから、一度プレーを見に来てほしいなあ。
練習見学でもすごく楽しめる。
今シーズンはスタジアムに来てくれる人を増やしたいなあ。
新しいファンが増えるように、微力でも協力したいと思っている。
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by windowhead | 2016-01-17 14:15 | Comments(0)

オランダ、スペイン戦は衝撃だった

あーやっぱりW杯始まるとブログ書く時間もなくなるなあ。
4年間ずっとザッケローニに共感できなかったので日本代表に思い入れができない。
だからW杯もそれほど熱心に見ることもないと思っていた。
ところが毎日時間がないほどだわ。
その訳は、スペインVSオランダ戦を見てしまったから。
ブラジル/クロアチア戦、スペイン/オランダ戦、コロンビア/ギリシャ戦、日本/コートジュボアール、イングランド/イタリア戦、アルゼンチン/ボスニア・ヘルツェゴビナ戦、ドイツ/ポルトガル戦、ロシア/韓国そしてブラジル/メキシコ戦か、録画中心とはいえよくもまあこれだけ見たこと。
それもこれもスペイン/オランダ戦の衝撃が大きかったからだろうなあ。
最後はヘロヘロになってパスもつなげないスペインを見るとはおもわなかった。
終始オランダの迫力とスピードはすごかったわ。あの大きな身体で厳しいプレスを仕掛けてくる。ボールを持っていない選手たちのバトルも激しい。身体の当て方も半端ない。スペイン風のサッカーはめいっぱい研究されているなあ。身体が大きいってやっぱり脅威だと思い知らされた感じ。
日本代表は、最終的に身体的に優位な選手を切り捨てた。パワープレーができる栗原や中澤,闘莉王や豊田や川又を選ばなかった。パワーよりもアジリティを選択した。それがとても不安になるほどスペインの負けは強烈だった。

そういえば少し前、中村俊輔選手が自己のモバイルサイトで中断期の挑戦として胆嚢炎の手術、高地トレーニング、筋肉を大きくすることをあげていた。どちらかというとしなやかさを大事にしてきた俊輔選手が筋肉を大きくしようとしている。高い技術力とクレバーなサッカー脳で相手をいなすプレーが俊輔の真骨頂だったが、その彼がパワーを求めている。スペインサッカーが大好きな彼だが、スペインが研究され尽くしサッカーの主流がかわりつつあるのに対応する準備かな。

この前のVファ−レン長崎と山形の試合でボールを受けるために走るディエゴ選手に走りながらがつんと身体をあてる高杉選手をみて、おおオランダみたい!と思ったり、激しくあたるけれどファウルにならないのは技術力なんだなあと感心したり。高杉選手にものすごく興味が沸いてきた。

オーストラリア、オランダと引き分けたと思ったらやっぱりオランダ、勢いは本物だ。優勝候補なのかもしれない。次はスペインとチリ戦だが、録画準備。スペインがどう修正してくるか。
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by windowhead | 2014-06-19 02:34 | Comments(3)

素敵な雰囲気の「東日本大震災復興支援マッチ」

遅ればせながら、俊サポのお友達から送ってもらった「東日本大震災復興支援 2013Jリーグスペシャルマッチ」(http://www.j-league.or.jp/specialmatch/)の録画を見た。
さながらオールスター戦のような豪華なメンバー。
コンフェデレーション杯出場中の日本代表選手は参加していないが、幸か不幸か今の日本代表にはJリーグでトップフォームの選手や若手注目株たちは選ばれていないので、この支援マッチの顔ぶれは代表より魅力的なチームになっていた。
サポーター投票でトップに選ばれた中村俊輔選手が、チャリティーマッチだけど単なる花試合にすることなく、真摯にサッカーに取り組む姿を見てもらいたいと言っていたように、どの選手たちも、全力プレーで自分の持ち味をしっかりと出しながらもチームとして勝ちを意識した戦いを見せてくれた。
この日、国立競技場に集まった4万人を超える人たちは、コンフェデレーション杯での日本代表の惨敗で暗くなっていた気持ちを一掃できたのではないかな。
録画で見ていても、ワクワクして気持ちのいい試合だった。

そして、試合に輪をかけて素敵だったのは、時折映し出される観客席の様子。
青、赤、黄色、紫、ピンク…
声援を送る選手が所属しているチームカラーを身にまとった人たちが多い。
そんな人たちが、入り交じって応援している姿って滅多に見られるものじゃない。
実際に応援に行った俊サポお仲間の周囲でも、「横は浦和、鹿島、後ろにはピンクのセレッソ、それぞれ贔屓チームのユニ着た人たちが、みんなで1つになって盛り上がる、盛り上げた。」そうだ。
この映像を見て、その話を聞くと無性に自分もその場に居たかったと思った。
第3回目になるこの支援マッチは、昨年のデルピエロ参戦のように話題を集める海外選手や代表選手がいなかった分、本当に日常的にサッカーを愛している人たちが集まった場になったんじゃないだろうか。ピッチの中も外もサッカー大好きな人たちが一つになった幸せな熱気が画面を通して伝わってきてうらやましくなってしまった。本物の選手と本物のサポーターたちが作った幸せなサッカーの空気感。
この日の選手たちとサポーターたちが居る限り、支援マッチは来年も再来年も続けられると思う。そして、いつかわが町のチーム「Vファーレン長崎」の選手がJリーグ代表に選ばれるときが来たら、Vファーレンのユニであの場所に行くかな……いやいや俊輔がいるかぎりマリノスのユニだろうなあ私は。
などと楽しい妄想をしてしまう。

ただ、残念だったのは、こんなにすばらしいチャリティーマッチが、TV放映されなかったことだ。正確に言うとスカパーでは中継で放送されたが、地上波では放映されなかった。放映権をもっていたTBSは関東圏だけに録画を深夜に流したにとどまった。選手たちが一番見てほしかった被災地には録画すら放映されていないという現実だ。翌日の朝日新聞は一面を使ったコンフェデ負け試合の記事の横にベタ記事でたったの20行しか書かれなかった支援マッチの記事。被災地を支援したい、惨事を絶対に忘れないと言い募るメディアの本心はこの程度なのだ。
メディアが大きく取り上げようが取り上げまいが、すばらしい試合を見せてくれた選手たちに感謝!その会場を盛り上げたサポーターやファンに感謝!そして録画を送ってくれた俊輔サポのお仲間に感謝!!
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by windowhead | 2013-06-26 03:00 | Comments(4)

土方歳三の辞世らしい歌が発見されたとか


「鉾(ほこ)とりて月見るごとにおもふ哉(かな)あすはかばねの上に照(てる)かと」

2週間ほど前、知人が「土方歳三の句が出てたよ」とのメールをくれた。
正確には、句ではなかったが、たいへんうれしい発見だった。

土方歳三辞世に新説
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110615-OYT1T00681.htm?from=y10

リンク切れになる可能性があるので、一応よみうりオンラインから転載させてもらった。(写真も掲載されていたが、それまではちょっと、ね)
新撰組副長・土方歳三(1835~69)と最後まで行動を共にした隊士・島田魁(かい)(1828~1900)がまとめたとされる和歌集の巻頭歌が、土方の辞世と考えられるとの説を、幕末研究で知られる霊山(りょうぜん)歴史館(京都市)の木村幸比古・学芸課長が打ち出した。
「従来、辞世とされてきた歌は詠んだ日時の推定が難しいが、巻頭歌は間近に迫る死を覚悟した内容で、亡くなる前日に詠んだ可能性が高い」としている。
歌は「鉾(ほこ)とりて月見るごとにおもふ哉(かな)あすはかばねの上に照(てる)かと(鉾を手に取って月を見るたびに思う。あすはしかばねの上に照るのかと)」。島田家に伝わる和歌集の冒頭に土方の名で記され、和歌集は26年前に同館に寄贈されていた。
木村課長が今年、修復にあわせて、ほかに名のある30人を調査、大半が新撰組隊士や幕府側の藩士らで、戊辰(ぼしん)戦争(1868~69)で降伏し、長く生きたことがわかった。自然のはかなさを詠んだ歌が多く、維新後に隊士らが作り、島田がまとめたと判断した。
土方は、旧幕府軍の指揮官として戊辰戦争に加わり、新政府軍の総攻撃を受け、銃弾に倒れた。生き残った藩士らの証言などによると、その前夜、旧幕府軍幹部らが惜別の宴(うたげ)を開いていた。木村課長は「歌には悲壮な決意が示されており、土方が明日の死を予期しながらこの席で詠み、島田が大切に記録していたのでは」と話す。
(2011年6月15日14時49分 読売新聞)


これまで土方の辞世の句とされているものは
明治7年 小島守政の「両雄逸事」 のなかにある

「よしや身は蝦夷が島辺に朽つぬとも魂は東の君や守らむ」

※その後、 小島守政の「慎斎私言」、橋本清淵の「両雄士伝補遺伝」 では、「たとい身は蝦夷の島根に朽ちるとも魂は東の君や守らむ」となっている。

この辞世は、どことなく、吉田松陰の辞世「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂」に似ているということで、いろいろな説があるようだ。
私が聞いているものは、おそらく一番一般的なものだろうが、土方が負傷し湯治した東山温泉で松陰の辞世を知ったというもの。
土方が投宿していた「清水屋」には、嘉永4年に吉田松蔭と宮部鼎蔵が宿泊した事があり、清水屋の主人から松蔭の話を聞いた土方が、その信念を通す生きかたに感銘した。そこで知った松陰の辞世を参考に、自分の辞世を詠んでいたというもの。
これには、いろいろと突っ込みどころがあるが、「言い伝え」というのはそんなものだろうと思っている。

ただ、私が思い描いている土方歳三と、この辞世は、なんとなくしっくりこない。
松陰の東の君は天皇のことだろうが、それなら土方の東の君はだれ?
すでに守るべき徳川も会津もない。朋友近藤勇のことか。自分が最後まで武士らしく戦うことで士道に殉じた近藤の名誉を守ると言う意味とも取れる。
それに、若い頃から俳句を嗜んでいた土方が、いくら感動したとはいえ、他人の歌をまねるだろうか。
たしかに、和歌には本歌取りという手法があるが、これほどわかりやすく元歌を連想させる歌を詠むかなあ。

それに比べると、今回発見された和歌は、いかにも土方歳三らしいと感じた。
冴え冴えとした月の光に照らされた戦士たちの屍。戦士たちが抱えていた憎しみも恐れも虚無感も浄化させてしまうような月の光の美しさと悲しさを感じる。
少なくとも、この和歌のほうが、歌詠みや発句の経験者の歌だと思う。

土方歳三の若い頃の発句集「豊玉発句集」の巻頭の句は

「さしむかふこころは清き 水かがみ」

静かな水面(水鏡)に向かって、自分の心は今一点の曇りもないという句。
このあと、40首の自然を織り交ぜた句が続く。
ほんわりと暖かさを感じさせる句が多く、冷徹な土方のイメージから遠い。
春の月が出てくる句も多い。
発句集の最後の句は、「梅の花咲かるるだけにさくと散」
これが〆の句というわけでなく、時間があれば、まだまだ発句は増えていっただろう。
しかし、京都に行って、彼の人生はたいへん忙しいものになった。
発句する繊細な心を遊ばせるほど京都での彼の毎日はやさしくなかった。
5年間走り続けて、北の大地でやっと心を遊ばせる時間ができたのかもしれない。
箱舘に渡ったメンバーに、中島三郎助がいた。
浦賀の与力としてペリーの旗艦に乗り込んで交渉役を務め、長崎海軍伝習所の1期生になり、その後、軍艦教授、軍艦頭取を歴任した人物で、彼も俳諧が趣味だった。
蝦夷地の長い冬、有志があつまって句会を開いたらしい。
中島三郎助は土方を誘ったかもしれない。
旧幕府軍の主要ポストに付いていた人で箱舘で戦死したのはこの二人だけ。
二人の共通点に俳諧、発句があるのも何か因縁を感じる。

「豊玉発句集」の最後に、発句ではないが、
「鉾(ほこ)とりて月見るごとにおもふ哉(かな)あすはかばねの上に照(てる)かと」を置いてみよう。

巻頭の水鏡の句と共通する空気感があると思うのは私だけかな。

この和歌が、本当の辞世かどうか。
そうなるとこれまで辞世として伝わっていた和歌はどうなるのか。
まだまだ不明な点がたくさんあり、時間がかかることだろう。
私にとっては、どちらが辞世の歌だったかということはあまり大きな意味を持たない。
それより、私のイメージに近い土方歳三の和歌が出てきたことがうれしい。

できれば、この島田家に伝わる和歌集に収められたすべてを読んでみたい。
ぜひとも出版物として、私たちの手に入れられる物にしていただきたいとお願いしたい。
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by windowhead | 2011-06-27 15:13 | Comments(0)

東日本大震災…長崎の支援状況を拾う(5)

13日から18日までに拾った情報。

●災害ボランティアを乗せて被災地の宮城県気仙沼市へ向かうバス「ご恩返し号」が出発
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/daisinsai/2011/04/13095444.shtml

●長崎の雑貨店が宮城県産品を販売-支援物資を運んだトラックに満載して帰崎
http://nagasaki.keizai.biz/headline/202/

●長崎市医師会が東日本大震災の被災地、福島県南相馬市と市医師会に義援金500万円を寄贈した。
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/daisinsai/2011/04/16100000.shtml


●佐世保市の学校法人西海学園が被災生徒無償受け入れ。問い合わせは同学園事務局(電0956・23・6161)
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/daisinsai/2011/04/15094702.shtml

●島原市の私立島原中央高校が被災生徒無償受け入れ。問い合わせは同校受け入れ相談事務局(電0957・65・0005)
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/daisinsai/2011/04/15094624.shtml


●東日本大震災で被災した福島県富岡町の獣医さんが、避難先の長崎県壱岐市家畜診療所の獣医師に

http://www.nagasaki-np.co.jp/news/daisinsai/2011/04/13094848.shtml



●長崎大学病院-医療支援現地レポート
http://mh-nagasaki-u.blogspot.com/

長崎大学医学部の校是は「医師は自分がいかなる仕事に従事しているかを承知していなければならない。
   ひととたび医師になったからには、わが身はもはや、自分の身体ではなく、病める人たちのものである。」というポンペ・ファン・メーデルフォルトの言葉。
この学部の前身は、幕末の長崎医学伝習所までさかのぼる。ポンペは伝習所の最初の先生で、治療にあたっても、患者の身分や貧富の差で差別することなく全身全霊で取り組んだ。
ポンペの教えを胸に、被災地でがんばる医療スタッフたちの姿が見えてきます。
東日本大震災の被災地で活動している長崎大学病院スタッフたちの生の声。
岩手県遠野市や福島県南相馬市、福島県立医科大学を拠点に活動しています。
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by windowhead | 2011-04-19 04:25 | Comments(0)

東日本大震災…長崎の支援状況を拾う(4)

長崎県の支援状況を主に長崎新聞から抜粋

●海自佐世保衛生隊が避難所での活動報告(4/1)
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/daisinsai/2011/04/01102610.shtml
 佐世保衛生隊からは4月にも医官1人と衛生員2人が支援に向かう予定。


●福島県からの要請を受け、医師1人看護師1人を1チームとして、長崎大学病院から1チーム、県医師会や長崎市立市民病院などから1チームが医療支援。福島第1原発に近い南相馬市を中心に、病院の診察を受けられずに自宅にいる患者を巡回診療する予定。4日から現地で活動を始める。1週間交代で約2カ月間続ける。
放射線不安のため福島県に入ることをためらう医療チームが多く、放射線の正しい知識を持つ長崎県の医療、行政機関に福島県から支援依頼がよせられたことによる。


●島原市は毛布、タオル、バスタオル、ジャージー、ジャンパー、下着計314箱と、市が確保した20リットル入りの水100箱。25日から29日にかけ、市民が市内7地区の公民館に持ち寄り、被災者が使いやすいように種類ごとに仕分けして、段ボール箱に詰める「島原方式」で集約した支援物資第1便を3月31日、大村市の集積地に向け搬送した。


●被災地から長崎へ避難してくる人を支援するボランティアグループ「長崎ソカイネットワーク」がボランティア募集中。


●長崎県と県社会福祉協議会は、東日本大震災の被災地でのボランティア活動を希望する県民に対し、電子メールとファクスで情報提供を始める。1日から希望者の登録を受け付ける。 
登録はメール(saigai_v_nagasaki@pref.nagasaki.lg.jp)かファクス(095・824・9101)のほか、県や市町、県社協、市町社協の窓口でも受け付ける。問い合わせは県男女参画・県民協働課(電095・894・3435)。


●福島県南相馬市の被災者2世帯7人が佐世保市市営住宅に同日入居した。。同市営住宅への受け入れはこれで計9世帯24人となった。
佐世保市では被災地側の要望を受けて、市民からの支援物資受付内容を変更。、1日から▽缶詰▽レトルト食品▽カップ麺▽乾パン-など、すぐに食べられる日持ちのする食品だけを受け入れる。

●長崎市PTA連合会母親部会(永田しのぶ部会長)などは30日、福島県二本松市に子ども向けの学用品やおもちゃなど129箱を送った。二本松市には、原発から半径20キロ圏内の浪江町が役場機能を移転し多数の住民が避難している。学用品などは二本松市の三保恵一市長から長崎市長に要請があり、母親たちが2日間でかき集めた。


●長崎市は28日、東日本大震災への義援金などの中間結果を発表した。
市内各所に設置した募金箱に寄せられた義援金は、25日現在で1296万279円。ほかに50自治会から273万8534円が集まった。県と共同で20日から受け付けている救援物資は、27日までに1012人から1472箱分が持ち寄られ、延べ169人のボランティアが仕分けなどに従事。市は引き続き、協力を呼び掛けている。

●福島県からの要請を受け、長崎県と長崎市の職員40人が26日、被災者支援のため出発した。2週間にわたり、福島市、郡山市、二本松市、いわき市で、避難所での活動や支援物資の仕分け作業などに当たる。

●東日本大震災を受け、現地で被災者の健康相談や心のケア、放射線量の測定に当たった長崎県職員らが25日、県庁で活動や被災地の様子を報告。「被災地には継続的な支援が必要」と強調した。

●長崎県は25日、災害救護支援班の第2陣として、佐世保市立総合病院の医師や看護師ら5人を宮城県南三陸町に派遣した。長崎県は4月末まで県内6病院を1週間交代で派遣する予定。

●日本赤十字長崎県支部も同日、病院の巡回診療や避難所から病院への搬送を行う医療救護班の第3陣として8人を宮城県へ派遣した
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by windowhead | 2011-04-02 00:46 | Comments(0)

東日本大震災…長崎の支援状況を拾う(3)

22日、23日のローカルニュースや新聞の長崎版などから拾った、長崎の支援情報です。
ただ、自衛隊、消防、警察、市民レベルやグループ、NPOなどの活動は拾えていません。
長崎でもみんな出来ることをやろうとしています。


●3月21日福島市 福島テルサ にて 県放射線健康リスクアドバイザーとして福島県から招聘されていた長崎大学高村昇教授による講演「放射線と私たちの健康との関係」講演会パート1をぜひみてください。(USTREAM・音声のみです)
http://ustre.am/:UxpD

●3月21日福島市 福島テルサ にて 「放射線と私たちの健康との関係」講演会パート2.県放射線健康リスクアドバイザーとして福島県から招聘されていた長崎大学大学院山下俊一教授による質疑応答をぜひみてください。 (USTREAM・音声のみです)
http://ustre.am/:UxBa


●「山下教授 外国人記者クラブでの会見(英語)」(Ustream)会見 をぜひみてください。
http://ustre.am/:UBax

●東日本大震災における長崎大学の支援活動情報を掲載しています。(長崎大学HPより) 
http://bit.ly/eb49be


●長崎県が、岩手、宮城、福島3県の震災被災538世帯受け入れを発表。 ハウステンボスや雲仙の旅館など活用。受け入れは28日から。(長崎新聞) 
http://bit.ly/gX5Mna


●長崎県と長崎市が募っている支援物資のうち、特に、粉ミルクとレトルトや缶詰のソフト介護食が不足しているので、購入して届ける人は、それらを持ち込んだらいいと思います。 少量でも歓迎!とのこと。1個づつでも持っていって!

●長崎県と長崎市が募っている支援物資は、乳幼児用オムツとウエットティッシュ、大人用オムツと尿取りパット、粉ミルク、毛布、ペットボトル入り水、レトルトや缶詰のソフト介護食、精米、生理用品。少量づづても受け付けています。

●被災地に取り残されたペットを救出したり、避難所に入ることができないイヌやネコを一時預かりするため長崎の動物愛護団体スタッフが出発。
http://amba.to/fi7UZo
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by windowhead | 2011-03-24 12:32 | Comments(1)

避難生活改善マニュアルのプリントアウト支援を!


「みんなの大学」長岡準備室の小出正三さんから、緊急のおねがいです。
東日本大震災にあわれた人達がいる各避難所に、被災の現場で、今この時を生き抜く情報を集めた「避難生活改善マニュアル」を1週間以内に発送したいそうです。
2500ヶ所ある避難所の出来るだけ多くにマニュアルをとどけるため、有志のみなさんに、プリントの手伝いをお願いしたいということです。

詳しくは ↓のURLでご覧ください。

http://mindai.seesaa.net/article/191460857.html

作業内容は簡単に言うと、サイトに書かれている指示にしたがって、サイトにあるPDFをプリントして、ファイルか壁新聞にして、封筒に入れて、所定の場所に23日必着で送るという作業です。

私も20日の18時にtwitterを経由して、このボランティアを知り、早速作りました。
うまい具合に、自宅にA4クリアファイルもあったので、ファイル形式のものを3冊つくりました。
明日午前中に速達で発送すれば、ぎりぎり間に合いそうです。

関東の方や、新潟周辺の方はまだ間に合いそうですから、出来るだけ多くの方、支援をお願いします。


i以下がtwitterに流れてきたメッセージです。

【ここ数日が勝負です】 「一人」で「自宅」からでも「避難所に直接」に想いを届けるボランティア:災害生活マニュアルを各自が印刷して、東日本大震災バックアップセンター経由で避難所に送ります。詳しくはこちらを。→http://bit.ly/ibHMB2
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by windowhead | 2011-03-21 00:36 | Comments(2)

東日本大震災ー長崎の支援状況を拾う(2)

昨日から今朝までに、twitterでツイートした長崎関連の支援情報。

●長崎市は、被災者向けに長期入居可能な市営住宅など141戸、短期は老人福祉センターなど150室確保。全額無料。問い合わせは、市コールセンター(095・822・8888)(長崎新聞より)

●長崎市は今日から支援物資受付。オムツ、ウェットティッシュ、尿取りパット、粉ミルク、毛布、ペットボトル飲料水、ソフト介護食、精米、生理用品。大波止ドラゴンプロムナードや市内各行政センターと支所で土日祝日も受け付ける。(朝日長崎版)

●長崎大学の医療支援や輸送支援情報。水産学部の練習船長崎丸が小名浜港、宮古港に支援物資を輸送しています。(大学情報) http://bit.ly/fSH7s9

●長崎県島原市が、全世帯にチラシを配り、義援金と救援物資を募集。チラシ画像 http://bit.ly/e4CpZg

●長崎市は、市内全991自治会を通して、市内全世帯に義援金の募金協力を呼び掛けました。自治会からの募金お願いが来たら、出来る範囲でいいですから、ぜひ募金を!(ローカルTVより)

●長崎県は、被災者の「心のケア」のため、精神科医1名看護士5名を宮城県に派遣しました。(長崎新聞より)

●長崎県は、県は、原子力発電所事故を受け、放射線技師3名を福島県に派遣しました。(長崎新聞より)

●放射線影響研究所(放影研)が放射線の正しい情報を知ってもらうために、今回の原発事故に関連するQ&Aなどをホームページに掲載しています。 http://bit.ly/e0o1jX


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◎昨日朝NHKの東日本大震災支援特別番組に出演していた「国境なき医師団」日本支部代表の黒崎伸子医師は、長崎市出身、今も長崎で開業医をしている人です。彼女も災害直後いち早く仙台に入っているそうです。
この番組でも、現地を見てきた彼女の意見はとても的確で共感できました。今回の災害は、防災や災害救援などを専門に研究している大学の先生やアナリストたちの想像力を遥かに超えているということを心に刻んでおく必要がありそう。

長崎情報ではないが、ぜひ読んで欲しいコラム
◎サッカー関係者以外にもぜひ読んで欲しいセルジオ越後さんのコラム:コラムすべての日本人へ「倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ」http://bit.ly/i2hOXT
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by windowhead | 2011-03-20 10:33 | Comments(2)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead
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