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あるかもしれない!肥前名護屋城シーン(大河「真田丸」)

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朝っぱらから大河「真田丸」関連番組 外伝「真田家の運命を変えた男たち」が放送された。石田三成役の山本耕史や加藤清正役の新井浩文たちが舞台となった土地を訪ね知られざるエピソードを紹介する番組だったが、すごくおもしろかった。
こんな番組は、アッと思うようなことを確認させてくれてうれしい。
今回もまさかと思っていたけど案外ドラマで重要な設定になりそうな予感の場所が出てきた。
「肥前名護屋城」
秀吉の朝鮮出兵の本拠地として佐賀県唐津市の玄界灘に突き出した半島の突端に作られたお城。いや、お城というより軍事都市。大阪城規模の城をほぼ1年で(と言われているが調べてみるとその前から準備されていたようだ)作ったと言われている。この城を中心とした半径3キロほどの場所に諸国大名たちの陣屋や商人たちの店や娯楽の場などがひしめき、ほんの数年間だが豪華絢爛な桃山文化が花開いた場所でもある。
真田氏もこの土地に複数の陣屋を構えてる。ただ、真田氏など関東勢は戦場に渡ることなくあと詰めだったので、ドラマでもあまり重要視されないだろうと踏んでいた。しかし、脚本が三谷幸喜だ!グランドホテル型の群集劇が大好きな三谷幸喜なら戦場シーンより名護屋城での人間模様を選びそうだ。そうなると個人的にはうれしい。

実は既刊の書籍「真田丸を歩く」で私が執筆を担当した場所が「肥前名護屋城跡」だったから。
真田一族に関連した歴史紀行本になるとの連絡がきた時、九州はあまり関係ないからこの企画はお休みだなと思っていたら「九州在住だから肥前名護屋城に執筆お願いしますよ」とのお達しをいただき、重い腰をあげて取材したのが昨年の夏だったかな。戦国時代は守備範囲でないし、真田は考えてもいなかったのでなかなか手こずった。いつも執筆依頼がくるときは関係人物に思い入れをして史料探しなどするが、今回はそんな人物もおらず向かったが、ある意味圧倒される場所だった。本当に「強者どもの夢の跡」とはこの地をいうんだなあという風景なのだ。そこに立って豪華絢爛な花見や茶会や能楽に耽る武将たちの姿を思い浮かべると跡地の荒涼感がさらに増してくる。
交通の便がいいとは言えない場所だが、歴史旅が好きな方にはぜひ足を踏み入れてほしい場所だ。
歴史研究愛好家たちが集まって執筆担当した「真田丸を歩く」(星亮一 編/歴史塾 著 現代書館発行 1800円+税)発行されて半年になるがまだ書店に並んでいる。
重版出来は無理だがなにとぞ前回の本のように完売しますように。

今話をもらっている本は幕末物。サッカー好きの私はやっぱり幕末の群像物が向いている気がする。
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by windowhead | 2016-05-06 14:01 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

執筆本「真田丸を歩く」皆さんよろしく

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この夏に書いた原稿が掲載された本が店頭に並んだ。
「真田丸を歩く」 歴史塾著 星亮一編 現代出版  定価1800円+税

来春からのNHK大河ドラマは「真田丸」。
真田信繁(幸村)が主人公で真田一族の物語のようだ。
真田一族に関係する場所を探訪する歴史ガイド本になっている。
とは言っても、歴史研究者や歴史探訪愛好者が書く本だから、「るるぶ」みたいにカラフルだったり、美味しそうだったりする本ではない。文字ばっかりの地味な本。でも歴史好きには間違いなく面白いと思う。
残念ながら九州にはあまり関係ない大河になりそうで、今回の執筆は無さそうだと高をくくっていたら、ありました九州にも真田の足跡が。
ということで、秀吉の朝鮮出兵と肥前名護屋城跡について取材した。
この場所が大河ドラマでも出てきますように…。
著者の立場では、出版されたときはもうその原稿は過去のもので、実際に本になったものをじっくりと愛おしんで読むという機会は少ない。まずは、自分が書いた部分より、他の仲間の方々が書いたものに興味がいく。自分が見つけられなかった新しい発見や切り口があると、やられたなと思うし、ワクワクする。
一冊の本の一部を書くだけだが、知識が少ないから資料やかかった時間はそれなりに大きかった。
得意分野外の時代だったけど、
「真田一族、おもしろいわ〜〜」

大河ドラマ「真田丸」の脚本は三谷幸喜氏。絶対に面白いものになるはず。
真田丸に関しては、講談「真田十勇士」を聞くくらいワクワクする「お話」に仕立ててほしい。
史実にこだわりすぎて重箱の隅をつつくような批判が出てくるはずだが、そんなものぶっ飛ばして猿飛佐助や霧隠才蔵の忍術がでてくるくらいまでぶっ飛んでほしいなあ。

来年の大河ドラマは見逃したくないほど楽しみにしているが、ちょっと困っている。
日曜日の午後8時は、J2の試合とかぶるのだ。
お昼の試合ならなんとかなるが、16時以降に開始される試合だと…無理。
とりあえずリアルタイムはサッカーが優先の日曜午後8時になりそうだけど。
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by windowhead | 2015-12-16 09:32 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

ファッションと音楽熱ふたたび!

よれよれカーキのトレンチの上に羽織るストールにょうなものを思案しながらファッションTVを見ていてすごい衝撃をうけてしまった。
今朝はもうそのことて頭いっぱいでネットをザッピングしまくっている。
ファッションTVで見たのはバーバリー プローサムの15,16秋冬コレクション。
このショーは昨年末か今春始めに行われたものだからもうすでに1年。おそらくこの秋冬のレトロなポンチョやフリンジなどはこのショーの影響なのかも。
バーバリーが大儲けの土台になっていた日本企業とのパテント契約を解消して大衆化から方向転換したのは賢明だったなあと思わせるようなショー。
たしかに日本のデパートにあったバーバリーは英国のバーバリー製品とは全く違うものだったけれど、日本人はデパートのバーバリーをこぞって買っていた。デパートのバーバリーはバーバリー社のものではなくて、パテント契約した日本の会社が作っていたもの。パテント契約の製品は日本の大衆のちょっと背伸びして身につけるブランド品として普及したけど、それが海外にまで出てしまうと(中国富裕層の爆買などで)バーバリーの世界的な価値を落とすという諸刃の剣的な心配もあってバーバリー社は日本の企業とのパテント契約を解除したという話を何かで読んだ。

衝撃を受けたのはバーバリーのショーの中での生演奏していた歌手。正確に言えばその歌手の歌声。
彼女はクレア マグワイアという英国の期待の女性アーティストらしい。
日本ですでに騒がれてもいいのではないかというくらいの容姿と歌唱力を持っている人だった。
もちろん日本でもすでに彼女の音楽はリリースされているが、「クレア マグワイア知ってる?いいよ〜〜」という声はあまり聞かない。
なんでだろう、おそらくその歌声が日本人のかわいいっ娘好みに合わないのだろう。
骨太の歌声。それも厳しい風土から育ったような骨太さと陰影を含んでいる。
綺麗な高い声や、かわいいしぐさと明るさが好きな今の日本人向きではないのだろう。

そういえば久しくCDを買ったり、歌を有料でダウンロードしたりしていない。
手元でなんども聴きたいなあというほどの歌にであえていない。
最近買ったのは「トレモロイド」の古いCDかな。なんとなく70年代末から80年代ごろの雰囲気が感じられて懐かしさで買って聞いている。
クレア マグワイアはぜひとも手元で聴き続けたい歌声。
身近に音楽を流して聞いていたいと思わせる歌手(あえてアーティストと言わない、そう名乗ってごまかしている下手くそな歌手の多いこと!)に出会えたことで自分の中でも音楽熱が再燃してきた。
ありがたいことにファッション熱もいっしょに。(来年はおそらくもっとファッションの近くにいることが日常になる。だからファッション熱が再燃は必須だった。)

これだけ語っても独りよがりでつまらないはず。
そこで、この映像を!

「London in Los Angeles」

今年4月、バーバリーのヴィヴァリーヒルズショップのオープンを記念して行われたショーの映像。場所は LAの歴史的建造物・グリフィス天文台。セレブがいっぱいの中で繰り広げられるショーで歌っているクレア マグワイアのかっこよさ!
曲はなつかしい「朝日の当たる家」..
ランウェイサイドの真ん前にアナ・ウィンター(プラダを着た悪魔のモデルになった米ヴォーグの名物編集長)がいる、その横にビッド・ベッカム一家の姿もチラリと。
とにかく圧巻の映像。
そして耳に残るクレア マグワイアの歌声!
ブラボー!


○Burberry Prorsum「London in Los Angeles」
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by windowhead | 2015-10-30 14:06 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

俊輔とボンバーが極意を語る雑誌を買った

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久々に「Number」を買う。
武豊騎手が表紙の日本競馬特集。競馬を読みたいからではない。久々にあの連載があったから。
「中村俊輔のサッカー覚書」、今回は「2015年版フリーキック論」この4ページのために590円。
だけどぜんぜん惜しくない。中村俊輔の企業秘密が590円で手に入るんだから。
中村俊輔のインタビューは具体的でとてもわかりやすい。ヒロイックな精神論は語らない。おそらくそれは個々人の中のものであり、プロとしては当たり前のことだと思っているからだろう。その代わり技術的なことを素人にもわかるように伝えてくれる。言語力と伝達意欲が並外れて高い人だと思う。
V長崎の前ちゃんにもぜひ読んでもらいたい。
彼のFKもどんどん精度があがっている。おそらくたくさん練習をしているのだろう。俊輔のFK論には前ちゃんに役に立つtipsみたいなものがあると思う。プロの選手に同じプロの選手の技術を手本にというのは失礼かもしれないが、中村俊輔くらいの名手となればその言葉に耳を傾けてもいいのではないだろうか。
太っ腹の「Number」さんがその一部をweb版に公開してくれている。
日本最高のキッカーが語る極意 中村俊輔のFKはいかに生まれるのか」
絶対に続きが読みたくなるはず。

おなじ棚にあった目新しい雑誌「Sporty Life(スポーティライフ)」創刊号
食とスポーツをつなぐ情報誌らしい。
表紙と巻頭インタビューがボンバーこと中澤佑二選手。
ボンバーのストイックな生活スタイルは有名で、俊輔でさえ彼の生活スタイルに敬意を払うくらいだ。
食事という切り口からボンバーのサッカーに取り組む真剣な姿勢が垣間見える。
自分に甘い生活をしている私などは自戒のためにもこの雑誌を身近に置いておく必要がありそう。
ジュニア世代のためのスポーツ和食レシピ や食材、サプリメントなどすごく役に立つ内容。特にスポーツする子供さんをお持ちのお母さんにはおすすめ。
メンタル強化法やスポーツマネジメントについてなど幅広い。
スポーツマネジメントについては、身近なチームに当てはめて読んでみるとわかりやすい。
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by windowhead | 2015-10-29 02:35 | 至福の観・聞・読 | Comments(2)

「孤高の守護神==ゴールキーパー進化論」

世間は、降ってわいたようなラグビーブームだ。
昔こんな話を聞いた「イギリスのラグビー校で、サッカーの試合中にとっさにボールを持って走った少年がいて、それがラグビーの始まり」って。
でも実はちょっと違うらしい。その子がボール持って走ったのは今のスタイルのサッカー(アソシエーションフットボール)ではなくて、英国の原始的なフットボールで、手を使ってもいいルールのフットボールもあったらしい。ただ持って前に走るのは禁止だったとか。だから、ラグビーはサッカーから派生したのではなく、地域によっていろんなルールがあった初期のフットボールが近代になるにつれてサッカー(アソシエーションフットボール)やラグビーフットボールなどに整理されてきて今があるということのようだ

サッカーとラグビーの違いは手が使えるか否かという部分もあるけど、私は、それよりもゴールキーパーの存在の有無に大きな違いを感じる。

ゴールする場所の前に立ちふさがってボールをいれさせないように邪魔する役目の人。それがいるかいないかは大きな違いではないだろうか。邪魔する役目って、ちょっとネガティブイメージの役目なんだけど、それを担う人がどんな気持ちでその役割を仰せつかるのだろう。
なんとなくぼんやりと感じていたことを明確に教えてくれた本があった。
「孤高の守護神 ==ゴールキーパー進化論」(ジョナサン・ウィルソン 著・実川 元子 訳 白水社)
イギリスのサッカージャーナリストが書いた本だけあって、サッカーの起源と歴史に関する部分がとても面白かった。
英国では昔からボールを蹴ってゴールに入れるゲームが広く存在し、祭礼などにも使われたらしい。得点する人は昔も今もヒーローだ。ゲームをさらに面白くするために得点を邪魔する人を置こうと考える。みんな得点したいから邪魔する役はしたくない。その役割は当然のように弱小者やみそっかすの子に与えられ、ヒーローたちはその子に向かって嬉々としてボールを蹴る。一人だけ違う色のユニフォームを着せられシュートを体を張って邪魔しなければならない存在。ゴールキーパーはそんなにして生まれた。

この本の原題が「 アウトサイダーズ」であるように、英国では過去にゴールキーパーは異端視されたいた時代があったという。しかし、サッカーがヨーロッパや南アメリカに広がるにつれて、別の見方も出てきた。ロシア出身の作家で詩人のウラジーミル・ナボコフは彼の自伝でこう書いている「たった一人超然と、ボールマウスの前に冷静に立ちはだかるゴールキーパーに、少年たちは魅了され、通りで見かければ追いかける。闘牛士か撃墜王を見るように、人はゴールキーパーを見て憧れに胸を震わせる。(中略)ゴールキーパーは孤独な鷹だ。神秘的で、最後の守護神だ。」
ゴール前で人一倍の勇姿が期待されているゴールキーパーは戦争や政治に巻き込まれることも多かったという。

400ページ近くの本にはヤシンからカシージャスまで世界のゴールキーパーの系譜が詰め込まれているが、最近キーパーに興味を持った私には、オリバー・カーンから後の選手しかわからない。それでもカーンからノイアーまでのキーパーを見ているとゴールキーパーの役割はビッグセーブをする達人から攻撃の起点になるプレーもできるプレーヤーに進化が求められてきていることくらいはわかってくる。

この本の中で、私が考えているゴールキーパーの姿をもっとも言い表しているなあと感じた文章があるので、引用してみたい。

「ゴールキーパーほど運命の気まぐれに恒常的に向き合っているスポーツ選手はほかにいない。曲がってくるボール、イレギュラーするバウンド、一陣の突風、瞬間的な判断ミス、誉めるしかない無いみごとなシュート、そんなものが試合中の彼の奮闘を一瞬で帳消しにする。
結局ゴールキーパーは考える時間を与えられ、一人で思い悩む選手なのだ。だからゴールキーパーは危機をいたいほど感じる。ミスを忘れるために、走ったりボールを追いかけたり蹴ったりすることはできず、ひたすら待つしかない。しかも恒に敵の攻撃にさらされ、恒にじっと考えていなくてはならない。…」


そういえば、我がチームが得点した時、キーパーがどのようにしているのか、しかと見たことがない。自陣のゴールの前を動くことができない彼は、得点を喜ぶ仲間たちの輪の中に入ることができない。飛んで行って讃えたい気持ちをぐっと抑えて小さなガッツポーズをしているのだろうか?それとも賞賛の拍手をしながら自分ならどう守れたかとそのシーンを頭の中でリプレイしているのだろうか。一度しっかりと我がチームの守護神の喜びかたを見たいとおもっているのだが、ゴールが決まった途端そんなことは忘れてハイタッチの雨嵐に身を任せている。
自陣が危機のときしかそのプレーを集中してみてもらえないからか、キーパーはどこか人から少し離れたところを好む孤独な人にみえたりする。単純なのか複雑なのか、彼らの心を覗き見たくなる。


最後にとっても興味深い文章を
「知識人にゴールキーパー経験者が多い。フランスのノーベル賞作家アルベール・カミュ、帝政ロシア生まれの詩人ウラジーミル・ナボコフ、フランスの作家・随筆家アンリ・ド・モンテルラン、英国の作家イブリン・ウォー、ジュリアン・バーンズ、…。
アーサー・コナンドイルはポーツマスでプレーした。喘息だったチェ・ゲバラはゴールポストの後ろに吸入器を置いて、それで呼吸を整えながらプレーした。また宗教界にもゴールキーパー経験者がいてアマチュアのレベルで活躍していた人もいる。教皇ヨハネ・パウロ二世もその一人だった」

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「孤高の守護神 ==ゴールキーパー進化論」(ジョナサン・ウィルソン 著・実川 元子 訳 白水社)
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by windowhead | 2015-09-28 15:50 | 至福の観・聞・読 | Comments(4)

刊行されました!「「朝敵」と呼ばれようとも―維新に抗した殉国の志士」

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1年判前に執筆参加した本がやっと出版された。
「「朝敵」と呼ばれようとも―維新に抗した殉国の志士」(星亮一編 現代書館)
本が売れない時代に、あまり一般的でない幕末史関係の、それも負け組の評伝でもあるこの本が出版にこぎ着けたのは出版社の英断かもしれない。
来年の大河ドラマでは敵役を担う人物達だ。これらの人々は一般にあまり知られていないが、驚くほど開明的な人物だったり、優れた国際人だったり、先進的な思想家だったり、優秀な技術者だったりする。

歴史は勝ち組の都合の良いように伝えられて行く部分があるということは、みなさんご承知のこと。
勝ち組は開明的で優れた人物たちで、負け組は古くさい現実にしがみつく人物たちという、乱暴な対比が歴史文学やドラマで使われる。一般に分かりやすいやり方だからね。

でも勝負は時の運だったり、時代の流れが大きく左右するもの。その中でどちらに組していたかだけの違いしかない。
私はサッカー観戦が好きだからか、その考え方が強い。
メッシやCロナウドがいるチームが絶対勝つとは限らないし、99%の勝利がアディショナルタイムにひっくり返されることもある。その中で、勝ち組の選手と同じく、いやそれ以上に輝き、強い印象を残す選手がいたりプレーがあったりする。
歴史のある瞬間に輝やいた人物に興味を持ち、調べて行くとまた新しい興味に打ち当たる。歴史好きはそれの繰り返しなのだろう。

今回は松岡磐吉という人物について書かせてもらった。
ほとんどの人には初耳の名前だろう。
明治維新、新政府軍と旧幕府軍の最後の決戦になった箱館戦争の決戦で、旧幕府軍最後の軍艦となった「蟠竜」の艦長を勤めた幕臣。
彼のことは今まであまり語られていなかったので、どんな男だったのか知りたくてしょうがなかった。その興味の行き着く限り、稚拙な調べ方でわかったことを書かせてもらった。

旧幕府軍(賊軍)側というと、坂本龍馬大好きな長崎では手に取ってもらえないかもしれないが、彼は長崎海軍伝習所で学んだ人であり、あの咸臨丸で初の太平洋横断の一員でもあるのだ。
彼の他にもこの本の中には長崎海軍伝習所で学んだ人物が2人いるし、長崎に遊学した人物もいる。賊軍の彼らも新しい知識や技術を学んだプロフェッショナルたちなのだ。

幕末史を彩る新しい人物たちの評伝集。
よかったら読んでください。
2000円+税がちょっと高いと思われる方は、ぜひお近くの図書館に新刊本購入依頼など書いて図書館に入れてもらうって方法もあります!
たくさんの方に読んで欲しいです。

Amazonには、もちろんありました。
「朝敵」と呼ばれようとも―維新に抗した殉国の志士
星亮一編 現代書館
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by windowhead | 2014-11-08 12:31 | 至福の観・聞・読 | Comments(6)

「空白の天気図」を読む

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「空白の天気図」 
柳田邦男 文春文庫


69年前の8月6日、人類史上初の原子爆弾で20万人以上の人々が亡くなる壊滅的な被害を受けた広島だが、その約1ヶ月後の9月17日、追い打ちをかけるようにこの地を未曾有の天災が襲った。
枕崎台風。
916,1ヘクトパスカルという当時の観測史上2番目に低い海面気圧の大型台風は焦土と化した広島の街で吹き荒れ、原爆から生き残った人々は身を隠す場所もなく暴風雨にさらされる。そのような中で洪水や山津波が起こり、無防備な人々を飲み込んでいった。
枕崎台風による全国の死者・行方不明3756人,広島県だけでその半数以上の2012人の死者・行方不明がでる大惨事となった。

戦時下で気象情報は国の機密事項になる。開戦日から国民は天気予報のない生活をおくることになったが、気象観測は日本各地や南方の島々で続けられ、そのデータは暗号化されて逐一中央気象台に送られ、天気図が作成され、軍はそれを作戦に活用した。
8月6日、広島気象台の職員たちはいつものような観測の最中に被爆した。幸い建物は倒壊せず気象データは守られたが、それを中央に送るインフラが消滅した。同時に中央からの情報も届かなくなり、新型爆弾がなんであったのか知らないまま、観測を続け、被害調査をし、そのデータを送る手段を求めて歩き回る日々が続いた。
国が敗れても気象観測は続けられた。8月22日、NHKラジオで天気予報は復活したが、広島はまだ焦土のさなかだった。通信インフラの破損で中央からのデータが届かない中、広島気象台が観天望気で予測した台風情報だが、人々に知らせる術がない。役場への通達と気象台屋上にかかげた吹き流しで警報を知らせるしかなかった。

自分たちも放射線障害に苦しみながら日常の観測と原爆や台風に寄る被害調査を続け、その情報を守り続けた広島気象台の人々の奮闘を描いた本作は、昭和50年に初版出版されたものだが、2011年の東日本大震災と原発事故をきっかけに「核と災害 1945.8.6/9/17」という副題を添えて再文庫化されている。



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by windowhead | 2014-08-29 06:43 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

音楽を殺さないで

ASUKA氏の覚せい剤逮捕で「チャゲ&飛鳥」の歌が街から消えようとしている。
世間から非難されると思ったのだろうか、その前に自分たちは良識の人だと見せたいためだろうか、彼らの所属事務所やレコード会社やショップが早々と「チャゲ&飛鳥」のCDやDVDやネット配信の音楽まで人々の前から消してしまう決断をした。
この良識人ぶった自己規制は行き過ぎではないのかしらん。

たしかに「チャゲ&飛鳥」の一人が反社会的な行為をした。厳罰に処すべき行為なのだろう。
しかし、彼らが作った音楽に罪があるのか?
まして、ずっと昔、彼らが若者だった頃作った音楽までも覚せい剤に汚れているというのだろうか。
罪を犯した人間が作ったものに触れることは触った者まで汚れるというのだろうか。

チャゲ&飛鳥のファンではないので彼らの音楽のことはあまり知らない。それでも『YAH !YAH !YAH!』などを耳にするたびに「なんだか元気がでる曲だなあ、名曲だよね」と思ってしまう。今でもこれからもこの曲に力をもらう人たちは多くいるのだろうと思う。

作った者の罪で作品の「商品としての価値」は下がるだろうが、「質」は変わらないはず。変わったとしたら、それは聞いていた人の気持ちが変化したからだろう。本当に音楽が好きな人たちは、歌手や作者のネームバリューで音楽を判断しないはずだ。

モーツアルトだって生きていた時はハチャメチャで自堕落で罪も犯している。ビートルズもポールが麻薬を所持していたということで日本政府は日本での公演を許さなかったこともある。それでも彼らの音楽まで縛り隔離することはしなかった。だからこそ今でも名曲は名曲として、後の世の人々が楽しむことができている。

罪を犯した人はその罪で裁かれる。
でも憎むべきは罪であって、その人格ではない。
「罪を憎んで、人を憎まず」が日本の司法の原点ではないのか。人は更正できるという前提があるはず。
今の日本社会にはその原点に気持ちを及ぼすことなく、汚れたもの怖いものは自分の周辺からきれいさっぱり消し去って、自分の周辺が平和であればそれでいいという気分がただよっている。
今回のことも音楽を殺そうとしているのは国の権力ではなくて、音楽会社という本来彼らの味方であるべき側だということが悲しい。
「保身のための自己規制」こんな姑息な人たちの財産やちっぽけな名誉を守るために音楽が隔離され抹殺されていく。それはやはりおかしいことだと思う。そして、彼らの音楽を隔離することから不正コピーなどの犯罪を生むことにだってなりうる。これは音楽関係の人たちだけの問題ではない。でも音楽者たちから音楽の自然なありかたを守りたいという声が聞こえてこないのも寂しい。

「チャゲ&飛鳥」の音楽が後の世に残るものか、ここで消えるものかは、音楽を愛する普通の人たちの行動が時間をかけて自然と決めてくれるのだと思うし、それが本来の姿ではないのかな。
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by windowhead | 2014-05-21 09:09 | 至福の観・聞・読 | Comments(2)

ほのぼのサッカーミステリー「ホペイロ坂上の事件簿シリーズ」

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「ビッグカイト相模原」もJ1に昇格していたんだ。
といっても、もちろん実際のJリーグチームのことじゃない。
井上尚登作のサッカーミステリ「ホペイロ坂上の事件簿シリーズ」(創元推理文庫)
JFL所属のサッカークラブ「ビッグカイト相模原」のホペイロ・坂上くんが身近に起きる小さな事件を解決して行くほのぼのとしたミステリー「ホペイロの憂鬱 JFL編」を手にしたのは2、3年前だったかな。
人の良い用具係さんや切れ者美人の広報女史、にこやかで可愛い女子大生ボランティアスタッフ、内部事情に詳しい洗濯係のおばちゃん、いつも精一杯ビッグフラッグを振ってくれるサポーターくん、チームをひっぱるベテランエースストライカー、新人の元気なFWくん、おばさまやおみずの女性に人気なチャラ男MFくん…身近にいそうな人たちばかり。
ホペイロくんに持ち込まれる事件も、所属のアフリカ系選手への畑荒らしの濡れ衣とか、げんかつぎのぬいぐるみ消失とか、市中に貼った選手ポスターの盗難など地味だがサッカークラブの日常と人々のあたたかさが感じられて好ましい。
財政的に豊かではないが意欲的なサッカークラブの様子や登場人物たちに何となく親近感を感じたのは、わが街にも同じようなJFLのサッカークラブ「Vファーレン長崎」があったからかもしれない。

続編「幸せの萌黄色フラッグ  ホペイロ坂上の事件簿 J2編」では、「ビッグカイト相模原」はJ2に昇格して3年目の設定。読みながら「Vファーレン長崎」より先に昇格しちゃったなあとちょっと複雑だったっけ。
そして「ブンデスの星、ふたたび  ホペイロ坂上の事件簿 J1編」では 「ビッグカイト相模原」はJ1に昇格していた。
1巻のエースストライカーがコーチになっていたり、親企業が買収されてクラブ社長が変わっていたり、ホペイロくんに部下ができたりと登場人物周辺にすこし変化はあるものの、相変わらずホペイロ君には雑用と事件がもたらされる。ホペイロくんの機知と人情となによりサッカーに対する愛情が事件を幸せな解決に導く。

わが街のクラブもこんなクラブなんだろうなあ。
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by windowhead | 2014-01-18 05:01 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

「松田直樹を忘れない。」

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「松田直樹を忘れない〜闘争人Ⅱ 永遠の章〜」
   二宮寿朗 著  三栄書房


正直、どちらかというと好みではない選手だった。あの熱苦しさや子供っぽいところが苦手だった。
それでも突然マリノスが彼に戦力外を言い渡したとき、サポーターの人から転送されて来た戦力外撤回署名に躊躇することなく署名させてもらった。好き嫌いに関係なく彼がマリノスそのものだと思ったからだ。中村俊輔選手が彼を慕うのも、彼がマリノスの魂だからだと思ったからだ。
松本山雅に移籍して半年ちょっと、真夏の練習場で突然倒れ、そのまま帰らぬ人になった松田直樹というサッカー選手。
マリノスとの別れからその先、彼と彼の周辺の人々の物語がこの本にあった。

30歳代でほとんどの選手が引退していくプロサッカーという世界。松田ほどの選手でも来年もこのチームでプレーできるだろうかとの不安を抱えていた。まだ自分はできると自覚し自信をもった試合の翌日に言い渡された戦力外通告。そこから当時JFLの松本山雅への移籍を決めるまでの彼の不安と葛藤は人ごととは思えないほどキリキリと読者の身に刺さってくる。
突然人生の岐路に立たされたとき、人はどう考え、どう決断して次のステップを踏み出すのか、そして次のステージでの試行錯誤を支えるのはなんなのか。この本は、松田直樹という天才ディフェンダーの最後の生き様を通して教えてくれている。

どちらかというとシリアスな空気感に包まれた内容だが、ところどころに爽やかな風が渡るようなシーンがでてくる。二人の親友、安永総太郎と佐藤由紀彦とのエピソードだ。本物の友とはこんなに優しく厳しく温かいのだ。

「松田直樹を忘れない」、私が薦めるまでもなくマリノスサポや山雅サポの人たちは、すでにこの本を手にしているだろう。
私はこの本をあえて長崎の人たちに薦めたいと思っている。
この本の中で長崎がとても重要な役割をしているからだ。
終始松田直樹を受け入れ、時には厳しくアドバイスし、時には家族全員で癒しの場となってくれた親友・佐藤由紀彦。長崎は今も彼が松田直樹の遺志を継いでサッカーを続けている所だからだ。J2初昇格で躍進している「Vファーレン長崎」。このチームのキャプテンが背番号10番の佐藤由紀彦だ。

松本山雅行きを決めた松田直樹は、長崎の佐藤由紀彦に松本山雅で一緒にプレーしないかと本気で誘いをかけている。「自分には備わっていないが、由紀彦にはキャプテンとして人をまとめる力がある。一緒に山雅でJ1を目指そう」と懇願に近い誘いをうけながらも、長崎をJリーグに上げるほうを選んでくれた佐藤由紀彦。昇格をかけたシーズン半ばに親友松田直樹を亡くしたが彼との約束であり、長崎の悲願でもあったJ2昇格を勝ち取った。
昨シーズン、Vファーレン長崎ホーム最終戦後、キャプテン佐藤由紀彦がなぜ背番号3番の横浜Fマリノスのユニフォームを着て優勝杯を掲げたのかーー。
「松田直樹を忘れない」は、佐藤由紀彦の物語でもあるのだ。

長崎はこんなに爽やかで優しく幸せな所だったのか。
佐藤由紀彦とその家族が登場するシーンは、爽やかな風と明るい光に満たされた別天地のようで印象深かった。
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by windowhead | 2013-09-05 02:24 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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