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頭にくる!架空請求のハガキがきちゃったよ!

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明日から個人情報保護法が全面施行となる。
5000件以上の個人情報を持っている企業にはさまざまな義務が課せられるとのことで、新聞によれば、セキュリティー講座やネット上のセキュリティー機器の特需になっているらしい。
でもさ、基本的なところが抜けているよねえ。住民基本台帳ネットワークだって、私は反対なんだけど、大きな理由は運営している人たちのモラルが信じられないってことなのよね。
ハッキングやいろいろな技術を使ってインターネット上から情報を抜き出すケースと、内部の人間が持ち出したり、不正利用するケースを比べると圧倒的に後者が多いはず。クレジットカードの問題だって、ちょっと前は、インターネットからカード番号が漏れるなんて騒いでいたが、一番大きかったのはスキミングというアナログ的手法だったわけで、未だに、ネットワークから進入できるほどの高いスキルの犯罪者は少なく、普通の犯罪のパターンで個人情報は盗まれたり売り買いされていると思うんだよね。

じつは、ちょっと前、私んところにも、「訴訟報告書」なんて手口の架空請求がきちゃいました。
せっかくですから内容を全部下記しますね。一応引用文にしておこうかな、著作権に引っかかるといけないんで。(笑)

訴訟報告書(赤文字です)
このたび、貴殿がご利用されました商品販売会社さまより、(民法643条に基づき)当社が受任いたしましたことを、ご報告いたします。
貴殿が以前購入されました「美容関連商品」の件で、●月に裁判所への民事訴訟の申告が終わっていますので、裁判所からの出廷命令通達後、所定の裁判所への出廷となります。尚、出廷を拒否されますと「民法573条に基づき)刑事追訴後、原告側の出張を全面的に受理し敗訴となりますので、ご注意ください。

又、裁判取り下げを希望される場合、必ず裁判取り下げ最終日の●月●日までに、当社にご連絡くださるようにお願いいたします。(この文赤字)

お客様番号 ●●●●●●ー●
受付時間  ●●●●●● 
受付電話番号 03-●●●●ー●●●●

〒100-0013 東京都千代田区霞ヶ関3-11-1
東京企業弁護会 千代田法律事務所 担当鈴木迄


普通に考えても、こんな内容のものをハガキで出すなど非常識なことだし、文中には変換ミスの誤字(出張==>主張では)まであるので、すぐに架空請求だと分かるのだけど、受け取ったときは、びっくりしたのと頭にくるのでその日1日、いやな気分。
それに、もしものこともあるので、さっそく翌日簡易裁判所に行って、確認作業。さらに、最寄の警察署に持っていき、対策をききましたよ。
県や市の消費者センターに持っていこうかとも思いましたが、案外この機関は役に立たないことが多いのです。やはり、この場合は犯罪のニオイがするので警察ですよね。

で、警察の人からのアドバイス。
原則は無視すること。
絶対に、書かれている電話番号に電話しないこと。(これが一番のポイント)

「最近は実際に少額訴訟を起こしてあって、出廷しないと負けになるケースもあるので、無視するにも、確認をどうしたら良いか」と、聞いたら、
警察、裁判所両方の担当者の方が言うには、

●裁判所からの通知は「特別送達」で送られてくる。封書に「特別送達」という赤いスタンプが押されていて、郵便局員が手渡ししたのち、受取り人に署名をさせるので、普通郵便とまぎれる事はないはず。絶対に普通の封書やハガキで送られることはない。
●裁判所からの特別送達で来たものについては、本物かどうかを発信元の裁判所の電話番号を電話案内で調べて、訴訟が起こされているか確認する。
● 裁判所からの正式な通知なら、そのままにしておくと請求通りの判決がでるので、必ず「身に覚えない」などの反論文書を裁判所に出す。

というものだった。

追記:
この記事にたいして、morningさんから、さらに詳しいコメントをもらいましたので、ここに追記しておきます。
とても大事なことですよ。
特別送達が来たときは、その封筒や中の書類に書かれている裁判所の電話番号ではなくて、
104で調べた裁判所の番号へ掛けてみることをお勧めします。(封筒や裁判所の書類も偽造のことがあるそうです。)
担当書記官と事件番号(平成○○年(○)第○○号)が絶対必ず書いてあるはずなので、その書記官とお話してみてください。


こんなときこそ、裁判所や警察に足を踏み入れてみるものですよ。
なんだか冷たい組織のような雰囲気だけど、案外親身になって応えてくれるものだなあというのが感想。
まあ、友人にいわせると、そこまでやるか!と呆れ顔だったが、以前、消費者センターに相談したときより、的確なアドバイスだった。
国民生活センターのサイトで調べると、このハガキ業 者は、架空請求に関する相談件数が多い業者名リストにも上がっている有名悪質業者のようだが、ネットを利用しない、できないご老人たちなどに、こんな情報はどのようにして届くのだろうか。
さらにさらに、情けないのは、私の県の消費生活センターは、業者名簿の開示もしていない。

それにしても、このハガキ、住所は千代田区霞ヶ関なのに、消印は本所。東京に住んでいない私ですが、本所って墨田区だくらいは知っているよ。千代田区には郵便局がないのかなあ??????なんとも、お間抜けな業者。こんな人たちに私の個人情報が渡っているのが、一番頭にくる!!

個人情報を守る私の方法:
アンケートやプレゼントに応募しない。
どうしても応募しなければならないときは、氏名や物を送ってもらうのに必要な情報以外は架空の情報を記載する。
特に生年月日は正しいのは入れない。などなど.
嘘を書くって案外どきどきするものですよ。
小心者だということを実感させられる瞬間だよ~~。
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by windowhead | 2005-03-31 12:56 | 私的危機管理 | Comments(4)

「プレステ2」CMで「キスして欲しい」が流れている

TV番組の改変時期で、見るものもなく、しばしTV離れというか、メディアのあり方ばかりを考えていたが、そんなとき久しぶりに胸キュンなCM。

TVから、ささやくように流れてくる懐かしい音「トゥートゥートゥー~~」。
ザ・ブルーハーツの「トゥー・トゥー・トゥー(キスして欲しい)」だ。画面を見ると、「プレステーション2」のCM。
これ、以前から流れていたんだろうか?

そういえば、ついこの前まで、深夜ドラマでもエンディング曲で「ラブレター」を女性が歌っていた。この「ラブレター」、だれが歌っているのか知りたくて、お決まりの笑えるベッドシーンを何回見たことか!!

女性が歌う「ラブレター」といえば、KOKAMI@networkの音楽劇「リンダリンダ」を観た私には、すぐにSILVAの名前が思い浮かぶが、「特命係長只野~~」の「ラブレター」は、それよりずっと歌謡曲っぽい。
「特命~~」のエンディング曲を歌っていたのは白羽玲子という人らしいが、SILVAのあの熱唱を知っている私には、どうもイマイチ、おっさん向けの子守唄のようにしか聞こえない。そこが、狙いなんだろうけど。

「リンダリンダ」では「トゥー・トゥートゥー(キスして欲しい)」もよかった。
女性コーラスから男性コーラスにバトンタッチするときの転調が自然で、すごくかっこいいコーラス曲になっていた。
「リンダリンダ」を観劇する前は、ブルーハーツの曲を彼ら以外の人がどのように歌うのか興味があったが、驚くほど新鮮な感じで、ブルーハーツの楽曲よさを再認識したものだ。

プレステ2のCMでの使われ方も、ささやくような小さな音でながすことによってブルーハーツの根底にあるやさしさや青さを引き出していて好感がもてる。

中小企業社長日記で、社長さんは、こうつぶやいている。
やっぱりブルーハーツはいいな。
(ハイロウズは、ちょっとソウルが感じられなくて・・・) 
…中略…
ああ。「キスして欲しい」(ブルーハーツ)が心にしみるぜ。
 と。

そうか、ソウルが感じられない…か、ソウルフルのようだが、あの若い痛みのようなソウルは確かになくなっているなあ。それが、大人になるってことなのかも。

でも、
やっぱり、「ブルーハーツ」が好きだ、私も。
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by windowhead | 2005-03-29 14:51 | 至福の観・聞・読 | Comments(3)

メディアが作る「ライブドア」イメージはフェアなのかなあ?

3月26日付朝日新聞の別冊「be」にとても、興味深い記事があった。
この別冊に「フジマキに聞け」というシリーズがある。フジマキとは、兄は、元モルガン銀行東京支店長・伝説のカリスマディーラー:藤巻健史氏。弟は、元伊勢丹のカリスマバイヤーで2003年10月から福助社長の藤巻幸夫氏。この2人の兄弟がそれぞれの専門分野で質問に答えるというシリーズだ。
今回のテーマは、「ホリエモン」。兄へ「ホリエモン問題で最近気になることはありませんか?」との質問があり、それに藤巻兄が答えているのですが、なるほど!と膝を打つような見解があった。
兄の今回のコラムは、通信社の記事の中に漢字変換ミスの文字を見つけることがあり、それがささやかな楽しみ。でも、変換ミスは笑えるが、笑えない言葉の誤用もある。と書いて、以下のような文章があった。
ライブドアとフジテレビの騒動では「乗っ取り」という言葉が頻繁にメディアに登場した。これは、堀江社長のやったことを、最初から悪いことと決め付けているようなものだ。きちんと「買収」という言葉を使うべきだと思う。


たしかにそうだと思う。堀江氏の企業が仕掛けたのは「買収」である。法的になんら問題がない極めて日常的なビジネスの1つだ。「乗っ取り」とは、まるで、不法に力任せにねじ込んだようなイメージがある。分かっていてこの言葉を使っているなら、メディアはイメージ操作していることになる。

同じようなことが、映像にもある。
これだけ露出の多い堀江氏なのに、なぜ、彼の映像というと、あの映画のPR用に撮影したマシンガンを構えた映像を使うのか?
TV各社で[「フジ対ライブドア」、「日枝対堀江」、「亀淵対堀江」などのイメージ写真でこのマシンガン映像やそれから切り取ったマシンガンを構えた写真を使っている。
堀江氏が、ほとんどメディアに出てこないので写真がないならともかく、毎日各社に出ているし、インタビューにも応えているのに、使われる写真がこのマシンガンでは、写真を掲載する側のイメージ操作としか見えない。
「乗っ取り」と「マシンガン」で、暴力的な若者のイメージを植え付けられる堀江氏に同情する。
まして、かたや亀淵氏は、困ったような泣きそうな顔ばかり。これでは、善良なおじさんをいじめる若者というイメージだ。
買収されてもおかしくない状況にあったのに何もしていなかった亀淵氏の経営能力のなさを誰も批判しない。彼は決してリスナーやお客様のことを考えている人ではない。その証拠が株主総会で村上ファンド(株主)の意見をさえぎり強行に議事をすすめさせたという報道に現れている。さらに、有名タレントに番組を降りるというコメントを出させているが、経営が変わるというだけで、番組を降りるという人たちは、本当にリスナーのことを考えているといえるのだろうか。この点では、それを指摘したナインティーナインの2人の意見に喝采をおくりたい。
普段からリスナーや視聴者のことなど考えていない人たちが、俄仕立てでそれ風なことをするから、ボロがでるのだろう。
公正性・公共性を主張するメディアがこのようなことをする。恐ろしいことだと思う。


私は忘れていない。2004年4月8日のイラクにおける3人の日本人人質事件。

あのとき、同じ日本人の被害を助けることより、彼らの行為が非常識であり、その責任は国が取る必要はないという「自己責任論」が、ほんの2,3日で日本中を吹き荒れた。これは、すべてのメディアによって流された情報だ。
あのとき、本当に日本は彼らを救う責任はなかったのか?そんなはずはない。なのに、自衛隊撤退が交換条件だったばかりに、国は苦し紛れに「自己責任論」をぶち上げて問題の本質をはぐらかし、メディアがこぞってそのお先棒を担いだ。
公共性を主張するメディアが主張する「自己責任論」は国内でものすごい勢いで荒れ狂った。この「自己責任論」がエスカレートし、帰ってきた彼らを深く傷つけ、その後の日本人の活動の足を引っ張った。
あのとき、感じた恐ろしさは、ナチスの言論や思想の統制を見るようだった。
その後、いつのまにか「自己責任論」は消えていった。その後の人質問題でもそれほど出てこなかった。そしてメディアから「自己責任論」を煽った反省の声はない。

あの恐ろしさを私は忘れ得ない。あれが、メディアの暴力だということを。
私が、今回のライブドア対フジの問題でもライブドア側のスタンスに立つのはそんな理由からだ。
今回の堀江氏を表現する言葉や映像も、自己責任論のときと同じ臭いを感じる。
今回はそれをメディアが自分たちの利権を守るために仕掛けてきている。

「きれいはきたない。きたないはきれい。」マクベスの3人の魔女の台詞を思い出す。
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by windowhead | 2005-03-27 21:11 | 日日抄 | Comments(0)

そういえば、花粉症だった~~~。

25年以上も花粉症と付き合っている。この忍耐と粘り強さが恋愛関係に発揮されないのが悲しい私。25年付き合うと、花粉症も飼いならしたって、感じで、最近は、それほど辛くない。

花粉症元年は、3月のある日、突然やってきた。
目が無性に痒い。真っ赤になってくる。目をこするとなにやらべとついた涙みたいなものがでる。痒みは目薬をさしても、なおらない。いっそ目の玉を取り出して、思いっきりかきむしりたいと切実に思うほど。
伝染性の眼病と思って、眼科に飛び込んだら、先生いわく「ハナアレルギーかな、耳鼻科にも回ってください」.なるほど、そういえば、鼻が詰まるし、そのくせ、やたらにさらっとした鼻水がでる。耳鼻科にいって、鼻の洗浄をし、ヒスタミン剤をもらった。症状が軽くなるまで鼻の洗浄に通ったことをおぼえている。翌年も出た。そのうち、「花粉症」という言葉が一般化してきた。
なるほど、あのとき眼科の先生が言った「ハナアレルギー」という言葉は「鼻アレルギー」ではなく「花アレルギー」だったのか!と目から鱗。

今でこそ、余裕で過去を振り返っているようだが、毎年この時期の症状は笑い事で話せないほどだった。
一番辛かったのは、就寝時の鼻づまりと鼻水。息ができなくって眠れなかったり、口で息をするため喉の粘膜がヒリヒリとしてきたり、とにかく安眠できない。昼間は、顔全体の皮膚が過敏になったように、髪の毛が頬にふれても目が痒くなる。鼻水で、鼻をかみすぎて、鼻の下や唇の皮膚が荒れ、ヘルペスまでできる始末。目の周りの皮膚は乾燥して、こするため、目じりの小じわも増えてくる。(たしかにお肌の老化もあるけどさ)
その頃の対処療法は、病院でもらう薬、伊達メガネ、ガーゼのハンカチ、厚着だったかな。マスクは、「オシャレに見えない」という思い込みで、どんなに奨められても遣わなかった。考えてみれば、目が真っ赤で、鼻水の女なんて、その時点でオシャレではなかったわけで、おバカな思い込みだったのかもしれない。

そんな、辛い花粉症が少しづつ、付き合いやすくなったきっかけを思い起こしてみると、いくつかのポイントがあるようだ。
まず、1つは、仕事場の移転。
自営の幸運と母の病気で、繁華街の事務所から、自宅での作業を多くした。自宅は、街の中心にある標高140メートルくらいの丘の上。近所の山には杉の木もあるのだが、ここで仕事をするようになって、症状は軽くなっている。
都会の花粉症の多くは、スギ花粉ばかりのせいではなく、多くが排気ガスによるものか、花粉と排気ガスの複合型だと思っている。その証拠に、オフロードバイクで初春の山を走るとどこもここもスギ花粉ばかりだが、ここでは症状は出にくい。それなのに、街中の道路に下りてくると途端にくしゃみと鼻水が出だす。石原都知事の花粉症もきっと排気ガスによるものだと思うよ。

2つめ、これも母の病気からの変化なのだが、脳梗塞になった母の食生活は、年のわりに高たんぱくだったので、それを、野菜中心に変えていった。当然私もその食事をとることになる。それに、生野菜など体が冷えるので、サラダも温野菜を中心にしていった。、食生活のパターンが肉食中心から、野菜や魚中心に変わっていったよくよく年から花粉症の症状は軽くなっている。

3つめ、どうしても鼻水がひどいとき以外は、薬はつかわないようにして、使う薬も漢方薬の「小青竜頭」にしているが、この薬で、鼻水などはほぼ治まるようだ。

友人の、医師にして、ナチュラリストにして、サバイバルレース「キャメルトロフィー」の日本代表で2位入賞者である宇津田 含医師に、以前、私が運営するサイトに、花粉症対処法の原稿を書いてもらったことがある。
彼も花粉症なので、対処法はなかなか説得力があった。
一番うれしかったのは、鼻づまりにきく寝方。
「横になって寝ると片方の鼻づまりは解消する」やってみたら、確かに楽に寝られた。
花粉症に効くツボというのも習った。
このブログを読んでくれている人もいることでしょう。
彼の原稿はサイトのアーカイブにあったので、引き出しておいた。
もし、読んでみたい人がいれば、以下にURLを書いておく。
ただし、宇津田氏は、しつこいくらい長い文章を書くし、過激な発言の世渡り下手。
読んで気を悪くしても、責任はもちません。


花粉症に勝つ
花粉症のセルフケア
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by windowhead | 2005-03-26 12:53 | 日日抄 | Comments(0)

池袋のトラブルシューターは健在だった。「反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパークⅤ」


一年ぶりで、マコッチャンに会えた。
IWGP周辺は再開発でずいぶん様子が変わっているし、最近の著者は、近未来だのアキハバラだのを舞台にしているので、マコトに会えなくなるのではないかと心配していたが、池袋のトラブルシューター真島誠は、相変わらず果物屋の店番しながら、コラムを書いていた。おきゃんで頼りがいのあるオフクロさんも健在。そして、Gボーイズのキングもちょっと大人になって健在。サルもハッカー・ゼロワンも吉岡刑事もちょっとづつ顔をだす。マコトの周りの人脈は変わらない。

しかし、マコトのところにくるトラブルは時代とともに変わってきている。
あの一触即発のストリートの熱気は冷め、ちょっとスカして大人っぽくなった池袋には、風俗や詐欺や自殺願望がうごめく。しろうと達の欲や妄想から起こる痛ましいトラブルが多くなっている。

池袋ウエストゲートパークの真島誠は、私の愛するハードボイルドヒーローのナンバー2。
ナンバーワンは、新宿の無認可保育園の園長兼何でも屋探偵・花咲慎一郎さ(「フォー・ディア・ライフ」「フォー・ユア・プレジャー」柴田よしき著)。

私の愛すべきハードボイルドヒーローには、いくつかの条件がある。
1.群れない。
2.警察や司法、役人など権力の側に属していない。
3.拳銃などの武器を使わない。武器は自分の頭脳と体力,さらに最大の武器は、人的ネットワークと、市井の一人一人のちっちゃな応援。
4.庶民的な感受性とフットワークの軽さ。
5.愛すべきプライバシー。など
たとえば、人気の新宿の鮫島や湾岸署の青島くんは、上記の2と3に合致しないので、スリリングな魅力に欠けるし、海外の多くの探偵たちは当然のように拳銃を使用するのでバツ。
それに、いくらフィリップ・マーロウがナンバーワンのハードボイルドヒーローと言われても、そのカッコよさはすでに伝説となるほど古臭い。
ハードボイルドの醍醐味のひとつは、今を感じさせるライブ感だ。今、トレンチコートを着てバーでギムレットを飲む男がいたら、ちょっと、イタイよね。
事件にかかわるきっかけは、大金持ちからの調査依頼ではなく、不当に抑圧されたり危害を加えられた庶民の悲しみや怒りに共感し、手助けするところから始まって欲しい。そして、思案する前に走り出すような行動力だけが取り得と思われている。
最後に、愛すべきプライバシーで言えば、花咲は、無認可保育園の園長という表の仕事があり、この仕事を本気で愛している。池袋のマコトも、本業は、間口1軒のちいさな果物屋さん。店番するときに聞いている音楽がヒップホップでなくクラシックという意外性もいい。

本書には4つの事件が収められているが、中でも中国の玩具工場で過労死した姉の仇を取ろうとする中国人キャッチガールの事件「死に至る玩具」は秀逸。
日本で大人気の人形を制作している中国企業の女工哀史的な過酷な労働環境の描写は、少なからずショッキングだ。そんな人形を夢のアイドルとして持てはやすブランドボケの日本人と、経済効果のためならなんでも仕掛ける日本企業のモラルの問題など、グローバル化した日本経済が他国にもたらす悲劇がわかりやすく書かれている。

また、集団自殺のプロデューサーをネットで追い詰めながら、自殺の決行をじゃまする反自殺クラブの話も、リアルな今を感じさせるテーマ。
 
重い内容も、マコトのフットワークのように軽いタッチで描く。
ところどころにちりばめられている女に関する気の利いた台詞が、じつにおいしい。
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by windowhead | 2005-03-25 03:40 | 至福の観・聞・読 | Comments(1)

どうでもいいことなんだけど、気になるのは、「韋駄天」って名前

碓氷峠にトロッコ列車登場、名づけて「シェルパくん」

「韋駄天」の船長さんたちが無事解放され、帰国できてほっとしている。
メディアは身代金を払ったのかどうかで騒いでいるけど、私の中では、それとはちょっと違った疑問が…。
一つは、海賊がでるような危険地帯を航行するとき、プロの護衛を付けないのかということ。日本で銃器をもった護衛というと非常識に見えるけど、海外の危険地帯を、護身武器も護衛もなく通過するほうが、非常識ではないのかと…。保険をかけていればいいという問題ではないような気がするのだが。

それと、もう1つの疑問は、本当にバカなことなんだけど、言ってしまいます。笑わないでください。
なぜ、タグボートの船名が「韋駄天」なのかということ。

タグボートは、大型船舶の離接岸を助けたり海洋構造物やバージなど自力で動けないものを引っ張ったりする小回りがきいて馬力のある船。力自慢の船だから、どちらかというと、「金剛力」とか「タジカラオ」とか「金太郎」って、感じなんだけど、なぜか、俊足の神の名前がついている。「韋駄天」は、タグボートの中では俊足なのかなあ??

どうでもいいことなんですが、ネーミングって、気になる。

HOOPさんのブログ「掬ってみれば無数の刹那」に「碓氷峠にトロッコ列車登場、名づけて「シェルパくん」」という記事があった。

碓氷峠といえば、急勾配で、普通の列車では登れず、「アプト式」を採用しているので輸送力に限界があったと昔、地理の授業で習ったように記憶している。
今回のトロッコ列車の愛称「シェルパくん」は、険しい山道を大量の荷物を背負って同伴してくれる、登山家にとって頼もしい道つれ「シェルパ」のことだろう。わかりやすいなあと、まずは納得。

ところで、トロッコ列車って、普通の列車とどこが違うのか、正式な定義があるのかなあと調べてみたけれど、わからなかった。普通の列車と違って、貨車を改造した窓ガラスのない荷台に屋根のついているような客室を持つ列車と思っていいのかなあ。正式な定義が分かる方、教えてください。

インターネットで探していると、いろいろなものが見つかる。「かりるなら/com」に全国のトロッコ列車の情報があった。
そのなかで、列車に愛称が付いているものを挙げると、会津鉄道の列車名は「会津浪漫号」、天竜浜名湖鉄道のは「そよかぜ」、木次線は「奥出雲おろち号」、四国旅客鉄道のは「瀬戸大橋トロッコ号」「清流しまんと号」「へそっこ号」、など。地名や民話などに由来した日本語のものがほとんど。それからみると、「シェルパくん」というのは、レジャーランドっぽい愛称なんだなあと、再認識した。

トロッコ列車が走っている11ヶ所はそれぞれに、自然の美しいところのようだ。
爽やかな春の日差しのなかで、新鮮な空気を吸いながら、若葉を楽しみたいものだ。

ウエストコーストは、今日は荒れ模様。桜はまだ咲かない。
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by windowhead | 2005-03-24 13:15 | 日日抄 | Comments(2)

ぐっさん、時代劇づくね!=「柳生十兵衛七番勝負」

時代劇ファンとしては、4月からのドラマで密かに期待しているのが金曜時代劇柳生十兵衛七番勝負
「本格チャンバラ劇」だそうです。素直にたのしめますぜ。
「今回は完璧に男たちのドラマ、真剣勝負で戦う中でしか判り合えなかった時代を生き抜く男たちの濃密なドラマです。」という、担当チーフプロデューサーの弁にさらに期待が膨らみます。
エンドクレジットに流れる音楽は、故松田優作の渋いバラード「戦い続ける男たちへ」だそうです。なんとも男祭りではありませんか。(ここまでくると、ちょっとしらけるけどね!)
敵役を松重豊とか佐々木蔵之介なんて、ちょい若手がやるのもいいですねえ。
今回の殺陣は、「たそがれ清兵衛」や「隠し剣 鬼の爪」の久世浩というのも期待の一つ。

でもって、第2回目のゲスト(対戦相手)が中村半左衛門=山口智充となっています。
大河での、永倉新八の登場シーンは若い(?)武芸者だったけど、あの雰囲気は永倉新八というより、柳生十兵衛に登場する武芸者のほうが似合うと思っていました。(永倉新八好きとしては、江戸っ子の軽妙な粋が伝わってこなくて、大河の新八はイマイチでした。)
今回のゲスト出演は期待できそう!!

十兵衛の対戦相手の中村半左衛門って、どんな人なのかな?
中村半左衛門といえば、忠臣蔵の奥野将監定良の父親奥野将監定次が、浅野に仕える前の名前が中村半左衛門。この人は、豊臣三中老の一人・駿河駿府城主で、関が原では東軍についた中村一氏一族に由来している人だったとものの本に書いてあった。
この中村半左衛門とすると、後も生きているわけだから、十兵衛との闘いは、どのようなものになるのかな?この闘いを機に浅野への仕官が決まったりするのかなあ??まあ、見てのお楽しみ!!

がんばれ、ぐっさん!!長身の村上十兵衛を相手にどのような殺陣を見せてくれるでしょうか。

村上弘明も十兵衛をやるにはぎりぎりの年齢と思うけど、今、殺陣がしっかりしていて華のある主役級の人って、あとは、榎孝明、真田広之、渡辺謙、京本政樹くらい?あとは、歌舞伎界?
林海象の「ZIPANG ジパング 」での地獄極楽丸を見て以来ずーっと、高島兄(政宏)の剣豪役が好きなのだが、いま、彼は耽美的な黒蜥蜴の世界にいるしなあ。その後は「エリザベート」と、誰かと同じように軸足は舞台の人。

いずれにしろ、「柳生十兵衛七番勝負」、4月からのTVドラマでは、一番期待しています。
でもさ、七番勝負なのに、全6回って…、原作読んだ人も心配しているんだけどね。
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by windowhead | 2005-03-22 13:36 | 新選組!な人々 | Comments(5)

「月明星稀6」は池田屋



「月明星稀ーさよなら新選組6」 盛田賢司著 小学館 505+税

盛田賢司の「月明星稀ーさよなら新選組6」が発売されていた。
氏の剣道漫画「しっぷうどとう」ファンだったので、「月明星稀」も1巻から次がまちどおしい作品になっている。
「4」が出た頃ちょうど「大河・新選組」も鴨暗殺前でテレビと漫画がシンクロしたが、大河・組!は終わっても、「月明星稀」のほうは、やっと「池田屋事件」。

大河では、山南が残留する理由が描かれず、単に土方の命令で残留組になったとされた。そのため、後の報奨金問題が出たときも,あたかも土方のいじわるのようになってしまったが、「月明星稀」では、山南残留の理由をしっかりと描いている。
鴨暗殺あたりから人を斬ることで心を病んでいきつつある山南は、自分と同じ志をもつ尊皇攘夷の士は斬らないと心に決めたので、出場しないと藤堂平助に話す。山南を尊敬している藤堂は、土方に、山南は病気だから休ませて欲しい。そのぶん自分ががんばるから、と願う。山南の様子を知っている土方は、山南に問いただすこともせず、藤堂平助のいうとおりにする。それによって、藤堂は、尊敬する山南の心を守るためと、土方のやさしさに報いるためという二重の責任を自分に課して戦うことになる。

月明星稀の近藤と土方の関係は、友人というより、心の師と師を慕う人に近い。師・近藤のためならどんな汚れ役もやってしまう土方の非情さとやさしさの葛藤。

坂本を尊敬してやまない望月の熱さゆえの行動と後悔。

尊敬する人を守ろうと命をかける男たち(土方、藤堂、望月亀弥太)三人三様の決死の闘いは壮絶で悲しい。
月明星稀は、男たちの献身の物語なのだ。侍の献身の証は命をかけることなのだ。

それにしても第1巻からの疑問、、サブタイトルの「さよなら」とは?
「さよなら」の意味がわかってくるのは何時頃になるのか。主人公・土方の最後が「さよなら」なら、このままでいけば、相当後になりそう。
途中打ち切りにならないようにするためには、連載雑誌で読むべきなのだろうが、雑誌で読むのは苦手。どうかどうか、箱舘まで連載がつづきますように。

大河でも、土方の生涯はちゅうぶらりのまま、どちらの土方も生涯をまっとうさせてあげたい。
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by windowhead | 2005-03-21 02:11 | 至福の観・聞・読 | Comments(2)

ひの新選組まつりに山本副長参加らしい

日野本宿文書検討会のかわいいワンちゃん・ムン君からもらったトラックバックに、今年の「ひの新選組まつり」に山本耕史氏の参加が内定したという、うれしい話が書かれていた。
詳しいことが知りたい人はムン君のブログ「山本副長が来る!!!」を読んでね。

ゆかりの地とはいえ、すでに、その役を演じ終えた俳優さんが、その土地のイベントに参加するいうのは、異例のことではないのかな。
行列にも参加するということらしいが、彼は、来賓としてではなく、普通の参加者としてその1日を楽しみたいのだろうか。
ブータンのドキュメンタリーでも見られたように山本氏は、礼儀正しい普通の青年だ。日野の人々と山本氏の間には、すでに、人と人の普通の人間関係ができているのだろう。それが、垣間見えるような今回の情報に、ほっくりとした温かさを感じた。
山本耕史氏は、雑誌インタビューなどで、「僕ほど普通の人間はいないですよ」とか「人が好きだから人との関係を作ろうとするほう」と言っている。その言葉が本物であるということを教えてくれたような情報だった。

5月8日は日野のみなさんも、山本さんも、イベントに参加する皆さんも思いっきり楽しんで欲しいなあ。

5月の爽やかな風のような情報だった。
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by windowhead | 2005-03-19 16:23 | 新選組!な人々 | Comments(6)

3/18付け朝日記事に思うこと

3・18の朝日新聞の「三者三論・メディアの行方」は興味深かった。
三者はビデオニュース・ネットワーク代表:神保哲生氏、東洋大学教授:大石泰彦氏、ジャーナリスト:田原総一郎氏。
田原氏は、今回のニッポン放送株を巡るライブドアとフジテレビの攻防を機にテレビ業界は本当に公共の電波に乗せて恥ずかしくないものを発信してきたか自省するチャンスだと言っている。また、インターネットの広告費がラジオの広告費を抜いている現状や一部の携帯電話でテレビが視聴できるようになっている状況を示して、すでにネットとテレビの垣根は低くなっており、いずれテレビのほうがマイナーになるかもしれないといっている。
また、田原氏は、「免許事業である放送業界はとりわけ、手厚い規制に守られてきた」と、放送業界の特殊な既得権にも言及している。

神保氏は、すでに、インターネット上でビデオニュースをオンデマンドで配信しているビデオジャーナリストであるので、新聞や放送など既存のメディアは遅かれ早かれインターネットの一部になると予測している。神保氏は、ウエストコースト日日抄の2・24日の記事「ネットとメディアの融合の利点(エランドール賞報道を例にとりながら)」にトラックバックしてくれていた。
神保氏の考え方を詳しく知りたい向きは、この記事のトラックバックの中から、Videonews-Ji.. さんの文字化けしているトラックバックをクリックしてもらうと、神保哲生氏のブログに行き着く。氏の記事「なぜ私たちはホリエモンを応援すべきなのか」は、朝日への記事の主旨とほとんど同じだ。

大石氏の意見は、メディアには国民の知る権利を代行し、権力を監視する役割が期待されているが利益だけを追求するような発言の堀江氏にその役割は期待できない。「公共性」というものも情報の受け手が決めることのように言っているが、多くの受け手が支持したからといって、公共性があるわけではない、むしろ、ジャーナリズムの役割は多数派の意見を伝えることではなく、少数派の意見をどれだけ汲み取っていけるかにジャーナリズムの存在意義がある。また、フランスのメディアを買収しにくくさせるような制度に言及し、経営者はジャーナリストに受け入れられる理想や構想を持っているかが問われる。ネットと放送が融合しても、ジャーナリズムが本質的な役割を果たせるかどうかは別問題。そんな意味ではマスメディアのあり方が劇的に変わるとはいえない。といっている。


残念だが、大石氏の意見は、本質論を言っているが、日本のジャーナリズムの一番の問題点である、許認可制度に守られているのが、果たして真のジャナリズムといえるか?という命題に触れていない点では机上の空論としかみえない。
また、記者クラブなどでの発表記事ばかり書いている人をジャーナリストといえるのかという疑問もある。学問とは、こんなにも実社会と遊離しているのだろうかと落胆した。

一番の問題は、日本のメディアは大石氏が唱えるところのジャーナリズムの役割を果たしていないというところにある。国民の知る権利を代行しているとは思えないし、権力の監視どころか、権力に一番弱い。なぜなら、田原氏がいうように、お国から免許を交付してもらって事業をしているから。さらに、スポンサーという金づるにも弱い。
すでに、ほとんどの一般市民たちは、メディアに正義があるとは思っていないし、場合によっては、よってたかって、人を傷つける無神経で横暴な存在とさえ思っている。

また、記事を引用すると
たとえば、堀江氏は情報をスクリーニング(取捨選択)する必要はない。そのまま出してしまえというようなことを言っている。その情報が正しいかどうかは受け手が決めることで、、半数以上の人が受け入れれば公共性があったということだ。とも受け取れるような発言がある。だが、ジャーナリズムの仕事は多数はの考え方を伝えることだけではない。中略。むしろ、少数派の意見をどれだけ汲み取れるかにジャーナリズムの存在価値がある

と言っているが、論旨があわない。

堀江氏は、取材した素材をそのまま見せよう。といっているわけで、ここに、ジャーナリストなり、取捨選択する人を介在させないといっているのだ。それは、願ってもないことだ。
現状のメディアなりジャーナリストなりの独りよがりで、、どれだけ欲しい情報が表に出ていないことか。私たちは、今、何者かも分からない人が選んだ情報しか見せられていないのだ。それならば、いっそのこと、素材をそのまま見せてもらったほうがましだ。選ぶのは私たちでありたい。

さらに、今のメディアが少数派の意見を汲み取っているとはとても思えない。視聴率に一喜一憂している姿をみれば、少数派を大切にしているとはいえないだろう。まして、その視聴率も、中央地区のとても少ない世帯の動向で決まっているという現状。
それならばいっそ、堀江氏が言う、受け手の半数以上の方が数字的にも説得力がある。

大石氏は、ジャーナリズムを特別視しすぎではないだろうか。
人々が等しく教育が受けられなかったり、情報を発信するメディアが限られていた戦前ならともかく、今はほとんどの人が物事を判断する知識を得たり、意見をいえるだけの基礎教育は受けているし、情報を受発信するツールももっている時代だ。自分の良心なり社会正義なりに恥じないというのであれば誰でもがジャーナリストとして情報発信していいと思う。
いま、メディアなりジャーナリズムに問われているのは、表現の技術やキャリアではなく、精神であり、良心なのではないか。

さらに、大石氏は、メディアを買収してもジャーナリストたち(メディアで働く人がみんなジャーナリストではないと思うが、大石氏は、それをどのように考えているのか不明)が辞めてしまっては成立しないと言っているが、そんなことはない。
会社が空になっても、放送の免許は残っているし、記者クラブに入る権利もある。(こんなものは、本来なら撤廃すべきだが、現実的な視点からはすぐに変わるとは思えない)これだけで充分ではないかな。
ジャーナリストやスタッフたちはどうするかって。今の日本でもっともジャーナリストらしいジャーナリストは、フリーの立場の人たちだろう。彼らがいるではないか。彼らと契約するという方法もある。すでに、インターネット上にも多くの、取材力のある書き手や専門的な分野をカバーできる書き手たちが存在している。ビデオを担いで取材し、編集まで自分でやってしまうフリーのビデオジャーナリストたちだっている。スタッフも、同じような仕事をしている人は、外に沢山いるのだ。求人をかければすぐに集まるだろうし、きっと、今の社員たちより人件費はかからないはずだ。

手の届かないところで起こっているメディアの攻防を見ながら、ついつい、自分たちのメディアが欲しいと思ってしまう。
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by windowhead | 2005-03-19 03:58 | 日日抄 | Comments(2)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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