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そろそろ「新選組!!」にスイッチオン

最近は、長崎と会津のつながりを見つけるのが楽しくて、時間があれば関連書物を読んだり、場所探しをしたりにあけくれている。

新選組ファンの方や山本耕史氏ファンの方のブログを訪問すると、NHK「土方歳三最期の一日」関連の映像がテレマップなどで流れているようだが、いまだに出会っていない。
先週は、中村俊輔のファンタスティックなフリーキックシーンを何回も何回も放映があるたびにながめ、感動していたら、土曜スタジオパークも見落としていた。実は、中村俊輔ファンなのだ。彼のファンタスティックなパスには相手を思いやるやさしさが感じられる。「人に優しいパス」を出せる寡黙な若造が大好き。セルティックに行ってから、精神力もプレーもさらにハードで男っぽくたくましくなっている。俊輔の自己アピールをしないやさしさと気配りと頼りがいは、山本耕史の気配りに通じるものがある思うのはファンの欲目かな。(汗、汗)

今日で10月も終わる。あと2ヶ月で、箱舘の土方に会えるわけだ。そろそろ、箱舘土方拝見モードにも拍車をかける時期かな。
NHK新春のドラマ「新選組!!-土方歳三最期の一日」の楽しみの第1番は、上方歌舞伎の若手エース片岡愛之助の榎本武揚とロックミュージカル(?)のエース山本耕史の土方歳三という顔合わせ。各々でも、醸し出す色香は人並み外れた二人が同じ画面に登場するんだから、かなり期待している。男っぽいハードな作品だとか、会話劇だとか聞いているが、だからこそそこからこぼれてくる色気に期待しているんだ。正月ならではの華さ。
ということで、遅ればせながらテレマップなど予告映像のキャッチに励もうかな。

そういえば、ファンの人や山本耕史オフシャルサイトで発表されているが、来年10月に“tick,tick…BOOM!” の再演が決まったようだ。
実は初演を見ている。再演が楽しみ。共演の2人は変わるのだろう。これが誰になるのかも楽しみ。折角だから歌唱力ももちろんだが演技の実力のある人でやってほしい。

ともあれ、楽しみは続く。
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by windowhead | 2005-10-31 11:19 | 新選組!な人々 | Comments(0)

会津藩御用達商人 足立仁十郎の墓

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会津藩御用達の豪商足立仁十郎は、長崎を拠点にしていながら長崎ではほとんど知られていない。会津の人には信じられないだろうが決しておおげさなことでない。長崎でアトランダムに100人に聞いてもおそらく1人も知っている人はいないだろう。
賊軍の象徴・会津藩の御用達だったことが足立家を長崎の歴史の表舞台から抹殺することになってしまったのだろう。それでも、会津和人参の貿易を取り仕切っていた長崎会所の記録などに足立仁十郎のビジネスのようすが残っているようだ。

会津藩は享保年間ごろから、藩内で朝鮮人参の栽培に取り組み、幕末には会津和人参の名前で清国に輸出していた。価格と出荷の安定を図るために輸出の取りまとめを幕府に要請し、幕府は長崎奉行をとおして長崎会所に任せた。この貿易を一手にひきうけたのが長崎の豪商足立仁十郎だった。
足立家の屋号は「田辺屋」。田辺屋は、当時の東浜町(現在の浜町アーケードのど真ん中あたり)に100坪以上の店構えだったらしい。(長崎には榎津町に「海老屋」という屋号のもう1軒の足立家があったが、こちらは柳川藩御用達だったと子孫の方から聞いた。)
こんなに繁盛した豪商が明治維新急速に衰え消えていったのには、それなりの理由があるのだが、それはまたの機会にゆずるとして、家屋敷は消えてしまっても墓所は残っているはずと言うわけで調べてみた。

b0009103_1213977.jpg我が家のある風頭山のふもとに「黄檗宗聖壽山祟福寺」という唐寺がある。赤い竜宮門で有名な観光名所だ。ここの墓所に足立家の墓があった。
昔の長崎の墓所独特のアーチ型の門構えの中に足立仁十郎とその息子など一族の墓碑が立っていた。仁十郎の墓はやや大きい。墓標によれば、足立仁十郎智義は明治14年9月7日に81歳で亡くなっている。墓標に刻まれた家紋は花菱。
ご住職の話では、足立仁十郎ゆかりの人々は、長崎にはおらず、すでに家系も途切れているらしい。それでも、ときどき、会津藩士縁の人や会津からの旅行者が仁十郎の墓をたずねてくるらしい。
足立仁十郎。
まだまだ彼の後姿を垣間見たようなささやかなかかわりだが、追いかければもっと魅力的な事柄にであいそうだ。
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by windowhead | 2005-10-30 01:21 | Comments(3)

気になるお菓子「会津葵」とついに対面!そして、足立仁十郎を追いかける。

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ここ1月ほどずーっと気になっているお菓子がある。
「カステアン・会津葵」という、会津若松の老舗「会津葵」さんのお菓子だ。

長崎と会津のつながりを調べていると話したら、「長崎からの伝来ということでカステラに餡が入ったお菓子が会津にあるよ。」と教えてくれた人がいた。それが、「会津葵」。
私の中にある会津のイメージは、南蛮文化などとはかけ離れた美しく格式高い日本文化のそれも武家の文化が浸透した街だったので、かなりの驚きだった。
さらに、大きな驚きにであったのは、「会津葵」を食べた人のサイトにその「お菓子のいわれ」の文章が抜粋して掲載されていたのを読んだときだ。
 謎の南蛮文化と会津葵
…前略…ではどうして長崎からはるか離れた山国会津に数多くの南蛮文化がもたらされたのでしょう。
それには二つの大きな潮流が考えられています。一つはレオという洗礼名を持つ隠れもなきキリシタン大名蒲生氏郷、他の一つは長崎にあって会津人参の貿易を一手に引き受けていた豪商足立仁十郎であります。仁十郎は二年に一度会津を訪れて南蛮文化をもたらしました。会津の不思議な異国趣味。それを運んだ二つの潮流の接点に生まれたのがカステアン会津葵です。弊舗秘法の餡入りカステラ。会津葵は藩主松平家の紋どころ、お菓子の押文様は藩侯の文庫印「会津秘府」をうつしたものです。…後略…(上菓子司会津葵製造「カステアン会津葵」に同封されている小品説明より抜粋)


長崎の豪商・足立仁十郎という名前が出てきたが、その名前は長崎生まれ長崎育ちの私にも初耳だった。
この日から、頭の中は足立仁十郎でいっぱい。
とりあえず、まずは原点の「カステアン会津葵」をお取り寄せし、長崎のカステラとはまったく違う風味の餡入りカステラをいただきながら、伝記や小説があるか調べてみたが、ない。
長崎の歴史に詳しい知人たちに聞いてみても、教師で郷土のことを教えている人に聞いても足立仁十郎を知っている人がいない。今の長崎で「あだち」といえば地場の総合商社株式会社安達商店というのがあるが、そことはまったく無関係だ。
長崎大辞典など、郷土のことを調べるために書かれた、図書館で持ち出し禁止の本など、手当たり次第に調べていくが、長崎の中に「足立仁十郎」という名前が残っていないのだ。

翻って、会津関連の書籍を調べてみようとサイト検索をしてみたら「会津戦争全史」の著者星亮一氏のオフシャルサイトにヒットした。そこから入った講演記録のなかに、

前略… 「泣血氈」というのがあります。長崎の商人、足立仁十郎から会津藩に贈られた、赤い絨毬です。あの降伏の式の時に路上に敷いて、松平容保がそこに立って、謝罪をした、あの絨毬があります。その日出席した内藤介右衡門とか梶原平馬、萱野権兵衛ら何人かの人が切り取って、絨毬を分けあいました。それを泣く、血の、毛氈の氈「泣血氈」と名づけて、「この日を忘れないように」持ち帰ったのです。…後略

という内容を見つけた。会津では間違いなくこの人の名前が記録されているのに、地盤の長崎には、記録されていないのだ。
幕末の志士たちの活躍の舞台の1つでもある長崎は、いつのまにか自分たちも新しい時代を開いた勢力の一つであると自負し、旧幕府に関わった人や事柄を抹消してきたのだろうか。積極的に抹消したわけではないが、あまりふれたくないものとして無視し、その果てに忘れ去ってしまったのだろう。あまりに悲しい。
そうなるとよけいに気になってしまう。絶対に見つけてやる。そうでないと足立仁十郎がかわいそうだ。
ジタバタあがくと何かに引っかかるもので、足立仁十郎に関する本がたった1冊存在することを知った。貿易の視点から足立仁十郎を調べた人を知った。豪商足立仁十郎の大邸宅兼店舗の場所が分かった。この場所がわかったことで、「落花は枝に帰らずとも」で秋月悌次郎が長崎遊学時に西浜町の宿屋に拠点を置き、唐通詞を雇って唐人屋敷を見学した理由も推測できた。

「会津葵」のおかげで、長崎と会津との大きな接点となる人物にたどり着けた。
調べたことは、今後、このブログとそれをまとめるホームページに書いていこうと思う。
まずは、足立仁十郎の墓所探し。そこを出発点にしてみようと思っている。

※写真は「カステアン会津葵」と「小法師」。同店の「小法師」というお菓子も一緒に取り寄せたがかわいい「起き上がりこぼし」が入っていた。今年出会ったお菓子で一番のお気に入りになった。
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by windowhead | 2005-10-27 12:40 | Comments(6)

人情家源さんが事件解決「新選組捕物帳ー源さんの事件簿」

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「新選組捕物帳ー源さんの事件簿」 秋山香乃 著 河出書房新社

じつは、この作者の新選組ものは、ちょっとにがて。 
ヒロイックすぎるというか、土方も沖田も藤堂も姿は男なのに心のうごきが女っぽいので、どうしても違和感がある。女っぽいウェット感がどうもあわない。「藤堂平助」などは、違和感ありすぎでついに顔を赤らめながら途中リタイア。それでも、柳生十兵衛神妙剣」「茶々と信長」以外は全部読んでいるので、作風は苦手と言いながらも、素材の魅力に負けてしまっている。ちなみに一番好きなのは「獅子の棲む国」。

「新選組捕物帳ー源さんの事件簿」は、著者も肩の力を抜いて楽しんでいる。さらりとして日なたのにおいのするような温かさが全編を通してながれている。
探偵・源さんをサポートするのは平隊士・中村久馬と監察方・尾形俊太郎。新選組の主要メンバーもちょこちょこと顔を出す。三話目の「新選組恋騒動」と最終話に登場する伊庭八郎の独特の御家人口調が、往年の東映時代劇スターが演じた江戸っ子のようで伊庭八ファンとしてはうれしくてたまらない。
この本のみならず、新選組小説にはなぜか、酒席の描写より料理や甘いものの描写が多い。酒席で口角に泡を飛ばしながら思想を語り合う姿より料理やお菓子の味を楽しみそれを語り合う姿のほうが似合う剣客たちという、ちょっとミスマッチなかわいさが新選組の魅力なのかもしれない。同様に、かなりの剣客なのに小さな人助けが似合うのも源さんの魅力なのだ。

井上源三郎は、新選組幹部の中でも、まだまだちゃんとした評価がなされていない一人だ。
木内昇の「幕末の晴嵐」の中で描かれたように、井上源三郎は、京都時代の土方にとって一番の理解者であり支えであった人物だと思うが、これまでの小説や漫画での描かれ方は下男のような扱いや、年齢以上に年をとったおじさん扱いばかり。今後は定着したこのイメージから一度離れて、本当の井上源三郎像をだれかの手で形にして欲しいと思っている。
それでも、細やかな謎解きと人情が魅力の捕物帳。新選組を舞台にしたら、井上源三郎が一番似合いそうだ。

過去にも新選組が舞台の謎解きものはいくつかあったが、探偵役は沖田だった。
「新選組探偵方」 南原幹夫著(沖田探偵、サポーターは島田)
「沖田総司・暗殺剣」「沖田総司・非情剣」「沖田総司・魔道剣」「沖田総司・獣王剣」 加野厚志著(沖田と烏丸神社の謎の姫巫女烏丸龍子が事件解決に挑む伝奇小説)
「探偵・沖田総司」加野厚志著(上記シリーズの最終版ともいえる。坂本龍馬暗殺の謎を解く)
源さん探偵と、沖田探偵、どちらも最期が悲しいが、激動のなかでも普通の日常を生きた姿が垣間見られてほのぼのとした気持ちにさせてくれる。
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by windowhead | 2005-10-24 00:21 | 至福の観・聞・読 | Comments(4)

感慨ひとしお。「新選組!」続編の放映日が決まったらしい。

多くの「組!」ファンの人たちのブログによれば、NHK正月時代劇 「新選組!!-土方歳三最期の一日」の放映日が、2006年1月3日午後9時からと決まったらしい。約90分の作品のもよう。
……2005・10・20………
と、昨日書いていたら、どうも放送日、変更らしい。今のところ以下の情報

「新選組!! 土方歳三 最期の一日」
2006年1月1日 NHK BS hi 19:20~(約89分)
※NHK総合での放送予定については後日  
だとさ!
……………………………………

テレビ番組一つで、それほど色めくことか!といわれそうだが、いろいろな意味で感慨ひとしお。

土方歳三という人に興味が湧いたのは、ご多分に漏れず「あの写真」からだ。
その出逢いは1984年7月。「追跡=一枚の幕末写真」(鈴木明著 集英社)という本の中だった。
b0009103_12332556.jpg箱舘戦争当時、ブリュネら仏軍人と田島応親ら幕府軍士官が一緒に写った集合写真から彼らのゆかりの人たちを追うルポルタージュで、ブリュネの手記にまで行き着く力作だった。この本の始めのほうに当時の函館図書館に所蔵されている写真数枚が掲載されているがその中に土方の「あの写真」も当然ながら掲載されていた。
このとき初めて、新選組の副長が箱舘まで生き残っていたことを知った。それまでは、京都を騒がせた暴力集団は、大政奉還とともに霧散してしまったのだろうくらいの認識だった。「追跡」から箱舘戦争を知り、そこから土方への興味がフツフツと湧いてきて今日に至っている。今思えば私の土方歳三の原点は箱舘戦争にあったのだ。

その後、本やビデオなどで、土方関連の史料や物語を追ったが、ドラマや映画の映像として描かれた箱舘の土方にはなかなか出会えなかった。記憶にあるのは栗塚旭氏主演のTVドラマ「燃えよ剣」のVTRで見たくらい。だから一昨年、大河「新選組!」が決定した時には、一瞬期待した。しかし、それも近藤の死まで。満足しながらも、箱舘の土方はまた遠い夢になっていた。それが、栗塚氏に勝るとも劣らないとの評判を博した山本耕史氏による土方で実現する、それももうすぐ。

前にも書いたが、昨年の大河ドラマ「新選組!」は、史実無視だとか、アイドル起用で軽いとか、さまざまなバッシングを受けてきた。「義経」が始まると、正統派の大河が戻ってきたと褒め称えるための踏み台にまでされた。それでも、今の「義経」に、1年前の「新選組!」のような熱いエールが送られているのだろうか。視聴率は昨年より高いそうだが、私のまわりでも、ゆかりの地でもそれほどの盛り上がりを感じることはできない。漠然と流れるドラマとして見られているのだろう。
「新選組!」は違った。少数だったかもしれないがファンたちが熱心だった。毎回毎回詳しい感想や評論がブログやHPに掲載され、多くの応援メッセージがNHKに送られた。「新選組!」は行動するファンを獲得していたのだ。
ファンたちにも様々の人が居たと思う、有名人では糸井重里氏が旗印になって応援してくれた。史実を学んだ中で新選組に興味を持った人、史実の土方歳三を追いかけてきた人、漫画や本の新選組から入った人、大河で初めて新選組を知ってファンになった人、それぞれの俳優のファンの人などなど。それらのファンたちが、自分の立場に執着することなく、「新選組!」のファンとしてオープンな情報交換やネットワークしていたのは、今考えるとすごく新しい人間関係の形だと思える。そのネットワークは今も続いているようだ。

昨年の今頃は、すでにファンたちの間でDVD化キャンペーンが進んでいた。11月には早くも「新選組!完全版DVDボックス」の発売が決定したとNHKから発表されたほどだ。放送終了前の完全版DVD発売決定は、画期的なことだった。

そして、熱いファンの声は、今回の「新選組!」続編「新選組!!-土方歳三最期の一日」が制作されるにいたったきっかけにもなったようだ。(今では、NHKの新しい体制=視聴者の声を大切にするNHKのPRに使われていると思えるほど「放送直後から熱いファンの要望にお応えして…」との言葉が続編の頭に付けられて解説されている)

このように、普通の人たちの熱意の集合で実現するに至った箱舘の土方の映像化。
土方を演じてくれるのは、今この人をおいて土方役者を語ることはできない山本耕史氏。当然、期待は膨らむばかり。
糸井重里氏が語ったように、心の底から泣ける物語になることを期待しよう。
女々しい悲しさはいやだが、張り詰めた空気を切り裂くような峻烈な哀しみというものを正月の腑抜けたおだやかさの中で体験するのも、これはまた楽しみだ。
初売りで純白の絹のハンカチなど購入して、その涙に備えるのも一興かもしれない。(気が早いか!)
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by windowhead | 2005-10-19 12:40 | 新選組!な人々 | Comments(4)

新選組のバックボーンを理解するならこの1冊!

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「未完の多摩共和国=新選組と民権の郷」 
 佐藤文明著 凱風社


あと3ヶ月弱で、「新選組!!土方歳三最期の一日」を観る事になる。うれしいような惜しいような複雑な気持。
三谷幸喜が新選組のイメージアップに貢献してくれた功績は大きい。
一番はなんといっても山本耕史の土方歳三。しばらくはこの土方を越える土方は現れないと思う。実年齢に近い配役で若々しい群像劇になっていたし、さまざまな解釈がある流山の別れも納得のいくものになっていた。新選組ファンとしてはうれしいかぎりだったが、そんな三谷がなぜ?と、いまだに理解できない「あること」があって、手放しで三谷幸喜の新選組をすばらしいと言えないでいる。

「あること」とは、佐藤彦五郎と小島鹿之助の人物設定だ。
あれほど新選組を勉強したという三谷が近藤勇と義兄弟の契りを結んでいるこの2人がただの名主でなはいことを知らなかったはずがない。
開明的で相当の教養人であり文化人でもあったこの2人がどれだけ金銭的にも精神的にも新選組の支えになっていたかが、まったくドラマの中で表現されていなかったし、どちらかというとただの田舎のおじさん風に描かれていた。芹沢鴨をあれほど持ち上げるなら、その何分の一でも多摩のスポンサーたちの尽力を描いて欲しかった。

図書館で偶然にであった「未完の多摩共和国ー新選組と民権の郷」は、農民の子が武士になるという従来の立身出世願望型の新選組像では理解しにくい、新選組幹部たちと多摩のスポンサーたちの濃厚なつながりをわかりやすく教えてくれる。それは、もののふの郷であった多摩という土地が育んできた共和的なスピリットであり、それを守る多摩人ネットワークによるものだという。

幕末期の多摩は開明的な代官と優秀な名主たちの協議と自治力で発展してきた豊かな土地で、その中心的な存在である寄場名主は相当な支配力と資金力をもつ教養人たちであり、同時に胆力と行動力も兼ね備えていた。日野宿の寄場名主を11歳で継いだ佐藤彦五郎もそのような大人物だったらしい。この本は、佐藤彦五郎を中心に彼の周辺の人物や出来事にスポットをあてた歴史ドキュメントになっているので、当然ながら多くの部分が新選組の歴史とシンクロしている。
この本によって、初めて知ったことも多く、いくつかの疑問も解決した。


どのようないきさつで試衛館に神道無念流の錬兵館から応援が来ていたのか?という疑問があったが、斎藤弥九郎と江川代官の関係、江川家と日野・佐藤家の関係からその疑問は解けた。
ついでに言えば天然理心流は、多くの本で弱小の流派であるように書かれているが、いくつかの流れがあり、中島三郎助のような幕府要人も天然理心流を極めている。決して得体の知れない田舎剣法ではないのだ。

新選組のなかでの、土方歳三と井上源三郎の地位の不自然さにも疑問があった。八王子千人同心の家の出身であり年齢も上の井上が、新選組では、若年の歳三の下に位置している。井上は周斎先生の弟子なので、勇と兄弟弟子。実力がどうこうという人もいるが今の時代に置き換えても、歳三がナンバー2というのは不自然だ。
だが、これも、歳三が佐藤彦五郎の代理だとすると納得がいく。義兄弟の勇とともに将軍家を守って上洛したかった彦五郎だが、寄場名主という要職にあるため志は叶わない。そこで、自分の名代としてその責任を歳三に任せたのだとすると、副長の位置に歳三がいるのは理解できる。歳三が多くの手紙を佐藤彦五郎に送っているのも報告書の意味もあるからだろう。
また、歳三が市村鉄之助に託した言葉にもそれが表れている。「われ、日野・佐藤に対し、なにひとつ恥ずることなきゆえ、どうかご安心を」というのが伝言の言葉だ。

豊玉発句集の句の疑問も1つ解けた。
「公用に 出て行く道や 春の月」
この句だけはどうしても多摩時代の句とは思えなかった。理由は「公用」という言葉にある。薬売りや浪人のような身分の歳三に公用という言葉が似合わなかった。しかし、本書の著者によれば、この公用は義兄・彦五郎の命令で、気心の知れた小野路の名主・橋本家に行く用事らしい。なるほど、公用のわりには、のどかに月など鑑賞しているわけだ。
歳三は、佐藤家では、彦五郎からもノブからも実によくかわいがられている。
彦五郎は、歳三の死後、新選組の身内として中央から嫌がらせや無理難題を押し付けられているが、歳三の思い出につながるものは身を盾にして守っている。自分のもう1つの理想を自分の代わりに実現してくれた義弟への溢れんばかりの愛と男の意地を感じさせるエピソードだ。

明治期の多摩は自由民権運動の盛んな地でもあった。
新選組と自由民権運動。何も知らなければ相容れないとしか思えない2つのグループだが、根っこは同じという。脈々と流れる共和と自治の歴史がもたらす自由な精神が、通奏低音のように2つのバックボーンを貫いているのだ。

新選組のバックボーンを再認識するためには、この本が最良の道案内になりそうだが、定価2500円はちょっと高い。それでも、購入して損はないと一冊と思う。
ちなみに、著者の佐藤文明氏は、日野の上佐藤家の出身とか。
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by windowhead | 2005-10-13 04:35 | 至福の観・聞・読 | Comments(19)

「檸檬」の京都丸善が閉店

b0009103_11524196.jpg「檸檬」 梶井 基次郎  新潮文庫

知り合いのお嬢さんのアルバイト先だった京都丸善が昨日で閉店だったそうだ。ASYLUM~山本耕史ファンによるつれづれ日記~のひいずさんもそのことにふれていたが、「京都丸善」といえば、梶井基次郎の「檸檬」。

梶井基次郎の短編「檸檬」は私の青春の1冊。
高校時代の教科書に掲載されていた「坂の下」(だったと思う)という文章で、梶井基次郎に衝撃的な出逢いをし、それからどんどん梶井基次郎に傾倒していった自分を、今では不思議に思える。なにしろ、その文体の研ぎ澄まされた透明感というか浮遊感みたいなものが、私のなかのなにかとシンクロしたとしか思えない。

「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。――」
「檸檬」の書き出しだが、今でもそらんじることができるなあ。
本屋で一人これといった目的もなく本を物色していると、ふとこの書き出しが口をついてでてくることがある。それほど、私の中にしみこんだ作品の1つだ。

梶井基次郎の作品には、昭和初期の京都の街が登場するが、そのハイカラな雰囲気が、私の中でのもう1つの京都の魅力でもある。
京都に行くと、河原町通蛸薬師上ルの「丸善京都河原町店」に立ち寄る理由は、この梶井基次郎の追体験でもあったが、これができなくなるのだ。寂しい。

それでも梶井基次郎の「檸檬」が久々に脚光を浴びたのはうれしいことだ。
これを機会にもう一度ゆっくり梶井基次郎を読み直してくれる読書ファンもいるだろう。

「文学」が「文学」らしい香りを持っていた時代の若い作家・梶井基次郎の再認識がされるといいのだが、お嬢さんたちに聞くと、「檸檬って、さだまさしの歌?」という人も多い。

そういえばさだまさしの「私花集(アンソロジー)」というアルバムに「檸檬」という曲がはいっている。
或の日 湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて
君は陽溜まりの中へ盗んだ檸檬 細い手でかざす
それを暫(しばら)くみつめた後で きれいねと云った後で齧(かじ)る
指のすきまから蒼い空に金糸雀(かなりあ)色の風が舞う
喰べかけの檸檬 聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれちがう(「檸檬」さだまさし)

間違いなく梶井基次郎の「檸檬」にインスパイアされた歌詞だと言っていいと思う。(もちろん高村光太郎の詩集「智恵子抄」のなかにある 「レモン哀歌」のほうが直接的かもしれないが…)


梶井基次郎の「檸檬」のラストシーンが多くの詩人たちの心になにかをのこしたことは確か。
「丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢…」に憧れて、梶井を凌ぐような質感と色彩のインパクトを文章で試みようとした作家や詩人たちがどれほど居るだろうか。
有名無名を問わず、そんな梶井基次郎ファンと一緒に私も京都丸善の閉店を残念に思っている。

“檸檬”とともに別れ惜しむ 丸善・京都河原町店 10日閉店
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by windowhead | 2005-10-11 11:51 | 至福の観・聞・読 | Comments(3)

壬生狂言は秋にも演じられるんだ!

「長崎くんち」にかかりきりになっていたら、京都からの情報がとどいていた。

今日8日から10日まで、壬生寺で壬生狂言が公開されているらしい。

平成17年秋の壬生狂言公開のお知らせ

  と き  10月8日(土)から10日(日)まで(3日間)
       毎日 12:30頃に開場。   13:00から17:30頃まで上演。
       全席、当日の自由席のみです。予約席、指定席はありません。
       満席(400席)の場合、やむなく入場制限をすることがあります。

 ところ   壬生寺内  重要文化財 大念仏堂(狂言舞台)にて 

 平成17年 秋の壬生狂言上演予定番組
  10月8日(土)     10月9日(日)      10月10日(祝
   羅 生 門        道 成 寺         紅 葉 狩
   桶 取         土 蜘 蛛         大 原 女   
   玉 藻 前        愛 宕 詣         土 蜘 蛛
  大 黒 狩        夜鳥(ぬえ)        花  折
  大 江 山        餓鬼 角力         橋 弁 慶
                               棒   振



昨年の大河「新選組!」でも、「17話 はじまりの死」で、会津藩と浪士組の親睦を深めるため八木源之丞さんによる壬生狂言が催されたのを思い出す。
このとき、為三郎くんが踊っていたのは、たしか橋弁慶だったような。
一度、見てみたいと思っていたが、年3回公開されるとは知らなかった。

詳しいことは壬生寺のホームページへから「壬生狂言」のところをクリック。音がでるので、要注意。

なお、写真やビデオ撮影は堅くお断りします。とのこと。
行かれる方は注意してください。
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by windowhead | 2005-10-09 00:37 | 新選組!な人々 | Comments(0)

長崎くんちの一番の見ものは「衣裳」

b0009103_045070.jpg長崎くんちは、今日は中日。奉納踊りは街中の庭先を回る。
長崎くんちの奉納の出しものは、よそのものに比べると勇壮でも男らしくもない。しかし、やはり男の祭りだ。それも、おしゃれな男の心意気の祭り。
昔から海外貿易のさかんな長崎は町人文化の栄えた町。裕福な町人たちが、その贅と心意気を祭りで見せていたのかもしれない。昔のシティーボーイのお祭りなのかも…。

出しものを引っ張る根引き衆という男たちの服装は、正絹の着物の着流し、角帯には印籠を下げ、白足袋を履いている。正絹の着流しのまま走り回るお祭りって、案外少ないのではないだろうか。汗とほこりにまみれる正絹の着物はこの3日だけのために新調される。次の出番の年には、新しくデザインされた着物が新調される。
奉納踊りの地方(三味線や唄の人たち)も、正絹の黒留袖のまま石畳に座って演奏する。濡れていても汚れていても敷物は敷かない。これは、女の心意気。
正直、長崎くんちの一番の見ものは衣裳だと思う。
おばあさんたちに聞くと、「長崎の中心地には呉服屋が多が、これらの呉服屋はくんちの衣裳で1年悠々と暮らせる。」らしい。まあ、うそか本当か?限りなく本当に近い与太話。

b0009103_053142.jpgもちろんじゃ踊りなど中国服の町内もある。
それも本場に注文するらしい。豪華な刺繍や美しい小物も見逃せない。
長崎の男は、なぜかこの衣裳も似合う。中国人っぽいというのではなく、ちょっと変わった雰囲気のものが、すんなりと似合う混血文化の血脈を感じさせる。


衣裳に着目してくんちを見るという見方もおばさんには楽しい楽しみ方なのだ。
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by windowhead | 2005-10-08 23:57 | 日日抄 | Comments(0)

今日から「長崎くんち」!

今日から3日間は私の街はお祭り一色。
長崎くんち。
あの蛇踊りなどが出る、長崎の異国情緒豊かな大祭です。

一昨年から仲間たちと長崎くんちの今をカメラ付き携帯電話を使って取材更新し、県外や海外に伝えるプロジェクトWEB「即!報 長崎くんち」というのを主催しています。

URLは以下です。
ウエストコースト日日抄をいつも訪問してくださるみなさん、時間があったら、ちょっとアクセスしてみてください。
長崎の今が、ちょっとだけ堪能できると思います。
さあ、私も出陣です。お昼からのお神輿を追っかけです。私の町内は神輿守当番町で、町内の男性が神輿を担ぎますので、応援です。

「即!報長崎くんち2005」
http://kunchi.soku-ho.com

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by windowhead | 2005-10-07 10:35 | 日日抄 | Comments(1)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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