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本日より戊辰モードに再突入!期待の「河井継之助」

今日、日テレのドラマコンプレックス枠で、中村勘三郎演じる「河井継之助~駆け抜けた蒼龍~」が放映される。期待している。

河井継之助がどのような人物かは、いまさらここで書くこともないだろう。
というより、私も、本で得た知識による一般的な事柄しか知らないので、このドラマに期待している。
河井継之助の伝記的小説といえばやはり司馬遼太郎の「峠」だろう。私も、これしか読んでいない。
手っ取り早く河井継之助を知りたいなら、「蒼龍窟が行く」というwebサイトがいい。(今年はじめごろちょっと掲示板で交流したが、管理人さんが変わったようだ。)

ことし2月の「菜の花忌」のとき、北九州の龍馬ファン・樋口博美さんが、長崎の龍馬像の前で「峠」の冒頭を朗読された。そのとき、彼女から「河井継之助は長崎に来ているんですよ」と教えられた。その後、中村彰彦著「落花は枝に還らずとも」の中で、秋月悌次郎と河井継之助が長崎で唐人屋敷を見学したり、丸山花月で遊ぶシーンが出てきた。河井継之助はなかなかの遊び人の模様。勘三郎さんにぴったりの人物だ。

菜の花忌で樋口さんはもう1つ大きなニュースを持ってきた。先の中越地震で戊辰戦争関連の遺跡がずいぶんと大きな被害をこうむっているということで、復興のための募金が始まっているということだった。今回、勘三郎VS獅童で演じられる「小千谷会談」の場となった慈眼寺も半壊しているということだった。現在も慈眼寺は復興作業がなされているようだが、資金はどうなんだろう。

ブログ「たちあがれ中越コラム」のなかで、戊辰戦争・小千谷長岡戦に関連した記事があった。10月19日の「誇り」という記事。地震の時、がけ崩れの瓦礫の仲からハイパーレスキュー隊が幼児を救出した映像は今も記憶に残っているが、この場所がまさに「榎峠の戦い」の場所だったらしい。

「立ちあがれ中越@weblog」の12月16日の記事に小千谷の雪景色が掲載されている。
「峠」(司馬遼太郎)の冒頭の文章を思い出しながら眺める。この文章の中で、この雪によって西国や九州と大いに差がついていくという継之助の思いが語られるが、たしかに、九州がいかに気候的に恵まれているか、見せ付けられるおもいがする。

いままだ、新潟中越地震の被災地は復興の途上にあるんだと気持ちに刻みながら「河井継之助」の伝記ドラマを見ることにしよう。

ドラマの前からちょっと苦言だけど
「北国の坂本龍馬」なんてキャッチコピーはいかがなものかな?
違うでしょう。これでは河井継之助に失礼だなあ。
いえいえ、龍馬をけなしているのではないです。同時代の人同士、さらに継之助は、龍馬より先輩。龍馬を幻想で大きくしすぎてはいけないよ。龍馬だってこそばゆいでしょう。
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by windowhead | 2005-12-27 12:57 | 新選組!な人々 | Comments(6)

年末に世紀末をのぞく。「ベルギー象徴派展」

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今年3月か4月に新装開館した長崎県美術館。長崎港のウォーターフロントに近代的なデザインの美術館が誕生した。館長が美術評論家の伊藤順二ということで期待していたらオープニングがなんと「須磨コレクションとスペイン美術」というありきたりの企画にがっかり、お次の「ホイットニー美術館展」のおそまつさに落胆して、もう絶対にこの美術館には期待しない、行かないと思っていた。

今回の「ベルギー象徴派展」も迷った。ベルギー象徴派が好きだからこそ迷った。ベルギーコレクションといえば、姫路市立美術館が力を入れているので、クノップフだってロップスだって、そこで会うことができる。それでも、この企画はここのオリジナルでなく、渋谷Bunkamuraミュージアムなどを巡回してきたようだし、なにより日本の端っこの長崎でクノップフの絵に会えることは二度とないだろうから、行くべきだよと、やっとこさ、でかけることにした。冬にしてはあたたかなクリスマスの昼下がり。

だめもとで期待していたフェルナン・クノップフの「愛撫」はやはりなかったが、その習作があった。なにより感激したのはクノップフによる何点ものブリュージュの風景画。ローゼンバックの「死都ブリュージュ」を思わせるように重たく時が止まったような無人の風景に運河の水だけが歴史の流れに繋がっているような不思議な静寂の数々。10点ほどのブリュージュを描いた絵にあらたにクノップフの魅力を再認識した。

ベルギー象徴派には、普通の人が知っているようなポピュラーな画家がいない。それでも印象に残る作品が多い。
クノップフ以外でも、ベルギー象徴派では異端なのか最後のほうになにげなく展示されていたレオン・スピリアールト。「セマホアの信号所」と題された作品の印象は忘れられない。
深い青が美しいジャン・デルヴィルの「死せるオルフェウス」は、耽美派の女の子たちが好きそうな構図と美しい青年のデスマスク(それでも、ちらしの裏側に掲載されているこの絵の写真と本物の色が違いすぎる。美術館担当者よ、色校しっかりしろ!)。今年の絞めがベルギー象徴派というのもなかなかよかったのでは。

しかし、自分の街の美術館なのだが、この美術館、どうしても好きになれない。なぜか、名札をぶら下げた職員が多すぎる。目立たないようにしているようで居て邪魔になる。きっと素人ボランティアだろう。申し訳ないがうっとおしい。なんとかならないものだろうか。

明けて2006年最初の鑑賞作品はすでに決めてある。
「歌川国芳・武者絵・戯画展」
北九州市立美術館分館
に行く。この分館は立地の評判がよろしくないが、そんなことは気にしない。国芳の武者絵ならば、なにはさておき追いかけたい。、私の国芳好きは父ゆずり、年季がはいっている。
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by windowhead | 2005-12-26 13:55 | 日日抄 | Comments(2)

良順の行動力と土方の言葉が心に沁みる「暁の旅人」

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「暁の旅人」 吉村 昭  講談社

日本の近代医学の功労者ともいえる松本良順の伝記小説。
松本良順が主人公の歴史小説といえば司馬遼太郎の「胡蝶の夢」が有名だが、この「暁の旅人」もより伝記に近い小説として心に残る。

私のような新選組ファンには、近藤や沖田の傷病を治療し、西本願寺屯所の衛生指導をし、山崎に応急処置の手ほどきをし、沖田をかくまい、旧幕軍とともに会津、仙台と転戦するなど、最後まで幕府に準じようとした奥医者として、愛着を持って知られている人だが、その生涯は、実直なまでに医療の先陣にたって粉骨砕身する一生だった。

シーボルトの来日以来、優秀な蘭方医もでてきたが、あくまでも学問としての西洋医学であって、医療の技術は普及していなかった。松本良順は、長崎でオランダの軍医ポンペの指導を受け、実証的な近代医学を身につけた最初の日本人医師だ。
ポンペに協力して日本初のヨーロッパ式の病院と医学校である「小島養生所」の設立に尽力し、設立後もポンペの助手として医学生の教育や市民の傷病治療にあたっている。記録では、ポンペが在任の5年間に教育した医学伝習生の数は133人、診療した患者は、14,530人にものぼっているが、この数字も実践的医学を学ぶために幕府やポンペを説得し尽力した良順がいなければゼロに近かっただろう。
この医学伝習所が長崎大学医学部と付属病院の前身で、ポンペが最初に講義を行った11月12日は、現在でも長崎大学医学部の創立記念日になっている。

江戸に帰ってからの良順は、将軍家茂の主治医になり、その臨終を看取り、幕府の海陸軍軍医制を編成して総取締になり、幕府崩壊後は、旧幕軍といっしょに会津にいり、野戦病院を開き会津の医師たちを指導して多くの傷病者の治療にあたっている。松平容保公は、決戦にあたって、良順に会津を離れるように諭す。良順を惜しんでのことである。
仙台で、榎本武揚に蝦夷行きを奨められて逡巡する良順のもとに、土方歳三がたずねてきて江戸に戻ることを奨める。土方の言葉で江戸に帰ることを決心したのだから、土方は、日本の近代医学の影の功労者だろう。

土方が説得したことは、良順の自伝にも書かれているので史実である。
胡蝶の夢を読んでいた昔、土方の説得の言葉に、良順への敬意と死を覚悟している武人の虚無を感じていたが、今回、暁の旅人のこのシーンを読んで土方の言葉に少し違った意味を感じた。良順への敬意とその技術を惜しんで蝦夷行きを引き止めたのだが、同時に、彼にはもっと具体的なものがみえていたのではないか。

ポンペは「医師にとって、身分の差も貧富の差も意味がない、ただ病人があるだけだ」といって貧しい人は無料で治療し、町人も武家も平等に治療していた。その精神は良順にも受け継がれている。新選組時代から良順のアドバイスを受けていた土方は、ポンペの教えを聞いていたのかもしれない。もしくは、良順の生き方にポンペの精神を見出していたのかもしれない。土方は、そんなに遠くない未来に戦が終わることを感じていただろう。ふるさと多摩の人々の安らかな暮らしが続いて欲しい。そのためには新しい政府には良順のような平等と博愛の精神をもって欲しいと思っていたのかもしれない。武家の出でないからこそ、よけいに平等と博愛の意味の重さがわかるのではないだろうか。

江戸に帰り、投獄されたのちも、絶え間なく医学、医療に尽くしている。
松本良順ほど、一般市民のために献身的に尽力した人はいないのではないか。それでいて、人のために活動したという押し付けがましさが皆無の人も珍しい。
近代医療に尽力した一人の男の真っ直ぐな行動力を感じ、その尽力に敬服してしまう一冊だ。
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by windowhead | 2005-12-24 04:01 | 至福の観・聞・読 | Comments(7)

青函連絡船「大雪丸」が2度目の人生を終えた

b0009103_1405817.jpg昭和63年、北海道と本州を繋ぐ青函トンネルの開通によって、その役割を終えた青函連絡船。そのうちの1隻、2代目「大雪丸」は、10年位前から、長崎港に係留され、ホテルシップ「ビクトリア」として、営業していたが、20日にホテルシップとしての営業を終了した。
遠く長崎まで来て「大雪丸」の案内や解説を引き受けていた元船長も北山さんも、函館に帰られることになった。「大雪丸」はまだまだ働けそうだが、係留している岸壁の海底の様子が悪く、浚渫して営業するには費用がかかりすぎるので、営業停止に踏み切ったらしい。残念だ。「大雪丸」の今後はまだ決まっていないらしい。外観だって、まだまだ活躍しそうな船だ。できれば長崎に係留していたいが、どこか引き取り先があるのだろうか。十和田丸のように、東南アジアに引き取られる可能性もあるが、廃船だけは、避けて欲しい。

しぶとく生きた船としえば、箱舘戦争時に、蝦夷地共和国軍の艦船のなかで最後まで戦い続けた「蟠龍」のことが忘れられない。
箱舘戦争決戦の5月11日、「蟠龍」は、新政府軍の「ストーンウォール」(甲鉄艦)と激しく交戦した。弾や弾薬が底を衝いたら弁天台場近くの海岸に座礁させ、浮き砲台にすることを考えていたらしいが、午後になると船隊に放火され、全焼をまぬがれたが、航行不能となっていた。戦後、英国商人が大幅に改造して北海道開拓使に売り「雷電」と改名。明治政府はこの船を軍艦として横須賀に配備し、その後廃船した。廃船後もスクラップにならず、土佐の捕鯨船になったり、商船になったりして、明治30年に解体されたようだ。
箱舘戦争と言うと、「開陽丸」が有名だけど、私は、「回天丸」やしぶとい「蟠龍丸」が好きだ。ちなみに「蟠龍」の艦長は松岡磐吉。長崎海軍伝習所2期生、咸臨丸で渡米している。降伏後、東京の辰の口牢獄に送られてそこで病死した。

月曜日、歴史文化協会の集まりで北山船長さんから、萩原幹生氏の切り絵画集「青函連絡船切り絵集」をいただいた。画集のなかにある、駒ヶ岳を背景に進む青函連絡船の冬景色の絵が印象的。萩原幹生氏もかつて青函連絡船の船長さんだった人。

「大雪丸」できることなら、またふるさと・函館の港で、余生を送ることができるといいのに…。
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by windowhead | 2005-12-22 01:41 | 日日抄 | Comments(4)

紅白司会・山本耕史は、サプライズなの???

忙しくしていたら、今週も「新選組!!」周辺でさまざまなことが起こっていた。
白牡丹さんのサイトで最近の芸能記事をチェック。「函館の記者会見と、その他マスコミ記事」の中に久々、ゲンダイネットの記事があり、相変わらずだなあと思ったが、この手の芸能記事って、出たてのグラビアアイドルはもてはやす、若手女優やアイドルには甘い、若手男優や男性タレントは叩く、ベテラン男優は誉めそやす、ベテラン女優は容姿をけなす、ジャニーズ事務所のように業界への影響力大のところのタレントは持ち上げる、という記事の図式があるようだ。

またまた、山本耕史くんが書かれたようだ。紅白司会者に選ばれたことで昔の女性関係までとりざたされるとは、本人でなくてもまいったな、だろう。
紅白の司会者というのは、その世界の人にとっては、それほどすごいことなのだと、改めて驚く。

芸能ライターさんたちは、山本耕史の抜擢はサプライズだと言うが、そうだろうか。
記事によれば、ジャニーズからも他の人からも断られた司会を山本君に持っていって引き受けてもらったということだろう。もって行った先が、ゴシップネタしか追わないライターにとっては降って沸いたような名前だったかもしれないが、一昨年から今年まで3年にわたる山本君のNHK貢献度から考えれば普通のことだとおもえる。それに、むかーしから、山本耕史のTV出演って、NHKが一番多いと思うけど。
なにしろ、低視聴率だの軽いだの言われながらも、多くの波及効果を生んだ「大河新選組!」を陰で引っ張ってきた人だ。

波及効果の一番大きい部分は、「経済効果」だろう。日本中を挙げて今一番渇望している「経済効果」を生み出している陰の功労者だ。
具体的に挙げると、
「京都、日野、会津、函館などの観光客の増加」、
「完全版DVD」「総集編DVD」の2種類の発売と売れ行き、
新選組関連書籍の売れ行き、
TV雑誌特に「TVナビ」や「TVステーション」など2大雑誌以外の購読者増加、
「キャスト俳優が登場する舞台観劇客の増加」、
「演劇雑誌やタレント雑誌の購読者増加」、
「NHKスタジオパークのメジャー化とグッズの売れ行き」
などなど、どれをとっても微々たるものかもしれないがアップしているはずだ。
冷静に自分の周りを見ても、昨年今年と大河関係で支出したお金はかなりのものがある。身近な大河新選組!ファンを名乗るブログのみなさんの支出を合計しても3000万円くらいはすぐに越えるのではないかな。
このすごさは、視聴率は常時20%近くにありながら、ムーブメントの起こらない今年の「義経」に比較してみればはっきりとするはずだ。

昨年はもう1つ「冬のソナタ」という抜群の「経済効果」番組もあった。天下のNHKだ、この意味をはっきり確信したとおもう。
CMのないNHKは視聴率競争をする意味はないはず。それよりどの層をターゲットにすべきか。好きなことなら惜しまずにお金と時間を使う層にフィットした番組は大きな波及効果を生むということだ。

このことから考えると山本耕史くんの名前が挙がるのは妥当なことだ。けっしてサプライズではないと思う。山本耕史くんだって人の子、暮まで目いっぱい働いているし、新年早々のスタジオパークもあるらしい。大晦日くらいゆっくりしたいだろうに。彼の役者としてのサービス精神が紅白司会も引き受けてくれたと思えてならないのだが、土方ファンの欲目だろうか。


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こんなこと書くのために私のエネルギーと使わせた元凶の記事のフレーズは
「……だが、山本は実力は付けてきたものの、役者としては“一流”とは言えない。」というゲンダイネットの記事の一行だ。
「あなたは、山本耕史という役者の芝居のいくつを見たというのか!」と聞きたい。あえて「けもの道」を選んで進んでいるような山本くんの舞台だが、評価されにくい分野を切り開くように果敢に進み、着実に裾野を広げている。その真っ直ぐなチャレンジ精神と実力は評価にあたいするはずだ。「役者として一流とは言えない」という失礼な言葉を、ただの垂れ流しのTVしか見ないライターたちに言って欲しくない。このフレーズに、「ならば、見ていろよ!」と静かな闘志で密かに努力を重ねようとする山本耕史くんが見えるようだ。
「役者・山本耕史」は、来年も期待できそうだ。
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by windowhead | 2005-12-16 13:25 | 至福の観・聞・読 | Comments(6)

原作へのリスペクトが感じられるNHKドラマ「クライマーズ・ハイ」

「横山秀夫にはずれなし。」最新作の「震度0」まですべての作品を読んでいるが、やはりそう感じる。その中でナンバーワンをあげろと言われれば、私は即座に「クライマーズ・ハイ」をあげる。
「クライマーズ・ハイ」は2003年出版されると同時に飛びつくようにして読み、男性向けサイトで紹介記事をかいたので、いまさら本のレビューを書く気はないが、とにかくむき出しの人間的な感情のエネルギーに巻き込まれながら、読み終わったときはなぜか山頂の空気のようにさわやかな涙がこみ上げていた。


NHKがこの本を映像化したことを知らなかった。
昨日の新聞でタイトルを見て、びっくり。早速録画し、放映された前編を見た。

前編だけだが、原作へのリスペクトが強く感じられるすごくいい作品に仕上がっていると感じた。
イントロ部分から実に原作に忠実。それでいて、的確な俳優をもってきているので、原作ではイメージしにくい人物も具体的な姿で立ち上がってくる。
山岳ロケと撮影も苦心されているし美しい。大きなドラマになっている予感。

なにより、キャスティングが最高。
悠木役の佐藤浩市は、この役、絶対に人に渡したくなかっただろう。すごく合っている。
キャスティングのすばらしさは、主人公以外にも現れている。というより、全てのキャスティングが的確すぎるほど的確。
これが客の入りや視聴率が気になる映画や民放だったらこのようなキャスティングは不可能だったのではないだろうか。どこかでサプライズな配役をするとか、集客力のあるアイドル系タレントを入れるとか、必要ない女優の配役をいれるとか、二次的部分に力がそそがれて、中味からリアリティが消えていくことが多いだろう。この作品にはそんなものが見えない。必要な位置に的確な俳優が配され、飾りのような配役はない。
スターばかりがいるわけではない。地味な俳優さんたちだが、実力者ぞろい。岸辺一徳や杉浦直樹など要所を押さえる迫力。三石研や大森南朋のリアリティ。意表を付かれたがなるほど誰よりも適役だと思えた赤井秀和の安西役。隙間なく俳優が生きているし臨場感に溢れている。

後編は、谷川岳一ノ倉沢衝立岩登山のシーンがさらに大きいものになってくるはず。安西の息子を演じる高橋一生の持ち味にラストの清涼感を期待したい。そういえば、高橋一生は、映画「半落ち」でも事件の核心に繋がる青年の役で清潔なオーラを放っていた。はからずも「半落ち」も横山秀夫作品。今回はさらに男らしさも加わっている。いい俳優さんだなあ。

来週の土曜日がまちどおしい「クライマーズ・ハイ」。

NHKにまたまた「ありがとう」といわなければならないね。
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by windowhead | 2005-12-11 15:42 | 男たちの眺め | Comments(2)

紅白司会に山本耕史だって!!!!!!

朝刊にも出ていた紅白司会に山本耕史が選出されたって!
正確に書くと「仲間さんら紅白司会」と、相変わらず山本くんの名前は見出しにはない。
それでもいい!許す!

紅白歌合戦には、個人的に興味なしだけど、この司会というポジションはやはり大抜擢なんだろう。舞台では青山劇場で1月も主役を張る俳優だが、いまだに、TVでは脇役俳優の山本耕史だよ、快挙でしょう。
よくやったね、よくここまできたねって、正直、母の気持ち。

それでも、ちょっと時間がたって正気に立ち戻ったら、想いはやや微妙。
スタパやその他のインタビューでは、自分の思いをちゃんと伝えようと言葉を捜すシーンや、あっさりしすぎる受け答えをするシーンばかり見ている。大仰に驚いて見せたりリップサービスしたりというみのもんたとは正反対の人。山本君のあっさりした言葉で場がしらけたりしないかなあ~~。
「31日は見たいけど、ひやひやで胃が痛くなるんじゃないかな。まるで、日本代表のサッカーの試合を応援しているみたいだろうね。」というと、我が家にいる山本くんと同世代に男が「大丈夫じゃない。NHKは台本があるらしいから。山本耕史は台本どおりにちゃんとやる人だと思うよ。やたら目立とうとしてギャグかますようなバカじゃなさそうだし。自分の立場がわかっている大人に見えるけどね。司会ってサポート役だからってスタンスできっちりこなすとおもうよ」とさらりと言ってのけた。「それでも歌わせちゃいかんよ、司会が出場歌手よりうまいのは困るでしょ。」だそうな。「SMAPがかすむかな?」というと「SMAPってへたなのがSMAPなんだよ。そこで競ってないんでしょうから」だそうな。我が家に、プチ芸能評論家がいたとは、いままで知らんかった。彼は、山本耕史を社会人として認めているという。

そういえば、先日知り合いにKOJI&KDearthの「IN MY HANDS」を貸していた。彼女が聞いていたら、その曲に旦那がとても興味をもったらしい。ジャケット写真も好評だったとか。

山本耕史って、男から好感をもたれる俳優だったんだと再発見。
まっとうに生きて普通に仕事しているという感じがいいのだろうか。

とにかく、よかったね!山本耕史君。
ケヴィン・スペイシーをまた一歩捉えたね。

それにしても、仲間ゆきえと山本耕史という組み合わせは奇妙なファンタジーが漂いそう。
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by windowhead | 2005-12-09 11:49 | 新選組!な人々 | Comments(3)

金曜時代劇に一押し「あくじゃれ瓢六捕物帖」

b0009103_23583429.jpg「あくじゃれ_瓢六捕物帖」
   諸田 玲子 著 文春文庫
「こんちき_あくじゃれ瓢六」 
   諸田 玲子 著 文芸春秋


捕物帖はおもしろい。勧善懲悪ではわりきれない人情のようなものが介在し、すこし物悲しい終わり方になるものもあるが、そのためより人間的な深みが加わることも多い。市井のちっぽけな事件が複雑な味わいを持つ。

昨年、佐伯泰英の「鎌倉河岸捕物控シリーズ」に出会った。すでに8巻まで出ている人気シリーズで、市井の若者たちが活躍する爽やかで心がほっくりとなる捕物帖だ。

今年出会ったのが「あくじゃれ瓢六シリーズ」。男と女の関係や男同士のかかわりが粋でいい。
「ASYLUM~山本耕史ファンによるつれづれ日記~」の「2005年10月19日(水) 脳内イメージ、山本耕史で読んだ諸田玲子さんの『あくじゃれ 瓢六捕物帖』」で、主人公の瓢六を山本耕史でNHK金曜時代劇にいかが?と書かれていたが、私もこの意見に1票入れる。

役者のような美男で冷徹な人間観察能力を持つ粋な小悪党瓢六。その卓越した人間観察力は長崎の地役人で唐絵目利きをしていたときに培ったもの。そのうえ和蘭陀語から本草学の知識まで持っている不思議な色男。賭博の罪で入牢している瓢六だが、その特技を見込まれて一時的に牢から出されて巷の事件解決にあたる。
相棒の堅物の同心篠崎弥左衛門、瓢六と相思相愛だが悋気の激しい売れっ子芸者お袖、瓢六にかかわるたびに災難にあう岡引源次、風流好みの飄々とした与力菅野、高飛車だが世話好きの篠崎の姉とその息子など、登場人物のキャラクターが鮮明でが魅力的。
事件解決に協力しあううちに小悪党と同心の間に確かな友情が芽生え、事件解決の功績で瓢六が無罪放免されるところで「あくじゃれ」は終わる。

「こんちき」では、あまのじゃくで義侠心の強い瓢六は瓦版作りで巷の悪に立ち向かう。
お袖との間は相変わらずアツアツ、瓦版作りで新しい仲間も登場するが、篠崎弥左衛門の恋はなかなか進展しない。娑婆の瓢六が、牢内の騒動の沈静のため与力に請われて入牢し、意表を付く方法で解決したり、当事者のちょっとした会話からその奥に潜む人情を読み解き事件を解決するなど、瓢六の機転と観察眼は相変わらず冴えている。登場人物たちの粋で小気味のいい会話に江戸っ子の活気や人情の心地よさが伝わってくる。

瓢六がなぜ長崎を出奔したかは、まだ謎のまま。ところどころに長崎への思いが垣間見えるので、きっといつかこのターニングポイントの謎が明かされるはず。それを知るまでは「あくじゃれ瓢六シリーズ」は気がかりな存在。
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by windowhead | 2005-12-06 23:59 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

ひとさまの旅行記で憧れの場所疑似体験

土方ファンの白牡丹さんのブログで二股口探訪記を所望していたら、その告知が掲載されていた。まるで私宛みたいで、勝手にドキドキしながら、さっそく、旅行記を拝見。

二股峠の戦場跡写真も数枚あって、本当に山の中の戦だったのだと土方たちが立てこもったシーンがリアルに想像できる。
土方が箱舘で宿舎にしていた佐野専左衛門宅(丁さ跡のことなのかな?)を探すところなど、なんともリアル。私も、おなじようにここあたりかなと目星をつけたところのすぐ近くが目的地だったというケースがよくあります。それも、翌日まだ現地にいる間に分かるのだが行く時間がない!というのがほとんど。白牡丹さん、惜しかったね。

旅行記の中で気になった本、函館市立中央図書館で見たという『箱館から函館へ』。函館市が企画編集した本なのだろうか。手にしてみたい。

白牡丹さんの函館旅行記は、目的がはっきりしているので、同じ目的の私にはたいへんありがたい函館ガイド本になる。
なにより、土方だけでなく、おいしいものへの興味と行動のパワーも人一倍。
どれもこれもおいしそうでさらに函館にひきつけられる。
 おりしも、昨日の我が家の夕食は「かに鍋」(北海道展で買ったズワイガニが冷凍庫にあったので)。外は、今の長崎にはめずらしい寒波の風と雨。今朝はうっすらと雪景色。
ちょっと、函館気分を疑似体験したような一夜だ。
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by windowhead | 2005-12-05 13:32 | 新選組!な人々 | Comments(2)

いまさらだが、「土方歳三波涛録」(釣洋一)

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土方歳三波涛録  釣 洋一著
新人物往来社 
2003年9月 2800円+税

出版と同時に読んだ本なのでこのブログで書くこともなかった本だが、たまたま訪問したブログのコメントで、この本は土方ばかりでなく新選組のことが書かれているのにタイトルに土方歳三を付けたのは、そのほうが売れると版元が判断したからだろうということが書かれていたのを目にしたからだ。そのコメントのような取られ方ではあまりに釣洋一先生や新選組を表舞台に出し研究対象として支えてきた新人物往来社とその中心であった大出俊幸氏の立場がないと思い、いまさらだが、この本を私の愛読書として記録しておくことにした。

私は、この「土方歳三波涛録」の出版を待ちに待っていた一人だ。
「土方歳三波涛録」というタイトルで内容がわかった。きっと、私が待っているあれに違いないと。
この本の中の「土方歳三の足跡完全踏破記録」は、1998年9月に新人物往来社から発行された「別冊歴史読本 新選組隊士録」に掲載されたものだ。この中に12回の踏破の旅の印象深い話がいくつかさらりと書かれていた。雑誌のため字数に制限もあっただろう。12回の旅の詳細が記録された1冊が出版されるのを待ちに待っていたのだ。

確かに、出版された「土方歳三波涛録」には、12回の旅の詳細は掲載されず、近藤のこと沖田のこと、新選組全般のことが書かれている。しかし、それらの研究のバックボーンにあるものは「土方歳三の足跡完全踏破」を決行するに至った現場主義の研究者のこだわりやその意義である。土方歳三の足跡を同じ季節おなじ日時に同じ行程で歩くことから、釣先生には史料や伝承では読み取れない実感を獲得されたのだろう。
話は横道にそれるが先日「白牡丹のつぶやき」の白牡丹さんが二股峠に立たれたらしい。写真を見るだけでぐっと来るものがあった。土方の最期の勝ち戦の場所、確実に土方の闘志とやさしい心配りが発揮された場所に立つということはどんな思いがしただろう。白牡丹さんがこの場所に立つに至った思いは釣先生の思いにつうじるものがあるのだろうと思う。
この本のほかの項目も、同じ姿勢で調査されている。その意味では、骨子となる「土方歳三の足跡完全踏破記録」の「土方歳三」がタイトルに付くのはなんの不思議もないはずだ。

 本書のなかで、8年間も新選組に関する本を出していないと書かれているが、新選組の調査をされなかったのではなく、その他の調査も含めて日夜、その身を現場に運んで調査されていたために、本にまとめる時間がなかったからだと思う。その足跡は、本書のなかで、江戸切絵図を読み解きながら新選組関連の人物のルーツや場所の特定をしていくなど新しい調査をされているし、箱舘新選組(研究家菊池明氏の呼び方にならって)の唐津藩士たちを追った調査などに現れている。
確かに、大河ドラマの始まりにあわせて出版されているが、それは、大河にあやかって売ってやろうという下心より、折角大河で新選組をやるのなら、最新の史実を下書きにしたわかりやすい参考書を出してあげようという意図が強いと思う。なぜなら、新人物往来社と新選組の関係は特別のものだからだ。

新人物往来社という出版元について、知っていることをメモっておこう。
新選組を語る人でこの出版社を知らなかったら眉唾だと断言してもいい。
新選組研究本イクオール新人物往来社と言っても過言ではないほど多くの新選組関連本を出している会社だ。それも30年以上も前から。その中心となってこられたのが編集者であった大出俊幸氏。昨年定年退職されたらしいと聞いたがどうだろうか。その大出氏は多くの在野の新選組研究者や小説家を発掘された。沖田総司人気を作った森満喜子さんや大内美予子さんを発掘し出版させたのも大出氏。今年山本耕史の言葉を帯にして再出版された萩尾農さんの「散華・土方歳三」を1989年に初版したのも大出氏の新人物往来社だ。若手研究者・菊池明氏や山村竜也氏にも多大な影響を与えている。
出版ばかりではない、大出氏と彼が新人物往来社の中で作っていた「新選組友の会」は、毎年行われる「歳三忌」や「総司忌」、昨年からはじまった「近藤勇忌」の主催者でもある。(昨年から大出氏個人が主催になっているのは退職されたからか?)
その新人物往来社から「新選組再掘記」をはじめ「新選組誠史」や「新選組写真全集」「江戸幕末・和洋暦換算事典 」など、新選組研究のはしりから現在まで一貫して優れた研究本をだしているのが釣洋一氏なのだ。
「土方歳三」などと冠をつけなくても、釣洋一著、新人物往来社発行と書かれていれば、どんなに高価でも新選組研究者たちは手にとって見たくなる組み合わせなのだ。
「土方歳三」の名前で本を売るといわれて、一番恐縮するのは当の土方歳三かもしれない。土方をはじめ、新選組を人気者として明るい場所に引き上げ、いままで一貫してサポートしてきた彼らの恩を一番知っているのは、土方歳三や新選組のメンバーたちだろう。

この本は、装丁から内容に至るまで新選組への愛情のこもった一級の書籍だと思っている。
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by windowhead | 2005-12-01 13:24 | 至福の観・聞・読 | Comments(8)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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