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春のなごりの花火

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つい1時間ほど前、花火があがっていた。
長崎港には、ロシアの帆船や日本丸など数隻の帆船が来ている。
毎年恒例の帆船まつり。明日までとか。
きのう、今日と午後9時になると花火が打ち上げられた。

写真の奥の方、山形に光の線が見えるのは、帆船のマストに飾られたイルミネーション。
明日の午後には、帆船たちは出航していく。
帆船のイルミネーションが見える夜景も今夜が見納め。


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ごそごそしていたら、「花火占い」なんてサイトを見っけ~~!

ちなみに、わたしは、線香花火。相性がいいのは落下傘花火だそうな。
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by windowhead | 2006-04-30 22:27 | 日日抄 | Comments(0)

日曜日向きな「ゆるい」話題

エキサイトの小ネタ記事に「5本指ストッキング」の写真が…。
ふーん、なんとなく、むずがゆいなあ。
好みから言うと、私には不要だけどさ。

私はつま先の開いた靴とかかとのない靴がきらい。
サンダルもミュールも好まない。
素足に近い足をタウンでさらすのはエレガントではないと子どものころから教えられた。
サンダルはリゾートのもので、タウンで履く場合はストッキングを履かなければと思っている。
その点つま先ヌードタイプはありがたかった。さらに、5本指まで出てきたか!
残念ながらこkとしもミュールやサンダル全盛の夏になりそうだ。

ついでに言えば、「素足」を「生足」と書いたり、言ったりするのは恥かしい。
生(なま)って言葉には、妙なリアル感やグロテスク感がある。
なんだか、昨日TVバラエティー「めちゃいけ」で見た極楽とんぼ・山本扮する「油谷さん」を思い出した。


もう1つのゆるい話題は、「ストーンズのK・リチャーズ、フィジーで木から転落し負傷」というもの。
キースファンの私だが、木から転落し…と言う部分に、心配するより先に笑っちゃった。
いかにも悪童・キースらしい。
ストーンズでは、表向きミックが悪童のようだが、絶対にキースが悪童だ。
ハチャメチャやりそうな怖さとかわいさを隠し持っている。実に子どもっぽい。
なんでまた、60歳のジジイが木に登ったんだ!
椰子の実でもとろうとしたのか?
さらに、ジェットスキーの事故にも巻き込まれたという。なにしてんだ、もう。
脳スキャン検査やったんだって。
もともと、ちょっと壊れた頭なんだから、こわれた部分は写らん!
メチャメチャに言っているようだが、これも、キースが無事だったから言えること。
とにかく、よかった。
本当に、かわいい話題を提供してくれたキース。無事でよかった。

頭打って、ギターのコードを忘れとらんだろうなあ~と老婆心。

Excite エキサイト : 芸能ニュース
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by windowhead | 2006-04-30 13:12 | 日日抄 | Comments(1)

三菱長崎造船所初代所長は新選組隊士だった!

 白牡丹のつぶやきさんでも紹介されているが、「幕末の桑名」と言う本が発行されたようだ。(中日新聞記事にリンク
その中で、バーバラ寺岡さんがひいおじいさんである「山脇正勝」について書いているらしい。
「山脇正勝」がバーバラ寺岡さんのひいおじいさんだったということは初耳だ。
そしてバーバラさんのひいおじいさんである「山脇正勝」が箱舘新選組隊士「大河内太郎」のことだというのも初耳。「大河内太郎」の本名は山脇隼太郎正勝。よく見ればたしかに山脇正勝ですね。気づかなかった今日まで。
それは、私にとってはちょっとうれしい「初耳」になった。

関係者以外は知らないことだろうが、三菱重工業長崎造船所の初代所長の名前は「山脇正勝」。
桑名藩士だったということ、箱舘戦争に参戦したということ、戊辰戦争で小指の先を無くしたなどというエピソードは、この会社の広報マンをしていたときにも聞いたことがあったが、この「初代所長・山脇正勝」が、「函館新選組隊士・大河内太郎こと山脇隼太郎正勝」と同一人物とは今日のこの日まで思いもつかなかった。

初代所長・山脇正勝は翻訳の仕事で三菱会社に入社している。明治17年、官営「長崎製鉄所」の工場施設を「三菱会社」が借用したとき初代所長に就任している。このころは、複数所長制だったようで、もう一人の所長はイギリス人だった。山脇正勝は当時の高島炭鉱の社長も兼ねていたようだ。

さて、函館新選組隊士・大河内太郎(こと山脇隼太郎こと山脇正勝)は、桑名藩の御小姓役だった人で、嘉永2年(1849)生まれ、ということは箱舘戦争終結時は、20歳。
戊辰戦争時に恭順派の家老を斬ってしまうほどの主戦派。古屋作左衛門の衝鉾隊に入って越後口の戦いに参戦して負傷し、その後、桑名致人隊に入って庄内のいくさで降伏したようだ。
明治2年に箱舘への使者を命じられ、4月14日に到着し、そのままは新選組に入隊て戦い、弁天台場で降伏している。たった1ヶ月の新選組隊士だが、自分の意志で入隊し、一番激しい戦いを戦い抜いたつわもの。降伏後は、他の桑名藩士と同様に明治3年に赦免され、桑名に帰らず渡米している。帰国後、岩崎弥之助と知り合って、郵便汽船三菱会社に入社。

使者として箱舘に渡り、新選組に入隊した20歳の山脇正勝は、まちがいなく土方歳三に会っているはずだ。それも、二股口から引き上げてきて、決戦の覚悟を決めた土方に。血気盛んな若者の目に、当時の土方はどんなに映っただろうか。
土方ファンとしては「山脇正勝が土方歳三についての感想かなにか残していないのだろうか」と、ついつい高望みしてしまう。


三菱長崎造船所の初代所長は新選組隊士だったなんて!
長崎と新選組の接点がこんなところにあったなんて!

新選組隊士・大河内太郎(こと山脇隼太郎正勝)。明治の世の中でひっそりと生きた新選組隊士の中では一番の出世頭ではないだろうか。




…こんなことを書いていたら、マグナムから「新選組!!土方歳三最期の一日」のDVDがとどいた。5月から始まるすてきなカレンダーのおまけつきで!

思いがけず、土方デーとなりそうな一日。
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by windowhead | 2006-04-28 15:02 | 新選組!な人々 | Comments(3)

「4月25日」は近藤勇処刑の日

「4月25日」という日付は「新選組」ファンにとっては特別の日だ。
近藤勇が板橋で処刑された日。

「4月25日」という日付は、あくまでも旧暦のものであるから、その日の気候や季節感を想像するには新暦換算して5月17日ごろの気候を想像して見る必要があるが、命日の「日付」というものはあくまでも「慶応4年4月25日」として記録されるべきものであり、新暦換算した5月17日を命日とするのは行き過ぎた解釈になるだろう。

「旧暦4月25日」は事実上の新選組が解体した日だ。
この日以降の土方が率いる新選組は、その目的も組織のあり方も近藤勇率いていたころとは違うものだと思っている。

多くの本や新出。既出の史料などを読むに付け近藤勇という人の魅力は、並々ならぬものがあったと思われる。
よくあるサラリーマンの上司にしたい有名人のトップクラスに入ってもいいくらいだ。

まず、いっしょに仕事をするときの安心感=池田屋での近藤の声で、他の隊士は不安にならずに闘えたという。わが身をさらして一緒に闘ってくれ、最後の始末をつけてくれる上司がいることはどれだけ仕事がやりやすいか。
男の愛嬌=女にもてているし、子どもからも恐れられていない。
分け隔てのない公平さと潔く頭を下げて礼をつくし、教えを請うオープンな人柄。
向学心。
父性の象徴のような人だったのではないだろうか。
男としての度量なら、西郷隆盛と並ぶ人だろう。

そんな近藤勇だが、新選組という集団の血なまぐささや闇の部分までも背負わされて、彼本来の良さはまだまだ認められていない。
新選組という組織の暗いイメージの元を作ったのは土方歳三によるところが大きい。その土方でさえ、人間的な魅力を掘り起こしてもらい、多くのファンを持っている。
その土方が最後まで陰として支え立ててきた近藤勇という人は並みの存在ではないはずだ。

土方ファンとして、土方を知れば知るほど、この人が無私で支えてきた近藤勇のオーラの大きさを思い知らされる。

人間・近藤勇をもっともっと掘り下げてくれる人が出てきてくれることを願う。
きっと、さらに魅力的な一面をみせてくれるのだろう。
新しい近藤像の発掘を一番願っているのは、彼を最後まで慕った土方歳三ではないだろうか。

今はまだひんやりする日もある4月25日だが、新暦に直せば風薫る季節。
大河ドラマの最後のシーンのようにせせらぎの蛙やアジサイの花、空にはツバメもいただろう。

黙祷。
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by windowhead | 2006-04-25 14:01 | 新選組!な人々 | Comments(0)

芸達者ぞろい…でもものたりない映画「プロデューサーズ」

日本版の舞台も、もちろんブロードウェイの舞台も見ていない。
映画だけでみた「プロデューサーズ」。
俗物台詞に大笑いし、芸達者たちの熱演を楽しんだけれども、なんとなく物足りない。
「シカゴ」の時もそう思ったが、これはやはり映画ではなく、舞台という空間のものではないだろうか。
ショービジネスの世界の裏側を描いた業界ものとして、ブロードウェイでは大人気のようだが、映画にするべきだったのかなあ。
ショービジネス界を描いたミュージカル風映画といえば、「オール・ザット・ジャズ」を思い出す。
これは映画用に作られたものなのだろうから、比べるのがおかしいのかもしれないが、映画的には絶対に「オールザットジャズ」に軍配があがるはず。

ミュージカル映画といえば「ウエストサイド物語」の強烈なインパクトを受けているので、その後のどれを見てもこれを越えることはできない。
いろんな意味で「クール」の群舞に勝つダンスを未だに見たことがない。
舞台上では表現しにくい疾走感や場所的な広がりが映画で大いに活かされていた。
ミュージカル映画の最高峰といえば今でもやはり「ウエストサイド物語」なのだ。主演たちは違っても、あの映画には、ブロードウエイの「ウエストサイドストーリー」のダンサーたちがたくさんでていた。
その、ミュージカル映画「ウエストサイド物語」に迫りそうなのが、映画「RENT」だろう。
RENTの世界は、映画としても成り立つ、というより、いっそ映画の脚本に近いのではないだろうか。
ニューヨークの路上やロフトの中で歌われるレントナンバー。
どんな映像になるのだろうか。
期待は膨らむ。
ミュージカル映画といえば「ウエストサイド」よ!と言っていた私が、来月から「RENTよ!」というようになるかもしれない。

俗物プロデューサーたちを風刺をきかせて描いたコメディーを本当に楽しめるのは同じ業界にいる人たち、その業界に近い人たちだろう。エンタテイメント評論家たちに受けがいいのは彼らもその世界の人たちだからだと思う。身内ネタで盛り上がる芸能人たちをTVで毎日送り付けられているわが身には、プロデューサーズも同様に見えて、ちょっと残念だった。

「プロデューサーズ」は絶対に舞台でみるものだろう。
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by windowhead | 2006-04-23 14:03 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

十八代目中村勘三郎襲名披露・六月博多座チケットゲット!

すでに歌舞伎座などでは昨年上演された勘三郎襲名披露だが、九州在住の私はこの6月やっと博多座で見ることができる。
ウエストコーストからでかけるとなるとやはり日曜日ということで、チケット争奪戦も大変そうだったが、友人のご主人の計らいで最後の日曜日の午前の部、A席がとれたとのこと。ひと安心。
昨年はの海老蔵襲名は日曜日のチケットが取れずに涙を飲んだ。
         
博多座の演目は
昼の部:熊谷陣屋、連獅子、文七元結、
夜の部・鈴が森、口上、弁天娘女男白浪、雨乞い狐

演目としては、夜の部の「弁天娘女男白浪」が最も見たい。それでも昼の部には連獅子がある。大好きな勘太郎をここでとくと拝見させてもらおう。
「文七元結」は三津五郎の襲名披露のときに三津五郎と菊五郎でみた。勘三郎は人情話がとても似合うと思う。勘三郎ならではのおもしろい趣向があるのかも。
場合によっては、、長崎では上映されない「RENT」を見に行く時に、当日席があれば夜の部をみてこようかな。

と、よろこんでいたら、また興味深いニュース
勘三郎 全国8ケ所で襲名披露
7月と9月に行う「18代目中村勘三郎襲名披露」は金丸座(香川)、東座(岐阜)、嘉穂劇場(福岡)、康楽館(秋田)、明治座(岐阜)、八千代座(熊本)、内子座(愛媛)、相生座(岐阜)など地方の芝居小屋で演じられるらしい。すごいのは、名古屋の高校の体育館を平成中村座に改装して演じるとのこと。八千代座や嘉穂劇場で見てみたい。
芝居を庶民のものに!という勘三郎さんの心意気が感じられる。

庶民感のある勘三郎さんの襲名公演だからといって、やはり平服というわけにはいかない。
かといって、着物での列車の旅は荷が重い。いつも切符が取れたら、着ていくものを思案するという繰り返し。いいなあ、博多の人は。真剣に服で悩みます。
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by windowhead | 2006-04-22 15:20 | 至福の観・聞・読 | Comments(4)

祟福寺の媽祖(まそ)祭に参列させていただく。

b0009103_115225.jpg昨日、長崎の唐寺・祟福寺で、航海の守り神・媽祖(まそ)様の誕生祭である媽祖(まそ)祭が執り行われた。

媽祖(まそ)は、宋代に実在した巫女で天気の予測ができたので、漁民を不意の台風などの危険から守ることができた。28歳で世を去ったが、漁民や船乗りたちは後にその徳を称え媽祖廟を建て、海の守護神としておまつりした。宋時代は霊恵尼、元・明時代は天妃、清朝時代は天后との称号を時の皇帝から贈られ崇拝されてきている。媽祖信仰は、福建省など中国南方のもののようだ。中国では文化大革命時代、媽祖信仰も禁止され多くの媽祖堂も破壊されたらしいが、その後立派なものが再建されているところもあるようだ。

古く長崎に貿易のために入ってきていた唐船は、航海安全のため媽祖像を載せてきた。長崎の港に入ると唐人たちは唐人屋敷での生活になるので、出航までの間、媽祖像を祟福寺や興福寺など媽祖堂を持つ唐寺にあずけ祭っていた。日本で古くから媽祖堂を持つ唐寺は長崎にしかないらしい。(最近横浜にも媽祖堂ができたと聞いたが…。)
越中先生のお話では、長崎でも、キリスト教禁止の江戸時代は、「媽祖祭」を「ぼさまつり」と読んでお祝いしていたそうだ。「ぼさ」とは菩薩。菩薩様のお祭りですから、他国の神様ではありませんとの言い逃れ。それが通っていたのも長崎ならではのことなのだろう。
郷土史家・越中哲也先生がお持ちくださった古文書にも「媽祖祭り」と書いて「ぼさまつり」と振り仮名してあった。

b0009103_1155745.jpg祟福寺の檀家は福建省出身の華僑の方々が多く、長崎の中華料理店の多くもこの寺の檀家さん。媽祖(まそ)祭は、その方々のお祭りで、ランタン祭のように観光化されていない、伝統的なお祭り。本来参列できるのは、檀家さんや中国関係の方々だけなのだが、皆さんのご好意と長崎歴史文化協会の越中哲也先生のご配慮で協会メンバーで希望者が参列できることになった。

媽祖堂前には、媽祖様をお迎えするため様々なお供えが飾られる。新鮮な魚介類や肉など、中でも豚と山羊の頭は長崎の人間以外には驚きかもしれない。本来は豚や山羊をまるのままお供えしていたそうだが、時代の流れで今では頭だけお供えするようになったらしい。それでも本物の山羊の頭をお供えできるのは、今年が最後かもしれないそうだ。厚生省だの食品衛生だのの法律が絡むらしい。伝統行事も時代の趨勢で変わらざるをえないのか…。

b0009103_1162274.jpgお供えを前にご住職たちによる読経、参列者によるお参り、それにお賽銭を意味する紙のお金をたくさん燃やして媽祖様が下りてこられるのを待つ。爆竹の合図で媽祖様の降臨を知ると今度は媽祖堂の中に新しいお供えをしてまた読経や参拝、お賽銭を燃やして、媽祖様の誕生日をお祝いする。お供えには長崎ならではの桃饅頭が山のように盛り付けられ、ピンクのゆで卵もどっさり!ピンクのゆで卵は誕生をお祝いするものらしい。イースターエッグを思い出した。

その後、お供えの豪華な料理が用意される。
みんなでお膳を囲んで、媽祖様のご馳走のおすそ分けにあずかるわけだ。
中華料理店では食べられない華僑の人たちの家庭でのもてなし料理がどっと出てきた。
もちろん卓袱料理の原型の丸いお膳を囲んで大盛り皿から取り分けていただく。
どの料理もそれぞれの中華料理の元になったと思われる味。女性陣は「これ、バンバンジーの原型かな」とか、「皿うどんのもとはこのビーフン炒めかしら」など、にわか料理研究人に早変わり。恐る恐るいただいた山羊のぶつ切り肉が入ったスープは、臭みもなく澄み切っていて思いのほか上品。澄み切ったスープを取るのはやはり料理人の腕のみせどころだろう。
家庭のもてなし料理といっても、長崎の華僑の人たちの多くは中華料理店を経営していらっしゃるので、料理の味はプロのもの。堪能させていただいた。さらに、お膳はきれいに食べ挙げて行くことが料理人への感謝でもあるので、残ったものは持ち帰ってもいいことになっている。

まる1日、中国と長崎の深いつながりを学び、普通はいただくことの出来ない華僑の人たちの家庭もてなし料理をいただくことが出来た。
祟福寺さんと、檀家のみなさん、それに越中先生に感謝!



そうそう、行事の模様や料理の写真は、友人のmogumiさんのサイトにアップされるだろう。そのとき、リンクさせてもらって、言葉では書きつくせないおいしさを目で再度味わおう。
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by windowhead | 2006-04-21 11:08 | 日日抄 | Comments(2)

弁護士ものが多いこの春、見るなら「マチベン」だね。

テレビ業界のことにはぜんぜん興味がないので、わからないのだけど、この春の連続ドラマはなぜか弁護士ものが多い。他の2つもさらりと見たが、やはり「マチベン」が一番おもしろい。

「マチベン」第2回を見てなんとなく流れがわかってきた。
天地涼子弁護士と無期懲役囚との関係は、涼子が検事時代に扱った事件の被告で刑が確定したあと、冤罪だったとわかったのではないだろうか。その囚人はなぜか再審請求をしようとしない。涼子は自分の調べが足りなかったため罪なき人を罪人にしたという過ちから検事を辞め、再審請求をさせようと弁護士になったのではないだろうか?と想像しているのだが…どうだろう。
そのいきさつのなかで、彼女が殺人未遂の嫌疑をかけられ、それを仲間の弁護士たちが救おうと法廷で戦うというかたちなのだろう。
無期懲役囚の過去の事件はどんなものだったのか?大きな陰謀がからむのか?人間の尊厳を侵害するようなことが原因なのか気になる。
それと、涼子のトラウマ(腕に触られて激しく拒否するところ)の原因も、無期懲役囚の事件に原因があるのだろうと予想できるのだが、そうなるとより過去の事件が気になる。4話くらいから過去の事件の関係者がでてくるのだろうか。

第1回の印象では、江角マキコのお芝居が「ショムニ」的で、正義を振りかざした傲慢さが鼻に付いたし、真実を追究するのは弁護士の仕事ではないでしょうに、このドラマはショムニの弁護士版をNHK的なまじめさでやりたいのかと、若干落胆したが、2回目で、その印象はなくなった。天地涼子もまた真実という魔物に魅せられた欠点の多い人物なのだろう。真実追求は未熟な神原啓吾は純粋に「人の心」を思いやる誠実さという合わせ鏡の役割なのだろう。天地涼子と神原啓吾が一緒になって理想の弁護士像となるのだろう。
この物語は、天地涼子の魂の復活の物語であり、神原「青りんご」敬吾の成長物語でもあるのだろう。

同僚の2人の弁護士たちが妙に人間的なリアリティがあって魅力的。
オセロ演じる浦島せんせ、すごくいい。ジュリーの存在感も曰くありそうでさすが。
ジュリーと言えば、どこかで見た情報では、何回目かのゲストで岸辺一徳が出演するらしい。往年のタイガーズ(といっても野球ではない)ファンにはうれしいツーショットが見られるかも。実力派脇役として独特の存在感の2人。対決シーンがあるとすれば見逃すわけにはいかない。

青りんご・耕史くん、本来の持ち味発揮。
この人は、こんな初々しい役が一番似合うのかもしれない。それは年齢に関係しない。嵐の二ノ宮和也、キンキキッズの堂本剛、山田孝之などいくつになっても17歳役が一番はまる役者がいるが、山本耕史も同じ部類だろう。傷つきやすさや真っ直ぐさや汚れていない魂を表現するオーラというものがあるとしたら、そんなオーラを持っている俳優たちの一人なのだろう。「誠実な顔をさせたら天下一品だ」という江角マキコの山本耕史評は的を射た表現だなあ。

ほどほどにコミカルで、ほどほどにお洒落で、ほどほどにヒューマンで、ほどほどにサスペンスもある「マチベン」。ほどほどに見えるが、しっかりとした演技と手抜きのないドラマ作りが裏打ちしている計算された「ほどほど」。良質のテレビドラマってこんなものであって欲しいと思う。

なにがあっても1回も見損なわず、6回まで見続けたいと思わせてくれる作品。
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by windowhead | 2006-04-18 04:03 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

永井(玄藩頭尚志)さまが残してくれたもの=「土方歳三最期の一日」DVDを待ちながら

先日、三菱重工業(株)長崎造船所の史料館を見学した。

事前に予約をいれていたので、水の浦の門から造船所構内にタクシーで入ることができた。私は、ヘルメットと作業服で働く男の職場にどこか尊敬の念を持っている。そんな現場の空気に久しぶりにふれて、史料館に着く前にすでに、気持ちが高揚した。
史料館は、赤レンガの堂々とした建物だが、これは木型工場だったところ。レンガも工場のときのまま。広い。そんな中に整然と展示物やパネルが並ぶ。さすが世界に名だたる工場、チリ一つないし、展示物もきれいに掃除されている。それでいて温かい雰囲気があるのは、「ものづくりの先達たち」の「想い」が形になって展示されているからだろうか。

三菱長崎造船所は、長崎海軍伝習所取締永井玄藩頭の発案で安政4年建設着手され、文久元年(1861)落成した「長崎鎔鉄所」が前身になっている。
この日私が見たかったものの1つが史料館のまん前のルーブルならサモトラケのニケがあるような位置にどんとすえられていた。
「泳気鐘」という鉄の箱は、イギリス製の潜水用具で「長崎鎔鉄所」建設時の岸壁工事に使われたもの。
それと国の重要文化財で日本最古の工作機械である「竪削盤」。これも長崎鎔鉄所建設のため幕府がオランダに発注し購入した18台の工作機関係の中の1つだ。

発案した永井尚志は、長崎鎔鉄所が完成する前に江戸に引き上げているので、この機械たちが活躍する場を見てはいないのだろうが、この2つの展示物は、まちがいなく永井尚志の想いのかけらであり、残してくれたもの。幕府が真剣に近代技術を日本に移植しようとしていた証でもあり、永井尚志の近代性と決断力の賜物。これらに直接触った時は胸が熱くなった。

貴重な展示写真も数々。
展示写真の中にドイツ人技師カール・レーマンの姿を見ることができたのは幸運。カール・レーマンは私が追いかけている足立仁十郎とかかわりを持つドイツ人だ。


興味深い展示物ばかりだが、もう1つ胸を突き上げてくるものがあるコーナーが「戦艦武蔵」コーナー。
武蔵を中心に太平洋戦争終結時までにこの造船所が建造した艦船の写真がたくさん展示されている。その当時までここで建造された艦船は80隻。写真のキャプションを読んでいくとその多くが、戦時中に撃沈している。浅間丸など、この造船所が作った美しい客船も戦時中は運搬船や病院船などに改造され、航行中に撃沈されている。
送り出した船が撃沈されたというニューズを聞いた時の造船マンたちの心境を考えると胸が熱くなる。おまけにその中には何百人と言う人々が乗っているのだ。悲痛な想いに打ちひしがれながらも、次は沈まない船を造ろう!と心に決めながら日夜作業していたのだろう。ものづくりの人たちは、普通の人が思っているよりずっと感受性が強く、繊細でロマンチストなのだ。(この造船所で広報マンをしていたことがある私の実感)


永井様とロマンチ男といえば、もうすぐ「新選組=土方歳三最期の一日」のDVDが来るはずだ。山本土方の見返り美人なパッケージ付。
「ごめんなさいでいいではないか…」と土方を慰める佐藤B作好演の永井尚志にも久々に会えるわけだ。
永井様だって、相当なロマンチだよなあ。

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※写真は史料館内部。右の大きな鉄の箱が「泳気鐘」、中央のハンドルが付いた機械が日本最古工作機械。どちらも150年の月日を経て残った永井様のロマンチの証。
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by windowhead | 2006-04-15 13:13 | 長崎と幕末維新 | Comments(0)

民俗学と写楽を結びつけるなんて、意外な取り合わせがいっぱい


b0009103_13455047.jpg「写楽・考―蓮丈那智フィールドファイル〈3〉 」 北森 鴻  著  新潮社

何回も書くが、北森 鴻は大好きな作家の一人だ。
おそらく、ほとんどの作品は読んでいると思うし、何度も読み直したくなるものも多い。
そんななかで、ちょっと苦手なシリーズものがこの「蓮丈那智フィールドファイル」シリーズ。

民俗学のベースがないから、本当は凄くおもしろい話なんだろうけど、表面的な謎の解明という程度にしか、読めない。それと、どうしても、登場人物、特に女性民俗学教授・蓮丈那智が、私的には魅力が乏しいのだ。どうイメージしていいのか具体的なイメージがつくりにくい。
昨年だったか、木村多恵さんがこの蓮丈那智を演じたが、まだ取ってつけた印象だった。

それでも、今回の「写楽・考―蓮丈那智フィールドファイル〈3〉 」はおもしろかった。
登場人物、特に、きつね目の教務職員の過去がわかったり、彼が謎解きに関わってくることでこの登場人物の人間的な魅力に広がりがでてきたと思う。

表題作の「写楽・考」が一番おもしろかった。
というより、浮世絵に関してはそれなりに勉強してきているので、謎の作りかたやここにもっていくのか!というような思いがけないような解釈に、興味が引かれた。

写楽というと、誰だったか?というのが、写楽の謎解きのパターンだが、ここではあの作風がどのようにして誕生したのかという推理になっている。
あるものを介すると、たしかに写楽風になるし、綺羅刷りの発想の元になるものがとてもタイムリーなものだったので、これも驚かされた。

「写楽」と昨年話題になった「フェルメール」。繋げることなどできませんよね。
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by windowhead | 2006-04-14 13:50 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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