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5月30日は沖田総司の命日だった

今朝のドイツ戦(サッカー日本代表)にそなえて、昨夜は早寝した。
おかげで、早朝4時30分に起床。清々しい気持ちでTVの前で観戦できた。

昨日は映画「ダビンチ・コード」も観ていたので、あまり重いことを考えたくなかったが、5月30日という日付けには思い入れがある。

慶応4年(1868)5月30日、沖田総司が亡くなっている。
新暦に直すと7月中旬になる。まだ梅雨もあけないじめついた季節に独り病の床で息を引き取った。
心から慕っていた師・近藤勇は、すでにこの世にいない。それでも沖田には近藤処刑のことは知らされてないので病床でも「先生はどうしていらっしゃるのでしょう」と言っていたらしい。

天才剣士といわれ、剣技に生きてきた沖田総司が、そのアイデンティティでもある剣を使うこともかなわない体となって独り隠れるように病床にあるなんてどんなに心細かっただろうか、口惜しかくてたまらなかったろう。
沖田総司のこととなると、やはり一番心に残るのはその死に際だ。
この人こそ戦場で奮戦して倒れて欲しかった。本人も一番望んでいたことだろう。
近藤や土方と一緒に着いて行きたかっただろうが、足手まといになることを案じてその言葉を口に出さなかったのだろう。最後の最後まで「わがまま」を言わない子のままだったのだなあ。
幼年時代から近藤の道場の内弟子として、先代や近藤に仕え、従順に従ってきたこの若者からみれば、土方などは、本当に好き勝手やっている幸せ者に見えたことだろう。それでも従順に師である近藤勇につき従って剣をふるい、挙句の果て病魔にむしばまれてしまった。せめて、最後の最後に「いっしょに連れて行って」とわがままを言って師や先輩を困らせてもいいものを。
沖田のものわかりのよさが、かえって悲しい。
沖田総司の最後が書かれている本を読むと、どうしても夜眠れなくなる。
そんなこともあって沖田総司のことは土方ほど一生懸命追いかけていない。
史料が少ないためか、女性向けのイメージに変貌させられている沖田総司がどうも私のイメージとは違うというのも沖田を遠ざけていると思う。私が持つ沖田総司のイメージに一番近いのは映画「壬生義士伝」で堺雅人が演じた沖田総司だ。

沖田を一番実感しやすいものとして彼の手紙がある。新人物往来社から出ていた「土方歳三・沖田総司全書簡集」に沖田の手紙が納められている。しっかりとした字を書く人だ。土方のくせのある女性っぽい字に比べると格調ある字だと思う。彼の書簡を読んでいると、この人も多摩に帰りたかったのだと思わされる。それなのに、帰っていない。帰るチャンスはあったのに、土方や近藤からお前の力が必要といわれて、そのチャンスもあきらめている。

本当に思い残すことがたくさんあったことだろう。
なにより、健康で戦いの場にいきたかっただろう。

27歳で病没した沖田総司。
ジーコジャパンの平均年齢がだいたいそれくらいだろう。
それを思うと、やはり早すぎる死であり、くやしさに満ちた死だと思えて成らない。

そういえば、沖田をかくまった千駄ヶ谷だったか今戸だったかの植木屋さん。女優の江波京子さんのご先祖。「土方歳三波濤録」(釣洋一著)だったかに、そのようなルポがあった。

沖田総司の生い立ちや周辺については、日野宿本陣検討会のMUNNさんの記事などを見ていると、地元で史料の発掘や読み解きなどがなされているようだ。
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by windowhead | 2006-05-31 13:41 | 新選組!な人々 | Comments(3)

「RENT」と「がんばらんば」

先日、お仕事さぼって福岡に「RENT」を観にいった。
ウェストコーストから福岡までのJRが往復6000円、映画チケット1800円、パンフ700円、地下鉄だのタクシーだの、お昼ごはんなど入れると、映画に1万円以上かけたことになる。
いっしょに行こうと誘っても行ってくれる人がいなかったわけだわ。
それで、「RENT」にその価値があったのか?と聞かれるが、声を大にして言う

「あった!!!!」

少し前「プロデューサーズ」も観た、アカデミー賞の「シカゴ」も観たが、どうしても私が求めているミュージカル映画ではなかった。クラッシクで、ショーを観ているようではあってもその中の人々に共感できないという決定的な違和感があった。
ミュージカル映画というと「ウエストサイド」や「ヘア」の洗礼を受けている私には、「RENT」こそが見たかったものだった。

1989~90年のニューヨーク。イーストビレッジに暮らす貧しいアーティストたちの1年を描いた物語。彼らは貧困やエイズ、同性愛などさまざまな問題に直面しているが、愛や友情で支えあいながら夢に向って懸命に生きていく――。
1996年2月、プレビュー公演の前日に脚本・作詞・作曲を手がけた「RENT」の産みの親・ジョナサン・ラーソンが35歳の若さで急死するという劇的な誕生のエピソードをもつミュージカルがあった。この伝説のミュージカルは、この年のトニー賞はおろか、ピュリッツアー賞まで受賞した。そのロックミュージカルはいまもブロードウェイでロングラン中だ。
「RENT」はその伝説的ミュージカルの映画化なのだ、それも、ジョナサン・ラーソンと一緒に作ってきた初演キャストの出演というおまけつきで。

プロローグの「シーズンズ オブ ラブ」のシーンで、すでに心が惹きつけられている。なんてすばらしい歌なんだろう。なんてすばらしい詩なんだろう。初めて聞く曲ではない。「RENT」日本版のカンパニーが歌うCDを持っているので日本語訳で何度も聞いている。そのたびにいい曲だなあと思っているが、そのシーンを初めて目の前で見ているわけだ。ああ、このように、さりげない舞台上にカンパニーメンバーが一列に並んでコーラスしているんだ。だから歌にすごい力があるのか。オープニングから鳥肌がたつような感激だった。

「シーズンズ オブ ラブ」はミュージカルの名曲の1つに数えられると確信する。
「52万5600分というこの1年間を何で数える?
夜明け、日没、深夜のコーヒー、出逢いの数、一人の夜、燃やした過去の数…
愛の数、そう、愛の数がいい、思い出そうこの1年間の様々な愛を」
というような詩だ。過ぎた月日と消えた仲間の命に向けての鎮魂歌でもあり、明日への希望の歌でもある。

「RENT」には、私がミュージカル映画に求めるものすべてがあった。
ドラマチックなシナリオ、すばらしい歌とダンス、心に残るテーマ曲、映画としてのオリジナリティーなど。原作の舞台と張り合えるほどの”何か”がなければ、映画化の意味はないとおもうが、映画「RENT」には、それがあった。というより、「RENT」は舞台よりも映画に向いている作品なのかもしれない。
切羽詰った生き方の中で、それでも自分を自分らしく表現する夢にかける人々。お互いを思いやる気持ち。
久しぶりに、夢に向って必死になる生き方に勇気をあたえてくれる作品を観た。
金持ちにならなければ失敗者とでも言うような今の風潮のなかで、この映画はすでに夢物語なのかもしれないが、せめて、可能性に賭けてみたいと思っている若者たちにはぜひ見せてあげたい作品だと強く思った。
しかし、長崎では、この映画は今のところ上映の予定はないのだ。



長崎といえば、最近ローカルで大流行の曲がある。ローカル情報に疎い私は今週初知ったのだが、街では大流行らしい。その曲とは、
さだまさしの「がんばらんば」

「がんばらんば」とは長崎弁で「がんばらなきゃ」と言う意味。
長崎のエキゾチックなわらべうた「でんでらりゅう」をベースにしたヒップホップ調の歌。
なにより、歌詞のすべてがばりばりの長崎弁で書かれているし、ラップ部分もリアルな長崎弁。他県の人にはほとんど意味不明だろう。
CDとDVDが売られていたので、つい、DVDを買ってしまった。
長崎の名所で歌い踊るさだまさし氏。
活力のない故郷に必死に届けようとする応援歌。
50才すぎた人気ミュージシャンがいろいろな扮装をして、観光地で歌い踊るなんて、普通やる? もっと格好つけていたっていい存在なのに…。さだまさし氏のいじらしいまでの応援に心から「サンキュ!」と答えたくなる。
「がんばらんば」DVD 1000円也。とても楽しませてもらった。
歌詞カードに「がんばらんば」の歌詞(長崎弁)と標準的日本語の歌詞が書かれていた。普通の日本語の歌詞に「日本語訳」と書かれているのには笑った。

 負けられんけんね ちからとっとっと
 わいばかろうてでんほうてでん行っけん
 どんげんね起きあがりゆんね
 (「がんばらんば」歌詞カードより抜粋)


これがリアルな長崎弁。意味わかりますか?
文字だけでは、私もすぐには意味がわからない。それでも長崎弁のリズムで読むとバッチリ!です。
ちなみに、日本語に直訳すると
 負けられないからね、力は残しているよ
 おまえを背負ってでも這ってでも行くからね
 どうだい、起き上がりきれるかい?

「長崎サイコー!」なんていう暑苦しさがないところが、さだまさし氏らしい。
真正面から言うと照れてしまうから、ちょっとおどけてみせる人の良さが長崎人らしい。


「がんばらんば 長崎弁バージョン」

「RENT」の
「No day but today」(”いつか”ではない。今この瞬間を生きる。)という言葉や名曲「シーズンズ オブ ラブ」

久しぶりに純なオーラをもった刺激をもらったような気がする。

「ちょっとばっか がんばらんばやろか」
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by windowhead | 2006-05-27 14:40 | 至福の観・聞・読 | Comments(5)

ブログの特長が悪用される悲しさ

最近、コラムを書くフィールドをブログからもとのHPに戻そうかと真剣に考えている。

FTP作業もなく、どこからでも書き込めるブログのフットワークのよさに感激し、もう3年ほどブログを使ってきた。
HPは別に持っているが、どちらかというと、そちらの更新より便利なブログにシフトしてきたが、最近、ブログの特長でもあるコメントやトラックバックを使ったいたずらや悪質なビジネス利用が目に余る。
とくにトラックバック。
トラックバックがかけられているので、楽しみにその記事に行くと、まったく記事のない準備中のブログだったり、関係ないビジネスや商品一覧のブログだったりで、腹が立つ。
たしかに、トラックバックはだれがかけてもいい。しかし、TBのもともとの主旨は、関連記事、関連事項のつながりのはず。土方歳三と出逢い系になんのつながりがあるというのだ!!!
先日は、中村俊輔の記事にロナウジーニョ…というTBがかけられていたので喜んで飛んでいったら、その先は、コラムもなにもないサッカー商品を並べた個人サイトだった。ロナウジーニョはロナウジーニョモデルの靴かなにか。
たしかに関連はあるが、それ、反則でしょう。
人の玄関を利用して自分のお店に客を引き込むと言うやり方、姑息すぎないだろうか。おまけに、入り口を使わせてくださいねということわりもなしに…。
トラックバックを小商いに使うというやり方を教えているサイトなり本なりがあるのだろう。そうでないと、最近どんどん増えてきているのが自然発生とは思えない。

ついにいくつかの記事でTBを禁止してみた。
しかし、それでは本当にちゃんと関係のあるTBをかけたい人をもはじくことになる。
それは、なんのつながりも出てこないただのコラムサイトということになり、ブログの特長の一つを制限することで、ある意味ですでにブログではなくなっていることになる。

コメントもおなじように、意味不明のいたずらのようなものが増え始めている。
毎日毎日ブログを開き、記事を書き込む前に、いたずらのようなコメントやトラックバックを掃除することが日課になってきている。
悪質コメントやトラックバックを掃除しながら、とても腹立たしい気分と悲しい気分になる。とくに商品やビジネスを売ろうとしている人たちが、こんなに姑息は方法をとることに気分は落ち込んでくる。ITのビジネス活用とは、こんなことなのか!人の気持ちも考えないで小金儲けをすることがビジネスなのか?少なくとも大人がやることではないはず。
もし、そのようなことを教示している本などがあるのなら、その本の著者を訴えたいくらい。


ブログがブログであるためには、トラックバックとコメントは必須アイテムだ。
それが、悪用されたり、いたずらの対象になってきているのなら、すでにブログの機能はバージョンアップが必要なのかもしれない。

「ミクシー」などのソシャルネットワークに誘われることも多いが、本来、閉ざされた仲間内だけの世界というものは、私が求めるインターネットの世界とは相反するので、積極的に取り組みたいとは思っていない。

結局、自分のお金を出して自分で構築したホームページが一番安心であり、理想の形に近いものであると思えてくる。ただ、コメントをどのような形でもらうか?その方法を考え中だ。(なにしろ、ホームページにメールアドレスを表示すると、すぐさま迷惑メールが山ほどくる現状だから。


インターネットを悪の温床のように忌み嫌っている進歩したくない人々のまちがった認識を改めてもらって、さらに役に立つ次世代の情報手段としてインターネットを定着させるためにも、人のことを考えた利用の仕方をしたいと思う。

最近は、良心的な人はTBするとき、ほとんどコメントを残してくれる。本来はその必要はないのだが、やはり同じような嫌な思いをしたことからの配慮だろう。二度手間をかけているみたいで心苦しいが、私も最近は同様にしている。
普通に使っている人が、それほど気を使わなければならない状況にまでなってきているブログのトラックバックやコメントの悪用。
なんとかならないものだろうか。
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by windowhead | 2006-05-21 13:12 | 私的危機管理 | Comments(4)

国営お見合いが少子化対策だって??とほほ

今朝新聞を見て驚いた、というより、あきれてしまった。
あのブルーのどらえもんドレスの猪口邦子少子化・男女共同参画大臣が、
政府の責任で「お見合いパーティ」など、独身男女の出逢いの場を設ける案を閣内で打診している (朝日)
んだって!
非婚や晩婚が少子化の一因と言われているため、政府がキューピット役をしようという発案
(朝日)らしい。

ちょっと、本気なのか!
そんな政策が、いやそんなことが政策になるのか!
いくら行政などで、企業マインドで仕事を!といっても、国の政策って、ビジネスプランとは違うんだぞ。
たしかに、地方によっては農村や漁村の花嫁募集に自治体が支援しているという話は聞くが、若い男女の比率が極端に違う職場やと特殊な職業ならともかく、一般男女の出逢いに国が関与するって、おかしくない?気持ち悪くない?
くっつけりゃ子どもが生まれるんで少子化対策とは…、あまりの短絡的考えに驚きも驚き。これを閣内で打診しているということは、国の政策として考えているってことですよね。「大臣、ばかですか!」って、言える官僚はいないのかい。
国が仲人してくっつけたカップルの子どもに、お次は国民皆兵がくるかもしれない。そんなとき、仲人の顔をたててくださいよ。なんて言われたらと思うとぞっとするけどね。これ決してブラックユーモアで済まされないような状況でもあるでしょう。憲法改正賛成も過半数を占めているようだし。

若い女性が子ども生みたくない理由はさまざまあるが、それは決して男がいないからではないのだ。高い学問と広い見識をお持ちと自負していらっしゃる当の女性大臣が女性の状況を理解していないようなこの発言に、若い女性たちがどれほど傷つくことだろう。

いくらありふれた意見であろうとも、子どもを育てやすい環境をつくるとか、制度を作るとかを先にやって欲しいものだ。それも、話し合いを続けて、すごい政策を考えるのではなく、ちいさいことでもやれるところからすぐにやって欲しい。出産費用を無料化することはなぜできないのか。育てられないから私生児や新生児を捨てる未熟な母親がいるのなら、捨てなくても連れて行けば預かってくれる施設を増やすとか、そんな施設をわかりやすくPRするとかなら、すぐにでもできるでしょう。働く女性のための託児所はまだまだ不足している。安心して育てられる環境ができると、少々のことはがまんしても子どもを産み育てたいという若い女性は多いはず。
やはり、環境の整備が一番先でしょう。

あるブログで猪口大臣のことを「政界リンダ」と呼んでいた。
暴走が「どうにも止まらない」かららしい。
たしかに、なにを言うかわからない人だ。大学のセンセだったから良識ある人だと思っていたけど。
この人、このままだとそのうち「少子化対策に大停電を!」と言いかねない。
「ニューヨーク大停電の翌年には子どもがたくさん生まれたらしい。大停電を定期的に起こすことにより、省エネと少子化に寄与する一石二鳥の政策です!」と。

今、少子化対策に関しては、財源をどうするかが計られているようだ。
雇用保険の財源を活用するという厚生労働省案とそれに否定的な首相。「政界リンダ」は勿論首相に同調したらしいが、ならば「国営ねるとん」の予算はどこから持ってくるつもりなのか。
いい加減に小泉チルドレンをしかる官僚たちが出てきてもいいはずだが…。それとも扱いやすいので、利用している?

ああ、ああ、ため息だねえ。
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by windowhead | 2006-05-19 17:04 | 日日抄 | Comments(0)

「くろふね」の江川太郎左衛門英龍と中島三郎助

b0009103_15282720.jpg『くろふね』 佐々木譲著 角川書店

著者・佐々木譲をして、「激動の時代の幕開けのまさにその瞬間に立会い、その後に続く動乱の時代を、有能な官僚として、すぐれた技術者として、才ある文人として、それになにより、見事なまでに武士らしい武士として生きた男」と言わしめた中島三郎助の半生をていねいに描いた一冊。

実はまだ途中までしか読んでいない。ページ数でいえば約半分を越える位。で、物語はまさにペリーの浦賀来航。
これまでの幕末小説なら、ここで初めて中島三郎助の名前がでてくるところだろう。その多くには、黒船を見てあたふたする浦賀奉行たちの一人として、及び腰の幕府の一員としてほんの添え物のようにでてくるにすぎなかった。

あえて、読書の途中でこの「くろふね」のことを書いたのは、じつは「白牡丹のつぶやき」さんのサイトで「旧暦ですが、享和元年(1801年)5月13日は江川太郎左右衛門英龍様の誕生日です。」という一文を見たからだ。

白牡丹さんは、江川太郎左右衛門英龍のことをときどき取り上げてくれる数少ない人。
私も江川太郎左右衛門英龍については「未完の多摩共和国」を読んで以来、たいへん興味をもち、その生涯をもっと知りたいと思っている一人であるので、その名前が出てくるとつい、反応してしまう。

「くろふね」の中にも江川太郎左右衛門英龍は登場する。
中島三郎助に、彼が興味をもっている測量や砲術、海防などについて、新しい風を送り込んでくれる重要な人物だったのだ。
江川太郎左衛門による海岸防備の目的の江戸湾の測量のシーンや、高島秋帆による徳丸ヶ原での演習シーンなどは、具体的でとても興味深いシーンとなっている。
江川太郎左右衛門英龍と言う人は、中島三郎助に最初に影響をあたえた人物だったのだ。
本を読むごとに、韮山の世襲の代官にこんなに優れた人がいたということを、改めて知らされることになる。すでに彼の功績を知っていても、新しい情報は、それを上回る興味深い業績がでてくるのだ。こうなると、幕末のわが国の海防論のようなものを通して読みたくなってしまう。

その人物に影響され、さらに独自の興味である大型艦船の建造について学び、日本で最初の西洋式軍艦を建造してしまう中島三郎助。彼のすばらしさは、座学や知識では満足しないところにある。あくまでも実践の人である。そのような意味では、幕府側でも最優秀なテクノクラートの一人であったわけだ。その証拠に、吉田松陰も桂小五郎も中島三郎助に造船術の教えを請う手いる。桂などは、中島家に長逗留して学んでいる。

私が読んでいる部分はそこらまでだが、中島三郎助は、その後、長崎海軍伝習所伝習生となって長崎へ。言葉巧みで目先の効いた勝海舟とはそりが合わなかったため咸臨丸のアメリカ渡航メンバーからは外れてしまうが、機関士としても航海士としても中島三郎助は勝海舟などよりはるかに優れた人物だったと分かる。

途中までだが、江川太郎左右衛門英龍と中島三郎助は幕末の物語にもっと登場してもいい魅力的な人物だ。

最後まで読んだらきっと「くろふね」を書いてくれた佐々木譲に感謝の辞を送りたくなるはずだ。

ただ、土方ファンや新選組ファンにひとこと伝えておこう。
ヒロイックな土方ファンのお嬢さん方が、土方と中島三郎助の箱舘での関係などを期待してこの本を買われると困る。はっきり言っておく、土方は出てこない。いや、たった1行土方歳三が戦死したというフレーズがあるくらいだ。それでも満足できるくらい中島三郎助という男は地道にすばらしいのだ。

プロローグ「箱舘に死す」の最後のフレーズ
「日本の近代は、この男、中島三郎助の屍をこえるところから始まったのである」

半分までしか読んでなくても、この言葉が言わんとすることが分かる。中島三郎助とはそのような男だったのだ。 
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by windowhead | 2006-05-14 15:12 | 至福の観・聞・読 | Comments(8)

とりあえず、俊輔は確定だろうから…

あなたの予想するW杯日本代表は?

エキサイトのトラックバックテーマが「あなたの予想するW杯日本代表は?」。
しろうとサッカーファンとして、おばさんも参加させてもらおうかな。

4年前の選考漏れ記者会見からずっと中村俊輔を応援している。
今回、俊輔は確定と言っていいでしょうから、ファンとしてはずいぶん気持ちに余裕がある。
で、俊輔を中心にメンバーを選んでみようかな。 

フォーメーションは 3-5-2 
フォワードの決定力不足は、MFの徹底した攻撃参加で補うつもり。なんて、ちょっと偉そうにいいますが、素人の暴言とお許しを。

GK 川口

DF 松田、宮本、中澤 
  
  (本当は田中を入れたいのですが、今は松田が絶対必要なのでは?
   プレーだけなら宮本をかえたいけど、キャプテンだし、英語力あるしねえ。
   中澤がナイーブだったのも誤算。この期におよんで、自信喪失は困る。
   いっそ田中に変えようかな)

MF 加持、小野、中村、松井、三都主

  (ここは、これで決まりです! 個人的にあとほしい人は、福西。
   やっぱり小笠原も連れて行きたい。海外組がどれほど過酷な中でがんばっているかを
   知って欲しいという意味も込めて。)

FW 玉田、高原

 (あと、大黒、巻、平山を入れます。
  柳沢は 怪我の治療に専念して欲しい。ほんとはこの人が一番的確なゴールができるとおもうんですが…。
  久保は、残念ですが落とします。いくら凄い選手であっても病気だの不調だのと波があるのではねえ…。)

と、以上のように決定!サプライズは、平山かな。

ちょっと心配なのは、誰がムードメーカーかということ。
そうだ!稲本が欲しい。

そうそう、絶対に欲しいのは、応援解説者!
松木安太郎を解説席にお願いします!
彼の、まるで応援団のような解説が本当にたのもしい。
ロスタイムで負けていても、「まだいけます!いけますよ!」というあきらめない解説者がどれだけ心強いか。そして、あきらめない選手たちは、最後の最後で点をいれる。
W杯は、エラソーに評論するより、一緒になって最後まであきらめないで応援したのだ。



最後まであきらめない…といえば、
137年前の今日、敗れても、敗れてもあきらめずに戦い続けた男が戦死した。

土方歳三。

明治2年(1869)5月11日、箱館一本木関門付近で被弾した。

泥臭くても最後まであきらめない姿は心を打つ。
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by windowhead | 2006-05-11 12:49 | 紙のフットボール | Comments(0)

ウエストコーストから新しい竜馬の歌がうまれる?

さて、今日は龍馬のはなし。
先日の「日本人が好きな偉人」とかいうTV番組でも堂々の2位の龍馬。(いっそ、織田信長なんかより龍馬が一番であって欲しかった。ちなみに土方歳三は10位だったかな。土方が10位にいるなんて一昔前、二昔前は考えられなかっただろうなあ。きっと土方は草葉の陰で「俺ぁ、偉人なんかじゃねぇよ。やめてくれろよ」と言っているにちがいないが。)
そんな龍馬ファンたちが企画したイベントのご紹介。

友人である「龍馬が愛した珈琲」の社長であり、長崎龍馬会の事務局長の金子氏から、お知らせをいただいていたのだが、いよいよ新しい竜馬の歌の発表会が開かれるらしい。

長崎龍馬会では、風頭山に建立した龍馬像の17周年記念イベントとして、「龍馬の歌」を全国公募していた。ジャンルもプロ・アマも問わないと言うものだったが、ずいぶんたくさんの応募があったものと思われる。
その審査結果の発表と龍馬顕彰のイベントが今度の日曜日14日に開催される。


「龍馬の歌音楽祭2006」
  日時 平成18年5月14日(日)13:00~16:30
  会場 長崎市民会館文化ホール
  主催 龍馬の歌実行委員会(事務局:長崎龍馬会)
  入場 無料

イベントの詳しいスケジュールは「募集2006龍馬の歌」に掲載されている。

シンポジウムあり、音楽会あり、飲み会ありの一日まるまる龍馬づけの模様。
きっと、全国から、龍馬ファンがかけつけるのだろう。

風頭山の龍馬の銅像の前では夕刻30分、振舞い酒も準備しているようだ。
龍馬も眺めた長崎港の夕暮れの景色を眺めながら一献。その勢いで懇親会(要・予約)に行くもよし、「昔丸山・今思案橋」と言われる歓楽街に出かけるもよしという趣向なのだろう。

龍馬ファンは元気のいい人が多い。そして、気のいい人も。暑苦しいほど熱烈なおじさんたちの龍馬ラブコールを聞きながらお酒を飲むのもまた、楽しい。
もし、今度の日曜日は予定がないやと思っていらっしゃるウエストコースト・長崎近辺の方がいらしたら「龍馬の歌音楽祭2006」をのぞいてはいかがでしょう。
新しい友ができるかも。

「日野新選組祭り」に行けない私も「龍馬の歌音楽祭2006」をちょっとのぞいてみようと思っている。
もちろん大の土方ファンだが、龍馬だって大好き。(私の性格はどちらかというと龍馬似ですから。)

ちょっとアップテンポのロック風な曲が決まるといいなあ。
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by windowhead | 2006-05-10 13:05 | 長崎と幕末維新 | Comments(1)

5月5日と土方歳三

5月5日は土方歳三が生まれた日にちだ。
土方は、天保6年(1835年)5月5日に生まれている。これを新暦に直すと1835年5月30日になるらしい。
生まれを旧暦で顕すか新暦に直すか、さまざまな説があるだろう。
しかし、こと土方に関しては「5月5日」であることが大切な気がする。

5月5日は、端午の節句。江戸時代になると、5月5日は徳川幕府の重要な式日に定められ、大名や旗本が、式服で江戸城に参り、将軍にお祝いを奉じていたし、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝っていたらしい。
すでに庶民にもこのような情報は届いていて、武家の幟に対抗して、町方では紙製の鯉幟を揚げて祝ったらしい。

このように、男の子にとっては、一番晴れがましい日・5月5日に生まれているのだ。
他の月日ではない、5月5日という特別の日に生まれた自分に何かの運命を感じないわけはないだろう。

そんな日に生まれたのに、なぜ、武家ではなかったのか。なぜ武士になれないのか。まだ小さい頃の土方が、人生ではじめての不条理にぶちあたった。成長していくにつれても、この不条理に納得のいく答えをくれる人はいない。そのいらだちから、自分で矢竹を植えたり、剣術を習ったりと必死に武士の形を追うようになっていったのかもしれない。
土方の、あのちょっとはすに構えた性格もぶっきらぼうさも、その不条理に打ち勝つすべを持たない苛立ちとあきらめが作ったものかもしれない。

様々な記録に残る若い頃の土方の一途すぎて切なくなるようなな武士への憧れの行為。それらには、ただ単に無邪気な憧れだったとか、多摩の戦国武士の流れを汲んだ風土がなせることとは言い尽くせない、歯軋りさえ聞こえるような必死さがある。

「5月5日」という日に生まれてなかったら、土方はまったく違った人間になっていたかもしれない。そんな気がしてしまう。

若い頃、自然や生活を織り込んだ発句をたくさん残した土方。梅も牡丹もナズナさえも詠んだ土方の句に菖蒲や杜若がでてこない。なんの屈託もなければ勇壮な鯉幟や真っ直ぐに立つ杜若の清々しさは若者のうたごころをそそったはず。あえて無視して、通り過ぎたような気がしてならない。

5月5日生まれの土方は、明治2年5月11日にその生涯を閉じる。
その1年前の5月30日、沖田総司が孤独な死を迎えている。

新選組ファンにとっては、5月は特別な想いの重なる月だ。
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by windowhead | 2006-05-05 15:22 | Comments(2)

「吉川晃司~ミュージシャン11人との熱い夜~」byGYAO

いまさらだけど、USENグループのインターネットテレビ「GYAO」が凄い。
コンテンツの多彩さや画質のクオリティではすでに普通のテレビ番組を凌いでいる。

音楽コンテンツでみつけた「吉川晃司~ミュージシャン11人との熱い夜~」

私の大好きなもう一人の「コウジ」こと吉川晃司が、日本の音楽シーンのクオリティを支える凄腕ミュージシャンたちと熱いバトルを繰り広げたセッション・ライブが配信されている。

11人の凄うでミュージシャンの面子はというと、
山下洋輔(p)
坂井紅介(b)
村上“PONTA”秀一(dr)
弥吉淳二(g)
後藤次利(b)
ホッピー神山(key)
坂東慧(dr)(T-SQUARE)
TOKIE(b)(LOSALIOS)
NATCHIN(b)(ex. SIAM SHADE)
矢代恒彦(key)
菊地英二(dr)(ex. THE YELLOW MONKEY)

この面子を見て、意味わかんない~という人にこの話をしても無駄だが、少しの間でも日本のジャズやロックなどに興味を持ったことがある人なら、ドキドキするような面子だ。

内容は、セッションライブを中心に、吉川やそれぞれのミュージシャンへのインタビュー、練習風景などを取り入れたドキュメンタリー風に構成されている。

ジャズセッションでは、山下洋輔(p)、坂井紅介(b)、村上“PONTA”秀一(dr) というそうそうたるトリオと一緒に吉川が「終わらないサンセット」や「Ever Blue」を歌う。
吉川の男っぽい歌の後ろにやさしい歌うような紅介さんのベースが、洋輔さんの軽やかなピアノが、ポンタさんのしゃれたドラムが流れる。吉川の歌い方はあくまでも吉川らしくい。ジャズトリオとの競演であっても、ジャズっぽい歌い方をしないのはさすが。それでも男っぽい野太いジャズセッション。新鮮。いい!
ミクスチャー・セッション、ハイパー・セッションもそれぞれ異なるジャンルのミュージシャンとアグレッシブなセッションを繰り広げている。


こんなに贅沢なセッションを聞きにいけた人が にくたらしいほどうらやましい。

「GYAO」が配信してくれることに、心から感謝。

ああ、こんなセッションを見せられたら、絶対に大型ディスプレーが欲しくなる。


「吉川晃司~ミュージシャン11人との熱い夜~」1時間17分の番組。5月24日正午まで配信されている。
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by windowhead | 2006-05-04 14:23 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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