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久々に、足立仁十郎の足跡

会津藩御用達・足立仁十郎のことを調べる毎に、アップしていたら、数ヶ月前、仁十郎の故郷にいらっしゃる子孫の方から、コメントとメールをいただいた。感激だった。

子孫の方の話によると、「子どものころ墓参りに行くと、ご先祖様ということでお参りさせられていた墓の主・足立仁十郎という人はどんな人なんだろう」と、ちょっとした暇つぶしにグーグル検索してみたそうだ。すると、このウエストコースト日日抄の中に掲載している足立仁十郎にからんだテキストにヒットしたそうだ。
それを読むことによって、自分の先祖がどのような働きをした人だったのかを知ったとのことだった。
役に立ててうれしい。
歴史関連の研究調査をしているとこのような感激の出会いに遭遇することがときどきある。
それにワクワクして、また深みに踏み込むことになるらしい。たしかに、そうだね。

久しぶりに、足立仁十郎関連の史料に長崎歴史博物館の資料室でであった。

仁十郎の直筆の手紙がそれ。
彼の筆跡を目の前にすると、仁十郎がさらに現実の存在として、また近く感じた。

ご子孫の方もときどき閲覧してくださるようなので、仁十郎に関する事柄は、できるだけブログとホームページに掲載して、子孫の方にもお知らせし続けたいと思っている。

解読のために撮影を許可いただいた手紙の写真を全部掲載するのは、無理だろうから、一部(手紙の最後、署名部分)を以下にアップしておこう。

この手紙は、2通とも、仁十郎が70歳のころのもの。
堂々とした文字だ。

署名が、会津藩のときは、足立監物、斗南藩になると足立泉となっている。
監物という名前は、彼が会津藩におとりたてになったときに、藩主からいただいた名前だと、なにかの史料にでていた(史料、本の名称を忘れた)。
会津藩が実質的になくなったとき、監物という名前も返上したのだろうか?

先日、TVで「北の零年」という映画をやっていた。北海道に移住させられた旧幕臣たちとその家族の苦汁の生活が描かれていたが、旧会津藩士とその家族の斗南での生活も同様のものだったのだろう。そのなかに、すでに70歳になろうとしていた足立仁十郎もいたのだろう。想像を接するような苦しい生活を経験して、郷土に帰ったときはどれほど安心しただろうか。想像に難くない。
足立仁十郎のお墓が郷土の与布土にあるということは、会津藩士としては、幸運なほうなのかもしれない。
流れるようでいて力強い仁十郎の墨跡を眺めながら、彼は最後まで、意欲のあった人だったろうと感じている。

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by windowhead | 2006-12-26 01:51 | Comments(0)

コメントスパムの対処方法ってないのかなあ

ずーっとなやまされているコメントスパム。
毎日日課のようにスパムのコメントを消し、URL拒否に登録していたが、らちがあかない。
コメント許可をログインユーザーのみに制限したが、やはりスパムがはいってくる。
スパムコメントがつけられる記事は決まっている。
この記事を削除すれば、自動制御で送られてるようなスパム被害は解消できるのだろうか。

ついに、ここ2日くらいコメント拒否設定にしてみた。

しかし、どう考えても、コメントやトラックバックを拒否するということは、ブログの特長を消すことであって、ならばブログとして成立しないことになる。
やはり、コメント拒否やトラックバック拒否はやめたい。

というわけで、いっそ、ブログを読んでくださっている方から、お知恵を拝借しようと考えた。

みなさんも、コメントやトラックバックのいたずらにあっていませんか?
対処方法、撃墜方法を教えてください。
ブログサービスによってスパムが多い、少ないがあるのでしたら、よりよいブログサービスの情報もいただけるとありがたいなあ。

気心のしれた人が集まることができるソーシャルネットワークを奨めてくれる人もいるのですが、閉鎖性という方向に進むのはどうかな~~というのが本心。
インターネットの感動は、知らない人との出会いや共感と思っている。

有効なコメントスパムやトラックバックスパムの対策をご存知の方、教えてください。
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by windowhead | 2006-12-25 02:53 | 私的危機管理 | Comments(3)

ツネさま、モーツアルトの地へ

ガンバのツネさま(宮本恒靖)とレッズの三都主アレサンドロがオーストリーの1部リーグ「レッドブル・ザルツブルグ」というチームに移籍しそう。

ザルツブルグといえば、モーツアルトが生まれた地。
今年はモーツアルト年だったせいか、朝のNHKbs2で毎日のようにモーツアルトやザルツブルグの風景が流れていたため、なんとなく、身近な存在になっていたザルツブルグ。
ここにサッカーリーグがあったんだね。
まあ、ヨーロッパだし、ドイツやフランスと国境を接していたりするんだから、サッカーが盛んじゃないわけがないんだけど、オーストリア=音楽、芸術というありきたりの思考パターンがはびこっていて、虚をつかれた感じ。

オーストリアのサッカーリーグは、「オーストリア・ブンデスリーグ」というらしい。
ドイツのブンデスリーグとの関係は、いってみれば、イングランドの「プレミアリーグ」と「スコットランド・プレミアリーグ」のそれみたいなものなのかな?

三都主とオーストリアというのは、なんとなくしっくりこないけれど、ツネさまとオーストリアって、これ以外ないというほど、イメージぴったり!(あくまでも女性目線)

b0009103_14474256.jpgツネさまは日常的にもクラシックがお好きらしく、ワールドカップ前には、ツネさまセレクトのクラッシクアルバムが発売されてましたね。

「ミオ・クラシコ」

バーンスタイン指揮・ニューヨークフィル演奏の「凱旋行進曲(アイーダ)」で始まって、サティやショパンのピアノ曲、ラフマニノフやホルストなど、ちょっとこだわりあり!という選曲で、最後は「アイーダ」のオペラバージョンで締め!という、ツネさまらしい、知的なアルバムでした。
たしか、モーツアルトははいってなかったような??
モーツアルトはお好きではないのかな?
でも、かの地では、モーツアルトは嫌いなんて言えないでしょうね。


ツネさまや三都主の場合は、いまさら、「海外で自分をためしたい」などという気持ちでいくのではないでしょう。
ザルツブルグだって、自己成長のための選手なんていらないでしょうし、結果がもとめられるんでしょうね。「マグノ・アスベス」とか「ワシントン」のように助っ人外人にならなければいけないんですよね。
そういえば、日本の選手は海外に移籍するとき、自分の成長のため、とか夢をかなえにというけれど、受け入れるチームにしてみれば、戦力にならなければ、意味ないわけで、そんな意味では、本当に戦力になっているのは、中村俊輔と松井大輔、稲本潤一くらいなものかな。イタリア組はぜんぜんだめだなあ。自分は助っ人外人なんだからなんとしてもチームのために尽くすとという認識をもたないと、ダメなんでしょうね。出場チャンスがないから力が発揮できないなんて考えているようでは助っ人にはならない。
中村俊輔がイタリアでの実績を聞かれたとき、チームをセリエAに残留させたことと言っていた意味はそんなところにあると思う。中村俊輔は、イタリアとスコットランドで、助っ人外人としての存在に求められているものの大きさや過酷さを知ったのではないかな。だからこそ、さらに上のスキルをつけるため日夜練習を積んでいるのだろうね。

ツネさまは、サッカーのスキルで助っ人外人になれなくても、ザルツブルグやオーストリアを日本にアピールするためには、最適な人選だと思う。
芸術や音楽がお好きな大人の女たちが、ツネさまの熱いプレーを求めてヨーロッパに!
旅行会社には、久々においしい移籍になりそう。



そういえば、11月末のニュースで、オーストリア大使館が「オーストリア」と「オーストラリア」の日本語表記がまぎらわしいので、今後「オーストリア」は「オーストリー」と表記して欲しいといっていたようだが、公式な申し入れだったのかな。
オーストリア大使館のホームページでは「オーストリー」となっているけど。



忙しいのに、仕事の役に立たないニュースや疑問ばかり飛び込んでくる師走の昼下がりです。
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by windowhead | 2006-12-19 14:53 | 紙のフットボール | Comments(0)

テレビを待ってる日曜日、師走なのに、ね。

荒れ模様の日曜日。
天気予報が言っていたように、昨日までにくらべると寒くなったね。雨も降っているし。10階の部屋から見ると、この雨は、もう少し上のほうではきっと雪だったろうね。

今日は一日、テレビを見てすごすときめていた。
午後からのクラブワールドカップの2試合のために、忙しい師走の日曜日にテレビを見てすごすことができるなんて、案外幸せかも…。

午前中、NHKBSでデジスタアワードのようなものをやっていた。
最近のデジスタの応募作品は完成度が高い。
なんだろう、たった数分の作品で心が揺れている自分に驚く。
こんな繊細な作品を作る人は、どんな世界で活動しているのだろう。
すでに映像作家として進んでいるのか?まさかCMの世界ではないだろう。
最近のCMには高いクオリティーで心に語りかける作品はない。
それは今の企業の姿勢をみれば当然なのかもしれないけれど。
そういえば、私にも純粋に映像作品をつくっていた時代もあったなあ。
いまでもその気が失せてしまったしまったわけではないけれど、今ひとつ向かい合うものと出会っていない気がする。感動のスイッチがすこし磨耗したのかなあ。


待っているの本命はもちろんFCバルセロナなんだけど、…なんだけど、FCバルセロナって、ロナウジーニョだけじゃないのに、放映している番組ではロナウジーニョのことばかり。もちろんその半分くらいのウエイトでデコのことも紹介してくれているけど、この2人だけか!!と言いたくなる位、他の選手のことはスルーだね。こんな番組作りは、素人受けのためかもしれないけれど、素人だって、もっと他の選手のことを知りたいんだよ。
たとえば、あの闘牛士やフラメンコダンサーのようなヘアスタイルのミスターバルセロナ・プジョルのことや、「一人カデナッツオ」(我が家では、今回のザンブロッタのプレーをそう呼んでいる)のザンブロッタがあのW杯イタリアの優勝の中心選手の一人だということなど、話題はたくさんあるはずなのにね。

決勝戦は、いっそのこと日テレアナウンサーの中継なし、解説者のみで進めてくれてもいいけどなあ。そのほうが試合に集中できそう。


テレビにかじりつく日曜日なんで本当に久しぶりだな。
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by windowhead | 2006-12-17 13:56 | 日日抄 | Comments(0)

セルティックはミランと…「明日へのチケット」が現実になるなんて!

20時50分、待ちに待った情報がはいった。
UEFAチャンピオンズリーグ、ノックアウトステージ第1回戦の組み合わせが決まったらしい。

中村俊輔率いる(と言っても言い過ぎではないだろう)「セルティック」は「ミラン」と対戦する。

中村俊輔にとって2年ぶりのセリエAチームとの対戦。
今の自分がどれだけ成長できているか、イタリアのチームとあたって確かめたい」と彼が希望していた対戦相手とあたったことになる。

そのほかの組み合わせは
 ポルト-チェルシー、 PSV-アーセナル、 リール-マンチェスター・ユナイテッド、 ローマ-リヨン、 バルセロナ-リバプール、 レアル・マドリー-バイエルン、 インテル-バレンシア。


それにしても、ローマとミラノの違いはあっても、スコットランドとイタリアの対戦。
セルティックのアウエー戦では、まるで映画「明日へのチケット」のようにサポーターたちがローマならぬミラノに向けて旅立つんだろうね。
セルティックサポーターと中村俊輔に幸運の女神が微笑むことを祈りたいな。
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by windowhead | 2006-12-15 21:15 | 紙のフットボール | Comments(0)

コメントよりもプレーで魅せる!それがプロだろ。

一昨日のフジテレビ「すぽると!」で、ラグビー「サントリーサンゴリアス」の清宮克幸監督(テレビ通販番組で「セサミン」とかいう健康食品のCMに出てくるよね)がびっくりするような発言をした。

清宮氏とプロ野球・野村克也氏(東北楽天ゴールデンイーグルス監督)と格闘家・角田信朗氏の対談だったが、そのなかで、メディア対応能力のような話の部分で、清宮氏は、野球選手は慣れもあり、ラグビー選手は、社会人として鍛えられているからメディア対応力があるが、サッカー選手はぜんぜんだめ、話せないというようなことを言った。より忠実に彼の発言を起こすと下記のようになる。

「野球選手は、慣れているというか上手く話せますよね。ラグビー選手も社会人を経験しているだけあって、そこそこ話せる。でもサッカー選手って全然話せないんですよ。あれを見た親御さんが 自分の子供にサッカーをさせようとは思わないでしょうね。」

野村氏も角田氏もうなづいていたので、彼らもそう思っているのだろうか。

たしかに、プロサッカー選手の多くはメディア(特にテレビ)に向ってぺらぺらしゃべったり、気の利いたことを言ったりはしない。引退した中田選手はときどきあからさまにメディアの反感をかうような態度を示したりもした。しかし、それをもって、しゃべれないと判断していいのかな。ましてや、「あれを見た親御さんが 自分の子供にサッカーをさせようとは思わないでしょうね。」とまで言われるほど知性がないと判断していいのかな。

少なくとも、メディアに向って、求められているとおりの通り一遍のコメントをしたり、タレントっぽい受けねらいの発言ができる選手より、朴訥でも正直に自分の言葉で受け答えできる選手のほうが信じられないか。

たとえば中村俊輔。
声は小さいし、リップサービスはない。さらに、話はなめらかに流れない。些細な言葉を言い直しする。しかし、質問に対して、真摯に対応しているし、自分のイメージや今の気持ちをもっとも的確に表す言葉を選ぼうとしている努力が感じられる。だから、つい、言葉を言い換えるとき、それらの違いから、彼がなにを言わんとしているかをイメージし、理解する欲望と共感をファンは共有できるのだ。
自分のイメージをできるだけ正確に伝える言葉を捜して答えている中村俊輔は、日本のアスリートの中でも誠実でクレバーな選手の一人だと思う。
さらに、W杯ブラジル戦の直後のコメントでは、マイクを向けられて、本当に永久にしゃべらないんじゃないかと思うほど長い沈黙のすえ、一言「課題の残る試合でした」といった。このシーンを取って、サッカー選手はしゃべれないと言われれば、そうかもしれない。しかし、このコメントを見ながら、サッカー解説者中西哲生は生放送の番組で不覚にも涙を流した。
私たちが、メディアを通して知りたいのは、型どおりのコメントではなく、自分たちが体験できない極みでがんばるアスリートたちの真の姿、心の声なのだ。
小野伸二も言葉は少ない。でも、あの天才的なプレーは、きっと本人も言葉にできないほど自然に湧いてくるものなのだろう。それを言葉に置き換えろというほうを無知をいうべき。

昨日のトヨタカップでのロナウジーニョのプレーの魅力を解説するバカはいない。中継し解説していた解説者たちが、「解説する必要はないでしょう」といっていたくらい。
プロスポーツ選手は、言葉でメディアに対応するより、プレーで魅せてくれればいい。

メディア対応力というなら、メディアの側も勉強すべきだろう。中田選手が日本のメディアにいらだっていたのはなぜか、メディア側は考えただろうか。本気で彼のコメントを聞きたかったら、お互い歩み寄りができたのではなかったか。

と、書きつつ、思いついた。ラグビーはアマチュアスポーツだった!と。

清宮氏はアマチュアスポーツの監督だった。だから、あのような失礼な発言ができたのだ。彼はメディアに対しても指導者としても「アマチュア」だったのだ。

すくなくとも、指導者としてのプロなら、他の競技であっても、そこで頂点を極めようとがんばる選手たちへのリスペクトがあるはず。それがないと、人の指導はできないだろう。ましてや、自分が関わっていないカテゴリーの人を確かな調査も裏付けもなく侮蔑するような発言はでてこないはずだ。

さらには、自らメディア対応力のなさも露呈してしまった。

「……あれを見た親御さんが 自分の子供にサッカーをさせようとは思わないでしょうね。」
この言葉が、どれほど「親御さん」をばかにしているか。ぺらぺらと用意された優等生的なコメントをしゃべったり、TV慣れした気の聞いたコメントを話す選手が優れているかどうか、大人は知っているんだよ。会社で、口の達者なお調子者と朴訥ながんばり屋のどちらが信頼して仕事をまかせられるか体験しているんだよ。それが大人なの。母親たちだって、知っているの。
これを見ていた親御さんは、きっと、清宮氏には子どもをあずけたくない!と思っただろう。

一言多すぎたね。
この一言を言うか言わないか、メディア対応力とはそういうもの。
プロサッカー選手が多くをしゃべらないのも失言や誤解をまねかないためのメディア対応力あってのことかも?と、憶測すらできなかったかなあ~。

ノムさん、角田さん、さすがに狸ですわ。うなずいたが、言葉にはしなかった。
彼らは、プロとして生きる選手たちへのリスペクトはあるんだと、まあ安心した。


そういえば、清宮氏は、早稲田大学出身だったね。Jの川渕キャプテンも釜本さんも早稲田の先輩だよね。サッカー選手のことが本当に心配ならメディアでいわずに、先輩に言えばいいのにね。

昔々、故宿沢氏のいた早稲田ラグビーを見てラグビーに惹かれていたこともあったなあ。それがなぜサッカーファンになったのだろう?そんなことを考え直してみるきっかけになった「すぽると!」

それにしても、不用意な発言だったよね。清宮さんは。
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by windowhead | 2006-12-15 14:39 | 紙のフットボール | Comments(3)

やさしさがにじむ中村俊輔のことば「あと10センチそばに寄って」

朝、新聞を開いて、一日中優しい気持ちになる記事に出会うことは幸せなこと。
2006年12月10日日曜日の朝日新聞には、そんな記事が掲載されていた。

朝日のキャンペーンなんだろうか、「いじめられている君へ」という連載記事がある。有名人たちのいじめにたいするメッセージが掲載されている。

10日の記事は「あと10センチそばに寄って」というタイトルで中村俊輔からのメッセージだった。

イタリアで体験したちょっと度がすぎるいたずらや子どものころを振り返りながら、いま日本で起きていることを聞くと、自分は恵まれていたと言う。
イタリアで辛い時期を乗り越えられたのは、チームドクターや用具係の人たちなど周囲の人たちのやさしさがあったから。彼らが身体を寄せてきたり、肩を組んだりして話しかけてくれたおかげで、遠慮や警戒心を開放することができたそうだ。

そして、中村俊輔はこう提案している。
周りにいじめられている人がいたら、あと一歩近くに行って「どうしたの」と聞いてあげたらどうでしょう。それでも心をひらいてくれなかったら、あと10センチ近寄って肩に手をかけてみて。同じことばでももっと気持ちが伝わるはずです。
 あなたがいじめられているとしたら、思い出してもらいたい。ひとりでがんばらず、だれかに甘えていいんだよ。(12月10日付け朝日新聞「いじめられている君へ」より抜粋)

中村俊輔の歴史にも「いじめ」ともとられるような理不尽な仕打ちをうけた跡が多々ある。
トルシエ体制の代表時には、「おまえがいるとベンチが暗くなる」と言われ、「中村は15番目の選手」と本人には言わずマスコミに流され、2002年W杯代表からも外された。
イタリアでは、「お前はイエローだろ」と言わんばかりにひとり黄色のビブスを渡されたこともあったと、二ノ宮清純との対談で語っていた。「正直、自閉症になりそうだった」とイタリアでの苦労を白状したコメントもあった。

そのような中で、がんばってきた中村俊輔が、「いじめられている君」に伝える言葉が、「強くがんばれ」ではなく、「ひとりでがんばらず、だれかに甘えていいんだよ」というメッセージ。張り詰めた心が解けていくようなやわらかさ。

きっと、彼は、苦境の中で、ほんのちょっとの人の温かさがどれほど勇気をくれるかを身に沁みて感じたんだろう。
人は「ひとりぼっちではない」と実感した時、強くなれるということを実体験で感じたのだろう。そして、本当に辛い時は、誰かの肩を借りて泣くことの大切さも。
ちいさいけど無数の人のやさしさや温かさに支えられているという実感が今の中村俊輔の活躍を生み出しているのかもしれない。そして、その体験は、それを求めている人に伝えなければならないんだという強い思いを感じることができる。
中村俊輔は最近のインタビューでも、若い世代に自分の経験を伝えたいと語ることが多くなっている。彼は、サッカーのことを話しているのだが、すでに彼が伝えることは、サッカーだけに留まらないのかもしれない。

苦境にぶつかりながら「しなやかなたくましさ」を身につけてきている中村俊輔の本来のやさしさに溢れた気持ちのいい文章。
その余韻は、今日も続いている。

後日、この記事がasahi.comに掲載されたので、あらためてリンクをはりました。
いじめられている君へ「だれかに甘えていいよ==プロサッカー選手中村俊輔」
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by windowhead | 2006-12-11 10:38 | 紙のフットボール | Comments(4)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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