<   2007年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

拍手喝さいな映画「明日へのチケット」と「世界最速のインディアン」

2本の映画をかけもちで見るため博多へ。
目的の映画は「世界最速のインディアン」と「明日へのチケット」。
どちらも我がウエストコーストでは上映されない。

たかだか映画を観るために交通費と時間をかけるのはばかばかしいかもしれない。
少し待てばビデオやDVDでレンタルできるのに。
でも、タイムリーな映画と言うものもある。特に「明日へのチケット」は今見るのに大きな意味があった。

映画のことを書くのだが、映画解説や映画批評を書くつもりはない。だから、ネタばれはルール違反だというような考えをお持ちの方には、以下は読まれないほうがいいだろう。

「明日へのチケット」は、エルマンノ・オルミ、アッパス・ケロスタミ、ケン・ローチという、イタリア、イラン、イギリスの巨匠と言われる監督たちが一緒に作ったというだけでも飛びつきたくなる作品だが、さらに、ケン・ローチが描く部分の主人公たちが、「セルティック」のサポーターたちという。そんな映画を今、この時期に見られるというのは、幸運なこと。

ローマに向けての列車の中だけで起こる出来事が描かれているが、それぞれにヨーロッパの複雑な政治情勢が垣間見られ、映画の陰影にもなっている。
異国で女性から心配りを受けた老教授は他者に向けて抱いたやさしさを行動に移す勇気を得、兵役逃れにわがままな老女のエスコート役をやっていた青年は自分から未来に向けて足を踏み出す。

そして、「セルティック」サポーターの若者たちは…。
スコットランドの(もちろんグラスゴーの、だろう)スーパーマーケットに働く3人の若者たち。彼らが熱烈に応援しているサッカーチーム「セルティックFC」が、初めてUEFAチャンピオンズリーグの準々決勝に進出し、ローマでアウエー戦を戦う。彼らはそのために積立金までして応援に駆けつける熱心なサポーター。その彼らが列車の中でベッカムのユニフォームを着たアルバニア難民の少年と出会い、サッカー談義で意気投合していたが、3人の中の一人の列車のチケットがなくなってしまう。仲良くなった少年とその一家を疑いたくないが、そのときしかチケットがなくなるチャンスはない。
ネタばれになるが、なくなったチケットはアルバニア人少年の姉のバッグにあった。彼ら一家は難民として危険を冒してローマに渡った父親に会うためにすべてを捨ててローマに向っているが4人分のチケットが買えなかった。このままではローマに降り立った時警察に捕まり本国送還となり一生父親に会えなくなる。そのために絶対にチケットがいるので悪いと分かっていたがそうせざるを得なかった。父親に会ったら必ずお金を送るから許して欲しいと言う。
若者たちは、警察に捕まると大切な試合が見れない、親や会社に知れたら悲しませる、深刻な難民の問題の解決なんて自分たちの手に負えないことだから、とチケットを取り戻す。それでも必死で訴える難民一家の姿を見ていて、ついに、若者たちはチケットを渡してしまう。
ローマの駅で駅員から警察に引き渡されようとする若者たちは、難民一家と父親の感激の対面を見て、彼らの言葉がうそではなかったことを知る。
ここで、ほろ苦く終わらないところが、いい。若者たち、駅員のすきをついて逃げ出す。ローマの駅の雑踏の中を緑と白のセルティックのユニフォームがあざやかに駆け巡る。そして上手く逃げ切ったところでこの映画は終わる。


今、この映画を観ることができるのは幸運だ。
本物の「セルティック」も今まさにチャンピオンズリーグの決勝トーナメントを戦っている。相手はローマではなく、ACミランだが、同じくイタリア勢。
3月7日ごろミラノでのアウエー戦。そのときは、映画の若者たちのようなサポーターたちがどっとミラノに押しかけるのだろう。おまけにその「セルティック」の中心選手が中村俊輔という日本人だというサプライズ。これほどタイムリーな上映はない。

セルティックサポーターの熱い心は世界一の賞賛を受けている。そして、彼らの熱い心はセルティックのバックボーンのヒューマニズムに裏打ちされている。最後の最後に難民一家を見捨てることができなかった若者たちは、真のセルティックサポーターだった。

話は横道にそれるが、イングランド、スコットランドのサッカーリーグはクリスマスもお正月も休みがない。(そのため我らの中村俊輔もお正月に日本に帰れない。)なぜか?
クリスマスや新年の休暇に旅行にも行けない人々がいる。そのほとんどが労働者階級の人々。彼らの唯一の楽しみがフットボールの試合を見ることだ。その楽しみをうばってはいけない。ということで、クリスマスや新年の休暇の間もイングランドとスコットランドのフットボールリーグは休まないということになっている。
自分の幸せだけを考えない、人にも同等の幸せを得る権利があるという考えを実践できているところがプレミアリーグのすばらしさなのかもしれない。
だからこそ、熱い心のサポーターたちがそれぞれのクラブを誇りを持って支えていくのだろう。


サッカーファンにとって、さらにうれしくなるシーンが随所にあった。
アルバニア人少年が着ていたベッカムのユニフォームはマンチェスターユナイテッドのときのもの。その少年に向って、若者たちは「おい、ベッカム、一緒にサンドウィッチを食べないか?」と声をかける。少年がもらったサンドウィッチを家族と分けて食べているのを見て、残りのサンドウィッチを全部その家族にあげてしまう若者たち。サッカーは国の壁や政治の複雑さを軽く超えてしまうのだ。

少年とサポーターの若者たちの話にラーションは最高だという台詞も出てくる。今年、この映画が作られたら「ラーション」と一緒に「ナッカムーラ」という名前が出てきたかもしれない。

そして、一番うれしかったシーンは最後の最後にあった。
それは、サッカーファンとローマへのサプライズかもしれない。
逃げるセルティックユニフォームの若者たちと追いかける警察官の間に入って大騒ぎをしている陽気な集団が出てくる。結果的にはこの集団のおかげで若者たちは逃げおおせるのだが、この集団は一目でサッカーのサポーターとわかる。そして彼らが身につけている服や帽子や旗は臙脂と黄色。そう、彼らは「ASローマ」のサポーターだ。

このように真っ直ぐな映画を巨匠たちがとってくれたのに感謝。



さて、もう1つの映画「世界最速のインディアン」
なんとも痛快な映画。
昔、鞍馬天狗やカーボーイが出てくるシーンで、おとなたちが無邪気に手をたたいてヒーローに声援を送った時代があったが、この映画はそんな気持ちにさせてくれる。
いくつになってもチャレンジャーは魅力に溢れている。
[PR]
by windowhead | 2007-02-25 04:17 | 至福の観・聞・読 | Comments(2)

「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」


b0009103_14244717.jpg


あと1週間たらずで、UEFAチャンピオンズリーグの「セルティック」VS「ミラン」戦。

「ワールドサッカーダイジェスト」や「ワールドサッカーグラフィック」など世界最強のフットボーラーたちが掲載される雑誌の表紙にグリーンと白のボーダーユニの中村俊輔がいる。感慨深い。
雑誌を見ながら、自然と口に出てくる「ユルネバ」(「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」)。
フットボールファンならだれもが知っているサポーターソング。
セルティックパークでの大合唱をTVで何度も見ているうちに、ついつい覚えてしまったメロディー。と、思っていたけれど、必死で覚えたわけではないのに、自然とそのメロディーが出てくる不思議さ。まあ、俊輔ファンとして、それほど真剣にTVでゲーム観戦してるんだわと、納得していたけれど、そうじゃなかった。覚えているのには理由があった。

「You'll never walk alone(ユール・ネバー・ウォーク・アローン)」は、「リバプールFC」や「セルティックFC」のサポーターソングとして有名だが、(最近ではJリーグの「FC東京」サポも歌っているrしい)もともとはアメリカのミュージカル「回転木馬」の挿入歌だと何かに書いてあった。
「ほー、アメリカの曲が、イギリスの代表的なサッカーチームのサポーターソングになるとは、不思議なこともあるもんだなあ。」と言うのが実感だった。
でも、その間にもう1つ重要な存在があったのだ。
そして、その存在は、とても身近なものだった。

60年代のイギリス・リバプールは、ビートルズを生んだと同時に多くのバンドやヒットソングを生んでいた。
ビートルズをはじめとするリバプールサウンド、マージービートと言われるバンドや楽曲が世界中を湧かせたが、その中に「ジェリーとペイスメーカーズ」というグループがいた。
私が、好きなリバプールサウンドを1曲選べと言われたら、迷いなく彼らの「マージー河のフェリーボート」をあげる。ビートルズよりも好きだ。当時のリバプールではビートルズを凌ぐ人気グループだったらしい。
その「ジェリーとペイスメーカーズ」が3枚目のシングルカットとして出したのが「You'll never walk alone」だった。日本でも出ていたそうだ。(調べると、A面がユルネバ、B面がプリテンド。)

「ジェリーとペイスメーカーズ」版「ユルネバ」がヒットチャート1位を取っていた1963年当時、リバプールFCのホームスタジアム「アンフィールド」では、試合前やハーフタイムにヒット曲を流していたらしく、ヒットチャート1位を何週間もつづけたペイスメーカーズの「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」もしょっちゅう流れていたらしい。ユルネバの歌詞がチームを支えるサポーターの心にフィットし、いつのまにかサポーターソングになったということのようだ。
セルティックには、きっと、リバプールから伝わったのだろう。

つまり、フットボールのサポーターソングとしての「You'll never walk alone」は、「ジェリーとペイスメーカーズ」版ということ。
元祖・「回転木馬」、本家・「ジェリーとペイスメーカーズ」というところか。

「ジェリーとペイスメーカーズ」の「マージー河のフェリーボート」や「プリテンド」が好きだった私は知らず知らずのうちに「You'll never walk alone」を聞いていた。それが記憶の奥に残っていて、自然とくちづさむことができたというわけ。なあんだ~~。


で、我が家のラックをあさって「ジェリーとペイスメーカーズ」を探したら、CDは輸入版の「GERRY & THE PACEMAKERS AT ABBEY ROAD」しかない。(レコードは聞けないからね)
その4曲目に「You'll never walk alone」がある。ちゃんと「From "CAROUSEL"(回転木馬)」とクレジットされている。
オーケストラバックでとても美しく力強い。最近流行の「千の風にのって」より美しいかもしれない。(モノラルミックスなのに)
このアルバムを聞くと、あの怒涛のようなサポーターソングがこんなに静かで美しい曲だったのかと、新鮮な思いをすることだろう。今聞いても「ジェリーとペイスメーカーズ」はいいなあ。若さのほろ苦さみたいなものがあるよね。


さて、現実に帰って、俊輔。
「ミランを相手に俊輔のフリーキックで勝て」と、マスコミは騒ぐだろう。
しかし、ファンは密かに期待しているはずだ、「ミラン相手に流れの中から決めて勝つんだ俊輔!」と。




////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
ちなみに、「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」の訳詞は以下のようなものだ。

嵐に出会った時は
しっかり前を向いて行こう
暗闇を恐れてはいけない

嵐の向こうには
青空が待っている
雲雀が優しく歌ってる

嵐のなかを歩いていこう
雨にうたれても、歩みを止めず
たとえ夢破れようとも

歩こう 
希望を胸に歩いていこう
そうさ、僕たちは決して一人じゃないんだ
僕たちは決して一人じゃないんだ

[PR]
by windowhead | 2007-02-15 14:17 | 至福の観・聞・読 | Comments(3)

久々の新選組小説「諜報新撰組・風の宿り」

「諜報新撰組・風の宿り~源さんの事件簿」秋山香乃著 河出書房新社


本当に久々に新選組という文字のはいった本を買った。
それほど、新選組関連の新刊が出ていなかったのか?
おそらく、既刊のほとんどを読んでしまっているので、新刊を待つしかない。
ファンにとっては、新刊や史実の新しい発見がないのは寂しい。
寂しいので時々、既刊本を読んで寂しさを紛らわすのだが、やはり新刊はうれしい。

前作「新撰組捕物帖----源さんの事件簿」がでた時、これ、シリーズ化されないだろうかと期待していたので、2作目がでたのはうれしい。

新選組のなかで、数少ないほのぼのとしたキャラクターの井上源三郎。
一番の年長者(といっても40歳にはなっていない)だったため、これまでの小説や映画では中年の下男のような描き方が多かった。大河ドラマ「新選組!」あたりから、この井上源三郎の描き方が変わってきた。彼の子孫の方々の努力もあり、家に伝わる史料が公開され、彼の人物像がかなり修正されてきているのはうれしいこと。
それでも、やっぱりのどかな空気を感じさせる人柄は変わらない。
近藤、土方、沖田たちにとって、身近で感じる故郷のあたたかさと癒しの存在でもあっただろう。ぐちも泣き言も源三郎の前では言える、そんな存在だったのではないか。

その井上源三郎が主人公の、捕物帖という風情が前作だった。
史実の間をすりぬけて空想をふくらませるのが歴史小説のおもしろさだが、前作「新選組捕物帖~源さんの事件簿~」はそれがとても上手くできていた。

今回は、長編になっている。八・一八事件前後の長州の暗躍、相撲興行、芹沢暗殺、新選組誕生あたりを背景に、新選組内での諜報模様を、佐伯又三郎を絡めて描いているため、どうしても前回のような春の日差しのようなほのぼのさが薄らいでいる。残念。
男の世界の非情さと哀しさを描くのもいいが、それでは、これまでの新選組小説があり、新しさを感じない。
源さんの事件簿のよさは、多くの幕末小説がそうであるように殺伐とした男の世界、大義名分や志なんかが語られる中で、市井の営みや人情、自然のうつろいなどが細やかに描かれ、そこに発生するささやかな出来事を源さんのおせっかいが解決していくという、「事の小ささ」が良かったのだ。
ぜひとも、3作目を描いて欲しい。
そして、それは、1作目のスタイルを取り戻して欲しい。


久々に新選組小説を読んで、おやっと思ったのは、登場人物がすでに私のイメージの人物にもどっていることだった。
大河ドラマ「新選組!」が放映されているころやその直後はどうしても、読む本の登場人物がドラマの配役に引っ張られていた。最愛の土方ですら、山本耕史くんの姿が浮かんでくるしまつ。特に山本土方は一つのエポックともいうべき完結した土方像を確立したので、やはりそのイメージは強かった。
大河ドラマから離れて1年以上、やっと、私の中の土方イメージが戻ってきた。それが、だれに似ているかなどわからない。具体的にだれかに置き換えるなら、やはり山本耕史くんか栗塚旭さんになるのかもしれないが、頭の中の土方像は、そのような具体的な姿ではない。しかし、確固たる土方像がある。そして、大河やブランクをはさんでも変わっていなかった。

また、あたらしい新選組小説を読みたくなった。
「諜報新撰組・風の宿り~源さんの事件簿」は、その呼び水となったようだ。
[PR]
by windowhead | 2007-02-12 16:52 | 新選組!な人々 | Comments(3)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead
プロフィールを見る
画像一覧