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中村俊輔って意外と……

オシムさんの酷評も自分なりに消化し、しっかりとしたメッセージを残して中村俊輔くんはスコットランドに帰っていきました。
「認められても、認められなくても選手は頑張って上をめざすしかない。」
サッカーの技術を磨くのはオシムさんに認められるためではなく、より強い相手に勝つためだと言うことか。オシムの好みに擦り寄るのではなく中村俊輔であることを選んだようです。それでも、指摘されたところは修正できると言い切る懐の深さも見せながら。
今回の帰国から離日までの中村選手の発言は、どれもとてもわかりやすくてメッセージ性のあるコメントが多かったと思います。自分の考えを伝えることに関しては、これまでも正直で、努力を惜しまない人だったけど、さすが、英国仕込み、客観性にも磨きがかかっています。

あすはもうストラカンの元でダンディーUとのゲームが待っている。もちろん先発でしょうね。


b0009103_5114446.jpgところで、本題……サラリーマン向けのファッションサイトをやっている関係で、自然とファッションチェックをしてしまうのですが、中村俊輔という人は、意外とセンスのある人だと再確認しました。

帰国のときの服装にはドルチェ&ガッバーナを着けているらしいと聞いたのですが、どうもジーンズはそのようです。
離日のときのジャケットもドルガバのようでもあるんですが、肩のラインがちょっとなだらかかなあ。新聞社などの写真では確定できませんでした。
離日の時の写真はここを見てね
ブランドを着ていますと主張する人なら、ジーンズにDGのベルトをするんでしょうが、なるべく普通に見えるように、自分の気持ちが無理をしないように着こなすのが中村俊輔流なんでしょう。
移動用のスーツケースも平凡な黒というところも彼らしい。
相変わらすグレーのスエットパーカーは手離なさないんだなあ。もはやライナスの毛布みたいな存在なのかな。
ドルガバはお仕着せじゃなく、中村選手自身が選んでいるのでしょう。昨年9月に発行された若者雑誌「ストリートジャック」のインタビューで、好きなブランドにドルチェ&ガッバーナを入れていました。そのときは、あの「モダンゴシック」なドルガバがすきだって~~?とちょっと不思議でしたが、W杯イタリア代表の黒一色のセクシーな移動用ユニフォームがドルガバだったので、その影響もあったのかもしれません。
そんな、自分の雰囲気とはミスマッチのようなブランドも自分らしく取り入れる個性をもつ人なんですね。

幅広のはきこんだ風合いのジーンズを愛用のようだけど、最近の写真では裾をロールアップするのがマイブームなの?折り返しの幅や裾丈が自然でバランスいい。裾幅の広いジーンズの丈は難しいですよ。短すぎると貧相に見えるし、長すぎてかかとで踏みつけるようだとだらしない。絶妙の長さでロールアップしていますよね。さらに、ロールアップって、ちょっと可愛さもにじむじゃないですか。中村俊輔的母性本能アタックの技はこんなところかもしれませんね。
さらに、はきこんだ風合いのジーンズ姿なのに清潔感があるのは、真っ白のアディダスで足元を絞めているから。
幅広めのパンツとスニーカーを愛用しているのは、大事な足に変な負担をかけず、繊細な感覚を維持するためのアイテムなんだろうと想像しています。

中村俊輔の基本カラーは、紺、白、グレー、黒。基本も基本の色を上手なバランスで身につけるには洗練されたセンスが必要ですよ。まったく気負いが感じられないのにだらしなくならないで、すっきりとして周囲に溶け込む服装センスは、都会育ち特有かもしれません。
ヘアスタイルもヘアカラーも微妙に変えているし、決してお洒落に無関心の人ではないですよね。だいいち、あのキノコと言われたデビューころのヘアスタイルも、当時の流行ではないですか。

外見のコンプレックスがある人ほど、ファッションセンスは磨かれる。
失礼ながら、中村俊輔も、絶対にファッションに興味を持ち、自分でも試行錯誤したんじゃないかな。

ところで、彼は知っているだろうか、黄金の左足と言われる自分の足の別の魅力を。
左も右も、スリムで真っ直ぐ、そして長い。
外見も女性がうらやむほど美しいということを。
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by windowhead | 2007-03-31 05:14 | 紙のフットボール | Comments(7)

それはないでしょ、川渕さん!…俊輔ファン、やるせないよ。

亀田に完敗…川淵氏「期待外れ」
 欧州組の中村(セルティック)、高原(フランクフルト)が出場したペルー戦の視聴率が13・7%に終わり、日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(70)は「15%は超えるかなと期待していたので少し期待外れ」と話した。
 視聴率でフィギュアスケートに完敗し、亀田のノンタイトル戦にも及ばなかったとあって、「お客さんの心をつかむような試合をしないと。視聴率は自動的に上がらないと知ることで、選手には頑張ってほしい。ファンは正直」と魅力あるサッカーの必要性を訴えた。(スポーツニッポン配信より抜粋)


ペルー戦の視聴率が伸び悩んだのも選手のせいですか?
それはないでしょう、川渕さん。それでは、あまりに選手たちかわいそうです。
中村、高原召集のニュースが出る前までは、恐ろしいほど売れ残っていたチケットが、彼らが来てくれる事でほぼ売り切れ、6万人以上の入りになった。この2人に感謝こそすれ、期待はずれはないでしょう。
視聴率が伸び悩む原因は、そのほかのところにあるのは明白ではないですか。


1、地上波で日常的に放映されないJリーグ。中村俊輔のチャンピオンズリーグ活躍もニュースにできない放送権の問題。

 ・以前のようにJリーグの試合がなかなか地上波で見られない。土・日の午後、どのチャンネルでもサッカーが放映されていない現実。Jリーグチームを地元に持っているところは地元民放で放映されているようだけれど、Jのチームがないところでは見られない。夜NHKBSでやるかなと思っていてもNHKでもない。(25日のナビスコ杯はどこでも1試合も見られなかった)
これでは、一般の人たちに、サッカー文化は普及しないでしょう。
サッカー見たければ、スカパーやWOWWOWの有料チャンネル契約しなければならない。
いつのまにか、サッカーがコアなファンだけのものになってしまっているのです。
川渕さんは、各県にサッカーチームを増やし、サッカー文化を根付かせるつもりらしいが、JFLにもあがれないチームを有する県の人間は、Jリーグを見る権利はないのでしょうか。トップチームのプレーを見ることで子どもや下部チームも成長するのではないかなあ。

・中村俊輔は、現時点で日本を代表するプレーヤーの一人。彼が、W杯以上の戦いといわれる欧州チャンピオンズリーグで活躍したことを知っている一般人の少ないこと。
折角フジテレビが放映権を取ったのに、有料チャンネルと一部地域しかみられない地上波での放映。さらに、他のTV局では世界的なフリーキックのシーンすら放映しない?できない?放送局同士の身内の決め事だったのか。
日本人でも世界に通用するプレーヤーがいることを知らないのは日本人だけという状況になっているのは、いいことだろうか。
少なくとも、彼のチャンピオンズリーグでの活躍が普通に放映されていれば、日本人はどれだけ元気をもらえてたことか、日本人もすごいじゃん!と、また期待してみてくれただろう。それだけで、ペルー戦の視聴率は10%はあがっていたでしょう。

マリーアントワネットが「パンがないならお菓子を食べればいいのに」と言ったように、川渕さんは「サッカー見たければ、スカパーに入ればいいのに」と思っているのでしょうか。お金持ち組織になってしまって、一般人とかけ離れてきている協会。人々が離れるのは当たり前ではないですか。


2、スターを嫌う監督
・プロスポーツにスターがいるのは当たり前です。
 そのスター選手が人気におごってプレーの手を抜いたり、勝手なことをするならともかく、中村俊輔をはじめ、今欧州にいる国民的に知られたスター選手たちは、人一倍ストイックに精進して今の位置を築いているプレーヤーたち。そんな選手たちをリスペクトすることなく、国内の選手のモチベーションの邪魔になるから特別扱いしないというのは、おかしいでしょう。
特別扱いされる選手が妬ましかったらその位置に自分が座るためにがんばるのがプロスポーツ。
今のオシム監督の国内組の育成は甘やかしにしか見えない。スター選手も同じに扱うと言って国内組を甘やかすから、半年たっても土台すらできていない状況。反して、海外でもまれるスター選手たちはどんどん成長していっている。成長している選手が出来上がっていないチームにあわせることは、普通ありえないことでしょう。上が下にあわせてあげてプレーしたから、今度のペルー戦の得点になったわけで、それを、自分の考えるシステムにあっていないというのは監督の側の甘えでしょう。
・2点をアシストした中村への苦言。普通の感覚からすれば、「得点の起点になってくれた。感謝したい」というのが礼儀であり人間として当たり前のこと。欧州のどの名監督でも自分のチームの選手をマスコミに向って悪くいわない。
本人のさらなる成長をうながすなら、直接本人に分かりやすい言葉で言えばいいこと。
今回の召集で、中村俊輔選手は、気持ちのいい思いでスコットランドに帰ることができるだろうか。選手のモチベーションを下げるような発言は、傍で聞いていても気持ちが良くない。
一般の人はストレートに喜び、ストレートに応援したいのだ。
W杯の惨敗から、不死鳥のように蘇った中村と高原。
そんなドラマティックな仕掛けをしていれば視聴率はさらに上がったでしょう。それで、有頂天になるような2人ではないし、それでやっかむような国内の代表ではない。

・第一、監督だけがリスペクトされるような代表チームが世界中のどこにある?
 選手あっての代表というスタンスに立ち戻ってほしい。選手は子どもではないのだ、過保護も過干渉も不要。監督が選手に伝えることは彼らをプレーヤーとして尊敬しているよと伝えることだろう。そのような扱いをされれば、誰だって発奮するものだ。
さらに、ファンや一般の人たちも、そのようにお互いを信じあっているおとなのチームを見たいのだ。


3、スターは絶対必要
・一般の人たちを取り込むにはスターが必要なのは分かりきったこと。
 これまでのスター選手の多くが海外にいるのなら、彼らの活躍をもっと一般に知らせるようような努力をすることだろう。
彼らを召集しにくいのであれば、親善試合を欧州でやればいい。アウエーでの試合を多く経験することが、今の国内組には一番大事ではないかな。その試合をTV放映することも一つの方法だろう。人々は、早く欧州組が一同に会する日本代表を見たいのだ。場所はどこでもいい。対戦相手が欧州代表であればさらに盛り上がる。
毎日、イチロー、松井、松坂、井川たちのことがTVで流れるのに、中村も高原も、松井も中田も、稲本もどこにいるのか知らないのが一般の人たちの現状だ。
中田が去ったあと、スターのポジションを継ぐのは、それらの選手であることが現実なのであれば、彼らをさらに輝かせることで、次のスターの誕生までをつなぐべきだろう。国内組はまだまだローカルヒーロー段階なのだから。


ジーコジャパンをなかったものとしてリセットし、オシムをスターに祭り上げた協会と川渕さんの弱腰が視聴率低下を招いたことだと断言したいくらい。
それを差し置いて、どの面さげて、プレーが悪い、魅力的なサッカーじゃないから視聴率がとれなかったとまで言うのか。その厚顔にあきれるばかり。

一般の人は(まあ、私の周辺、母や女友達や、同僚たちだけど)、俊輔のフリーキックに酔いしれ、巻のゴールに喜び、高原のシュートに驚いて、勝ったことを喜んでいるのだ。
こんなシンプルな感動に水を差すような監督のメッセージに、戸惑っているんだよ。
「2点もアシストしたのに、なんで文句をいわれなければいけないの?中村は」という疑問が一般の人の素直な感覚なんですよ。

日本のサッカーは、一般の人に向けてあるのか、コアなファンや専門家に向けて存在しようとしているのか、それとも、ビジネスとしてのみ存在しようとしているのか、川渕さんに聞きたいものです。
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by windowhead | 2007-03-27 16:02 | 紙のフットボール | Comments(6)

やっぱり、中村俊輔は欧州リーグで見たい

ペルー戦を見た。
勝ったし、中村俊輔の存在感充分だし、個人のプレーの上手さは別格だけど、ゲーム全体としては物足りないと言うか中村俊輔の居場所ではないような感じがのこった。

オシムジャパンとしたら、中村俊輔が入ったことでオシムジャパンではなくなったような。オシム監督が求めているプレースタイルに中村選手はフィットしようとしているのだけど、彼が入ったチームはシュンスケジャパンになってしまう。ジーコの時を見てるよう。これ悪い意味ではない。ジーコジャパンのほうがいまのオシムジャパンより格段にハイレベルだったことはまぎれもない事実。これを見誤ってはいけないと思う。そんな意味では、オシムジャパンが1段階ステップアップしたと思うのだけど、これは、オシム監督が求めているスタイルではないわけで…。
オシム監督のインタビューもやはり後半30分過ぎて、中村や高原をU-22の選手に変えてからの動きがオシムサッカーだと言っている。
ただ、この言葉はU-22の選手たちが戦力になったと言うことではない。オシムのスタイルだったということだけ。この時点でまったく戦う意志を無くしてしまっているペルー相手に動けるのは当たり前だし、すでに2点のアドバンテージと、中澤が入って安定したディフェンスラインを背負っての動き。この部分は、迷走中のU-22への元気付けサプライズと取るのが妥当と思う。

今のオシムジャパンでは、中村俊輔の影響力が大きすぎるような。
中村選手は、代表への想いが人一倍強い選手だけど、すでに彼の居場所は、そこではないような…。
あなたの居場所は、もっと上なんだよ、中村俊輔!
早くスコットランドに戻ろうよ。
「スコットランドリーグは世界のトップリーグではない」という金子建仁のコラムが相変わらずYAHOOの中村選手のカテゴリーに残っているため、中村俊輔が所属するスコットランドリーグのトップチーム「セルティック」をたいしたチームではないと思い違いしている人も多い。友人たちにも「スコットランドじゃねえ、2,3流なんでしょ」と何の臆面もなく言う。あのね、スコットランドプレミアリーグは、少なくとも、Jリーグよりはずっと上のランクのリーグだよ。
ちなみにFIFAランキングは日本は42位、スコットランドは16位。これを見てもスコットランドをバカにするのかい?日本人。
中村俊輔と一緒にプレーしているセルティックのチームメイトの多くは各国の代表クラス。その中で、中心選手でいられるからこそ中村俊輔は優れたプレーヤーといわれているんだ。
話はそれるけど、「セルティック」の選手で今「ユーロ2008」予選の各国代表選出されている人を挙げると
スコットランド代表=コールドウェル、マクマナス、プレスリー、ハートリー、ミラー、ビーティー
アイルランド代表=オデイ、マクギーディ(2人とも20歳前後)
ポーランド代表=ボルッツ、ズラヴスキ だよ。


中村俊輔は、もう日本の選手ではない。日本の選手と思っているから、今の彼のプレーも見ないでフィジカルが弱いだの守備ができないだの、止まったボールを蹴れば天下逸品だの言うのだろう。
今回、素人目にも、別格だと分かったと思う。守備もしすぎるほどだし、3人から寄られても倒れないし、止まったボールを蹴るクオリティーの差も分かっただろう。
そんな選手には、日本代表は当たり前であって、結果ペルー戦で呼ぶのは早すぎたと思った。
もっと、中村選手が入っても、そのリズムに引っ張られないだけの土台を作ってからでよかったと思う。
それより、中村選手は次のステップを目指して欲しい。
29歳という年齢は、すでにトップチームへの移籍には難しい年齢かもしれないけど、日本に戻ってくるくらいなら「セルティック」にいて欲しい。
たいへんだけど、犠牲にするものも多いだろうけど、可能性があるかぎり欧州にいて、上を目指し続け、キャリアの最後に日本に帰ってきて欲しいと思う。
残念ながら、今でも子どもたちが憧れる選手は、28歳のパパさんプレーヤー中村俊輔を越える人が出てきていないのだから。
そんな存在が出てきてはじめて、中村俊輔は日本に帰れると思って欲しいなあ。

中村俊輔、はやく緑のユニフォームに戻ろうよ。
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by windowhead | 2007-03-25 18:51 | 紙のフットボール | Comments(4)

横浜のお天気はどう?

今日ばかりは嵐がこちらに停滞することを密かに望んでいる。
明け方から強い風と時折横なぶりの雨。風は少し弱くなったが今も続いている。いつもは早く揚がってくれと思う空模様だが、今日ばかりは、こちらに夜まで留まって関東地方、特に横浜の上空に行かないで欲しいと祈っている。

いよいよキリンチャレンジカップ・ペルー戦が今日午後7時30分、横国でキックオフ。
久しぶりの代表戦、6万枚以上のチケットが売れているという。TV観戦でもお天気が気になる。スタジアムで応援するサポーターのためにも雨が降って欲しくないなあ。


新聞やTV,ネットのニュースで見る限り、中村俊輔と高原直泰の招集はそれなりの効果を出しているようでうれしい。
もちろん、今日の試合が終わらないと評価できないことだが、オシム監督が、この2人を招集した目的は勿論即戦力だが、もう1つ、海外との差を国内の選手に体感させるためというのもあるのではないだろうか。
オシム監督が率いた新生日本代表たちの一番の弱点は海外のトップチームとの対戦を経験した選手が少ないことだろう。ジーコ監督が4年間ほぼ固定したメンバーを選んでいたため若手や次世代の選手に海外の強豪と戦うチャンスが少なかった。そのため、戦い方やモチベーションをいくら説いても代表たちは実感しにくかったはずだ。
例えば、最高のご馳走がカレーライスと思っている子に、高級フレンチのおいしさを説いてもわかりにくいはず。ならば、どちらのおいしさも経験している人に伝えさせるのが一番。それももっとも近い時期に最高級を体験した経験を持つ人に伝えさせるのが最良の方法。その位置にいるのが中村選手だ。高原選手はフォワードで一番得点している。
海外組が中村選手と高原選手になったのは当然のことだろう。
そして人数が2人というのも納得がいく。レターをもらっている稲本選手、中田選手、松井選手まで呼ぶと、当然、国内組、海外組というグループに見えてしまう。中村選手一人だと、あまりに象徴的な扱いになってしまう。今回は、海外から来た2人が、国内で培ってきた連携に融合し、その上で、さらに高いレベルに引き上げる触媒になってもらうことが大切だったのではないだろうか。
今回の中村、高原選手召集の最大の目的は、国内の選手たちがワンランク上の力を獲得するための強化にあるような気がする。
その役割は中村選手もすでに理解していると思う。
「やることがたくさんある。ある意味ミラン戦よりたいへんだ」というコメントにもその気持ちが現れている。
ミラン戦では、とにかくいかに勝つか!だけに集中すればよかっただろう。しかし、今回は最初からオシム監督のスタイルに合わせたサッカーをやるつもりで合流している。彼が日本人プレーヤーで最高の選手であることはだれもが認めるところだ。世界での実績もあるが、まずは代表のプレーに自分から溶け込むようにしている。たった2日の練習で、連携し、結果を出し、さらに個人としての見せ場も作らないといけないと思っているだろう。さらに、自分が合流したことでチームにプラスの影響ものこさなければいけない。それはそれはたいへんなことだろう。


追加召集のなかでU-22からの本田、家長、水野たちは、戦力としての召集ではなく、育成のための召集なのだろう。ついこの前の五輪予選を見ても彼らがA代表で戦える戦力だとはだれも思わないはず。それほどA代表は甘くない。本人たちが戦力で召集されていると思っているとしたら大きな思い違い。それこそ、海外の第一線で戦う2人と一緒に練習することで得た経験をU-22に持ち帰ってもらうための代表なのだと思う。
本田君と中村俊輔がマッチアップしているシーンをニュースの映像でみたが、本田君、かるーくかわされていた。そのシーンを見ていると、本田君たちと同じ世代の「セルティック」のエイデェン・マクギティーやオ・デイやスノたちがどれほどすごいプレーヤーか、相対的な比較がしやすかった。U-22の選手たちにそれを体感してもらうことが、若手3人の追加招集だったと思う。



おそらく次のキリンカップでは中村俊輔の召集はないと思う。次は、中田、稲本、松井たちだろう。同じ時期、中村俊輔は世界選抜出場がある。
そうすると次の召集は早くても、アジアカップ予選か。
しかし、その頃、ヨーロッパでは、次のチャンピオンズリーグの予選が始まる。彼が「セルティック」に残留していれば日本代表への合流は難しい。
今日のペルー戦は、オシムジャパンの10番を背負った中村俊輔を観ることができる数少ないチャンスなのだ。

お願いだから暴風雨さん、夜まで横浜上空に行かないでくださいね。
しばらく、こちらに滞在してくださいませ。今回ばかりは歓迎します。
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by windowhead | 2007-03-24 15:34 | 紙のフットボール | Comments(0)

男の仕事にちょっと感動

ベランダの外で声がするのでのぞいたら、向かいの斜面で電柱に登って工事をする電設業者さんの姿が。わが家はちょっとした高台にあるマンションの10階。平地からみると15から20階くらいの高さかな。電柱に登る人たちはそんな高さの空間で仕事をしている。豆粒みたいにしか見えないが、男らしい姿に、ちょっと感動。
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by windowhead | 2007-03-23 13:57 | 男たちの眺め | Comments(2)

海外組だからわかる?「日本代表」の特別さ

Excite エキサイト : スポーツニュース

中村俊輔と高原直泰が9ヶ月ぶりに「日本代表」に召集された。
欧州のリーグが2週間お休みになる時期なので海外組召集には最良のとき。レターをもらった他の海外組の人たちも備えていただろうが、今回は2人のみに留まった。

中村と高原の欧州での活躍を見れば代表招集にはだれも文句をいうはずはない。マスコミもこぞって期待感を表している。チケットの売れ行きも急に伸びているようで、ホーム側は満杯とのうわさも聞いた。

ニュース記事にもあるように、中村俊輔の暮らすグラスゴーから日本に移動するには乗り継ぎもあわせると17時間以上かかるらしい。さらに時差もある。
身体が資本のアスリートたちにはこの移動は大きな負担らしく、オシム監督は、この部分も考慮して、海外組の召集にはかなりの配慮をしているようだ。改めてジーコ監督時代、呼ばれれば万難を排して合流していた海外組の負担がどれほど大きかったか痛感させられる。身を削って「日本代表」を背負っていたんだ。それほど、彼らにとって「日本代表」は大切な場所なのだろう。


今日のスポーツ報知の記事にはさらに驚いた。
中村俊輔が日本代表召集時の体調維持のため、欧州選抜への要請を辞退していたらしい。

13日にマンチェスターでおこなわれた親善試合「マンU対欧州選抜」の様子はスポーツニュースやサッカー番組でチラリと放映されたが、綺羅星のようなメンバー。
ザンブロッタ、マテラッツィ、マンシーニ、ピルロ、ガットゥーゾ、イブラヒモビッチなどが名を連ねた欧州選抜。ジダンの辞退もあって、リッピ監督から中村俊輔に45分でもいいから出場して欲しいとの要請があったようだ。
セルティックにしても中村俊輔を欧州選抜に出したかっただろうし、本人も出たかっただろう。
ファンとしても、正直、ペルー戦より欧州選抜に出場して欲しかった。
サッカー地図では片田舎の日本で行われる強化試合なんかより、サッカー地図のど真ん中で欧州のスタープレーヤーが集まる親善試合のほうがどれほどワールドクラスのサッカープレーヤーとしての名を高めることになるか、一目瞭然ではないか。
それでも、その試合に出場すると「日本代表」に万全の体調で参加できないという理由で辞退している。
中村俊輔にとって「日本代表」とは、それほど特別な存在なのだ。

今回レターをもらったが召集にいたらなかった中田や稲本、松井たちも、同じように切ないほど強い思いを「日本代表」に抱いているのだろう。
Jリーグの選手よりワンランク上の力があるからこそ海外でプレーできている選手たちがなかなか「日本代表」に手が届かない。
「日本代表」のブルーのユニフォームには、そんな切実な思いが込められているのだなあと思うと胸が熱くなる。


そんな熱い思いのこもったペルー戦をすばらしい試合にするためにもスタジアムは満杯になって欲しいし、中継をするTV局はシンプルなスポーツ番組として放映してほしい。
ルールもわからないようなアイドルや芸能人がわいわいとお祭り騒ぎをするような番組にだけはしないで欲しい。
遠く欧州から次の召集を心待ちにしてプレーする選手たちが、ペルー戦の録画を見たとき、さらに「日本代表」入りを熱望したくなるようなゲームであることを期待している。
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by windowhead | 2007-03-20 12:21 | 紙のフットボール | Comments(0)

中村俊輔ファンは、アンビバレントを抱える宿命にあるのね。

やっと録画でチャンピオンズリーグの「ミランVSセルティック」とオールドファーム・ダービーを観る時間がとれた。2試合分観るとほぼ半日つぶれる。
セルティックって気持ちのいいチームだなあ、魂の美しいチームだなあと、改めて感じた。セルティックは今回のチャンピオンズリーグで世界中に好印象を刻み付けたと思う。間違いなく記憶に残るチームになったことだろう。
中村俊輔がそんなチームの中心選手の一人になっていることはファンとしてもかなり誇らしい。

その中村俊輔に、オシム監督になって初めて日本代表の招集がかかったようだ。
いよいよジャパンブルーの中村俊輔が観られるわけだが、俊輔ファンとしてはフクザツな思いがあったりする。

中村俊輔ファンというのは、他の選手のファンをするより大変なエネルギーがいる。それは、気持ちに付き合ってしまうからだろう。
俊輔が若い頃は、彼の気持ちの揺れに付き合って一喜一憂していた。ミラクルなプレーに大喜びしていると、強烈な批判記事をくらったりして心配になる。海外に移籍するとなかなかプレーする姿が見られない。スカパーの契約をし、深夜のサッカー番組を追いかけて今度はプレーに一喜一憂。W杯での不振に対する「戦犯」という心無い批判にわがことのように傷つきながら復活を願い、オシムのファンタジスタ不要論などマスコミのあおり記事にゆれながら、一転してチャンピオンズリーグでの活躍に歓喜。連戦が続けば疲れないか怪我はしないかと心配する。なんだか、もう、中高生の母親のような気持ちね。
TV観戦がほとんどの私のようなゆるいファンがこうだから、レッジョやグラスゴーに応援に行くようなコアなファンの人たちの消費するエネルギーは大変なものだとお察しする。

ファンの人たちのブログを見ていておもしろいのは、「試合に出すな、休ませろ」という書き込みが多いこと。
普通なら、だれもが自分が応援する選手が先発出場することを望むはず。なのに、中村俊輔ファンのブログには、「ゴードンの鬼、俊輔休ませろ!」がたくさん。
昨年9月から今日までフィールドプレーヤーではチームで唯一人全戦に出場し、ほとんどフルタイム戦っている。さらに日本とシーズンのちがう海外にでてからは、代表と自分のリーグの掛け持ちで何年も休暇がとれない状況で戦っているのをファンたちは知っているので、どこかで休ませてあげて欲しい、疲れから怪我やパフォーマンスの低下にならないで欲しいと思っているのだ。それが、先に書いたフクザツな思いになっていくのだ。

まあ今回の召集は、ご本人が待ちに待ったものだから、ファンとしても素直に喜んで、ジャパンブルーの俊輔を楽しめばいいのだろう、


しかし、今年の代表のスケジュールと中村俊輔のスケジュールの調整は難しいような気がする。
今回も、チャンピオンズリーグで勝ち残っていれば収集されても参加はむつかしかっただろう。次が6月のキリンカップだが、俊輔のほうは6月9日に世界選抜がある。7月のアジアカップ時期は、俊輔がセルティックに在籍していればチャンピオンズリーグの予選やアメリカ遠征がある。チャンピオンズリーグの予選ははずせないだろうし、できればアメリカでベッカムとFKキック対決してほしい。
でも、アジアカップに負けたらコンフェデに出られない。俊輔はコンフェデとは相性がいいからまたまたミラクルプレーが期待できるわけで、そうなるとアジアカップは勝たなければいけないしなあ。
他人のスケジュールをあれこれ思案してもどうにもならないことだが、ファン心理はそうはいかない。あれかこれか、あれもこれもか、あれもこれもだと移動で疲れるよとか、ファンそれぞれが自分の事のように思い悩むわけで、さらにプレーの質がどうだったかも重ねて気になること。

ぶっちゃけて言うと本当の本当は、全部出てもらって、全部にいいプレーしてもらいたいわけよ。でもね、中村俊輔っていうフットボーラーは小さくまとまった完成品にはなれないタイプ(「サッカーの上の雲」より)なので、どこかに不安定な要素がつきまとうわけ。それを感じ取っているのでファンたちは、無邪気にぜーんぶ、ねっ。とはいえないわけ。


中村俊輔ファンは、いつまでもアンビバレントな感情のスパイラルから抜け出せない。
いや、そのたいへんさを楽しめるタフさがないと続かない。

やっかいなものです、ハイ。
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by windowhead | 2007-03-18 03:20 | 紙のフットボール | Comments(0)

「のんびりいこうよ」が流れる昨日今日…

あの「モップス」の鈴木ヒロミツさんが亡くなったというので、昨日、今日とTVではなつかしい顔や音楽が流れてくる。
お通夜に集まる往年のグループサウンズのメインヴォーカリストのたち。
TVから何度も流れるモービル石油の「のんびりいこうよ」のCM映像と音楽。
「のんびりいこうよ」の鈴木ヒロミツさんの若い頃の姿。本当に変わらない人だなあ。

でも、このCMを見ると、なんとなく無邪気に平和な映像だなあと感じられない思いがある。
すでにまったくと言っていいほど忘れていたいたことだけど、昨日今日と「のんびりいこうよ」の映像をみて、記憶の奥にある「そのこと」を思い出した。


「のんびりいこうよ」のCMは1971年放映されたヒットCM。
このCMを制作したのは杉山登志という売れっ子CMディレクターだ。
この名前を見て、ある言葉を思い出した人も多いと思う。
杉山登志さんは、当時CM界で一大ブームを引き起こしていた資生堂のCM、前田美波里を起用したあのCMを作った人。CM業界はもとより、サブカルチャーの分野でも注目される気鋭のCMディレクターだった。日本のCM業界が今のように文化としての市民権を得るきっかけを作ったような人だ。その後もとんとん拍子の躍進を続けていた杉山登志氏の、突然の自殺が報道されたのは1973年だった。
そして、その自殺が多くの人に強烈な印象となって残ったのは、その遺書の文面だった。

リッチでないのに

リッチな世界などわかりません

ハッピーでないのに

ハッピーな世界などえがけません

「夢」がないのに

「夢」をうることなどは……とても

嘘をついてもばれるものです。


71年の段階で「のんびりいこうよ」を作った杉山氏は、どこかで高度成長する日本の姿に危うさや違和感を感じていたのかもしれない。でも、広告業界という高度成長をさらに加速させる手助けをする世界で生きる以上、それを否定できない。そんな葛藤から自殺ということになったのだろうと、昔なにかで読んだような記憶がある。

この遺書の言葉は、まがいなりにも企業広報をやっていた私には大きな衝撃だった。


がんばることが豊かになることに繋がると確信できた時代、
豊かになることは幸せになることに繋がると確信していた時代
バブルといわれる時代を経験して、いまでも多くの人は「豊かになることが幸せに繋がる」と思っている。ただ、がんばることがすべて豊かにつながるとは限らないことは知らされてきたけれど。そして、いまだにその「豊か」が、「物欲」が基盤であり、「心の豊かさ」とは別物であったことを認めたくない人たちも多くいる。
杉山登志氏の言葉なんか忘れて忙しく楽しく走り回っていた時は「心の豊かさ」なんて、語るのはおもばゆい感じだったが、最近は、そんな話もすなおに聞けるようになったなあ。
そう感じていたときの、鈴木ヒロミツ氏の死。

「のんびりいこうよ」は、30年の月日を経て、日本人にこれからのライフスタイルを見せてくれていると感じた。杉山登志氏の本当のメッセージは、鈴木ヒロミツさんの死を通して日本中に広がってくれるといいなあと思っている。

日本のおこちゃまロックを掃除するぞ!と出てきた「モップス」。
ヒロミツさんの死は、「物の豊かさは幸せに繋がるという幻想」を掃除するきっかけを残してくれました。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ライブドアのほりえもんに実刑判決がでたようだ。
判決が重いか軽いかは、判断できないが、彼の罪状は「証券取引法違反」だったと思う。
彼らの逮捕で、ライブドア社は一部上場から外された。村上ファンドもそうなった。
同じように、それ以上に巨額の粉飾決算が発覚した日興ゴーディアル証券(グループ)は上場取り消しになっていない。たしか東証のお預かり?
この差はなんだろう?と、ずっと疑問に思っている。
裁判所は、当然のことながら日興ゴーディアル証券(グループ)にもライブドア並みの判決は下すべき。ホリエモンの逮捕で、若者の起業熱が冷えたのは確か。お上の公正な取り扱いがないと、若手起業家は育たない。公正公平であることを!!
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by windowhead | 2007-03-16 13:58 | 日日抄 | Comments(3)

本物のスポーツジャーナリストからの贈り物「蹴る群れ」

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「蹴る群れ」  木村元彦 著  講談社

「オシムの言葉」で一躍、日本中に多くの読者を得たジャーナリスト木村元彦氏の最新作。
紛争地や内戦最中の国など世界20数ヵ国で7年にわたる取材から生まれた17人のフットボーラーと関係者たちのドキュメント。

『苦境に置かれながらも勝利を信じて戦うフットボーラーたちに、心惹かれる。』という書き出しでこの本は始まる。
木村氏が、サッカーと民族紛争の世界にのめりこむきっかけとなったのは、母国ユーゴスラビアの民族紛争に苦悩するドラガン・ストイコビッチの姿を目撃したことからだった。その一部始終は「「誇りードラガンストイコビッチの軌跡」に書かれている。その後、内戦と国連・NATO軍の軍事介入によって崩壊していく旧ユーゴに潜入して、ユーゴサッカーの真髄を追った力作「悪玉見参~ユーゴスラビアサッカー戦記」を世に送り出した。その後も一貫して大国のエゴや民族の反目などによって引き起こされた戦乱や貧困の中で、それに立ち向かい乗り越えようとするフットボーラーを追っている。
その姿勢は本書にも貫かれていていて、読者をぐんぐん引き込むダイナミックなドキュメントになっている。


アメリカのエゴによる攻撃ではじまったイラク戦争。、国内で練習ができなくなったイラク代表たち。「イラク代表は、負けるとフセインに鞭打ちされる」などというデマが日本でもどこからともなく広がったが、こんなデマで情報操作しようとしていたのは誰か。国外に練習場を求めながらも不屈のプレーでドーハの悲劇をもたらしたイラク代表たちは誇り高くデマを否定した。

ピュアな笑顔で日本女性たちを魅了した2002年トルコ代表のイルハン。あのアイドルのように華やかで無垢な笑顔の下に、移民につきまとう2つの祖国への忠誠に振り回されたサッカープレーヤーの苦悩があったことを私たちは知らなかった。

独裁政権の恐怖政治から決死の覚悟で亡命したフットボーラーたちがいた。
英国サポーターに、「お前がいてくれるなら、フォークランドなんかくれてやる。」と称えられたアルゼンチン人フットボーラーがいた。
町内のサッカー少年団から理想的なクラブ運営を目指すクラブチームに成長させた東北の肉屋のおじさんがいた。
アパルトヘイトが終わった南アフリカで、黒人ばかりの代表チームに合流したたった一人の白人ゴールキーパーがいた。

外圧も紛争もない恵まれた日本では想像もできない厳しい環境のに置かれて苦悩し、波乱の波ににもまれながらも、サッカーへの愛とフットボーラーという矜持でそれを乗り越えていく人々の強さとフットボールが持つ不思議な力に感動してしまう。
この本に登場する人の多くが、選手や監督として日本の地に降り立ち、発展途上の日本サッカーにも強いハートと印象的なプレーを残しているのはうれしい。
プロサッカーは決してエンタテイメントではないということを痛感させられた。


振り返って、平和な日本のサッカープレーヤーたちは恵まれているのか…。
戦乱や飢餓という生存が犯されるファクターはないにしても、マスコミも含めた過度の商業主義という罠がある。金が絶対唯一のビジネス戦争はさらに過酷だ。そのなかに巻き込まれていくとフットボーラーという矜持までずたずたにされてしまう危険を孕んでいる。
幸いに、日本人フットボーラーには「サッカーが好きだから、さらに強くなりたいから」というシンプルな気持ちを待ち続けて高みを目指す潔いプレーヤーたちが多い。海外でプレーしている選手たちも質素でクリーンな精神性の持ち主たちが多い。ならば、いっそ日本人は、「魂の美しさと強さ」を彼らに託していこうではなか。そんな気持ちになっていく。


フットボーラーたちを尊敬し愛してやまない細やかな視点と、スポーツの世界に留まることなく、世界情勢の混乱の元凶にまで迫るようなダイナミックな視点。この2つを併せ持つスポーツジャーナリストは、日本では稀な存在。
「誇り~ドラガン・ストイコビッチの軌跡」からこの「蹴る群れ」までの、木村氏の仕事は、日本のスポーツジャーナリズムの最高峰にあると思う。
スポーツジャーナリストを目指す人は「敗戦とー」よりこちらを読んで欲しい。

木村元彦さん、「きむらもとひこ」ではなくて「きむらゆきひこ」さんなんですね。
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by windowhead | 2007-03-12 03:22 | 紙のフットボール | Comments(2)

大徳寺境内での発見物

b0009103_14184796.jpg長崎市内丸山の隣に大徳寺という場所がある。長崎七不思議で「寺もないのに大徳寺とは」といわれているところ。昔はお寺があったそうな。
この場所は、私にとっては馴染みが深く、何度も何度も通っているところ。べつに菊水の梅が枝もちのためではない。

この場所が「梅香崎招魂社と梅香崎墳墓」の跡地だからだ。
招魂社というのは、幕末以降、国のため戦い殉死した人をお祀りした、靖国神社と同じような性格の神社のこと。梅香崎招魂社・梅香崎墳墓は戊辰戦争(奥羽征伐・函館戦役)などで殉職した43名をおまつりしている。

幕末の長崎では、長崎の町中を警護する目的で長崎奉行所の下、地役人や浪士を集め遊撃隊が組織された。明治維新には、遊撃隊は新政府に仕えることになり、明治元年(1868)2月長崎裁判所総督:澤宣嘉によって振遠隊と改称される。この振遠隊のなかには龍馬亡き後の海援隊のメンバー数人も参加していたと思う。
振遠隊は6月24日、新政府軍の要請を受けて東北地方に派遣されることになり、海路秋田に向かい庄内軍と戦った。その後東北諸藩の降伏が始まり振遠隊は盛岡城を受取り、10月19日凱旋、12月20日に長崎に帰ってきた。このときの戦病死者17名を招魂場を設け埋葬することになり、明治元年(1868)12月26日に葬儀を行った。翌年、箱舘戦争時、箱舘新政府軍の砲弾を浴びて爆発沈没した朝陽艦の乗組員のうち長崎出身者26名の遺髪も招魂場に埋葬され、その際、梅香崎招魂社・梅香崎墳墓地と改称したと聞く。その後、佐古招魂社、佐古墳墓地のほうに移転しているので、この場所には今は石碑しか建っていない。

実は、以前、この場所でおもしろいものを発見した。
灯籠の台座だったと思われる石碑だが、その表面に刻まれている文字はなんと

表「佐々木刑部大輔源高行建」、側面「明治二稔己巳八月」

発見していた灯籠台座の詳細写真は「長崎微熱」に掲載している。

土佐藩の佐々木高行が建立したものと思われる。
佐々木高行は、龍馬とともに大政奉還の策をねったり、龍馬亡き後の海援隊の後ろ盾になったり、明治維新時の長崎の治安維持にも尽力したりし、のち明治政府の高官になった人物。
明治2年8月に、招魂社に灯籠を献灯しているのは、きっと朝陽艦の乗組員への供養のためと想像できる。
朝陽艦で戦死した長崎出身者のほとんどは船乗りだと聞いている。海援隊や土佐藩の船に関わった人がいたのかもしれない。



b0009103_3223185.jpgまた、その近くに、やはり崩れて原型が想像もできない石柱が仕切り石に使われていたが、その石柱におどろくべき文字を見つけた。

「奉納・ 足立  」

足立のあとの部分はほとんど消えてしまっているが、足立の次の文字が「のぎ編」のように見える。「程十郎」なら「のぎ編」
もしかすると、足立仁十郎の養子「程十郎」が奉納したのかもしれない。

この場所には、昔から楠神社や天満宮もあるので、招魂社への奉納でなく、その他の神社などへの奉納ということも考えられるし、会津藩御用達だったという家柄から、形見の狭い立場となっていたので新政府への忠誠を形にしてみせなければならない事情があったのかもしれない。

足立仁十郎一族からの奉納物のかけらであってもおかしくないような気がする。



b0009103_10511914.jpg「長崎微熱」
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by windowhead | 2007-03-09 03:23 | 長崎と幕末維新 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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