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4月のレクイエム…南大浦小学校

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今年度から廃校になった長崎市立南大浦小学校。
休日のグランドには、3,4人の小学生たちが、野球をやっていた。
伝統ある小学校も、児童数の減少で、3校が統合された。もうすぐこの校舎も壊されて、統合された新しい学校の新しい校舎が建設されるそうだ。

廃校になったが、この小学校のホームページはひっそりとインターネットの中に生きていた。
最終更新は2月21日。
「孔雀の里親がみつかりました。協力ありがとうございました。」と書かれている。学校で飼育していた孔雀だろう。
どこに行ったのかな?きっと、子供たちの何人かは、連休に、この孔雀に会いに行くのではないだろうか。

校庭の隅に残されたローラー、そのそばにタンポポが咲いていた。
タンポポを見るのも久しぶり。

このローラーのあるすぐそばに、以前は異様に曲がりくねった鉄骨のオブジェのようなものがあった。黒澤明の映画「八月の狂詩曲(ラプソディ)」の原爆シーンの象徴となった焼け爛れたジャングルジムだ。実は、あのシーンはこの校庭で撮影された。爆心地とはぜんぜん関係ない場所だったので、撮影当時は、さまざまな意見があったが、すばらしい反戦映画に仕上がっていた。
その鉄骨も今はない。

b0009103_2325160.jpgここからの眺めは絶妙。
長崎はこんなに立て込んでいるのかと、住んでいる私が驚くほど。
「まるでブラジルみたい」 
写真で見たリオの景色を連想する。
向かい側の高台に海星高校がある。その建物の上には、純白のマリア像が立っている。
この小学校は、そのマリア像よりも高い丘のうえにある。

これが、長崎の今。
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by windowhead | 2007-04-30 02:44 | 日日抄 | Comments(2)

それがどうした、彼は天才だ!

「タックルができない?ヘディングができない?それがどうした、彼は天才だ!」

まるで、子供をかばう親バカ父さんのようなほほえましさ。この小気味のいい啖呵を切ったのは
スコティッシュプレミアリーグ優勝を決めたセルティックのゴードンストラカン監督。天才だといわれたのは中村俊輔選手。彼にとって、信じる人からもらった最高のほめ言葉だ。
サッカーの本場で、日本人が「助っ人外人」として全試合に先発出場し、優勝の立役者となった。そのうえ、リーグの年間MVPと年間ベストゴールのダブル受賞したというのは、日本のサッカー界にとってもエポックメーキングな出来事だろう。
MVPもリーグの選手による投票で選ばれるもので、対戦したすべてのチームから得票したのは中村選手だけだったらしい。完璧なMVPだ。
たった2年弱で、スコットランドの名門「セルティック」のチームからもサポーターからも信頼され愛される存在になるのは、並大抵のことではないが、スポーツ選手にとって、最高に名誉なことだろう。


このゴードン・ストラカンのあっぱれなほめ言葉を聞いて、あるエピソードを思い出した。
これもこのうえもなくあぱれなほめ言葉がからむ。
先日読んだ木村元彦著「蹴る群れ」に出てきたエピソードだ。

1982年、イギリスとアルゼンチンの間でフォークランド紛争が勃発し、両国は国交を断絶した。当時イギリスプレミアリーグ「トットナム」には、アルゼンチン人プレーヤー、オズワルド・アルディレス、通称「オジー」がいた。
国交断絶の翌日の試合で、トットナムのサポーターたちは、オジーに向かって何をしたか?
彼らは、オジーにブーイングするのではなく「オジーがいてくれるなら、フォークランドなんかくれてやる」と書いた横断幕を張って、敬意を表したという。
スポーツが作った信頼関係を、政治や思想なんかに踏みにじられてたまるもんか!という心意気と、大切な選手への愛情にあふれている壮大な啖呵だ。

サッカー選手にとって、最高の栄誉はバロンドールなんだろうけど、オジーのように、サポーターから国を相手取ってもあんたを選ぶよ!と言ってもらうことも、バロンドールに匹敵する栄誉ではないだろうか。

オジーと中村選手は接点がある。
オジーは、中村選手が横浜マリノス在籍時に監督だったことがある。たしか中村選手がJリーグ最優秀選手をとった2000年当時の監督だったと記憶しているが、どうだろう。
当時のオジーにとっても、中村選手は「特別の存在」だったとサッカー雑誌のインタビューで語っていた。



中村俊輔選手が来期も「セルティック」に残留するというようなニュースもちらほら出てきている。
ファンとしては、円熟期の今、もう1つ上のクラスでプレーして欲しいと思ったりする。
彼が昔から憧れていたスペインのリーグは、彼が憧れていたころからすると輝きはあせているが、それでもまだ憧れは続いているのだろうか?
「レアル」か「バルサ」、まあ「バレンシア」くらいまでは、中村選手の移籍金が払えるかな?「アトレチコ」ではチャンピオンズリーグに出れないしねえ。
現実的なのは、スペインより「プレミア」のほうだと思うけど…。中村選手のプレースタイルに合わないリーグと言われるけど、セルティックでやってきているから、いけるんじゃないかなあ。チームのトップ選手ではなく、スーパーサブ的な位置から、またまたレギュラー争いをする中村選手を見たいと思ってしまう。

しかし、セルティックで、違ったスキルをつけるという生き方もあると思う。
ゴードン・ストラカンやコーチたちから信頼され、いい関係を持っているからこそ、コーチ、監督など、指導者としてのスキルも学んでいくことができるのではないかと。
このスキルを積むなら絶対に日本より欧州のほうがいい。将来、欧州チームを率いる初の日本人監督というのも夢ではないかもしれない。

波乱に富んだ中村選手のサッカー人生だが、チームの監督には恵まれているとおもうし、彼は、これまで所属したどのチームの選手やスタッフ、サポーターとも良好な関係を作ってきている。これは、中村選手の大きな強みだと思う。

いつか、自分が率いるチームで、選手のために気持ちのいい啖呵が切れる監督になっている中村俊輔を想像してみよう。

今、現実味はないけど、ワクワクしませんか?

そこが、ファンタジスタってことなのかな。
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by windowhead | 2007-04-28 03:32 | 紙のフットボール | Comments(2)

俊ちゃん、自分で優勝決めた!…おめでとう!

やっぱり、中村俊輔は「ミラクル」を起こす選手。

セルティックのリーグ優勝を、ワンアシスト、ワンゴールで決めてしまった。

同点で迎えたロスタイム、自分でファールもらって、自分でFK蹴って、ゴール!!

俊ちゃん、ユニ脱いで、振り回しながらサポーター席に走りこんだ!
サポータからも、仲間からもぐちゃぐちゃの祝福。
俊ちゃん、泣いてないか?
私は、泣きそうだよ。

やっぱり、ヤロシクが出てくると俊ちゃんとの相性は抜群。


さあ、残り試合は3つかな?あと1点取れば、リーグのみでも2桁得点。
もちろんアシストはすでに2桁でリーグトップ。

間違いなく、MVPは俊ちゃんのものだね。朝が楽しみ。


朝のグッドニュースまで一眠り。

おめでとう!! おやすみ
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by windowhead | 2007-04-23 01:53 | 紙のフットボール | Comments(2)

「中村俊輔・リスタート」を再読しながら

本や雑誌の整理をしていたら、「「中村俊輔・リスタート」や「キャプテン・宮本常靖がみた五輪代表」、「NANAMI」など、なつかしいサッカー関連本がでてきた。

久しぶりに3冊に目を通す。
どれも本当に切なくなるほど透明でナイーブな心の持ち主たちの物語だ。
若くてスター選手という立場に立たされてしまった彼らが、偶像としての表の顔を保ちながらも、自分ではどうしようもないものにぶつかって悩み、決断し、決断したことに揺れ、それを整理していく姿は、痛々しいほどだ。

代表とチームの行ったり来たりで、チームでの位置も微妙になっていったり、背負うものが大きくなりすぎたりして悩みながらも、ため息も愚痴も言えない。あの名波選手がストレスで急性胃炎で入院するくらいだ。(ななみ、ごめん、君をオレ様あつかいして)
心を許した著者に本心を吐露するが、すぐさまカラ元気で前向きを装う彼ら。20歳代前半、今の大学生くらいの年齢で、プロチームの看板を背負う選手。一般企業なら新入社員の年齢で、トップセールスマンの仕事を任され、結果を求められるわけだから、かなり過酷なことだ。
さらに、代表という、ほかの競争にもさらされる。
選ばれるか選ばれないかという競争、選ばれるとポジション争いやレギュラー争いがある。ポジション争いも、監督の考え方によっては本来のポジションでスタートラインにすら立てないこともある。
Jリーグでの評価で代表に選ばれたのに、Jリーグで評価されたポジションに付けないで、ほかのポジションで試される。
オシム監督がいうポリバレントという言葉は、すでにトルシエのときに出てきている。中田という不動のスターがいたばっかりに、このとき、そのポリバレントを要求されたのが中村俊輔だった。
今の選手たちのように器用に代表監督の要求に自分を合わせていくことができず、悩み続けながらも、自分を納得させて代表監督が要求するポジションをこなし、Jにもどれは本来のポジションをこなしていくが、最終的には、代表のポジションには、そのポジションのスペシャリストによって奪われていく。

これらの本を読みながら、オシムジャパンに常に感じていたデジャビュの正体を見たような気がした。

解決したらしいが、闘莉王選手のことで浦和の代表とオシム監督の間でなにか行き違いがあったようだし、ガンバの西野監督もU-22選手の招集日程の悪さで反町監督に大きな不満をぶちまけていたようだ。
クラブが危惧しているのは選手の扱われ方だとおもう。
選手たちは、クラブが雇っていて、代表に貸し出している。
代表に選ばれることは、ある意味クラブの名誉でもあるので、好意的に貸し出すのだろうが、クラブの命運がかかるような時期や、選手の扱われ方によっては、クラブとしては代表に選手を出したくないのは当然のことだろう。
浦和の代表にしても西野監督にしても、選手をもっと大切にしてほしいとの一心から苦言をていしたくなったのだろう。ガンバにしてみれば、直近に遠藤選手のことがある。

代表に選ばれることは選手にとって名誉なことだろうし、ステップアップのチャンスでもあるだろう。そこで、競争して負けたり自分のふがいなさを感じて落ち込むこともあるだろう。
しかし、選手の心がささくれ立ってしまうような、エネルギーがしぼんでしまうような仕打ちだけはしてほしくないと、「中村俊輔・リスタート」を再読しながら、強く感じた。

言葉は行動以上に人を傷つけることもある。
小さな説明不足や行き違いが、後に大きなわだかまりになることもある。
選手にいつの間にか疲労が蓄積し、病気や怪我の引き金になる可能性もある。特に若い選手は自分の体力を過信しがち。U-22にも、A代表にも選ばれればどれも参加したいだろう。でも、リーグ終了まで、身体は持つだろうか。翌年も、その翌年も高いパフォーマンスが続くだろうか。

協会や代表監督は、権威を振りかざすことなく、クラブの状況も考慮してフレキシブルな対応をしてもいいのではないだろうか。
つい、1,2年前までクラブの監督をしていた反町氏が、クラブの状況を考慮できないのであれば、反町氏は思い上がりにしか見えない。
オシム監督は、代表にかける闘莉王選手の切ないまでの想いを一瞬でも考慮してくれただろうか。オシム監督が、思うことと違った言葉を吐くことは周知の事実かもしれないが、一方的になじられた闘莉王選手の心は、傷つかなかっただろうか。

「リスタート」を読んでいると、この本の中の中村選手のような思いをどの選手にも味わってほしくないと思う。

リスタートした中村選手は、その後も決して順風満帆ではなかったものの、外国、それもフットボールの発祥の国で、日本選手としては初のMVP候補に挙がるまでになった。

若いころの苦労が今の彼を作ったと、確かに思う。
聞かれれば、中村選手もそう言うかもしれない。
しかし、きっと今の若い選手に、トルシエ時代の自分と同じような経験はさせたくないと思っているはずだ。
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by windowhead | 2007-04-22 18:00 | 紙のフットボール | Comments(0)

平和な町で、市長が撃たれた。

夕食時間にあわただしい救急車のサイレンが聞こえた。
また交通事故かと思っていたら、TVに臨時ニュースのテロップが流れた。
「長崎駅前付近で、市長が銃撃され重体」
夕食時の救急車は、その市長を長崎大学附属病院に運ぶ救急車だったようだ。
9時前、病院での市長の症状が心肺停止状態だと放送されている。

こちらは今、市長・市議会議員選挙中で、伊藤市長は4期目の立候補で選挙戦中であり、銃撃された場所は選挙事務所前。
ついその2時間ほど前、その場所を通ったときも、黄色いはっぴを着た運動員のおばさんたちが黄色のハンカチを振りながら、「お願いします!」と声を上げていた。歩道の幅は3メートルくらいしかないが人通りの多い場所。
そんな日常の場所で、意味の分からないテロ事件。
犯人はその場で取り押さえられたようだが、犯人の住所が、また私の以前住んでいた町内だ。
その町内はとても穏やかな町だったのに、一昨年の秋、それまで倒産して空き家になっていた料亭の建物を暴力団が買い取って組事務所にしてしまったことから、町中がなんとなく不穏な感じになってきていた。大きな事件は起こってなかったが、チンピラ連中が道路を我が物顔で運転し、タクシーや一般の車は避けて通るようになっていたようだ。その後、わが家は、今の住所に引っ越したため、その町とは疎遠になっていたが、今回のことで、何人もの知り合いから、「大丈夫?」などという見当違いだけどありがたい電話やメールをもらっている。

市民としては、正直、何がなんだかわからない事件だ。
市長と暴力団や利害対立関係の組織との間にトラブルがあるとは聞いていない。
選挙の対立候補も、市民派の女性候補者2名と共産党候補者であるため、現市長の圧勝はすでに見えていたようなもの。暴力団と利害を同一にする候補者ではない。
いったいこの事件の背景はなんなのか検討がつかない。

市長の容態は心肺停止状態だという。

市長の蘇生を祈るばかりだ。



………追記………
今朝起き抜けのニュースで、市長は亡くなったという。
至近距離からの射殺で、大動脈や心臓が裂傷だったらしい。一度も意識を取り戻すことなく亡くなられたそうだ。どんなにくやしかったことだろう。

市長の市政に全面的に賛同するわけでなく、親近感をいだいたこともないが、一人の命がこんなカタチで消されてしまうことに、怒りと無力感を感じている。
犯人は59歳の暴力団幹部らしい。今のところ私憤、それもかなり思い込みに近い勝手な言いがかりのようだ。
暴力団とはいえ、組織のトップクラス、いい年の大人がこんな愚行に走るほどこの街は病んでいるのか。
なかなか活況が見出せない地方都市の閉塞感は、どんどん人の心から前向きの活力をそぎとっていくのだろうか。なにも起こらない平和そうな日常というのは、そう思いこみたい人々の心が作った幻想?大人の心が切羽詰って病んでいっている側面を見てしまったようで、空しい。

長崎は未明から雨が降っている。
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by windowhead | 2007-04-17 23:06 | 日日抄 | Comments(2)

手帳にメモした「生存指導書」の巻頭言

「日経PC21」に掲載されている幸田真音氏のコラムに「生存指導書」のことが書かれていた。
船などに積んである救命艇や拡張式救命筏の装備品のなかにオレンジ色の表紙の「生存指導書」がある。海上で遭難した時のサバイバル法が事細かにかかれているが、その本の「巻頭言」が紹介されていた。

「生き抜くために、望みを捨てるな
救助は必ずやってくる。
遭難、漂流と人生最悪の極限ではあるが、
強い精神力で3日は生き延びよう。
後は10日も生きられる。
海は不毛の砂漠ではない。
食料の魚、プランクトンもある。
又、魚肉の50~80%は真水である。
船が沈んでも世界はある。
何も恐れることは無い。
過去の遭難の犠牲者は海の為に死んだのではない。
恐怖のために死んだのである。
飢えや渇きによって死ぬには長時間かかる。
最後の1秒まで生き延びる努力をしよう。
死を急ぐ理由は何にも無い。
家族が待っている。」



私たちの日常でも、「生存指導書」の精神は大いに役立つ。すぐに手帳にメモした。


もう10年以上前だがオフロードバイクに乗って山を走っていた時期がある。そのころはオフロードの先輩たちからいろいろとサバイバルの方法を教えてもらっていた。
彼らはサバイバル用グッズにも興味があって、廃船になる漁船の拡張式救命筏が廃棄されているという情報が入るとすぐさまその場所までいったほど。そのとき、救命筏の装備品を実際に見て、触れた。
すでに筏はこじ開けられていて、装備されていたはずのものもずいぶんなくなっていたが、それでもオレンジ色の角柱型プラケースに入った食料や発炎筒や救急医療具などが残っていたのでさっそく拾い集めて、自分のバイク用緊急時装備に入れ込んだりした。そのとき、2冊ほど説明書のようなものも拾ったが、その1つが「生存指導書」だったのかもしれない。(これは一緒に行ったM君が発炎筒と一緒に持ち帰った。…もう時効だよね)
救命筏には、小さな室内灯がついているらしいが、「生存指導書」が読める明るさになっているらしい。この「生存指導書」の役割の大きさを実感する話だ。


日常持ち歩くバッグの中に、非常事態に使えるものがどれだけはいっているかチェックしてみた。
ミニマグランプ(バッグが小さいときは入れない。そのときは携帯電話で代用する)、ミニサイズのビクトリノックス(十得ナイフ)、飴玉、キーホルダーに付いた磁石、ボート用ホイッスル、筆記用具、ハンカチ、そんなものかなあ。


ちなみに、拡張式非常用筏には、次のものが装備されているそうだ。

【参考資料】膨張式救命いかだの艤装品と用途
品名   (用途 )
浮き輪   (水中漂流者収容用 )
安全ナイフ   (本船離脱の際のもやい綱切断用 )
あかくみ   (いかだの内部に浸水した海水等の排水用 )
スポンジ   (床面の水分を取るために使用)
シーアンカー  ( いかだの安定を良くし、風によりいかだが流れえるのを防ぐ)
櫂   (本船離脱のため )
修理用具   (パッチ、ゴムのりなど気室の応急修理用 )
ふいご   (気室の空気補充用 )
救難食料   (1万キロジュール/人)
飲料水    (1.5リットル/人 )
コップ   (飲料水の等量配分のため)
応急医療具   (負傷者の応急手当用 )
船酔い薬   (出来るだけ全員が服用する)
船酔い袋   (嘔吐物収容用、いかだ内衛生環境保持のため)
保温具   (人体の体温低下を防ぐ為のもの)
缶切
笛   (聴覚信号、合図用 )
釣り道具   (漂流中の魚釣りのため)
行動指導書   (いかだに乗り込み後、直ちに取るべき行動を示したもの)
生存指導書   (必ず読むこと、生存する方法を示す指導書 )
救命信号説明表   (救命信号の送受信の解説 )
落下傘付き信号   (夜間の長距離用(有効距離12海里)
信号紅炎   (夜間の近距離用(有効距離1~5海里) )
発煙筒信号   (昼間最も有効な信号(有効距離5海里))
水密電気灯   (モールス信号発信可能 )
日光信号鏡   (日中に有効な信号)
レーダー反射器   (救助船のレーダーにキャッチされる )
取扱い説明書   (艤装品の使用方法)
安全弁閉止プラグ


これが、海上遭難時、力をあわせて生き残るための究極の品物なんだなあ。
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by windowhead | 2007-04-17 02:57 | 私的危機管理 | Comments(0)

家長くん、遅刻したらあやまろうよ、ねっ!

最近、野球ファンがうらやましい。
毎日普通に地上波で放映されているし、松坂だの松井だのイチローだのと、スター選手の海外でのプレーを普通に地上波で見ることができる。
ファンは、無邪気にスター選手の活躍を喜び、スター選手のメディア露出はあたりまえのことだと受け入れている。
国内にも新しいスター予備軍が出てきた。「マー君」はまだまだ未知数だが、チーム、マスコミ、ファンが一緒になって、名実伴ったスターに仕立てようとし、マー君も素直にそうなろうと努力している。TV観戦する人とスタジアムで観戦する人の間に差別はなく、日常の共通の話題になっている。日本人の日常にはやっぱり野球があるんだなあとうらやましい。

ヨーロッパのサッカーは、きっとそんなものなんだろう。

日本のサッカーでは、代表監督さんのスター選手嫌い、マスコミいじめもあって、全国的な人気と盛り上がりでは野球に大きく水をあけられちゃった感がある。

プロスポーツにはスター選手は必須だ。
スターというのは、得てして万能ではなく、雰囲気だったり、一芸に秀でたりする不思議なものを持ち合わせている存在だ。すばらしい曲を作るのに歌が下手なボブ・ディラン、歌も演技も並程度、背も高くないがルックスと雰囲気で永遠のスター木村拓哉、あら、それはスポーツ選手じゃないか、勝ち負けよりプレーを見たいロナウジーニョ、ハゲでもセクシーだぞ、ジダン…。
スターというのは未完成の魅力。不安定な魅力。

そして、マスコミが売れる選手のことを書くのはあたりまえ。
最近、オシムの言葉もあってか、盲目的にマスコミを批判する人がいたりするが、彼らが書いてくれなくなったら、今でもスポーツ新聞のトップ記事になれないサッカーの情報はさらに少なくなっていくのだ。マスコミに対して、何を書け、何を書くなと圧力をかけることは越権行為だし、オシム監督が本気で俊輔ばかりでなく、他の若手選手ことも書いて欲しいと願うのなら、会見で記者を小ばかにするのではなく、きちんとお願いすべきこと。ましてや、マスコミが気付かない、書きたいと思わない選手たちのことも書けというのなら、ニュースリリースの1枚くらい作って渡すのが社会の常識。それを、書かないお前たちが能力が低いと言わんばかりのまくし立てでは、マスコミも鼻白らんだだろう。


ただ、マスコミにも、お願いしたいことがある。
願わくば、常識的な視点で選手を見て欲しいということだ。

ここからが、タイトルの家長くんの話になるんだけど、今朝のYAHOOニュースに、家長くんの遅刻の記事が複数社で書かれていた。
そのタイトルを見て、ちょっとびっくり。

1.さすが大物?家長遅刻にも平然
2.家長、ドタバタ合流…渋滞巻き込まれホテル間違う

1と2じゃあ、家長君の人間性はずいぶん違ったものになる。
1の記者さんは、遅刻は些細なことで、それくらいでオロオロしないのは大物と誉めているのだろうが、一般常識から見ると、家長くんは非常識な男になる。40分も遅刻してオロオロしない若者なんて、普通の社会では通用しない愚か者。
2.では、家長くん、ちょっと危機管理能力が劣っていますね、さらに案外あわてんぼう。反省して今度から遅刻しないでね、という視点で読むことができる。

1を書いた記者さんも家長くんを誉めたつもりだったのだろうが、記者さんの常識が一般の常識とかけはなれていたため、結果、家長くんは、ふてぶてしい愚か者になってしまうのだ。

ただ、とても気になったのは、どちらの記事にも、40分も遅刻した家長くんが「自分の不注意でみんなを待たせて申し訳なかった」と謝罪したと書かれていなかったところ。
「失態を犯したら、言い訳よりもまず謝罪から」というのが、社会での礼儀。
家長くんは、もちろんあやまったが、記事にならなかったのかもしれない。
そんなときには、記者さんときちんと話し合って、自分の大事にしている部分を理解したもらい、今後の信頼関係を築いていったもらいたい。

マスコミ批判は大事だが、その後に、きちんとお互いに直しあって相互理解の道を求めないと、おかしなことになってくる。

家長くんが、俊輔や小野くんたちに続くスターに成長してくれるためにも、マスコミとは緊張感のある信頼関係を築いて欲しいし、ファンは、どちらにも公平な視点であたりたいと思う。
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by windowhead | 2007-04-13 13:49 | 紙のフットボール | Comments(3)

トーマス・グラバーはアバディーン出身だったんだ。

日差しに誘われて坂本町外人墓地周辺を散歩した。
ここは、長崎市内にある3つの外人墓地(行政は国際墓地と呼ばせたがっているが、私は昔から耳にしている外人墓地という呼称が好きだ)の中では一番新しいもの。
ここに、幕末・維新の日本の近代化に多大な影響をあたえたトーマス・グラバーも眠っている。

グラバーの墓石を読んでいて、いまさらながら彼の出身地を知った。
子どものころの郷土の歴史では「イギリス人」と習った。最近は、スコットランド人という表記が普通にされているので、彼がスコットランド出身だとは知っていたが、出身地には思いも行かなかった。
墓標の中に細く刻まれている文字「NATIVE ABERDEEN SCOTLAND」
トーマス・ブレイク・グラバーはアバディーン出身だったのかー。

b0009103_1519374.jpgアバディーンというところは、スコットランドの北東部の港湾都市。エジンバラ、グラスゴーについでスコットランドでは3番目に大きな都市らしい。
アバディーンが私にとって、なにか特別の町なのかと聞かれると、そんなことはない。
3年前だったら、この墓標を読んでも気にも留めなかっただろう。

中村俊輔がスコティッシュプレミアリーグ「セルティック」に移籍してから、定期的にスコットランドのサッカーを見るようになった。
グラスゴーには「セルティック」と「レンジャース」があり、この2チームの試合は「オールドファームダービー」と言われダービーマッチの源流として世界的にも有名だということ。エジンバラには「ハーツ」や「ハイバーニアン」があり、ハイランダー地域の唯一のチームが「アバディーンFC]だということも狭い知識の一部になっている。

10数チームあるスコティッシュプレミアリーグの中で、アバディーンを知っているのには訳がある。
「アバディーンFC]は、あのマンチェスターUのサー・アレックス・ファーガソン監督が指揮をとっていた時代、スコティッシュプレミアリーグの王者だったこと。その時の中心選手として「セルティック」の現監督ゴードンストラカンが在籍していたこと。このすばらしい師弟関係がその後、何か、…ファーガソンの自伝が原因なのかな…で犬猿の仲になったというゴシップなど、興味が尽きない2人の成功者の出発点になったチームでもあるからだ。

もしかしたら、ストラカンは、スコットランド人として尊敬もしていたファーガソンが、よりもよって英国王室からサーの称号をもらったことが、気に入らないのかもしれない、なんて思ったりもした。「スコットランド人としての意地や誇りはないのかよ、先輩!」なんて、ね。

こんなバックグランドを知って見ていたから、チャンピオンズリーグ予選リーグでの「セルティック」対「マンチェ」戦は、とても興味深いものだった。中村俊輔のFKに小躍りして喜ぶストラカンの姿がもう無邪気で可愛くて…。

「アバディーンFC」の創立は1903年らしい。その頃はまだグラバーは日本で事業を営んでいた。


b0009103_15202111.jpgアバディーン出身者の墓碑は、大浦の外人墓地にもある。
大浦の外人墓地の中で、特徴的な碑がある。
オベリスクのように背の高い柱のうえに船長さんのような像が載っている碑が墓地の奥のほうにある。
これは「ミッチェル3兄弟の記念碑」と書かれている。
アバディーン出身の造船技師ジェームズ・ミッチェルが、海難事故でなくなった3人の兄弟を偲んで立てた記念碑らしい。その1人は五島沖で海難にあっている。

墓地の入り口の看板にはこの碑のことを紹介した文章が載っている。
スコットランド人造船技師と書かれている横に「ユニオンジャック」の画像が書かれているのが、とても気になった。教科書的には正しいのだろうが、スコットランド人と書かれた横には、スコットランドの紺に白のバッテンの国旗を書いて欲しいなあと、感じてしまう。

中村俊輔のおかげで、私はいつのまにかスコットランドのサポーターになりつつあるようだ。
もちろん、グラバーにも愛着が湧いてきている。
ちなみにグラバーが日本に来た時の年齢はなんと20~21歳。おい、髭の紳士ではなかったのか!21歳くらいといえば、セルティックの持ちすぎ坊やエイデン・マクギティーくらいの年齢。そうか、無謀なことも可能と思えるねんれいだったのねと、マクギくんにグラバーを重ねてみる。
じつは、私は、マクギティーが好きなんだ。
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by windowhead | 2007-04-07 15:20 | 長崎と幕末維新 | Comments(0)

気になる四葉(?)のペンダントトップ

アクセサリー好きというわけでもないのですが、なぜか十字型のものが気になります。
十字架というより、十字に見えるもの、たとえば四葉とか…。
だから、女だてらに「クロムハーツ」愛好者(最近は、ちょっと離れているけどね)だったり。

b0009103_2301296.jpgで、ここ数ヶ月、ずーっと引きずっている気になるものがあるんです。
初見では、あら?というような出会いでした。
雑誌の表紙の中村俊輔の胸元に下がった小さなペンダントトップ。
小ぶりの正方形の中に四葉のクローバーのような形がはめ込まれています。
いい感じだなあと思いながら見過ごしたんですが、この表紙の画像をみるたびにこのペンダントトップが私を呼んでいるようでどうしても探したくなってしまいました。

探すとなると、なにを当てにすればいいのかわからず、今日まできてしまっています。
中村俊輔が着けているのだからチームに関連があるものかもしれません。
彼の所属チーム「セルティック」のチームシンボルは四葉のクローバー(シャムロックのほうが正しいのかな?)ですから、社章や校章みたいな特別のものかもしれません。となると、私の手にははいらないのであきらめますが、サポーターショップで買えるものかもしれないし。

そうでなくて、中村選手の好きなブランドのものだったりするなら、よほど高価なものでないかぎり、手に入れるのは可能です。ただ、それはどこの商品ですか?と、まさか中村選手に聞くわけにもいかず、ここで、探索はストップしたまま。

実は、手がかりを探すために、表紙の画像をスキャナーで拡大してみました。
すると、正方形の中のクローバーのような形はクロムハーツのCHプラスにも見えるし、おまけに十字の中心に青い石が嵌められているようです。

スポーツ選手が身につけているのですから、女性用ではないはずですが、男性のアクセサリーも探すとなるとかなりたいへん。私たちが知らないマニアックな世界もありそうですし。
そこで、ブロガーのみなさんの情報網に頼ろうかと考えたわけです。
私が運営しているブログ、Webサイトを総動員で「探してます」の記事をアップするつもり。

このペンダントトップがどのようなものか分かる方がいらしたら、教えてください。
同じものをお持ちの方、詳しい情報をお願いします。
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by windowhead | 2007-04-03 02:27 | 日日抄 | Comments(5)

グラムロックの真髄に触れたような『ヘドウィッグ アンド ザ アングリー インチ 』

山本耕史が演じる『ヘドウィッグ』にやっと対面した。
ZeppFUKUOKA、最前列のほぼセンター席、かぶりつきってやつ。グッジョブファンクラブ!

若いドラッグクイーンのライブステージ。
なつかしのグラムロックの世界にひととき酔いしれた。

歌唱力には定評のある山本耕史だが、やっぱりいい!
楽曲の詞は英語のままなのに、曲に込められたメッセージがきっちり伝わってくる。
終盤の、片割れを探す魂の叫びを切々と歌うシーンでは、不覚にも、彼の魂と一瞬シンクロしそうになった。次の瞬間、ヘドウィッグの目から涙が溢れほほを伝って流れたのを見て、平常心に戻りましたけどね。
歌唱力があるとか声がいいとか、楽曲がいいとかそんな問題じゃない。グラムロック華やかなりし時代の空気感やその時代に裏打ちされた魂の悲しさみたいなものまで伝えてくる。その時代のロックを堪能した潜在意識下の私が共鳴したくなって頭をもたげ、客観的にステージを見ている現在の私を支配してしまった一瞬がたしかにあった。

「ヘドウィッグ」には、1980年代という時代が色濃く繁栄されている。東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」がヘドウィッグの運命を変えるのだから。
その壁の崩壊が1989年。
話では、壁の崩壊で自由になったヘドウィッグの母親はお日さまがさんさんと降り注ぐユーゴスラビアに移住したというが、その後のユーゴの歴史を知っている私たちには、彼女の未来が悲惨なものになる予感をもつ。壁を越えたのがよかったのか、崩壊を待ったほうがよかったのか、壁の崩壊から続く東欧・バルカンの混乱は民族紛争や貧富の差という形でいまでも続いている。話は飛ぶが、「ピクシー(妖精)と呼ばれたサッカープレーヤー・ストイコビッチがJリーグに来たのもユーゴ内戦によるものだし、現在サッカー日本の代表監督イビチャ・オシムも当時のユーゴ代表の監督だった人。「ヘドウィッグ」の時代はほんの少し前の時代であり、今ともリアルにつながっているのだと実感する。


山本耕史の「ヘドウィッグ」は、ドラッグクイーンが憧れるマレーネ・デートリッヒのような退廃的な雰囲気がはないが、若さがある。
若さがあるということは、まだ1インチだけでも生まれ変わる希望を感じさせるということ。それは、新しい『ヘドウィッグ アンド ザ アングリー インチ 』が生まれそうな予感が感じられるということ。

ここ数年、山本耕史の舞台を見つづけてきた。
山本耕史という類稀な才能を見るために舞台をみてきたような気がする。そこには、マークだったり、ジェイミーだったり、マリウスだったりを演じる山本耕史がいて、演じる山本耕史の上手さを観てきたような気がする。
しかし、今回は、ドラッグクイーンの「ヘドウィッグ」を観ていた。山本耕史の才能を堪能するのではなく、ヘドウィッグ(と一体化した山本耕史)のパワフルで悲しいステージを観たと実感している。
ステージ中に1回だけ、ヘドウィッグと視線を交わせた瞬間があった。
歌いながら挑発してくるヘドウィッグの視線、乗ってあげるよというサインを送ったけどね。確実にメッセージの交換ができたねと思える瞬間。これだから、ロックライヴはたまらない。
終了後に隣の席の山本君ファンさんから、「しっかり視線もらってましたねえ」と言われたのであの一瞬は確かなコミュニケーションができていたんだと満足感に浸たっている。
それも、山本耕史とではなく、ヘドウィッグとコミュニケーションした。それが大事。
あのステージには山本耕史ではなく、ヘドウィッグがいた!
私は山本耕史という才能に、こんな舞台を熱望していたんだと確信した。


なつかしいグラムロック。あやしい猥雑な世界から発せられるラジカルなメッセージ。
ドラッグクイーンさえ輝く円熟した自由がそこにはあった。
そのきらめきも、エイズの恐怖と、一大国のエゴが世界を牛耳る世の中に変わりゆく中で、徐々に萎んでいった。
今、ロックは回顧に向っているような気がする。


「ヘドウィッグ」は、いつまでも時代の異物として、輝き続けて欲しい。
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by windowhead | 2007-04-01 05:34 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

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