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衣替え安倍内閣と横浜FC高木監督解任

安倍内閣の衣替えが済んだ。
お気に入りばっかり纏っていたけど、お気に入りは思いのほか不良品が多かったので、今回はおしゃれではないが清潔そうなものを選んで身につけたから大丈夫、任せて頂戴って言っているようだ。
でもね、任せられないよね。なぜって、国民は衣を纏っているその本人に代わって欲しいんだから。腐った魚のフライが不人気だったので衣をはずして天麩羅にして食膳に出すようなもの。ネタが食えないんだから姿を変えても無理だってこと。
参議院選挙の前、小沢民主党代表と自分のどちらを国民が支持するかを問う選挙だと啖呵を切った人ですよ。選挙の結果は圧倒的に小沢氏を選んだ形になったわけで、その時点で潔く負けましたって、引くべきでしょうに。政治と人気投票が違うという人もあるでしょうが、言いだしっぺは安倍さん自身。勝手に仕掛けて、負けたら、とたんに参議院選挙は現政権の是非を問うたものではないと言い募るんだから、もうあきれてしまって衣替え内閣人事に興味も沸かなかった。
決まった人たちには悪いけれど、この内閣は短命でしょう。だって、国民支持率20%代の内閣の頭が残ったままなんだから。

こんなとき必ず、「せっかく新しくなったのだから批判ばかりせず見守ろう」という一見建設的な意見をいう輩がでてくる。なんとなく大人な発言に聞こえて、人のいい国民は批判しにくくなるけど、それは違うよね。このようなことを言う人たちは、一見温和な知識人の姿をしているが、必ず権力に擦り寄った立場にいる。
批判すること、怒ること、疑問を口に出すことを大人気ないとするムードがバブル時期から日本にはびこって、まっとうな議論も嫌がる事なかれな日本人になってしまった気がする。
最も辞めなければいけない安倍晋三と言う人がこれほど恥ずかしげもなく首相の座を降りたくない理由はなんだろう?それが国民の幸せのためではないことだけは、はっきり見えているのが悲しい。


そんなことを感じながら深夜のTVニュースを眺めていたら、唐突に飛び込んできたのが横浜FCの高木監督解任のニュース。
J2でもお荷物だった横浜FCを昨シーズンの途中から任され、チーム悲願のJ1昇格を果たした高木監督だが、今シーズンのJ1での結果は降格決定のような最下位。その責任を取ると言うかたちで解任になったようだ。

もともと横浜FCの体制や選手層では、J1で勝つのは難しいと誰もが思っていたはず。そこを少ない予算と選手をやりくりしながらここまでよく戦ってきたと思う。
勝ちたくても思ったような補強もできず、期待の選手たちは怪我ばかり。高木監督はどれほど苦悩していただろうか。誰が見てもDFとFWの補強をしたほうがよさそうなのに、フロントは、生き残りを争う神戸との試合で出場させられない三浦あつを取った。ここらあたりで、部外者の私でもなんとなく横浜FCフロントが高木監督をスケープゴドーにしようとしているなと思っていたが、やはりその筋書きだったのだ。
高木監督も、結果を出せていないのだから、解任はやむおえないところだろうし、覚悟していたと思う。だからと言って今チームを離れたくはないはずだ。それでも安倍首相のように、チームのメンバーを代えてしまえば結果が出せますなんてバカなことは言わない。

高木監督は、能力のない監督だったのか?
違うと思う。新人監督だったが、弱小チームをJ1に昇格させた手腕と、これまで選手が付いてきた人柄はすばらしい。それは横浜FCのサポーターばかりでなく、私のような普通のサッカーファンも知っていたのだと思う。Jリーグオールスターの監督人気投票でも関塚監督には負けたが、上位につけていたのがその証拠だよね。

昨年の監督になりたてのころ、毎日胃が痛むような日々だったと、その苦労をほんの少し吐露した記事があったが、今年は、それ以上の苦悩だっただろう。それでもピッチの上で少ない選手をやりくりしながら采配を振るう姿が気になって、TVで見られる横浜FCのゲームはすべて見てきた。そして、負けの原因が監督の采配ではないことはよくわかっていた。
高木琢也監督は、夢を託すことができる数少ない監督の一人だった。
来期はJ2に落ちても、高木監督なら川崎フロンターレのようにすぐにJ1に上がってこれるだろうと思っていたのだけど…残念だ。

少なくとも高木監督の退陣は、横浜FCのサポーターばかりでなく、多くのサッカーファンから惜しまれる出来事だ。ここは今の日本の首相と大きく違うところだ。
高木琢也監督、本当にお疲れ様でした。
そして、できるだけ早くどこかのチームの監督として復活してくださいね。


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by windowhead | 2007-08-28 03:22 | 紙のフットボール | Comments(0)

日本の10番は、藤田か中村???

昨日の大宮戦で、グランパスの藤田俊哉選手がJリーグで4人目の通算100得点をあげた。
ニュースの映像でしか見られなかったが、なんか不思議な得点。でも、きわどくもあれが入るところが、藤田俊哉選手の抜け目なさとプラスのオーラなんだろう。
待っていたんですよ、このゴールを!おめでとう!!

Jリーグで通算100ゴールを超えたのは、藤田選手の前には中山雅史選手(磐田)、三浦知良選手(横浜FC)、ウェズレイ選手(広島)の3人しかいない。MFでは藤田選手が最初らしい。

この通算100得点というのは、リーグ戦だけを数えているようで、ナビスコや天皇杯を入れると藤田選手はすでに114点、それとユトレヒトでの1点を入れると115得点あげている。
まだあった、日本代表でも3得点あげている。
藤田選手は今年36歳になる(まだかろうじて35歳だけど)たしかJリーグの日本人選手で藤田選手と同年や年上は10人しかいないと、以前「やべっちFC」で話していた。、まだまだ、名古屋の10番を奪い取れる人はでていないみたいだし、現役続けるだろうな。
後輩選手の面倒見もよさそうだし、オフにはちょっとゆるい雰囲気をかもし出している隣のお兄さん風だけど、ゲームに入ったときの闘争心がすごい。そしてうまい。
高いレベルで日本の10番を争うとしたら、中村俊輔と藤田俊哉じゃないかなあ。
それ以外は、まだまだ日本の10番を争うスタートラインにもつけないだろう。なにしろ実績がな(さすぎる。

ちなみに中村俊輔のリーグ得点は、Jリーグで33点、イタリアで11点、スコットランドで17点のトータル61点が現在の成績。
これに、ナビスコ3点と、チャンピオンズリーグなど海外でのカップ戦が3点の計6点がある。代表での得点は中村選手ががぜん高く18点。これは確か日本代表歴代得点順位8位くらいになると思う。
一番得点力のあるMFであっても海外リーグで活躍する中村選手は、どう頑張ってもJリーグ100得点は難しい。
なら、藤田選手につづく5番目の100得点に一番近い人はだれだろう?
昨シーズンまでのJ1でのリーグ通算得点を見ると、鹿島の柳沢選手の75点、ガンバのマグノアウベス選手55点、ガンバ遠藤選手51点、鹿島の小笠原選手46点、広島・佐藤寿人選手47点、(残念ながら浦和のワシントン選手の得点がわからなかったので、だれか教えて!)などなど。
柳沢選手がけがをしないで、高いモチベーションを持ち続けても100点までにあと25点だよねえ。
35歳のMFでリーグ通算100得点ということが、いかにすごいことか、改めて実感させられる。

よく中田英寿選手がすごいといわれるが、中田選手のJでの得点は16点、イタリアで23点、英国で1点の合計40点。引退した29歳の時点で、MFだけでも藤田、中村、遠藤、小笠原たちのほうが得点力は超えている。
そうそう、カメルーン戦のミドルシュート1発で、マリノスファンたちに「俊輔いらねえ!日本の10番はマリノスの10番だ!」などと言わせている山瀬君26歳は、昨シーズンまでで25得点だ。これが多いのか少ないのか、将来性がどれくらいあるのかは、私には判断できないけどね。

こうしてみると、つぎの「Jリーグ100得点」が現れるのは、かなり後になりそう。
そして、藤田俊哉のMFでの100得点というのは、よっぽどの選手が現れない限り記録更新されることはなさそうだなあ。水野君や柏木君がおいつけるかなあ?
同時に、中村俊輔が持っている日本代表での18得点、歴代得点順位8位を、MFの選手で追い抜く人がいつ出てくるか、興味深い。なにしろ中村俊輔は、いまでもその順位を更新しつづけているのだから。

藤田選手も中村選手も、まだまだ戦うモチベーションが高いし、より高いところを目指して努力し続けている。藤田俊哉はまだまだ得点のにおいがするし、中村俊輔はもう一回り大きく化けそうな予感がある。
となると、まだまだ「現役で日本を代表する10番」は、35歳の藤田俊哉か29歳の中村俊輔と言って間違ってはいないでしょう。
それって、実は、問題なのかもしれないけど、世代交代は下克上でやってほしいから、若手と言われる人も将来性とは実績を積み重ねることだと思って1歩づつ追いかけて追い抜いて欲しいと思ってしまう。
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by windowhead | 2007-08-26 16:32 | 紙のフットボール | Comments(6)

DVD「ポリス インサイドアウト」とスチュアートのサイン

ポリス インサイド・アウト (JAPAN EDITION) | 商品情報(商品)

b0009103_17274285.jpg一番好きなバンドは?と聞かれたら、瞬時に「ポリス」と答えるだろう。
ビートルズもストーンズも、キンクスも、ロキシーミュージックも、ジャムも、U2も目いっぱい好きだったけれど、たった1つとなるとやはり「ポリス」になる。
彼らが解散してすでに20年くらいになるのか…。

「ポリス」のドキュメントフィルムが映画化されるという情報を得たのは今年はじめ。春先、福岡の小さな映画館で見ることができた。小さな映画館のちいさなスクリーンの中で、過去の「ポリス」に会い、興奮したが、1回見るだけではあまりに取りこぼすことが多く残念に思っていたので、DVDの発売は待ちに待ったものだった。

ロック史上最高のトライアングル「POLICE」。
ボーカルとベースのスティング、魅惑的なギターテクニックのアンディー・サマーズ、そしてソリッドなリズムをたたき出すドラムのスチュアート・コープランド。この映画は、ドラムのスチュアートが個人用8ミリをステージの後ろにすえて取り続けた5年間の記録を再編集したものだ。
「ポリス インサイドアウト」は、よくあるバンドの誕生から解散までのドキュメントとは違い、目的ある集団が必然的な解散に向かって旅するのロードムービーのような感じがする。’78年「富と名声が約束された地、アメリカ突撃だ!」と目標をぶち上げた3人が、全米チャートを制覇した時、彼らの目標は成し遂げられたことになる。目標達成の次にくるのは、新しい目標か解散だ。彼らは解散を選んだ。それだけのこと。最後のほうでアメリカの映像とともに、スチュアートのナレーションで「これが俺たちが目指したところだったのか」というシーンがある。目的地に着いたことで旅は終わる。このあっけなさが当時のポリス解散の思い出にダブる。


個人的にも「ポリス」との出会いは衝撃的だった。
ジャズやAORといわれるイージーリスニングな音楽ばかりを聴いて大人のおしゃれな生活を気取っていたある日の午後、TVからレゲエのりだが恐ろしく切れのいい不思議なリズムと、甲高いけれどハスキーな雄たけびが聞こえてきた。呪文のように聞こえる「メッセージナボトル」と言う繰り返し。TV画面の中では、金髪の育ちの悪そうな3人の男が歌っていた。チャンネルはNHKだったと記憶している。いま考えるとグラミー賞を取ったときだったのではないだろうか。
次の日から「ポリス」探し。幸いなことに友人が輸入レコード屋さんをしていたので、すぐに「白いレガッタ」の輸入版が手に入った。
そこからアメリカ的な音楽に流れていた私の中のブリティッシュロック魂が再燃しはじめた。

解散後もずっと「スティング」を追い続けているが、やはりスティングは「ポリス」ではない。今回の「ポリス インサイトアウト」を見ると、それがなぜか良くわかる。
アンディーのギターとスチュアートのドラムがないとポリスにはなりえない。
スチュアートのドラムは独特だった。最初聞いたとき、あのパシパシッという感じのドラムはスネアでたたいていると思っていた。あれがバスドラムとは絶対に思えなかった。スチュアートの高度なドラムテクニックは映像でも映し出されている。ものすごいテクニックを持っていながら、ジャズドラマーのようにテクニックを見せ付けるような派手な演奏をしないところがスチュアートとポリスのクールさだ。

解散後、フランシス・コッポラの映画のスタッフの中にスチュアートの名前を見つけたときは歓喜した。「ランブルフィッシュ」という暗く切ないがどこかスタイリッシュな映画だった。、音楽をスチュアートコープランドが担当している。

b0009103_17281978.jpg実は、 我が家には今回の「ポリス インサイドアウト」のポスターがある。
なんの変哲もないポスターだけど、よく見ると白抜きタイトル文字の右上にスチュアート・コープランドの直筆サインが書かれているお宝。あることのご褒美でいただいたものだ。
有名人のサインやノベルティグッズにはあまり興味がないほうだが、昔からスチュアートのテクニックと癒し顔に心惹かれていた一人としては、やはりうれしい。いっそ再結成の日本公演のチケットを確保して、スティングとアンディのサインもいただこうかと野心が沸くが、プラチナチケットになること間違いなし。まず難しいだろうね。

若いころの「ポリス」を見ていたら、当時の映画が見たくなった。
久しぶりに「ランブルフィッシュ」をレンタルしてこようかな。
ついでに、スティングが出演「さらば青春の光」も一緒に。モッズのリーダーだが実はしがないベルボーイという役が当時のスティングにはぴったりだった。

そうだ、ブリティッシュロックつながり、パンクつながりで言うと、伝説のパンクロックバンド「クラッシュ」を追ったドキュメンタリーー映画「LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」がそろそろ日本でも上映されるんじゃないかな。ジョニー・デップ、ボノ、マーティン・スコセッシ、アンソニー・キーディス、ジム・ジャームッシュなどそうそうたる面子のコメントもみられるらしい。彼らに多くの影響をあたえ、さらにはミッキーマウスにも影響をあたえた「クラッシュ」。長崎でもセントラル劇場あたりが掛けてくれるといいんだけど…。でも今のロック少年たちはパンクロックといえば「セックスピストルズ」というのがファッションみたい。本物のパンクロックを知っている人は「クラッシュ」と答えるはずだぞ。知っておけ、少年たちよ。
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by windowhead | 2007-08-21 17:28 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

精霊流しは一夜の狂乱

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さだまさしの名曲「精霊流し」が長崎のお盆の行事を歌ったものだということは長崎県外の多くの人にも知られている。
映画やテレビドラマの「精霊流し」でも、行事のシーンがあったので、ほぼどんな様子なのか知っている人も多いようだ。
それでも、歌やドラマのイメージでこの行事を見に来た人は、イメージの違いに度肝を抜かれるらしい。
長崎のこの行事は、歌や映像で流れるような情緒的なものではない。かといって勇壮とか、荘厳とかいうものでもない。一言で言えば、狂乱か…。
鳴り響く爆竹の音やもうもうとした花火の煙に、「市街戦さながらだね」とあきれた観光客も多い。それほど、ひっきりなしに爆竹のはじける音、いや爆発する音と言ったほうが良いかもしれない音と煙があちこちから聞こえる。うっかりしていると、足元に爆竹が飛んでくる。爆竹は手に持ってはじけさせるのはあたりまえ。さらには、爆竹のケースごと火を付けるわ、ケースごとダンボールにいれて、まとめて火を付けるわと、狂気の沙汰も飛び出してくる。昔はこれにヤビヤというロケット花火も許されていたので、観客に向けて発射させるばか者も出ていた。事故があってからヤビヤの使用は禁止された。ヤビヤの禁止によって、爆竹の使い方はいっそう派手になってきたように思う。

なにしろ、長崎はお盆の3日間で、数億円分の花火を消費してしまう。これは花火大会などの大型花火ではない。爆竹や手持ちの一般用花火だ。花火屋はこの3日間で1年分の商売をするようなものだ。
市民が消費する花火の量が一番多いのはきっと長崎だろう。
今年も、精霊流しで消費された爆竹のカスで、幹線道路の路面が見えない状態になるのだろう。道路がうまるほどの花火のカスという風景も他県の人にはおどろきのはず。
とにかく、あきれた行事なのだ。
しかし、なぜか、私は、秋のおくんちというお祭りより、この精霊流しのほうが好きだ。
刹那的な狂乱と、その後の寂寥感がなかなかいい。
行事が終わった夜半から深夜にかけて、道路の清掃が行われる。
この夢から覚めたような現実的な風景を見るのも、なんかいい。
精霊流しの後の道路を歩くとなぜか「黒いオルフェ」のテーマ曲が思い出される。

この日が終わると、長崎は急に日暮れが早くなる。
夏ももうじき終わるんだと感じる。
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by windowhead | 2007-08-16 00:43 | 日日抄 | Comments(1)

「どんだけ~」って、こんなときに使うのよねえ、ミチくんよ。

今朝のワイドショーをにぎわしていたダルビッシュくん、20歳?21歳?
ヒーローインタで、結婚宣言、近い将来のパパ宣言。
最近の悪ガキって、しっかりしてるねえ。
あっぱれ!
それにくらべると、お笑いタレントのほうが腰が引けてしまっていて、つまらない。(タカアンドトシというののライオン服のほう)お笑いタレントって、守りに入ったらお終いでしょ。
なんて、ことを言いながら朝ご飯していたわけですよ。

で、おもむろにパソコンの前に座って、いつも巡回するブログをのぞいて、もう、びっくり!②
以前、サッカー選手の興味深いブログネタを書いたけど、その際、代表ではなかったので、隠しておいたキュートなブログがあって、毎日楽しんでいたわけ。

そこに、今日「今度こそ、僕の彼女を紹介します。」って、タイトルが。
文章を読みながら、これ、どうとっていいのかな????
だって、19歳のワルガキだよ。
23歳の女性と入籍しました!って……で、最後まで読んでも、オチなし。
このブログは、浪花の金狼・ワルガキジャパンの左サイドバック安田理大くんのブログ。
なにしろ、今の子らしい頭の回転のいい子。
テンポのいいブログは、もはや才能って言っていいほどの面白さ。
2日ほど前のブログでは、ガンバユースの弟がチームに上がってきそうな来年は、亀田兄弟から安田兄弟の時代がくるよ!なんてこと言っていた。弟にポールスミスの時計プレゼントした。なんてこと書いていた子が、2日後には、入籍したんで~す。
これ、ダルビッシュ以上のヒットですよ。
さらにさらに、ダル君は、あと9ヶ月後にパパになるらしいけど、
ミチは、9月末にパパになるって!19歳のパパだよ!

私、安田くんのブログで「どんだけえ~」って、言葉を教えてもらったけど、どうも、この言葉、今の安田クンに返してよさそうだぞ。
しっかし、安田ミチくん、大丈夫だろうね。
なんだか、また、魅力増したね。もう、なにやっても驚かないぞ!
とにかくおめでとう! で、 今まで見たいにワルガキイメージ続けてね。
ひそかに、安田ファンだった我が家では、夕方、大騒動が起こりそうだけど…。
ガンバの安田理大選手、さらにさらに応援したくなったなあ。

b0009103_167315.jpgところで、我らの中村俊輔くんは20歳ごろどんな選手だったのだろうと振り返ってみた。
資料棚のなかに、2000年5・10のサッカーマガジンがあった。サブタイトル「新世紀のレフティ 中村俊輔のすべて」。中村俊輔、22歳のころの雑誌。
この中のインタビューでは、サッカーのことで一年中悩んでいるからほかの事は頭にはいらない。。「うまい」って言われればそれ以外はどうでもいい。なんて言っている。
担当記者の荒川敬則氏の練習場でのレポートには、引越しの契約書をよく読まずにハンコを押し、残りは適当に押しといてと、スタッフに任せてしまう姿。契約書やハンコは自分がきちんとしないとまずいよと言われると「だって、読んでもよくわかんないよ。じゃあ、読んで」と、記者さんに書類を押し付けた。「まじいよね、もう20歳越えてるのに引越しもできないよ。これでもオレって社会人?」と言っている。
「ーーことサッカー以外のことに関する限り俊輔はボーッとしている。」と書かれている。
インタビューは、恥ずかしいと逃げ回る。
可愛いとじゃれあうのは女の子じゃなくて、愛犬「シュークル」とだけ。
マリノススタッフや選手の俊輔像は「人見知り」「サッカーオタク」「電話嫌い」「シャイ」「犬好き」「ゲームオタク」「まじめ」という言葉ばかり。
マリノスファンの人たちから、「坊ちゃん」と呼ばれていた頃の俊輔くんは、こんなだったんだなあ。
それが、決して順風満帆ではないサッカー人生を経て7年後には、日本代表の要となり、外国のリーグで最も優れた選手に選ばれるようになった。
となると、19歳でこれだけしっかりと腹をくくった人生を歩める安田ミチくんは、どうなるんだろう。
見た目よりずっと聡明で思慮深そうな安田ミチくんは、きっと2010年日本代表の主力になっているだろう。そのときは、3歳児のパパだもんなあ。

ダルビッシュやミチのように、男としてのけじめができる若者の姿は、やはり気持ちがいい。
逃げない男は魅力的だ。

ガンバの13番安田理大は、ほんとにもう、目がはなせない!!!

U22代表MF安田5月に結婚、来月パパに(ニッカンスポーツ
安田理大ブログ
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by windowhead | 2007-08-10 15:38 | 紙のフットボール | Comments(2)

ヒデはなにがしたいんだろう…。

為末「銀以上」獲るぞ!ヒデがペルー旅行をプレゼント  サンケイスポーツ

モンゴル政府(?)主催のチャリティーサッカーで朝青龍と一緒に楽しそうにサッカーしていたヒデが、今度は、陸上の為末くんにマチュピチュ行きの旅行をプレゼントすると言う。為末くんが世界陸上で2位以上になったら、ヒデが全費用を出してマチュピチュまで一緒に旅行するそうだ。
これって、もう芸能ネタ?だよね。一緒に映った写真などもでていることからして、彼らが所属する事務所から流されたネタだろうけど、これを発表することが、ヒデにも為末にもプラスになるのだろうか?

ヒデはなにがしたいんだろう?

サッカーをとおして世界に貢献したいというふうなことを言っていたが、今のヒデのやり方は本当に世界に貢献していることになるんだろうか?

彼が登場するチャリティーは、一見彼の旅の途中にふらりと立ち寄ってやったという風に伝えられているが、タイのスラムでのストリートチルドレン風の子供たちとのサッカー風景はまちがいなくヒデのサイドが仕掛けたものだと、映像をみればすぐにわかることだった。ふらりと立ち寄ったはずのヒデの胸にはピンマイクがついていた。タイのマスコミ関係者はハンドマイクを持ってインタビューをしていたので、ピンマイクはヒデ側のものだろう。まあ、そのときは、旅の途中のDVDでも作ろうとしているんだなあと思って見ていた。同じことが、アジアの数箇所で行われていた。
そのうち、ヒデは安倍首相と面談していた。なにやら、選挙に行こうよみたいな映像を作って、インタネットで流していた。お前はどこで投票するの?というのが、我が家の話題だったけど。
フィーゴ主催のチャリティ試合に出てからは、香港でのチャリティなど、お祭りチャリティに出てサッカー選手をアピールしている。今回のモンゴルもそのような一環なのかな。

サッカー選手でなくなったヒデがなにをしようがかまわないが、サッカーを売り物にしてやっていくのであれば、それなりの品は保って欲しいなあ。
ヒデが品がないのではない。彼をプロデュースしている会社が品がないんだね。

この会社は、チャリティーという言葉、世界貢献という言葉を使ってビジネスを始めている。
もともとチャリティーなどには無縁の人が経営しているのだろうから、やること、発言することにチャリティやボランティアでは考えられない言葉が飛び出してくる。
スラムでのストリートチルドレンとのサッカーのときに、各TV局が流したニュース文が、どこも同じだった。ニュースリリースが配られていたのだ。あのできごとは事前に準備されていたイベントだったのだ。そのニュース文では、どこのTV局も、最後にこう言った「このイベントの費用はすべて中田氏が出した」と。
自分たちが仕掛けたチャリティやボランティアイベントの費用を自分たちで持つのはあたりまえのことだ。ボランティア、チャリティは手弁当でやる。これは常識だ。それなのにわざわざ「お金はヒデが出しました!」と言わせるところが世間知らずというか品がないというか。

今回の為末くんに旅をプレゼントのニュースも、「…旅費が数百万円は下らないマチュピチュ旅行で奮起を促された形だ」と、プレゼントの金額を言ってしまう品のなさ。
また、ヒデ、朝青龍「仮病騒動」に大困惑 というZAKZAKの記事(リンクは下にまとめています)でも、「もちろん、ギャラは、いただいていません」と、普通で考えると当たり前のことをわざわざ言っている。
まあ、芸能界が仕掛けるチャリティイベントというのは、参加する芸能人にはギャラが発生するらしいので、ヒデが出るチャリティにも普通はギャラが発生しているのかもしれない。
なんとも、お金のことを言うのが好きな会社だ。

ヒデは、本当にこんなことがしたいのだろうか。

まだまだやりたいことが見つからないのならそれでいいじゃない。
日本のスポーツ選手でよくも悪くもセレブという言葉が一番似合うのはヒデなんだから、もっとあっけらかんとセレブやってくれたほうがずっといい。ベッカムの向こうを張って、アメリカでセレブデビューしてくれたほうがずっといい。
パリやローマやミラノの有名ブランドのファッションショーを掛け持ちして、パーティで楽しんでいるヒデのほうが、安倍首相と握手しただの、どこそこの国のチャリティに出ただのという渡り鳥広告塔的なヒデよりずっと素敵だ。
GQで見せたモデル姿は、成田ファッションの時代からするとずっと洗練されてすてきだったよ。ファッションが好きなら、もっとどっぷり楽しめばいいのに。

そんなヒデは、まだまだ、世界的なサッカー選手・中田英寿を背負っているのだろう。
そろそろ、それは過去のことだよと、脱ぎ捨ててもいいと思う。捨てきれないのなら、きちんとサッカーの世界に返ってきてほしい。今のやり方だと、サッカーと善意をビジネスに使っている広告塔にしか見えない。そのイメージは、これからの日本の庶民には受け入れられにくい。ヒデのようになりたいという子供たちはこのままでは増えないと思う。ビジネス的な仕掛けでは、純粋な子供の心は奪えないのだ。それを知っていて欲しい。

できれば、もう一度Jリーグでその姿を見せて欲しい。
そこをベースに、他の選手を巻き込みながらこつこつと本物のチャリティーやボランティアのグループを作って欲しい。
そんなヒデは、とても素敵だとおもうのだけどなあ。




ところで、モンゴルでのチャリティーで朝青龍に参加を求めたのは結局だれだったのだろ?
以下の3つの記事を見ても、話しが食い違っているし。
◎モンゴル大使館が協会に謝罪文http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070801-00000017-spn-spoスポニチ
◎朝青龍 腰骨折なのに元気にサッカーhttp://www.sponichi.co.jp/sports/news/2007/07/26/02.htmlスポニチ
◎ヒデ、朝青龍「仮病騒動」に大困惑 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/72633/ZAKZAK

あの~、最後のZAKZAKの記事なんだけど、ヒデの事務所の人は、朝青龍は、観戦のために来ていたが子供の声援におされて飛び入り参加した。」と予定になかったことだと強調しているけれど、朝青龍は背番号9が付いたTシャツ(ユニフォーム)を着てプレーしていたよね。出る予定がない人のユニフォームは準備されていたんだね。
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by windowhead | 2007-08-08 11:44 | 紙のフットボール | Comments(3)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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