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理不尽ないいがかりに負けるな「川崎フロンターレ」

26日、録画放送だったので、ACL 川崎フロンターレとセバハンの試合は深夜になった。
90分戦って決まらず、延長を戦い、さらにPK戦。PK戦を落とした川崎フロンターレは残念ながら敗退してしまった。
攻めて攻めて攻めまくっても決まらない。
どちらの選手たちももう搾り出す力を全部搾り出して挑んだPK戦だった。
もう一滴の力も残ってないほど消耗した川崎の選手たちの姿が痛々しいほどだった。
負けて一番悔しい、つらいのは川崎Fの選手たちだが、それでも健気にサポーターたちに謝罪していた。そして、サポーターや応援のファンたちは暖かい拍手を贈っていた。
あのサポーターやファンたちの拍手にどれほど救われただろう。
あれがあったからぼろぼろの選手たちは立ち上がることができたんだろうなあと胸を熱くしながらTVを見ていた。

韓国では、浦和レッズが勝利した。相手チームの危険で汚いプレーの中できっちりと勝ちをもぎ取った。
闘莉王の唇の端から滴り落ちる血。これを国際試合といっていいのだろうか。選手たち個人に、これほどの憎悪にさらされる責任はなにもない。理不尽この上ない中で傷だらけになって勝った浦和の選手たちも誇り高いが痛々しかった。

翌日思いも寄らないニュースに耳を疑った。
Jリーグ犬飼専務理事が今頃になって、土曜日の柏戦での先発メンバーを大幅入れ替えたことについて、川崎Fにクレームを付けたのだ。
チャーター機まで出してやったのに…とか、ファンを馬鹿にしているとか。さらに、あろうことかJFAの川渕キャプテンまで不快感をあらわにしているという。
川崎Fが完敗した柏戦で「馬鹿にされた!」と言ったファンがどこにいたのだろうか?柏のファンが文句を言ったのか?それとも、柏と順位争いしている他チームのファンが言ったのか?
どちらのファンもそんなこと言うはずがない。
それに、柏戦に挑んだ川崎の選手は確かにその前の試合のメンバーは少なかったが、スーパーサブたちがスタメンだったので、また違ったファイトを見せて楽しませてくれた。(前半飛ばしすぎて後半息切れだったけど)
あの試合のどこにファンを馬鹿にした部分があったというのだろうか。

川崎Fはアウエーのセバハン戦ではJリーグからチャーター機の費用をサポートしてもらったそうだ。アウエー戦の場所を考えると、チャーター機を飛ばすのは当たり前ではないか。通常のルートで往復したらアウエーのセバハン戦もつぎの柏戦もぶっつけ本番の試合になっていたのではないかな。アジアといっても川崎が戦うのは西アジアのイランやUAE。国情を考えるとヨーロッパよりも不便なアクセスだ。今回の川崎Fだけでなく、Jリーグの多くのチームはチャーター機を飛ばせるだけの資金力はないだろう。そこをサポートするのはJリーグとしてまったく当たり前のこと。ましてやこのような選手酷使に等しいカレンダーならぜひチャーター機を使えと進言するくらいの体質であってほしい。
Jリーグ戦を終えて翌日午前中日本を飛び立ち、アウエー戦を終えて4時間後にイランを飛び立たなければならないほど強行軍を強いられている川崎Fの選手たちの体調をどうして考慮してあげられないのだろうか。その無神経さに腹が立つ。
Jリーグの幹部が自分の組織を構成しているチームの選手を酷使しろという。
あの足がつりながらも必死で走っていた中村憲剛選手の姿に、楽をさせてもらった余裕が砂粒ほども見えただろうか。
PKをはずした谷口選手、PKを止められなかった川島選手、どちらも柏戦に先発していた。彼らに、若いのだからまだやれるだろうと誰が言えるか。
私たちは、ほんの1ヶ月前、セビージャのプエルタ選手の悲劇を見ている。
精も根も尽き果てた選手たちの上に降ってきたのが、味方と信じていた人からの配慮のない言葉だったというのが悲しすぎる。さらに卑劣なのは、自分の腹いせを「ファンを馬鹿にしている」と言うことによってファンの苦言のように摩り替えているところだ。
見くびってもらっては困る。
サッカーファンたちはそんなに狭い心は持ち合わせていない。自分たちやクラブにとって一番大切なものが選手であることを知っている。

Jリーグ幹部は川崎Fに文句を言うより、このような強行日程を組んだAFCに反省を求め、フェアプレー精神をないがしろにした全北現代に抗議するべきだし、そのことをAFCの中でもっと強く発言しろとJFAを突き上げるのが役割ではないのか。

関塚監督と川崎フロンターレの選手の皆さん、このような理不尽な言いがかりは気にせず、今後も全員攻撃のわくわくするサッカーを見せてほしい。
まだ、ナビスコだってある。
中村俊輔ファンの私はこれと決まったJのチームがない。
こうなったら、ナビスコは川崎フロンターレを応援だ。(安田ミチくん、ごめん!)
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by windowhead | 2007-09-29 01:15 | 紙のフットボール | Comments(4)

「夢ープライドinブルー」とレッズの野人・岡野選手

昨日のサッカーニュースに、「野人岡野 社会貢献で若手の手本に」という記事があった。
野人がJリーガーのお手本になる!快足FWとは別に「社会貢献家」の顔も持つ浦和FW岡野の活動ぶりが、現役Jリーガー、OBを対象にしたJリーグのキャリア情報誌「オフ・ザ・ピッチ」で紹介されることになった。===中略===岡野は、04年頃から障害者らを対象にした社会貢献活動を開始。現在は知人のNPO法人機関とも協力し、難病克服を目指すサポーターのため、チャリティーオークションなども実施した。「世界の有名選手は皆やってる。少しの協力で力になれるのはうれしい」と話した。==後略==(スポニチ


b0009103_1663131.jpg先日読んだ本の中にも岡野選手の社会活動のエピソードが紹介されていた。
本のタイトルは「夢プライドinブルー―熱き知的障害者イレブン、ピッチに立つ!」(湯山 尚之著・河出書房新社 (2007-07-30出版))

2006年ドイツワールドカップに出場した「もう1つの日本代表」の記録。
「もう1つのワールドカップ」は、INAS-FID(国際知的障害者スポーツ連盟)が4年に1度、ワールドカップと同じ年に、ワールドカップと同じ国で開催するサッカーの世界大会のこと。
2002年日韓共同開催年の8月だったと思うが、ブラジルが優勝のトロフィーを掲げた横国で、2万人以上の観客を集めてドイツとイングランドによる国際知的障害者サッカーワールドカップの決勝戦が行われたのを記憶している人もいるだろう。このとき日本の代表も出場していて10位になった。
それから4年後、ドイツで行われる大会に出場することになったチームの活動や選手の姿に、勇気を貰う反面、ハンデキャップを抱える人たちを取り巻く日本の環境と意識の遅れを痛感させられた。
彼らがプレーするサッカーは、普通のサッカーとなんら変わらない。プレーする姿もなんら変わらない。しかし、彼らは、普通の人たちより少しだけ生活や学習のスピードが遅かったり、情緒が不安定だったりするだけで、障害者という枠組みに入れられてしまったのだ。障害者の枠組みにはいっただけで、それまでは学校で人気者だったその少年の周囲からひとり、ふたりと友達がいなくなっていく。そんな理不尽さを体感したゴールキーパー君に希望をもたらしたのが「もうひとつのワールドカップ」だった。
「もう1つのワールドカップがあるのを知って、僕は初めて夢を持てた。それまで、自分に自信が持てなく、夢を持ったこともなかった」というのが、ゴールキーパー・加藤君のコメントだ。

この本の中では、スタッフたちの苦労も書かれている。
日本ハンディキャップサッカー連盟の会長は長沼健氏やスタッフたちは、選手を送り出す費用の工面に奔走する。川渕氏のいくつか前の日本サッカー協会会長をしていた長沼氏といえども、日本ハンディキャップサッカー連盟の組織が日本サッカー協会からサポートを受けられる規模になっていないため、日本サッカー協会に資金援助が頼めない状態なのだ。

大会への時間も迫って困っていたときに、手を差し伸べてくれたのが、現役プロサッカー選手たちだった。
長沼氏の要請に応えて、中村俊輔選手が個人の立場で100万円、彼のサッカー教室「シュンスケパーク」名で100万円の200万円を寄付し、PRキャンペーンにも一役かった。
そして、もう一人、必死で動いてくれた人が岡野雅行選手だった。
大会の直前にこのことを知った岡野選手は、すぐさま浦和レッズの選手たちに声をかけてサイン入りユニフォームやスパイクなどを集め、オークションにかけて130万円近くを得、それを日本ハンディキャップサッカー連盟に寄付したのだ。
「中村選手や岡野選手からの寄付には、本当に助けられた。」との言葉が書かれていた。
資金はもちろんだが、同じジャパンブルーのユニフォームを着る選手たちが関心をもってくれ、「日の丸を背負って、一緒に頑張ろう!」と言ってくれたことが、どれだけ加藤君たちの励みになったことだろう。

ボランティアやサポートは、協力を求められたとき、何を求められているかを察知し、的確に応じることが、一番役に立つことだ。
資金が足りないと言う訴えに、それなりの金額を自身の財布から出した中村俊輔選手の対応は、受け手のことを考えたパスを蹴りだす中村俊輔らしいサポートだ。
資金が必要だとわかると、チームメイトを説得したり、物を集めたり、オークションに出したりと言う煩雑な業務を自身でこなし、100万以上のお金を作り出した岡野選手の人望と行動力も、ここ一番で登場する、速さと頼りがいのあるスーパーサブらしいサポートだ。
これらの話が気持ちがいいのは、どちらの選手も、個人が身銭を切ったり、行動しているところだ。
二人ともネームバリューのある選手なので、中田英寿氏のように、広告塔としてPRをサポートすることも十分可能だっただろうが、二人とも実質的なサポートのほうを選んだ。それは、急を要することだし、的確だからだろう。身銭を切ってサポートを訴えるほうが、高尚な言葉の羅列より効果的だということだろう。

この本を読んでいると、今回の記事の岡野選手の社会事業への取り組みが、一過性のものでなく、地味だが地に足の付いた活動を継続しているのだということがわかる。


調べてみると「プライドinブルー」はドキュメンタリー映画になっているらしい。
映画の公開初日の場でも、プロサッカー選手たちが協力したオークションがあったらしい。
その輪は、なでしこさんたちにも広がったようだ。
ここで集めたお金は、2010年南アフリカ大会出場のために使われるらしい。
日本ハンディキャップサッカー連盟の苦しい台所事情は、相変わらず続いている。
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by windowhead | 2007-09-22 16:06 | 男たちの眺め | Comments(3)

「サッカーマガジン」のWebサイトがダメになっていく…。

仕事柄、Webサイトにアクセスすることが日常化している。
そんな中で、最近感じることは、サイトが豪華になる反面、本来の基本的な情報への気配りが薄れてきているサイトがでてきているということ。

たとえば、雑誌「週間サッカーマガジン」のサイトが、今年の5月15日から大々的なリニューアルをした。「」Webサッカーマガジンと銘打って、盛りだくさんなコンテンツがぶちこまれだした。
もともと、「サッカーマガジン」のサイトに定期的にアクセスしていたのは、翌週の「サッカーマガジン」など出版される雑誌の目次を見ることが第一の目的。それを見ながら、時々千野圭一氏のコラムが更新されていれば、それを読んでいた。
サイトのリニューアル前までは、翌週号の表紙と目次のアップは、日曜日の午後から夜にかけてだった。それが、リニューアル後、日曜日に更新されることはなくなり、月曜日の午前10時以降になっていった。それも少しづつ遅くなっていっている。

対抗誌「週間サッカーダイジェスト」のほうは、以前から月曜日の更新のまま。
「ダイジェスト」の目次は画像ではいっているので、文字が小さくて見えにくいのに拡大ができないという不自由があるままだ。
「ダイジェスト」は、「マガジン」のリニューアル前は、「マガジン」より更新が1日遅かったのだが、マガジンリニューアル後は、マガジンの更新日が1日遅れになったため、結果同日に更新となっている。

そして、ついに「マガジン」と「ダイジェスト」の更新の早さが逆転した。
「マガジン」も「ダイジェスト」も通常水曜日発行、地方は木曜日発行。連休を挟むと1日くりさがるのかな?
9月の3連休(15日土曜日、16日日曜日、17日月曜日)後に発行される10月2日号の表紙と目次の更新がどちらもなかなかなされなかった。
「ダイジェスト」の10月2日号分の更新は、18日午後以降だった。そして、「マガジン」のほうはというと18日には更新されないままだ。今回がいつものように水曜日発売なら、次週号の予告が発売日まで発表されなかったことになる。
b0009103_13154058.jpgやっと更新されたのが19日午前。さすがに、朝10時ごろには更新されていたが、なんと大きなミスがあった。トップページに掲載されている表紙の写真が前号のまま。(このサイトに掲載している写真は19日午前11時にスクリーンショットを取ったもの。「どうなるニッポン」というほうが、サイトトップに掲載されたものだが、これは前週号の表紙。画像の下には10月2日号と書かれているので明らかな間違い。b0009103_13164673.jpg松井選手表紙の写真が10月2日号の表紙。トップページをクリックするとこのページにリンクされている。)

「サッカーマガジン」のサイトは、「Webサッカーマガジン」と、雑誌とは別物であるとのコンセプトかもしれないが、今のところは、もっとも大事な情報は、収入源である雑誌のPRであることはまちがいないはず。それが、どんどん劣化していっているのは、なぜなのだろう。

思うに、サイトの運営を別会社や広告代理店に丸投げしているのではないだろうか。
これまでは、自社内や担当者がこつこつやっていたものを他に渡した後、チェックしてないのではないかな。サイト専門業者や広告代理店はPRの専門だから、餅は餅屋と、安心して渡したままにしているのではないだろうか。サイトへのメールも、丸投げの会社がチェックするようになれば、サイト運営に関する耳の痛いメールは、雑誌編集デスクに届かないかもしれない。

Webサイトやブログによる情報発信が日常化してきているいま、情報の発信者とサイトの運営者が別というケースはあたりまえのようになってきている。
専門にまかせるというのは正しい発想だけど、情報の中身や発信の時を決めるのは発信者でなければならないし、サイト掲載の情報は発信者が本当に表現したいという気持ちがないとつづかない。製作会社や広告代理店のアドバイスが正しいとはかぎらない。特に広告代理店はWebに関しては後発の世界だ。というより、Webが登場したころ、これは役に立たないと言って、企業のWeb戦略の足を引っ張っていた世界。なぜなら、当時の代理店はTVと印刷媒体が中心で、PRが安価にできるWebでは客先から高い広告料が取れないという理由からWebの営業に消極的だった。

情報発信は発信者の主体性が、情報の魅力を大きく左右する。
サッカーマガジン編集部さんも、雑誌サッカーマガジンを止めてWebサイトで有料Webマガジンとしてのサッカーマガジン発売に踏み切るには、まだ時間がかかりそう。そうであるなら、雑誌読者への次週号のお知らせというサービスの質の低下が起こっていることに目を向けて、リニューアル以前の情報の質(更新の早さも質のひとつ)にまで戻してほしいと思う。
いまの「Webサッカーマガジン」では、パッケージと栞だけが豪華になったみやげ物みたいで、賞味期限切れが心配になってくる。
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by windowhead | 2007-09-19 13:17 | 紙のフットボール | Comments(0)

あちこちに、磐音(いわね)ファンが増えている今日この頃

最近、思いもかけない人から、「そういえば、あなたの一押し・山本耕史っていいねえ」というお言葉をいただく。

べつに私があちこちに山本耕史さんをPRしまくっているわけではないのだが、大河新選組や彼の舞台を見た話などを折にふれお茶のみ話でしたり、ブログに書いていたことで、私が山本耕史という俳優が好きだということが、その人たちの頭のどこかに残っていたのだろう。

彼らの頭のどこかに残っていた「山本耕史スイッチ」を押すきっかけになっているのは、どうもNHK木曜時代劇「陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙」のようだ。
このドラマが、私の周辺の老若男女の間で、たいへん人気がある。
原作は、佐伯泰英書下ろし「居眠り磐音」シリーズ。
すでに23巻まででているベストセラーだ。
藩のお家騒動にからむ陰謀にまきこまれ、親友を斬ってしまったという過去をもつ浪人と彼が暮らす江戸の下町の人々との交流や彼がかかわる事件が、こまやかにさわやかに描かれている人情時代劇とでもいうべきシリーズ。
ドラマ化にあたって、原作の佐伯泰英氏は、単なる江戸人情話にせず、きちんと磐音の出奔の原因になったお家騒動も描いて欲しいとの要望をだされたと、なにかで読んだ。ドラマは、佐伯氏の要望をしっかりと押さえ、ほのぼのとしたり、痛快だったりの江戸での話と、シリアスな御家騒動の部分がバランスよく配されていて、一話一話がとても見ごたえのあるドラマに仕上がっている。
この主人公の春風のように穏やかで思いやりの深い浪人さん・坂崎磐音(さかざきいわね)を好演しているのが山本耕史。彼の持つやわらかな雰囲気と磐音の人柄がうまくシンクロして、さまざまな人の心をひきつけているようだ。

腕っ節の強い浪人さんが長屋の人気者とか、下町の人気者の浪人さんが実は上様だった、みたいな「もてもて浪人」が主人公のシリーズは、TVや映画の時代劇のひとつのパターンなので、これと言って新しいドラマでもなく、働き盛りのビジネスマンや映画マニアな青年たちの気を引くとは思えないのだが、どうも「陽炎の辻」はどこか、これまでのものとは違った魅力があるらしい。

 知り合いのキネマ旬報クラブの青年と映画「ヘドウィッグ」の話をしていたとき、急に「山本耕史って、知ってますよね?どんな経歴の俳優なんですか?」と聞かれた。
TVをほとんど見ない彼は山本耕史の以前のTVドラマをほとんど知らなかった。大河「新選組!」で、ものすごく的確な演技をする土方俳優が気になって名前を覚えていたらしい。その後、映画「それでも僕はやっていない」で、じゃまにならないのにきちんとした存在感を出す演技に惹かれ、たまたま見た「陽炎の辻」で、見ている人まで包み込んでしまうような磐音の柔らかな存在感とさわやかなたたずまいに驚いたらしい。舞台を中心にキャリアの長い俳優だということを伝えると、納得しながらも、どうしても30歳には見えない!あの初々しさは新人と思っていたとのコメントだった。彼の演じた「ヘドウィッグ」の再演をぜひ見たいと言っていた。

いちばん驚いたのは、ドラマ「陽炎の辻」が40代、50代のビジネスマンたちに密かな人気ということ。原作が好きで、出張の乗り物の中で読んでいるという人や戦国物や幕末物など歴史小説が好きなおじさま方にも、好印象を与えているようだ。磐音の笑顔や言葉の端々からにじむ暖かさに、ささやかな癒しがあるらしい。
この磐音効果は、ついに海外にまで及んだみたいだ。
運営しているサイトの関係でメールのやり取りをさせていただいているニューヨーク在住のエグゼグティブ・ファッションアドバイザーのケン青木氏からいただいたメールにも磐音が登場した。
「…それから、いつもぼーっとNHKの時代劇を見ていて、若いのにいい時代劇の役者が出てきたな、と思っていたら、あなたのご推薦の山本耕史でした。坂崎磐音、いいですね。今までにない雰囲気を持った時代劇の役者という感じです。…」と書かれていて、ああ、NYでも山本磐音は、第一線で活躍するビジネスマンからも愛されているのだと、うれしくなった。

久々に人の心に響く連続ドラマとなった「陽炎の辻」の放映もあと4回くらいだが、磐音はいよいよ藩のお家騒動の渦中に飛び込んでいく。最後は江戸に戻れるのかな?いままでのように長屋の井戸端で「浪人さん」と呼ばれる磐音がいるのかな。

原作はまだまだ続きそうだし、ドラマの人気も上々のよう。きっとすぐに続編が制作されるんじゃないかな。そんな期待を持ちたくなるようなドラマの中心にのやわらかな物腰の山本耕史がいるのがうれしい。

◎ケン青木さんのファッションコラムが読めるサイト「サラリーマンスタイル」
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by windowhead | 2007-09-17 14:49 | 新選組!な人々 | Comments(2)

なんなの?あの軌道は…中村俊輔のミラクルミドル!

セルティックXインバネス戦。

中村俊輔のミドルシュートがすごい!
スカーンと打ったシュートがずばりゴールの左上に決まりました。
強さやかっこよさなら、昨日はホビット達也君も憲剛くんも水野くんも本田くんもすごいシュートを打っていましたが、俊輔くんは、またまた驚かせてくれました。

ゴール側からみると、左足で蹴ったボールが途中から急に外にカーブした!!

内側に巻いて入るんじゃなく、急に落ちるんじゃなく、外側にカーブしている。
左足でどんな蹴り方をすれば、あんなに左にまがるの?
まさか、左足の外側で蹴った? んなわけないでしょう。
でも、魔法のように左にカーブしている。

少し前、本田圭介君のすごいぶれ球に唖然としたけど、この俊輔くんのスライスゴールにも、口ポカーン状態でした。

魔法の球筋。何度見ても不思議。
もっとスローやコマ送りにして、どんな風に蹴っているのか見てみたい。

ゴールのシーンへリンク
http://www.youtube.com/watch?v=uENatjHtkDg
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by windowhead | 2007-09-16 11:05 | 紙のフットボール | Comments(2)

ちょっとほほえましい友情を感じたサッカー選手のブログ

代表戦三昧の1週間が終わったが、本当に楽しんだ。
A代表、五輪代表、なでしこ … 決定力不足だの不人気だのがけっぷちだのなんだかんだ言いながらも結構楽しんだし、希望につながる結果も見せてもらった。

毎回、代表戦を見ていると、選手たちへの興味も沸いてくる。
Jリーグチームを地元に持たない私は、日本代表が「マイチーム」になる。Jの各チームサポーターから見ると、それは邪道なのかもしれないが、仕方がない。
だから、サンフレッチェ広島の川崎キラー・佐藤寿人選手とその川崎フロンターレの中心選手である中村憲剛選手の間に友情が芽生えているようなできごともほほえましく感じてしまう。

数日前、中村憲剛選手と佐藤寿人選手のブログに、同時に同じような写真が掲載された。
今回の遠征先で利用したカフェの「カフェラテ」の写真。ラテの表面に書かれた顔が「アンパンマン」か?「ミッキー」か?という他愛もない記事なのだが、”寿人は「ミッキーだ」と譲りません。」”とか、”憲剛くんはアンパンマンだと言うのですが…”と、お互いの記事に名前を出してその場の楽しい雰囲気をリアルに伝えてくれている。二人が一緒に散歩をしているんだなあ。年齢もチームもサッカーの経歴も違う二人がどのような話をしているんだろう。と、さらに興味も沸いてくる。
俊輔選手と遠藤ヤット選手の友情のようにお互い辛いときも相談しあえるような親友に発展するといいなあと、勝手に思いいれしたり…。

そんな感じでこの2つの記事を読んでいたのだが、今日、佐藤寿人選手のブログで、ラテの写真を同時にアップしたのが、二人で考えたお互いのサイトの連動企画だったということを知った。
なんとも、ほほえましい手作り感いっぱいの連動企画。
ふたりの人柄やインターネットを楽しむ方法を知っているクレバーさがにじみ出ているこのできごとにであって、とても気持ちのいい思いをしている。

さすがにネット時代。チームが違う選手たちが代表を通じて、新たな友情をつむいでいるんだということをブログを通じてしることも多かった。
ボンバー中澤選手のブログには、「なかよし散歩隊」の話がある。

厳しい戦いの合間のささやかな時間をささやかだが心豊かに楽しむ術を知っている選手たちの人間性の豊かさを感じることがうれしい。

中田選手の引退とともに、華やかなサッカーバブルは過ぎ去ったが、周りの雑音に左右されず自分らしく心豊かに生きようとする選手たちの新しい世界が広がっているようだ。



佐藤寿人選手のブログ http://www.hisato-sato.net/gallery/index.php
中村憲剛選手のブログ http://sports.nifty.com/kengo/
どちらも9月12日の記事にラテの話がある。
中澤佑二選手のブログ http://www.bomber22.com/
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by windowhead | 2007-09-15 17:34 | 紙のフットボール | Comments(0)

元祖モリシがいた!

少し前、グランパス・藤田俊哉選手の100ゴールのことを書いた
そのとき、藤田俊哉選手の次に100ゴールが期待できる選手は、アントラーズ・柳沢選手だろうから、ちょっと時間がかかるなあと、書いた。しっかり調べたわけではなく、自分の知識の範囲だったので、ちょっと気になってはいた。

そんなとき、今週発売されていた「サッカーダイジェスト9・16号」で、「何度でも向かっていけ」という藤田俊哉選手100ゴールに関するコラムがあった。書いたのはサッカーダイジェスト編集部の長沼敏行氏。
その中で、藤田俊哉選手につづき、100得点に手が届きそうな選手にセレッソ大阪の森嶋寛晃選手がいると書かれていた。
森嶋寛晃選手の現在の得点はなんと94得点らしい。今年中は無理でも来年は100ゴール確実だ。
森嶋選手もたしか藤田選手と同じ年齢だったと思う。
どこからともなくゴール前に飛び込んで確実にゴールを決めるMF。
中村俊輔選手も、Jリーグ時代に森嶋選手に追いつくことができなかった。
たしか、ジェフ・羽生選手の大学時代の卒論のテーマが「森嶋選手」だったのではなかったかな。卒論のテーマになるほどのすばらしい選手・モリシのことを忘れていた。ごめんなさい。
セレッソがJ2にいるので、なかなか森嶋選手を見ることがなかった。
最近はモリシといえば、ワルガキのデカモリシを思い浮かべたりするが、「元祖モリシ」は森嶋寛晃選手だ。
ぜひ、モリシの100ゴール目を見たいと思う。

じつは、そのコラムの中で、100ゴールしたあとの藤田俊哉選手のコメントが書かれていた。ゴールを生み出す上での重要なファクターは何かという質問に「何度でもゴール前に行くこと」と答えている。「エリア内に1回だけ入って1点というのは、ほとんどない。10回、20回と繰り返し入っていくなかで、やっと1回、2回、自分の前に8ボールが)転がってくることがある」とも言っている。

よく言われる「決定力不足」と言う言葉。
こんな言葉ばかりが独り歩きして、なんでもかんでも「決定力不足」と言う言葉で批評される日本代表だが、では決定力をつけるには、どうすればいいんだろうと、素人的な疑問をもっていた。だって、不足なら補わないと、勝てないわけだから。それのわかりやすい答をこの藤田選手のコメントで教えてもらったような気がする。
オシム監督が求める、質の高い無駄走り(湯浅健二さんの言葉を借りました)も、ゴールに向かうと言う統一した意識の連動がなければ意味のないバカ走りだし、最近素人がやたら批判する横パスやバックパスだって、ゴールに向くための体制の立て直しのためなら必要なプレーだ。

そうしてみると、今朝のオーストリア戦は、アジアカップから一歩進んでいたと思う。
ゴールは奪えなかったが、ゴールへの意志の統一とそのためのチャレンジが増えていた。藤田選手的に言えば、決まらなかったのは、チャレンジの回数がまだまだ少なかったということ。
なにより、それぞれのパスにしっかり意識がこめられていたと感じた。漫然としたパス回しが減ったと思うし、なによりバックパスが逃げのバックパスでなく、体勢建て直しのというかプレーの仕切りなおしのバックパスに見えた。
監督を気にすることなく、ピッチ上のプレーヤーだけでプレーが組み立てられてきたような感じだったのだけど。
なんとなく、次はいけそうな気がするのだけど…甘いかなあ。
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by windowhead | 2007-09-08 17:56 | 紙のフットボール | Comments(4)

いまさらだけど「目からうろこ」だった、中村俊輔のことば

今朝の朝日新聞のスポーツ面にフィラハ(オーストリア)から、同社運動部の忠鉢信一記者によるサッカー日本代表の記事が掲載されていた。
とても、興味深い記事だった。
同じ記事が、[asahi.com]にもあったので、とりあえずリンク 「FWとMF連係磨く サッカー日本代表」

MFの中村俊輔選手が、FWの佐藤寿人選手にアドバイスした言葉が、実は、私には、「目からうろ」だったのだ。

サッカーを見るのは大好きだが、ゲームをするわけではない素人の私。
これまで日本には優秀なMFがそろっていて、彼らが、前線に向けてぴったりのタイミングでいいパスを出したりドリブルで持ち込んで、それをFWが蹴りこむ。優秀なMFたちは、中盤からゲームをコントロールする。彼のコントロールでFWも動き、ゴールを取る。だから中盤でゲームをコントロールし、FWに決定的な仕事をさせるMFは「司令塔」と呼ばれ、その指示というか考え方は、絶対的なんだなあと思っていた。
特に、中田英寿氏が選手のころ「自分のパスはそこに動けと言うメッセージをこめている。そこに動けないほうが技術がない」と言い、彼のパスを「キラーパス」と言って、多くのサッカー評論家たちが賞賛していたので、MFの指示でFWは動くものだと、なんとなく思っていた。
端的に言えば、「FWは送られてきたボールにあわせて点を取るんだ」と。


ところが、今日の記事で、中村選手は佐藤選手に「動きを「パスの出し手」にあわせず、もっとFW自身のタイミングでパスを要求しろよ。そうしないと「パスの出し手」の動きを読むレベルの高いチームと当ったとき勝てない」と言っている。得点に関してはもっとFW主導で!と言うことかな。

確かに、相手ゴールに一番近いところにいるのはFWなのだから、FWからの発信が一番点につながりやすい情報だ。それをすばやく察知し、それにめがけてボールを入れるほうが、普通に考えると一番得点しやすいはずだ。でも今までは、そうはなっていなかったということかな。
アドバイスを受けた佐藤選手も「MFが自分に合わせて欲しいと思ったこともあるが、自分がMFにあわせないとパスが来ないとあきらめていた」と、実は、FWも自分から発信したかったんだよと言っている。

そういえば、Jリーグが始まった頃は、FWが花形だった。三浦知良選手の得点数など、MF主導では難しい得点数。きっと、「ここにボール出せよ!」と要求してこそ取れる得点なんだろう。
代表合流したころから高原選手が言っていた、「もっとエゴイスティックに仕掛ける」という言葉の意味は、このことだったのだろう。

中村選手は、FWに自分から要求しろと指示した上で、「FWの動き(FWが発信した要求)に合わせられなかったら自分が悪い」と言って、FWのチャレンジを促している。
これで、FWの佐藤選手は、ボールを要求しやすくなっただろう。そして、さらに、自分が要求するということは、そのタイミングと得点の責任は自分にある。だから、さらにシビアに得点のタイミングを精査する努力をしなければならなくなった。
また、中村選手は、FWの要求に答えられなかったら、その責任は自分にあると公言し、さらに高い目標を自分に設定した。日本人MFのトップ選手である中村選手の「FWの動きに合わせられなかったら自分の責任」と言う言葉は、中村選手だけでなく、日本のMFへのプレッシャーにもなるはずだ。

連携はうまくいったが、得点につながらなかったアジアカップ以来、「個人技」「個人技」とうるさく、「個人技=ドリブル」や「個人技=突破力」みたいな短絡な考え方や記事も見られていたけど、オシム監督が求める個人技とは、チームの中で最良のタイミングで的確な要求を出せる力、的確な要求に的確に答えられる力なのだということが、いまさらながらわかった。
そんな個人技だから、チームが大切だし、チームでしか磨くことができないのだ。

日本代表のサッカーは、ゲームを一人の選手が采配するのでなく、全員の目標である得点に向けて、その場面場面での的確な判断と要求によってつなげていくものなんだと言うことが理解できた。
古臭い司令塔などと言うものがいらないサッカーなんだろう。
それが一番わかっていて体現できているのが「日本の司令塔」などと呼ばれている中村俊輔選手だということが、とても興味深い。


人柄の良さはJリーグナンバーワンの佐藤寿人選手が、本当の意味でのエゴイスティックなFWに変身するのが、とても楽しみだし、初めて呼ばれた松井大輔選手の高い個人技がこのチームでどれだけ連携できるかも、とても楽しみ。
こちらでは、真夜中のTV観戦になる。今から体調を合わせておかなくては。


asahi.comのリンクが切れるかもしれないので、以下に記事を転載させてもらいました。
FW⇔MF連係磨く  日本代表、7日オーストリア戦

【フィラハ(オーストリア)忠鉢信一】 欧州遠征しているサッカーの日本代表は4日、オーストリアのフィラハで地元チームとの練習試合で7―0と快勝するなど順調に準備を進めている。今回の遠征は、来年のW杯予選開幕までに欧州でプレーする選手が日本代表に合流できる最後の機会とも見られる。スコットランド・セルティックに所属するMF中村俊は「(チーム作りを)次の段階に進めたい」と話している。

 「アジア杯でMFとDFの連係はできた。これからはFWとの絡みをよくしていきたい」と中村俊。現状では「FWが走り出すタイミングが早すぎたり、タイミングに気づいていないことが多い」という。
 4日の練習試合で一緒にプレーしたFW佐藤寿(広島)には「動きをパスの出し手に合わせすぎる。自分のタイミングで動いて、FW発信の突破ができるように」とアドバイスした。「FWの動きに合わせられなかったら自分が悪い。でも、レベルの高い失敗だから次につながる」。そうやって連係に磨きをかけていきたいという。

 助言された佐藤寿は「MFに合わせて欲しいと思ったこともあるが、自分が合わせなければパスが来ないと今まであきらめていた。中村俊ほどの選手が『あわせられなかったら自分が悪い』と言ってくれたのには驚いた」と話した。

 日本代表は7日にオーストリア、11日にスイスと対戦する。
(2007・9・6付け朝日新聞スポーツ面)
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by windowhead | 2007-09-06 13:58 | 紙のフットボール | Comments(4)

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