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サン・シーロで引き分けて!!

少しあきらめかけていたセルティックのCL本戦出場だが、最終戦を引き分けに持っていければ可能性大。
最終戦の相手はミラン。それもアウエー。
サン・シーロで勝つなんてずうずうしいことは言わない。第一、あの場所にだってミランの女神がいるはず。ミランの女神様の気まぐれに期待するより、内弁慶セルティック、なんとか引き分けまでこぎつけて欲しい。
どうも俊輔は、間に合いそうもない。残念。
ミラン、セルティック戦だけが、早くなっているのは、クラブワールドカップのためかな?


クラブワールドカップといえば、今朝、日テレ系の朝のワイドショーで、中西哲生とよくわからん系女の子がなんとミランの練習場やサン・シーロを訪問していた。
クラブワールドカップの番宣番組なのだろう。
ちょっと期待してみていたが、だんだん腹が立ってきた。
中西哲生と同行している女性が、とにかく騒ぎすぎ。そしてボキャブラリーなさすぎ。
「わーわー、ギャーギャー、カカ、カカ、カカ」と朝からハイテンションではしゃぐばかり。
さらに輪をかけて、サンシーロへの選手のロッカールーム取材では、カカのロッカーはどこ!と騒ぐ。勝手に選手用のベンチにどっかとお尻を落としてまた騒ぐ。
選手のベンチというのは、神聖な場所ではないのだろうか。
試合前、ユニフォームに着替えた選手たちは自分のベンチに座って精神統一したり、瞑想したりするのだと思う。サッカーファンなら、そんな大事な場所に勝手にどっかりと座ることはできないはずだ。ミランファンがこの番組を見ていたら、きっとロッカールームを汚された気がしただろう。そんな態度だった。
さらに、ミランの好意で、サンシーロのピッチサイドに下りることができた2人。
今度は、その女性、ふざけてピッチ内に足を入れようとして中西に注意されていた。
まあ、お遊び感覚なので、ピッチ内に入ることはないのだろうが、そんなことをしてはしゃぐ意味がどこにあるのだろう。また、その女性がピッチサイドにヒールのブーツをはいて降りていたのにはあきれた。ミランサイドからの注意はなかったかもしれないが、ピッチサイドに入るのなら芝をいためないようなシューズに履き替えて入るくらいの心配りをして欲しかった。
中西哲生よ、こんな礼儀知らず行為はTVカメラの前でたしなめようよ。
そうしないと、TVを見ているサッカーに関心がない人たちは、ピッチをそれくらいの場所としか見ないのではないだろうか。

さらにさらに、彼らは練習場に向かい、通勤(?)してきた選手たちからサインをもらう。
さすがに、お礼は言っていた。ミランの選手たちは、紳士的だ。
マルディーニもネスタもジダも笑顔せサインや写真に応じていた。
また、件の女性は「カカ、カカ、カカ」とカカを追う。
カカは、どうもこの女性は苦手と見えて、儀礼的な挨拶以外は、中西のほうばかり見て話をしている。
最後に、彼らが選手と一緒に写った写真を見せてくれたが、なんと、ピルロとも一緒に写っているじゃないか。
ならば、なぜ、ピルロを紹介しない!!

クラブワールドカップ。昨年は、上戸彩が、デコ、デコ、デコと連発し、負けてしおれているデコをスタジオにまで引っ張り出してきたという無神経な番組構成だった。今シーズン、デコは不振だったが、これはクラブワールドカップのときの痛手がトラウマになっていたのではないかと思ったほどだ。日本が嫌いになったのかも…。
今回は、カカが血祭りにあげられるのか…。
サッカーを愛してもいないタレントや女子アナを使うと、クラブワールドカップの番組は後味のわるいものになっていく。
女性タレントなり、女性アイドルなりをおかないと番組が成り立たないというのなら、せめてサッカーが好きな人にしてほしいものだ。


ミランは、カカだけではない。
カカのことは、日本人も割りと知っていると思う。それならば、もっとすばらしい選手がたくさんいるということを、このような番組では紹介してほしい。
ミランサイドだって、それが目的で取材に応じてくれたろうに。
たった一人の思い違い女のために、番組はイライラさせるものになっていったのは、残念だった。
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by windowhead | 2007-11-30 11:00 | 紙のフットボール | Comments(6)

数字的に1%も可能性はない…

サンフレッチェはほぼ入れ替え戦確定のようだ。

「数字的には1%も(残留組に上がる)可能性はない。入れ替え戦をしっかり考えたい」というのが佐藤寿人のコメント。
昨夜のサッカーダイジェスト番組で見た広島と川崎のゲームの一部で、広島のDF棒立ちのなかでチョンテセのゴールや憲剛のミドル。必死の広島のはずだが、川崎との差を見せ付けられたような気がした。選手や戦力の差というより、チームが持つ勢いの差とか幸運を呼び込む差みたいなものがあるのならその差というか、上げ潮のチームのパワーみたいなものが川崎にはあるんだなあという感じがした。広島はすべてにおいて完敗だなあと。
試合後、泣きじゃくる柏木とピッチを見据える寿人の姿。
柏木にとって、自分ががむしゃらになってもどうにもならないものの大きさを感じさせられた試合だったのかも。
佐藤寿人は、前前節だったか、「神様はこんなに厳しい試練をあたえるのか」と言った時からするともう心の奥でなにかを決めたような顔をしていた。寿人の中では最終戦は、ガンバ戦ではなく、入れ替え戦だと腹をくくったのだろう。
寿人にとって、入れ替え戦は、違った意味で厳しい戦いになる可能性がある。J2の試合の結果次第では、彼を広島に送り出してくれた仙台と戦うことになるかもしれないのだ。以前、寿人のブログで仙台がJ1に上がってくると来シーズンが楽しみだと書いていたが、彼が愛する広島と仙台が入れ替え戦であたりそうだなどとは予想もしていなかったのだろう。
佐藤寿人は中村憲剛と並んで、誠実さと包容力と自己犠牲の精神をもち備えた本当の意味でのリーダーになれそうな選手だ。日本代表でも中沢祐二に寄せられる信頼を引き継いでくれそうなのはこの2人だと思う。だから、佐藤寿人をJ1に引きとどめなければならない!それには広島に勝ってもらうしかない。


北京五輪代表は、オーバーエイジ枠を使うようだ。
その枠があるのだから、使うのはしごくまっとうな考え方なのだろうが、個人的にはなんとも複雑。
サウジアラビア戦勝利の後のインタビューでGK西川が「ポジションをオーバーエイジに取られないようにがんばる」と言っていた言葉が一番印象に残っている。勝った喜びもつかの間、彼の中には、チームメイト以外との競争のほうが重くのしかかってきたのだ。アテネのときはオーバーエイジの曽我端が正キーパーだった。このことが西川の頭をよぎったのかもしれない。
代表選手の中でもオーバーエイジ枠にはいろいろと思うところがあるようだ。「年齢の近い人たちで戦うほうがいいと思う」と、中村俊輔はオーバーエイジ枠を使うことには消極的な意見だった。中村が五輪代表だったシドニー大会でも、オーバーエイジ枠を使っている。アテネの時はA代表チームメイトがオーバーエイジで借り出されている。中村の性格からすると、彼のコメントには、それなりの裏づけがあるはずだ。経験者たちの声も参考になるはずだ。
半年後、五輪代表チームがオーバーエイジ不用といえるほどに成長していてくれることを期待するしかない。そのためには、…、…う~ん、ハードル高いなあ。


などとサッカーに一喜一憂するおばさんは、私の周囲にはほとんどいない。
なんとも孤独な苦悩だ。
しかし、希望も見出している。
1ヶ月ほど前、浦和がセパハン遠征が決まったときだ。サポーターへのインタビューがTVから流れていた。すでに60歳は大きく超えているような奥様2人が声をそろえてこういった「もちろん、イランに乗り込みますよ!もうチケットも予約済みです!」
彼女たちは、イランだろうが、茨城だろうが同じこと!というくらいの自然体だった。
彼女たちが憧れだ。
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by windowhead | 2007-11-25 17:37 | 紙のフットボール | Comments(8)

サッカー監督の仕事って…

b0009103_11185011.jpg昨夜TVのスポーツニュースをつけっぱなしで本を読んでいたら、やたらと「○○ジャパン」というアナウンスが聞こえてくる。チョイ見するとバレーボール。ついにバレーボールでも代表チームを監督名を取って○○ジャパンというようになったか。
代表チームを「○○ジャパン」と監督名をとって呼ぶようになったのは、私が知る限りサッカーが始まりではなかったか。トルシエあたりから?それともジーコのころから?その後野球でもいつのまにかナガシマジャパンとかホシノジャパン(オシムジャパンとまぎらわしい)とか呼んでいる。そしてついにバレーボールも監督名ジャパンになったようだ。
それほど代表チームは監督がトップスター。
私個人は、監督がもっとも注目を浴びるのはおかしいと思っている。スポーツはあくまでも選手が中心のものであって、監督はその影で光るべき存在なのだと。しかし、なぜか日本でだけはそうじゃないようだ。選手は駒のひとつであって、監督の力量采配がもっとも大事というような風潮が日本のサッカージャーナリズムにもサッカー評論家にも愛好者にもあるようだ。


日本のサッカー界でもっとも注目されたスター監督が倒れた。
代表監督はたいへんなストレスをともなうものだという。さっそく、次の監督はだれかとの話もあがってきている。
そもそもサッカーの監督というのはどのような仕事なのだろう、そういえば私はサッカー監督の仕事を漠然としかとらえていない。
監督といえば、すぐに「戦術」がどうだという話になるが、私には、それよりもそもそも「監督の役割というのは、なんだろう?」という疑問があった。監督のクラブチームでの立場とか、チームを機能させるための監督の資質というのも興味があった。

そこで、チェックしたのが「サッカー監督はつらいよ」 平野 史 著という本。

なかなかでもおもしろかった。J氏という架空の人物を設定して、J1クラブチームからの監督就任の打診がきたところから、1シーズンを終えるまでの監督の仕事を多角的に紹介しているところ。監督はピッチ上以外にもいかに多くの仕事があることか!
代表チームとのせめぎあいや、新戦力選手や構造外選手への根回し、さらにはスポンサーやフロントとの付き合いもある。心労は絶えない。
代表監督となると、さらに大きなプレッシャーがかかるのだろう。

監督事情ではないが、日本独特の事情もでてきて興味深かった。
たとえば、選手の年俸問題や契約。日本の選手はほとんどが単年契約らしい。そこで、翌シーズンに向けて構想外選手にはゼロ円回答が突然伝えられることになるようだ。ところがヨーロッパなど海外のリーグでは、複数年契約が一般的だという。構想外になる場合は、契約更新の1年や半年前に代理人に伝えられ、代理人は選手がそのチームでプレーしている間に移籍先を探すことができるようになっているのがあたりまえなのだ。サッカー選手への尊敬の度合いの差を見せられたような気がする。日本のもっと選手や監督の身分保障について考えるべきではないのかな。

オシム監督のことで、サッカー選手や監督が生身の人間であることが、ひしひしと感じた。自分の身体を気遣うよりもチームのためと公言し、満身創痍になってプレーする選手や監督たちに改めて感謝の気持ちを伝えたい。

オシム監督が不在でも、きちんと自己管理しプレーを磨くことを毎日続けられる選手たちが現在の日本代表たちだ。海外にいる選手も日本の選手も、それ以前の代表選手に比べると努力と精進の似合う選手ばかり。そして、見得やはったりやうそっぱちのない選手たち。その意味では、本当の意味で成熟した人物たちをオシム監督は代表に選んでいるのだと感心した。もし、オシム監督が代表監督を離れても、彼らを選んで育ててくれたことが一番の収穫なんじゃないだろうか。本当の意味での育成を見せてくれたんだと、改めて思った。
今の代表たちなら、大丈夫。そんな気がする。
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by windowhead | 2007-11-20 11:58 | 紙のフットボール | Comments(0)

オシムが…

昨日夜帰宅して、オシム監督が倒れたことを知った。
本当に、驚いた。驚いて、今日も気になってTVニュースばかり見ている。


オシム監督が就任したころから、どちらかというと反オシムだった私。
理由のひとつが、高齢だということだった。
それでも、この1年間、彼のことを書いた本や、彼が書いた本を読み、
なにより、代表のサッカーを見ていきながらオシムを理解し、
いつのまにか、代表をオシム監督に託して2010を戦いたいと
明るい期待感を持つようになった。
遅ればせながら、やはりすばらしい監督なんだなあと実感できてきたところだった。

もうどうかどうか元気になって欲しいと祈るしかない。


オシム監督の回復をいのりながら、今日は オリンピック代表のベトナム戦を見よう。
日本中のサッカーファンが心をひとつにしてオリンピック代表が勝利をおさめるように応援したいと思う。オリンピック代表の勝利は、きっとオシム監督も願っていることだろう。

「北京オリンピック予選サッカー・日本対ベトナム」は
今日(11・17) 午後9時から「テレビ朝日」と「NHK衛星1」で放送される。




川渕さんが個人的な思いで涙するのは仕方がないが、これからが協会の正念場。
日本代表ばかりでなく、サッカー界に動揺が広がるような事態にならないよう、最良の判断と速やかな行動が求められることになるんでしょうから。みまもりたい。
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by windowhead | 2007-11-17 11:24 | 紙のフットボール | Comments(0)

松本良順の絵と日本最古の紙製解剖模型

昨日、11月15日は、坂本龍馬の誕生日であり命日でもあった特別な日。
龍馬ファンたちはそれぞれに感慨深い1日をおくったようだ。長崎の龍馬ファンの会の1つ「亀山社中ば活かす会」は、11日の日曜日に龍馬祭を行っていた。

長崎では今、とても貴重な史料が見られる。
長崎大学医学部が今年、創立150年を迎え、記念行事が行われているが、その中で医学部がもっている貴重な史料が公開されている。

長崎大学医学部の創立は、第2次海軍伝習と同時に開設された医学伝習所が前身になる。1857年11月12日、現在長崎県庁の敷地になっている1西役所の一室で、松本良順とその弟子達12名に、ポンペが最初の講義を行なったその日を長崎大学医学部は創立日としている。
この日から5年間、ポンペは日夜、彼の持っている知識のすべてを生徒たちに系統立てて伝え、13000人以上の人々の診療治療にあたった。

今回公開されている貴重な史料のなかで最も貴重なものは日本最古の紙製解剖模型(キュンストレーキ)だろう。キュンストレーキは日本に4体現存している。その中でも最も古いものが、ポンペが解剖学を教えるために万延元年(1860)フランスから取り寄せたこのキュンストレーキだという。
長崎大学医学部は、原爆爆心地から直線距離で200メートルくらいの位置にあるため原爆投下時は、医者、学生、医療関係者、患者など900人近くが爆死している。そのような惨状の中で奇跡的に生き残ったキュンストレーキだ。さすがに、150年の月日と、被爆などにさらさてて、頭もなく、右半身だけという不完全な形でしか残っていないが、その半身だけでも、その精巧さに驚かされる。


もう1つ、とても因縁めいたものがある。
松本良順が書いた「お雛様の絵」。
お世辞にも上手と言えないが、あの男気あふれる良順がこんなにもかわいいテーマを選んで描いたと思うとほほえましくなるような着色の立ち雛を描いた絵。
「なんだか、定規とコンパスで書いたようなへたくそな絵ですね」と、案内してくださった図書室のH氏に言うと、「これは因縁のある絵なんですよ」との返事。
H氏によれば、この絵が描かれたのは安政7年(万延元年=1860)の雛祭りごろ。良順とポンペが熱望し、幕府にお願いしていた病院(小島養生所)の建設許可が下りたことを知らされて、大喜びした良順がそれを祝うような気持ちで、季節の象徴でもあるお雛様の絵を描いたらしい。
良順たちの要望を受け入れ許可と予算をつけてくれたのは、当時の大老・井伊直弼。
井伊直弼は、とても開明的な人で、開国派の中心的な人だったようだ。
良順が大喜びしてお雛様の絵を描いたころ、安政7年(万延元年)3月3日、雪の桜田門外で井伊直弼は暗殺される。くしくも雛祭りの当日だ。
その知らせが長崎に届くのは何日後だっただろう。
良順が書いたお雛様の絵と雛祭りの日に暗殺された、良順たちの理解者・井伊直弼。
そう考えると、このお雛様の絵が因縁めいたものに、見えてならない。
この絵の存在をこの日始めて知ったが、郷土史家の越中哲也先生にお話したら、「あら、その絵は、長崎大学医学部に保管されとったとね。よかったね。」と言われた。先生は以前この絵をご覧になったことがあるらしいが、他の郷土史研究の人に話してもほとんどの人はこの絵の存在を知らなかった。
西洋医学といえばシーボルト一辺倒の長崎の一般的な認識の中で、もっとポンペや松本良順の功績に目を向けて欲しいと彼らに肩入れしてきたことへのご褒美をもらったような気がした。

ご褒美はおすそ分けしなければいけないね。
長崎在住の人、たまたま長崎に旅行中の人、17日、18日は、浦上にある長崎大学医学部に行くことをおすすめします。
キュンストレーキや良順の絵以外にも解体新書よりも50年以上前に長崎の通詞によって翻訳模写された人体解剖図の本、被爆した永井隆先生の直筆報告書などもある。
「医学は長崎から」を裏付けるような展示物にひきつけられること間違いなしですよ。
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by windowhead | 2007-11-16 11:52 | 長崎と幕末維新 | Comments(3)

「魂のMVP」を阿部勇樹にあげたい。

浦和レッズ、おめでとう。
あの守りは浦和の本領発揮なのでしょう。

ゲームの面白さは、やはり、先日のフロンターレVSガンバに軍配が上がるんだけど、浦和のようなゴール前のがちがちの守備がないと、アジアでも勝てないんだなあと実感。
本当によく2点を守りきったよね。

永井のMVPは当然なのでしょう。
私が見ている浦和のゲームで、永井という人は、本当においしい得点をかっこよく決める人との印象があったので、今回も得点は永井だろうなと予測していました。

そして、阿部勇樹も、まさに阿部勇樹らしい得点だったなあと…。
あのヘディングは、ぎりぎりいっぱい身体を伸ばしてもう壊れてしまいそうなヘディングだった。
あの追加点で浦和はずいぶんと気分的に楽になっただろうけれど、やはり永井のフリー状態でのシュートのような派手さがないため、TVでのリプレイも少ない。
阿部勇樹という人はなかなか報われにくい人だ。

阿部勇樹は、昨日は右サイトバックだった。
阿部勇樹はいくつのポジションをこなせるのだ!
彼は、最近ではDFに定着しているようだが、もともと優秀なMFだった。今の浦和でだって、彼がMFで通用しないはずはないのに、DF。それも固定したポジションではないような…。日本代表に行って、DFに定着している。
日本代表では、中村俊輔や遠藤がいるが、3人目のフリーキッカーは阿部勇樹だと思っていた。しかし、代表ではいつのまにか3人目は憲剛になりつつある、阿部勇樹の技術力が落ちたわけではないと思うのでアピール不足?オシムは秘蔵っ子に我慢する子の役を与えたまま忘れているのかと思うほど。
浦和でだって、ポンテ以外に中盤で個人技の高い人は目に付かない(小野は怪我ばっかりだし)けれど、なぜか阿部勇樹にその役は回ってこない。
TVに映りにくい地味なポジションをきっちりとこなし、目いっぱいがんばる阿部勇樹をみているとツーンと切なくなるときがある。
たとえば、ガンバの明神は、同じように地味だが高い技術力でチームを支えている。彼は”職人”と呼ばれ大人なプレーができる人と尊敬にも似た評価を受けている。
阿部勇樹だって、それくらいに評価され、それをもっとアピールしてもらっていいはずなのに。
昨日のゲームのゴールシーンを流すなら、3回に1回くらいは2点目の阿部勇樹のゴールシーンを流せよ~。
ちょっと一過言ありなコメンテーターよ、ここだよ、君の出番は。阿部勇樹のゴールシーンを解説しなきゃ。あの場所に走りこんできていた阿部勇樹のゲームを見る目や、ヘディングでの得点力のことなど、もっとほめていいんじゃないの。

昨日の試合、いやACLを通しての浦和の「魂のMVP」は、自己犠牲に近いような頑張りを続けている阿部勇樹だと、勝手に思っている。


考えてみれば、私は、ジェフにも浦和にも、興味がないほうなので、阿部勇樹の浦和移籍にも「ほー、すごい金額だ!」くらいしか関心がなかった。それなのに、これほど阿部勇樹という選手をもっと目立たせてあげたいなあと思ってしまうのは、なぜなんだろう。
思うようにならない世界で、ひたむきに頑張る若者の代表のように見えて、いじらしく感じているのかもしれない。
涙もろそうな表情が気になるのかもしれない。
そういえば、私は、阿部勇樹という選手のプロフィールをほとんど知らない。

年末のクラブW杯では、輝かしく目立つピカピカのゴールシーンを阿部勇樹にプレゼントしてくださいと、だれか神様にお願いしてくれませんか。
(わたしがお願いすればいいんだけど、私の中の優先順位には、中村俊輔の早期復帰と佐藤寿人のJ1残留という2つのお願いがあるわけで、3番目になると、あまりご利益は残ってなさそうなので…。)

最後に、改めてレッズサポーターって「すごい」の一言。
上空からのファンタジックな映像は世界中から賛美の言葉が山のように届いているのでは。
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by windowhead | 2007-11-15 17:47 | 紙のフットボール | Comments(3)

We are Reds!とはいえないけれど

今日はACLの決勝浦和レッズvsセパハン第2戦の日。
レッズが今日、スコアレスドローか勝てば、日本のクラブチームが初めてアジアチャンピオンになる。
日本のサッカー史に残る日になるわけだ。

朝のニュースでは、今日はたまたま(?)埼玉県民の日らしくて、学校はお休みだとか。
埼玉スタジアムにいったい何人の人が集まるのか、ものすごく興味がある。
あのすばらしいサポーターたちの「We are Reds!」をTVで見るのも楽しみだ。

私が好きなプレーをするチームは、昔からなぜか青色がチームカラーばかり。
今も青組。
だから、とても「We are Reds!」とは言えないし、また、にわかにお祭り騒ぎに乗るようにして「We are Reds!」と言うのは、レッズサポーターに失礼だとも思っている。

だけど、今日は思いっきりレッズを応援するよ!

とにかく、TV朝日の機転の利いた番組変更のおかげで久しぶりに地上波で歴史的なゲームを見ることができる幸運に感謝しながら、目いっぱいレッズの勝利に向けて声援を送るつもり。

海外移籍の話を蹴ってレッズに残った長谷部の決心が報いられて欲しいし、満身創痍でチームを鼓舞する闘莉王や、代表の全試合に出場しながらレッズでもチームの中盤を安定させている鈴木のハードワークも報われて欲しい。
そして鈴木のプレーのその底をもくもくと支えているような阿部勇樹が本当に報われて欲しいと思っている。阿部勇樹の泣き笑いのような笑顔が見たい。闘莉王のうれし泣きが(きっと泣くだろう)が見たい。

なにより、レッズサポーターの計り知れないレッズ愛が報われる夜になって欲しいと思っている。

「We are Reds!」と言わない私たちも、気持ちはレッズサポーターといっしょになって声援を送る。

すばらしいプレーを!
そして勝利を!!

今日は早く帰って、TVを見よう。
日本中でレッズを応援しようよ。
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by windowhead | 2007-11-14 15:29 | 紙のフットボール | Comments(2)

久々、スコットランド警察小説を読む

b0009103_2344866.jpg久々、ハヤカワポケミスを読んでいる。
文庫本やハードカバーよりポケミスは海外ミステリを読んでいるという満足感が違うと感じるのは私だけ?
読んでいるのは「花崗岩の街」。英国ミステリー界に颯爽と登場した新星・スチュアート・マクブライトのデビュー作。
舞台は、著名な建築物のほとんどが花崗岩で作られているので「花崗岩の街」とよばれているスコットランド東北部の港湾都市アバディーン。凶悪犯に刺されて1年間休職していたローガン・マクレイ刑事部長が職場復帰した早々、水路から幼児の変死体が発見され、これをきっかけに、街では幼児が姿を消し、続けてまた子供が犠牲になる。おまけに警察内の情報がマスコミに流れている。休職している間に上司も同僚も変わって苦労するローガン。刑事たちが「この雨をなめてはいけない。アバディーンの雨は3年間は止むことがない」と軽口をたたくように、シーンはずっと寒々とした雨ばかり。しかし、読み進むにつれ寒風と雨のアバディーンの雰囲気がハードボイルドな魅力になってくる。まだ読み終えていないので、ミステリとして謎の全様を評価することはできないが、警察ミステリーとしてはすでに及第点は超えている。派手さのない主人公だけど魅力的。

アバディーンといえば、長崎に住む私には、トーマス・グラバーの出身地としても親しみがあるが、なんといっても、中村俊輔が所属するスコティッシュ・プレミアリーグにチームを持つ都市としても興味がある。
そのチームは「アバディーンFC」。チームの歴史は古く、過去にあのマンチェスターユナイテッド監督アレックス・ファーガソンがチームを率いたことがあり、セルティックの現在の監督ゴードン・ストラカンも選手として在籍したことがあるチームだ。過去には輝かしい記録があるようだが最近はリーグ優勝から遠ざかっている。
「花崗岩の街」の中でも、ありえないことをたとえるのに __ドンズの愛称で知られるアバディーン・フットボールクラブがスコティッシュ・プレミアリーグで優勝するのと同じくらい、見込みがないというわけだ。__という表現をしている。(日本だったら熱狂的なサポーターにクレームもらいそうな表現、こわっ)
グラスゴー訛りが鼻持ちならないとか、「ゲール語を話すやつはばかです」とか、その土地での人にしかわからない複雑な感情のようなものも随所にでてきて、英国の中のスコットランド、そのなかの第3の都市というアバディーンの位置づけのようなものへのシニカルな眼差しも感じられる。

いずれにしろ、イアン・ランキンのリーバス警部シリーズにつづく、新しいスコットランドの警察ミステリーを発見できたのは、大収穫。ポケミス独特の手触りを楽しみながらサクサクと読破できそう。

教会とパブと雨がやたらに多いと書かれているアバディーンだが、ミステリーの舞台としてはなかなか魅力的と感じている。
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by windowhead | 2007-11-12 02:35 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

もうこのCMに勝るものナシ!!「エステー」の「殿」

今朝も桑田圭祐が過去のカリスマ(黒澤明監督、植木等さん、ジャイアント馬場さん)と合成競演するCMのCMを朝のワイドショーでやっていたけど、まあ、こんなCMは「あのCM]に比べたらたいしたインパクトではない。

今私の中で「まいった!」とひれ伏したい「あのCM」とは「エステー」の「消臭プラグ」。

昨年まで、その時代のお城の中にいた「殿」が、最近はなんと現代にいるではないか!
ついこの前はちょんまげのまま、ピンクのフリフリシャツを着て、現代のおばさんとタンゴを踊っていた。それも、おばさんを上手にリードしていたぞ。

この「エステー」消臭プラグの「殿」が、「殿」として最初に登場したのは2004年の大河ドラマ「新選組!」に登場した徳川慶喜。このときの雰囲気がカマキリっぽかったので、大河「新選組!」フリークの間で「カマキリ将軍→カマショー」なんて呼ばれていた。「新選組!」ファンだった糸井重里さんも、「カマショー」と呼んでいたくらいこの慶喜はキャラ立ちしていた。
大河が終わって、そうたたないうちに「エステー」の消臭プラグのCMにこの「殿」が初登場したときは、我が家も新選組ファンのお友達の間でも大騒ぎになったが、そのCMがこれほどロングランを続けるとは予想もしなかった。
新選組!キャラーでは、一番息の長いキャラになってしまっている。

この「殿」、2005年はお城の中で、家老たちと「小さいけれど臭わない」なんてやっていたけれど、2006年、大奥の中にいたりして、物語仕立てになっていた。

そして、この秋、ついに「殿」は現代に登場してしまった。
私が見たのは、ビジネススーツのサラリーマン姿、野球のユニフォーム姿、ピンクの衣装のダンス教師姿。どれも首から上はちょんまげの「殿」。
これはいったいどんなシチュエーションなのかしらん?とエステーのサイトを探ったら、これ

殿様がタイムスリップして現代にやってきた!
消臭プラグ新CM 全11話
「殿 十一変化」篇
らしい。
今後も、サーファーやストリートミュージシャンや高校生に扮した「殿」が登場するようだ。


発表記事によれば、フジテレビ系列月9ドラマと連動して毎週1話ずつ全国でオンエアらしい。
久々に見てもいいなあと思った月9に、さらに絶対に見逃したくないCMがくっついていたなんて!
このCMが月9のときだけしか見られないのなら、CMのために月9を欠かさずみることになりそう

ちなみに、「カマショー」いや「殿」を演じている俳優さんは文学座の今井朋彦さん。
最近は、大河「風林火山」の小笠原長時役で出てきたっけ。我が家ではこのときも「カマショー」でてるよ!と大騒ぎ。さらにTVで放送された映画「交渉人 真下正義」で、ラストのボレロを演奏するオーケストラのシンバル奏者が今井朋彦さんだった。
どちらかというと人望がないのにえばったり、空回りするような役どころの人だけど、消臭プラグの「殿」の明るいはじけぶりは、なんともシュールな笑いと愛嬌があって、見逃せない。
うまい俳優さんの演技が誘う笑いは、ツボに入ると強烈なインパクトになる。

2004年の大河「新選組!」フリークだったお仲間たちも、きっとこのCMは、笑いのツボにドンピシャ ハマっているだろう。そして、2004年、毎週一喜一憂しながら大河を見、ブログやWebで意見交換などしていたことを懐かしく思い出しているだろうね。

「殿」よ、末永く「エステー」に君臨してくださいね。
そのためには、消臭プラグの売り上げアップに協力しなければいけないか~。
「殿」のためなら、買うよ!
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by windowhead | 2007-11-09 18:17 | 日日抄 | Comments(0)

「自虐の詩」な民主党

民主党代表の辞任発言→撤回の一連のニュースを見ていて、「これって幸江とイサオっぽい」なあ~と。

業田良家の4こま漫画「自虐の詩」。
なにか気に入らないとちゃぶ台ひっくり返すイサオと、そんなイサオに「あたしが悪いんだよ、ごめんよ」といってすがる幸江の物語。
漫画が人気だったのは、理不尽なプッツンするイサオと自虐的な幸江の間には、純愛みたいなものがあったからだろうけど、民主の「イサオ」は、他のいい女がおいしい話をささやけば幸江を裏切りそうだし、民主の「幸江」はイサオへの愛はないけど、とりあえず食っていくためにはすがっとかなきゃ、という打算が見え見え。
まあ、寄せ集め世帯の党なんで疑心暗鬼を背負いながらの活動は宿命なのかなあ。
小沢氏の危機感は理解できる。それくらいたった1回の勝利にはしゃぎすぎる人、姫なんて呼ばれて浮かれる女などガードが甘くて未熟すぎる議員多すぎ。
長妻、原口、れんほうなど期待できる政治家になりつつある人がいるだけに、この政党にはどうあっても成長して欲しいわけで、今回のごたごたはその過程の軋轢として見守るしかないか。

今回、もっと問題にしなければいけないのは、大連立がどうだということもあるけど、それを仕掛けた裏工作士が大手マスコミのトップだったかもしれないと言うこと。
これが事実ならジャーナリズムの倫理を逸脱している恥ずべきこと。世界から笑われるのは、幼稚な民主党でなく、ジャーナリズムの根本精神を逸脱して権力に加担しようとする人間が主筆の新聞が堂々と通っている日本の正義感の希薄さなのかもしれない。
このことが本当なら、新聞社のトップが政治に仕掛けた密談をその新聞社が特ダネとして先行すると言うヤラセまがいでスクープでもなんでもないし、この社がそれに関するニュースをどんどんスッパ抜いていけるのは当たり前のこと。でも、こんなこと絶対にあってはならないことでしょ。

昨日あたりから、朝のワイドショーやニュースショーのコメンテータたちの中で、「連立がなければ法案が通らない。現に、参院で民主が勝利してから1つも法案が通っていない。これでは国が動けない。それは国民のためにならない。だから連立は現実的な考え方だ」という人たちが出てきていた。各TV局のワイドショーなどで必ずと言っていいほど1人は同じようなことを言うなあ、やはりコメンテーターって、うまく配置されているんだなあ…と思っていたら、おやおや、今日になったら今度は、同じようなこととをTV出演している自民党議員たちが言い出した。あなたの口から国民のためにならないなんて言葉聞くとは思わなかったよと言ってあげたいような議員まで同じことを言う。
もしかしたら、コメンテーターと自民議員の発言もリンクして仕組まれているのかもしれないとうがった見方をしてしまいたくなる。

お子様な民主党の議員も鵺(ぬえ)のような自民党の議員も選挙で選ばれた人たちだ。
彼らが政治をどうこうするのは、自分の意に反しても納得して託すしかないのかもしれない。
しかし、選挙で選ばれていない人が裏の実力者だということで国政を動かすような動きをすることは許すべきではないと思う。

そんな人たちに比べれば、「自虐の詩」な民主党の姿のほうが、頼りなくてなさけないが生身の人間同士として、私の手が届く政治をやってくれそうな安心感がもてるのか…と。


それから…
「男が一度言ったことを撤回するなんて」とか「辞任と言ったのに発言を翻したのは信義がない」というコメントや感想が飛び交っているけれど、違った見方をすれば「間違いを反省して行動を修正できる勇気ある行動」ということになるんだよね。
小沢って人どうも好きにはなれないんだけど、小沢たたきに乗っかることで、見落とすもののほうが実は仕組まれた本質だったという謀略小説のようなことにならないように、メディアの空騒ぎには乗らないってことが一番大事なのかもね。
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by windowhead | 2007-11-08 12:01 | 男たちの眺め | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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