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岡ちゃん「おれ流」?日本代表の主役はあなたじゃないはず!

バーレーン戦後の岡田監督の発言の数々に正直あきれている。

スポーツ新聞の記事なので、会見がかなり端折られているのかもしれないと思って、ネットで複数の新聞社のものを読んでみたが、ほとんど同じ内容。ということは、まちがいなく、新聞に書かれている内容のことを言ったということだ。

時間がなかったから自分を曲げて、オシム監督がら引き継いだ方法でやってあげたけど、やりにくかった。負けた原因はそこにある。これからはオシム流は捨てて、遠慮なく「おれ流」で行かせてもらうと啖呵を切った岡田さん。

はぁ~。

あのバーレーン戦のどこにオシムサッカーの片鱗でも見られましたっけ?バーレーン戦を見ていた岡田派もアンチ岡田派もサッカーファンのほとんどが、ついにオシムのサッカーが消えてしまったと感じている。あの戦い方はマリノスや札幌時代の岡田さんの戦いそのものだったじゃない。おそらく新生岡田ジャパンに期待していた人たちでさえ、昔の采配からあまりにも変わらなさすぎる岡田さんに落胆したり訝しく思ったはずだ。
それくらい「岡田流」なバーレーン戦だったのに、あれにオシムさんの名残があるという。
詭弁にもほどがあるんじゃないのか。

まあ、そういうと岡田さんのことだから「選手も自分が本当に使いたい選手じゃない。それにコー
チも自分の意向じゃない」と言うだろうけど。

今回の会見の真相は、大熊コーチたちオシム監督時代のコーチと遠藤、加地、阿部、鈴木選手あたりをスタメンからはずず、もしくは切るためのパフォーマンスだと疑いたくなる。

すでに、コーチ陣に対しては、「やりにくい」と今回の会見で公表している。
スタメンから遠藤選手が外れていたのは体調が理由でなく「戦術面からだと言われた」と遠藤選手自身が言っている。もしこのスタメンで勝っていれば、結果的に遠藤選手不用となるわけだ。加地選手も東アジア選手権で意味不明のポジション変更をさせられ、その要因となった内田選手は今回は使われないまま。もともとこの2人も3バックのスタメンには要らないという腹積もりだったのだろう。稲本選手が参加できていたら、鈴木選手と変えていただろうし、次からDFラインは高さのある選手を起用しゾーンで守ると言っているところを見ると、阿部選手をはずすことになるだろう。この選手たちをはずしてしまえばオシムサッカーの香りは完全に消えてしまう。
策略家の岡田さんのことだからあながち勝手な想像ばかりではないかもしれない。

これまでのチームはまだお試し。これからが本当の岡田流日本代表だと言うニュアンスだが、それじゃ、チームを犠牲にしながら大人数を代表に送り出して怪我までさせられたガンバ大阪や浦和レッズなどは立つ瀬がないだろう。
西野さんはハラワタ煮えくり返っていることだろう。(ちょこっと西野ファンです、私。)

今回の岡田さんのやり方を見ていると、この人はあのフランスW杯時から変わっていないなあと感じる。選手への愛情がない。自分が注目されたいが批判的な状況になると逃げる。フランスW杯時、選手たちの精神的支えでもあったカズ選手、北沢選手を戦術にあわないからと土壇場ではずしたパフォーマンス。その席で中心選手と名指しされた城選手はカズ選手たちがいなくなったことで心細く不安にさいなまれていたと後に語っていた。岡田さんはメンタル面の重要さを理解したくないタイプかもしれない。

岡田さんが人間的に信頼できない一番の理由は、フランスW杯惨敗後、チームと一緒に帰国しなかったこと。
負けて自国に帰るのはだれでも気が重い。厳しい批判が待っているだろう。それを受けて立つのが代表監督の最後の仕事のはずだ。それを逃げている。現に城選手は空港で水をかけられた。選手を矢面に立たせて自分は逃げている。
今回も他人のせいにする本質は変わっていない。

そもそも、サッカーの日本代表とはだれのことだろうか。
岡田ジャパンだのオシムジャパンだのと言われて、監督が注目されるため代表の主役は監督と思い違いをしそうだが、代表の主役は選手なのだ。
もちろん、選手、監督、スタッフを含めて日本代表なのだろうが、その主役は選手。それが証拠に、サッカーナショナルチームの監督は外国人でもいいが、選手はその国の国籍がないとなれないのだから。監督は彼らの指導者、相談相手であっても彼らの上に君臨する権利はもっていない。国民は選手に思いを託すのだ。だから選手がふがいないと選手にブーイングする。選手を粗末に扱う監督があれば監督を変えろと言ってもいいはずだ。
オシムさんは厳しいがそれが分かっていた。だからこそ全部の選手を平等に扱った。中村俊輔選手のようにオシムさんから一番厳しい批判を受け続けていた選手がオシムさんをリスペクトしているのは、オシムさんの、サッカーと選手たちへの愛情の大きさを感じているからだろう。

岡田さんの危うさは、サッカーと選手への愛情の希薄さが見え隠れするからだ。
岡田さん、これからも日本代表の監督をするのならば、そろそろ精神的に成熟した尊敬される大人になって欲しい。そのためには自分だけがいい子になろうとしないことだ。まして、若輩や仲間を踏み台にしては男が廃ると言うものだ。

いい女には、もてないだろうなあ、岡田さんって…。




…追記…
上記の文章でフランスW杯時のカズ選手はずしのことを書いていたら、カズファンの友人からメールが来た。
「岡田さんがカズ選手と北沢選手をはずした理由は戦術に合わないといっただけではないぞ、チームの空気が悪くなるからとも言ったんだ!」とのお叱りだった。それは知らなかった。
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by windowhead | 2008-03-30 04:13 | 紙のフットボール | Comments(6)

バーレーン戦と中村俊輔の言葉

バーレーン戦の象徴的なできごとは、遠藤選手がスタメンにいなかったこと。
よほど体調が悪いのかと思っていたら、サブメンバーに名前があった。ということは、戦術的にスタメンからはずしたということだ。
いよいよ出たね、これが岡田色なのね。ということは、バーレーンと同じスタイルのサッカーをやるというわけね。中村憲剛選手が縦に蹴りこんで、山瀬選手や大久保選手がシュート打つんだと素人目にもわかる戦術。それなら昔からその戦術が得意な中東のほうが上をいくのは目に見えている。なら、それ以上のなにを持っているのか、どこに勝算を読み取っているのか?まさか、この試合も「お試し期間」というわけではないだろう。

遠藤選手がいないと言うことだけで、難しい試合になりそうだとの予感。
ボールをキープできる選手がいない。いやキープする気はないから外したのだろうけど、遠藤選手の存在意義はそれだけではなかったはず。なによりも何にも動じない落ち着きのゲームメイクと国際試合の経験値の高さが一番の価値なのに。その結果、前半はあわてふためいたようなぎこちないサッカーになってしまった。
後半、山瀬選手に代えて遠藤選手が出てきたとたん、日本のプレーが動き出したように見えた。
飛び出しと決定力で岡田さんの一押しの山瀬選手より、遠藤選手が機能するのはなぜなのだろう。それは、きっと信頼関係だと思う。鈴木選手、中村憲選手、遠藤選手がオシム時代から培ってきたプレーの信頼関係が機能し始めたのだと思った。この3人の連携は今の日本代表の要だと思う。中村俊輔選手が帰ってきても3人の連携は崩せないと思う。
それをまさか3次予選最大の正念場で崩してしまうとは。おまけに、加地選手まではずして内田選手で試してきた4バックを3バックにかえている。DF陣に戸惑いや連携の不安はなかっただろうか。選手たちのメンタル面も考えずやりたいシステムを試しましたでは選手たちがかわいそうだ。
岡田監督+大木コーチは、バーレーンを甘くみていたのだろう。海外経験のない監督たちの思い上がりを感じる。あなたたちは、中東をなめているのか!韓国、中国なんかより手強いし、身体能力も高い。おまけにアフリカ選手が帰化しているという情報もあったはずなのに。
いずれにしても、自分たちのスタイルが確立していないサッカーが負けるのは当たり前なのだ。

などと、偉そうなことを言っているが、これは中村俊輔選手の受け売り。
最新の「Number」(4/10号)に「CLバルセロナ戦を語るー中村俊輔」という記事があった。

カンプノウでの対戦を終えグラスゴーに帰ってきた直後のインタビュー。
この3ページにわたるインタビューには、日本のサッカーにとってものすごく貴重なものがたくさん含まれていると思う。
バルセロナのサッカーをこれだけ具体的に語れる人はいないだろう。中村選手が語る言葉からどのシーンかが分かる。そのときの観客には見えないピッチ上での細かい部分までわかるのだ。
以前からそうなのだが、中村俊輔選手は言葉にとても敏感な人だ。彼が通訳を使うことで語学力がどうのと言う人が多いが、彼はより正確なことを伝えたくてあえて通訳を通しているのだと思う。それはオシム監督が、かたくなに母国語でインタビューに答えていた姿勢に通じると思う。
その一例が、「今、理想のサッカーを上げるとバルサのサッカーか?」と言う質問に対して
「好きなサッカーはあれだね。理想というより好きなサッカー。あのサッカーが常に勝つとは限らないし、カウンター一発でやられる可能性もある。……」と答えている。
理想のサッカーと好きなサッカーとを言い分けるシビアーさ。中村俊輔選手の中では、サッカーはそれほどまでに細かく分類されているということ。その精密な分類やニュアンスを表現するには一般の英会話力ではおぼつかないはずだ。彼が如何に伝えることを大事に考えているかを感じさせる一面だ。

話をもどすが、そのインタビューの最後のほうで、バルサやビッグクラブとの対戦で感じたもの得たものは?と言う質問がある。
それに対して、「どの国にもそれぞれのサッカーの形がある。バルサにも形がある。その形の上に個人の能力がプラスされてチームの強さが増す。それを今後セルティックでも日本代表でもやっていかなければと思った。」と答えている。

監督が変わればサッカーが変わる。もうそんな時期ではない。日本のサッカーのスタイルが必要だということだろう。
それはオシム監督が日本代表監督に就任したときの言葉と似ている。中村俊輔は体験を通して、日本代表が今最も大事にしなければいけないことを伝えている。私たちは、もう少し彼の発言に耳を貸してもいいのではないだろうか。それは、宮本選手などW杯を経験し、いま海外にいる選手たちの発言に対してもだ。

そして、最後に中村俊輔はこうも言っている。
「……CL(チャンピオンズリーグ)という舞台には本当に強い相手しかいない。この先もできるだけCLでやれたらと思う。」と。

これこそが、中村俊輔ファンが最も聞きたかった言葉なのだ。
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by windowhead | 2008-03-27 17:39 | 紙のフットボール | Comments(4)

オシム監督退院!だからこそ今「SVABO!OSTANI!」

昨日オシム監督(あえてこの呼び方を使う)が退院したそうだ。
すでに岡田体制になったとはいえ、オシム監督の薫陶を受けた選手たちが主力をしめている今の日本代表。バーレーン戦を前に、選手たちにも、最高のニュースになったのではないかな。

オシム監督の「退院にあたって」というメッセージが財団法人日本サッカー協会のホームページで発表されていた。
久しぶりに読むエスプリの効いたメッセージに、ちょっと胸が熱くなる。

「~みなさまには次のようにお願いします。
スタジアムに足を運び、選手たちに大いにプレッシャーをかけて下さい。もっと走れ、もっとプレースピードを速くしろと。
そして選手たちが良いプレーをした時には大きな拍手を与えて下さるように。」

なんというサッカーへの愛にあふれたメッセージだろうか。
オシム監督のメッセージを日本語に訳してくれたのは、千田さんかな。今年もオシム監督の通訳として、話し相手として多くのものを吸収し、近い将来日本代表を率いたオシム監督とそのサッカー観を1冊にまとめて欲しい。


オシム監督が日本代表を率いなくなって、今でもその喪失感の大きさは薄まらない。
日本代表の周りからワクワクしたものが無くなってしまった。
松木安太郎氏が「サッカー番長」(杉山茂樹編集)という雑誌の中で「オシムのサッカーが新しいわけではない。あんなの昔ヴェルディーで自分たちもやっていた」と語っていた。
たしかに、サッカースタイルはトータルフットボールと言われる基本的なスタイルなんだろう。それでも、オシム監督がそれを日本の選手に伝えるとき、そこには選手を魅了する「なにか」があったのだ。だからあの1年、選手も日本中のファンもオシム監督に魅了され続けたのだろう。
それは、中村俊輔選手や鈴木啓太選手が、岡田監督就任以後のインタビューでも、オシム監督とそのサッカーにリスペクトを送りつづけていることを見てもわかる。
中村選手は木村元彦氏のインタビューで「オシム監督のサッカーは、未来のサッカーと言う感じがした」と語っている。
日本の選手、いや岡田監督も含めて日本のサッカー界で、最もリアルに世界のサッカーと接している選手が言う言葉だ。重みがある。
オシム監督の交代を一番残念に思っているのは、中村俊輔選手ではないのかな。それと鈴木啓太選手。私は、鈴木選手が、オシム色のバロメーターと思っている。岡田ジャパンから、もし鈴木啓太選手が外れることがあったら、そのときが日本代表および日本のサッカーからオシム監督の理想が消えるときだと思っている。それはまた、日本のサッカーが混沌とするときかもしれない。

きょう、日本代表がどのようなサッカーでバーレーンと戦うのかぜんぜん見えない。
どのようなサッカーでも勝てばいいのかもしれない。
オシムサッカーの特長でもあったスペースをつくりながらの連携より、ドリブルとミドルシュートでゴリゴリいく方が個人技に優れた選手だと持てはやされる雰囲気が最近の日本のサッカーメディアから感じられる。しかし、今の代表選手の個人技がどれほどのものなのか、世界との比較はまだ見ていない。彼らの個人技はJリーグの中での比較でしかない。今日のバーレーン戦でそれが試される。



バーレーン戦の当日、オシム監督の退院メッセージにかこつけて、いまさらのようにオシムサッカーを思い出そうとするのには訳がある。

「サッカー批評」38号で驚くような記事を読んだからだ。
サッカー協会の小野剛技術委員長がインタビューの中で、岡田監督を選んだ理由について語っている部分だ。
「オシム監督が築いてきた土台の上に新しい色、個性を積み上げられる」人という理由で岡田監督が適任となったらしいが、この「オシム監督の土台」というのは「サッカーのスタイル」でも「これまでのメンバーによるチーム」でもなく「日本人選手のよさを出すサッカーをする」ということだという…。
驚くというか呆れるというか…。
最も具体性に欠ける部分をもって「オシム監督の土台」とするのだという。
「日本人のよさを出すサッカー」とは何か?それをオシム監督は1年間である程度まで作り上げてきてくれたと言うのに、それは踏襲する必要はないというのだ。

だから岡田監督は就任時に「オシムさんのサッカーはオシムさんにしかできない」と最初からオシムサッカーを捨てたような発言ができたわけだ。
すでに彼の就任時に、オシムサッカーはリセットされていたことになる。
そのことは選手たちにはどのように伝えられたのだろうか?選ばれた選手たちは、新しい監督のやり方にあわせて戦っていくだけかもしれない。
じゃあ、私たちファンはどうだろう。サッカー批評で初めて語られたこと。「オシム監督の土台」に期待している人は多い。それが「日本人選手のよさを出すサッカーをする」と言う部分だけと知ったとき、どれほどの落胆を味わうことか。

今後、オシム監督が選んだ選手たちがどんどん消えて岡田監督好みの選手に変わってくるだろう。中村憲剛選手、遠藤選手、鈴木啓太選手、阿部勇樹選手、巻選手が消えていくのかもしれない。現実に献身的な走りと守備の加地選手を攻撃参加しかできない内田選手に変えた。
小笠原選手、本田選手、小野選手を!との声も聞かれる。オシム監督がなぜ彼らを選ばなかったのか。そこに、オシムサッカーの本質があったのかもしれない。

バーレーン戦は、東アジア選手権を試運転の場とした岡田サッカーの現時点での完成形が見られるわけだ。
そこにはオシムの理想は微塵もないのだと自分に言い聞かせて選手たちを応援することにしよう。

「…そして選手たちが良いプレーをした時には大きな拍手を与えて下さるように。」
オシム監督のメッセージだからね。


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備忘録として、オシム監督のメッセージの全文を転載させてもらおう。協会のページのリンクがいつ切れるかわからないから。

~退院にあたって~

「このほど入院治療から“解放”されるにあたり、これまでご支援、激励を寄せて下さった日本全国および世界各地のサポーター、日本サッカー協会をはじめとするすべての皆様にあらためてお礼申し上げます。
とりわけわたくしの生命を救って下さった順天堂浦安病院、帰宅できるまでに回復を助けて下さった初台リハビリテーション病院の医師、看護士、スタッフの方々にはわたくし個人と家族一同より心から感謝いたします。プロとして適切な処置・治療をして下さり、わたくしのような重症の場合でも、助言に耳を傾け、規則正しく規律ある努力を続ければ社会復帰できるということを身をもって証明しました(といっても、集中治療やリハビリを受けるような病気になるようにお勧めするわけではありません)。
私個人はこれからもリハビリトレーニングを続けてまいりますので、今後ともご支援をお願いします。
FIFAワールドカップ2010年大会の予選、北京オリンピックでの健闘と幸運を祈ります。日本サッカーの進歩は常に私の関心事ですから。応援しています。
また、みなさまには次のようにお願いします。
スタジアムに足を運び、選手たちに大いにプレッシャーをかけて下さい。もっと走れ、もっとプレースピードを速くしろと。そして選手たちが良いプレーをした時には大きな拍手を与えて下さるよ
うに。」

2008年3月25日 イビチャ・オシム

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by windowhead | 2008-03-26 16:19 | 紙のフットボール | Comments(1)

おじさん二人、江戸から長崎までを歩く

62歳のおじさんたちが、東京から長崎までの約1000キロを50日をかけて歩きとおすという冒険の旅を続けている。

先週水曜日、雨の中、お江戸日本橋を出発した二人のおじさん、甲州街道、中仙道とつないで、大津街道、京街道で大阪まで。その後は船で四国にわたり、讃岐街道、今治街道をへて、また船で小倉へ、それから長崎街道で、出島に到着という行程。
5日目の今日、100キロ地点を越え、勝沼に到着したようだ。
足がいたいよ、と言いながら、甲州ワイン1本あけた!とメールが入った。
おいおい、道中は禁酒だ!って、決めたんじゃなかったっけ?
おじさん二人、道中には、長年の人脈、友人たちが待ち構えているはず。友情を暖めるのにお酒はかかせないはず。適度に楽しんで、ほしいな。

実は、おじさん二人の旅をホームページでサポートしている。
なるべく身軽に歩けるように、それでも毎日の様子を知人たちに伝えるには、ホームページが一番だろうということで、旅日記や旅のデータなどを公開することになり、その役目が回ってきたわけ。ブログを使うことも考えたが、やはり最終的には、データーの整理と保存、著作権などを考えると独自サーバーでのホームページのほうが絶対にいい。反面手間はかかるが…。
それでも、リアルタイムで届くメールにいろいろと教えられることが多い。
なにせ、毎日コースや歩いた距離、歩数から消費カロリーまで送ってくる。せっかくだから一覧表を作ったら、冒険の旅を応援する人たちから好評のもよう。

5日を歩き100キロを越えたが、完歩は50日、1000キロの行程。まだ、10分の一だ。
先は長い。無理をせず、無事に出島で再会できることを祈っている。

おじさん二人のテクテク旅の様子を知りたい方は、ホームページ「青春再見!」をご覧ください。
そして、もしあなたの街で出会ったら、応援の声をかけてくださいね。
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by windowhead | 2008-03-25 00:46 | 男たちの眺め | Comments(3)

佐古招魂社と新選組…

振遠隊戦士遺髪碑と戦没者名
やっとできた!西南戦争、台湾出兵戦没者(長崎埋葬)データベース
佐古招魂社で慰霊祭

ことしも、梅ケ崎・佐古招魂社で行われた慰霊祭に出席した。
毎年ここを訪れるようになって何年になるだろう。
ここに祀られている人の名簿をつくったり、それをデータベース化したりして、いつのまにか、ちょっとしたライフワークっぽくなっているが、ここに至る最初のきっかけはなんと新選組だった。

新選組を知っていく中で戊辰戦争と会津藩に興味を持ち、戊辰戦争を調べる中で長崎からもこの戦に参戦している人々がいたのを知った。それが振遠隊であり、箱館戦争で爆沈した朝陽艦の乗組員たちだった。朝陽艦の戦没者慰霊碑が函館にあるのに、長崎にはないのかと調べていくうちに、梅ケ崎・佐古招魂社のことを知った。
ここには、戊辰戦争だけでなく、台湾出兵や西南戦争で負傷し長崎の病院に運ばれて戦病死した政府軍兵士の墓標や慰霊碑もある。
当然のように西南戦争にも興味をもつようになる。これまで西南戦争といえば西郷軍の側をあつかったものが多い。ともすれば悪役であった政府軍の側の資料から西南戦争をみるとまた違ったものが見えてきた。
おもしろいことに、政府軍側から西南戦争をみていくと、戊辰戦争で生き残った会津の武士たちと再会する。さらに、川路大警視が指揮した警視庁の警察官による別働第3旅団は長崎を拠点にして船で海路、熊本をめざしていた。そして警視庁の兵士といえば、会津の佐川官兵衛や新選組の斉藤一がいる。(二人とも別働第三旅団ではなかったが)
ぐるりと回ってまた新選組に戻ってくる。

長崎と新選組なんて、何の接点もないと思っていたが、多くの接点も見つけてしまった。
「長崎微熱」という郷土史ホームページを立てて「梅ケ崎、佐古招魂社祭礼者リストデータベース」をアップしているが、それを見て、知り合いが子孫にあたるとメールを下さった方もいる。今回の慰霊祭では、ひいおじいさんが振遠隊隊士だったという方と知り合った。
なにかにこだわっていると、必ず貴重な出会いというものがあるのだ。

久しぶりに、新選組本を読もうか。
1冊えらぶなら、なににしようかなあ。「新選組血風録」か「幕末の青嵐」か…
以前、ブログで意見を交わしていたコアな新選組ファンのみなさんがもしここを読んでくださっていたら教えてくださいね。、あなたのお勧めはなんですか?
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by windowhead | 2008-03-21 01:33 | 長崎と幕末維新 | Comments(2)

映画「プライドinブルー」が長崎でも上映される!

昨年読んだサッカー関係の本のなかで、とてもすがすがしい1冊があった。
それは「プライドin ブルー」というもう1つのワールドカップに出場した日本代表を追った勇気をくれる1冊だ。
その感想は以前、このブログに書いた

ご存知の人も多いようだが、もう1つのワールドカップを追ったドキュメンタリー映画がある。
映画「プライドin ブルー」
すでに東京や一部の地方で昨年上映されていたようだが、私にはまだ見る機会がなかった。
その映画「プライドin ブルー」がやっと長崎でも上映されるようだ。

昨日長崎市の中通りという商店街の一角にこのポスターがはられていた。
コピー仕上げのちらしもあった。
ちらしによると、主催は「映画「プライドin ブルー」を見る会」というグループ。代表者は元長崎県サッカー協会会長で現長崎県ハンディキャップサッカー連盟顧問の方になっている。後援には、長崎県サッカー協会やVファーレン長崎も名を上げている。
地元のサッカー関係者の協力でこの映画が上映されることがとてもうれしい。

長崎での上映は1日だけ、それも2回だけと少ないが、ぜひ見にいくつもり。

長崎での映画「プライドinブルー」の上映は

上映日:4月29日(祝日)
場所:長崎市チトセピアホール
上映時間 1回目11:00~  2回目4:00~


前売り券はプレイガイドやチケットぴあ、ローソンチケットなどでとりあつかっているようだ。
詳細の問い合わせは、095-824-2974(長崎県映画センター内)

サッカーはすべての人のためにある!
だれもが楽しむ権利をもつ!

そんな気がする。
サッカーをプレーしない私、観戦するチームがない(Vファーレン、ごめん!)私でもTVや本を通して楽しんでいる。
サッカーの裾野には、そんな人たちもいる。応援にいけるチームとスタジアムを持つ人たちは本当に恵まれているなあと心からうらやましい。
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by windowhead | 2008-03-18 15:01 | 紙のフットボール | Comments(0)

バルサTVのバルサ対セルティックは別の楽しみ方ができた

2日続けて、バルサTVでCL杯バルサ対セルティックの1st leg,2nd legを見た。
解説は倉敷康雄、ゲストは金子達仁。
すでに見たゲームだが、バルサファンの視点からみる格下セルティック戦はどんなに表現されるのか、なかなか興味深かった。

1st legではカネタツさんも倉敷さんもなによりセルティックパークの雰囲気に感激している。歯に衣着せぬ辛らつ批判屋さんのカネタツ氏がこの日のセルティックパークの雰囲気に自然とテンションがあがっているのがおかしい。セルティックサポーターに埋まったセルティックパークはコアなサッカーファンにとってやはり聖地のひとつなんだね。カネタツ氏、「セルティックパークの雰囲気を収録したDVDがあったらサラウンド方式で聞きたいよ~」とまで。セルティックの2点は絶対にセルティックパークが後押しした得点だとも。

反対に、2nd legのカンプノウは、カネタツ氏倉敷さんに言わせるといつもと違うらしい。
年間パスを持っている人たちがこの日は、そのチケットを手放しているようだと。そのチケットを手にした観光客たちが多い。だから雰囲気がぜんぜん違うらしい。
おまけにメッシの怪我退場があり、バルサ側は選手もサポーターも心ここにあらずの雰囲気だと解説していた。たしかに、後半戦になるとゴール裏ががら空きになっていた。

ゲーム内容はだれが解説してもチームの力の差が歴然としたゲームだったので、特別にこれといったものはなかったが、倉敷さんが、セルティックの選手の名前を間違わないのに驚いた。パスをつなぐ選手の名前がごく自然に口から出ている。
倉敷さんが、毎回セルティックを見ているはずはない、カネタツ氏なんか絶対に見ていないはずだが、それでも解説に不満はなかった。
カネタツ氏は中村俊輔を中村君と呼んでいた。中田英寿はヒデであって中田君とは呼んでいなかったように思う、カネタツ氏には中村俊輔はただの一選手なんだなあと。
セルティック戦のカンプノウは、いつものカンプノウではなかったという彼らの言葉が中村俊輔に届いてほしい。
カンプノウでプレーすることが夢だったと言う俊輔に、あのカンプノウは本物のカンプノウじゃないらしいからねとけしかけて、さらに欧州で活躍する決心を煽りたい。


倉敷さんの豆知識で、セルティックには、たった1人、カンプノウで得点した人が居ることを知った。
それは監督のゴードン・ストラカン。ストラカンがリーズの選手時代にチャンピオンズカップの再試合がカンプノウで行われ、ゴールを決めているらしい。相手はドイツのチームだったのかな?
さらに、「花形選手ばかりのバルサのどの選手に、スタメンから外れて欲しいか」というインタビューを受けたストラカンが「それはもうゴールキーパーだね」と答えたエピソードを紹介して、あざやかなジョークで切り返すストラカンの英国人らしさを好ましげに話していたのも印象的。
2nd leg終盤になって、ほとんどの人がセルティックの勝利はありえないという状態でもアグレッシブに指示を出しているストラカン監督の姿が映ると、ストラカンはまだあきらめてないんだなあと二人ともストラカンの戦う姿勢にリスペクトを贈っていた。ゴードン・ストラカンは日本で「三菱ダイアモンドサッカー」が放映されていた時代からのサッカーファンにとっては愛すべき名選手の一人なんだなあ。

メッシが怪我をしたりと、場面場面では激しいプレーもあったが、悪意のある危険なプレーではないのでゲームが荒れないという言葉も印象的。
また、両チームの選手の審判へのアピールの仕方なども、参考になる。
ファウルを取られてアピールはするが、すぐに納得してプレーにもどる。その引き際が鮮やか。
デコの愛嬌のあるアピールは日本選手もぜひ参考にしてほしい。今のJリーグの選手は最初のアピールから喧嘩腰。交渉は笑顔でやんわりとという基本を知らなすぎるから、すぐにヤクザの喧嘩みたいに品のない小競り合いになるんだろうね。デコをみならえ!と、これが一番の教訓だったなあ。

倉敷、カネタツ両氏が茶飲み話しながら解説したようなバルサTVのバルサ対セルティック戦。和みつつも、私的には得るものが多かった。
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by windowhead | 2008-03-14 12:03 | 紙のフットボール | Comments(2)

中村俊輔とオシムさんが理想としていたサッカーとは

今日未明、カンプノウでバルセロナ対セルティック戦があった。
1:0でバルセロナが勝利し、この時点で、今シーズンCL杯への中村俊輔の挑戦は終わった。
中村俊輔がどのようなコメントをくれるか、それは今夜の「スポルト」あたりに期待しよう。

一昨日、「スポーツ報知」のサイトでとても重要なインタビューを読んだ。
俊輔攻めて攻めてバルサ撃破だ…4日CL第2戦直前インタビュー というもので、

2月20日のCL杯決勝トーナメント第1戦の敗北から2週間、彼がその敗北をどう総括し、セカンドレグに挑もうとしているか、たいへん分かりやすく語っている。
そしてそこにはものすごく重要な要素が含まれていた。

バルサの強さ、うまさが圧倒的だったということを、実に分かりやすく語っている。

「想像以上の衝撃だった。マンUにもミランにも勝てたけど、何もやらせてもらえなかった。
試合中、約12キロ走ったけど、ほとんどが相手の攻撃の対応。すごく疲れた。ボールを奪っても、体力やパワーはもう残っていない。セルティックパークであそこまでやられたことは一度もなかった。精神的に疲れた」
 ―サッカー人生の対戦相手でも別格?
「パスを回しながらボールを支配する能力はダントツ。バルサ、サンドニのフランス代表、ドイツW杯のブラジル代表の順にうまい。ボール回しと連動があまりに上手でつかみどころがなかった。こっちはパス4本もつなげなかったのに…。これがサッカーだ、とも思った。オシムさんではないけど、どんな試合にも学ぶことはある。衝撃が大きかったので、それを探すまで時間のかかる試合だった」(スポーツ報知記事より引用)


こんなインタビューを読むと、本当に中村俊輔のファンでいることをありがたく思ってしまう。彼は自分をものさしに、相手の特長や強さを具体的に語る。バルサの強さは、俊輔が別人のように憔悴しきっていたあのドイツW杯ブラジルより強いということだ。あのブラジル戦を自分なりに総括し、弱点克服の積み重ねでその数ヶ月後、マンUやミランと戦い勝ったりもしたのだ。
そのブラジルより圧倒的に強かったというバルサとの対戦から彼が学んだことが、実に興味い。

「個人的に原点に返った。プロになって一番最初に世界と戦った世界ユース選手権(97年マレーシア大会)での(当時の)山本昌邦監督の練習を思い出した。相手とのボディーコンタクトをなるべく少なくするには、いい角度でパスを受ける。それには相手より先にいいポジショニングを取る。1人だけでは駄目。周りも次々に連動する。一番大事なのはそのアングルと連動だった。バルサは難しいプレーをせず簡単なパス回しで崩していた。自分の理想で、しかも日本人の特性にも合っている。あの試合でサッカーの本質が分かった。そして、オシムさんが目指していたものはこれか!とも思った」(スポーツ報知記事より引用)

バルサとの戦いで、中村俊輔は、オシムさんが目指していたものを知り、それが自分の理想としていたサッカーと本質的に同じだったことを知る。
以前からオシムさんと俊輔のコメントを読むたびに、オシムさんが日本代表に求めているサッカーと俊輔が理想と言うサッカーって似ているんじゃないかなあと思っていたが、それを体験として実感した俊輔の言葉はとても重要だ。
この時点で、中村俊輔の理想のサッカーは、オシムサッカーであることが明確になった。
そして、オシムさんが目指していたことを具体的にこう表現している。

「オシムさんは、ミスに対してかなり敏感だった。リスクをかけた縦パスでボールを取られるなら、まだボールを保持し続けることを好む。例えば、個人技でシュートに持っていくプレーはアジアレベルでは通用するけど、世界のトップには通用しない。シュートまでの作業をもっと簡単にするため、チーム全体の運動量を増やして緻密(ちみつ)に連動した。技術やフィジカルは世界のトップにまだ及ばないから、とにかく走った。バルサはパスを回し切る技術にしつこくこだわっている。オシムさんも連動をベースに日本人の特性の運動量とアジリティー(敏しょう性)を加えたサッカーを目指したと思う。個人能力に違いはあるけど、目指していた方向性は同じだった」(スポーツ報知記事より引用)

オシムさんが目指していた日本代表は、選手のレベルは違うが、バルサのサッカーだったのだと。
たしかに、オシムさんはエレガントなサッカーが好きだった。チームでエレガントなサッカーをするために、水を運ぶ人を大事にした。個人でエレガントなプレーができる俊輔にチームで創るエレガントなサッカーの本質を理解させるために、フィジカルと走力を要求したのだろう。
同じサッカーを理想としながら、理解しあうのに時間が足りなかった2人のサッカー観が、俊輔の経験を通してピタリと重なった。
このインタビューはオシムさんに伝わっているだろうか。

しかし、すでに日本のサッカーは違う方向に進みつつある。
今の日本代表が進んでいる方向は「リスクをかけた縦パスで個人技でシュートに持っていくプレー」に近い。世界を経験した中村俊輔と知将オシムがそれは「アジアレベルでは通用するけど、世界のトップには通用しない。」と言っている。

中村俊輔が日本代表に合流したとき、オシムサッカーが影もなく崩壊しているのを体感するだろう。そのとき、彼はどうするだろうか。
時間はかかっても、自分がぶつかった問題を分析し、納得のできる形で自分を修正したり、廻りに修正を求めたりしてきている俊輔。今回は、すでにベテラン選手になっている彼だからこそ、監督にも目指すサッカーの方向性への疑問をぶっつけてもらいたいと思う。それは傍目には生意気に見えるかもしれない。それでもやって欲しい。それが中村俊輔の一番大切な仕事なのかもしれない。未来の日本代表を託される人材の一人であることは間違いないのだから。

誰もが俊輔に期待してしまうのは、彼が絶望の中から何度も蘇ってきているからだろう。
腐りながらも、自分を立て直してこつこつと積み上げようとする頑固な愚直さと、それを開花させるファンタジーを持つ稀有な存在。
ピカピカの若手が出てきても、結局最後は中村俊輔に期待してしまう。
彼の存在はパンドラの箱の底に残っていたものに似ているのだ。
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by windowhead | 2008-03-05 13:03 | 紙のフットボール | Comments(11)

「サッカーは笛ではじまる」(朝日記事)で家本判定の疑問が解けた。

前のエントリー「家本さんは変わってなかった」で、ゼロックススーパーカップでの家本審判のことを書いた。そのなかで、個人的な疑問として、1)なぜ家本さんだったのか?2)この審判団のジャッジのコンセプト、3)それはJリーグ統一の見解なのか?4)国際標準なのか? という疑問をあげた。

今朝(3月4日)の朝日新聞スポーツ欄(九州版です)その解答をいただいたような記事に出会った。タイムリーであり、適切な記事だった。

「サッカーは笛で始まる」というタイトルの、日本サッカー協会審判委員長松崎康弘さんによる連載記事だ。今回は「スーパーカップ」と題して、家本審判の判定の正しさと対応のまずさについて書かれていた。
個人的な疑問の1)に関しては、家本審判になったのは「今期の基準になる笛を期待して」日本サッカー協会が指名したということ。
2)については、「今期の基準になる笛」ということで、主審、副審ともに統一した見解で笛を吹いていたということ。

松橋さんの見解では、「判定の多くは正しかった。特にPKのやり直しに関してはしっかりやっていた。」というものだった。
久保のPKやり直しは、ボールを蹴る前に両チームの選手がペナルティーエリア内にはいっていた。PK戦に入ってから、曽ケ端がシュートを止めたのに2回やり直しをさせられたのは、2回ともボールが蹴られる前に、曽ケ端が前に動いたということで、審判の判定は正しかった。というものだ。
疑問の3)4)にもかかわることだが、「国際サッカー連盟はゴールキーパーの飛び出しが見過ごされすぎているという懸念を表明している。日本サッカー協会も、やり直しを命じるように指導している。主審は、勇気を持って、正しく対処してくれた。他の審判たちが日常的に徹底できないことが誤解と混乱の背景にある。」と書かれている。
PKでのゴールキーパーの飛び出しは国際的な問題になっており、今後厳しく対応されていくということのようだ。ならば、日本もそれに従うべきだろう。

では、なぜ試合が荒れたか。それに対しては、主審のゲームコントロールのまずさをあげている。
「岩政への警告のときの対応の悪さがことの始まりだった。そのとき主審は不安そうに副審の方をみつめるなど、、動きから判定の確信のなさが伝わってきた。それを引きずり、その後、せっかく良い判定をしても選手に納得されず、観客の不信感を募らせた。毅然とした態度を持ち続けることや適切な選手とのコミュニケーションが足りなかった。」と、松崎さんは書いている。

松崎さんによれば、この試合はJリーグ担当審判員が開幕前研修会として観戦していたようだ。
そこで、この試合を参考に、全員に説得力と一貫性のある笛を求めたという。

とても納得のいく記事だった。
振り返って、自分がフェアな気持ちでこのゲームを見ていたか?
「主審、家本だよ!」ここで、すでに色眼鏡で見ていたことに気付く。また、審判の「判定」と「対応」をいっしょくたに見ていることにも気付く。物事は整理と分析が大事だなあと、改めて感じた。

いよいよJリーグが始まる。
たしかに、ゲームはおもしろいほうがいい。それには判定もあまり厳しく取らず、流してくれたほうがスペクタクルなサッカーになるかもしれない。でも、サッカーは日本だけで完結するものではないし、選手たちの目標も国際的な視野にある。それならば、やはり国際的な見解に従がった厳しい判定のなかでやっていくほうがいい。
過去に日本代表のフェアプレーを馬鹿にした評論家氏がいたが、彼らのような次元の低い考え方の輩が国際的なサッカー通だと言えた時代は終わったと思う。サッカーを取り巻く環境は更に進化しているが、フェアプレーを尊敬する考え方は、未来永劫に変わらないはずだ。
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by windowhead | 2008-03-04 12:07 | 紙のフットボール | Comments(2)

家本さんは変わっていなかった。

ゼロックススーカップは鹿島も広島も高いモチベーションで挑んだおもしろい試合だったけれど、審判の不可思議な笛で、なんとも後味の悪い結果となってしまった。

昨シーズンの王者鹿島はさすがに安定した強さ。
小笠原、本山のプレーと存在感は、黄金世代の選手の質の高さをいまさらながら実感させられる。
素人目だが、鹿島はこの2人しか目に入らなかった。あとは、途中交代したが野沢。
TV的には田代、内田を中心に見せたかっただろうが、格が違う。
小笠原は海外から帰ってきてさらに大きな選手になった。サッカー選手としての総合力では中村俊輔より上なんだろう。ルックスだって中村より絶対美形。(まあそれを越える何かを持つから中村俊輔は万人を魅了するんだろうけど。)名古屋の藤田選手みたいにチームに信頼されて長年プレーし続ける選手になりそうな気がする。
柳沢がいてくれれば、もう1点は入っていたよね。
とにかく鹿島はすばらしかった。

広島には申し訳ないけれど、このゲームは主審が家本さんじゃなければ絶対に鹿島が勝っていたと思う。総合的な力の差はあったと思う。
ただ、広島も悪くなかった。不利になっても自分たちのつなぐサッカーを押し通そうとする姿勢はこのタイトルを特別なものとしてでなく、J1復帰をかけたリーグ戦の初戦と位置づけているように見えた。1勝も落としたくないという気持ちの強さが幸運を引き付けたのかもしれない。
久保の投入で、いろんなところがアンバランスになって、そのアンバランスに鹿島までが取り込まれたような…。久保、動きが遅いんだもん。あんまり走らないんだもん。久保を前線に残して寿人が自陣のペナルティエリアまで帰っていたが、まあ仕方ないよね。寿人も攻撃の幅を広げるチャンスと思ってもらおう。並々ならぬJ1復帰への決意を是非かなえて欲しい。
寿人や柏木のようにオファが来ていてもあえてJ2に残ると言う行為は、言うのは簡単かもしれないが、かなりのリスクを背負うことになる。寿人は仙台のときJ1に上げたいと言って仙台に残ったが1年でJ1にあがることができず、本人も広島に移籍した。仙台との約束をはたせないままの移籍だったが、仙台サポーターは今でも寿人が好きだと言う人が多い。それは、彼が在籍時にサポーターも満足できるほど仙台に貢献してきたからだろう。優等生っぽい発言が多いので揶揄する人もいるが、彼のまっすぐさは近くにいる選手やサポーターが真っ先に感じ取っている。「寿人、俺たちとともに」のダンマクがそれを示しているようでうれしかった。


それにしても、なんでこの試合の笛を家本さんなんかに託したのだろう。順番なのかしら?
家本さんといえば、いろいろと物議をかもしたジャッジが多い人。
よりにもよって家本だよ、主審…と思いながらゲームに入ったが、やっぱりねえ。
互いのモチベーションこそ高かったが、荒れる試合になりそうな気配はなかった。
それを審判のジャッジが荒らしてしまったのが、残念でならない。

幸い、鹿島と広島は今年はカテゴリーが違うので、今後1年間は顔を合わすことがない。
同じカテゴリーだったら、リーグでの試合がまた荒れるこことになっただろう。

ぜひとも知りたいのは家本さんはじめこの試合の審判団のジャッジの元になった考え方だ。
PK時の曽我端の動きは、昨夜のスーパーサッカーのスローモーションで確認できたが、今後もこれほど厳しく取るのかどうか。またそれはJリーグ全体としての統一見解なのか、世界標準としてはどうなのかなど。

今回の広島に有利になった笛は、家本さんが広島県出身だからと言わんばかりに書いているスポーツ紙もある。それじゃあ、勝ったサンフレッチェも後味が悪いだろう。今後は、審判の出身地までチェックが必要なんて、悲しくないか?
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by windowhead | 2008-03-02 12:52 | 紙のフットボール | Comments(1)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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