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嫌がおうにも気になります「横浜Fマリノス」

中村俊輔のJリーグ復帰が本格化というような記事がここ数日スポーツ欄をにぎわせている。
中村俊輔ファンとしては、複雑というより、現実にならないで欲しい。オシムさんの指導を受けられない今の日本では中村俊輔がトップフォームで日本に帰ってきてはもったいない。ぜひとももう一度、世界の名だたる監督の下で引き出しを増やしてきて欲しい。

で、Jリーグに帰ってくるとなると古巣の「横浜Fマリノス」さんらしい。
マリノスの社長さんがセルティックに挨拶に行っただの、ニッサンのカルロス・ゴーンが移籍金10億円は準備するだのと、取引話は盛んだが、マリノスの社長さんに一言いいたい!

「俊輔を大事な選手と思うのなら、10億円の前に、背番号10番を準備するのがスジだろ!!」

マリノスの背番号を見たら、10番はもちろん25番も空いていない。
いや、25番はセルティックでの番号。それも、10番を背負わないか?との打診があったが、セルティックの10番は自分には恐れ多いと言って謙虚に辞退したもの。彼にとっての10番は、人一倍思いいれのある番号。これを準備できずして、十分な準備をしていると言えますか?

といいながらも、若干気になるのは、マリノスの10番をつけているのが山瀬兄だということ。
別に山瀬兄のミドルシュートは俊輔以上の価値なんて思っているわけではない。つい最近までほとんど興味も沸かなかった選手なんだけど、最近、山瀬兄がかわいいなあと思っている自分がいるわけで、その子が、俊輔復帰話で複雑な気持ちを抱えるのかなあと不憫な気持ちになっているのだ。
昨日もTV観戦しながら、「あ、山瀬に、合わない」とか「今日の山瀬ちぐはぐでかわいそー」とか、我が家は自然と山瀬兄の心配ばかりしている。
マリノスといえば、松田を楽しみにしていたのに、活躍する松田より、山瀬ばかり見ている。

理由は、山瀬兄のブログ。これを読んでいると、山瀬兄が実に朴訥でまじめな性格の人だと言うことが良く分かる。文章も内容もていねいで、飾り気がない。なんといっても、毎回文章の最後に書かれる「読んでくださったみなさん、ありがとうございます」というフレーズに、「いえいえ、どうしたしまして、がんばってくださいませ」とお返ししたくなるのだ。
こんな山瀬兄だから、俊輔復帰となると、自分から10番を差し出しそうな気がする。そしてしっかりと俊輔をたてて共存しそう。それだと、山瀬兄ファンは納得できないでしょうし、今のマリノスファンにとっては、「マリノスの10番は山瀬功治」が譲れないのも納得できるんですよ。
このことを「サッカー好き勝手」さんサイトに愚痴ったところ、二人ともこっそりと10番を背負わせるなんて思わぬコメントをいただき、真剣に同時出場させる10番のデザインなんか考えたくらいです。
たかが、背番号だが、されど背番号。特に10番は。
日本の10番が一番似合う男が帰る場所にはチーム不動の10番がいる。
マリノスさんは、どう調整してくれるんでしょう?
まさか、3番番長の一喝にまかせるってわけではないでしょう????(これが一番かも)


で、昨日マリノスの試合を見ていて思ったことですが、マリノス素人の私はいくつかのどうでもいい疑問があります。教えてください。

1、ハユマのゴールパフォーマンスはどんな意味があるんですか?
2、兵頭のヘアスタイルには意味があるんですか?それとも失敗ですか?
  (国見時代の坊主頭しか知らないもので…)
3、ロニーは凄い選手なんですか?それともスカウティング失敗?
4、ロペスと中澤、どちらをボンバーヘッドと呼ぶべきなんでしょうか?
5、榎本くんと大分の西川くんを時々間違えるのですが、見分ける方法はありますか?

それから、最後に、監督さんにちょっとだけアドバイスです。
マリノスファンの方のブログで、監督さんのスーツなどは横浜のセレクトショップがサポートしていると書かれていました。なるほど、さすがVAN世代です。ボタンダウンシャツの襟のカーブ、スーツの自然な着こなしが堂に入っています。でも、1つだけ修正点があります。
それは、ネクタイの長さが長すぎです。
タイの長さは、大剣の先がベルトの位置というのが紳士の着こなしの世界標準。桑原監督さんのは、ベルトから5センチ以上も下にあるよ。こればかりは名古屋の監督さんやFC東京の監督さんを見習ってくださいませ。


私の中で不動の俊輔と、かわいさが日増しにつのる山瀬兄。できるなら別のチームであって欲しいなあ。と、まだまだ「俊輔のJリーグ復帰近し!」はガセネタであると強く信じたい私です。
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by windowhead | 2008-04-30 12:38 | 紙のフットボール | Comments(1)

違和感が現実になった…選手逮捕

その選手が代表合宿に選ばれたとき、なんともいえない違和感を感じた。

あの事件があったのはすでに数年前のことだし、その選手がどこかのチームで今もサッカー選手をしているのは知っていた。刑事事件を起こしてもサッカー界で今も選手としてプレーできる彼は恵まれているなあと思いはしたが、その後その選手のことは頭になかった。

しかし、「おれ流」宣言した後の岡田監督が、その選手を代表合宿に招集したことを知ったときは、正直「いいのかなあ?」という複雑な気持ちだった。
サッカーファンであるためサッカー関係者に甘い私が、「いいのかな?」と感じたのだから、一般の人たちは納得するのかな?それとも、もう過去の事件として記憶から消えているのかなと気になっていた。

結果は、やっぱり許されなかったと言うことだろう。

これは私見だが、彼の逮捕のきっかけになったのは、日本代表召集だと思う。
起訴猶予になったからといって被害者や警察関係者はそれで納得していたわけではないだろう。一般の人でも納得できないと言う人はいただろう。事件後解雇されたとはいえ別のチームにいき普通にサッカー選手を続けているのに疑問を感じる人もいたことだろう。納得できないが仕事まで奪うのはあんまりだろうと見過ごしてた人もいたと思う。
その彼が候補とはいえ、日本代表メンバーに召集された。
「それは違うだろう、虫が良すぎないか」というのが、納得できないが我慢して見逃してきた多くの人たちの正直な気持ちだったと思う。
特に警察関係者の被害者に対する体面と正義感に火をつけてしまったのではないだろうか。

一度のちょっとした過ちで将来性のある選手の選手生命が絶たれるのはひどすぎると言う声もある。
でも、代表に選ばれるまでは、彼は選手でいることができた。彼は、そこでがんばりつづけるべきだった。選手のままでいられるということは、一般社会で問題を起こした人よりずっと優遇されているんだという認識が彼にあって欲しかった。代表召集は辞退して欲しかった。

さらに、今回一番の罪作りは、岡田監督と彼の代表召集を進言したであろう大木コーチだと思う。彼らも、切羽詰っているのだろうが、その選手の過去を知らなかったわけではないだろうから、もっと熟慮して欲しかった。彼らの短慮が、結果的に一人の選手のサッカー人生を奪うことになってしまったのだから。

この事態に対しての、Jリーグ選手協会(※1)の対応にちょっと感心した。
Jリーグ選手協会の藤田俊哉会長(名古屋グランパス)は、「選手を代表する立場から、深くおわび申し上げます」と仲間の不祥事に対し、速やかに謝罪の言葉を発している。そして、選手同士という立場からは今後、できる限り支援していくと表明した。(※2)協会としての具体的な支援は、弁護士の選定や派遣などを考えているようだ。
CAS裁定を求めた我那覇選手の支援といい、今回のすばやい意思表示といい、今の「Jリーグ選手協会」は、地味ながら一貫性のある行動ができる生きた組織であることを証明した。
それに比べて、サッカー協会のチェアマンや岡田代表監督、大木コーチたちの「驚いている」「なんとも言いようがない」「残念だ」はあまりにおそまつであり他人事すぎないだろうか。

その選手や海外に移籍してしゃあしゃあとサッカー選手を続けている婦女暴行選手の行為は恥ずべきだと思う。いくら逸材でも欲望のコントロールもできない人間に人々を感動させるプレーはできないだろう。ましてや日本代表というのは、いやがおうにも日本人のアイデンティティを託されてしまうのだから。
ただJリーグのほとんどの選手たちは、藤田会長に代表されるように節度をわきまえながらもきちんと自分たちの考えを主張できる精神的な大人であることは信じている。

あらためて、「日本代表」が、人々の潜在意識のなかで特別な存在なんだということを感じさせられた出来事だった。



※1Jリーグ選手協会・JPFAhttp://www.j-leaguers.net/

※2J1柏レイソル所属選手の窃盗容疑による逮捕の件(Jリーグ選手協会会長声明文)
http://www.j-leaguers.net/news/news.php?200804;2859
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by windowhead | 2008-04-28 11:08 | 紙のフットボール | Comments(0)

鎌倉のキャベツ

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北鎌倉のNさんから今年もキャベツが届いた。
鎌倉ってキャベツの産地?と訝しく思う人もいるだろうが、これはNさんの畑の収穫物。
経済畑のジャーナリストのNさんが日曜農夫をはじめたのはいつだったのだろうか。
再会したときには、それなりの日曜農夫の薀蓄を語っていた。彼、千葉県の農家の出身だから、そこは私のように 地方に生まれながら小学生まで土筆を見たことがなかった人間とは土台が違うのだろう。
我が家では、このキャベツが来たらすぐに水をくぐらせて、普段は美術品風に飾っている父の形見の古伊万里の大皿に乗っけて眺める。古伊万里の白い肌と青絵にキャベツの緑がいい感じで調和する。絶対に、土物の陶器には乗せない。これは、私の美観なので譲れない。

今年のキャベツは少し小ぶりだが、おいしそう!
青々とした外葉をゆでて、桜海老かシラス干し、ゆでた熱々のスパゲッティと和えるとおいしそう。オリーブオイルとガーリックで味付け…ペペロンチーノのペペロンチーノ(赤唐辛子)抜きでね。
どうもキャベツを見てからずっと料理の味と絵柄が頭の中を駆け回っている。すぐにでも作りたいが、そうはいかない。まだおなかが空かないから。


以前、Nさんのキャベツをおすそ分けしたら、その人が、この「キャベツは花のにおいがするね」と言った。有機野菜を使った「めし屋」をしていた彼女は野菜に敏感な野菜好き。その話をNさんに伝えると、たいへん喜んでくれた。そして彼が言うには、キャベツ畑の横に大きな山桜の木があり、収穫時期の少し前が満開だったそうだ。彼女の言う「花のにおい」はイメージではなく、本物だった。それ以来、私とNさんの間で彼の畑のキャベツを「花の香りのするキャベツ」と呼ぶようになった。

また他の主婦におすそ分けしたときには、「鎌倉のキャベツなんだけど」と言うと「鎌倉のキャベツ?なんだかおしゃれなキャベツね。『木曜組曲』の食卓に並びそうな感じ」と、偶然にも私と同じようなイメージの言葉が帰ってきた。「木曜組曲」とは、恩田陸さんの小説。彼女のイメージはきっと映画化されたあの食卓だろう。

「鎌倉のキャベツ」という言葉は、たしかにイメージが膨らむ言葉だ。
「鎌倉」には、古都だけどどこか新しいおしゃれなイメージがある。これは京都や金沢や奈良とは違うどこか現代人につながる新しいイメージ。武士の文化に昭和の文化の知的で上質な部分が交じり合った爽やかなイメージがある。
だから、鎌倉のキャベツは、洋風の料理、それもあっさりとした料理が似合うような気がするのだ。間違ってもトンカツの付け合せのイメージではない。

反面、鎌倉のキャベツの話をすると非合理性を真っ先に指摘する人々がいることもたしか。
「えー、それって送料のほうが高いんじゃない。そこまでしてキャベツ?」と言う人たち。
いま流行の食物の輸送にかかるエネルギーを考えるのもエコという発想からすれば非合理的なことだろう。経済効果を考えても彼らの発想のほうが建設的なのかもしれない。

それでも、やはりNさんのキャベツが届くのはうれしい。
活躍中のNさんだが、相変わらず畑には行っているんだと想像したり、なかなか実現しないアジサイの頃の鎌倉訪問を思い描いたりと、日常がちょっとゆったりとした時間になれるからだ。

キャベツと一緒に届いた「どら焼き」のでかいこと!
CDより2廻り以上でかい!「鎌倉殿」といって、源頼朝をイメージしたものだそうだ。
さっそくお仏壇へ。武者絵好みだった父にはいいお供え。
頂き物や初物を自然と仏壇に供えるような年齢になったんだなあと、複雑なため息一つ。
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by windowhead | 2008-04-25 12:42 | 日日抄 | Comments(1)

我那覇選手の勇気に応えた審理を期待します

川崎フロンターレの我那覇選手のブログをほぼ毎日チェックしている。

昨年12月、アンチドーピング規定違反とされた処分の撤回を求めて第三者機関の仲裁申し立てをしたのちの12月30日ごろ、我那覇選手のブログ「GANAR 」が立ち上がった。

ブログにも書かれているように、2007年が彼のサッカー人生の中で一番苦しい1年だったようだ。
2006年、オシム監督による新しい日本代表にも選出され、活き活きとプレーしていたが那覇選手に突然の不幸が降って沸いたのは、2007年のシーズンが始まってすぐだった。
風邪のために衰弱した我那覇選手にチームドクターが処方した点滴注射がJリーグのアンドーピング規定に抵触するという事件になった。その事件は、様々な行き違いなどを含んでいたが、できるだけ早くプレーできるようにという計らいに応じる形で我那覇選手と川崎フロンターレは出場停止や罰金などの制裁を受け入れた。が、その頃から我那覇選手のプレーの輝きが影を潜めるようになってきた。怪我などもありいつのまにかピッチ上に彼の姿がないことが多くなった。
我那覇選手の2007年はそんな1年になってしまった。

ことを穏便に決着させるために制裁を受け入れたものの、このままでは自分は今後の人生で前を向いて生きていけないという思いと、今後同じような被害に合う選手が出てはいけないという思いから、我那覇選手は自分の選手生命をかけて、この事件の事実を客観的に審理してもらうことを選んだ。それが、個人の立場でCASへの仲裁申し入れをするということだった。

今日のブログによれば、CASの審理が4月30日に東京で行われるようだ。

我那覇選手は、「ここにたどり着くまで、とても苦しい日々でした。」と今の気持ちを書いているが、本当に辛い1年だったことだろう。
そして、応援してくれた人々への感謝の気持ちを書き綴っている。この事件は我那覇選手にとっては、突然事故に巻き込まれたような形だが、だれを恨むことなく、折れそうな気持ちを支えてくれたサポーターや仲間、支援者たちにとても素直な形で感謝の気持ちを表している。この文章を見ただけでも彼が故意にドーピングするような人間でないことがわかる。

「今、こういう立場にいるのは正直辛いけど、CASで闘う為にサッカー選手になったわけではありません。」というフレーズに、彼のぎりぎりまで我慢している悔しさとおもいっきりサッカーをやりたい願望がにじみ出ている。

CASの裁定が我那覇選手が求めるような結果にならない可能性だってある。それでも、うやむやになりかけていた事実が整理されることで、彼の真の正当性は公になると思う。
私は、この行動をとった我那覇和樹というサッカー選手の勇気に尊敬の気持ちを持っている。そして、彼の決意をだまって見過ごしてくれた川崎フロンターレという会社の人間的な暖かさと懐の深さに好感を持っている。

アンチドーピング規定のバックボーンは選手の生命を守ると言うことだと思う。
Jリーグやサッカー協会にはもう一度その部分を真摯にとらえてほしい。選手を守ろうという気持ちが第一にあったかということを。

私は、我那覇選手の「サッカーをうらぎるようなことはしていない」と言う言葉を支持する。

すがすがしい気持ちでピッチでシュートを打つ我那覇選手を早く見たいと思っている。
まずはリハビリに専念して復活してほしい。
待っていますよ!!


※参考=以前エントリーした関連記事や関連サイト
・我那覇選手の決断を応援したい
・我那覇選手サポートにJリーグ選手協会が動いた
・川崎フロンターレ・ドーピング事件を検証して日本に正しいアンチ・ドーピングが実現することを願うHP
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by windowhead | 2008-04-23 22:31 | 紙のフットボール | Comments(0)

多摩川クラシコのミラクルボーイ大竹洋平選手の目標は中村俊輔さんだって

多摩川クラシコの後半途中から出てきたFC東京・大竹選手のゴール、あれはまるで「中村俊輔」。
なんとなく似ているではない。俊輔ファンの多くはあのシュートとそっくりのシュートを知っている。
2000年のファーストステージ、マリノス対ガンバ戦。ガンバの選手にはさまれながらドリブルした俊輔がトゥーキックでミドルシュートを打ったシーン。このゴールの意外性は当時も絶賛されていた。「トゥキックで何となく打った」というコメントもちょっとした話題だった。
このシュートは俊輔のお気に入りらしく、昨年あるインタビューで、納得のシュートは何本あるかと聞かれて、好きなシュートは計算したものでなく体が咄嗟に動いたような意外性のあるものだといって、「ガンバ戦のトゥーキックシュート」と「ジーコ時代のアジアカップ・オマーン戦の左足アウトサイドで打ったシュート」をあげていた。
俊輔のシュートはつま先で正確にボールを蹴ってキーパーの右横を抜いているのに対して、大竹選手はループシュートでキーパーの裏をねらっているという違いはあるが、シュートにいたる状況が酷似している。
「ガンバ戦でのシュートは、3方向を囲まれて振りかぶるスペースがなかったのでトウキックしかなかった」と俊輔は昨年そのプレーを解説していたが、大竹くんもインタビューで「取り囲まれていたので上しか開いてなかった。それで上に向けてループを蹴った」と言っている。
とっさに予想外の判断をして成功させるには、それなりの基礎技術がしっかりしていなければできないだろうから大竹くんは優れた技術を持った将来性のある選手なのだろう。

「中村俊輔さんが好きで、いろいろプレーを研究して目標にしてきました」いうコメントをヴェルディー戦で聞いたこともあって、頬あたりがふっくらとしてまだ少年顔のこの選手が気になる存在になった。
ただ、大竹くん、サッカーマガジン編「Jリーグ選手名鑑」では好きな選手はダレッサンドロとなっている。「中村俊輔」と言うのは子供っぽくて恥ずかしかったのだろうか。それとも越える目標であって好きと言う感覚とは別なのかな。それでも目標にする選手として俊輔の名前をあげる選手が出てきたのはうれしい。


大竹選手のことが気になって、サイトやブログでいろいろと情報をながめていたらこんな感想があった。「大竹選手のプレーは中村俊輔似だが、俊輔ってループシュートあったっけ?」

中村俊輔のループシュートは、早い頃なら小学生時代の試合映像が残っている。身体が小さくキック力が弱かった俊輔は、そのころから工夫をこらしたプレーをしていたからだ。最近では、スコティッシュプレミアリーグの0「6-07シーズンベストゴール」に選ばれたダンディー・ユナイテッド戦でのゴールも鮮やかなループシュートだった。
中村俊輔ほど印象に残るゴールをたくさん決めている選手も少ないと思うが、それでも日本でプレーしていないと、サッカーファンからも認識されなくなってきているのがショックだった。

サッカー関係の雑誌やメディアはたくさんあるが、Jリーグ中心か、欧州ビッグクラブ中心の編集がほとんどなので、海外の中堅リーグや中堅チームでがんばる日本人選手の情報は極端に少ない。それでも、数字の取れる中村俊輔は別格で年何回かの特別インタビューが企画されるのは、ファンとしてはたいへんありがたい。しかしそれ以外の選手の記事は極端に少なく、大黒選手のような元代表選手でもほとんど情報がないに等しい。
海外で日本人というアイデンティティを背負ってがんばっている選手たちの情報がもっとたくさんあってもよさそうなものだが…それを求める絶対数が少ないためなのか、海外取材がたいへんだからなのか?
昨年、浦和がクラブワールドカップで3位になったのをきっかけにJリーグとACLで勝ち残れば世界と戦えるという風潮がでてきたのは悪くない。でもACLを勝ち抜くのとUEFAチャンピオンズリーグを勝ち抜くのでは次元の違いほどの差がある。そんな厳しい欧州で戦っている選手たちが発するメッセージはサッカーファンだけでなく選手たちにも価値ある情報のはずだ。

大竹選手のように海外でがんばる日本人選手を目標にする選手が増えてほしい。
そのためにも、メディアには彼らの情報をもっとたくさん発して欲しい。
そして、そして、…
ここが一番言いたいんだけど

「中村俊輔は、まだまだ海外での活躍を続けて欲しい。そのために日本代表やJリーグ復帰など考えず、次のステップを目指して欲しい!」

「中村俊輔は日本人のアイデンティティを託すことができる数少ない存在なのだ」と感じる機会が多くなった。
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by windowhead | 2008-04-21 11:41 | 紙のフットボール | Comments(0)

中村俊輔という存在こそ、正真正銘の日本代表だ。

中村俊輔という花は、やっぱり世界で咲かせていたい…そう強く思った。

最近では、Jリーグでもダービー大流行だが、「世界一古く、世界で最も熱い」ダービーといえば、スコットランドのセルティックとレンジャーズが対戦する「オールドファーム・ダービー」だ。

その世界一人気の「オールドファームダービー」でセルティックの中村俊輔が30メートルのあざやかなミドルシュートを決めた。俊輔にとって念願のオールドファームダービー初ゴール。ゲームも、セルティックがレンジャーズを制して絶望視されていた優勝の可能性を少し引き戻した。

とんでもないミラクルシュート。
Jリーグでもズトンとしたミドルシュートは人気。流れるようなパス回しからのシュートより、ドリブルからミドルシュートによるゴールに歓声があがる。横浜Mの山瀬選手や川崎Fの中村憲剛選手たちはそれぞれにすごいミドルシュートを持っている。だが俊輔のミドルはさらに魅力的だった。ロングシュートを走りながら受け、ワントラップしてそのままシュート。ボールは「ありえない!」軌道を描いてゴールに突き刺さった。無回転のブレ玉とも違う。ちゃんと回転しているボールが生き物のようにキーパーの前で急に曲がった。
レンジャーズ選手にとってこのシュートは脅威になったのだろう。次に、俊輔が蹴ったFKをレンジャーズ選手が手をのばして止めたくらいだから。これほどはっきりしたハンドはめったにみられない。恐怖から思わず手がでたという雰囲気だった。もちろんその選手は一発レッド。

やっぱりNAKAは魔法使いだ。

こんなファンタジーあふれるプレーをする中村選手はスコットランド、グラスゴーの子供たちのアイドルらしい。NAKAのことを知りたい子供たちの間で昨年から日本語熱が急上昇。
今年はついに、義務教育(5~16歳)の終了時に受ける統一試験で、日本語が外国語科目の一つとして認定されることになったそうだ。(注1)
このできごとには、あのカネタツ氏さえも、「華奢な身体で奮闘する中村の姿が、恐ろしく保守的なグラスゴーの空気に変化をもたらした。この出来事はちょっとした奇跡だ」と言っている。(注2)

ダービーといえば、東京ダービーを録画で見た。
同じスタジアムをホームにしているFC東京と東京ヴェルディ。解説などは、フッキが主役だったが、FC東京の長友や藤山に再三付きまとわれて、期待ほどの仕事はできず、切れてイエローがかさなって、退場。素人目にはそれほど脅威的な選手には見えなかったけど、FC東京がそれほどすごかったのかな?そうも見えなかったけどね。
それでも、フッキを止めていた、長友は早速日本代表の合宿に選ばれていた。徳永ってどんなだったっけ?印象すらないのに代表選出。あら、まあ。

結果的に、私にとっての東京ダービーの見ものは福西だった。
「さわやか893」って言われるの、納得したけどね。あの身体バランスは絶対にただものではないし、海外、とくにアジアのきたないプレーに対しては福西でお返しが得策だよね。
巧妙なラフプレーの芸術性は、ある意味俊ちゃんのフリーキック並。審判に見えないんだから、不思議でならない。今野を止めながら、しっかりとお目目をパンチした。今野はのた打ち回り、FC東京の選手が審判に詰め寄る。ヴェルディの選手もその抗議に対抗して審判に詰め寄る。その外で、しれーっと給水する福西くん。まるで他人事。実は佐原の激しいプレーを期待しての観戦だったけど、福西くん見たら佐原くんはかわいく見えた。
代表に選ぶなら、長友や徳永じゃなく福西でしょう。福西は走らないとか言われるけれど、オシムサッカーをやるわけじゃないんでしょう、岡田さんは。選んだメンバーを見るかぎり、高度な連携プレーは捨てているもの。カウンターサッカーでいくのなら、元代表の福西のほうが絶対お役に立てそうなのに。彼の存在感が、岡田さんには御しきれないのかな。

一見目新しい代表合宿メンバー。でもレトロ感漂います。
スーパーマーケットでの衝動買いのようなメンバー選出です。なにが作りたいんでしょう…レシピ見えません。

そんな代表の話は、中村俊輔のミドルのリプレーで掻き消えてしまう。
今の中村俊輔の存在こそ正真正銘な日本代表なんだよね。

注1:英グラスゴー 俊輔“アシスト”子供に日本語熱
注2:「セルティックに殉ずる俊輔」でもいい」
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by windowhead | 2008-04-18 08:02 | 紙のフットボール | Comments(0)

川渕さんは間違っている。

バーレーン戦から時間がたってなんとなくうやむやなまま岡田さんは監督に残り、新しい選手を呼ぶだの、合宿で何人落とすのと、マスコミ向けのアピールばかり続いている。
岡田さんのやり方に言いたいことはたくさんある。それでも、今Jリーグや世界で魅力的なサッカーがたくさん見られる。愛読しているWebサッカーマガジンの千野さんのコラムにもあるように岡田さんの卑怯さを許したわけではないが、代表監督問題にばかり目を向けていてはすばらしいゲームを見落としてしまう。代表戦は少しばかり先の話なので、今は目の前のサッカーを楽しもうと思った。
そう思った矢先に、またまた驚くようなコラムを読んでしまった。
これに関したはぜひとも一言言っておかなければ区切りがつかない。そして、こんな理不尽なコラムをサッカー協会のトップが書いたことを多くの人に知っておいてもらいたいと思った。

「川渕キャプテンのウイークリーコラム」に4月11日付けでアップされているコラム
サッカーにも、社会にも、真のリーダーが求められている~バーレーン戦で見えた課題~
http://www.jfa.or.jp/jfa/communication/2008/080411/
を読んでいただきたい。


今回は、川淵キャプテンがバーレーン戦を振り返りつつ、企業人としての姿勢やリーダー論についてお話しします。という前書きで、川渕さんが社会人1年生に向けて、コミュニケーションの大切さや組織人のありかたなどを書いているのだが、この文章はそのまま、岡田さんは悪くない。敗因は全て選手のいたらなさにあるのだという主張になっているのに驚かされるはずだ。

バーレーン戦では選手に勝とうと言う気迫が感じられなかったお粗末な試合だった。と評価している。
監督の指示がなかったとしても、ボールをつないで日本のリズムをつくろうとしなかったのは、代表選手として不甲斐ないとしか言いようがない。選手それぞれが試合の中で自ら判断する、そして、自らの考えをきちんと言葉にして味方に伝え、流れを良い方向に変えていく――この基本の欠落が、今回の試合で露呈したのではないかと思っています。


といい、さらに、

監督が目指すサッカーを理解し、それを具現化させることが選手の仕事ですが、しかし、サッカーの場合は、試合に出ている選手個々がプレーの決定権を持つ競技。
自分たちでコミュニケーションをとってプレーする権利を選手が放棄してどうするんだと思いますね。これは戦術や采配以前の問題。ベンチの指示を待って次のプレーをするようでは、サッカーとしての体を成さないですよ。もっと能動的でないと。


などと、徹底的に選手を叩いている。
「お粗末な内容」「基本の欠落」「戦術や采配以前の問題」などという言葉がつかわれているが、それほど選手はだめだったか?
普通に見ていて、選手に勝つ意欲がなかったとは見えなかった。私も含めて多くの人が、選手はどこか戸惑っていた、連携がちぐはぐだったと感じていた。一番はこれまでとまったく違った悪いサッカーになっていたと感じたと思う。だからこそ、サポーターやTV観戦の多くのファンたちからは選手へのブーイングではなく、監督への不満が噴出したのだ。
選手をこのようなプレーに追い込んだものはなんだったか?それを見つけ出し、修正していくのが協会や監督の仕事ではないのか。選手を悪者にしてなにがはじまるというのだろうか。

川渕さんの選手批判はさらに続く。

バーレーン戦後のインタビューを見る限り、あたかも監督が悪かったように言う選手もいました。敗因を人のせいにするようでは、日本代表として情けないと言わざるを得ません。

インタビューを見る限り、監督や戦術が悪かったと言った選手はひとりもいなかった。
遠藤選手が「自分がスタメンからはずれたのは、戦術上だと言われた。それでも勝てればいいが…」と言い、中村憲剛選手がほんのちょっと戦術にふれた程度のものはあったが、これをもって敗因を人のせいにするというのだろうか。
それよりも岡田さんのコメントのほうが敗因を人のせいにしていたのではないだろうか。
その最たるものが「おれ流」宣言だ。オシムさんのサッカーをしたから負けた。自分は不本意だったががまんしてオシム流でやったのに負けたからこれからは自分のやり方でやると言って物議をかもした。これが物議になったのも、責任転嫁が見え透いていたからだろう。
川渕さんの考えを借りれば、昨年から監督批判を公言してきた浦和レッズは、情ない選手たちの集団と言うことになる。それともJリーグや浦和は別というのだろうか。

その後にくどくどと岡田さんの擁護の言葉が続く。
不測の事態で急きょ監督になった岡田としては、オシムさんへの配慮やチームの状態を考え、いきなり岡田色を出すのは得策ではないと考えていた。
と書いているが、それならあの後任を選ぶときの条件(オシム監督が作ってきた土台を踏襲し、日本人の特質を生かしたチームを作る)は最初からなかったことになる。私たちはサッカー協会と岡田さんにだまされていたということなのか。

とにかく、バーレーン戦の敗因は監督のチームづくり云々の問題ではなく、選手の判断力の甘さ、コミュニケーション不足に起因している。そういう意味では、今の日本代表にリーダーがいないというのが根本的な課題と言えるでしょう。
とまで、言い切っている。
その後にも、えんえんと会社における組織論や上司とのかかわり方など、川渕さんの会社員時代の経験などから思うことを書き綴ってある。中には矛盾する部分もある。一生懸命にコミュニケーションが大切といいながら、上司や上位の者に向けてのコミュニケーションについては勧めていない。あくまでも上意下達の視点しかない。


かなり長いコラムだが、川渕さんが最も伝えたかったのは、「岡田さんは悪くない。岡田さんを選んだサッカー協会も悪くない。負けた責任は選手とオシムさんの土台だ」ということなのだ。
選手たちから尊敬されていた前任者を貶め、選手たちを半端者呼ばわりして守った監督と協会のプライドだろうが、そのような監督に真の意味で選手が従うだろうか。

ジーコジャパンは、最高の選手たちを集めながら、選手たちの間の軋轢で内部崩壊していたと言われているが、このままでは、岡田さんの日本代表は監督への不信任から最高の選手たちが辞退してしまうチームになる恐れすら感じる。
このような川渕さんの行き過ぎた行為は、結果として岡田さんの実力への不安をあおることになっている。岡田さんも、いい加減、川渕さんの袖の下で批判をやりすごすのではなく、真摯に敗因を語るべきではないかな。
上に立つ人は誠実でないと人は着いて行かない。オシム監督が短い期間で選手はおろか、ファン、一般の人たちの心を掴んだのは、すごくひたむきで誠実な人だったからだろう。

このコラムを読むと、サッカーはおろか協会までが後退していくような危機感を感じる。
選手を巻き添えにして欲しくない。
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by windowhead | 2008-04-16 04:27 | 紙のフットボール | Comments(0)

もう一人のオシムチルドレン?「中村俊輔」

中村俊輔選手が、最近の「週刊サッカーダイジェスト」でおもしろいことを言っていた。

バルサ戦の感想を語っているのだが、バルサが驚くほど連動したチームだった。その連動のためには非常にちいさなところまで約束事があるはずだ。その約束事を選手のみならずチーム全体が共有して動いていると感じた。と言っている。
そして、オシム監督は日本代表の中でその作業をやっていたのではないかと思ったそうだ。

「自分がスルーパスを出してミスしたら、オシム監督がすごく怒った時があった。でもそれはトライすることだから、いいじゃないって、自分は思っていた。
でもミスの意味合いが違っていた。お前だけの感覚で出すパスだからダメなんだって指摘していたんだなって。当たり前だけど、パスというのは受け手も感じていなければいけない。駆け引きの部分にしても、仕掛けの部分にしてもね。
バルサはまさにすべてにおいてコンセプトを共有していた。…後略」(サッカーダイジェストより引用)
オシム監督のサッカーと、 これまで日本と日本代表が経験してきたサッカーの違いが如実に現れている言葉だなあと感じる。

上記の中村選手の言葉をかりれば、中田(ヒデ)氏の「ここに走れ」というメッセージがこめられたというキラーパスも、小野選手、中村選手の「そこにあげるよ」というやさしいパスも、どちらも自分勝手なパスということだ。出し手と受け手が同じイメージを共有している、さらにいえば、そのパスの瞬間、他のフィールドプレーヤーも同じイメージで自分の役割の動きをはじめているというのがバルサの連動であり、オシム監督がやろうとしてきたことだと言うのだ。

そして、チーム全員が同じイメージを持ってプレーするには、チームとしての「形」を作らなければいけない。オシム監督によってその「形」を作り出す「流れ」はでていたと言う。
ヨーロッパの強豪には、はっきりとした「形」があり、それぞれの選手も形を持っている最高の職人たちの集まりだという。「それらの職人たちがみんなで同じ絵をイメージしながらプレーしている。日本は到底そのレベルではない。だから、オシム監督は相手よりもたくさん走って、みんなで連動して崩していく形をやっていた。その最初の段階で「とにかく走れ」と言っていたんだと思う。そうしないとなにもはじまらないから」と言っている。
さらには、走る意味合いがわからなくても、とにかく走ること。走って味方のスペースを空けるだけでも巧い選手よりも価値があると思う。走り続けていたほうがチームとして何かが起こるはずだからとまで言っている。

まるでオシム監督のコンセプトそのままだ。
すでに日本代表にオシム監督がいない今、リップサービスの必要はない。中村選手は、欧州CL杯でバルサ、マンU、ミランなど強豪と対戦しながら日本人が勝てるサッカーを模索してきた。またオシム監督と同じように、走ること、パスをつなぐサッカーを信条にしているゴードン・ストラカン監督の薫陶のもとにセルティックでひとつの形を作った。そのような経験から得た結果がオシム監督の考えるサッカーと同じだったと言うことだ。ヨーロッパでの経験を通してオシムサッカーのコンセプトの最も深い理解者であり、実践者になっている中村俊輔選手は、アプローチこそ違うがオシムチルドレンの一人なのかもしれない。


このインタビューは、岡田監督の下でバーレーン戦を戦った「オシムジャパンからの選手」にとって、大きな励ましになったのではないかなあ。
それまで信じて作り上げてきた「形」を取り上げられ、勝てるという見通しもたたない戦術でピッチに放り出された彼らは、気の毒だったと思っている。
戦意が見えなかったのもばらばらだったのも納得できる「形」を共有できなかったからだ。
中村選手のインタビューは、「今までやってきたオシム監督の「形」は間違いじゃないからさ、もっと極めようよ!」というメッセージになっていると思う。

中村俊輔選手は、近いうちに日本代表に合流することになるのだろう。
岡田監督のもとで、中村選手の経験は活かされるのだろうか。
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by windowhead | 2008-04-11 10:24 | 紙のフットボール | Comments(5)

「すぽると」見ながら考えた、「監督のブランド力」って必要かも

昨晩の「スポルト」で久々にジーコのインタビューを見た。
2006W杯の敗戦で、能無し監督扱いで追われるように日本を去ったジーコ監督。その年、トルコのフェネルバフチェの監督に就任したときは、なんとなく都落ちの将みたいな表現がされていた。ところが、ところが、そのフェネルバフチェが今期のヨーロッパチャンピオンズリーグの8強にまで勝ち進んでいる。
日本人たちが、ジーコジャパンなんてなかったことにしたいといわんばかりに叩いていたジーコのチームがですよ。

で、フェネルバフチェがなんで急に躍進できたかという理由には、やはりジーコの存在があるようで、ジーコを慕っていい選手がくるらしいし、お金も集まるらしい。ロベカルだって、ジーコがいるからってレアルからフェネルバフチェに移籍したくらいだからねえ。ロナウジーニョもフェネルバフチェに行くんじゃないかなんてガセネタでるくらいだから。
そういえば、俊輔がミドルシュートをブラジルゴールにぶち込んだあのコンフェデカップの時、試合前、ロナウジーニョらブラジル選手が連れ立って日本側ベンチに来て、ジーコに挨拶していた。その風景に、日本代表ファンはどこか誇らしい感じがしたものだ。

そんなこんなを見ていて、やはり……と。
以前から思っていたことだけど、なんとなく言いにくかったこと。でも、ジーコに後押しされて言うとね、「ナショナルチームの監督には「ブランド力」が必要なのでは」ということ。


オシム監督から岡田監督に変わったとき、真っ先に感じたのは、実は「世界で無名じゃん!」だった。
有名監督だから、選手だからといって、その人が絶対に優秀とは限らない。しかし、知名度が助けることもある。

アジアカップのときだって、メツ監督たちオシム監督とヨーロッパで同じチームにいた監督たちが、オシム監督の話し相手をしてくれて、ずいぶんとオシム監督のストレス解消になっていた。それは、オシム監督が世界のサッカー界で慕われる存在だということを思い知らされた出来事でもあった。

バーレーンのミラン・マチャラ監督が、先日のバーレーン戦の試合前のインタビューで「日本はなんで海外組がこないんだ。」などと言っていたが、このチームをオシム監督が率いていたら、マチャラ監督はこのような発言はしなかったと思う。
監督の力量というのは、ゲームの戦略戦術だけではない。相手やマスコミにどうインパクトを残せるか、注目させ、気持ちの上でのシンパシーを抱かせるかだって戦略の一つだ。国際試合の監督の役割って、それが一番大きいのかもしれない。


2010年のワールドカップは南アフリカだ。
治安の問題もあるし、その地の経験者も少ないある意味未知の土地。そこではいろいろな不具合や理不尽なことに出会うことが予想される。知名度というのは、未知の場所では有利に働く。オシム監督のように、その世界で尊敬されている人なら、さらに丁重にもてなされる。
たとえば、ヨーロッパ一流のホテルで、古いが使い込まれた昔ながらのヴィトンのトランクの客と最新のヴィトンのトランクの客がいたとしよう。どちらに条件のいい部屋が割り当てられるか?前者だろう。オシム監督というブランド力は、そのようなものだと思うし、岡田監督もしくは日本というブランド力は、ヨーロッパでは高くないということだ。

南アフリカはヨーロッパの影響が大きい土地。そんな場所で、安心してプレーするためにも、監督のブランド力は大きなアドバンテージだと感じている。
また、対戦相手にとっても、レアルマドリードが招聘しようとしても応じなかったあのオシムが率いるチームには、それなりの関心と脅威をおぼえるはず。対戦相手がヨーロッパチームならこれで互角に始められる。


いまさらオシム監督は無理というなら、それでもいい。(でもさ、ご本人に聞いてみたのかな?もう一度やってみませんかと聞くと案外OKかも。)
それならば、現場監督の上からオシムが見守っています。オシムのカリスマが現場の監督を仕切っているのですというイメージにするか、ブランド力のある監督を連れてくること。

時間がないなんて嘘らしい。本番前の数ヶ月ほどあれば世界的な監督は代表を強くできるらしい。これは、海外サッカーに詳しい杉山茂樹氏がご自分編集の「サッカー番長」なる雑誌で言っていた。彼は、岡田さんは一流監督を招くまでの暫定であるべきとも書いていた。さらにオシム復活、身体に負担のアウエーは岡田さんが指揮するというオシム路線だって選択肢にあるのだと書いていた。

ばかばかしいことかもしれないがナショナルチームにとって「監督のブランド力」って、案外無視できないことなのかもしれない。
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by windowhead | 2008-04-01 16:08 | 紙のフットボール | Comments(5)

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