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我那覇選手、勝訴!…本当によかった。

27日午後5時(日本時間で)に、我那覇選手のドーピング禁止規定違反の処分取り消しを求めた訴えの審理結果がCASのホームページ上で発表されるということだった。
結果がわかるまで、さすがに「キリンカップどころじゃないなあ…」と。
いくら中村俊輔選手が先発でも、今日ばかりは、我那覇選手のことが気になる。私の中ではCASの審理結果のほうが大事。

結果は、我那覇選手の訴えが全面的に認められる裁定となった。
本当によかった。本当に、本当に、よかった…。
ほっと胸をなでおろす。

1年間、本当に険しい日々だったと思う。
やっと、何の憂いもなくサッカーに打ち込める日々を迎えることができたのだなあ。
おめでとう!!

自身の潔白を証明するために選手生命を賭ける決断をしたときからずっと、我那覇選手が発信する情報を気にかけて読んできた。人気サッカー選手という立場より、一人の人間としての誇りを選んだ姿に心を打たれたからだ。でも、私にできることは限られていた。信じて応援し続けることとささやかなカンパぐらいだった。

CASへの訴えにはかなりの費用がかかるということで、今年初め、Jリーグ選手協会が我那覇選手支援のカンパを募った。Jリーグの選手たちが組織として仲間の誇りをかけた戦いをサポートするという行動を起こしたことがうれしかった。その後、我那覇選手の故郷・沖縄の先輩や友人たちが、「ちんすこう」カンパ活動を起こしたり、そのちんすこうカンパに、フロンターレのサポーターはもちろん、アウエーのサポーターたちも協力したりと、我那覇選手周辺に、気持ちのいい応援の輪が広がってきたのも暖かなニュースだった。

そして、今日の勝訴。
裁定の詳しい内容はわからないが、このことでJリーグでもドーピングに関する明確な基準が打ち出せるはずだし、選手も安心して医療行為をうけることができる。我那覇選手の勇気ある行動がもたらした収穫は大きいと思う。
その苦しい道のりと希望を書き続けてきた我那覇選手のブログにも早速、今の気持ちと、応援してくれた人々への感謝の気持ちが綴られていた。


ひと安心して、日本代表とパラグアイのゲームを観た。
スターティングメンバーは、寺田選手、長友選手を除くとオシムジャパン。さすがに高い技術とイメージの共有ができている選手たちの連携は小気味良かった。フィニッシュが惜しい。
後半、どんどんメンバーが変わっていくにつれ、中盤の連携がぎくしゃくしだしたが、負ける気はしなかった。
大久保選手を見ていると、フォワードの問題点は攻撃力不足ではなく、攻撃の精度とアイディア不足だと思った。がむしゃらに自分が打つのなら枠に飛ばせよぉ。

代表フォワードのポジションはまだまだ流動的。我那覇選手、一日も早く本調子になって代表に復帰して欲しい。


我那覇問題について以前書いたコラム
我那覇選手の決断を応援したい
那覇選手サポートにJリーグ選手協会が動いた
我那覇選手の勇気に応えた審理を期待します


☆我那覇和樹オフシャルブログ「GANAR」ttp://ameblo.jp/ganakazu/
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by windowhead | 2008-05-28 07:07 | 紙のフットボール | Comments(0)

セルティック優勝で、寝不足週間、ひとます終了!

セルティック、最後の最後でリーグ優勝を勝ち取った~~!!
1か月前は、今期は無冠だなあという雰囲気だったのに、1試合づつ勝ちを積み重ねて7連勝。最後の1試合で優勝を手に入れた。
チームを信じるとはこんなことなのかな。
中村俊輔が怪我で2ヵ月半ほど休んでいる間に、チームはスコットランドっぽいサッカーに逆戻りしていたので、今シーズンはなかなか俊輔にボールが渡らなくなっていた。セルティックを研究したのか中位のチームがあざやかなパス回しをみせてくれるなかで、セルティックはロングボールとマクギディの個人技で1対1で仕掛けるばかり。攻撃パターンの貧弱さで負けが込んでいた。ストラカン、どうしたのよ!だったが、カンプ・ノウでバルサに叩かれたあたりから、少しづつ俊輔が効き出した。
俊輔、今日は珍しくシュミレーションを取られイエロー。今シーズン2枚目。後半早めに交代なったので、ちょっと残念だったが、それでもフェネホール・オフ・ヘッセリンクが決めてくれた。マクドナルドではなくヘッセリンクだったのがうれしい。勝った瞬間、俊輔、満面の笑顔。
これで来シーズンもチャンピオンズリーグが楽しめそう。

代表の背番号10番は中村俊輔に決まったようだが、個人技で魅せる10番から進化して、連動の中心にいる10番というオシムさんが求めたスタイルを魅せてくれると期待。マスコミも司令塔などという古臭いポジションで呼ばないで欲しい。しかしオシムスタイルを象徴する羽生選手がいないのが残念。今の俊輔にとって獲得したスタイルを検証する最高のチームメイトになってくれたはずなのに…。


UEFAチャンピオンズリーグは、死闘の末、マンチェスターユナイテッドの優勝になった。
今回は、最高のセンターバックを見たいとジョン・テリーを中心に見ていた。そして、彼は、最高のゲームの最も美しい敗者として静かにピッチを去った。チェルシーはまさに王者の負け方。雨の中、涙を抑えながら去っているテリーの姿を心に刻んだ。
ファンデルサール、ギグス、マケレレ、30歳台半ばになろうとするベテランたちの存在感はさすが。
日本人選手はファンデルサールとは相性がいい。クラブW杯での得点も期待できるかも。がんばれ、日本の3チーム。


放映を見ることができなかったが、トゥーロン国際大会でU-23選手たちが勝ち続けているようだ。
特にオランダ戦の李忠成のゴールがうれしい。
このチームへの李選手の思い入れは格別だろう。彼のまっすぐな熱さはなぜか人を惹きつける。
ついこの前の五輪代表戦で、後半ロスタイム近くに、岡崎選手と交代になった李選手は、1秒でも長く攻撃時間を作りたいと思ったのか、1秒でも長く岡崎選手のプレータイムを作りたいと思ったのか、全力疾走でピッチを降りて交代した。彼の本物のフォア・ザ・チーム精神を見たようで記憶に残っている。彼にはぜひともチームの中心として北京五輪に行って欲しい。U-23で最も好きな選手。


で、最後に、ガンバの中心に向かって叫びたい。
加地亮さん、代表に戻ってきて!!
日本代表の右サイドバックだけでなく、日本代表の潤いのためにも加地亮が必要なのだ!
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by windowhead | 2008-05-23 12:11 | 紙のフットボール | Comments(5)

王者の負け方

浦和レッズとガンバ大阪のゲームをTV観戦していたが、ことがこんな方向に発展するとは正直思っていなかった。
攻撃は美しく守備はザルのガンバが、終わりごろ浦和お得意の守備がっちり作戦で逃げ切った。浦和も果敢に攻めまくったが、もう1歩及ばなかった。それでも、最後まで攻めまくって負けるのは、Jリーグの王者を自負している浦和には王者らしい負け方だなあ。とさえ思っていた。
そのすぐ後、都築のものすごい形相で放送が終わったので、なにかあったのかな?とは思ったが、それも試合直後のこと。プレーのことで審判にクレームをつけているのかなと思っていた。
その後、ガンバがいいつものように円陣を組んで喜んでいたところに、闘莉王がクレームを付けに行き、それに都築が乗じてガンバ選手をつついたとかで小競り合いになり、それが、試合前から小競り合いの続いていたサポーターに飛び火して乱闘、3時間閉じ込め事件にまで発展したようだ。

人気を2分するような東西の雄の戦いで、こんな結果になったのは、残念でならない。

大変なことになったんだと知ったのは、会心のゴールで大喜びだろうなあと思ってのぞいた中澤そうた選手のブログから。
この試合で完璧なゴールを決めた選手のブログに、「たいへんもうしわけありませんでした」という言葉が書かれていた。なぜだろうと読むと、ゴールを決めた彼はその喜びを即刻ブログにアップしたようだ。おそらく帰りのバスの中から更新したのだろう。そのなかで、応援してくれたガンバサポーター、ナイス!とサポーターを称えていた。この時点で彼はスタジアムでのサポーターの事件のことを知らなかったのだ。その後、ガンバスタッフから事件を聞き、自分の発信した言葉が軽率だったとあやまったと言う流れなのだろう。
彼の喜び方は普通だし、ブログの記事も言葉も普通のものだった。決して軽率な行動ではない。記念すべきゴールを素直に喜べない中澤選手を気の毒に思う。

その後、試合前からガンバサポーターが水風船を投げて、浦和サポーターがそれに応戦したとか、アウエー試合で円陣を組んで勝利を喜ぶのは負けたホームに対して失礼だとかさまざまな記事が上がってきたが、きっかけは闘莉王選手の試合後のクレームにあると思う。
ガンバ選手が円陣を組んだのが配慮が足りないなどと言っているが、では闘莉王選手はアウエーで紳士的な行動をしているかと自身を振り返って欲しい。自分の激情を抑えられずおよんだ行為を他人のせいにするのは、子供っぽくて恥ずかしいと。同じく都築選手のすぐに手が出る気質もこの際反省して欲しい。
闘将というのは、すぐに激情することではなく、激しさを表に出して仲間を鼓舞するが自分の感情をコントロールできるリーダーのことだ。代表ゴールキーパーの川口選手は、若い頃から激情を自分や自分のチームの選手に向けても相手チームに向けることはなかった。彼が闘将と言われる所以はそんなところにあると思う。昨年代表に合流する前の中村俊輔選手が闘莉王選手に期待しているような発言をしていたので、私も闘莉王選手に期待して見てきた。だからこそ、クレームの多さや自分の感情をコントロールできない姿に落胆させられる。彼は、このままだと代表でもひと悶着起こしそうな気がする。

私はサポーターという経験がないから、ファンとサポーターは違うんだと言われれば「はい、そうですか」と引き下がるしかない。
しかし、昨年末のクラブW杯時のミランの選手の賛辞を忘れたくない。
ガットゥーゾ選手が、これだけは言わせてくれとわざわざ言った言葉、
「日本のファン、スタジアムの雰囲気はすばらしい。子供たちも家族づれも安全に試合観戦ができている。これはイタリアが学ばなければいけないところだ」
あの闘犬と称され激しいプレーを見せるガットゥーゾ選手は、おだやかで紳士的な選手だった。サッカー選手たちは、自分たちのプレーを楽しんでもらいたいと思っているのだということをわざわざ伝えてくれたのだ。
日本の家族的で安全なスタジアム風景は、サッカー後進国の風景ではなく、先進国の一流選手もあこがれる風景だったのだ。その象徴が浦和レッズの応援風景だったはずだ。

浦和レッズは、日本サッカー界では今や王者のチームとなっている。
王者には王者の風格というものがあって欲しい。
正々堂々とした大人の雰囲気を持って欲しい。
それはフロントにも言えることだ。
レッズ、ガンバの両社の謝罪文が出た。
ガンバは自分たちの側の軽率な行為だったとすべてを受けて全面謝罪している。それに比べてレッズの文には、謝罪の気持ちは薄く、原因究明と対策姿勢ばかりが強調されている。
昨日、客先の人との昼食時にその話になり、彼がおもしろいことを言った。
「レッズとガンバの謝罪文は、親会社の姿勢を良くあらわしていますね。ひたすらリコール隠しをした三菱自動車と、何年もCM枠を使って自社の欠陥ストーブを探しているナショナル。一般がどちらに好意を持つかですよね。Jリーグ内で相手が悪いなんて言っている場合じゃないでしょう。プロ野球チームのある県では、観客動員数ははるかに野球のほうが多いんですから。…」
過去にレッズの親会社系企業の社員だった私には耳が痛いが、15年間ヴェルディファンの彼には、巨人軍という巨大な壁が立ちふさがっている。

Jリーグ百年構想なんて協会お仕着せのスローガンはどうでもいい。
「誰にでも楽しんでもらえるサッカーをしよう」と各チームが思ってくれるだけで、ファンの層は広がると思う。誰にでも楽しんでもらえるサッカーは、勝つサッカーよりはるかに高いスキルを要求する。レッズやガンバはその先陣を切ってもらいたいチームなのだ。
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by windowhead | 2008-05-20 12:02 | 紙のフットボール | Comments(3)

「4-2-3-1  サッカーを戦術から理解する」を読む

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「4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する」
杉山 茂樹著  光文社新書


たかが素人サッカーファン、中村俊輔ファンのおばさんな私だから、ミーハーチックにサッカーを楽しむことを信条にしてきた。
その私が 戦術至上主義の鼻持ちならない杉山茂樹の著書を読むことになろうとは、今でも信じられない。
この人の嫌いなところは、戦術至上主義の監督目線で、選手たちの欠点のみをあげつらう姿勢。まるで日本人選手は低能力のような書き方をする。サッカーやっていたのなら、そこらのサッカーゲームおたくではないのなら、もう少しプレーする選手へのリスペクトがあっていいんじゃないかい。と言いたくなる。サッカーは戦術でするものだ!というのなら、選手の能力をうんぬんするまえに、監督の手腕を批判するべきだろ!
と、まあ、選手中心ミーハー主義の私とは、相容れない。(こっちが勝手にそう思っているだけですけど)

その杉山秀樹の著書をここ2月に2冊も読んでいる現実。
それは、岡田ジャパンへの不安に由来する。

岡田さん就任時の「接近、展開、なんだら」という早稲田ラグビーからいただいたキャッチフレーズを聞いたとき、素人頭に「?」がよぎった。ラグビーはボールを前に渡してはいけない競技。それに人間が持って走る競技。どこが参考になるんだろうかと。その後このキャッチフレーズは徐々にフェイドアウトしてるようだから、無理があったのだろう。
その後も個人のスキルでつっかける、サイドチェンジを使わない、パスの連動がない、オシム時代より選手が動けていない、そんなサッカーばかり見せられ、選出される選手もころころ変わって、これでは連動なんて無理だと思わせるような采配ばかりが目に付いていた。
こんな岡田さんで、日本代表は本当に勝てるの?なにより俊輔が合流したとき、あまりの変わりように戸惑うんじゃないの?そもそも、岡田さんのサッカーは、いったい世界に勝てる形になっているんだろうか?という疑問が続いていた。

そのころ目に付いたのが杉山茂樹編集の「サッカー番長」という雑誌だった。宮本ツネ様のインタビューもあったので、即購入で読んだのだが、なんと杉山さん、私の疑問をずいぶんとすっきりとさせてくれた。少なくとも監督をどうするかと言う部分では杉山氏とお友達になれそう。

最近の中村俊輔のインタビューなどを読むと具体的なフォーメーションの話が多い。中村俊輔と言う選手はJリーグのころから、自分の出たゲームをとても客観的に解説する選手だった。試合後のインタビューでも「悔しいッス、次がんばります」ではなく「あのプレーがどうのこうの」とプレーの説明ばかりして、若者らしいかわいげがなかった。しかし、そんな選手だからファンはプレーを思い返しながら検証する癖がついてくるし、なにを言っているのか理解したいと言う欲望に駆られる。スコットランドに行ってから、ポジションも変わり、プレースタイルにも幅が出てきているのを見ると、彼のポジションの意味することや役割などを理解したくなる。フォーメーションがどんな意味を持つのかを知ると、中村俊輔の言っていることがさらに深く理解できるなあと、つくづく感じていた矢先にこの本(「4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する」)が現れた。いけすかん男の本だけど、買ったよ。

で、どうよ?と聞かれたら、悔しいけど「とても参考になった」と言うしかない。
表現には、彼なりの鼻に付く誇張や選手に対する偏った目線はあるにしろ、実に読みやすく、いろいろな布陣の意味する利点を理解しやすい本になっていた。
さらに、フォーメーションから見た近代サッカー史とも言える側面も持っている。

2002年にヒディングコリアを見せ付けられたのに、その後もブラジルサッカーにこだわった日本、2002優勝のブラジルを率いたフェリペさんが、ポルトガルを率いるや4バックを採用した流れなどを知ると、日本はオシムさんが登場するまでの8年間(トルシエ、ジーコ)世界と違った流れを進んでいたのがわかる。先に書いた「サッカー番長」の中で、宮本ツネ様が「日本のサッカーは、どこかでポキッと折れて、ヨーロッパとはまったく違った方向に進んでいるように見える」と言っていた言葉の意味の深さを感じる。

オシムさんがやろうとしていたことが「ジャイアント・キリング」のための準備だったとしたら、それを壊して「おれ流」を宣言した岡田さんは、なにをやろうとしているのか。

「岡田さんは、世界を実際より相当小さなものと解釈しているように思えてならない」という著者の感想が書かれている「あとがき」は必読!「チリ戦」の敗因が書かれているが、とても納得がいく解説になっている。
サッカーを観戦する楽しさの幅を広げてくれる1冊。
素直に「杉山さん、ありがとう!」と言える。

それでも、布陣や戦術だけではサッカーはできない。それで満足な人はサッカーゲームに明け暮れればいい。サッカーは、生身の選手が闘うからおもしろい。彼らのスキルやイマジネーションの差、気持ちの差、そこに戦術を越える特別のシーンが生まれることがある。だからおもしろいのだと思っている。
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by windowhead | 2008-05-18 14:44 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

セルティックのバーンズコーチ逝く

セルティックのトミー・バーンズコーチが亡くなった。51歳。皮膚がんだった。
中村俊輔選手がセルティックに移籍してからずっとセルティックの試合をTV観戦しているが、
ゴードン・ストラカン監督の横ん、いつも白髪のハンサムなコーチいた。彼がトミー・バーンズその人だった。
小柄で激しいアクションのストラカンと穏やかなお父さんのようなバーンズコーチのコンビはビジュアル的にも楽しめたし、頼もしい存在として彼らが映像に映し出されるのを楽しみにしていた。

今年になって、ストラカン監督の横にバーンズコーチの姿が見えなくなった。気になっていたら3月ごろ、彼が皮膚がんにかかっていることが報道された。その後も2回ほど、彼の姿をテクニカルエリア内で見たので、それほど深刻な状態ではなかったのかと思っていた。が、そうではなかった。イブニングタイムスなどの記事によれば、高度な医療処置を受けるためにフランスとスコットランドの間を行き来していたようだ。しかし回復の見込みがないということで、人生の最後を家族や身近な友人たちの近くで過ごしていたらしい。セルティックパークのテクニカルエリアで姿を見かけたのも、そこが彼の身近な場所だったからなんだなあと今感慨深く思っている。

バーンズコーチは、ストラカン監督同様、中村俊輔をたいへん評価してくれていた。俊輔の練習メニューやボディバランスの作り方などをセルティックユースの練習メニューの参考にしたいとも言っていた。
中村俊輔もセルティック2年目あたりから、将来は指導者や監督を目指したいと明言するようになった。きっとバーンズコーチやストラカン監督の影響が大きいのだろう。コーチとしてのテクニックやマインドをセルティックで学んだと言ってもいいのかもしれない。
中村俊輔をワンステップ大きくしてくれた人の一人だと勝手に思っていただけに、とても残念でならない。

それでも、病気の間も普通にコーチの仕事を続けられ、ぎりぎりまで愛するセルティックパークのテクニカルエリアに入っていられたのは幸せだっただろう。
今シーズンは、マザウェルのフィル・オドネル主将の突然死やバーンズコーチの病死など、もとセルティックの選手だった人たちの不幸が続いている。
そしてそのたびに、スコットランドサッカーを愛する人たちがまるで家族を亡くしたような深い悲しみに浸る姿を見て、人々のサッカーとサッカー選手への大きな愛情を再確認させられているサッカーを愛する人たちの心がひとつの家族のように結びついていて、この国の人々の素朴だけどとても温かな包容力を感じている。そのような国でプレーすることは中村俊輔の中にも何か大きな大切なものが残っていくんだろうなあと期待してしまう。

セルティックの公式サイトにバーンズコーチの在りし日の写真がスライドショーで公開されていた。その中の1枚がとても印象深い。途方にくれたような泣き顔でピッチに座り込んでいるエイダン・マクギディ選手と、彼を包み込むようになぐさめているバーンズコーチの姿。
なぜだか2006W杯のあるシーンを思い出した。思うようにいかずえぐえぐ泣いているC・ロナウドを慰めているフェリペ・スコラーリポルトガル監督の姿だ。バーンズコーチにとってのマクギディ選手は、フェリペさんにとってのC・ロナウドなのかもしれない。才能を見出し手塩にかけて育てた息子のような存在だったのだろう。
悲しみを乗り越えて大人になれよ、マクギディ。
22日のダンディーユナイテッドとの最終戦は、トミー・バーンズコーチに優勝への希望をささげるためにもぜひとも勝ってほしい。
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by windowhead | 2008-05-16 11:39 | 紙のフットボール | Comments(0)

「明治5年・6年大鳥圭介の英米産業視察日記」を読む

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明治5年・6年
大鳥圭介の英米産業視察日記」
福本 龍著  図書刊行会


大鳥圭介という明治維新のテクノクラートはとても興味深い人だ。
戊辰戦争時、実戦経験がないながらも旧幕府軍総督として陸戦部隊を率いて転戦し、箱館戦争では陸軍奉行として終戦を迎える。首謀者の一人として2年半にわたる牢生活の後、明治5年1月無罪放免になると、翌月には明治政府が英米に外債を求めた外債募集団に随行してアメリカに渡っている。
外債募集団に随行してアメリカ、イギリスに渡ったときの大鳥圭介の日記を紐解きながら、工科学者、技術者としての本来の大鳥圭介の姿を知るとともに、大鳥圭介や外債募集団、岩倉使節団が明治維新の殖産興業にどのように貢献したかを知ることができる一冊だ。

江戸城無血開城後、日光、宇都宮、会津、仙台、箱館と旧幕府軍の同志を率いて闘ってきた大鳥圭介はもともと西洋科学を志した人だ。それも、築城などの土木工学や西洋の兵法など実践的なものを一気に学び、それを伝えようとした姿は、学問に権威を持たせようとする学者というよりは、今の企業内研究所の所長兼エンジニアに似ているように思う。

大鳥圭介は、合理性と実践の人だ。
日本近代印刷普及の祖は長崎の本木昌造だが、大鳥圭介は本木より早くに、金属活字を使った活版印刷に取り組んでいる。この活字は大鳥活字といい、活字そのものは現存していないが、それを使った教科書数種類が残っている。多くの生徒に平等に教えるためには教科書が大量に必要になる。いったん活字を作ってしまえば、いちいち版を彫らなくても、組み換えで多種の本が作れると言う点に着目して実践するところに大鳥圭介の身軽さと近代性が垣間見える。その身軽さと近代性は男の生き様としての戊辰戦争史の中では得てして軟弱な存在として表現されてきた。
大鳥圭介は、明治政府出仕後のことをあまり書き残していないようだ。しかし英米視察から帰国後、工部省の日本近代化と殖産興業への力の入れ方をみてもその中心人物の一人である彼の実力が大いに発揮されたことが読み取れる。

そのような男が先進の地で興味深く見てきたものは、やはり産業のベースとなっている科学技術だった。
岩倉使節団と一緒に滞在した英国では、ロンドンを拠点に、バーミンガム、マンチェスター、リバプール、ニューカッスルなどからスコットランドのエジンバラやグラスゴー、ダンディーあたりまで足を伸ばして精力的に工場見学を続けている。見学した工場も、造船や鉄鋼業から、印刷や、薬品作り、皮なめし、ウイスキー醸造など多岐に渡る。日記には、見学した技術をこと細かく時には絵入りで記録している。
戊辰戦争で苦戦させられたアームストロング砲を発明した会社を訪問したり、エジンバラでは印刷工程を克明に記録したりと、彼の中に生きる過去の経験をベースにして新しい技術を理解していこうとする姿が垣間見えるのも興味深い。
アメリカに渡ってからも彼の精力的な見学と記録は続く。

明治政府が送り出した使節団というものが現地でどのようなことを行っていたのか?なんで2年以上にも及んだのか、疑問はあったがそれを教えてくれる書物になかなか出会えなかった。大鳥圭介が随行したのは岩倉使節団ではないが、この日記でその疑問の一部が解けた。


現代でも役人や高級官僚、議員たちの海外視察は大手を振って行われている。視察団の人々に大鳥圭介の十分の一でもいい、目的の明確な視察と記録を実践してくれればと思ってしまうほど、客観的な記述でありながら、その使命感をひしひしと感じる日記だった。
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by windowhead | 2008-05-06 12:24 | 至福の観・聞・読 | Comments(3)

実況席のサッカー論

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「実況席のサッカー論 」
山本 浩 (著), 倉敷 保雄 (著) 出版芸術社

トラさんとクラッキー。
サッカーファンにとってカリスマ的な実況アナウンサーお二人による対談スタイルのサッカー論。
数々の伝説的な言葉を残す名アナウンサーに対して、新しいカリスマ・倉敷さんが質問する形になるのだが、クラッキーはトラさんが大好きというのが見え隠れして、ほのぼのとした空気感が全体を包んでいるが、語られていることは今のメディアや日本サッカーの問題点をきちんとあぶりだしていて納得の一冊になっている。

プレーヤーや解説者や評論家ではない視点からみる彼らのサッカーの見かたは、極端な贔屓クラブを持たないがサッカー自体を愛してやまないサッカーファンにもっとも近いのかもしれない。そんな彼らの実況のテクニックが実に興味深い。
たとえばトラさん、中村俊輔のフリーキックの場面では、ずっとキーパーの動きを見るという。カメラが俊輔のボールセットからの一部始終を追うので、それを言葉で追う必要はない、それよりキーパーを追うことで、TVの向こう側に、その臨場感が伝わるという。
また、事前にたくさんの取材を重ねそれをそのまま使うのではなく、ベースしてに短い質問を作り解説者になげる、すると解説者が答えてくれる。その短いやり取りを組み立ててゲームを実況していくのだという。そのやりとりの積み重ねのためにも、取材、特に「見る,観察する」ことが大切な要素になっていると言う。トラさん、井伏鱒二が好きだと言うのも納得。
高校サッカー選手権のTV放映などでよくあるのだが、放送する側がすでに感動ドラマの筋書きを仕立てていて、ゲームと関係なくアナウンサーがそのドラマを延々としゃべるという安っぽい感動作りがスポーツ放送に万延している。
スポーツは感動を与える。それは選手たちのプレーであって、アナウンサーの技ではないのだが、放送関係者側がやたらと感動の盛り上げを競うような風潮が民放業界に蔓延している。それがいかに興ざめで醜いものかは純粋なスポーツファンが一番知っている。山本トラさんの実況が心に残るのは、実況や解説はすばらしいゲームの額縁だというスタンスをきちんと守っているからだろう。

スカパーの倉敷さんは、オフチューブの解説が多いそうだが、オフチューブ解説の大変さと倉敷さんの独特の実況の舞台裏がわかって、これも興味深かった。倉敷さんのように、日本中心でない世界標準のサッカー世界地図に軸足を置きながら、Jリーグのゲームも馬鹿にしないで楽しんでくれるパーソナリティは大切だと思う。


ドイツワールドカップ日本代表についても興味深い話がでていた。
ドイツワールドカップ時、日本のゲームが2ゲームも昼間に行われたことについては、ヨーロッパに人たちが、向こうのゴールデンタイムに日本よりブラジルが見たかったからだと言う。サッカー世界地図において辺境の日本と前回王者のブラジルなら誰もがブラジルのゲームを見たいはずだ。日本の広告代理店の圧力より、欧州サッカーファンたちの要望にそった形と取ったといわれるほうが自然だ。
また、ワールドカップがらみで最も興味深かったのは、50人の代表チームの構成メンバーについてだ。代表には1チームに50枚のIDカードが配られるそうだが、ドイツチームはカトリックとプロテスタント聖職者2人にIDカードを渡していたという。カウンセラーにIDを渡しているチームもあったそうだ。どちらも選手の精神面のケアのためという。日本は、選手のメンタル面のケアをする人はなく、その代わりスポンサーの看板がちゃんと出ているかチェックする広告代理店の人にIDが配られていたと言う。
日本サッカー協会や日本人たちの多くが惨敗は選手の闘う気持ちがたりなかったと監督・選手を批判したが、このように他国の選手の精神面へのサポートを知ると、メンタルなケアもなく日本代表を背負った選手たちが気の毒に思えるほどだ。この問題は現在も解決していないと思う。いまだに日本サッカー協会のチェアマンは、選手の気持ちが足りないと代表選手のモチベーションを問題視するが、選手のモチベーションに対するケアを手厚くすると言う話は聞かない。

このような問題点が見えてくるのも、山本さんや倉敷さんが単に話術を競うアナウンサーではなく、スポーツジャーナリストとしてサッカー実況に取り組んでいるからだろう。

山本さんと倉敷さんの少年っぽい人柄とサッカー愛が伝わってくる軽やかだが中身の濃い本だ。
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by windowhead | 2008-05-03 13:44 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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