<   2008年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

なぜそれほど大久保にこだわるのかしらん???

昨日、「オーバーエイジに思う」という内容で、W杯3次予選で悪質なファウルでレッドカードと3試合中出場停止中の大久保選手は五輪選手としてふさわしいと思えない。いっそオーバーエイジ枠を使わずにU-23の選手たちで戦えないのかと、書いた。

その後、事の成り行きに注目しているが、大久保選手が所属するヴュッセル神戸が召集を正式に断ったという記事がアップされ、それに対して日本サッカー協会は選手契約書の条項まで持ち出して、神戸側の拒否は履行義務違反に触れるのではないかなどと言っている。さらに鬼塚チェアマンまで登場しそうは気配。
すでに話は、オーバーエイジ枠選出から、Jリーグや日本サッカー協会と所属チームの意地の張り合いになっていきそうな雰囲気だ。

私にはこの騒動が不思議でならない。
なぜって…
大久保選手ってそれほどの選手なの?
日本人のすべてのFW,MFのトップに立つほど「代えのきかない選手」なの?
反町さんがこだわるほど、大久保と他のFWには雲泥の差があるのかしらん?
若い選手を引っ張るだけのリーダーシップと信頼を得られる人間性に溢れているのか知らん?

素人目には、ぜんぜんそのように見えないんだけど。

神戸の辞退の理由は、大久保選手の右ひざの状態と、J1で低迷するチームの状況を鑑みるとチームのエースは出せないということのようだ。チームの状況をうんぬんすると他チームだって、それならうちだって!と言うことになる。大久保選手はノーコメントを通している。ノーコメントはずるいと思う。自分が出たいなら出たいとチームを説得するべきだし、出たくないのならそう意思表示すべきだ。出たくない選手を選ぶことは代表のモチベーションにかかわる。
この際、いっそのこと大久保選手に「自分はW杯予選でレッドと3試合出場停止をもらっている。そのような状況で出場するのは、五輪の精神に則って、ふさわしくないと思うので辞退したい。」といって欲しい。それが一番大久保選手の選手としての格も上がる解決法だと思うのだが。

サッカー協会も反町監督も「ぜひとも大久保選手を!」とこだわるのを見ていると、バーレーン戦でのレッドカードと3試合出場停止のペナルティの重大さについて、私の過剰反応なのかとちょっと気になっていた。しかし同じようなことを書いたコラムがあったので、この考え方は私だけの過剰反応ではないと安心した。

「FCJAPAN」というサイトに、英国人コラムニストのジェレミー・ウォーカーさんが英語と日本語で「なぜ大久保がオリンピックへ?」というコラムを掲載しているのに出会った。
フットボール発祥の地イギリスのサッカー好きなスポーツライターが、このことをどう捉えているか一読していただきたい。
五輪は世界と戦う場だ。世界と対等に戦うからこそ頑ななまでにスポーツマンシップを掲げて正々堂々とした日本をアピールして欲しい。


今回の大久保選手のオーバーエイジについては、サッカー協会、所属チームのお互いが意固地になりすぎて、ことの本質がいつのまにかどっかにいってしまうのが一番心配だ。
結果的に、神戸が折れて、大久保選手が五輪代表に合流したとして、若い選手たちが彼にわだかまりを持たないだろうか。そこはプロ、切り替えていくだろうが、やはり押さえ込んだものは小さなほころびからこぼれるものだ。

五輪代表の主役はオーバーエイジ選手ではないはずだ。
タレントぞろいなのに主役の代表候補選手たちの情報はほとんど流れてこない。
五輪に限って言えば、大久保選手や遠藤選手が活躍するより、李忠成選手や梶山選手の活躍を見たいじゃないか。五輪を経験することでさらに成長する選手たちを見たいじゃないか。
五輪はあくまでもU-23の選手たちが主役のはず。
協会も反町さんも、もっと彼らを信頼して欲しい。(自分が育てたチームが信頼できないのであれば反町監督は失敗したということなのかな?)
マスコミにも、オーバーエイジ問題より候補選手たちの今をレポートして欲しいとお願いしたい。



■「FC JAPAN」ジェレミー・ウォーカーのジャパニーズサッカー
[PR]
by windowhead | 2008-06-28 15:06 | 紙のフットボール | Comments(8)

オーバーエイジに思う

W杯3次予選が終わると、さっそく五輪オーバーエイジは誰かがスポーツ紙を賑わしている。
3人の枠があるので、勝つためにはオーバーエイジを使うのは当たり前のこと、というのは理解できる。
ガンバの遠藤選手、神戸の大久保選手、グランパスの楢崎選手などが候補に上がっているようだが、ぜひとも3人入れる必要があるのだろうか。五輪に出場できる選手の数は18名(だったよね)。今のU-23,U-20は選ぶのも困るほどのタレントぞろい。それも各チームでレギュラーを張っている選手ばかりではないか。いっそオーバーエイジなしでいけないものだろうか。

遠藤選手は、前からオーバーエイジでも五輪に出場したいという意思表示をしていた。彼にはそれだけ五輪への思いいれがあるのだろうし、そのための準備もしているということなのだろう。中村俊輔選手は、若い人だけでやるほうがいいと思うと、昨年秋ごろのインタビューの中で言っていた。オーバーエイジ枠の選手たちもそれぞれに意思表示をしてもらいたい。意思表示はしていないが、選ばれたなら行くでは、少ない枠を争って必死に戦っているU-23の候補の選手に失礼だと思う。

楢崎選手が入れば、西川選手は控えに回ることになるだろう。北京のゴールを守るために、予選からずっと身体を張って掴んだその位置が本番でするりと指の間から抜け落ちてしまったような落胆と悔しさを味わうことになる。それがプロの世界、実力の世界と言われれば確かにそうだが、楢崎選手と西川選手はJリーグでは、年齢の差こそあれ、どちらもチームの正ゴールキーパーであり、どちらが優れているという評価のしようはないと思う。さらに、楢崎選手はA代表の正ゴールキーパでもある。9月にはW杯最終予選があるのだから、彼にはリフレッシュする時間もなくなる。もしや良くない形での敗戦となると、それが悪影響になるかもしれない。それは遠藤選手にも言えることなのだが…。

さらに、一番問題なのは大久保選手についてだ。
W杯予選というFIFA公式戦で、悪質なファウルをして3試合の出場停止を食らっている選手をオリンピック代表に選ぼうとするサッカー協会の姿勢に驚く。

大久保選手のファウルは避けられなかった事故ではない。レッドカードと3試合出場停止というペナルティがどれくらい重いものかしっかりと認識して欲しい。
絵空言かもしれないが、オリンピックの精神は「清く、正しく、美しい」プレーを競い合うのではなかったか。「勝つことより参加すること」に意義のある大会ではなかったか。
そんなことは、現実問題あり得ない!、ばかか!と言われるかもしれない。
それでもいいではないか。
大久保選手はJリーグでも故意のファウルや審判への文句が多すぎる。ジーコ監督のころも事件を起こしてはずされている。はっきり言ってダーティーなイメージのある選手だ。オーバーエイジというのはプレーが優れていればそれでいいという存在ではないはず。精神的にも若いチームの支えにならなければいいけない存在。選手たちが正々堂々と誇りを持って闘うための頼りになるお兄さん役。うちのお兄さんはプレーも人間性も立派な人だぞ!と顔を上げて自慢できる選手であってほしい。
今、大久保選手は自分のあり方を静かに見つめて反省しなければいけない時だ。彼をオーバーエイジの候補にあげることは、彼のダーティーなプレーを認めることになり、彼を甘やかすことになる。プレーがすばらしいからといって罪を曖昧にし、代表候補に選んだ”つけ”は、茂原選手の件で経験したではないか。

国際試合で出場停止処分中の選手を五輪に出せば、日本サッカー協会のスポーツマンシップが疑われると思って欲しい。
日本サッカーのプライドを捨ててまで期待できる得点力が大久保選手にあるのか?それよりは、平山選手や岡崎選手の成長にかけるほうが絶対にすがすがしい結果になると思う。

少し前までは、メッシだのパク・チソンだの、オーバーエイジなどで出場すると言う話があったが、現実になってくるとパク・チソンは出ないし、メッシだってバルサがいい顔していない。北京五輪開催時は、すでに欧州リーグが始まっている。各チームとも新シーズンの序盤に大事な選手がチームを離れることは避けたいはずだ。五輪の位置づけはそのようなものなのだ。

きちんと意思表示までしてくれている遠藤選手には申し訳ないが、協会や反町監督はオーバーエイジ枠を使わないで若い選手たちだけで闘う決断をして欲しい。
そして、速やかに代表選手を決め、さらに精鋭化していってほしい。
現在のU-23選手たちには、それだけの力と精神力があると確信している。
彼らの晴れ姿に期待をはせながら、五輪の日まで応援していきたいと思う。
[PR]
by windowhead | 2008-06-26 13:02 | 紙のフットボール | Comments(0)

「Foot!」に、懐かしい顔…二宮 寛さん

サッカー番組の少ない地方では、「やべっち」だって「スーパーサッカー」だって貴重な楽しみの1つだが、それ以上にたのしませてくれるお気に入り番組がスカパー、Jスポーツの「Foot!」。
サッカー専門番組のくせに、パーソナリティーの倉敷さんは、会話の中にひょいとロックネタを振り込んでくる。それもかなりマニアックなネタなので、ゲストはおろか視聴者でも何いってるんだか?とシラケさせるが、分かる人間にはかなりツボにはまるネタが多い。ゲストさんも案外それに対応できる人がいたりする。サッカー的にはコアな番組なのか、ライトな番組なのかよくわからん???不思議な番組。

4月下旬にも、プレミアリーグ得意な東本さんがゲストで、「コージーのスコットランド紀行」をやってくれて、シュンスケファンとしてスコットランドプレミアリーグを見る私には楽しい番組だった。インバネスやマザウエルなど、スコットランドプレミアを見ない人にはわからないようなチームの紹介や急死したオドネル選手の話など、東本さんならではのこだわりも見えて、2週連続で楽しませてもらった。

火曜日に見た「Foot!!」には、とても懐かしい方が登場した。
1978年頃日本代表監督だった二宮 寛さんだ。
二宮さんが監督のころ選手だった原博実さんが、二ノ宮さんを訪問して今の日本代表についての感想を聞くという内容。
二宮さんの略歴はウィキメディアあたりで調べられると思うので詳しく書かないが、三菱重工サッカー部の出身で代表監督後は、三菱に戻り、三菱自工幹部としてヨーロッパを舞台に第一線のビジネスマンとしてがんばり、欧州三菱自動車の社長までつとめた人だ。ビジネスシーンから降りた今日は、葉山か逗子で「パッパニーニョ」というコーヒーショップを経営しながら静かな暮らしを楽しんでいらっしゃると聞いている。
私は小娘のころ、一度、二宮さんにお会いしたことがある。それも、しゃあしゃあと取材させてもらっている。代表監督のころだったのかなあ、サッカーは釜本と横山しか知らないような小娘の質問を気持ちよく受けてくださった。にこやかで洗練された方、なによりハンサムだったので、質問内容を忘れるほど舞い上がったのは覚えている。
「Foot!」で思いもよらず懐かしいお顔を拝見し、インタビューも手ごたえのあるもので、充実したひとときだった。

二宮さんは、直近のホーム・オマーン戦をTV観戦し、取材の意図にそって感想やアドバイスを箇条書きにまとめてインタビューに臨んでいらした。そのシートを提示して、補足説明をつける姿は仕事のできるビジネスマンそのもの。
自分の考えを文章にすることでより明確になるし、考えに一貫性があるか、話の前後に矛盾がないかを確認できる。箇条書きにすることで、話の流れをつくることができる。それを相手に見せながら説明していくことで、共通理解が得やすい。ビジネスシーンでは当たり前のことだが、お偉いさんたちはいつのまにか、そのような手間を省いていく。思いついたことを熟考することなく口に出すKAWABUCHIさんや鬼●チェアマンには見習ってほしい姿勢だ。

インタビュアーの原博実さんが、はい、はい、と聞いている姿も新鮮!

お話の中で印象的だったのが、二宮さんが師とあおぐドイツの名監督バイスバイラーの指導方法。バイスバイラーは、練習試合などでよく審判役をしたそうだが、そのとき2つのケースでは必ずその場で笛を吹いてプレーを中断させた。1つは、対戦相手を敬わないような悪質なプレー、もう1つは、すばらしいプレーだという。
普通はすばらしいプレーがあれば、わざわざ流れを中断させるようなことはしないものだが、バイスバイラーは、なにがいいプレーなのかを理解させるために、あえてそのプレーの直後に説明しているのだという。選手たちが何がいいプレーなのか共通理解しているかどうかはチームにとっては大切なことだ。
そういえば、中村俊輔も昨年のインタビューの中で共通するようなことを言っていた。
オシムさんから初召集されたとき、オシムサンが練習中に他の選手に言っていることを耳をダンボにして聞いたという。オシムさんが小さな声で「ブラボー」と言えば、あのプレーはこの場合ほめられるんだと、ひとつひとつ確認していったと言っていた。「なんとなく」や「分かった風」で流すのではなく、確認していく小さな手間をいとわない丁寧さは初心者相手だけでなく、複雑高度なものを成すとき、さらに必要だということだろう。

インタビューに当って、感想をテーマに分けて箇条書きにして準備された二宮さんの姿に、恩師バイスバイラーさんの教えに共通するものを感じる。

原さん、倉敷さんの話では、二宮さんは代表監督としてドイツで強化合宿をしたときも、持ち前の交渉力と人脈で対戦相手のコーディネイトまで自分でやっていたそうだ。奥寺さんのドイツ移籍実現にも大きな役割を果たしたらしい。浦和レッズとドイツのつながりはこの二宮さんから始まっていると言っても過言ではないということかな。

インタビューを見て、二宮さんのようは人が日本サッカー協会にいて欲しいと思うのは、自然なようで倉敷さんも、原さんに「二宮さんはサッカー界に帰ってこられませんかねえ」と聞いていた。「いやあ、こないでしょう」というのが原さんの感想のようだったが、惜しいなあ。

権力欲がなく今の生活を本当に楽しんでいらっしゃる姿は、すがすがしかった。
[PR]
by windowhead | 2008-06-20 15:34 | 紙のフットボール | Comments(0)

オシムさんはたのしんでいるでしょうか…ユーロを

「クロアチアも強いですよ」と言い残してオシムさんは日本を離れたが、そのクロアチアがドイツを破ったようだ。
さすが、オシムさんの情報収集力はただ者じゃなかった。
倒れる前、毎日深夜までプレミアリーグなどをTV観戦していたようだが、TV画面という限られた情報を補足するためのオシムサポーターが欧州各地にたくさんいるんだろう。12月までのオブザーバー契約があるとはいえ、すでにオシムさんのフィールドは欧州に移ってしまった。オシムさんとともにこの貴重な情報源も日本は失うことになったわけだ。サッカー協会も失ってから改めて、オシムさんとそれにつながるネットワークの大きさに唖然とすることになるだろう。
もうオシムさんの知恵は日本人の手から離れてしまったんだと納得するしかないのだろうか。

それでもオシムさんは、教え子たちを見捨てはしないだろう。
欧州の新しいシーズンが始まったら早速、セルティックの水野君に喝をいれるためスコットランドを訪問したなんて情報が飛んでくるかもしれない。是非そうして欲しい。少し自信を失いかけている水野君には心強い後押しになりそうだ。
そのうちグルノーブルを指揮するオシムさんがいたりして…。
きっと、オシムさんは、まだまだサッカーのど真ん中にい続けるのだろう。日本代表にもまだ可能性がないわけではないと願い続けようと思っている。


チャンピオンズリーグを席巻した英国が出ていないユーロ。
不思議な気もするが、それくらい欧州の力は拮抗しているんだろう。
ユーロに出られなかったイギリスやスコットランドやアイルランドはオフシーズンをどう過ごしているのだろうか。あの熱狂的なサポーターたちはユーロの放送をチラ見しながら、次のシーズンに向けて横断幕や旗の修理でもしているのかな。

英国はつかの間の眠れる獅子かなと思っていたら、なーーんと、チェルシーがフェリペさんを引き抜いていた!
C・ロナウドやデコを従えてユーロで快進撃のポルトガルを率いるルイス・フェリペ・スコラーリ監督。
私は、ジーコの後、日本代表監督にこの監督を引き抜いて欲しかった。それくらい2006W杯でのポルトガルが魅力的だった。(もちろん2002W杯で優勝したブラジルもすばらしかったが…。)
その名将がなんとチェルシーを率いることになるとは!
ユーロが終わると移籍市場がさらに騒がしくなりそうだ。デコはチェルシーに行くだろうなあ。リーグが始まれば、C・ロナウドはチェルシーと闘いにくい?
ファーガソン、ベンゲル、スコラーリと、来シーズンのプレミアは、渋い狸おやじたちの競演。楽しみですわ~~。

あ、と言うことは、ライカールトはしばし休息なんでしょうか?
ライカールト、暇そうなんですけど~~~川渕さん! とかなんとか、むにゃむにゃ~~(独り言です。)
[PR]
by windowhead | 2008-06-13 14:42 | 紙のフットボール | Comments(6)

持ち主の日常がひりひりと伝わる…写真集「ひろしま」

b0009103_133370.jpg
写真集「ひろしま」 
石内 都 (集英社)


大型書店のカラフルな写真集のコーナーから一歩も動けなくなった。
美少女の笑顔やカントリースタイルの庭、雄大な大自然…世界中が集まっているような写真集のコーナーにその本はぽつんと置かれていた。平積みされる本ではない。だれかが棚に返さないで野放図に置いていったのだろう。その誰かの横着さのおかげでこの本に出会えた。

くしゃくしゃよれよれに汚れているのに、天使の羽のような透明感のある花柄ブラウスの違和感。その下にひらがなで書かれている「ひろしま」のタイトル文字。一瞬でこのブラウスが何なのか理解した。
このブラウスは、広島原爆資料館に保管されている被爆資料であり、一人の少女の遺品なのだ。おそらくお母さんの手作りだっただろうこのブラウスを着て朝から元気に家を出た少女はどこにむかっていたのだろう?1945年8月6日午前8時10分、花柄ブラウスの少女の未来は閉じてしまった。ブラウスに残された茶色のしみは血のあとだろう。資料という客観性をもった物となった今も、見る人の気持ちを少女の悲しみにシンクロさせる圧倒的な力をもっている。彼女の痛さがちりちりと皮膚に伝わってくる。

写真集に収められているのは、ほとんどが服飾品、それも女性のものが多い。
被爆資料という重い使命を背負った服たちが美しく清らかに見えるのは、その服にこめられた愛情とカメラマンの技術によるものだと思う。
当たり前のことだが、1945年当時、日本には既製服という文化はなかった。ほとんどの女性の服は手作り。作るのがお母さんだったり、仕立て屋さんだったりとプロアマの違いはあっても、服は顔の見える誰かのために作られていた。服には作る人と着る人の関係が刻まれていた。花柄ブラウスには一針一針手縫いの縫い目がしっかりと残っている。水玉模様のモダンなワンピースにも丁寧な仕立てのあとが残る。今のように消費される服飾でなく、持ち主の成長とともに生きる服飾があったということを強く感じさせられた。戦時中であっても、地方都市の日常には天然色の未来を夢見た少女がいたり、その少女に花柄ブラウスを手縫いする母がいたり、都会的なワンピースを仕立てる人たちがいたのだ。一発の原子爆弾で、そんな細やかで質の高い女性たちの文化が吹き飛んでしまった。

カメラマンの石内都さんは女性の感性から、その遺品たちの悲しみの背後あるに細やかな日常の幸せを感じ取ったのだろう。彼女は、遺品たちをそのまま撮影するのではなく、後ろから強い光を当てて布目や針目を浮き立たせている。レースのように光をすかした服たちは美しい。美しいからこそその服たちが資料としてそこに保管されることになった履歴の重さが心に迫る。

「長崎」と言う同じ運命の土地に生きていると、日常の中に原爆の傷跡がある。
母の被爆者手帳、被爆者検診のお知らせ、散歩道にある被爆遺構、救護所となった小学校跡地に立てられた市立図書館…。それもだんだん消えかけようとしている。

この写真集と出会ったころ、日本サッカー協会元会長・長沼健さんの訃報を聞いた。
サッカー協会会長の座を降りてからも、日本のサッカーを支えてこられた。2006年、もう1つのワールドカップに出場するハンディキャップサッカー日本代表のバックアップに走り回られていたことは最近読んだ「プライドin ブルー」という本や映画の中でも紹介されていていた。
選手として精一杯がんばり、そのあとも日本のサッカーのために、そして、サッカーによって未来にチャレンジする若者のために尽力された人だったようだ。
その長沼健さんも広島出身、被爆者のお一人だったと聞く。



長沼健さんが被爆者だったということは、、この弔文で知りました。
[PR]
by windowhead | 2008-06-11 13:24 | 至福の観・聞・読 | Comments(1)

選手を守れるのは、もはやファンしかいないの?

中田氏の花試合、日本代表のアウエー・オマーン戦、ユーロ開幕戦と、サッカー目白押しの1日。やはり、日本代表のアウエー戦が第一なので、花試合はビデオで今朝チェック。日曜朝のゆったり感にぴったりでした。ヒデ、楽しそうでよかった。


日本代表のアウエー・オマーン戦はなんとか引き分け、勝ち点1。
気温38度、湿度50%以上という環境をイメージしただけで、息苦しくなってくる。真夏日の炎天下、日陰もない屋外で走るのを想像しただけでも、常軌を逸している。
そのような条件の中で、倒れる選手がいなかったことにまずホッとした。
最初の失点の流れは、いやな予感がしていた。
快適な部屋で見ている私でも映像の中の暑さに気持ちが萎えそうだった。そんな気持ちの隙をつかれたようなゴール。
その後は、集中して自分たちのサッカーができてきたと思う。
相手のカウンターに追いつかずヒヤヒヤなシーンもあったが、最後の最後で中澤選手の巧さ、楢崎選手の巧さで防いだ。

カウンターサッカー派な岡田監督が、今作りつつあるスタイルを捨ててカウンターで応酬する作戦に切り替えるんじゃないかと危惧していたが、そうはならなかった。
岡田さんは、目標にしている「コンパクトにつないでの全員守備全員攻撃」のスタイルが少しづつ形になっている手ごたえを感じているのだろうか。
日本人の体格や個の力でカウンターサッカーをしても世界を相手にしては勝てない。だからこそ、全員守備をベースに全員で攻めるスタイルを作ろうとしている。が、効果的に連動するチームを作るには時間がかかる。リアリストな岡田さんは、理想はわかっていても、現実の試合を勝って行くためにこれまでJリーグなどで実績をあげてきたスタイルを使ってみたりしたのだろう。
しかし、今回海外組が合流して、目標とするサッカーのための数々の見本を見せてくれた。なにより、欧州と闘うためのプレーの基準値を届けてくれたと思う。
だからグッとがまんして、目指すサッカーの進歩に賭けたのだろう。
我慢してよかったね。
あと1点は入らなかったが、選手は最後まで倒れなかったし、脚が止まりそうになりながらも最後までスペース作ったり、相手のコースを切ったり、複数でボールを奪ったりタックルしたり、さぼることなく走りきったと思う。
岡田さんの日本代表は2つのオマーン戦で確実に形を掴んだと思う。

今回のオマーン戦で感じたのは、日本の放送局はサッカーを殺そうとしているのではないかという不安感だ。
今回の試合時間は、日本のエージェント(広告代理店)の要望で決められたらしい。
オマーンでも、この季節の午後5時(現地時間)台でのキックオフは非常識なことらしい。
もともと午後6時15分キックオフを予定していたようだが、日本側エージェントの強い希望から繰り上げられたそうだ。そのことは、日本のメディアは語らないが、オマーンの新聞などではっきり報道されていると、現地取材のライター(スポーツナビ・宇都宮徹壱氏のコラム)が書いている。

日本のTV放映時間に合わせた試合開始の問題はドイツW杯時も言われてきた。それが噂だったのか事実だったのかはわからなかったが、今回のオマーン戦は事実のようだ。

エージェントやTV局は、深夜になると視聴者も減るし、子供などのサッカーファンが見られないと言うだろう。しかし今回について言えば放映日は土曜日。子供たちだって、翌日が休日なら深夜のTV観戦も許されたろうに。
この日本側エージェントの時間変更要望は日本サッカー協会を通して出されているはずだから、協会もこれに加担していると言える。

タイトな日程でのアウエーでの連戦。さらに過酷な条件の中での体力消耗するような激しい試合を要求される選手たち。
日本代表というのは、ある意味ボランティアだ。ここで身体を壊しても、怪我をしても参加した選手の自己責任となる。選手たちは、日本のサッカーを背負い戦うと言う誇りの元に参加している。
そのような選手たちの誇りを利用して金儲けする企業が悪いとはいわない。しかし、選手たちの命にかかわるような悪条件をごり押しする日本企業の存在に怒りを覚える。

このままでは、選手たちが使い捨てにされてしまう。
もはや選手たちを守れるのはファンやサポーターしかいないのかもしれない。

時差が発生する国でのアウエー戦が日本のゴールデンタイムに中継されないように、声を上げて要請しなければいけないと思った。
TV局などは自分たちのごり押しも「視聴者の要望だから」と責任逃れする。だからこそファンが声にしなければいけないんだ。

「私が応援する中村俊輔選手をはじめ日本代表の選手の健康のために、時差が発生するアウエー戦のゴールデンタイム中継放映に今後続けて反対します!!
[PR]
by windowhead | 2008-06-08 18:17 | 紙のフットボール | Comments(1)

久しぶりに代表戦でワクワク感

3-0だし、快勝!でしょう。

ピッチ上の選手たちの戦う意志が同じ方向を向いていた。
闘志を漲らせながらも、とても楽しそうだった。
自分たちが狙ったいい形で点が取れたし、失点なしだったし、
久々に代表戦で、ワクワク感と心のゆとりを感じた。
なにより、日本代表の選手たちが自信と輝きを取り戻したのが最大の収穫。

バーレーン戦で、戸惑いと悔しさを抱えていたであろう中澤選手、遠藤選手が本当にすばらしいプレーだった。
中澤選手のヘディングゴールは、このゲームの最高のゴールだと思う。
このゴールから快調に動き出した。
ボランチ・遠藤選手をNHKで解説していた原博美氏がべた褒めしていた。
「ピッチ上のマエストロ」とまで言っていたが、納得だった。
俊輔は終始動き回って、スペースを作り、要所要所でためを作ったり、ボールを簡単にはたいたりして、決定的な攻撃のチャンスをねらっていた。おそらくチームで一番走ったのではないかな。
見ていて中村俊輔の視野の広さを実感したし、プレーのひとつひとつが丁寧なのが印象的だった。プレーの丁寧さとゆとりについては「すぽると」で風間八宏さんも褒めていた。

中村俊輔というと、フリーキックやファンタジックなプレーを期待しがちだが、今の彼はそのようなものを見せるより、チームで連携して相手を崩し、ゴールに持ち込む形を実践することに重きを置いている。それを理解していると、「3本目のゴールは右足でしたね!」と言う質問に対して「普通です」と答えた意味が理解できる。
彼はきき足でない右でのシュートを褒められるより、その前の長友選手(?)松井選手が相手を崩しながら持ち込み、要求する俊輔の前にボールを出した一連のプレーが結果に繋がったのを褒めて欲しかったのだと思う。
大久保選手のゴールのとき、それをお膳立てした俊輔と闘莉王選手が満面の笑みで抱き合っていたのは、イメージの共有が成功した瞬間を称えあっていたのだろう。二人の顔を見ていると、高い次元での連携プレーが成功したときの快感は病み付きになりそうだねと思ってしまう。それに比べれば個人力でのミドルシュートなんて「普通の快感」かもしれない。それに、右足でのシュートは、セルティックでのプレーでは特別のことではない。俊輔がどんどん進化しているのに取材するマスコミの知識が昔のままなのが残念だ。

「監督うんぬんというけれど、ピッチの中で戦うのは選手だから、これは自分たちのゲームなんだ」と言う選手たちのプライドがしっかりと見えた。

そんな選手たちの高い意識による真剣な戦いを「?」に変えたのは、あろうことか監督さん。
選手交代で、香川選手を入れたのには驚いた。
たとえ3点リードであっても、この試合は「お試し」のための試合ではない。
W杯出場を掛けた本番の戦いだ。ここで香川選手を入れたと言うことは、サブメンバーとして山瀬選手や中村憲剛選手より上位のチョイスということなのか?
ゆとりができたからお気に入りの新人を試してみたくなったと言うのでは監督としての資質を疑う。この人はマスコミアピールなどに色気を出しすぎる。快勝してなおかつ平成生まれのW杯予選デビューという新聞見出しでも想像したのだろうか。

ゆとりが出たからこそ、左膝の古傷悪化が気になる中村俊輔選手を交代させて欲しかった。
もしくは、スタメン出場の可能性が高い山瀬選手や中村憲剛選手を入れて、彼らにオマーンチームを体験させて欲しかった。
次の試合はアウエーでのオマーン戦。より厳しい戦いになることは予想できる。彼らに短い時間でもオマーンとのゲームを体験させるのは、香川選手に体験させるより実効的なチョイスだと思う。
オマーン戦は本気モードと言いながら、監督がコンセプトを守らないのでは選手の信頼は得られない。
せっかく選手がすばらしい試合をしてくれたのに…この1点だけは残念だった。

アウエー戦も、監督はお飾りで、選手たちでゲームを組み立てたほうがいい。
川口監督、中澤メンタルコーチ、俊輔テクニカルコーチでいいんじゃないかな。
[PR]
by windowhead | 2008-06-03 18:20 | 紙のフットボール | Comments(0)

我那覇選手の違反記録をFIFAが抹消

去る5月30日、スポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定を受けて、国際サッカー連盟(FIFA)は我那覇選手のドーピング違反記録を抹消した。

我那覇選手が最も望んでいたことはきっとこのことだったろう。
これで初めて元にもどった。もちろん、そのために費やした時間や苦労やお金は返ってこないが、それを費やしても勝ち取らなければならなかったもの。
愚直であろうが、無知と言われようがこのことを勝ち取った我那覇選手の行動に改めて拍手を送りたい。

なんで今さらそんなことを言うのかと言われるかもしれない。
それは、とても気になる記事をネット上で読んだからだ。

Jリーグ、CAS裁定で記者会見(2008年5月28日 取材・文:増島みどり)http://news.thestadium.jp/2008/05/28_fb.html

5月28日、Jリーグからの発表を取材して書かれたものだが、いくつか気になる部分があった。5月28日時点で書かれたものなので、今さらこの記事自体をどうこう言っても始まらないが、その後追加取材されていないので、見た人がそのまま信じては困る部分がたくさん残ってしまっている。

まず、チェアマン発言の「今回の裁定においては、焦点となった静脈内注入が正当な医療行為であったかどうかを明らかにして欲しいと両者が希望していたが、これが明らかにされず大変残念に思っている」と言う部分だが、その後29日の段階で、Jリーグ側がCAS裁定文を誤訳して勝手な解釈をしてしまったということがわかった。CAS裁定文はJリーグが誤訳した47項でも、結論部分となる48項でも、CASは正当な医療行為でドーピングではないと断じている。
我那覇選手への処置が正当な医療行為であれば、増島氏がその後に書いていることは、成立しなくなってくる。

また、
「登場人物は、勝てるかどうかという都合によってあまりにも増えたが、「原則」は置き去りにされてはいないか。
禁止薬物の検出で違反を判定してきたアンチドーピングは、08年「いっさいの静脈注射を禁じる」とした。これまでは尿という科学的根拠について結果責任を求めてきたが、検出薬物という科学だけではなく、その「行為」についても広く「薬物違反」に取り入れているのだ。そのため、疑わしいものを体に注射することを全面的に禁止したわけだ。」(本文から引用)


と書かれているが、ここにも意図的に隠されているものがある。
まず、アンチドーピングは…と書かれているがこの「アンチドーピング」とは、どこが既定したものかがうやむやにされている。
氏が普通のジャーナリストであれば、世界アンチ・ドーピング機関(WADA)なのか、日本アンチドーピング機構(JADA)なのか、Jリーグなのか明記するはずだ。ジャーナリストの文としては不正確だ。
さらに「08年「いっさいの静脈注射を禁じる」とした。」と書いているが、ここにも大事な文章が抜けている。
正しくは、「正当な医療行為を除く静脈内注入は禁止する」なのだ。「正当な医療行為を除く」が抜け落ちている。これがあるかないかで、大きく違ってくる。
増島氏が何でこの部分を正しく表記しなかったか、理由はわからない。
増島氏の書き方では、我那覇選手たちはごり押しでCASの裁定勝ち取ったが、本来は彼らの行為は世界では認められていないのだ。と故意にミスリードしているようにさえ見えてくる。

その後に書かれていることには、さらに驚いた。

「翻ってJリーグを見ると、恐ろしい光景は頻繁に目撃できる。選手がゴールを奪って興奮のあまりサポーター席に駆け寄る。そこでサポーターは「ご苦労さん、ありがとう」という親愛を込めてドリンクを手渡し、これを選手がおいしいそうに、連帯の証として飲む。オリンピックでメダルを狙う選手たちが見れば、仰天して倒れてしまうような光景はJリーグの日常である。
もし、試合後の検査で禁止薬物が選手の尿から検出された場合、サポーターの善意に疑いがかかるかもしれないことを、選手もサポーターも全く考えていないという能天気な光景だ。」(本文引用)

Jリーグの日常と書かれているが、TV観戦するかぎり、これまで1度もこのような光景を見たことがない。日常なら、1回ぐらいは遭遇してもいいはずだが、それともずいぶん昔のことだろうか。第一、こんなことをしていたら、審判が見過ごすはずないとおもうのだが。

増島氏が言いたいのは、Jリーグでは、選手も、協会も、会社も、サポーターも、ドーピングに対しての認識が甘すぎる。我那覇問題は、その無知さが引き寄せた事件であるのに、当事者たちが騒ぎすぎて、ことが大きくなってしまった。それよりも、日常の意識を変えるべしということなのだろう。
結果として言いたいことは分かる。
しかし、そのために随分無理があり、確認不足の記事になっていると思う。
一番残念なのは、増島氏が、選手やサポーターを見下している目線が露呈してしまったことだ。女性スポーツライターとして、それなりに一目置いていたが、残念だ。
一サッカーファンとして、今後、増島氏には、サッカーを語って欲しくないと、強く思った。
[PR]
by windowhead | 2008-06-02 18:42 | 紙のフットボール | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead
プロフィールを見る
画像一覧