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ある西南戦争戦没者と明太子の関係

以前も書いたが、長崎市内にある西南戦争戦没者招魂場である佐古招魂社には、戊辰戦争、台湾出兵、西南戦争で戦病死した御霊が祀られている。
そのなかに、西南戦争で政府軍として戦病死した警察隊の人々の墓石が60数柱ある。
多くは、川路利良大警視が率いた別働第三旅団(後に第四旅団に統合)所属の人々だ。
別働旅団は、長崎に集結し、船で熊本県の天草や八代に上陸し、西郷軍の背後を衝く部隊だ。第三旅団は明治10年3月25日長崎から八代に向かい上陸している。

佐川官兵衛や斉藤一のように旧会津藩士が警察官になり、西南戦争に出兵したということに興味をもったことから西南戦争を調べるうちに、長崎佐古招魂社にも彼らの墓があることを知り、3年ほど前から調査していた。
そして、その、埋葬者のリストを「長崎微熱」というホームページにアップしていた。 子孫の方に招魂碑の存在をアピールしたいと言う気持ちからだ。

最近、このブログを通して知り合った会津藩末裔のOさんとの交流から、埋葬者の一人のことが少し分かった。

その人は、樋口厳吾さん、没年齢19歳

厳吾さんの墓碑は残っていて、次のように刻まれている。
表面:警視局四等巡査 樋口 厳吾墓
右側面:明治十年四月十二日傷于肥後国山本郡植木之役同月十八日没于長崎警視病院齢十九年八月
左側面:植木口警視第四番小隊 千葉県士族

千葉県士族となっているが、厳吾さんはれっきとした会津藩士の家柄。なにかの理由で明治になってから千葉に住むようになったのだろう。

樋口厳吾さんは、会津藩士・白虎隊一番隊に属した樋口彦四郎の弟だということがわかった。
樋口彦四郎の所属する一番隊は戦の途中で分断され、家老たちの自刃を目撃したりして、彦四郎たちも一時は切腹を覚悟したが、生き残って戦うことを選び、命がけで籠城中の城に入り、籠城戦に加わったようだ。
彼は、明治になってから事業で成功し、明治の実業家として名前を残している。

Oさんと、樋口彦四郎御子孫の方との交流がきっかけで、樋口厳吾さんが、彼の弟だと言うことがわかった。
また、その本家筋にあたる会津の樋口家では、厳吾さんについて、「後妻の子であった」ことと「大変優秀な人物であった」ということが伝わっているようだ。

その総本家というのは、日本の明太子産業の父ともいうべき樋口伊都羽の子孫にあたるそうだ。

旧会津藩士・樋口伊都羽は維新後、職を求めて朝鮮半島に渡った。当時半島ではスケソウダラ(当時、朝鮮半島では「ミョンテ」と呼ばれ、漢字では「明太」と書く)の塩漬けをするとき、その卵は捨ていた。その卵を見た伊都羽は「これを日本人向けに商品化できないか」と考え、塩漬けや唐辛子を刻んで漬け込んだ。これが当時プサンで大人気になり、プサンの樋口商店の事業は大きくなった。
やがて樋口商店の明太子は、関釜連絡船で下関に伝わり、第2次世界大戦後、その中心は博多へと移っていったようだ。

招魂社の墓碑銘がまさか明太子のルーツにつながるとは思いもよらなかったが、会津の人々の結束と生きるエネルギーの強さ、ビジネス能力の高さを強く感じさせられた。
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by windowhead | 2009-02-28 03:01 | Comments(2)

中村俊輔は横浜マリノスの25番?

2009Jリーグ選手名鑑を買った。
ことしはサッカーダイジェスト版。
クリアファイルのおまけが付いているばっかりに、ゴムで止めてあって立ち読みできなかったのでつい買ってしまったが、ファイルなんてなんの魅力もないもので、これならいっそマガジン版の巻末にあったチームマスコットプロフィールがあったほうがましだったかも。
ただ、ダイジェストの選手個人の寸評のほうがオリジナリティーがある。
まあそんなことは、どうでもいい。

ぱらぱらと、マリノスあたりを眺めていて、気になることを見つけちゃった。
マリノスのMF山本郁弥選手の背番号が微妙に変わっている。
背番号が変わるのは特別なことではないけれど、彼の背番号は案外キーポイントだった。
昨年はたしか25番だったのが、今年は26番になっている。
20(水沼),21,22(中澤選手)、23,24,26,27,28,29,30…と埋まっているのに、25番がポッカリと空いている。

背番号が25番で、マリノスとかかわりのある選手と言えば、中村俊輔を連想するよね。
俊輔といえば10番ってイメージがあるかもしれないけれど、世界的にみればセルティックの25番が最もポピュラーなんじゃないかな。

マリノスは俊輔に25番の背番号を準備していると言うことかな??

26番になった山本くんが尊敬する選手が中村俊輔というのだから、俊輔に25番をと言われれば、気持ちよく譲ったことでしょう。
となると、山瀬君の10番も安泰ってことで丸く収まるのかな。
俊輔にとって、日本代表の10番と言うのは今でも格別の意味のある番号なのだろうが、チームでその番号をつけて定着している選手がいるのなら、いまさらそれに執着する必要はないのかもしれない。

中村俊輔ファンとしては、少しでも長く海外でプレーして欲しいと言うのが本音だが、このような事柄を見つけていくと、彼のJリーグ復帰は着々と準備されているんだなあと納得する。
あとは、移籍金と年俸をどう捻出できるかってところなのかな。
背番号よりもずっと難題が残っているね。
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by windowhead | 2009-02-25 02:17 | 紙のフットボール | Comments(4)

自分の子供を入れるなら間違いなく高校サッカーを選ぶ。

俺は自分の子供を入れるなら間違いなく高校サッカーを選ぶ。

サッカー日本代表、ガンバ大阪の遠藤保仁選手の著書「自然体ーー自分のサッカーを貫けば道は開ける」(小学館101新書)の中のフレーズ。

なんだかものすごく遠藤ヤットらしい言葉だなあと、印象に残った。

今やクラブユース全盛時代になり、優秀な選手がユースに行くため高校サッカーが衰退していっていると言われている。それは分かっていて、それでも高校サッカーを選ぶと言う。
技術や戦術はプロになっても積み上げられるが、メンタルのベースは若いときこそ形成されていくべきだ。それには、厳しい環境の高校サッカーのほうが良いと言い切る。
親友の中村俊輔を完ぺき主義、自分は気分屋という遠藤選手だが、人一倍悔しい思いをしてきたキャリアを支え続けたのが高校時代から培ってきた「折れない心」があってのこと。
強くぶれないベースがあるから、ときには心を遊ばせることができるということなのだろう。

この人は本当に人間として優しい人だし、人が好きな人物なんだと、この本を読んでいて再確認させられる。
気持ちよく楽しくサッカーをするためだったら、自分のアピールもサラリと捨て去ることができる潔さがある。またその潔さを潔さと感じさせない自然体のしなやかさがある。
とても心の広い人なのだろう。中澤祐二とはまた違った温かさと優しさをもったサッカー選手だと思う。

この本を読んでいるとガンバ大阪というチームがとても魅力的なチームだと言うことがよくわかる。
超攻撃集団「ガンバ大阪」って、下町商店街の旦那たちのイベント時の結束パワーに似ている。
あの人工衛星「まいど1号」を打ち上げた大阪の中小企業のおっちゃんたちのパワーに通じる。
技術の粋を集めて完成させた人工衛星に「まいど!」なんて命名する感覚は、繊細な判断力と技術から打ち出されながら笑いがとれる「コロコロPK]に通じる。


「頭が疲れる選手になりなさい」
奇しくも、遠藤選手の高校サッカーの恩師とオシムさんが同じことを言っている。
印象的な言葉だ。
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by windowhead | 2009-02-21 01:29 | 言葉を拾う | Comments(2)

表現者としての誠実な言葉と勇気…村上春樹氏

「体制を壁に、個人を卵に置き換えて、高い壁にはさまれて、壁にぶつかって壊れる卵を思い受けべた時、どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ」

イスラエル最高の文学賞、エルサレム賞の授賞式で、受賞者である村上春樹さんの記念講演のなかの言葉だ。

受賞にあたって、日本の市民団体などから、この賞を受賞することは、ガザ攻撃で一般市民を巻き込んだ空爆を続けるイスラエルの政策を擁護することになるとして賞の返上を求められていた。
村上春樹さんは、迷ったが、受賞式に出席した。
その理由を「現地に行って現実をみることとメッセージを伝えるためだ」と説明した。
そのメッセージの一部分が最初に書いたフレーズだ。
また「壁は私たちを守ってくれると思われているが、私たちを殺し、また他人を冷淡に効率よく殺す理由にもなる」とものべ、イスラエルの軍事力によるやりかたと、パレスチナとの分離政策への批判をこめた発言をしたという。

表現者として最も大切な人間の自由をおびやかすものに対して、それが驚異的な権力であっても、誠実な言葉で立ち向かう勇気をみせてくれた村上春樹さん。
賞を返上するという後ろ向きの批判でなく、相手に敬意を払いつつも言うべきことはきちんと伝えてくるという正々堂々としたやりかたを選んだ村上春樹さんに感動した。

「羊をめぐる冒険」からもう何冊だろうか。村上春樹さんの本はほとんど読んでいる。そして、初期のショートストーリーのみずみずしさが忘れられないでいる。そこには平和な中での個人のささやかな幸せ感が細やかに綴られている。
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by windowhead | 2009-02-18 02:17 | 言葉を拾う | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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