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「THIS IS IT」にスタンディングオベーションを!

暗転してスクリーンに映像が映し出される。
字幕がはいる。
「さあ、マイケルの最後の記録映画の始まりか」と、姿勢を正してスクリーンに向かった。
しかし、音楽が始まり、練習着のままのダンサーたちが踊り、マイケルが登場すると、もう映画ではなくなった。
自分の足と指がリズムを刻んでいる。
身体も自然に動いてくる。
もうそこからの2時間、たっぷりとマイケル・ジャクソンのショーを堪能した。
映画のスクリーンを眺めているのではなく、おそらく今現在、世界で最高のショーの会場にいる。
そんな感覚だった。
若い頃のパワフルな動きでなくても、それを越えるクリエイティブな動きに、魅了される。
歌声もなんとなく切なさを帯びていて、ひきつけられる。
ステージの構成も、ダンスも、日本なんかでは想像できないアイディアと高いクオリティー。
身体中で、世界最高のショーに浸った。

クレジットロールが流れた時、つい立ち上がって拍手したくなった。
地方のシネコンは、そんな空気ではなさそうで、スタンディングオベーションできなかった。
全身全霊を込めてあのステージを作っているマイケルにリスペクトの拍手を贈るほうが自然の行為だったのでは…。
その勇気の無さが恥ずかしい。

たった2週間の上映。時間を作ってもう一度このステージを堪能したいと思う。
もちろん、そのときは、自分に素直にスタンディングオベーションを送るつもり。

もし、「This  is It」を見ようかと迷っている人がいたら、是非ともお勧めしたい。
そのときは、できればスクリーンを少し見上げるような席がおすすめ!
後ろの席の客観的な視野より、何倍もコンサートの臨場感に浸れる。
マイケルのリアルなステージは見たことがないが、この映画は彼のこれまでのミュージックビデオをはるかに越えた感動と臨場感をくれる。
だからこそ、劇場で体感すべきだ。
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by windowhead | 2009-10-30 01:56 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

龍馬が最初に長崎に来た道

白状します、私も「歴女」です。
というか「歴婆」はあんまりなので「歴大年増」ですが…。
興味の中心は、幕末から近代で、流行の戦国派ではないので、周辺は穏やかです。
歴史調査では、なぜか瑣末なことばかりが気になる因果な性格です。

わがウエストコースト長崎は来年の大河ドラマ「龍馬伝」で、龍馬ブーム。
先ごろ、NHKエンタープライズが、「龍馬伝」のロゴや商標使用についての説明会を行った時も約500名の出席だったというくらい、多くの人々が龍馬熱に燃えているわけです。
もちろん、幕末も視野にある私ですから、龍馬には興味があります。
しかし、またぞろ因果な性格が災いして、龍馬はどんなルートをたどって長崎にきたのか、なぜそのルートなのか、そんなことが気になっていました。

龍馬が初めて長崎を訪れたのは元治元年2月23日だったと記憶しています。
海軍奉行だった勝海舟のお供をしてきたわけです。
このとき、彼らはどんなルートをたどったかというと、なんと徒歩で九州横断だったのです。

2月14日に翔鶴丸で神戸を出港し、15日に、豊後佐賀関(大分県)に着き、それから陸路を徒歩です。
佐賀関から鶴崎、野津原、久住、内牧、熊本城、高橋宿から船で島原に渡り、また陸路、島原藩主が長崎に向かうときに使う殿様道をとおって長崎に入ってきました。
その間、龍馬は、内牧から熊本城に向かう道中、勝の命で横井小楠を訪問しています。
ほぼ10日間の旅。
なんでまた、陸路を行ったのか…、それは、歴史を紐解けばわかりますよね。そのころの関門海峡はどんな状態だったかが。

で、その陸路を歩いてみようと言う酔狂な方々がいるわけです。

NPO法人「長崎の風」が中心となって、高知の脱藩の道から長崎までを歩こうという企画があり、一昨日、四国を踏破し、昨日から九州を歩いているところです。

知人で長崎の龍馬フリーク・増田氏が全行程を歩きながら、その様子をブログに公開してくれています。
出会いと、発見、蜂にさされたり、日焼けしたりと、さまざまな出来事も起こりながら、ただいま豊後街道を通り今日の宿今市まであるいているようです。

歴史ファンのみなさん、龍馬ファンのみなさん、11月3日、早朝長崎の奉行所跡(歴史文化資料館)に到着までの行程、応援しながら見守ってください。

もし、この一行に出会うことがあれば、「増田さーんと」声かけてあげてください。

踏破のようすは、ブログ「長崎の風から」をご覧ください。

NPO法人「長崎の風」 
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by windowhead | 2009-10-25 14:10 | Comments(5)

青春の「もっちゃん」に会えた。「ホルモー六景」

「ホルモー六景」 万城目 学著  角川書店

あの「鴨川ホルモー」のサイドストーリーとも言うべき短編集「ホルモー六景」。
ちょっと古風でさわやかな青春がいくつも詰まっていた。
古風というのは語弊があるかもしれないが、最近のTVドラマやネット小説にあるドラマチックすぎる設定でなく、普通の若者の暮らしの中で、だれもが経験しそうな設定ばかり。しかし、舞台が京都であるだけで、異次元にいるような不思議なノスタルジーを帯びてくる。

6つのストーリーの中で、とても印象的だったのが「もっちゃん」と「ローマ風の休日」。
「ローマ風の休日」は、「鴨川ホルモー」で大活躍した「凡ちゃん」と、アルバイト先で知り合った高校生とのお話。
恋におくての凡ちゃんにハッパをかける高校生くん。高校生くんから、好きな彼はどんな人なのと聞かれた凡ちゃんは「だめそうな人」と言う。ダメそうな人だけど好きになってしまって告白できない凡ちゃんがいじらしい。
「鴨川ホルモー」を読んだ人なら、この凡ちゃんの恋が成就することは、知っている。
そして、映画「鴨川ホルモー」で、凡ちゃんの恋が成就した瞬間を、俳優・山田孝之が最高の演技で見せてくれたっけ。壊れためがねをはずした凡ちゃんに向かって、「そのほうがずっといいよ」と声をかける安倍君こと山田孝之。この瞬間、青春純愛ドラマを演じ続けてきた山田の本領が炸裂。たった一言で、この映画が、青春ラブストーリーだということを見せ付けてくれた。
映画のラストで、「安倍、行くよ!」とリードする凡ちゃん。「は~い」と付いていく安倍くん。聡明な女の子とダメ男のカップルは、微笑ましく、「ローマ風の休日」を読んだ後だからこそ、このまったりとした幸福感が続いて欲しいと思わずにはいられない。

「ホルモー六景」で、最もすばらしいという1編をあげるとしたら絶対に「もっちゃん」。
サラリーマンとなった安倍氏が、京大生時代の「もっちゃん」とのエピソードを思い出すお話。進むにつれ、どうも時代は現代ではなさそうなことがわかってくる。恋文を書くために万年筆を買いにいくもっちゃん。どこかしこにレモンを置くもっちゃん。安倍くんに「基」と刻印された懐中時計と文芸誌を残したもっちゃん。
文学好きには、この「もっちゃん」が誰だか徐々に読めてくる。それだけでもワクワクなのに、最後には「もっちゃん」の懐中時計が、現代の安倍君の手にあるというエピソードまでついてくる。
京都には、本当に様々な時代の顔があるんだということを思い出させてくれる一編だった。
さらに私にとっても、「もっちゃん」の本名は、高校生時代を呼び覚ますスイッチの1つなのだ。
数年前、京都では「もっちゃん」のブームが起こった。「もっちゃん」で有名なある場所が消えることになったためだ。このときも、高校時代の甘酸っぱい思い出がこみ上げてきたが、まさか「ホルモー六景」で再会することになろうとは…。

「ホルモー」という摩訶不思議な競技を柱に、場所を越え、時代さえも超えて、関係者が繋がっていくおもしろさは、京都だから成り立つのかもしれない。
「鴨川ホルモー」と「ホルモー六景」は、ダイナミックな流れを閉じ込めた「ブックカバー」なのかもしれない。
これを機会に、映画のほうももう1度観てみようかな。
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by windowhead | 2009-10-22 13:41 | 至福の観・聞・読 | Comments(2)

「てっぺん取る!」って、君たち「クローズ」か?

ほとんど見ることもないプロ野球。
たまたまスポーツニュースでみた楽天の勝利シーン。

ソフトバンクに投げ勝った岩熊投手が、こう言った。
「てっぺん取るの本気ですから!」
好青年っぽい岩熊投手から「てっぺん取る」という言葉を聴くなんて。
さらにさらに、山崎選手だったかな、ファンに向かってこう言った。
「ちょっとの間、仙台を離れますが、チャチャッとやって必ず戻ってきますから…、待っててください」て。
このチャチャッとという言い方もなんとなくスポーツ選手の言葉ではなさそうなニュアンス。

少し前、この2つの言葉を観ちゃったよ。
クローズZERO」という映画のDVDの中でね。
「テッペン取る!」はこの映画のキャッチフレーズのようなものだった。
「チャチャッと」は、鈴蘭高校に押しかけたヤクザの拳さんの子分たちが、拳さんをパシリに使って追い払うシーンで,よく似たニュアンスと言い方で、「シュシュと行って来てください」というのが印象に残っている。


女の私が観ても爽やかで熱い男の映画。
若い盛りの野球選手たちが観ていないわけはない。
もしかしたら岩熊選手も過去に「クローズ」を観たのかも。

日ハムへの挑戦権を獲得した試合後も楽天の選手たちは「テッペン取ります!」と言っていた。
今や「テッペン取る」は楽天の合言葉。

もし万が一、楽天が日本一になったら「テッペン取る!」は流行語大賞になるかもしれないぞ。
そのときは、ぜひとも聞きたいなあ。
「岩熊さん、マーくん、君たちも「クローズZERO」のファン?」って。
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by windowhead | 2009-10-20 01:18 | 男たちの眺め | Comments(0)

坂本龍馬と「くんち」

長崎諏訪神社の秋の大祭「くんち」が始まった。
正直、このお祭りにそれほどの思いいれもないので、人ごみを避けて引きこもる。

慶応3年のこの時期(旧暦9月9日~11日)、やはりこの祭りの喧騒のなかで浮かぬ顔をしていた男がいた。彼の名前は「坂本龍馬」。

この年旧暦7月7日、長崎の花街丸山の路上で、英国軍艦イカルス号の水夫2人が何者かに殺害された。目撃者の証言で、海援隊士が犯人ではないか疑われた。事件の顛末を聞き知った英国公使パークスは激怒して、事件解決を幕府に迫った。イカルス号事件といわれる出来事だ。
長崎奉行を攻め立てたパークスはその足で、7月22日大阪に入り、将軍慶喜と会見して、長崎奉行の罷免と長崎外国人居留地警護のため500人の兵の派遣を約束させている。それが済むと今度は土佐に談判に行く。
佐々木三四郎と龍馬も土佐に向かい、藩主に説明し、パークスとの会見の準備工作にあたる。それが終わると、佐々木三四郎や龍馬は、8月12日に土佐を離れ15日に長崎に入港。海援隊士の取調べにあたる。
9月7日、やっと海援隊士の嫌疑が晴れることになる。龍馬もさぞかしホッとしただろう。

ところがところが、またまた事件勃発!

慶応3年9月11日(旧暦)の佐々木高行日記によれば
「早天より昨日評議せる書き取り致し候ところ、商会より山崎直之進あわただしく来たり曰く、今朝諏訪神祭りにつき、下代島村雄二郎、田所安吾両人、波止場へ神輿を見物に罷りこし候途中、外国人両人とりあわし、ついに雄二郎より外国人へ疵をつけ候。右外国人は米一人ジョージアンデルソン英一人エドワードワルレン趣き相わかり候。それにつき、商会にて評議いたし候ところ、隠密にいたし早々、雄二郎、安吾は帰国したき様致す為、この段お届け仕しことなり。よってその場に居合わせたる者、種々の議論起こる。…

くんちのお神輿を見るために大波止に出向いた土佐商会の島村雄二郎、田所安吾の2人が外国人殺傷事件を起こした。商会としては、このことは内密にして、2人を船で土佐に帰すつもりだったが、議論の場に居合わせた坂本龍馬は、やっとイカルス号事件が解決したばかり。今度の事件を隠すと、後でばれたとき、イカルス号事件を蒸し返すことになる。奉行所に届けるべき」と主張している。岩崎弥太郎など多くの反対があったが、結局事件を奉行所と英国領事館に届け出ている。

「土佐勤皇史」によれば、障害事件の第一報を聞いた時の龍馬は、柱によりかかりため息混じりに「またやったか」とつぶやいたそうだ。
慶応3年の「くんち」最中のできごとだ。

最近、龍馬フリークのM氏から、慶応3年「くんち」の奉納踊りを担当した町名を教えていただいた。
この年は、江戸町、本大工町、今博多町、今魚町、本紺屋町、本籠町、材木町、古町、上筑後町、後興善町、本興善町が、踊り町に予定されていたそうだが、全部の町が参加できなかったらしい。

この年の長崎は、浦上のキリスト教信徒を投獄する浦上四番崩れが奉行所によって行われたり、地役人・町年寄り以下の制度改革がおこなわれ、治安のための遊撃隊が編成されたり、旧暦9月5日には、長崎警備のため、幕府派遣の兵290人が長崎に入り駐屯するなど、騒々しい事態がつづき、お祭り気分になれない町もでてきたのかもしれない。くんちの花形、龍踊りもでなかったようだ。


くんちも終わった旧暦9月18日、龍馬は、プロシア商館からライフル銃1300挺を購入し、土佐藩へ輸送するため震天丸で長崎を離れた。この日が、龍馬と長崎のお別れの日になってしまうとは、誰も思いもしなかっただろう。
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by windowhead | 2009-10-08 03:07 | Comments(0)

国境なき医師団に支援を

友人の一人、国境なき医師団に所属している女医のKさんから協力お願いのメールがはいった。


フィリピン、サモア、スマトラと地震・津波で、国境なき医師団もすぐに動き始め、昨日、私にもお声がかかりました。
すぐにも飛んでいかなくては・・・と思ってはいても、昨日10月1日から、K医院の改装工事始まったばかりなので、今回は日本で待機です。

そこで、ご案内です。昨年に続き、ACが国境なき医師団に協力してくれていますが、そのBGMが音楽配信サイトのダウンロードから募金をするというキャンペーンを始めました。
http://www.msf.or.jp/special/donate_music/index.html

映像は、私が5月に緊急調査で訪問し、国境なき医師団日本が運営しているBurkina Fasoで撮影されたものです。私が訪れる1週間前に撮られたものなので、「ああ、あの道!」「ああ、Sylvie!」などと知り合いに声をかけたくなる映像です。
ご覧頂き、music dowmloadはお若い方にお勧めいただければ、幸いです。

震災や津波被害者の支援のためにも、よろしくお願いします。


●音楽を買って国境なき医師団を支援しよう(ヴォーグ コムでも紹介されています)
http://www.vogue.co.jp/lifestyle/news/2009-10/1music
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by windowhead | 2009-10-04 01:18 | 日日抄 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead
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