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しぶとくなったね、サンフレッチェ広島

12日ホームで川崎フロンターレ戦、そのまま中国に飛んで 14日に山東魯能戦、とんぼ返りに帰国して19日に鹿島でアントラーズと、やっと広島にもどって22日は名古屋グランパス戦、そして2日後の今日(24日)広島から新潟まで移動してアルビレックス新潟と戦う。
なんと14日で5試合。
けが人続出、疲労蓄積もピークのサンフレッチェ。
試合前の選手の笑顔には、勝ってホームに帰ろう!という元気が感じられた。
開始5分で寿人のゴール。
でもすぐに新潟のゴール。
時間がたってくると、さすがにサンフレッチェの選手たちに疲労がみえてくる。
名古屋戦でみせたような華麗な攻め上がりが見られない。パスが繋がらない。
そんなとき、森脇選手の負傷退場。控え登録にディフェンダーがいない厳しい台所事情。
本職のDF2人で4バックにして、なんとか守り攻めあがるが、マルシオデェイシャルデスにゴールを決められ、1点ビハインドになったときには、正直このゲームはあきらめた。
でも、選手はあきらめていなかった。ロスタイムぎりぎりに山岸のシュートでドローにすると、後は必死で守りきった。
本当にサンフレッチェの選手たちはしぶとくなった。
昨シーズンチームの司令塔だった柏木が去り、ストヤノフ、ミキッチ、青山、盛田、森崎たちスタメンが故障中だが、彼らがいなくても広島は広島のプレースタイルを維持できている。
首都圏のチームに比べると倍の移動距離を移動し、不公平なくらいタイトなスケジュール(同じACLを戦った鹿島のスケジュールと比べると、その違いは一目瞭然)で戦っているサンフレッチェだが、明るさと闘志は失くさない。
昨年同様、スカパーの録画でしか見られないが毎試合たのしみなチーム。
これでやっとゆっくり休めるのかと思いきや、3日後の27日にはホームでACLの浦項スティーラーズ戦が控えていた。また4日後の1日にホームでFC東京戦と連戦が続く。
ぎりぎりでやっているチームと選手にさらに頑張れとハッパかけるのも忍びない。
そこで、サッカーの神様にお願い。そのときはサンフレッチェをよろしく。
森脇良太も無事でありますように。
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by windowhead | 2010-04-25 03:19 | 紙のフットボール | Comments(0)

「SAMURAI BLUE(サムライ・ブルー)」と呼びたい。

○○ジャパンという呼び方が好きになれない。
なぜ?といわれてもはっきりした理由は答えにくいが、愛着がもてない。
まあ、他のスポーツがそう呼ばれてもいいが、サッカーだけはそう呼びたくない。

サッカー日本代表が○○ジャパンと呼ばれたのは、いつからなのか?
トルシエジャパンという呼び方があったような…。はっきり意識したのはジーコジャパン。
その後、オシムジャパンになって「オシムジャパンというより、オシムチルドレンって感じだなあ」と思っていたら、岡田ジャパン。
岡田ジャパンと聞くようになってから、決定的にこの○○ジャパンがいやになった。

オシムなら一国と並べるだけのネームバリューというかブランド力があるが、岡田では、ローカルすぎるというか、小さすぎて。

第一、サッカー日本代表というのは(日本じゃなくても、他国でも同じと思うが)主役は監督ではなく、選手なのだ。
その証拠に、選手はその国の国籍を持っていなければならないが、監督が外国人でもいいのだから。
選手が主役のチームの呼び名が監督名というのは、違和感がある。この違和感が、私の「○○ジャパン」嫌いの源かもしれない。

それなら、なにがいいかと言われたら、いまでは「サムライ・ブルー」のほうがいいと思っている。
2006年W杯時に、日本代表に付けられた愛称だった。
2006年W杯が、不本意な結果に終わったため、「サムライ・ブルー」は、いいイメージがないとか弱そうという人もいる。
だが、白紙に戻して冷静に見ると「サムライ ブルー」って、日本代表を表すのにぴったりの愛称ではないだろうか。
「サムライ」といえば、世界中が日本人をイメージするはず。「ブルー」は日本代表のユニフォームの色。
語感もいいし、この愛称が定着してほしい。2010年も、その後もずっと日本代表は「サムライ・ブルー」と呼ばれるようにしていきたい。
それは、イタリア代表が「アズーリ(青のことで、代表のユニフォームの色をさす)」と呼ばれたり、フランス代表の「ル・ブルー」やブラジル代表が「セレソン」と呼ばれたり、
イタリアもフランスもブラジルも、監督がかわっても、代表チームの呼び名は変わらない。

同じように、日本らしいプレースタイルもできていって欲しい。
日本らしいサッカーを目指したのがオシム監督だった。
監督が変わるごとにサッカーのスタイルが変わるこれまでの日本代表から、監督がかわっても「日本代表のサッカーのスタイル」というものは変わらない。という状態にないって欲しい。
オシムさんの問題提起ともいえる「日本人らしいサッカー」が、幸運にも岡田さんにも引き継がれた。

b0009103_774735.jpg2010年の「サムライブルー」が、どのような結果をもたらすか、分からないが、伝統のプレースタイルのお披露目とそれで戦うチームのインパクトが残せるといいのにと思っている。

こんなことを考えていたら戸塚啓氏が「世界に一つだけの日本サッカー -日本サッカー改造論」で、同じようなことを書いていた。
この本、なかなかおもしろかった。
オシムさん、岡田監督、中村俊輔選手、湯浅健二さん、そして戸塚啓さん、日本代表を通して日本らしいサッカースタイルを確立することが、日本サッカーのにとって最も大切なテーマであることを言ってくれる人がすこしづつ増えている。
戸塚さんも言うように、今回のW杯は、、日本らしいサッカーをどれだけ印象付ける戦いができるか、そんな心意気を感じさせるプレーを期待したい。。
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by windowhead | 2010-04-23 07:05 | 紙のフットボール | Comments(1)

映画:「海角七号ーー君想う 国境の南」

「海角七号 君想う 国境の南」
b0009103_043351.jpg
久しぶりの台湾映画だった。
時空を越え、時代を越え、国の違いや世代の違いを越えて、「届かなかった想い」が繋がっていく。
60年前の終戦で、台湾を去らなければいけなくなった日本人の男のラブレターが、台湾南端の町恒春に届く。
あて先は海角七番地 小島友子様。
すでにあて先の地番はない。
台北でロックバンドの夢破れた郵便配達の青年や、人のいいバイク屋、台湾原住民の警察官、心を閉ざした少女たちに訪れた、日本人歌手の前座バンドのチャンス。
プロダクションと前座バンドに振り回される日本人女性。
「届かない気持ち」「かなわなかった想い」を抱える人たちの苛立ちやドタバタが片田舎のリゾートという垢抜けしない風景の中で繰り広げられる。
恋人を残して去った男の悲痛なモノローグとのどかなドタバタ劇はなかなか交わらない。
しかし、ラストに素晴らしい盛り上がりとじわり沸いてくる暖かな郷愁を残して映画は終わる。

田舎町を小型バイクでとことこ走る80歳の郵便配達員が口ずさむ歌は日本の唱歌「野ばら」。
シューベルトの曲に日本語の歌詞をつけたこの歌は日本人にはなじみが深い歌だが、同時に、記憶の奥にしまわれた歌でもある。
その日本語の歌が台湾の老人の愛唱歌になっている。

台湾映画には、よく日本の唱歌が登場する。
「非情城市」では「赤とんぼ」が、「冬冬の夏休み」では「仰げばと尊し」が流れた。
そして今回の「野ばら」。
「野ばら」も、台湾が日本の統治下にあった時代、学校教育などを通して広く歌われた日本の唱歌の1つらしい。
戦後は中国語の歌詞をつけて歌われているので、台湾でも、すべての世代が親しみをもっている歌のようだ。
この歌が最後のシーンの盛り上がりをさらに奥深いものにしている。
この映画は、台湾で、タイタニックに継ぐ空前の興行成績をあげたらしい。台湾の老若男女がこぞってこの映画を見たという。
終戦前までの台湾と日本の関係を物語る一シーンだが、中国や韓国映画とはまったく違う日本への温かい想いを感じる。
日本の統治下にあって、日本の教育や言葉を押し付けられた台湾の人々が日本を恨むことなく懐かしみ、好意をもって受け入れてくれている。

ここのところ女性好みの韓流映画に押されて、台湾映画の上映がほとんどなかったが、台湾映画の温かさと音楽のセンスは健在だった。
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by windowhead | 2010-04-13 00:43 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

日本代表・セルビア戦

1日たって、改めてもったいないゲームだったなあと思っている。

試合前、マスコミは、セルビアは主力選手が来日しないということで控えチームだと侮った書き方をしていた。
しかし、冷静に見れば、セルビアはFIFAランク15位。(日本は45位)ヨーロッパの強豪国である。
そんな国の代表当落線上にいる選手たちで構成されたチームなら、相当手ごわいはず。
せっかくそんないいチームと戦えたのに、日本が目指す「日本らしい連動して全員守備、全員攻撃」の戦い方でぶつかることができなかった。

怪我や体調不良の選手が多いことや、もともとは召集予定だった海外組の召集を取りやめたことなどで本来の主力選手がそろわなかったのもある。
それでも、いくつかのポイントだけでもそれを試して欲しかった。そのためには、怪我や体調不良の本人たちには酷だが、中村か遠藤のどちらか、もしくは2人とも90分間プレーさせるべきだったと思う。
このチームの連動の要が2人ともいなくなっては、目指すサッカーが組み立てられない。本当なら他の選手に代わっても彼らと同じようになるのが理想だが、はからずも今回のゲームで他の選手ではできないことがわかってしまった。
中村、遠藤も、90分プレーする覚悟でピッチに入っていたはずだから、本当にムリと言うまで変える必要はなかったと思う。

試合後のインタビューで「今後どうすればいいと思いますか」という質問に中村俊輔が、「初心に帰ることだと思う」と答えていたので、少し安心した。
彼の中で、代表のコンセプトへのブレがない。そしてみんながやるべきことを的確に示した発言だったと思う。
オシムさんの時から含めて日本人は世界トップレベルの選手がいないのだから、連動と組織プレーで日本のサッカーのスタイルを作るというのがコンセプトだったはず。
それは、バルサと戦った時から俊輔が感じたサッカー観とおなじで、もう一度そこに立ち返ろうとすぐさま答えられたことは、試合終了の時点で問題点が見えていたということだ。
この期におよんで、システムを変えるだの、新しい選手を探すだのジタバタするより、このチームのコンセプトであるアジリティを活かした全員連動のサッカーの精度を上げることが大事だと思う。

W杯のために、エスパニョールでの挑戦をあきらめて日本に帰ってきたときから中村俊輔は、今度のW杯時の批判もブーイングも自分に向かってくることは覚悟しているだろう。
それほど日本らしいのサッカースタイルを作りたいという思いが中村俊輔のなかでは痛切なのだ。今回も怪我を押して参加したのは、日本らしいサッカーを表現するためには身を削っても献身的であろうとする気持ちのあらわれだろう。

、そんなことを考えていたら、スポーツナビで“日本が目指すべき「突極の組織サッカー」 徹底的なチームプレーで世界にアピールせよ”というタイトルの湯浅健二さんの記事に出会った。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/2010/text/201004080001-spnavi_1.html

日本のサッカーを心から愛し育てようという意志が伝わる知性ある記事だった。
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by windowhead | 2010-04-10 05:14 | 紙のフットボール | Comments(0)

サッカーの「朝日」だって??嘘でしょ!!

サッカー記事を読むなら「朝日」ですよ!と言った販売員がいた。記者も言った。
朝日の広告にもそんなのがあった。だから「朝日」を取っている。
はっきり言って、毎日広告のほうが多いような紙面。折込のほうが重いのよ。
今の新聞は折り込み広告を挟むためのバインダー化している。
だけど、3000円も出して定期購入している。

なのに、今日の朝日新聞・九州版はなんだ!
キリンチャレンジカップ・セルビア戦の記事が見当たらない!
日本代表がW杯前に日本で戦う最後の国際試合なのに。
いくら人気がイマイチとはいえ、日本代表の試合なのに。
2ページにわたるスポーツ面の大半をしめるプロ野球と大リーグ記事。
松井の初ホームランが、紙面の半分をしめるほど大仰なことなのか。打ってあたりまえなんじゃないの。
1面丸々プロ野球には驚いた。
ほかはタイガーウッズの会見記事。
亀田のオヤジ処分の記事が紙面の5分の1くらい占めているが、それよりセルビア戦は価値のないものなのか!!
そのくせ、したり顔に「盛り上がっている?W杯2ヶ月前」なんて囲み記事は乗っけている。
こんないつ乗っけてもいいような記事より、今日開催のセルビア戦の前哨記事を乗っけるべきでしょう!!
紙面をよーくみたら、「盛り上がっている」の上に1段ベタ記事で「今日セルビア戦」という25行だけ。写真はもちろんない。

このセルビア戦は、海外組はいないが、国内組になった中村俊輔と遠藤ヤットがダブルトップ下をやるかもしれないなど、MFにけが人続出の苦肉の策かもしれないが、新しいフォーメーションが試される。
190センチの長身FWを中澤や栗原がどう抑えるかとか、石川のスピードが通用するかとか…見どころはたくさんある。
更に言えば、代表の常時スタメンにヤット(鹿児島)と徳永(長崎)という2人の九州出身の選手がいるのに。
それでも、どうでもいいことなのだろうか。
ソフトバンクの野球を応援する人と同じくらいの数、九州にもサッカーファンはいると確信する。
それでも、日本代表の記事はいらないというのか。
なめんじゃないよ、サッカーを!!
なめんじゃないよ、九州のサッカーファンを!!

この扱いは、日本代表だけにとどまらない。
九州にはJ2クラブが5つもあるのに、それらの記事だって、本当に少ない。
熊本の藤田俊哉とか、アビスパの田中誠たち元日本代表のコメントなど聞いてみたいじゃない。
我が長崎でもヴィファーレン長崎が今年はJFLで首位争いをしているのに、朝日新聞の長崎版ではほとんど取り扱ってもらえていない。
試合結果が常時新聞に掲載されないからチームのホームページにアクセスするしかない。
そのくせ、アマチュア野球チームには大きなスペースを割いている。
平等とまでいわないが、優先順位は、常識的にやって欲しい。ファンが多そうだからという視点なら、すでにメディアの公正さは、崩れているということになる。もっと客観的に。

たかがサッカーで、大仰なと思われるかもしれない。
しかし、日本代表の試合を応援するということをもっとアピールしてもいいのではないか。
世界一じゃないと代表を応援する意味がないというような美味しいとこ取りの盛り上がりでは代表に失礼ではないかな。

朝日新聞に言いたい。
試合当日に、セルビア戦の予告記事を手を抜いたのだから、明日、結果の記事や偉そうな批評記事など掲載する権利はないはず。選手へのリスペクトもない人たちの批評記事はさらにムードを悪くするからね。

こういうと記者たちは、読者が求めているからと切り返してくる。
そうならば、読者として声を上げるしかない。
または、新聞を購入しないことだ。
今や、新聞に掲載されている程度の情報ならネットや雑誌で十分手に入れることができる。

あす偉そうな批評記事が載ったら…。そう、すぐさま行動ですわ。
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by windowhead | 2010-04-07 14:26 | 紙のフットボール | Comments(0)

龍馬な会でフロンターレファンと出会った

龍馬像がある風頭山公園で「亀山社中ば活かす会」の総会と花見会があった。
「亀山社中ば活かす会」は、龍馬が社中を置いた亀山(今の伊良林3丁目あたり)周辺の有志と龍馬ファン、幕末ファンたちが作った市民団体。
今や長崎の人気観光スポットになっている亀山社中跡は昨年から長崎市が「亀山社中記念館」として運営しているが、その前はこの「亀山社中ば活かす会」が龍馬ファンの心の故郷として20年も守り運営してきた。
現在は「亀山社中記念館」近くに「亀山社中資料館」開設し運営している。司馬遼太郎記念碑を顕彰する「長崎菜の花忌」を主催するのもこの会。

盛りを過ぎた桜がハラハラと散る中での花見は長崎らしくゆるやかなひととき。桜の花びらがコップ酒の中に浮かんでいるのもなかなか風流な…。

お隣の席になったご夫婦は、はるばる川崎から来られたという。
「フロンターレのある川崎ですか」と聞くと、「フロンターレをご存知ですか!」とうれしい反応。
奥様が大のフロンターレファンとのこと。
「九州でフロンターレの名前を聞くとは思わなかった!」と感激していただいた。
それからは、龍馬を忘れて、サッカー談義。
フロンターレの3番・佐原秀樹選手のファンだということを強くアピールする私。
フロンターレファンのご夫婦には、メジャーな憲剛君たちでなく、控えが多い佐原のファンが九州くんだりにいることが不思議だったのだろう。
佐原のどこが好きなんですか?と聞かれた。
一見チャラ男っぽいが、熱くまっすぐなプレースタイルと愛されて育った子っぽい自然体のやさしさが同居しているところかな。
佐原の持ち味は、もともと川崎フロンターレの持ち味だったと思う。中西や伊藤、佐原、蓑輪、我那覇、寺田、中村…。
ご夫婦のご自宅は麻生のフロンターレ練習場の近くという。
このご夫婦のすてきなところは、フロンターレだけでなく、サテライトの試合を楽しんだり、奥様の故郷にあるヴァンフォーレ甲府のゲームを応援したり、カズを見るため横浜FCを観戦に行ったりと、広くサッカーを楽しんでいるところ。
すごく自然にスタジアム観戦を楽しんでいらっしゃる。本当にサッカーを楽しんでいらっしゃる。うらやましい。
川崎ではサッカーが市民生活に密着し、文化になっているかのようだ。

「今日は多摩川クラシコなんですよ、」と奥様は、心配そう。
「佐原は、彼が登録された多摩川クラシコで負け知らずだから、彼がベンチにでも入れば勝つんですけどね」
佐原選手の登録はなかったが、フロンターレは勝ったようだ。
フロンターレファンのためにも、FC東京のファンのためにも、そして私のためにも、次回の多摩川クラシコにはぜひとも佐原秀樹の登場を期待したい。
FC東京サポータから暖かなブーイングを浴びる佐原秀樹をみたい。


それにしても、本当に楽しい出会いだった。
まったく見ず知らず同士が、その場のテーマから更に違った話へと膨らんでいき、また会えるといいですねといえるなんて!
龍馬もそうだったけど、出会いや人の縁というものは、どんどん繋がっていくものなんだなあ。
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by windowhead | 2010-04-05 07:08 | Comments(0)

ACLとサンフレッチェ広島

サンフレッチェ広島がACLのグループリーグで苦戦している。
4試合目になるホームでのアデレードユナイテッド戦でやっと1勝した。
広島のサッカーが好きだから、この魅力的なサッカーがどこまで通じるのか見てみたいと思っていたが、まだまだアジアの壁でも簡単に越えられそうにない。
ならば、さっさと負けてJリーグに専念したほうがいいのかも、などと不埒なことすら考えていた。
しかし、昨日読んだJsGoalの記事で、サンフレッチェ広島がACLに出ることでもたらされたもう1つの成果を知った。

1998-1999年の2シーズン、広島でプレーした経験を持つアデレードユナイテッドのアウレリオ・ヴィドマー監督は、選手・スタッフを引き連れて平和祈念公園と平和記念資料館を訪問した。
公園では慰霊碑に供花して黙祷をし、資料館では、1時間半以上の時間をかけて丁寧に見学したという。
長崎に暮らす私には強く心に残る記事だった。
その様子がJsGoalに詳しく書かれているので以下に引用する

…選手たちは、明らかにショックを受けていた。被爆者の悲惨な姿を映した写真や被爆地に残された焼けただれた遺品の数々を前にして、多くの選手たちが茫然と立ち尽くしていた。決して広くはない記念館の見学に、彼らが要した時間は1時間30分から2時間。それが、選手たちの受けた衝撃の強さ・深さを物語っていた。
「広島がこういう悲しい歴史を背負っていることは、本を読んで知っていた。だけど、現実は想像以上。話を聞くのと自分の目で見るとでは大違いだった」
前節に先制点を決めたトラヴィス・ドッド主将は、悲痛な表情で言葉を落とす。ヴィドマー監督も「広島で何が起こったのか、その歴史を自分の目で見ることは大切なこと。違う文化と歴史の存在を感じてほしかったし、自分たちの文化が当然のことだとは考えないでほしい」と語る。世界で広島と長崎しか体験していない核兵器の恐怖を直視し、「平和」について考える機会をアデレード・ユナイテッドの選手たちが持った現実は、広島がACLに出場できたからこそ生まれたわけで、本当に意義深いことだと考える。(JsGoalより引用)
JsGoalの記事はhttp://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00098859.html


アウレリオ・ヴィドマー監督とアデレードユナイテッドというチームの文化度の高さを感じさせる記事だ。
同時に、ヴィドマー監督がサンフレッチェの助っ人外人選手だった時代に交流した広島の人たちの温かさも感じることができる。
「広島では、いい思い出しかないんだよ。クラブもサポーターも素晴らしかったからね」という言葉は、サンフレッチェサポーターにとって最高のほめ言葉だろう。

佐藤寿人も他の選手たちも、まだあきらめていない。あと2試合とも勝てば、次のステージへの扉が開く。
サンフレッチェ広島は、「HIROSHIMA」だからこそ、伝えられる特別のメッセージを持っている。
多くの都市やチームに「HIROSHIMA」のメッセージを届けるためにもぜひとも勝つ進んで欲しいと思う。
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by windowhead | 2010-04-01 02:54 | 紙のフットボール | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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