<   2010年 12月 ( 9 )   > この月の画像一覧

大晦日の長崎は雪の中

b0009103_16224385.jpg


b0009103_16234367.jpg


雪景色を高台から眺める。
樹木に積もった雪を上から見ると、雪の結晶みたい。
白黒の世界になると、街の景色は「昭和」の雰囲気になる。
時間の流れがすこしゆっくりになったよう。
[PR]
by windowhead | 2010-12-31 16:28 | 日日抄 | Comments(1)

今年もブックリストで年の瀬を知る

今年も、M氏主宰のブックリストが送られてきた。
M氏の幅広い人脈のなかにいる本好きたちが、この1年読んだ本のなかで、お勧め!と思うものを10冊くらいピックアップし、短い感想や推薦の理由を書く。それを12月はじめにM氏に送付する。M氏がそれを取りまとめプリントアウトして1冊にまとめ、寄稿者に送ってくれる。届いたリストをお正月ののんびりした昼下がりに読むのは、平和な1年の始まりのようで気に入っている。
そのブックリストは、今年で31回目になるらしい。
私も参加させていただいてから10年以上になっている。

参加メンバーはほぼ常連になっているが、年によって人数は変わる。今年の参加者はM氏もいれて15人とやや少なかった。それでも15人が10冊づつ紹介すれば150冊。
それぞれに自分の世界をもった読書家たちが紹介するので、紹介される本が重複することは少ない。
年に1度だけこのリストで出会う人もいる。リアルに顔をあわせたことがない人もいる。提出を強要されることもなければ、何年かお休みして再登場もできるゆるーい関係。本好きだけで繋がっている大切な人々。
私が参加したころは、みなさんフォーマットに手書きで書き込んでいたが、最近はほとんどの人がパソコンで書いている。そんなこと当たり前でしょと言われるかもしれないが、M氏はご本人の報告によれば今年から後期高齢者の仲間入りされたらしい。皆さんそこそこに中高年。すでに、文字を書くよりパソコンで打つほうがエネルギー消費が少ないことを知っている。

私にとっては、もともと読書は遊びなので、遊びを記録すると言う習慣はなく、雑多に手をつけ読みっぱなしで本を消費していた。
ブックリストに参加するようになってから、出来るだけ書名と著者だけは記録しておくことにしていた。資料的な本を読むことが多くなると、内容や参考文献などをメモすることも多くなった。そのために読書ノートなるものがあったほうが良いなあと感じ、今年は、これはという本だけでも記録するようにした。

今記録に使っているのは、中村俊輔開発のサッカーノートだ。
サッカーノートといえば中村俊輔と言われるくらい彼のサッカーノートは伝説のようになっている。そのサッカーノートの中身を公開し、ノートの書き方や活用の仕方までさらけ出した勇気ある1冊「夢をかなえるサッカーノート」(中村俊輔著)には、サッカーノートを付け始めようとする初心者のために彼自身が使いやすいようにデザインした薄いノートが付いていた。
サッカーの技を見せたり、クリニックを開いたり、記録をすることを勧める選手やコーチも増えている。そんな中で中村俊輔が違っているのは、自分のノートを公開して、具体的な書き方をアドバイスし、取り組みやすいように専用のノートも開発してあげている心配りだ。自分の経験を日本のサッカー界に還元する事への彼の本気度がこのサッカーノートの開発にも表れている。

そんな思いで開発されたノートが、意外と読書ノートとして使いやすかった。
左ページには、試合日、対戦相手、フォーメーション、課題、試合後の反省、印象に残ったシーンなどを文字や図版で書くようになっている。それを、読み始め~読み終わり日付、書名、著者、著者の他作品、ISBN、価格、図書館名など必須記入。
参考文献、気になる箇所、印象的なフレーズ、登場人物、地図や推理などの図解など、その本によって、書き留めておきたいことを、読みながらメモる。と言う風に使う。
右ページは、罫線が引かれているので、読後の感想などを書くことにしている。
その後、ノートだけが3冊セット500円台で発売されているので、継続してこのノートを手に入れることもできた。普通のノートでもいいのだが、そこはリ中村選手への応援の気持ちだし、彼の仕事と心意気へのリスペクトだ。

ということで、今年ノートに記録された中で、ブックリストに掲載した本は

「仙台藩士幕末世界一周~玉蟲左太夫外遊録」「武道的思考」「小暮写真館」「消えたダービーマッチ~ベルファストセルティック物語」「うさぎ幻化考」「長崎県伝染病史」「ミレニアム」3部作、「俊輔の言葉」。
一押しは
「仙台藩士幕末世界一周~玉蟲左太夫外遊録」(玉蟲左太夫著、山本三郎現代語訳、荒蝦夷出版)

相変わらず、めちゃくちゃなセレクトでお恥ずかしい。読書は娯楽ですからと開き直らせて。

b0009103_3595433.jpg

[PR]
by windowhead | 2010-12-27 04:01 | 至福の観・聞・読 | Comments(3)

威風堂々なメタセコイア

b0009103_13514428.jpg
クリスマスイブだ。
地方都市長崎でも、駅前広場や観光地にクリスマスツリーやライトアップでいろどられているが、地方都市の貧しさは飾れば飾るほど見えてくる。TVで首都のツリーやライトアップを見るにつけ、地方都市がこんなことで無理をすることないのに…。と思ったりもする。
が、きらびやかなツリーは子供たちや恋人達には必須アイテムでもあるので、そこらは、夢をこわさないように、きれいね!とちょっとはしゃいでみせたり…。

私のツリーは右のメタセコイア。
ある中学校の校庭にあるが、この威風堂々なたたずまいが、完璧に美しい。

そして、12月の長崎の風景。
b0009103_14201085.jpg


右端にすっと伸びている白い建物は海星高校の塔。建物の上にはマリア様の像がある。左側の煉瓦色の建物群は活水学園。真ん中あたりの白いアーチの窓枠がある建物は病院。
そして、そのすぐ左横に茶色の三角形が見えますね。これが、今回紹介している威風堂々のメタセコイア。
私的にランドマークになっています。
オーナメントはなくても、その姿だけでどんなツリーよりもすばらしい。
[PR]
by windowhead | 2010-12-24 14:16 | 日日抄 | Comments(1)

SIEMPRE CON NOSOTROS(いつも僕たちと一緒に)

b0009103_145236.jpg今年を振り返る映像が放映される時期になった。
今年はW杯の映像もたくさん流れることだろう。印象的なのは決勝でゴールしたイニエスタがユニフォームを脱いでアピールしたシーン。
イニエスタのアンダーシャツに書かれていたメッセージは、「DANI JARQUE SIEMPRE CON NOSOTROS」(ダニ・ハルケいつも一緒だ)。昨年8月に急逝したエスパニョールのキャプテンダニエル・ハルケと一緒に戦っていたんだよということなんだね。
ハルケの死は、中村俊輔ファンの私にも大きな衝撃だった。
イタリアでのキャンプ中のできごとで、俊輔も彼の死の場に居合わせている。「その場に居合わせてもなにもできない。戸惑っている」という俊輔の言葉に、突然チームメイトの死の場におかれた衝撃の大きさを感じた。ハルケの死は俊輔の心の奥にも何らかの影響を残したと思う。プロならそんなことは切り替えなければという人もいるが、それほど簡単に切り替えられるものだろうか。人の死の衝撃を心の奥に持ち続けている人間らしさはプロスポーツ選手には無用のものだろうか。
チームメイトになったばかりの俊輔がそれほど衝撃を受けていたのだから、ユース時代から友達だったイニエスタたちはどんなに悲しんだことだろう。だからこそ、イニエスタのアンダーシャツのメッセージは心に沁みた。

ただ、もう1人、亡き友へのメッセージをアピールした選手がいたことを日本のサッカージャーナリストもメディアも取り上げてくれなかったのが残念だった。

その選手は右サイドバックのセルヒオ・ラモス。
b0009103_1465115.jpg


優勝が決まると彼の腰には白いTシャツが巻かれた。
Tシャツには顔写真が転写されている。そして「SIEMPRE CON NOSOTROS」(いつも僕たちと一緒に)の文字。
顔写真はアントニオ・プエルタ・ペレス。セビージャのMF。2006年にはスペイン代表にも選ばれた選手。2007年8月、シーズン開幕戦のピッチ上で突然倒れ、病院に運ばれたが帰らぬ人になってしまった。22歳だった。日本でもサッカー番組やスポーツニュースなどで彼が倒れる映像が流れた。
レアルマドリード所属のセルヒオ・ラモスもセビージャ出身。カンテラ時代にプエルタと一緒にプレーしてきた間柄。
セルヒオ・ラモスが「SIEMPRE CON NOSOTROS」のTシャツをアピールしたのは、今回が初めてではない。2008ユーロで優勝した時にも、このTシャツを着ていた。
2007年のプエルタの死から、2008年のユーロ、2010W杯まで、ずーっと「いつも一緒だよ」と思い続けてきた証。
彼らのアピールは、話題のためのパフォーマンスではなく、本当に深く友の死を受け止め、その痛みを心に宿し続けてきていることを物語る。
セルヒオ・ラモスの代表背番号15はプエルタの背番号を受け継いだものらしい。
熱くなるとすぐ切れるおばか顔のイケメン、などと評されているセルヒオ・ラモスだが、顔に似合わず温かくて素朴なのだ。

イニエスタなら美談になるが、セルヒオ・ラモスは美談になりにくいと思われたのかなあ。
ラモスファンとしては、ちょっと残念だった。

このように、W杯は表舞台にでたものばかりが素晴らしいのではない。
舞台裏で、フレームの外でも、心に残るエピソードがたくさんあったはず。
そんな物語を伝えてくれる媒体が少なくなった。
勝ち負けがすべてという世評の中では、小さなエピソードは意味のないものになってしまったのだろうか。



そうそう、さらにもう1人メッセージを書いていた選手がいたそうな。
ヘスス・ナバスもプエルタへのメッセージをアンダーウエアに書いていたと、スペイン通が教えてくれた。
[PR]
by windowhead | 2010-12-22 14:07 | 紙のフットボール | Comments(2)

サッカー好きなメタセコイア

b0009103_1624818.jpg


小学校(大浦小学校)のグランド隅に立ち並ぶ3本のメタセコイアの木。
高さがあまりに高くなりすぎたためか、木は3,4メートルのところで切られている。
それでも脇から伸びた枝が茂ってどんどん天に向かっている。
夏はうっそうと青葉でおおわれていたのだろうが、今は落葉して、仰げば複雑にのびた枝がかさなりあっている。

そんなメタセコイヤの1本が、不思議なものを抱えていた。
頭上3~4メートルのところにサッカーボールが!
切り取られた頂にももう1こサッカーボールが乗っている。
2個もサッカーボールを抱えているメタセコイア。
なんだか親しみが沸いてきて、私の中で「ナラサキクン」と命名。


●日本代表賃上げ要求!サッカー協会と対決
●中沢改善なければ…代表ボイコット示唆

●選手会VS協会21日団交決定

スポーツ新聞らしい生ぐさいタイトルだけど、要は、世界レベルの比べて劣悪な日本代表の待遇改善を要求するもので、単なる金銭の要求ではない。
ファンから見ても、日本のプロサッカー選手の年俸は低すぎる。
日本人で最高の選手である中村俊輔や中澤佑ニの年俸が1億5000万円に届かない。プロ野球を見ると同じ横浜の球団、毎年どんびり争いをしている球団の選手が何人も俊輔や中澤を越えているんだから、選手にしてみればやるせないだろう。

日本サッカー協会やJリーグが「身の丈に合ったクラブ経営」と言っている。
たしかにそうでなければいけないのかもしれないが、その「身の丈」を成長させる努力はされているんだろうか。経営が収入を増やすありとあらゆる方法にトライしているんだろうか。
その努力は、選手達のがんばりに匹敵すると胸を張って言えるのだろうか。
マリノスのサポーターカンファレンス資料を読んでみても、苦しさありきで、それをどのような削減で凌ぐかの説明はされても、収入アップの方策はあまりに魅力がなさすぎる。新規のスポンサーを獲得するためにトップがどれだけ足を運び頭をさげるか…古臭いやりかただろうが、その努力が一番必要なのかもしれない。

代表の待遇は記事を読んだだけでも、あまりにひどすぎないか。
「お国のために、その身を捧げよ、代表選手という勲章を娶らすゆえ。」今の日本代表はそんな待遇だ。
藤田選手会長を筆頭にこれまでの代表たちが、次世代のために交渉をするという。

この交渉は、日本のサッカー界が、また1つ大人に脱皮しようとしているんだと、とらえたい。
いちサッカーファンとして、藤田会長や中澤選手たちの行動を応援していきたいと思う。
[PR]
by windowhead | 2010-12-20 17:17 | 日日抄 | Comments(2)

来シーズンは再びカナリア俊輔

木村マリノス、来季“バルサ流”で巻き返し!http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/12/17/01.html

来シーズンの横浜Fマリノスのセカンドユニは蛍光色の黄色になるらしい。
なんでも05・06シーズンのバルサのセカンドユニっぽくなるとか。
b0009103_1543175.jpgということで、05シーズンのバルサセカンドユニは、右にアップしてます。
これまでは、白基調だったから、レアルマドリーっぽかった。
それはそれでよかったと思うけど。特に今シーズンのホームユニはガンダムのアムロみたいで、いまいち田舎くさかったので、それよりは白のセカンドユニのほうが良かったけど…。
白に紺を基調にワンポイントに赤というのはできなかったのかなあ。

気になるのは、アウエー戦のとき、解説者や実況の人は、黄色のユニをみて、トリコロールの魂とか言えるんだろうか。違和感あるだろうなあ。
それと、パンツは何色だろう。
それよりなにより、ホームユニはどんなのになるのか。そっちのほうが心配。
もう、お願いだからアムロはやめてくれ~!


中村俊輔ファン達は、俊輔の黄色のユニフォームに驚きはない。
すでに体験済みだから。
2008シーズンのセルティックのアウエーユニはナイキのカナリアイエローだった。
まるでブラジル代表のようなユニフォーム姿の俊輔を体験している。
違和感はあった。
白とグリーンのボーダーが一番お似合いと思っているからね。
セルティックのユニフォーム姿の中村俊輔は初々しく見えたし、幼く見えた。
その見かけで、グレートなプレーを見せていた。
そのギャップがさらにNAKAをファンタジックな存在にしたのかもしれない。
b0009103_15451772.jpg


カナリア色は、精悍に見えそう。
マリノスで一番似合いそうなのは中澤選手。
[PR]
by windowhead | 2010-12-17 15:39 | 10-25shun | Comments(2)

メキシコダリア

b0009103_1227108.jpg


亀山社中跡に登る道筋に私個人の好みでは「素敵な庭」がある。
一見手をかけていない雑草ばかりのように見えて、実は時季時季で枯れ草は取り払われたり、道路から落ちてきたと思われるごみや空き缶などは、きちんと取り払われている。
ここのご主人はどのような人なのだろう。

12月にもなると、さすがに1年草は枯れてしまいきれいに取り払われて、殺風景な雰囲気になっている。
そこにとてつもなく背の高い草花が1種類。薄いピンクの花をつけている。
この庭は道下にある。崖の高さは3メートル以上ありそう。この草花は崖上まで伸びている。
なんだろうと、ずいぶん前から人に聞いたが、分からなかった。
先日、お庭のご主人と思われる初老の男性が玄関にいらしたので、勇気を出してお聞きした。
「メキシコダリアというらしいです」
と教えていただいた。
「メキシコダリア」
またの名を「コダチダリア」「皇帝ダリア」というらしい。いろいろな呼び方があるんだな。
九州とはいえ、これから本格的な寒さがやってくるが、いつまでうす桃色の花をみせてくれるのだろう。


いろいろな呼び方といえば、本当にバカな興味だけど、サッカー選手が自分の伴侶の呼び方でちょっと驚いたことがあった。
私が応援している中村俊輔選手は、ブログなどで、「おくさんは…」と書いている。
山瀬選手も「おくさん」と書いている。
ここらは、普通に受け入れられた。
オシャレな宮本ツネさまが、「よめが…」と書いているのは、ちょっと違和感があったが関西の人だからかな?
おしなべて関西出身の人は「よめ」のようだ。
まだ24歳くらいの若い本田圭祐選手があるインタビューで「よめ」と言ったのには、ちょっとびっくり。
「よめ」という呼び方は、若者の間でもごくごく普通の呼び方なのか。

西のほうだけど長崎では、一般的に人前では「よめ」という呼び方ではないようだ。親戚同士ではそのような呼び方をしている場合も多いようだけど。
私の周辺の男性諸氏は、やはり「うちのおくさん」、「うちの…」ちょっと気取った人は「つま」。
「よめ」度はかなり低い。
「よめ」の分布はどのあたりまでなのだろう。
それとも「よめ」が一般的で「おくさん」や「つま」のほうが少ないのかな?

どうでもいいことなんだろうけど、なぜかずっと気になっているのね。




コダチダリア(皇帝ダリア)
キク科ダリア属
Dahlia imperialis
メキシコやグアテマラ等の高地原産の多年草。ダリアの中では一番草丈が高くなり3~6m位になる。花は11月頃から12月初位に背丈の高い茎の先端が枝別れしてピンク色の花を付ける。別に白花種もあるらしいのだが、栽培されているものはピンク色が多い。コダチとは木立と書くので有るが、木の様に草丈が伸びる事と英語名がTree Dhaliaから付けられた。皇帝ダリアの名前は、多分、多くの品種の有るダリアの中で一番大きいから付けられたのであろう。
[PR]
by windowhead | 2010-12-17 13:12 | 日日抄 | Comments(0)

佐原秀樹選手の引退に思う

「もう身体ばボロボロで、最良の状態を保ちつづけるのが難しくなった」という言葉で、好きなサッカー選手がまたひとり引退する。

佐原秀樹選手。

川崎フロンターレのDF。
中村俊輔選手と同じ歳の32歳。

全国高校サッカー選手権に出たいという理由でマリノスユースを蹴って桐光学園に入り、3年生でキャプテンとして全国高校サッカー選手権の決勝を闘い準優勝になった。チームメイトには中村俊輔がいた。相手チーム市立船橋には、北島秀朗(柏レイソル)や中村直志(グランパス)がいた。

富士通のチームをベースに川崎フロンターレが創設した年に新人選手で川崎フロンターレに入団し、今ではフロンターレの創設時から在籍する最後の選手となっていた。
まだ俊輔がマリノスにいるころ、「フロンターレに背が高くてすごーくキュートな選手がいるよ。ジャニーズ系。」と風のうわさが流れていた。(最近あるサイトでその頃の写真を見たが、本当にかわいい。当時を生で見た人達に嫉妬をおぼえるほど)
ブラジルチームに短期留学したり大怪我が続いたりでなかなか先発選手として定着できなかったが、DFとし身体をはった激しいプレーで先発にけが人が出た時や得点を守って試合を終えるときなどに投入されてその役割を果たしてきた選手。ついでに、イエローカード、レッドカードゲッターとして、ややお荷物的にフロンターレサポーターからブログなどで叩かれることも多かったが、根っこは愛されていたんだと思っている。

彼に大きな転機が訪れたのは、2007年シーズンのちょうど今頃。
29歳の彼にFC東京へのレンタル移籍が言渡された。
おそらくその裏は、レンタル移籍か、そのシーズン終了後の引退かの二者選択だったのだろう。川崎フロンターレ一途、自分こそが川崎フロンターレの歴史との自負もあっただろうから、迷ったはずだし、30歳を前にして初めて他チームに行くのは心細かっただろう。
迷った末に、FC東京へのレンタル移籍を決めた。
誰一人知り合い選手もいないFC東京に合流した最初のころは「新入生みたいだった」と他の選手から言われるほど、心細い思いをしていた背番号3。しかしシーズンが始まり数試合後にはセンターバックに定着し、FC東京サポーターから「佐原東京に家を買え!」「佐原借りパク」などのゲーフラが上がり、「佐原強奪計画」「サラサラヘアの佐原さん」なんてタイトルでFC東京サポーターのブログをにぎわすようになってくる。
とにかく、ナビスコのベルディ戦や古巣フロンターレとの多摩川クラシコなど因縁のあるゲームで熱いファイトを見せ、得点などの活躍をして、FC東京サポーターの心を鷲づかみにしていくし、ファンサービスでもやさしくていねいな対応で子供や女性達多くのファンを獲得していったようだ。
2008年シーズンの夏ごろには、FC東京の人気者になっていた。
俊輔ファンでJリーグではサンフレッチェ広島ファンの私が,08,09年シーズンはFC東京のゲームをほとんどTVで録画してでも見たくらいだから、このときのFC東京と佐原選手は本当に魅力的だった。
ヴェルディ戦でヘッドで得点し、サポーター前で自分の背番号を両手で指し示した姿、多摩川クラシコでキャプテンマークを付けて古巣と戦った姿は、いまでもしっかりと目にやきついている。

09シーズンには、ナビスコ杯決勝で古巣と闘い優勝。複雑な気持ちと言いながらも誇らしくカップを持ち上げた佐原選手は、FC東京への完全移籍も提示されたようだが、「残念だけど、FC東京が好きになってしまいました!」という名言を残して、古巣の川崎フロンターレに帰ることを選んだ。
FC東京のサポーターたちは、残念に思いながらも、気持ちよく佐原選手を送り出してくれた。知り合いの女性サポーターは、「残念だけど、やっぱり佐原さんの川崎愛には勝てない。来シーズンは、いち佐原ファンとして麻生に行って激励する」と言っていたが、本当に何度か麻生を訪問して佐原選手と会ってきたようだ。FC東京の時と、まったく変わらなかったと喜んでいた。

古巣での今シーズンは2月の故障が長引き、リーグ戦7試合、カップ戦など2試合の出場にとどまった。そして引退を決めたようだ。

佐原秀樹選手の引退のコメントが川崎フロンターレオフシャルサイトに掲載されていた。
http://www.frontale.co.jp/info/2010/1207_5.html

サッカー選手としては決して満足のいく選手生活ではなかっただろうが、それでもすがすがしい気持ちで選手生活に終止符を打つことができたという感じがそのコメントには表れてた。
愛する川崎フロンターレと同じくらいFC東京にチーム愛と感謝の気持ちをもっていることを最後のコメントにきちんと残していることも、このコメントが佐原秀樹の正直な本心であり、彼がしなやかで温かい心の持ち主であることを物語っている。

ベテランと呼ばれる時期に言渡された期限付き移籍という転機。
それを受け入れて、その先で新しい自信とファンを獲得できたのも、そのバックボーンに佐原選手と古巣川崎フロンターレの間にお互いへの愛と信頼があったからだと思う。
フロンターレは、佐原への尊敬の念を込めて、彼の背番号3番を2年間誰にも渡さず空き番号のまま守っていてくれた。
その気持ちに応えて、タイトルホルダーとして帰還しその3番を付けた佐原選手だった。
チームと選手の信頼関係やベテラン選手への尊敬の気持ちの表し方の1つとして、とても気持ちのいいものを見せてもらったと、佐原選手の引退をきっかけにこのことを思い出している。

佐原秀樹選手、あなたのプレーが見られなくなるのは本当に残念です。
選手じゃなくなったあなたがどのように生きるのか、それすらも見続けたいと強く思っている自分が、かなりの佐原ファンだったのだと改めて実感し、ちょっと気恥ずかしくなっています。
いまは、憧れの子が遠くに転校してしまい、取り残された小学生のような気持ちです。




佐原秀樹選手の3番よりも、おそらくずっと重い3番が、空き番号になろうとしている横浜Fマリノス。
この3番をどのように扱うのか…。
松田直樹選手のマリノス愛と同等のものをクラブはまだ示していないような気がする。
松田選手の選手生活は今後も続くようだが、いつか彼が引退する時、佐原選手のようなすがすがしい気持ちで、マリノスへの感謝を口にできるような「何か」を、松田選手はまだ受け取っていないと思う。
[PR]
by windowhead | 2010-12-08 13:29 | 紙のフットボール | Comments(1)

ベテランが大切にされないのは日本だけかもしれない。

エル・クラシコの映像を見ながら感じたのは、バルサは「バルサらしさ」に自信を持っているのに対して、レアルは最初から何かをなくしたように見えた。
あの純白のユニフォームが輝いて見えない。

レアルは今シーズン、カリスマ監督・モウリーニョにチームをゆだねて、レアルの象徴のような選手・ラウルゴンザレスとグティを放出した。
ラウル・33歳・下部組織時代も含め19年在籍。グティ・34歳・レアルの生え抜き、下部組織時代も含めると25年間在籍。二人とも輝かしい実績を持ち、レアルの象徴的存在だったと思う。
結果を残してより高い金額でのオファーに応え続けているモウリーニョは職業的にすぐれた監督だろう。しかし、彼の弱点はチームへの思い入れの薄さかもしれない。彼は自分のカリスマ性と力のある選手を揃えれば勝てると思っている節がある。その前の試合までに意図的にイエローカードをチャラにする汚い作戦まで実行したが、エル・クラシコには勝てなかった。
エル・クラシコやダービーマッチは「チーム愛」の闘いであり「誇り」の闘いでもある。
カリスマ監督が来ても、スター選手が来ても、チームの精神的支柱がいなくなったらそのチームは輝かないことが証明されたようなゲームだった。


横浜Fマリノスの松田直樹選手が、チームから来シーズン非契約の通告を受けた。
マリノスサポーターではない私だって、松田選手はマリノスの精神的な柱だと信じていた。
生涯マリノスにいるのが当たり前の選手だと疑わなかった。

海外に出る前の中村俊輔がいた頃のマリノスで、引っ込み思案な俊輔を引っ張ってくれていた頼りがいのある兄貴分。8年ぶりにマリノスに帰ってきた俊輔にとってもいい兄貴分でいてくれているのはゲーム中のゲーム後の、マツと俊輔の関係を見ていればすぐわかる。マツに手荒い祝福を受ける時の俊輔の特別な笑顔を見ても,マツがチームの精神的な柱だと実感していた。
マリノスは、そんな選手に来シーズン非契約を通達した。
他にも山瀬選手や清水選手など、今シーズン活躍してきたベテラン選手が軒並み来シーズン非契約となっている。

マリノスフロントの話によるとベテランの存在は、若手選手の出場機会を少なくしているから、新陳代謝が必要だということらしい。
こんなに若手に甘いチームがあるんだとびっくりさせられる。ポジションは挑んで勝ち取るもの。それがスポーツの世界ではなかったのか。
また、昨日チームの方針撤回とマツたちへの激励に訪れた400人に登るサポーターの声に、マリノスの社長は「サポーターの熱い思いを受け取った。来シーズンは絶対に優勝をめざす」などと、的外れで、事態をうやむやにするコメントを発している。
フロントのこんな態度がサポーターの不信感をつのらせるし、その不信感が、残った選手への謂れのない攻撃になってくることもある。
こんなゴタゴタもきっと選手達の大人な対応で、一応決着することになるのだろう。
心の中に傷とわだかまりを抱えながらも、表面的に納得したふりをしてサポーターをなだめるのは、日本ではいつでもどこでも選手達だ。選手達が、一番割りの合わない役割を背負わされてしまう。


チームの功労者やベテラン選手に対し敬意を表さず、若手選手に入れ替えるという風潮を作ったのは、W杯時の岡田ジャパンだと思っている。
南ア入りまでチームを引っ張ってきたベテランたちをはずし、彼らを「年寄りたち」と呼んだのは岡田さんだ。この「年寄りたち」という言葉にベテラン選手への敬意を感じる人がいるだろうか。岡田さんの”口罪”がマリノスフロントに及んだのだと思っている。



先週のバルサTVで、ジェラール・ピケがこんなことを話していた。
ピケは、マンチェスタ・ユナイテッドにも所属したことがある。

「マンUやイングランドサッカーの特徴として印象に残っていることの第一は、スペインでもそうだけど、それ以上にチームのレジェンドやベテラン選手に敬意をもって大切にしているところだ。
ロイ・キーンがいたときは、ロッカールームでのロイ・キーンの発言には、ファーガソン監督だって口を挟まなかった。」

ロイ・キーンに比べたら、松田直樹はまだ可愛い将軍様だろう。
でも、彼がマリノスのレジェンドであることは間違いないと思う。




お金がないなら、ないとはっきり言おうよ、マリノスフロント。
「かっこつけてると、ヴェルディみたいになるよ。」とは昨シーズン、浩吉監督のころからささやかれていたことでしょう。
俊輔の年俸で金がなくなったわけではないはず。俊輔は存在だけで十分年俸分は稼いでくれているはず。俊輔ファンとして、それは言いたい。
[PR]
by windowhead | 2010-12-01 15:13 | 紙のフットボール | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead
プロフィールを見る
画像一覧