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「ポーカーフェース」を読みながら

久しぶりに沢木耕太郎のエッセイを手にした。
「ポーカーフェース」

20歳代で読んだ彼の初期の作品「破れざる者たち」と「地の漂流者」に出会って、ニュージャーナリズムというジャンルを読み始め、自分にしっくりくることを発見した。
一時期は追っかけまがいに沢木氏が書く文章を探して本や雑誌を手当たり次第に購入して読み漁った。
彼が筆を置くまで連れ添うことのできる書き手だと読書仲間に言いふらしていた。
実は今までにファンレターを出した相手が3人いるのだが、その最初の人が沢木耕太郎氏だった。
(あと2人は、写真家の橋口譲二氏とサッカーの中村俊輔選手)

「ポーカーフェース」を読みながらまず感じたことは、沢木氏の文体や文章の構成の根っこがデビューのころからほとんど変わらないんだなあということ。
取材し自分が見たもの聞いたもの感じたこと以外は書かない、情景の積み重ねで対象を表現する、評価しない。
この手法を変えずに40年書き続けることはかなり大変なんじゃないだろうか。
逆に、この手法を守り通しているから、60歳を超えた今でも沢木耕太郎氏の文章には若者のようなみずみずしさが溢れているのかもしれない。

沢木耕太郎のエッセイは若いころから色々なものを教えてくれた。
吉村昭の「戦艦武蔵」の先進性。
スポーツの面白さ。
エディ・タウンゼットというボクシングトレーナーの人生。
「深夜特急」では、旅先で交換した文庫本・山本周五郎の「さぶ」の一場面で涙が止まらなくなったこと。
旅の終わりは、ある日ふっと訪れるものだということ。
などなど。

今回の「ポーカーフェース」もいろいろと興味深い断片が詰まっていた。
なかでも一番驚いたのは、彼が文筆家になるきっかけを作った「調査情報」という小冊子の編集長で、彼の文章を掲載し続けてくれた恩人が、その後ノンフィクション作家としてデビューした。
その名前は鈴木明。
あの「『南京大虐殺』のまぼろし」や「リリーマルレーンを聴いたことがありますか」を書いた人だ。
鈴木明という作家は私にとっても大きな意味を持つ作家。
彼が1984年に書いた「追跡ー一枚の幕末写真」という作品と88年の「維新前夜ースフィンクスと34人のサムライ」の表紙写真が私を幕末好きに引き込んだ張本人だから。
長崎に住まいながら、薩長や坂本龍馬より、幕府側や幕臣たちに興味があるのも、この2冊から幕末に入ったからかもしれない。

世の中には、タレントや若い人たちやカリスマ主婦や起業家、スポーツ選手ののライトなエッセーが花盛りだ。サッカー選手のエッセーが人生指南書としてミリオンセラーになる時代。
「ポーカーフェース」は、ライトなエッセーと同じ地表にありながら、さらりとした空気の中で人生の喜びや寂寥感を感じさせる手ごたえがある。

沢木耕太郎氏は、おじさん臭くないおじさん。
説教がましさや斜に構えた上から目線がない数少ない大人の男だと思う。
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by windowhead | 2011-11-28 13:32 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

ペトロヴィッチ監督がサンフレッチェを離れることになるなんて

残念なニュースが届いた。
サンフレッチェ広島は、ペトロヴィッチ監督との契約を更新せず、監督は今季限りで退団すると発表した。
クラブの発表によると、更新されなかった理由はクラブの経営状況の悪化から、監督のギャラが捻出できないことらしい。
柏木や槙野というペトロヴィッチ監督が手塩にかけて育てたスター選手を0円移籍させてしまうような経営陣の幼稚さが招いた経営の悪化のつけが功労者の監督に回ってくるなんて!

ミシャが作った「サンフレッチェスタイル」のサッカーに魅了されて、サンフレッチェファンになった。
ディフェンスラインからボールをつないで一気に攻撃していくサンフレッチェのパスサッカーを見たとき、ただもうワクワクしたし、勝っても負けても楽しいサッカーに魅了された。

「サンフレッチェスタイル」のサッカーを作り上げてくれた有能な監督。
勝っても攻めのスタイルがなければ満足せず、負けてもサンフレッチェらしい攻めのサッカーであれば選手をたたえた監督。
クラブ誌やスポ新、雑誌インタビュー、サポーターのブログ、選手の声から伝わってくるミシャの人間的な魅力。
つたないサッカーファン歴のなかで、最も魅力を感じた監督だ。(私にとってはオシム監督以上)

サンフレッチェ広島がミシャを手放すことが、クラブにとってどれほどの損失か、きっと後でわかると思う。

9月に発売された「サッカー批評52号」のに興味深い記事があった。 バルサのように世界に通用する日本オリジナルを作る方法というのがこの号のテーマだった。監督が変わるごとにチームスタイルが変わる日本のサッカー、日本代表も同じような状態にある。世界に通用する日本らしいサッカーを多面的に模索している。
その中に「育成年代の指導者、現役Jリーガーが語る日本オリジナルの設計図」という元川悦子氏による取材記事があり、とても興味深い部分があった。以下に部分転載させてもらおう。

中村俊輔は今、サンフレッチェ広島に注目している。ペトロヴィッチ監督の攻撃的パスサッカーが定着し、クラブ独自のスタイルのなれば面白いと彼は見ている。
「ペトロヴィッチ監督にはトップの指導をやめた後も終身監督とかGMになってもらって、下の子まで見てもらったらいい。クラブ全部が同じ戦術で一本化されたら独自のスタイルが簡単に出来上がる。
日本代表監督が変わっても全国の子供の年代まで一気にかえられるわけじゃないし、クラブが自分の色を出していくことが大事だと思う」


他チームのキャプテン、日本最高の選手であり、日本サッカーの未来を本気で考えている選手でもある中村俊輔が、ミシャのサンフレッチェにクラブスタイルの完成という可能性を感じていたのだ。


あのわくわくするような攻撃的パスサッカーを日本からなくしたくない。
わくわくは戦術だけでできるものではない。
サッカーを楽しもうというミシャのおおらかな人柄の反映でもあったと思う。
できることなら、Jリーグのクラブがミシャと契約してほしい。
ミシャが日本を離れることは、日本のサッカー界でも大きな損失になると思う。
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by windowhead | 2011-11-10 12:55 | 紙のフットボール | Comments(1)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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