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土方歳三と俊輔ファンのDNA

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爆心地公園の被爆遺構とメタセコイア群

爆心地公園には、熱心に案内ボランティアの話を聞く修学旅行の小学生グループがちらほら。
一人の少年が長崎では珍しい横浜Fマリノスのユニを着ていた。
ついつい背番号を見たくなる。真ん中はリュックに隠れているが なんと25、その上にはshunsukeとプリントされていた。
付添いのカメラマンに聞くと熊本の小学校らしい。
熊本にも俊輔ファンの小学生がいた。彼は俊輔のどんなプレーが好きなのだろう?どんなきっかけで俊輔を知ったのだろう。
きっとサッカーやっているだろう。パパかママが俊輔ファンなのかも。
俊輔ファンのDNAを見たような気がした。
ちっちゃな同士よ、いつかスタジアムで会おうね。いい旅でありますように。


爆心地公園の23本のメタセコイアは早くも紅葉が始まっていた。


そういえば、先日メタセコイアのことを書いたら、日野宿本陣文書検討会のMUNNさんから興味深い情報をいただいた。
そのなかに「土方歳三のDNA」って言葉があったので、さっそくサイトを訪問したら、うれしい出来事が!
土方歳三の菩提寺石田寺の樹齢600年のカヤの樹の実から新芽が出たそうだ。
また、伐採された「とうかん森」のカヤの樹からも新芽が出たそうだ。
MUNNさんは、それらの新芽に「土方歳三のDNA」と名付けていた。
新芽は希望ですね、MUNNさん。
http://hikogorou.blog5.fc2.com/blog-category-0.html

久しぶりにMUNNさんのサイト「日野宿本陣文書検討会」をじっくり読ませてもらった。
このサイトを読むたびに日野に住みたくなる。
土方歳三や井上源三郎を育てた土地のあたたかさや豊かさが伝わってくる。


サイトの記事によると、今度の日曜日、高幡不動で源さんの145回忌がおこなわれるようですね。
淀で戦死した源さんだが、たましいは日野にもどっているんだ。
数年前、所用で伏見に行ったとき、思い立って源さんが戦死した場所をさがしたことを思い出した。
タクシーを駆使して右往左往、やっと見つけた場所には墓碑が立っていたっけ。
あのとき「冬の鳥羽伏見戦場駆け抜け紀行」って記事をかいたよね。あれから何年たったのかなあ。
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by windowhead | 2012-09-29 01:37 | 新選組!な人々 | Comments(1)

マリノス通り?いえいえ、オランダ通り


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梅香崎・オランダ通り(トリコロールがあっても横浜ではありませんぞ)


お彼岸の中日ということで、お墓参りにでかけました。
我が家の先祖代々のお墓はグラバー園や大浦天主堂の近く、長崎居留地をちょっとはずれた大浦外人墓地と同じところにあります。
旧居留地界隈を歩いていると、とトリコロールカラーのフラッグのようなものが道路沿いにならんでいて、
おや、なにごと?と思ったら、長崎居留地祭りのフラッグとのこと。
青白赤のフラッグは、フランスのトリコロールではなく、オランダをイメージしたものだということは、わかるんですが、私にはどうしても、ほかのものに見えてしまうんです。

「あら、マリノスの応援旗が!…」

サッカーファン、Jリーグファンなら、トリコロールと言えば横浜Fマリノス」がデフォルト。

「おお、マリノス応援通りだ、今日は幸先がいいよ」と密かにほくそ笑みながらも、さすがに、これだけの非日常でマリノスの勝利を確信したとはとても言いきれませんでした。

でもね、勝ったんですって!
熊谷アンドリューと、俊輔のゴールで勝ったんですって!
オノユのアシストで俊輔がゴールらしい。

本気で喜んでもよさそうです。

さあ、夕方からは、サンフレッチェ広島です。
佐藤寿人選手の今季19本目のゴールが決まりますように!
言霊にして飛ばそう。

長崎は1日中小雨。
お部屋の寒暖計は24度。半袖では肌寒い1日です。
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by windowhead | 2012-09-22 18:07 | 長崎なう | Comments(4)

切られても空を目指せ

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瓊の浦公園のメタセコイア群

周囲への配慮なのか大きな枝や樹木の上のほうがすっぱりと伐採されていて、落葉後の姿は痛々しい。
でも、葉をつける時期にはこんなにすがすがしい姿をしている。
街中に小さな林や森があってもいいじゃないかと思うが、
落ち葉の掃除など周辺には迷惑な存在なのかもしれない。

密かに応援するよ、
切られても切られても空を目指して伸び続けてほしいって。

写真のように、メタセコイアがあるおかげで、この公園の雰囲気はとても幸せそうに見えると感じるのは私だけなのかなあ。
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by windowhead | 2012-09-22 10:25 | 長崎なう | Comments(2)

ヴィファーレン長崎、頂上決戦はドロー

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台風のあと、強い雨風のなかでも、ヴィファーレンのヴぃヴぃくんは、しっかりお仕事していました。
今日はリンガーハットデーということで、ヴぃヴぃくんは、エプロン姿。

激しい風雨の中だったけれど、応援に行ってよかったなあというゲームだった。
ヴィファーレン長崎と長野バルセイロ、JFLの1位2位の直接対決。
どちらも負けられない張りつめたいいゲームだった。
残念ながらヴィファーレンはアディショナルタイムで追いつかれ
2対2のドロー。
帰りのシャトルバスのなかでは、おじさんたちがたった今応援してきたゲームについていろいろと談義していた。
ネティブ長崎弁で「スカーッとせんね。勝たんやった日はヤケ酒ばい」「こげん雨の日やけん、勝ちたかったね。仕事のノリも違うもんね」
勝ちきれない試合はなんとも気が重いが、こんなおじさんたちの会話に心強い気もした。
台風の最中と言ってもいいような日のJFLの試合に2000人以上も駆け付けた。
それも子供連れや女性たち、中高年ご夫婦たちも多く、人数は少ないがいつもの試合のように熱く応援していた。
ぜひとも、このチームをJリーグに上げたいと思っている人たちは、私が思っているより断然多いのかもしれない。

私がヴィファーレン長崎の試合を見るようになったのは、昨シーズンからだから大きなことは言えない。
佐藤由紀彦選手がいるということも昨シーズン初めに知った。、由紀彦のプレーが見たくて行くようになった。
今シーズンも由紀彦とヴぃヴぃくんを応援だ!というノリでいた。
しかし、今はすこしちがう。
このチームをぜひともJリーグに上げたいという気持ちが強い。

そう思うようになったのは、今シーズンJ1に上がった鳥栖のホーム戦を見てからだ。
3月末、横浜Fマリノスサポとして鳥栖に乗り込んだ。
鳥栖のスタジアムはいっぱいだった。なんとマリノスサポーターも1000人以上いたのではないだろうか。
横浜から九州の佐賀まで1000人以上の人たちが駆け付けたなんて!
そしてそれ以上に熱く沸いていたのは、マリノスに勝った鳥栖の町だった。
Jリーグチームを持つと、こんな熱い雰囲気が一過性のものでなく、日常になるんだなあと実感した。

地方の街は、活性化に必死だ。
長崎も、さるく博だの、龍馬伝だの、つぎは梅谷庄吉だのと、観光客を引き付けるためのイベントや仕掛けに躍起になっている。今では、中国からの旅行者目当てに波止場の拡張までするようだ。
観光行政担当者には、ヴィファーレン長崎というコンテンツは、目に入らないのだろうか。
地域活性化と集客が一石二鳥で手に入る既存のコンテンツとしては、ヴィファーレン長崎が一番実現の可能性が高いコンテンツではないのかな。それも一過性でない日常に定着していける強みもある。
Jリーグチームを持つ街。おらがチームの話が日常の会話に出てくるような街。
それはサッカーファンには、憧れ。
そのためには、ヴィファーレン長崎をJリーグチームにしなければね。

そんなこんなで、今では、大好きなサンフレッチェ広島やマリノスの俊輔とおなじようにヴィファーレン長崎を応援している。



そうそう、これ追記しておこう。
神崎大輔選手のファンという若い女性たちと出会った。
大分から駆けつけたという。神崎選手は大分出身なんだね。
彼女たちと話して、神崎大輔選手が少しわかった。応援するね。
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by windowhead | 2012-09-18 00:06 | Vファーレン長崎 | Comments(2)

Zico

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高台に吹くさわやかな風にピンクの花びらがはらはらと散っている。
今年の百日紅の花も、そろそろ終わりかな。
長崎の中国寺や中華街では今日から14日までがお盆(中国盆会)。
これが終わると長崎の夏も終わりを告げる。








3・11 イラク と書くと いまだにあの貿易センタービルのシーンを連想するが、あれから始まった米国とアルカイダの戦いで一番の被害者はイラク国民じゃなかっただろうか。
まだ内戦が収まっていない2008年のサッカーアジアカップでイラクが優勝した感動的なシーンはまだ記憶に新しい。相反する民族で構成されていたイラク代表は、内戦中の自国内で練習ができず、カタールなどにバス移動して練習をするという状態だった。
木村元彦さんの名著「蹴る群れ」に、そのころのイラク代表の姿が書かれている。
あれから4年がたち、イラクの情勢はすこしつづ変わってきているが、いまだに不安定で復興したという状態ではないらしい。

そんなイラクのチームを率いて、あのジーコが日本に帰ってきた。
白いシャツ姿のジーコがサムライブルー一色のスタジアムに立つ姿をTV画面を通してみたとき、そのシーンに感動してしまった。
ジーコが帰ってきた! そんな感じ。
世界の名選手の一人が、引退を撤回してプロチームのない日本に来て、なにもないところから1からプロチームを立ち上げるミッションに加わり、自らも1選手として、鹿島アントラーズというチームを日本の強豪に育て上げた。
日本代表監督として、2004年アジアカップを勝ち取り、ドイツW杯にいどんだが、結果が出ず、日本を去った。
あのときの川渕さんの「オシムと言っちゃった」会見で、日本中は、ジーコジャパンを記憶から消し、オシムに乗り換えてしまった。
日本のプロサッカー誕生と進化の最大の功労者の一人であるジーコが日本を離れるとき、見送りのサポーターの姿も少なくさびしいものだったとの印象がある。TV映像なので、確かではないが…。
日本はジーコにありがとうって言ったのかなあ?ジーコに日本からの感謝の気持ちは伝わっていたのかなあ?
ずっと気がかりだった。
私にとっては、今でもジーコの日本代表が一番好きな代表だ。

その後も、トルコの強豪チームやCSKAモスクワやギリシャのオリンピアコスの監督など監督としての実績をつんで、2011年からイラク代表チームを率いている。
ザッケローニと同じ年齢、59歳らしい。
選手生活を終え、他国の監督をつづけ、自分がいっしょに育てた国の代表と戦うチームを率いて帰ってくる。それも道の途中なのかなあ。
ブラジル、フランス、日本、トルコ、ロシア、ギリシャ、イラク 
フットワーク軽く、さまざまな国で結果を求められる仕事をこなしてきた人。
困難の多いイラク代表監督を引き受けているのは、おそらく名声などよりサッカーへの愛が強いからなのかもしれない。

サッカー選手たちは、選手引退後もサッカーにかかわる仕事ができればという願望を持つ人が多い。
ジーコの姿は彼らにどんなインパクトを与えただろうか。
私には、選手引退後も選手以上に戦う頭脳と精神力と体力を持ち続け、常にプレッシャーに晒される境遇を渡り歩いたたくましい戦士に見えた。

いつかJリーグの選手だった人が、他国のチームを率いて日本のピッチに立つ日がくるだろうか。

昨日、試合の終盤で日本代表応援サポーターからジーココールが起こったらしい。
このコールに、これまでのジーコの日本サッカーへの貢献に対して感謝の気持ちが含まれているのであれば、本当にうれしい。

今の代表もジーコの時の代表も、日本サッカーの歴史の線上にあるつながる点なのだ。
ジーコの姿を見て、Jリーグの歴史、日本代表の歴史を改めて意識させられた。

ありがとう、ジーコ
これからも、幸せなサッカー人生でありますように。
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by windowhead | 2012-09-12 13:34 | 紙のフットボール | Comments(0)

街中の廃墟

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長崎の老舗ホテルだった「長崎グランドホテル」が閉店してから何年が経っただろう。
すでに6,7年はたっているはず。
長崎市内の一等地なのに、いまだにその跡地に何も建設されていない。
取り壊されたホテルの地階部分が廃墟のように残っている。

ここの思い出といえば、
もうずっと昔のことだが、長崎に「ナガサキ JAZZ コーナー」というJAZZ愛好者の集まりがあった。
このホテルの宴会場を借りて、JAZZコーナー主催のライヴが開催された。
アーティストは、「菊地=日野クインテット」(菊地雅章、日野皓正、稲葉国光、村岡建、日野元彦)
これから売れっ子になること必至の若さあふれるクインテットだった。
そうか、一番若かった元彦さん、もういないんだ。
JAZZコーナーのメンバーも、どうしているんだろう。
ジョーさんと溝口さんは今も交流があるけど…。
今ではJAZZバー「さろまにあん」のマスターになっている溝口さん
あのころからずっとテナーサックスを吹いている。

場所や建物がなくなっていくのは仕方がないことなのだろう。
人々もいつかは去っていくもの。
でも思い出の中の人は、ずっとその時の顔のままだ。
私の中の日野皓正は「ハイノロジー」時代の顔をしている。
いまも時々彼のライヴを聞きに行く。毎回パワフルで何かにチャレンジしているような尊敬するプレーヤーだ。
でもグランドホテルでネイビーのブレザー姿の「ヒノテル」は特別の存在。
長崎グランドホテルは、「思案橋マイルス」と並んで、私にとってJAZZの原点。
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by windowhead | 2012-09-12 01:53 | 長崎なう | Comments(1)

佐藤寿人選手は、もう一歩先をみている

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長崎歴史博物館のカフェ「銀嶺」のテラス。
外は雨模様だったが、お茶している間に晴れ間がのぞいてきた。

「故宮博物館展」は9月17日まで。
私が子供のころの長崎には、清王朝の影響を感じさせる調度品があちこちにあったなあ。
室内におく植木鉢など、展示されている絵のなかにあるものとそっくり。
他国の王朝の展示品なのに、どこか懐かしい感じがするのは長崎の歴史的な背景が生活レベルまで浸透しているからなんだろうね。

家に帰って、天皇杯2回戦で、サンフレッチェ広島が今治に負けたことを知った。
なんでまた~!
今治はJFLくらいなんでしょう。

試合みていないから、何とも言えないが、J’s Goalの佐藤寿人のコメントに強い覚悟を感じた。
http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00143511.html

このコメントに対してtwitterなどで、賛否両論ながれている。
私は、佐藤寿人であれば、このコメントはあってしかるべきだと思う。
データだけみても、この試合でも得点もあげている。
キャプテンとして、この試合が意味するものをきちんと分かっている人だ。
いつからか、代表なんかでも「試合に出て自分をアピールする」という選手たちのコメントをよく見かけるようになった。
選手個人としては当たり前のコメントなんだろうけど、それぞれの試合で、チームの1員として何をすべきなのかというのがその前にあるんじゃないのかなあと思うことがある。
この試合は勝たなければいけない試合。
勝たなければ次がない。
だから新しい選手たちも、試されているという程度の考え方ではだめなのだ。

サンフレッチェ広島は、いまスタジアム問題が盛り上がっている。
広島市民球場跡地をサッカースタジアムにという運動にやっと市民の目が向いてきている。
署名も集め始めている。
サンフレッチェとサッカーが広島で本当に市民権を得る正念場なのだ。
広島のサッカー熱を大きなムーブメントにもっていかなければいけない。
だからこそ、天皇杯であろうが、リーグ戦であろうが勝って、勝って、勝ちまくって盛り上げないといけない。
佐藤寿人は、それを見据えているから、このコメントになったのだと思う。
彼は、決して負けた腹いせや感情の赴くままに発言したのではない。
自分も含めた選手たちに、監督やスタッフにさえ、広島のサッカーにとって今がどんなに大事な時なのか肝に銘じようと言いたいのだと思う。
市民球場跡にサッカースタジアムができることで開ける未来をしっかりと見据えている。
スタジアムを実現できるかできないか、サンフレッチェ広島の肩にかかっているのだと、覚悟しているからこそ今日のようなコメントになったのだろう。
でも、これくらい激しくチームを叱咤しても、サンフレッチェの選手たちはぎくしゃくしないと思う。それを信じているから彼はここまでの発言ができたんだろう。
いいチームなんだから、勝とうよ。

サンフレッチェのためにも、サッカースタジアム建設要望の署名に協力しようか。

サッカースタジアム建設 広島で早期実現を!
http://www.sanfrecce.co.jp/special/signature/
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by windowhead | 2012-09-09 02:15 | 紙のフットボール | Comments(0)

夜遊び長崎

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日が落ちるのが早くなったね。
仕事帰りに、ちょっと歩いてみたくなる。

中島川ぞいは、そぞろ歩きの人が多い。
ライトアップされた眼鏡橋
夜の姿は幻想的。

そういえば、長崎の観光名所の代名詞「グラバー園」
9月末まで、夜9時まで開園している。
さらにさらに、園内でビールが飲めるらしい。
夜の港を眺めながら屋外でビールを飲むのも
気持ちよさそう。
ここでのビールはやっぱり麒麟でしょう。
なぜって……キリンビールの歴史調べてごらん。

夏も終わりだよね
長崎の夏は祟福寺の中国盆会で終わるって、言われている。
今年の中国盆は9月12日から14日まで
最終日には、祟福寺の境内で、紙で作られた金山銀山が焚かれる。
炎に乗って夏が去っていくのかな。

次の休みには、絽の着物を仕舞わなければ。
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by windowhead | 2012-09-07 01:34 | 長崎なう | Comments(2)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead
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