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ご無沙汰してたら行方不明になったモニュメント


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先週金曜日、長州から同好の志が来崎した。

b0009103_1315378.jpgお天気もよく、史跡巡りにはもってこいの日
復元の観光丸に乗船するのは私も初めてで、おばさんふたり、海軍伝習生に思いをはせる。
海軍伝習生というと、勝や榎本、人によってはなんの関係もない坂本龍馬まで持ち出してくるのが観光ずれした(ごめん)長崎の観光案内なんだけど、そこはスパッと龍馬などは切り捨てて、船と技術目線。
下船後は、海側から眺めた三菱重工長崎造船所史料館へ。
幕府海軍伝習の革新的なもう1つの拠点だもの長崎熔鉄所は。
長崎海軍伝習所がその後の築地の海軍操練所や龍馬が関わった神戸海軍操練所とは全く違うところは、長崎だけは外国人から直接指導を受けているところだ。長崎熔鉄所もしかり。
造船についてはその前、安政の大地震で遭難したプチャーチン一行が幕府の許可を得て戸田村でヘダ号建造にあたった前例はあるけれど、蒸気機関などの技術を直接外国人から指導を受けたのは長崎熔鉄所が最初でしょう。
同好の志は、史料館の展示物はもとより、その外観、特にレンガ作りの美しさに感無量のご様子だった。
その後、戊辰戦争、台湾出兵、西南戦争で傷病死した兵士を祀った梅香崎・佐古招魂墳墓を訪ね、中無田倉之助の自伝に書かれている朝陽艦戦死者供養の碑(正式な名称はわからない)を探したが、見つからず。この碑がどこに建てられたか、その後どうなったか、継続的な調査事項としてのこった。

その後東山手の洋館をそぞろ歩きながら、「そういえば昔長崎遊学者の名前を刻んだ碑があったようだけど、長崎海軍伝習所の伝習生の名前もそこにあるのでは?」というと、同好の志は、激しくそのつぶやきに飛びついた。
そこで、その碑をさがすことに。
「長崎遊学の碑」だったかな(実は、長崎遊学の標が正しい名称だった)
20数年前の長崎旅博覧会のとき、会場に建てられた大きな彫刻物で、遊学の徒数人の姿とその周りを長崎に学問に来た人々の名前などが出身地別だか、学問の分野別だかに分けられて彫り込まれたプレートのような台座が周囲を取り囲んでいた。かなり大きなモニュメントだった。
松が枝あたりにあったはず。四海楼あたりだったか、松が枝埠頭だったかと、探しまわったがついにそれは見つからなかった。
途中でネットにつないで検索をかけたら、「長崎遠めがね」というサイトに情報があった。松が枝の大型観光船発着ターミナルを作るとき、撤去されたという。
大型観光船用の埠頭はかなり広い。そこにあのモニュメントがあって、どんな不都合があったのだろうか。撤去されたと書かれているが、どこかに移設されていないのだろうか。移設場所を求めてどこかに保管されていないだろうか。
長崎遊学には全国津々浦々から思いもよらない偉人たちが来ている。長崎観光に来た人たちが、この碑の前で、自分たちの故郷の偉人の名前と出会う楽しみもあっただろうに。
小さな驚きや感動を享受できる場として、このモニュメントにはまだ役割があっただろうに。
10年近くも気に留めなかったつれない私が言うのもなんだが、石碑やモニュメントは建てられたら永遠にそこにあるものではないのだ。
何かの都合で取り払われたりすることが普通にあるということ。

「長崎遊学の標」について、ご存知の方、台座にきざまれた遊学者の名前などがわかる設計図など当時の資料をお持ちの方、資料のある場所をご存知の方がいらしたらいいのだが。

行方不明のモニュメント、どうかどこかの倉庫か広場に保管されていますように。
いや、もうどこかの廃棄物処理場の隅っこでもいいや、壊されることなく眠っていますように。
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by windowhead | 2013-11-27 13:17 | 長崎なう | Comments(2)

80才のVファーレンデビュー

少し前友人から電話があった。
「母に、あなたが年甲斐もなくVファーレンを応援に行っているよと言ったら、私も行きたいと言うのよ。よかったら一度一緒してくれる?」
「はい、はい、では栃木戦に行きましょう。」
切符はどうする?「方法教えて、自分で取ってみる」
バックスタンドでワイワイ応援したいけど、今回は80歳越えのお母様のことを考えてメインスタンド側にしましょう。

当日(11/3)は朝から生憎の雨、どうも試合開始までに止みそうもない本降り。80歳のお母様には無理かもね、と思っていたけれど約束の時間にお母様を乗せて友人の車が我が家に到着。お母様は以前銀行からもらったというタオルマフラーまで持っている。
スタジアムに到着するとお母様、グッズを買いたいとのこと。オフシャルショップのテントでは残念ながらヴィヴィくんぬいぐるみは売り切れだった。新しいタオルマフラーを購入。

メイン側席を取った時はまず横断幕を見るのが習慣になっている。
なんとなんと、久しぶりに「佐藤由紀彦」の幕があった!
ぐっときます。掲げてくれた人、ありがとう!
試合前の練習を終え引き上げてくる由紀彦選手に向かって思い切って「ユキヒコ〜」って叫んだら、しっかりこちらを確認してくれて拍手で応えてくれた。感激!やっぱり長崎の屋台骨は由紀彦。
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栃木のお目当ては、三都主と榎本だったけど、三都主いないや。おそらく翌日行われる三浦 淳寛引退試合参加のため来れなかったのかな。
赤ずくめの達也、相変わらずかっこいい! けどね、誰かに似ているのよその姿が……。そうそうロアッソくんに似てるわ〜。
観戦中のお母様、タオルも回すし、「テレビでは見るけど、実際のゴールはすごいね。それが2つも見られるなんてわくわくするねえ」と奥野選手、佐藤選手のゴールにおおはしゃぎ。
挙げ句の果ては、次にくる時はぜひともあちら側で応援したいと、バックスタンド側のサポーター集団ウルトラスさんたちがいる辺りを示すしまつ。
日焼け覚悟なら、異存なしよ。
試合は2対0でVファーレン長崎の勝利。
前の席にいた可愛い赤ちゃんと女の子を連れた若いご夫婦は、21JUNKIのユニフォーム姿。守護神金山選手のご友人で千葉から応援にかけつけてくださったそうだ。パパさん、サッカー選手のような体型だった。

友人もお母様も、雨が苦にならないほど楽しいひとときだったようだ。
「今日はありがとうね、おかげでサポーターデビューできたわ」これ80ン才のおばあちゃんの言葉。
つぎも一緒にいきましょうね。来シーズンはファンクラブ入りだね。
来シーズン参戦にそなえて足腰鍛えておくそうです。

サッカーのある日常って、いいね。そんな1日だったな。
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by windowhead | 2013-11-08 01:56 | Vファーレン長崎 | Comments(2)

「俊輔〜〜〜」とオロオロ

大切な俊輔サポ仲間Tさんから、いつものようにエルゴラが届いていた。
俊輔のJリーグ通算FKがJリーグトップ、俊輔自己初の2桁得点などなど、記事にかなり期待していたが、案外あっさりと流されて、見開きの写真もなぜかFC東京。
残念、まあエルゴラは以前からあまりマリノスを書いてくれないペーパーだから、仕方ないのかも。
今年マリノスがわりと取り上げられたのは、俊輔をはじめベテランの活躍が、思いのほかだったからなのだろう。それがなかったら、取り上げ方はこんなもんだっただろうなあ。
FC東京って、なぜだかいろいろと取り上げられるチームだね。
私、好きなんだけどね、FC東京のサポさんたちのひねりのきいたゲーフラ見るのが。
ことしは、大好きな33番が期限付き移籍で関西に行ってしまって、あまり試合を見ることもなかった。
来シーズンは33番は帰ってくるのかなあ。
関西にはまだ慣れていない感じの33番をぜひ取り戻した欲しいなあ。
またセーラーむっくんのゲーフラも見たいなあ

と、こんなことばかり考えていたら、驚きのニュースが!

「中村俊輔選手、胆嚢炎で入院」

大きなショック!
離れた地にいる我が子が突然の大病におそわれてオロオロする故郷の母の気持ち。
ネットで俊輔の容態がどうなのか、胆嚢炎ってどんな病気か、探す探す!
情報は少なかったが、それほど重篤ではなさそうで、ちょっと安心。
あとは、彼がしっかり病気から回復してくるのを待つだけ。
それしかできないなあ。

マリノスも優勝争いに1戦も落とせない状況だけど、それでも勝ってくれるはず。
俊輔が一番期待しているラッキーボーイがここで登場してくれることを祈ろう。
だれが、花開くか?

中村俊輔選手の1日も早い復活を祈ります。
不死鳥ですから、彼は。
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by windowhead | 2013-11-02 10:17 | 10-25shun | Comments(4)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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