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スタジアムがくれた交流とプレゼント

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27日のホームジェフ千葉戦のスタジアムでもらったプレゼント。
贈り主さんは高校1年生の女の子。
Vファーレン長崎の応援にいくようになってご両親と知り合った。
ある日、お嬢さんと本の話になって、恩田陸の「夜のピクニック」の話に及んで意気投合。
最近、周囲に青春っぽい本の話をする人がいないので、彼女との話はすがすがしくていろいろと本の話をしたり、すでに読んだ文庫本を渡したりしていたのだが、まさか彼女から本のプレゼントをいただくとは思ってもいなかった。
「私がいまとっても気に入っている作家さんです。これからもいろいろ本を通して交流させてくださいね!」って、元気な笑顔で渡してくれたのが、この本。
村山早紀さんの「コンビニたそがれ堂」
村山早紀さんはたしか長崎出身の作家さん。そのせいかこのちょっとファンタジックな物語が懐かしく可愛く感じられて気持ちがいい。
スタジアムではとっても元気のいいお嬢さん。
Vファーレン長崎の神崎選手が「僕が長崎に来た頃小学低学年だったサポの女の子が今年高校生になったんです」と何かのインタビューで言っていたのを見たが、おそらくこのお嬢さんのことだと思う。
私が出会ったのはさすがにそれよりずっと後だけど、それでもお子さんという感じで見ていたのに、一緒に本の話ができる少女に成長したんだな。
3世代以上違う若いお嬢さんと共通の話題でお話ができるなんて、考えもおよばなかったなあ。
彼女が今後どんな本を読んでいくのか、すごく興味があるし、リアルなところでもどのような青春時代を送るのか楽しみで見ていたい。
素敵な高校生活が送れますように。
そしてスタジアムではいつものように男の子顔負けな元気を発揮してほしい。
そして、できるだけたくさん彼女の笑顔が見たいから、Vファーレン長崎の皆さんには清々しいプレーでできるだけたくさん勝利を積み上げてもらいたい。

この本は、スタジアムでもらった若いお友達との交流の記念品!
大事な1冊。
あらてめて、ありがとう

スタジアムではたくさんの人たちと知り合う。
おそらくサッカーがない日常だったら知り合わない人たち。
いつもみなさん、付き合ってくれてありがとう!
サッカーのある日常に感謝したい。
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by windowhead | 2016-05-31 18:36 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

ついに「ミ・ヴィーダ」も登場!気持ちの入った対山形戦

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朝8時半にはスタジアムに到着しているなど昨シーズンには考えられなかったけど、ついにやってしまった。
ホーム山形戦の日は大忙しだった。サポグループ「ウルトラ長崎」がついにあの巨大幕「ミ・ヴィーダ」を掲げるという情報があった。そのため1年以上お蔵入りしていた「ミ・ヴィーダ」の点検補修を早朝からやるという。

諫早のサポグループ「KATARODE」さんの選手名幕をバックスタンドに掲げる作業もある。時々お手伝いさせてもらっているバックスタンド3階に選手幕をはりめぐらす作業。「◯○選手頑張って、怪我しませんように」と気持ちを込めてその選手の幕をしっかりと結びつける。選手一人一人に思いを込めた活動をしている「KATARODE」さん、いつも飛び入りを受け入れてくれてありがとう。
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幕張の前に「ミ・ヴィーダ」の点検。外に広げてみると本当に大きい。
まだ文字の書いてない制作途中の巨大幕。いつどのような姿に完成するのか誰も知らないみたい。バルセロナのサグラダ・ファミリアみたいで夢がある。
個人的にこの幕が大好きだ。こんな幕を作ろうとしたサポさんたちのユーモアと無鉄砲さが、「しようがないなあ〜」と言いながら手助けしてもらうダメ亭主みたいでなんとも長崎らしくていい。
1年以上姿を見せることのなかった「ミ・ヴィーダ」。長崎の選手でこの幕を知っているのはJ2初年からいる神崎選手、前田選手、佐藤選手、高杉選手と翌年移籍してきた大久保選手、植草選手ぐらいではないだろうか。ほとんどの選手と初対面になる。「ミ・ヴィーダ」の登場を見たくて、この日もバックスタンド3階席に陣取った。選手入場似合わせてするすると3階席から降りてくる未完成の巨大幕。こちらの気持ちも高ぶってくる。風が強かったのでゴール裏のサポーターさんたちは抑えるのにたいへんだっただろう。
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試合も両チームしっかり戦っていて、強い気持ちが伝わってきた。李栄直選手の気持ちのこもったFK。壁に当たったがコースを変えてゴールに突き刺さった。このキックが長崎の選手たちのどうしても勝ちたい気持ちを代弁していた。マークが厳しくなった永井選手が人のために体をはってボールを追いかけている。相手選手の腕が喉に入ってぶっ倒れて時は心配でおろおろなったほど。試合終了と同時にピッチに倒れこむ選手たち。こんなシーンは今シーズン」初めてだった。
結局1−1の引き分け。勝ち点3はまだ遠かった。それでも前々節のようなやるせない気持ちにはならなかった。満足と言っては語弊があるが、ハードワークができるという希望が残った。甘いと思いながらも少なからず満足感と希望が湧いてきた試合だった。
希望をもってきてくれた栄直選手、ありがとう!


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この日、一つのお別れもあった。
クラブとの話し合いの上「契約解除」となった武内大選手とのお別れ。
試合前、武内選手がサポーターにお礼の挨拶にきてくれた。怪我が重なりリハビリの日々が続いていたが、昨シーズンのアウエーセレッソ戦でのプレーのように人を魅了する力を持った選手だったのでみんなが彼の復帰を待っていた。しかしそれは長崎では叶わなかった。あくまでも「引退」でなく「契約解除」。だからいつかどこかで選手として復活してくると信じていたい。
急なことだったが多くのファンサポーターが彼を惜しんで、彼のチャントを歌って送り出した。

だい、くらいつけ
だい、もえあがれ
だい、もっと、だい、つよく
たけうちだーい!




すこしだけ明るい気持ちになっていたら、昨夜金沢が勝って、Vファーレン長崎は最下位になったとの情報が。
気持ちの足元を救われた感じだったが、もう下はないんだから、選手もサポーターも最下位が情けないと思うのなら上をめざすために戦うしかないんだ。相手より多く走って、早くボールに行って、たくさんシュートを打つしかない。ファンもできることはただ1つ、スタジアムに行って精一杯応援することだけ。
まっすぐ上だけ見て1チーム1チーム引き摺り下ろしていくつもりで戦っていくしかないね。

そうだ、ヴィヴィくんがつかの間のお休みにエステに行ったらしい。
毛並みがツヤツヤになって、ほっぺがほんのり赤らんでいた。
綺麗になったのに照れたのかな?それとも日焼け?
相変わらずかわいい。
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by windowhead | 2016-05-19 15:46 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

小城市で「千葉氏」関連フォーラム

「千葉氏探訪〜〜房総を駆け抜けた武士たち」の著者鈴木佐さんが佐賀県小城市小城町にやってくるらしい。
小城市になぜ?と思ったけれど「千葉氏サミット」がらみのようだ。
小城市といえば、長崎市も「春雨祭り」などで交流がある。
幕末の長崎に遊学していた小城鍋島藩藩士柴田花守が長崎の丸山で端唄「春雨」を作詞したといわれている。その関係で4月の小城春雨祭りには毎回長崎検番の芸妓衆が参加して唄や踊りで花をそえている。
千葉氏がらみでいえば、諫早のほうが因縁がありそうだ。

その小城市で開催されるフォーラムの詳細は以下

公開フォーラム「中世の大都市・・すごいぞ小城」
日時 平成28年5月21日(土) 午後2時~5時
場所 市民交流センター ゆめぷらっと小城 2階ホール
      小城市小城町253-21 TEL 37-6601
内容 基調講演とパネルディスカッション
   中世鎌倉時代、関東千葉氏によっていかに小城の地に小京都づくりが行われたのかーその歴史的背景を学び、大陸との交易やどのように京都や千葉など列島各地とダイナミックな交流を続けたのか。
また、中世の小城が仏教をはじめとする様々な文化を醸成し「小京都の中の小京都」として発展していったかを検証。
この歴史文化遺産を活かしたこれからの小城のまちづくりを検証します。

基調講演 14:15~15:15
 野口 実氏   元京都女子大学教授

パネルディスカッション 15:30~17:00
・コーディネーター  
 村岡安廣 氏 小城商工会議所会頭、村岡総本舗代表取締役  
・パネリスト
野口 実 氏
 宮島敬一 氏 佐賀大学名誉教授
 鈴木 佐 氏 千葉氏研究家 建長寺調査員
 岩松要輔 氏 小城郷土史研究会会長
 江里口秀次氏 小城市長
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残念ながら拝聴しにいけないが、すごく面白そうだ。

○お問い合わせはフォーラム小城事務局090-9489-8124に

ずっといぜんに書いたブログ「「千葉氏探訪」の著者と会う」
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by windowhead | 2016-05-17 17:51 | 日日抄 | Comments(3)

居留地の外国人ミッチェル

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長いこと長崎にからむブログをやっていると、どきどき過去の文章に対しての質問が寄せられます。
多くはじぶんのルーツを探している方々から手がかりを求めての問い合わせです。
調査中のとき、たまたま質問を受けていた所縁の方の墓石を見つけ、子孫の方が来崎されたり、ご先祖のお墓探しのお手伝いをしたことも数回ありました。

つい数日前、ルーツとなる人物の調査をされている方から、ブログの過去記事のコメント欄にご質問がよせられていました。
その方は、幕末スコットランドから長崎に来ていた造船技師ジェームズ・ファウラー・ミッチェルにゆかりのある方のようで、長崎でのミッチェルのことを書いた史料や文献、研究者がいるかなど探していらっしゃるとのことでした。
ミッチェルに関しては大浦外人墓地の紹介記事や小菅修船(そろばんドック)の解説文に書かれていることぐらいしか知らないので、長崎歴史文化博物館に問い合わせるか、博物館を通してブライアン・バークガフニさんに問い合わせるのが良いのではとの回答しかできませんでした。

ジェームス・ファルラー・ミッチェルは1829年スコットランド・アバディーン生まれ。
30歳(1859年)の時に造船技師として長崎の居留地に移り住んだようです。下り松にはミッチェルの造船所があったようです。小菅修船場建設に関わったのはアバディーン出身のグラバーとの縁からでしょう。大浦外人墓地には、海難事故でなくなったミッチェルの兄弟(ウィリアム、ジョージ、アンドリュー)を偲んで建てた「ミッチェル兄弟記念碑」があります。背の高い台座の上にフロックコートを着た男の像が立っている特徴的な記念碑なので外人墓地を訪れたことがある人は記憶に残っているのではないでしょうか。

その後ミッチェルは神戸に移って、1903年に神戸で亡くなっており、神戸の外人墓地にお墓があるようです。彼が神戸に移ったこと、神戸で亡くなったことなど、この質問があるまで知りませんでした。
さらに、神戸では洋風建築の設計をしていたということも。
彼が設計した洋館の写真が残っているとのことです。旧アーサー・トムセン邸というのがそれで、今は建物はないようですが、写真や調度品などが神戸市博物館に所蔵されているようです。
トムセン邸ができたのが1900年とのこと。3年後に亡くなったミッチェルの晩年の仕事なんですね。
「CHIKU-CHANの神戸・岩国情報」というホームページで旧トムセン邸に関わる記事を見つけて読んでいると、長崎では その名前の文字面と外人墓地の記念碑だけで歴史の史料の中の人物としてしかとらえきれなかったミッチェルが、その時代を生きた人として形をなしてきて、私の想像の中を動き回るようになってくるから不思議。
もしかしたらあの人に会ったのでは、この人と仕事をしたのではと、調べてみたいことが湧き上がってきます。
私に質問を下さった方に中ではもっと具体的な姿をしているのだろうなあジェームス・ファウラー・ミッチェルさん。長崎での姿をもう少し浮き立たせてあげたくなってきます。


そういえばミッチェルの出身地アバディーンにはプロサッカーチームがあったなあ。
スコティッシュプレミアリーグの「「アバディーンFC」。チームの創立が1903年。あのサー・アレックス・ファーガソン(元マンチェスターユナイテッド監督)がこのチームの指揮をとっていた時代もあって、その頃はスコティッシュプレミアリーグの王者だったそうです。セルティックとレンジャーズ以外でスコットランドプレミアリーグの王者になったのは、ファーガソン時代の「アバディーンFC」だけのようです。ファーガソンもスコットランド人ですね。
最後は相変わらずのサッカーネタになってしまいました。


「CHIKU-CHANの神戸・岩国情報」http://blog.goo.ne.jp/chiku39/e/39b266b54d0b108366d4a09f90c3b042
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by windowhead | 2016-05-12 18:51 | 長崎と幕末維新 | Comments(4)

それでも良いこともあった(ホーム岡山戦)

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マッチデープログラムの表紙を今一番信じられる選手たちが飾っていた。
心身ともに本当に戦えている彼らがいるから今日こそ勝てると思っていたが、完敗だった。岡山は強かった。うちの弱点をスカウティングしててそこをついてきた。相手のストロングポイントが分かっているのに消しきれない我がチームはすべてに後手になってやられてしまっている。もう多くは言わない。
ただうちで最も戦えている高杉選手が途中交代したのが気になる。恐らくどこかを痛めたのだろう。大事にいたりませんように。

試合前のスタジアムはいつもに増して楽しげでワチャワチャしていた。マスコット大好きの長崎に九州のマスコットが勢揃い。
久しぶりのニータン、元気な姿をみせてくれたロアッソくん、ヴィヴィくんサポがお兄ちゃんと呼ぶギランさん、カテゴリーは違うけどアビーくんビビーさん、ウイントスくん、さらに鹿児島からはマスコット以前にキャラ立ちしてしまった担当さんまで、にぎやかにぎやか。長崎はマスコットにとってもマスコット好きにとってもパラダイスだろうなあ。
マスコットの愛くるしさと献身性は人々の心を開かせて、さらにお財布の口も開かせる。九州だJ!のタオマフ300枚、1時間で売り切れ!マスコットたちが持つ募金箱には次々と募金が入れられる。それに対していちいちきちんとグリーティングするマスコットたちの人柄(?)とプロ意識 に感激してしまう。
この日はヴィヴィくんのお誕生日祭ということもあって、ヴィヴィくんはいつもに増してプレゼント攻め。趣向をこらしたプレゼントが次から次へと渡される。その様子を近くでみていた服部GMも予想以上の光景ですねと驚いていた。

マスコットフィーバーから少し離れて日陰を探していると、「こんにちは!」っと元気な声が。
間違いなく私に向けられた声だったのでその方を見るとVファーレン長崎のジュニアユース(正式にはどう呼ぶのかな)の少年たちが10人ほど芝生の縁石に腰を下ろしていた。
その中に見覚えのある顔がある。ニコニコ笑ったその顔も「ほら!」って感じでこっちを見ている。「あっ、募金の時会ったね!」「そうそう!」。その子が私にかけてくれた「こんにちは!」だった。意外な再会!
前のホーム戦で熊本地震災害救援募金があった。バックスタンド側で村上キャプテンと一緒に募金箱を持って呼びかけていた小学高学年か中学生かなという年頃のユースの少年たち。彼はその一人だった。村上選手の箱に入れてのち横の彼らに気づいた。この子たちの箱を優先すべきだったなあと思ったので彼の持つ箱に500円玉を入れて一言二言ことばを交わしたが、それを覚えていてくれたのだ。
ものすごく嬉しかった。とっても爽やかな気持ちになった。
学校やスポーツクラブなどでは「挨拶をしましょう!」と言われているのか大人に会うと元気に挨拶する子供達とはよく出会う。しかしこの子のように顔を覚えていたとは言え、積極的にその人をに向かってコミュニケーションを取ろうという挨拶に出会うのは珍しい。すごく素直で積極的で素晴らしいコミュニケーション能力。さらにその笑顔がくったくなく子供らしい。この個性は貴重じゃないかな。プロ向きなんじゃない。Vファーレン長崎の選手と初めて普通の会話を交わしたなあという感じ。だって、トップの選手達とはフラットに人間的な交流はないもんなあ。ファンサは特別な人にあわせてもらっているという感じだものね。
このユースの子が大きくなってプロのサッカー選手になってくれますように。中村俊輔みたいにずーっと見続けられる選手になってくれないかなあ。そんな気持ちにさせるサッカー選手の卵くん。
こんな子が10年ぐらいのちVファーレン長崎でプロ選手として活躍してくれる、そのころVファーレン長崎がJ1で上位争いするチームになっている…そんな未来を応援したいなあという気持ちにさせてくれた再会だった。

頑張れ、彼!
彼がその背中を見て憧れる選手であってくださいトップチームのみなさん。
さあ、次の試合は待ってくれない。心が震える試合が見たい。
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by windowhead | 2016-05-09 10:18 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

あるかもしれない!肥前名護屋城シーン(大河「真田丸」)

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朝っぱらから大河「真田丸」関連番組 外伝「真田家の運命を変えた男たち」が放送された。石田三成役の山本耕史や加藤清正役の新井浩文たちが舞台となった土地を訪ね知られざるエピソードを紹介する番組だったが、すごくおもしろかった。
こんな番組は、アッと思うようなことを確認させてくれてうれしい。
今回もまさかと思っていたけど案外ドラマで重要な設定になりそうな予感の場所が出てきた。
「肥前名護屋城」
秀吉の朝鮮出兵の本拠地として佐賀県唐津市の玄界灘に突き出した半島の突端に作られたお城。いや、お城というより軍事都市。大阪城規模の城をほぼ1年で(と言われているが調べてみるとその前から準備されていたようだ)作ったと言われている。この城を中心とした半径3キロほどの場所に諸国大名たちの陣屋や商人たちの店や娯楽の場などがひしめき、ほんの数年間だが豪華絢爛な桃山文化が花開いた場所でもある。
真田氏もこの土地に複数の陣屋を構えてる。ただ、真田氏など関東勢は戦場に渡ることなくあと詰めだったので、ドラマでもあまり重要視されないだろうと踏んでいた。しかし、脚本が三谷幸喜だ!グランドホテル型の群集劇が大好きな三谷幸喜なら戦場シーンより名護屋城での人間模様を選びそうだ。そうなると個人的にはうれしい。

実は既刊の書籍「真田丸を歩く」で私が執筆を担当した場所が「肥前名護屋城跡」だったから。
真田一族に関連した歴史紀行本になるとの連絡がきた時、九州はあまり関係ないからこの企画はお休みだなと思っていたら「九州在住だから肥前名護屋城に執筆お願いしますよ」とのお達しをいただき、重い腰をあげて取材したのが昨年の夏だったかな。戦国時代は守備範囲でないし、真田は考えてもいなかったのでなかなか手こずった。いつも執筆依頼がくるときは関係人物に思い入れをして史料探しなどするが、今回はそんな人物もおらず向かったが、ある意味圧倒される場所だった。本当に「強者どもの夢の跡」とはこの地をいうんだなあという風景なのだ。そこに立って豪華絢爛な花見や茶会や能楽に耽る武将たちの姿を思い浮かべると跡地の荒涼感がさらに増してくる。
交通の便がいいとは言えない場所だが、歴史旅が好きな方にはぜひ足を踏み入れてほしい場所だ。
歴史研究愛好家たちが集まって執筆担当した「真田丸を歩く」(星亮一 編/歴史塾 著 現代書館発行 1800円+税)発行されて半年になるがまだ書店に並んでいる。
重版出来は無理だがなにとぞ前回の本のように完売しますように。

今話をもらっている本は幕末物。サッカー好きの私はやっぱり幕末の群像物が向いている気がする。
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by windowhead | 2016-05-06 14:01 | 至福の観・聞・読 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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