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ミヌくん、君が私のMVP!なホーム山口戦

山口のみなさんが初めてトラスタに乗り込んでくるのに、あいにくの雨。
でも山口からたくさんのサポが来場し、長崎のホームの緩さもあるせいかアウエーにきているという緊張感もなく楽しんでおられた。
いつものようにバックッスタンド3階の選手名横断幕取り付けのお手伝い。バックスタンドの一番高いところから開場前のスタジアムを眺める。つくづく美しいスタジアムだと思う。全方位屋根付きのこのスタジアムを山口サポさんたちはどう感じただろうか。
ヴィヴィくんのハロウィンコスチュームはコウモリみたいな黒い羽根を付けた小悪魔風。ダークイメージなのにさらに可愛さ倍増。衣装プロデューサーに花マル!

練習が始まるころには雨も小降りになった。
スタメンが少し変わった。最終ラインがキャプテン、前ちゃん、ミヌくん。杉さん体調が悪いのかな?真ん中をキャプテンにしないで前ちゃんにしたところに監督の意図を感じる。
山口はパスがどんどん繋がる魅力的なサッカーをするということで長崎サポにも人気のチームだが、練習試合とアウエー戦を見た限りでは、ミシャのサッカー全盛期のサンフレッチェのような超攻撃的なワクワク感はない。訓練されてるなという感じはあるけど意外性がないからかな。
ただ、群馬戦のVファーレンでは山口の攻撃を抑えられない。裏どころか真ん中から突破されてしまう。高木監督のことだから、緻密な対応策を練っているはずだけど、選手がそれを表現できるかが課題だなあ。
山口は10番と29番がポイントの選手かな。ここにプレッシャーをかけ、パスの精度を下げさせればリズムがでないはず。試合を見ていて感じたのはこのチームはパスをつなぐリズムがあって、そのリズムに乗ると手がつけられないくらい勢いがでるんじゃないかなということ。リズムが出る前にパスの勢いを削ぐとフィニッシュも怖くない感じ。

試合が始まって驚いたのは、長崎の選手たちの前への勢い。みんな闘志がみなぎっている。特にミヌくん、ヒョンジンくん、ソンドンくんの韓国勢の闘志は目をみはるほどだった。闘志をむき出しにしながらも汚いプレーはしない美しい激しさだった。ミヌのものすごい攻め上がり、ヒョンジンのタイトなチャージ、ソンドンのドリブルがこんなにすごいとは思わなかった。彼らが攻撃を押し上げるので、梶くんがボールをもらいに下りてくることが少なくなり、前目で2トップに絡める。チーム全体が気持ちの見えるプレーをしていた。
それが花開いたのが梶くんの得点。
なんでここに杉様が!じゃなく、なんでここゴール前までミヌが!だった。そのミヌに永井がパスを入れたがミヌちょっと合わず。そのおかげで相手がDFがミヌにつられて、ゴール前があいたところに梶くんの鋭いシュート。梶くん、満面の笑顔、それに飛びついて喜び合う韓国3人衆。その後、永井くんがPKを決めて2得点。その後1点を返されたが、気持ちの見えるヨンジくんを投入して2点を守りきって久々の勝利。

ゴール裏サポからのMVPは梶くんと永井くん、MOMも梶くんだったが、それ以上に輝いて見えた選手がいた。
チョ ミヌ選手。
バクスタの2列目で見ていた男性3人組が、あの3番はすごいね!となんども感嘆していた。MVPたちのゴールが決まっても、最後まで3番ミヌくんの印象は消えないくらい強烈だったようだ。
MVPもMOMも選ばれなかったけれど、私の中でもMVPはミヌくん!
同じようにかんっじている人も多いようだ。
せめて試合後のコメントでも取材して欲しかった。この試合にミヌくんがどんな気持ちで挑んだか、その気持ちの改革と監督の戦術につながりがあるのか、この日のミヌくんの言葉には多くの貴重なものが含まれていたと思う。それが聞けなかったのは残念だ。
クラブ公式でも番記者さんの記事でもいい、チョミヌ選手のロングインタビューをやってもらえないだろうか。ミヌくんに期待しているサポーターはたくさんいるのだから。

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清々しい雨上がりの空、ブラボーミヌくん!
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by windowhead | 2016-10-26 04:05 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

なぜ負けた、モヤモヤを語りあいたいよね

ザスパクサツ群馬に3:0で負けた。
ココサテで見ていたが、監督や選手がうまくいっていたという前半にもどこか安定感が感じられなかった。前日ルヴァン杯決勝戦を見ていたから物足りなかったのかもしれない。
いろんな意味で1点目を入れられた時が一番ショック。中盤にぽっかり空いていたあの大きなスペースが焼き付いている。

なんかこのまま「負けたけど次に向けて応援しよう」では自分のなかで納得がいかず、かといって誰かその話をしあう相手もなく、翌日この試合の録画を見て、続けて再びルヴァン杯決勝見た。
浦和も3バックで両サイドが高いポジションをとるし、守備になると両サイドが下りてきて5バックになる。単純に長崎も同じだからと素人考えもあったが、なによりミシャのサッカーが好きなのでお口直しの意味が大きかった。
やっぱり両方見てみると参考になる部分が多かった。
素人なので感覚的な言い方をするといろんな部分で鋭さとメリハリが違う。

そんなこと言うと、「それはJ1とJ2の差だから比べちゃ可哀想」と サポさんからお叱りが帰ってくることが多い。でも  Vファーレン長崎はJ1を目指しているんだから、その域に達しないとJ1に上がれないし、J1で生き残れないんだよね。J1を目指すって、現実を見据えるととても難しいことなんだよなあ。
なんだかんだ言いながら最後は「まあサポは応援するしかできないから目一杯応援するけどね」に納まるしかないんだけど 気になる点は解決せずモヤモヤ続いている。

こんな時こんな話をする仲間がいるといいんだろうなあ。
そこに行けばサッカーの話をする人たちがいて、持論を戦わせたり、疑問に答えてくれたり、世間話のようにサッカーを語る人たちがいる。そんなところが長崎には不足してるんだよね。

ホームで試合があったあと2回ほど参加させていただいた諫早のKATARODEさんのペーニャ。駅前のパンとワインのお店「Roojee」(ロージー)さんがあることが本当に羨ましい。
長崎市内でもペーニャができてこないと文化としてのサッカーは根付かないのかもね。

サッカーの内容を語りたい女性だってたくさんいるはず。
その人たちとの接点を見つけて、まずはお茶会でもするかな。お茶のテーブルにボードを置いて、クッキーやチョコを選手に見立てて試合の細部を話してる女子がいてもいいじゃない。
例えばミスマープルみたいに中高年のご婦人が集まって手芸や編み物しながら、サッカー談義というのも憧れるね。

サッカーは応援するだけでは物足りないーーずっと感じていること。


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ミスマープルたちがフットボールを語っていたら、それはまた楽しいかも
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by windowhead | 2016-10-20 19:50 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

横浜FC戦ー思いがけないツイート

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徳島戦に比べてアウエー横浜FC戦はいい感じで入ったなって思ったけど、思いもよらす前半2失点。
解説の山口素弘さんがしきりと長崎のディフェンスの甘さを指摘。「軽い」という表現。
素さんは2年前まで横浜FCを率いて長崎と対戦しているので、全員でタイトなプレスを仕掛けてフィジカルいっぱい走り勝つスタイルが長崎の良さだったという。確かに、今シーズンのV長崎でものたりないのはその部分だということをサポーターの誰もが思っている。シーズン終盤になってもサポの間で黒木選手や古部選手を求める声が出てくるのはその証拠だろうな。永井選手の2得点(PKと村さんからのナイスパスをワンタッチでゴール!)で引き分けに持ち込めた。
「長崎は9試合勝ちなしですね」と深刻な実況さんの声に、そうだよねと思うものの勝ち点1落とさずよかったと思っている自分の甘さに苦笑い。
ゴール裏で応援の翔くんが注目の的!ママがきっと頭を抱えているはず(会ったら案の定、言わないで〜〜!と)。翔くんがごく普通の礼儀正しい青年だということは長崎サポは誰もが知っている。全国のみなさん、そうなのよ〜。

翌日、ツイッターで、とてもいい写真が回ってきた。
https://twitter.com/sunamachiSC/status/784743582313746432

V長崎のGK・大久保択生選手と横浜FCの三浦知良選手が試合後抱き合って健闘を讃えあっている。択生くんの嬉しそうな顔!
ただそれだけのシーンかもしれないし、試合後カズ選手は永井選手も肩を抱いていたので、特別感はしない人もいるだろう。
でも、大久保択生選手の中では特別の感情があったのではないかな。
長崎の守護神くんは、高卒ルーキーで横浜FC入団。横浜FCに決めた理由のひとつに「カズさんがいる」があったという(V長崎番記者さんのインタビュー記事にも書かれているhttp://www.targma.jp/nagasaki/2016/07/14/post3440/)
カズさんは当時40歳くらい。20歳以上年の差のあるレジェンドと18歳ルーキーの距離感ってどんな感じなんだろう。
大久保選手は、横浜FCから千葉に移籍し、V長崎に移籍して3シーズン目。たしか昨シーズンもカズ選手と対戦している。今回肩を抱いて讃えてくれたのは手応えを感じてくれたからだろう。長崎で着実に成長していることをキングが認めてくれたんだなと、ファンとしては一番嬉しいし、この写真は貴重な1シーンを記録してくれたお宝の1つだと思った。欲目かもしれないが、最近の大久保選手は飛び出しに迷いがなくなっているし、1対1もめっぽう強くなっている。なにかを得たのか何かが吹っ切れたのか…(知りたい気もするが教えてはくれないだろう。)

さらに嬉しいのは、この写真をツイートしてくれたのが砂町サッカークラブという大久保選手が子供の時に所属していた少年サッカークラブだということ。
そして、そこには大久保選手が出場したVファーレン長崎の試合のダイジェスト映像へのリンクが毎回記録として残されているのだ。
V長崎の公式ホームページでも追えない昨シーズン、一昨シーズンのダイジェスト映像までリンクが残されている。V長崎サポとしてありがたいリンク集になっている。地道に大久保選手を追ってくださっているのだ。
以前、関東アウエーのとき砂町サッカークラブの後輩さんたちが大久保選手の応援に来ていたこともあった。大久保選手は後輩たちの身近な目標でもあるんだろうなあ。

大久保選手はV長崎ファンサポの勝利への熱望はもちろん先輩・恩師たちからの期待や後輩たちの夢も背負って長崎のゴールマウスに立っているんだ。
大久保選手のみならず選手たちはみんなそれぞれの立場で熱望や期待や夢を背負ってVファーレン長崎での日々を過ごしているのだ。
当たり前のことなんだけど、砂町サッカークラブさんのツイートを見て、それを具体的に感じることができた。

Vファーレン長崎での日々は選手たちにとっては人生の途中でしかないだろうが、その日々はのちのち「思い出したい日々」であってほしい。
そのためにも、今シーズンの最後まで選手たちに晴れ晴れと頑張ってもらうように、厳しいけど気持ちのいい応援を続けていきたいと思った。




・ツイッター記事https://twitter.com/sunamachiSC/status/784743582313746432
・番記者さんによるインタビュー http://www.targma.jp/nagasaki/2016/07/14/post3440/
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by windowhead | 2016-10-14 14:39 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

幕末の先駆者・赤松小三郎を知っていますか?

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大河ドラマ「真田丸」も大詰めを迎えている。この1年、久しぶりにワクワクさせる大河ドラマで、2002年の「新選組!」を彷彿させるものがあった。「新選組!」ファン時代に知り合った方々とも10年以上を経てネット上で再会したり、やはり「大河」の楽しさは演じる俳優の力量と脚本の魅力に尽きる。

真田一族を生んだ長野県上田市だが、この地が生んだもう一人の偉人を知る人は少ないようだ。

幕末の兵学者で政治思想家「赤松小三郎」がその人。
勝海舟の門下生として長崎海軍伝習所赴任になる勝の供侍として長崎に同行。4年間長崎に滞在して蘭学、英学などを学んだ。英国の兵学書の翻訳をしたり新しい海外の知識と情報の収集に富む赤松の私塾には在京の各藩から800人もの門下生が集まった。特に薩摩藩は京都屋敷に教室を開いて赤松を招き藩士の教練にあたらせたほど。
赤松の書いた「建白七策」は、当時日本に押し寄せていた英米仏蘭などの軍艦との戦争を避けるために公武合体論を主張し、世界情勢の中で日本が置かれている状況は内戦をしている場合でないほど逼迫していると論じて、幕藩体制から一挙に民主国家に移行する構想をあげたものだった。この構想は坂本龍馬の「船中八策」よりも1年早く松平春嶽に提出されたおり、船中八策の原案になったのではないかと言われている。
これほどの赤松が歴史の表舞台から忘れられていたのは、彼が道半ばで暗殺されたからだろう。それも門下生である薩摩藩中村半次郎らの手にかかってだ。

近年、赤松小三郎についての研究が、さまざまな人たちの中で始まっている。
先日、韮山の江川文書の研究をされている方から、赤松小三郎についての勉強会の連絡がきた。
残念ながら私は参加できないが、このブログの読者の方には、幕末史研究や愛好の方も多い。その方々に情報をお届けしたいと思い、以下に転載しておきます。
赤松小三郎は会津藩との接点もあるので、ぜひお時間があれば参加されるといいと思います、


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講演会「薩摩から見た赤松小三郎」のご案内
(暗殺された赤松小三郎 ~ 幕末に日本近代化のグランドデザインを描いた男)


                              

 幕末、信州上田藩士赤松小三郎は、京都で開いた洋学塾などで多くの英才を育てるとともに、わが国の近代化に向けてのグランドデザインを描きその実現に力を尽くしました。赤松は、1867年(慶応3年)37歳で志半ばにして暗殺されましたが、その先進的な政治思想と優れた洋学の教えは日本の近代化に大きく貢献しました。
 当研究会では、今回、赤松小三郎を多方面から研究し、脚光を当てた歴史作家の桐野作人氏をお迎えし、薩摩藩と赤松小三郎の関係についてお話を伺います。幕末史に関心をお持ちの多くの皆様のご参加を心からお待ち申し上げております。                  
     
日時:平成28年10月15日(土) 受付開始14:00 講演14:30~16:00
会場:文京区民センター 3階 A-会議室 (下記案内図ご参照)
参加費:1,000円(当日会場受付にて申し受けます。)
対象:幕末の歴史にご興味ある方であればどなたでもご参加いただけます。
定員:200名(先着順 お早めにお申し込みください。)
主催:上田高等学校関東同窓会 赤松小三郎研究会 (会長 丸山 瑛一)


演題:「薩摩から見た赤松小三郎」
    ・新発見の赤松小三郎建白書(盛岡藩京都藩邸公用日誌)の意義
    ・4種の赤松建白書の比較検討
    ・四侯会議と赤松建白書
    ・赤松の「幕薩一和」論の陥穽
    ・桐野利秋「京在日記」について


講師:桐野 作人(きりの さくじん)氏
   歴史作家、武蔵野大学政治経済研究所客員研究員。鹿児島県出身。立命館大学文学部東洋史
 学科卒業。歴史関係出版社の編集長を経て独立。織豊期と薩摩の歴史(戦国織豊期、幕末維
 新史)が専門。著書に『さつま人国誌』幕末明治編1~3(南日本新聞社)、『孤高の将軍 徳
 川慶喜』(集英社)、『織田信長―戦国最強の軍事カリスマ―』(KADOKAWA)など多数。
  
お申込み、お問合せ:
赤松小三郎研究会事務局(事前のお申し込みをお願いいたします。)
メール:kannazuki-6318@kxb.biglobe.ne.jp
電話:070-2685-2384(事務局 小山)




赤松小三郎(天保2年(1831年)~慶応3年(1867年))
信州上田藩士。江戸に出て内田弥太郎、下曽根金三郎に師事し、数学、天文、測量、暦学、蘭学、
 砲術を習得。その後、勝海舟の供侍として長崎海軍伝習所で英学、兵学、航海術を学ぶ。さらに横浜の英国士官アプリンから英語、英国兵法などを習う。幕末の京都で開いた私塾や薩摩藩邸などで、洋式兵学を教えた。諸藩より学ぶ門下生の数、800余名。その中には東郷平八郎元帥、上村彦之丞大将など日清、日露戦争で活躍した諸将が何人か含まれる。薩摩藩島津久光侯の委嘱により「重訂 英国歩兵練法」を翻訳した。将来の政体構想と国家のグランドデザインを描き、慶応3年5月、前政事総裁職・前福井藩主の松平春嶽侯と島津久光侯に建言した「建白七策」は、政治史のなかで輝いている。天幕一和、諸藩一和のもと上下二局の議政局により内憂外患のこの時期を乗り切る方策を模索し、最後まで東奔西走したが、明治維新直前の慶応3年9月、京都において暗殺された。享年37。
上田市(上田城跡公園内)に赤松小三郎記念館がある。

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by windowhead | 2016-10-06 17:51 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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