今だから「キング・カズ」長崎へ

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Vファーレン長崎は3月5日日曜日、諫早のトランスコスモススタジアムでキングカズ率いる横浜FCと対戦する。


今店頭に並んでいる「Number」の三浦知良特集を読んでいた。
サッカーをやりたい、まだまだ上手くなりたいという気持ちに純粋に向き合って自分の身体すべてをその気持ちに捧げているような人だ。
50歳まで現役を続け試合に出てゴールまで上げている彼を世界中のレジェンドたちがリスペクトしている。

こんな選手は世界でも稀有な存在なのだ。

私たちのJ2チームVファーレン長崎は、毎年この長崎の地で「キングカズ」と試合ができている。

試合に出れない時もユニフォーム姿でアップしたり、試合後のチームバス乗車の時まで、どちらのチームと言わずファンサポーターに手を振って挨拶をしてくれる。その姿を見た人たちはみんなカズと交流したような特別の気持ちになるし、「カズ見たよ!」「カズ、いたよ!」が翌日の話題になってしまう。

きっと長崎だけでなく他のアウエーでもそうなのだろう。

キングカズは、ほとんどのアウエーに帯同してくれるようだ。


Vファーレン長崎の若い選手たちもカズのようにカズ以上に純粋な気持ちでサッカーに取り組んでいる。彼らはおそらくカズに自分の未来を見て勇気をもらうはずだ。


3月5日、今度の日曜日、私たちはキングカズの姿を見ることができるのだ。50歳とは思えない美しい姿もお茶目なプレーも。

キングカズを見ていると、きっと長崎のサッカーをなくしてはいけないと思うだろう。

カズにつづく若者たちのためにも、絶対にチームを存続させ守っていかなければならない。それはこれまですばらしい週末をこのチームから受け取ってきた私たちサポーターの任務でもある。

カズの姿は、きっと一時の激情やイベント気分では本当の強さは生まれないよ。何があっても負けることなくコツコツ積み上げる覚悟と粘りが大切なんだよと教えてくれると思う。

純粋であることが持つパワーや希望をカズの姿から感じ取って勇気をもらおう。

だからって勝ち点をお返しに渡すことはできないけど、今回だけはカズさんに甘えさせてもらおう。


3月5日日曜日は、諫早のトランスコスモススタジアムに行こう

(FBに書いたレビューだけど、あえてブログにもアップしました)


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# by windowhead | 2017-03-03 12:57 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

好発進!J2、5シーズン目のVファーレン長崎

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昨日、Vファーレン長崎はホーム開幕戦を4−0で好発進した。

今シーズンからシーズンパスはバックスタンドにした。スポンサー集めのためにもTV画面に常時写りこむバックスタンドを埋め尽くす事が大切だと聞いたから。
いつものようにKATARODEさんの選手名応援幕を揚げる手伝いで開門前のバックスタンド3階に上がって、まず目に入ったのは美しく手入れされたピッチ。
ああ、ここは長崎が誇りに思っていいスタジアムだと改めて思う。
新しいシーズンは、いろんなところが少しづつ変わっていた。スタグルが変わっていたり、ゴール裏応援団の場所が変わっていたり、それでも、昨シーズン気持ちよく応援しあった人たちは相変わらずいい顔して再開できた。
昨シーズン応援していた選手が移籍したので、今シーズンはまだユニフォームは買っていない。思い入れを託す選手を今日の試合で見つけようかなと思ったりしていた。昨シーズンまでキーパーを応援していたお仲間のお嬢さんたちが今シーズンもキーパーにしようかと思っていると言ってたのはすごく嬉しかった。だからなのか、彼女たちも私服姿。
ヴィヴィくんが新しいユニフォームをお披露目していた。
「新ユニね!」と声をかけられると、いちいちくるりと回りながら誇らしそうに見せている姿は、本当にご近所の男の子って感じ。長崎サポはヴィヴィくんとごく自然に会話する。不思議な光景かもしれないが、これ日常ね。

クラブは大幅な赤字などいろいろな問題を抱えているので、若い選手、長崎が初めての選手たちは不安が大きいのではと心配したが、高木監督が「チームは自分が責任を持って守り抜く」と断言された。監督のこの言葉を聞いたら、クラブはともかく、高木監督のこのチームは精いっぱいサポートする決心がついた。
このチームがどんなサッカーをするのか、初めて見ることになる。
すごく安心したのは、枠内シュートが多いこと、相手チームの特性もわからないから難しいがラフプレーが少ないこと、かな。そんな選手たちが躍動してくれて思いもかけない4得点、さらに守備は無失点。
名前と顔が一致しない新しい選手たちの得点がうれしい。さらに期待の外国人ファンマ選手の守備をおろそかにしないプレーと得点に間違いのない外国人選手が来てくれたと一安心。
理由はわからないが、バクスタ寄りの場所に応援場所が変わった「ウルトラ長崎ウエストエンド」のパレット。相変わらず終始さぼることなく飛んでチャントを歌っている。びっちりと敷き詰められたバンデーラが躍動していて美しいし、チャントの美しさはやっぱりこの集団の声が支えているんだと思わせる。

気持ちよく選手たちを送り出して、いつものアフターバーに参加させてもらった。
そこに、3人の群馬サポさんと、北谷選手を追いかけて山口から駆けつけてくれた北谷サポさんが合流。
ワイワイガヤガヤ、いつもの楽しい雰囲気。
ロージーさん、今シーズンもお世話になります!よろしくお願いします。
3点目を挙げた乾選手の映像を見ながら、「うちにいるときはこんなゴールみせてくれなかったぞ〜!」と叫ぶ群馬サポさん。乾選手は5年も群馬にいた選手だったのね。古巣との対決は特別な思いだったのだろう。
群馬サポさんとの話で、とても気になったのは、長崎という街のこと。
「きのう、長崎市内に観光に行ったんだけど、長崎の中心部にVファーレン長崎のポスターや看板やのぼりなどがぜんぜん見られなかった。この街にJリーグがあるなんて感じられない街だけど、なんでなの?」という疑問を聞いたこと。
たしかに、長崎市内の中心部で(私は周辺部に住んでないのでそこはわからない)Vファーレン長崎のポスターや看板、のぼりなど見かけない。「諫早にあるチームだから長崎は関係ない」という人もいるが、そんなものだろうか。そんな小さな気持ちでいいのかな。昔の長崎の人たちは、名もない若者たちを支え、育ててきたのに。無償の心意気で支えたり協力して育てた人たちが勝海舟や龍馬であり、のちの明治政府の大物たちになったのではないのかな。有名なものしか興味を持たない街になったのかな。長崎には今でもインキュベーターとしての懐の深さをもっていてほしいのに。
いや、ポスターくらい貼るよというお店や施設はたくさんあるはず。ただ、クラブが怠慢でその1軒、1軒にコンタクトしてないのかもしれない。もっともっと、Vファーレン長崎が県民にとってどれほどすばらしい宝物なのかを知ってもらう努力が必要なのだろう。
愛されるクラブという言葉はいくらでも吐けるけど、黙っていて愛してもらえるほどあまくないよね恋愛だって。
チームは、愛されるために初戦の結果を残したよ。
さあ、クラブはなにができるのかな。

たった今、うちの店の前を幼稚園生の女の子とおばあちゃんが通って行った。外に貼っているポスターをみて「ゔぃふぁーれんね」と言ってポケットガイドを1枚持って行ってくれた。ガイドを開いて選手一覧に「いっぱいいるね!」と言って大事そうに畳んだ女の子。制服のポケットに大事にしまわれるポケットガイドがとってもうれしそうに見えたなあ。
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# by windowhead | 2017-02-27 17:34 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

新しいシーズンが始まる。

いよいよ今週末からJリーグが始まる。
今シーズンオフは、お気に入りの選手の移籍で、ことのほか忙しかった。
中村俊輔選手、佐藤寿人選手、兵藤慎剛選手、そして長崎の大久保択生選手、全員新天地へ。
特に俊輔の移籍は、長年の俊輔サポとしては一大事だった……はずだが、私を含め俊輔サポの人たちは俊輔が行くところに行くというこれまでと同じスタンスで磐田のサックスブルーの10番を新たな応援グッズに加えている。

磐田への移籍で、俊輔を特集するメディアが増え、多くのインタビューや対談が放映されて、久しぶりに考えながら慎重に発せられる「俊語」の数々も堪能できた。
(中村俊輔は自己のイメージを正確に伝えるために言葉を駆使する。それもペラペラと数多くの耳障りのいい言葉を流れるように話すのでなく、伝えたいことを的確に表す言葉を選び組み立てて行く作業をしながら話す。彼の脳内で組み立てられた言葉は独特の表現力を持っている。それを一部の俊輔サポたちは「俊語」と呼んで、それを読み解くことも俊輔サポの楽しみの一つなのだ)

ここ数週間のインタビューの中で、ちょっと新鮮だったものがあった。
磐田での俊輔の役割のようなものを語る中で、インタビュアーから若手への指導や影響など「育成」につながることが磐田の戦力アップになるというようなことが言われた。ベテラン選手への常套句だなあ。
それに対して、もちろんそれは自分に求められている役割だとしながらも、俊輔は「このチームにいる30歳代の選手たちに期待している。彼らは、もう一皮むけると圧倒的にこのチームは強くなるポテンシャルを持っている。彼らが変化すれば、若手の力は自然に引き上げられる。」と言った。
たしかに松井選手や太田選手のように一流のプレーヤーや大井選手や上田選手たち磐田の生え抜きの選手たちが若手の成長を支えて次世代磐田の礎になろうとしているように見える。
気配りの人・名波監督がそれに気づかないはずもなく、俊輔以上にその選手たちの献身を大切に受け取っているはずだが、それでもどこかで彼らにもっと輝いて欲しいとも思っているはず。俊輔を刺激に中堅選手たちの可能性をもっとも期待しているのは名波監督なんじゃないかなあ。

同じような言葉を同じ時期に聞いていた。
その言葉は新しく名古屋の監督になった風間八宏氏がFoot-Brainで語った中にあった。
川崎でチームを作った時の話。チーム全体を一斉に引き上げるよりトップの優秀な選手たちに理解させ、そこをどんどん引き上げることで下の力は自然と上がってくる。そのやり方で風間フロンターレは作られた。まずは高い理解力とプレー能力をもつ経験値の高い選手たちがチーム作りの要だということだ。

ちょっと考えると当たり前のことなんだけど、なぜかサッカー界もメディアも簡単に若手若手と、可能性や期待といえば若手にと思い込んでいる。そんななかで、当たり前のことをいう二人の言葉はサッカーを見る側も考えさせられる指摘だった。

10年近くサッカーを続けてきた選手たちのポテンシャルは若さで駆逐できるほどヤワなものじゃないはず。それはどのチームでも感じられると思う。
私の街のチームでも、若い選手が多くなったが、J2でのチームを引っ張ってきたベテランたち、前田選手、高杉選手、復帰した古部選手は健在だ。村上キャプテンも三浦選手も養父選手も覚悟のプレーを見せてくれると思う。今シーズンも究極の戦いでは彼らの底力がものをいうはず。
若い選手が多いチームだからこそ、ベテランや中堅選手に期待していきたいと思った。
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# by windowhead | 2017-02-21 16:16 | 紙のフットボール | Comments(0)

「五平太」からタイムスリップ

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昨日あるパーティに参加したが、そこでケータリングを担当していたお店の名前から、ひさしぶりに10年前ごろ躍起になって調べていたことを懐かしく思い出した。
そのなまえは「五平太」で石炭のこと。
炭坑があるところでは五平太伝説というのがあるらしいが、長崎の五平太は、徳川綱吉の時代に平戸領民五平太が高島で石炭を採掘、付近の塩田へ供給したことで、石炭のことを五平太と呼ぶようになったというもの。「高島炭坑史」のなかにも書かれている。

10年以上前、私が高島炭坑史を読んだわけは、山脇正勝という人物に興味を持って調べていたから。
山脇が高島炭坑に関わったのは、明治14年ごろから。岩崎弥太郎が高島炭坑を譲り受け経営に乗り出し三菱炭坑長崎事務所を設置し、、外国人と日本人1名づつが所長として送り込んだが、その日本人が山脇正勝。その前は三菱の上海支店長をしていた人物だ。のちに岩崎弥太郎が長崎造船所を政府から譲り受けた時は高島炭坑所長と三菱造船所の初代所長を兼務したなんともすごい人のなのだ。
この人は、桑名藩の家老の息子だったが、明治維新、故あって国許に帰れず、アメリカに渡り、そこで岩崎弥太郎と知り合っている。
なぜ国許に帰れなかったか。いろいろ事情があったが、一つは彼は朝敵だったということもあるだろう。幕末桑名藩の藩主は会津藩主松平容保の実弟・松平定敬で、藩はすでに新政府側についたが、定敬と彼の側近たちは徹底抗戦で、榎本武揚や土方歳三たちと一緒に箱館(函館)に渡った。山脇正勝は定敬の小姓の一人だったので、主君を追って箱館に渡り、箱館で新選組隊士となって、弁天台場に立てこもって戦っている。新選組といっても、箱館に渡ったときは京都時代の隊士たちは数少なく、その隊を「箱館新選組」という呼び方で分けているが、もちろん土方歳三以下、歴戦の猛者たちが集まった精鋭戦闘集団だったことはかわりない。その頃の山脇の偽名は「大河内太郎」。新選組隊士名簿にもその名が残っている。

もう10年以上前だが、三菱経営となった高島炭坑や長崎造船所の初代の所長が新選組隊士だった!という事実を知ったとき、初めて郷土史への興味をもったし、まだまだ研究されていない事柄がたくさんあることを知った。そして、その頃の長崎県令(知事)と長崎市長が会津藩士だったことも。

「五平太」というお店の名前からひさしぶりに幕末明治の長崎への興味を思い出した。
幕末明治を語るときの私のスタンスは、明治新政府によって無能者扱いにされた旧幕府側大名やのテクノクラート、知識人、その人たちと学びあった無名の人たちの功績をきちんと掘り起こすこと。
いま執筆参加のお誘いをいただいている共著本でも、長崎をテーマにしたいと思う。
幕末明治の長崎はおもしろい。

山脇正勝に就て10年前にこのブログに書いたり、自分のホームページ「長崎微熱」に書いた文章へのリンクを少し載せておきます。興味をお持ちの方はご覧ください。
三菱長崎造船所初代所長は新選組隊士だった!http://50s.upper.jp/coram/coram-naga3.html#naga3sono3
明治中期、長崎の近代化に貢献した三人のサムライ http://50s.upper.jp/saiken/samurai.html
「幕末の桑名」 重工業と金融業の基礎を築いた新選組隊士たちがいた。http://westcoast.exblog.jp/4998383/
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# by windowhead | 2017-01-21 14:09 | 長崎なう | Comments(0)

誰が誰だか???見慣れた顔にホッとする

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チーム始動2日目の昨日、2部練の午後の部を見学に。
久しぶりの戸石練習場。
数日前、私の中での最高のサッカー選手・中村俊輔選手がマリノスを去る決意をした。昨シーズンのマリノスの練習環境を関東の俊輔サポさんたちから逐一聞いていた。オリジナル10の名門を自負するマリノスが、そんなに粗末な練習環境なのかと驚くほどだった。1年間キャプテンの俊輔を筆頭に選手たちは練習環境改善を求めてきたはずだ。。その後も練習環境の整備についてマリノス側からの発信はない。その他にもいろいろな軋轢があったのだろう。中村選手、小林選手、榎本選手、兵藤選手とマリノスの顔ともいうべき選手たちが大好きなマリノスを去る決意をした。彼らはそれぞれに、純粋にサッカーに打ち込みたいというメッセージを残している。

なぜこんな話をVファーレンの練習見学の前振りにするかというと、戸石練習場とクラブ屋敷の有難さを、実感したからだ。今のVファーレン長崎のほうがJ1のマリノスより練習環境はいいと思う。
午後3時半からの練習見学は、はじめはぽかぽか日差しもあったが、後ろから吹き付ける風は冷たく、日が落ちるともう寒い寒い。

選手のみなさん、誰が誰だかわかりません。そんな中で、前ちゃんやテツくんや田上くんやスギ様たちの顔をみるとホッとする。畑くんでさえ、なんかもう以前からいる選手という感じで声をかけてしまうし愛着がわいている。黒髪のキムや北川くんがあのキャピキャピ感を置いてきたみたいに真面目。銀狼のケイタにびっくり! 帰ってきたべーちゃんやシュートくん、相変わらず。

新しい選手ではっきりわかるのは、以前マリノスにいた、田代選手と北谷選手ぐらいかな。
中でもみなさんが「神ちゃんがいるみたい!」とざわざわしたのが、乾選手という人らしい。遠目にそっくりさんでした。
キーパーは190センチ92キロがいなくなったので、ちょっと小ぶりに見える。
チーム全体に身長は昨シーズンより小さい。一昨シーズン、昨シーズンの長身モデルシルエットのスタイリッシュVファーレンは今シーズンは望めないわ。 残念。
そうそう、ファンマ選手だったかな?ハーツで12得点あげてるFW。いました。
写真より若くてかわいい。スコットランドに2年いたんだから、英語は話せるよね。今度英語で声かけてみよう。
若返ったせいか、すでに体はある程度絞れてきている感じ。持久力などは見れなかったのでなんとも言えないけれど、すぐにボール使った練習にはいれている。
フィジカルコーチもヘッドコーチも変わったので、その人たちの声に慣れない。
なんだかよその練習を見ているような感じがするのは否めない。
外見で特徴的な選手がいないので、これ何度通ってもわからないままかもしれない。今シーズンは開幕近くまで情報いれないで、キャンプ終わって帰ってきてから、魅力的な選手を見つけることになりそう。

とにかく若かったです。だから味のある選手はいません。
雰囲気でスギ様に勝つ選手もまだおりませんので「様」付けはスギ様の独壇場でしょう。
「初めまして!」ばかりの新しいチームがあと1ヶ月半でどれくらい仕上がるのか、それを楽しみにしておきます。
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# by windowhead | 2017-01-12 19:46 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

理不尽と前向きに闘える人・李栄直(リ・ヨンジ)選手ともお別れ

李栄直選手がカマタマーレ讃岐に移籍してしまった。
個人的には、一番長崎に残って欲しい選手だった。
彼がいることで、長崎は普通では体験できない事柄に出会え、学べるはずだった。
彼の熱さは、私が知っている限りのV長崎選手が持ち得なかった熱量だし、彼の人懐っこさも長崎の魅力を幅広く伝える力になると思っていた。かっこいい外見からは想像できないほどまじめで気配りの人でもあった。
こんな選手が、まさかの契約満了とは、信じられないし、はっきり言って納得がいかない。
それでも彼は「2年間皆様が応援してくれたので熱く闘えることが出来ました。このユニフォームをもう着れないのは寂しいですが自分が選んだ道ですので後悔の無いよう、また闘ってきます。本当にありがとうございました!」という挨拶を残し、twitterやfacebookへのコメントにいちいち返事を残して長崎を去っていった。

長い足を振り抜いたシュートは低い弾道でゴールネットに突き刺さった。ものすごいパワーを感じるシュート。この一発だけでも彼に期待してしまう魅力的なプレーだ。
移籍初年度のボランチでのプレーが好きだった。ゴールを決めてゴール裏に駆けつけ勢い余って壁を駆け上り不覚にもサポーターの弾幕を踏み破いたこともあった。その破れ目は、サポーターにとってはヨンジくんと一緒に喜んだうれしい思い出の傷跡だろう。
1年目の活躍から、彼にはよそからのオファーが来ていたはずだ。それでも長崎に残ってくれた。
2年目は故障がちでなかなか試合に出られなかった。試合終了間際に送り込まれてコーナーでひたすらボールをキープする姿は、本来のプレーじゃないよねと不満に思いながら見ていたが、彼は与えられた役割をいつもの熱さと闘志で全うしていた。もっともっと闘いたかっただろう。

サッカー以外でもとても魅力溢れる選手だった
多くの選手が諫早市を拠点にしているが、なぜか長崎市の浜町でのイベントに登場することが多かったヨンジくん。ファッションショーなどのイベントでモデル顔負けのスタイルを披露してくれた。また個人スポンサーでもあったアウディ長崎さんのイベントでは清潔感のある服装に着替えていく気配りをしていた。浜町イベントで見かけて「ヨンジくん、長崎っ子らしくなっててうれしいです」と声をかけると「僕はもう長崎のリ・ヨンジですから!」と応えてくれた。本当に最後まで長崎のヨンジとして精一杯のことをしてくれた。
ピッチではヴィヴィくん横の並び場所取り争いをしたり、サインボールを必死で3階席まで投げ入れる努力をしたり、スタジアムにきた多くの人に少しでも楽しんでもらう気配りを忘れない。
一番微笑ましかったのは、練習場での出来事。あの強烈シュートが外れてフェンスを越えてご近所さんのお庭を直撃。ガチャン!練習後着替えもせず車で走り出したヨンジくんが戻ってきたとき車から出したものは物干し竿。ご近所さんに飛び込んだボールが壊した物干し竿を自ら買いに行って、それを持って謝罪に向かった。謝って帰ってきたときのホッとしたような笑顔が可愛らしくて今でも思い出すと頬が緩む。

在日朝鮮人で北朝鮮代表にも選ばれていたヨンジ選手は、考えられないような嫌がらせも受けていた。
彼と長崎を汚すような卑劣なツイートが何十通も彼に送りつけられるという事件があった。その卑劣漢に向けてヨンジ選手がきちんと抗議するメッセージを送ったことで公になった。
この時もtwitterなどで多くの人が無視するよう大人の対応を勧めたが、彼は真正面から卑劣漢に向かった。この姿に魂を揺さぶられる思いがした。これまで何度もこんな目にあっているのだろう、正面から闘うことが自分自身を裏切らず後悔しない道ということを彼は学んできたのだろう。真っ向から闘う魂を見せられたからにはその背中を守ってやらなきゃ。きっと多くのファンはそんな気持ちでヨンジくんを応援してきたと思う。
ゴール裏の一部の人たちからも心無いブーイングを受けたと聞いている。ゴール裏のいざこざに必死になって「一つになって戦おう!」と訴えている姿も見た。涙する姿も何度か見た。それでいながら、ファンサービスに出てくると、「慣れてますから大丈夫です」と笑顔で対応してくれる。
ヨンジくんの存在は、事なかれで生きていく人たちに「本当に大事なものは大人の対応では守れないのだ」ということを教えてくれるし、彼や国籍の違う選手達が在籍し気持ち良くプレーできるということが平和を唱える長崎らしさだと教えてくれた。
そう考えると平和祈念ユニフォームが一番似つかわしいのはヨンジくんだと感じたので、監督さんの次にそのことを伝えながら彼にサインをお願いした。
ヨンジくん、ど真ん中に書いたよ! 
これを見たら今後も君の闘いが意味するものを思い出すだろう。ありがとう!

最近、アン・ヨンハ選手やチョン・テセ選手達とサッカーをしたよという写真がアップされていた。偉大な先輩達に負けられませんというような返信も返ってきた。

アン・ヨンハ、リャン・ヨンギ、チョン・テセ、在日朝鮮人の誇りをもって北朝鮮代表を背負った選手達だ。その次に名を連ねるのは、まちがいなくリ・ヨンジのはず。

ぜひまた代表にチャレンジしてその席を勝ち取ってほしい。
必ずJ1チームが獲得を目論む選手になって、リ・ヨンジ(李栄直)の名前を全国的にしてほしい。

そのためにも讃岐で熱く優しく闘ってくださいね。
ヨンジくんの前途に栄光と幸あれ!
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# by windowhead | 2017-01-05 18:02 | Vファーレン長崎 | Comments(1)

ルーズストッキングの反骨漢・神崎大輔選手

2016年12月18日は特別の日になった。
日本中をワクワクさせた大河「真田丸」の最終回と鹿島アントラーズとレアルマドリードのCWCチャンピオン争い。夕方から日本中が楽しんだ素晴らしいエンタテイメントの先駆けのようなイベントが西の端の長崎の商業施設の一角であった。え〜〜っ、うそ〜!と言われるかもしれないが、Vファーレン長崎のファンサポーターにとってはCWCや真田丸と同じくらい楽しく清々しいひとときだった。

「神崎大輔選手感謝の会」
2009年からVファーレン長崎に所属して8年、ついに最古参になっていた神崎大輔選手が今シーズンを最後にV長崎を去ることになった。Vファーレンのスピリットを受けつぐ選手である彼を慕うファンサポーターは大変多く、特別にトークショーとファンと触れ合う場が設けられた。
当時サポーターだった番記者さんと2009年から今日までを振り返り。昇格後の話になると、なんとサプライズゲスト。2013,2014をチームメイトだった現大分所属の山口選手=ぐっさんが登場。さらに、引退された藤井選手やレジェンド佐藤由紀彦選手(選手じゃなくなっても選手と呼びたいお二人ですからあえて)からのメッセージも届いた。
神崎選手の開口一番は「俺、これまでに役職もキャプテンマークも一度もないんです、洸一だってキャプテンマーク巻いたのに」だった。そこに「そういえば選手会長や副もやってないね」と突っ込む番記者さん。
そうなんだ、でもそれも彼らしい。
佐藤由紀彦選手を見るため、2010年だったか初めてVファーレンの試合をのぞいたときの神崎選手はルーズに落ちたストッキング姿でガンガンドリブルで攻め上がるロングヘアのやんちゃ小僧だった。長崎には原田さんや由紀彦さんや有光さんという絶対的な精神的支柱がいて神崎選手は彼らに可愛がられている熱血漢の弟分的存在に見えていた。無理もやんちゃもいっぱいさせながらスピリットを吹き込んだ彼らの後継者。そんな選手なんだなあと思って見てきた。
神崎選手に寡黙な大人の印象を感じたのは由紀彦さんがチームを去った翌年から。
練習場に見学に行くと、いつも最後まで黙々とランニングをする彼の姿があった。なんか哲学する人みたいな顔付きで走る姿は近寄りがたかった。一度だけ勇気を出してその姿に「かんちゃん、がんばって!」と声をかけたら、人懐っこい笑顔を返してくれてほっこりした気分になったけ。

神崎選手には2つの呼び名がある(もっとあるのかもしれないが私が知っているのは)

「「大輔」 と 「かんちゃん」

古くからずっとVファーレンを応援し続けている人たちは「大輔」と呼んでいるようだし、彼もそれが当たり前のように笑顔で応じている。
J2に上がってからのファンサポーターは概ね「かんちゃん」と呼んでいると思う。J2前からでも私もやっぱり「かんちゃん」のほうだ。
「大輔」と呼ぶ人たちが支えてきたVファーレンの苦楽の歴史を考えるとやはりそれは特別の呼び名なんだろうし、彼らと神崎選手にしか共有できない歴史なのだ。
それでも今では「かんちゃん」と呼ぶ人たちの方が圧倒的に多いと思う。それはJ2に上がってから彼が獲得したファンの数だ。本当にたくさんのファンサポーターを持っている選手なのだ。それほど魅力的な選手なのだ。

試合中、膠着状態になったとき、何かを仕掛けてくれる期待が持てる選手。ここぞというときの判断力が優れているというか、判断した途端に行動できる選手だ。躊躇がない。そこがすごく魅力的で、膠着した試合になると「かんちゃんなら…」と期待してしまう。

さらにチームの中で監督から一番叱られた回数が多いのは自分だと思うとの発言。それでも番記者さんの話では、だまっていても監督の考えを理解できる選手だと監督自身が言われていたそうだ。さらなる高みを求められていたのだろうか。度重なる腰の故障だったが、故障者も多くなってきたホーム最終戦に間に合わせるように彼は復活した。試合終盤になるとドローや負けの状態でもなぜか守備的になってしまう今シーズンのチームの歯がゆさが最終戦でも見られた。そんな中で神崎選手は終始アグレッシブだった。戦う気迫がみなぎっていた、やりすぎて叱られないかなと思うくらいに。ホーム最終戦後、泣きはらした顔で挨拶する神崎選手の姿に、ケガがちだったこともあって引退なんだろうと予想したサポーターも多かったと思う。私もその一人。

クラブからの契約満了の知らせがでたとき引退を覚悟したが、なんと神崎選手は、現役を続けるという。
まだ戦うサッカーをやりきってないよということかな。さすが、反骨魂あふれる選手。
その言葉がとても嬉しくて、最後の練習後に、神崎選手から初めてサインをもらった。初めてのサインなんですよというと、えー何度も話してますよねと驚かれたが、彼のユニを着ているわけでないのでたやすくサインもらえないでいた。
由紀彦さんのサインが書かれたマフラーを渡してレジェンドマフラーだから書いてくださいとお願いすると「僕はレジェンドじゃないですよ」と言われる、私の中ではレジェンドなのでと強引に言って由紀さんのサインの上の白い部分を勧める。由紀さんの上はちょっと〜と尻込みするので、じゃあ裏側に書きますか?というと由紀さんの側がいいと。本当にお兄さんに寄り添いたい弟みたいでほほえましい姿だった。

トークショーが終わると、来場者一人一人ときちんと会話しながら握手して送り出してくれた。その後も名残惜しそうに残っているファンやサポーターのために時間の許す限り一人一人と写真撮影やサインに応じてくれた。そんなサービス心に甘えて、これまでどうしても聞きたかった「あること」を尋ねてみた。

「最初にプレーを見たときからずっと気になっているのですが、あのぐにゅぐにゅに落ちるストッキングは故意にやってるの?それとも自然に?」

大笑いしながらの答えは
「膝までピチッとは締め付けられてるみたいでいやだったから故意にずらしてたら、さらに落ちてきて……よく叱られました!」(だ〜よね)
ちなみに脛当てもつっぱりそうでいやなので一番小さいのをしているのだそう。
そして、最後に、「そんなところまで見ていてくれてありがとうございます」と。
いやいや、私だけじゃないよ、みんな君の一部始終を見てるんですよ。それほど愛されているんですよ

最近とみに感じる大人の漢の佇まいとは裏腹にまだまだ負けん気でやんちゃな根っこは健在の31歳。
次のチームでどんなプレーをみせてくれるのだろうか。
青とオレンジ以外のユニフォームで戦うルーズストッキングの反骨漢を新たな気持ちで応援したくなってきた。
「かんちゃん、目一杯熱いサッカーを楽しんで!」

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# by windowhead | 2016-12-19 16:50 | Vファーレン長崎 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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