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ザックジャパンはだれの代表なのだろう

南アW杯以来、私の中で代表熱がさめきっている。
中村俊輔選手が代表を引退したのが大きな理由なのだが、それでもそれだけだろうか。真剣にサッカーを見出したのは俊輔が登場してからだから、私は完全な選手サポ。俊輔がいるチームを応援し、彼が海外に出たら海外チームの試合をTVや録画で見、代表に合流するのを楽しみにしてきた。彼が海外の間、日本ではFC東京やフロンターレやサンフレッチェが魅力的だった。
俊輔がマリノスに帰ってきてからは、サンフレッチェとマリノスを継続的に見ているし応援している。
今年ついに地元にJリーグチームが誕生した「Vファーレン長崎」。
日常的に応援するチームがあると、対戦相手として自動的にJ1、J2全チームを見ることになる。
代表選手よりも魅力的な選手、すごい選手が多いことを知る。
代表選手は決して一番優れた選手ではなく、代表監督がやりたいサッカーに見合った選手であることもわかってくる。
ところが、メディアは日本代表選手が一番すぐれたプレーヤーであるかのような情報発信をして、代表熱を煽る。日本のサッカーは進化しているらしいが、メディアの情報発信の仕方は、俊輔が否応なくスターシステムに乗せられたときと一つも変わっていない。自分たちがスターとして押し上げていながら、その選手や熱狂的なファンたちを斜め上目線で画一化するのも変わらない。
内田選手のファンを「うぎゃる」と一括りにして、内田選手の容姿のみに惹かれた追っかけと言わんばかりの表現をする。内田選手は顔に似合わないガッツなディフェンスや的確な攻撃参加が魅力的な選手だ。そんなところが好きな女の子もたくさんいるはずだが、全部が顔サポ扱い。反対サイドの長友選手は、古いサッカーファンになじみ深いセリエA・インテル所属ということもあってプラス評価される。先日のコンフェデでもネイマールをがっちり押さえた内田選手だが、再三攻撃に上がる長友選手に比べると評価が低かった。ウッチー周辺は本人もサポも分が悪い。俊輔ファンというのも今のウッチーファンと同じような扱いを受けてきたから、この状況がよく見える。(さすがに顔サポとは言われないが、足サポと言われてもいいよと自認している)
海外組、国内組という分け方、それに優劣を付けるような表現もメディアが作ったミスリードだと思う。このミスリードとザックの選手選びが呼応して、選手たちさえ振り回された感がある。0円移籍の多さや素地のできていない選手の海外移籍が増えたが、これがその選手や国内のサッカー事情にプラスに働いたとは思えない。

閉塞感すら感じた日本代表に、少しだけ魅力が見えてきたのは、先の東アジア選手権チームだ。
Jで活躍する魅力的な選手たち。なにより今の代表のように替えの効かないアンタッチャブルな選手がいないぶん、新しい攻撃の形が見えてきそうだ。
それに、彼らがだれの代表なのか、どこの代表なのかわかりやすいこともある。

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先日、日本代表について、目から鱗の表現を見た。
漫画「GIANT KILLING」の単行本VOL.28の中にその言葉があった。
初めてU22日本代表に選ばれた椿君が、日本人1億何千万の代表だと言う言葉に大きなプレッシャーを感じていたとき、同じ歳で少し前から代表入している窪田君が言った言葉。
「サッカーは一人だけじゃできないよね。それと同じこと。僕は自分の地元とクラブのある大阪の代表。選手一人一人が地元や出身校や所属クラブなど自分の周りの人たちの代表だと思っていれば、全国津々浦々まで行かなくても十分日本を代表しているチームになると思うんだ」
椿君の所属チームの監督が椿くんに送ったメッセージは「日本の代表なんて無理!お前たちは浅草代表だ」
日本代表という姿のないお題目に振り回されることなく、自分が背負うべきものだけを背負えばいい。その愛情あふれた期待を胸にプレーすればいい。
そんなメッセージなのだろう。

b0009103_1451788.jpg東アジア選手権の代表チームには、この漫画がいうところの代表の姿が確かにあったと思う。
とても身近な選手たちが、代表としてハツラツとプレーしていた。
学くんや勇蔵はマリノスサポから愛されている。セレッソの3人を可愛いと思っていないセレッソサポは一人もいないだろう、サンフレッチェの力強いセンターラインの4人はチームの躍動的な背骨として大切な存在だ、元気といえば浦和だし、柴崎くんの分まで大迫君が結果を見せてくれた。

海外組ばかりのザックジャパンに欠けているものがなんだったのか、東アジア選手権代表チームと「GIANT KILLING」が教えてくれたような気がしている。
だからこそ、ザックジャパンに新しい戦力を入れるのではなく、ザックジャパンと東アジアチームの融合が大切なんだと思う。
今日のウルグアイ戦が、旧ザックチーム+αになるのか、新しい融合チームに進化するのか、ポイントはそこにあるような気がしている。
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by windowhead | 2013-08-14 14:02 | 紙のフットボール | Comments(0)

Zico

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高台に吹くさわやかな風にピンクの花びらがはらはらと散っている。
今年の百日紅の花も、そろそろ終わりかな。
長崎の中国寺や中華街では今日から14日までがお盆(中国盆会)。
これが終わると長崎の夏も終わりを告げる。








3・11 イラク と書くと いまだにあの貿易センタービルのシーンを連想するが、あれから始まった米国とアルカイダの戦いで一番の被害者はイラク国民じゃなかっただろうか。
まだ内戦が収まっていない2008年のサッカーアジアカップでイラクが優勝した感動的なシーンはまだ記憶に新しい。相反する民族で構成されていたイラク代表は、内戦中の自国内で練習ができず、カタールなどにバス移動して練習をするという状態だった。
木村元彦さんの名著「蹴る群れ」に、そのころのイラク代表の姿が書かれている。
あれから4年がたち、イラクの情勢はすこしつづ変わってきているが、いまだに不安定で復興したという状態ではないらしい。

そんなイラクのチームを率いて、あのジーコが日本に帰ってきた。
白いシャツ姿のジーコがサムライブルー一色のスタジアムに立つ姿をTV画面を通してみたとき、そのシーンに感動してしまった。
ジーコが帰ってきた! そんな感じ。
世界の名選手の一人が、引退を撤回してプロチームのない日本に来て、なにもないところから1からプロチームを立ち上げるミッションに加わり、自らも1選手として、鹿島アントラーズというチームを日本の強豪に育て上げた。
日本代表監督として、2004年アジアカップを勝ち取り、ドイツW杯にいどんだが、結果が出ず、日本を去った。
あのときの川渕さんの「オシムと言っちゃった」会見で、日本中は、ジーコジャパンを記憶から消し、オシムに乗り換えてしまった。
日本のプロサッカー誕生と進化の最大の功労者の一人であるジーコが日本を離れるとき、見送りのサポーターの姿も少なくさびしいものだったとの印象がある。TV映像なので、確かではないが…。
日本はジーコにありがとうって言ったのかなあ?ジーコに日本からの感謝の気持ちは伝わっていたのかなあ?
ずっと気がかりだった。
私にとっては、今でもジーコの日本代表が一番好きな代表だ。

その後も、トルコの強豪チームやCSKAモスクワやギリシャのオリンピアコスの監督など監督としての実績をつんで、2011年からイラク代表チームを率いている。
ザッケローニと同じ年齢、59歳らしい。
選手生活を終え、他国の監督をつづけ、自分がいっしょに育てた国の代表と戦うチームを率いて帰ってくる。それも道の途中なのかなあ。
ブラジル、フランス、日本、トルコ、ロシア、ギリシャ、イラク 
フットワーク軽く、さまざまな国で結果を求められる仕事をこなしてきた人。
困難の多いイラク代表監督を引き受けているのは、おそらく名声などよりサッカーへの愛が強いからなのかもしれない。

サッカー選手たちは、選手引退後もサッカーにかかわる仕事ができればという願望を持つ人が多い。
ジーコの姿は彼らにどんなインパクトを与えただろうか。
私には、選手引退後も選手以上に戦う頭脳と精神力と体力を持ち続け、常にプレッシャーに晒される境遇を渡り歩いたたくましい戦士に見えた。

いつかJリーグの選手だった人が、他国のチームを率いて日本のピッチに立つ日がくるだろうか。

昨日、試合の終盤で日本代表応援サポーターからジーココールが起こったらしい。
このコールに、これまでのジーコの日本サッカーへの貢献に対して感謝の気持ちが含まれているのであれば、本当にうれしい。

今の代表もジーコの時の代表も、日本サッカーの歴史の線上にあるつながる点なのだ。
ジーコの姿を見て、Jリーグの歴史、日本代表の歴史を改めて意識させられた。

ありがとう、ジーコ
これからも、幸せなサッカー人生でありますように。
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by windowhead | 2012-09-12 13:34 | 紙のフットボール | Comments(0)

アジアをなめんなよ

ウズベキスタン戦を見ながら感じたのはこの言葉だった。

アジアをなめてるんじゃない?

W杯南ア大会以後、ホームの親善試合でアルゼンチンに勝ったり、長友がインテルに移籍したり、海外組が増えたり、ラッキーな組み合わせでアジアカップを征したりとなんとなく幸運が続いたので、監督選手たちに根拠のない「驕り」が出てきてるんじゃないかなあ。

よくよく見れば、南ア後、代表選手はがらりと変わり、ある意味新人さんばかり。
彼らに日本代表の誇りと責任の大きさを伝える選手がいなくなった。
どちらかというと、日本代表の誇りや責任なんかより俺のプレーを見てほしい。俺たちが一番なんだからというアピール型の選手が中心になりつつある。
だから口でチームのためと言っているが、プレーにはその精神が感じられない。
キャプテン長谷部の試合後のコメント(海外組は2,3日前の合流なので連携不足…云々)は、これこそ言い訳という感じで不愉快。
そう思うならもっと早く合流できるように努力しろよ。
それにドイツ、オランダの海外組たちは、なんだかんだと集まって食事したり遊んだりしているようじゃない。
やる気があるのなら現地でプレーイメージの共有ぐらいはできるでしょう。
海外組が増えた、活躍しているというが
本当にコンスタントにスタメンで活躍しているのは長友と香川くらい。
宮市などたった1ゴールしただけで召集されるんだから、日本代表のプライオリティーもあやふやになってきている。

今の代表、これは監督にもいえるのだが、に欠落しているのはアジアに対するリスペクト。
今回も、北朝鮮戦のときもそうだが、試合前から勝って当たり前のような雰囲気だった。
過去の歴史の中で、北朝鮮や韓国、西アジアの国々との公式戦で楽勝なんてなかったのに。
以前の代表たちは、いつも「難しい試合になる」とまなじりを決して覚悟を語っていた。
そしてぼろぼろになりながら、貴重な勝ち点を手にしてきた。
こんな歴史を新しい選手たちに伝える先輩はいなかったのか。
遠藤はキャップ数だけの経験と代表の責任を下の選手に伝えているのか。彼の仕事はゲームメイクだけではない。もっと大切な仕事をおろそかにしていないか。

ウズベキスタンは日本をよく研究してきた。
日本の攻撃がどこから始まるか知っていた。そこをことごとくつぶしてきた。
相手を研究してゲームに挑む。
これこそが、相手チームへのリスペクトではないのかなあ。
ザッケローニの采配には、ウズベキスタンを研究したという感じは皆無だった。
ザッケローニは相手チームより、日本のマスコミを研究しているのではないかなあ。
「今の代表は何となく強い」というイメージ戦略は成功しているからね。
でも、アジア最終予選は、なんとなく強いチームが勝ち進めるほど甘くないと思う。
アジアはしぶといし狡猾だ。
なにより、サッカーでは日本よりも先進国が多いんだから。

ザッケローニさん、アジアをなめんなよ!
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by windowhead | 2012-03-02 03:47 | 紙のフットボール | Comments(2)

朴智星の引退会見と中村俊輔

実は、アジア杯で楽しみにしていたのは韓国代表だった。
昨年見た韓国代表がスムーズに世代交代が進んでいるようで、とても魅力的なチームになってきているなあと感じていたから。
日本代表との戦いもPK戦で負けてしまったが、チームの総合力や戦力は韓国代表が一歩勝っていると感じた。キ・ソンヨンのゴールパフォーマンスがやたらと問題視されたが、試合終了後も、韓国の監督や選手達のほうから握手を求めて日本代表をたたえていた。韓国代表に一皮剥けた洗練を感じたくらいだ。
この大会で引退を表明した朴智星(パク・チソン)をチーム全員で胴上げするシーンも印象的だった。

朴智星は、その後日を改めて母国韓国で引退表明記者会見の場を用意してもらい、正式な引退表明を行っている。
新聞などの記事によれば、スーツに白いシャツ姿で会見に臨んだ朴智星は
「最もうれしかったのは、初めて代表に抜てきされた時。小さいころから夢見たユニホームを10年以上、着ることができたのは、このうえない栄光だった」
「まだそのような年齢だとは思わないが、後輩たちに機会を与えるのも必要だ。この決定が韓国サッカーはもちろん自分のためにも良いことだと思う」
と14年のワールドカップに向けた世代交代の重要性を引退の理由にあげたようだ。

この記事を読みながら、この会見は、長年代表を引っ張ってきた選手への感謝とリスペクトがあればこそ開かれたのだろう。そのようなサッカー文化が根付いている韓国サッカー界は、さすがに日本よりも先輩だなあと改めて実感し敬意を表したいと思った。

振り返れば、日本にもこのような選手がいたのだ。
W杯が終わったとき代表引退を口にしたが、その声は岡田ジャパンフィーバーにかき消され、その後も新たな代表への召集打診があっているが、「代表引退はすでに決めていたことだし、日本のサッカー界のことを考えてのこと」と言葉少なに断り続けていた。

その選手は 中村俊輔。

10年ものあいだ日本代表に召集され続け、その8年近くを背番号10番を付けて代表の顔を務めてきた選手。
日本代表としての実績は、
初召集の2000年から出場試合数 98試合
 (2002年にイタリアに移籍し、その後8年間を海外チームに所属しているので、98試合のうち半分以上の試合は、ヨーロッパから15時間以上の移動を強いられながら合流しての代表参加だ。)
得点数 24得点(日本代表歴代6位)
 (得点数歴代10位のほとんどはFWの選手で、MFは2人だけ。5位の木村和司と6位の中村俊輔。二人ともFKの名手。MFでこの得点数を越える選手が、いつ出てくるだろうか?本田や香川がこれを越えるのはいつになるだろう。いや越えることができるかどうか、2人とも今はそんな段階だろう。)
W杯にだけはめぐり合わせが悪いが、それでも彼の日本代表と日本サッカー界、それに日本人の印象をアップさせたことへの貢献は大きいはずだ。

そんな選手が日本代表の選手から胴上げされることもなく、代表引退の記者会見も開かれることなく日本代表から引退してしまっている。
新しいもの好きの日本人達が、新しい選手たちの活躍に浮かれてしまうのは、まあそんなものだろうと諦めているが、サッカー界やサッカージャーナリストやメディアまでが、中村俊輔への感謝とリスペクトを無視してしまったのは、不思議なことだった。

今回の朴智星の代表引退会見と、日本代表の俊輔への対応を見て強く感じるのは、本当の意味でのサッカー文化の定着では、日本はまだまだ発展途上国なんだと言うこと。
歴史を積み重ねて行った人々への感謝が自然に生まれてくる韓国代表が少しうらやましい。

W杯後、代表引退表明の場もなく感謝やリスペクトの言葉も受けられないまま、謂れもない俊輔バッシングだけが吹き荒れた中で、淡々と黙々とマリノスでのサッカーに打ち込んできた中村俊輔。
その彼が、今シーズン、マリノスのキャプテンを引き受けた。

代表入場でも後ろのほうに並ぶ。セルティックで優勝し最優秀選手などリーグの賞を総なめにしたときも端っこのほうで遠慮がちに喜んでいた引っ込み思案が、チームのキャプテンを引き受けたと言うニュースは、俊輔ファンが一番驚いたはずだ。
代表は引退したが、サッカー選手としてはまだ成長してみせるぞという意欲の表れかな。
キャプテンシーの表現という一番不得手なプレーにチェレンジする俊輔。

そんな中村俊輔を見るのは楽しみだが、FKシーンを見るよりドキドキさせられるはずだとの覚悟が必要かもしれないね。
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by windowhead | 2011-02-05 14:56 | 10-25shun | Comments(12)

「やめないよ」 三浦知良

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「やめないよ」 三浦知良 著 新潮新書


アジア杯は、楽しませてもらった。
ザッケローニ新監督が率いる日本代表が悪戦苦闘しながら勝ち進んで行く姿は初々しくて、特に、W杯以降に登場してきた新しい選手達が活躍したのはうれしかった。
柏木、西川、伊野波、李、いずれは海外移籍を考えているのだろうが、Jリーグの若い彼らが出場し決定的な仕事をしたし、サンフレッチェの弓矢パフォーマンスが世界に披露されたのもうれしい。

若い選手達が成長しながら、これまでの宿敵たちを破ってきたのは頼もしいし元気をもらう。
しかし、本田選手が言う「この優勝は、過去の代表の優勝より価値がある」というのは、少し違うと思う。たしかにW杯のあと時間もないのにこのチームは、カタール、韓国、オーストラリアという宿敵を破った。

しかし、たとえば2004年のジーコの代表は、歴史的政治的な背景から憎悪をむき出しにした中国市民によって日本大使館までが襲われる日本バッシングの最中の中国で戦った。背負う必要のない過去の負の遺産を背負わされ、完全アウエーの厳しい環境の中で優勝したその代表は「日本の誇り」を守ってくれた。いまでもアジアカップの感動といえば重慶での勝利が目に浮かぶくらいだ。
4回の優勝それぞれに、価値があるのであって、その価値は比較できるものではない。ましてや当事者が自画自賛しては、その価値に味噌をつけることになるだろうに。
サッカーは成長しても、未熟な人間性が覗くところが若いと言うことか。

Jリーグ発足前の1992年のアジアカップで優勝した日本代表選手が、いままだ現役選手としてプレーしている。
「キング・カズ」こと三浦知良選手。

日本サッカー界で最高のスター選手がピークの時期を過ぎても、下のカテゴリーでプレーしている。
いまでも発見があるし、さらにうまくなれるような気がしているという。
日本代表はすべてのサッカー選手に与えられたチャンスなので、選出されたらいつでも対応できるようにしているし、チームで途中出場が多くても、90分フル出場できるためのトレーニングをしているという。
過去の実績なんてものはどこかにしまって、今を歩む。150点以上ゴールしたのは昔の話で、今の僕にはどうでもいいこと、学び続ける人間でいたいという。

最近は主に身体の問題によって「終わるのが近いことは確かだな」と感じていると言う。本当に身体がボロボロになるということは、どういうことだろうと恐怖を感じるとも言う。T
Vの特集番組で、サッカーのためのトレーニングで作りこまれた彼の無駄一つない美しい身体を見ていると、余計にこの恐怖がリアリティを帯びる。
それでも、今なお、チームの一員である一サッカー選手としての毎日が楽しくて仕方がないと言う。
このことが書かれているプロローグ部分を読むだけでも、この本の価値はある。

サッカー人としての「プライド」と「ぶれない考え方」、そして「楽しむ心」。
「キング・カズ」のポリシーは、一遍一遍のコラムの中で光り、全編を通して貫かれている。

「日本代表というのは、すべての」日本人サッカー選手の目標であるだろうが、到達点ではなく通過点なんだということを「キング・カズ」は身をもって教えてくれている。
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by windowhead | 2011-01-31 03:59 | 至福の観・聞・読 | Comments(2)

サッカー好きなメタセコイア

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小学校(大浦小学校)のグランド隅に立ち並ぶ3本のメタセコイアの木。
高さがあまりに高くなりすぎたためか、木は3,4メートルのところで切られている。
それでも脇から伸びた枝が茂ってどんどん天に向かっている。
夏はうっそうと青葉でおおわれていたのだろうが、今は落葉して、仰げば複雑にのびた枝がかさなりあっている。

そんなメタセコイヤの1本が、不思議なものを抱えていた。
頭上3~4メートルのところにサッカーボールが!
切り取られた頂にももう1こサッカーボールが乗っている。
2個もサッカーボールを抱えているメタセコイア。
なんだか親しみが沸いてきて、私の中で「ナラサキクン」と命名。


●日本代表賃上げ要求!サッカー協会と対決
●中沢改善なければ…代表ボイコット示唆

●選手会VS協会21日団交決定

スポーツ新聞らしい生ぐさいタイトルだけど、要は、世界レベルの比べて劣悪な日本代表の待遇改善を要求するもので、単なる金銭の要求ではない。
ファンから見ても、日本のプロサッカー選手の年俸は低すぎる。
日本人で最高の選手である中村俊輔や中澤佑ニの年俸が1億5000万円に届かない。プロ野球を見ると同じ横浜の球団、毎年どんびり争いをしている球団の選手が何人も俊輔や中澤を越えているんだから、選手にしてみればやるせないだろう。

日本サッカー協会やJリーグが「身の丈に合ったクラブ経営」と言っている。
たしかにそうでなければいけないのかもしれないが、その「身の丈」を成長させる努力はされているんだろうか。経営が収入を増やすありとあらゆる方法にトライしているんだろうか。
その努力は、選手達のがんばりに匹敵すると胸を張って言えるのだろうか。
マリノスのサポーターカンファレンス資料を読んでみても、苦しさありきで、それをどのような削減で凌ぐかの説明はされても、収入アップの方策はあまりに魅力がなさすぎる。新規のスポンサーを獲得するためにトップがどれだけ足を運び頭をさげるか…古臭いやりかただろうが、その努力が一番必要なのかもしれない。

代表の待遇は記事を読んだだけでも、あまりにひどすぎないか。
「お国のために、その身を捧げよ、代表選手という勲章を娶らすゆえ。」今の日本代表はそんな待遇だ。
藤田選手会長を筆頭にこれまでの代表たちが、次世代のために交渉をするという。

この交渉は、日本のサッカー界が、また1つ大人に脱皮しようとしているんだと、とらえたい。
いちサッカーファンとして、藤田会長や中澤選手たちの行動を応援していきたいと思う。
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by windowhead | 2010-12-20 17:17 | 日日抄 | Comments(2)

ラモス氏が俊輔の代表復帰を猛説得!

ラモスさんが、マリノス練習場を電撃訪問して、中村俊輔選手の代表引退撤回の再考をせまった。という記事が、ザックジャパンとメッシでいっぱいのスポーツ新聞各社のサイトに掲載されていた。

わざわざ訪問して「日本代表にはまだ、俊輔の力が必要だ。代表の10番はまだ俊輔しかいない」と言ったらしい。
中村俊輔選手も「自分のためにわざわざきてくれてありがたい」と恐縮したようだ。

それでも、代表引退は「自分のことだけでなくサッカー界全体を考えてのこと。1年前から決意していた。」と言う。

先日のパラグアイ戦などを見ていても総合力で中村俊輔を越える選手はまだいない。
今回も、中日スポーツの記事を見ると、俊輔のプレーを視察したザッケローニは「すばらしい!」絶賛しているが代表引退の意志を尊重してメンバーからはずしたようだ。
スポニチによると原技術委員長は、代表引退したから召集しないわけではない。ンディションとかを見ているから、代表に必要だと現場が判断すれば戻ってくるのではないか。 と言っている。
チームの土台をつくる時期の親善試合にわざわざ呼ぶ必要はないということだろう。

俊輔が代表引退を決意した理由に「サッカー界全体を考えて」と言っているが、その1つは、日本代表の世代交代だろう。新しい選手、若い選手がどんどん代表に入ってこなければいけないと,一番感じていたのは海外で若い選手の活躍を見てきている俊輔だろう。

ラモスさんや私達俊輔ファンは、代表の10番をつけるに値する選手が成長してきてくれるまで俊輔が10番を背負うべきだと考えている。
しかし、俊輔は、代表の10番が決まるまで、代表に復帰するつもりはないのかもしれない。世代交代というのは、ただ可能性のある若手に代わるのでなく彼らが責任まで背負える選手に成長してもらうことだと考えているのではないか。
新しい10番が定着し、日本代表がどうにもならない苦しい境地に立たされた時、乞われたら代表復帰するかもしれないと思う。おそらくそのときは助っ人の背番号でOKだよという考えだろう。

ザックジャパン初戦の前日に出たこのニュースに、ラモスさんの売名行為だの俊輔サイドのやらせだとのいう心の狭い輩が当然のようにネット上にも登場している。
しかし、ラモスさんのため弁護しておきたい。
ラモスさんは、すでに8月の段階で、俊輔の引退を撤回させようと横浜に乗り込もうとしていた。
8月20日付け livedoor スポーツ・サッカージャーナル「ラモス瑠偉のふざけないで真面目にやれ!」
「代表引退って早すぎる」(http://news.livedoor.com/article/detail/4957071/)のなかで、俊輔に会いに行って、代表引退撤回を直接説得する予定だったが、時間が間に合わなかった。という話がでてくる。
ラモスさんはずっとそう思い続け、実行してくれたのだ。
ラモスさんも、俊輔も、日本サッカーのプライドと責任の象徴のような10番を背負い続けてきた選手達だ。
二人を中傷したり揶揄するような姑息な小者たちの思い及ばない思慮深さと信念を持ち合わせているからこそ、代表の10番が託されたのだ。

今回のアルゼンチン戦でも 日本代表の10番は誰にも託されなかった。その責任を背負える選手はまだいないということだろう。
中村俊輔は、それほど重い責任を8年間も背負ってくれたのだ。
そんな俊輔に敬意を表するためにも、代表応援に行く人、メッシを見に行く人で中村俊輔10のユニファームを持っている人達は堂々とそのユニを着て欲しいなあと思う。
TV観戦する私は、その姿を見て、俊輔と彼らに敬意を表したいと思う。


http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/soccer/news/CK2010100702000056.html(中日スポーツ)
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20101007-687517.html(日刊スポーツ)
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by windowhead | 2010-10-08 02:57 | 10-25shun | Comments(0)

サッカー日本代表応援に区切りがつく日

マスコミの情報によれば、ザッケローニ監督体制の新日本代表の召集メンバーが今日発表されるようだ。

前代表のメンバーも未知の新人さんも、以前呼ばれた人も、最近は、ちょっとした活躍があるとザック体制へアピール!というような記事ばかり。
だれもが新しい日本代表のメンバーになるためにアピール合戦という感すらある。

ザッケローニが誰を選ぶかは、どんなスキルの選手が好きで、どんなサッカーを目指しているかがわかるひとつのバロメーターだろうと、素人の第三者目線で興味がある。

戦うための集団なので強くないと意味がないのだろうが、私のような素人ファンは、がちがちに強い集団よりどこかに弱点がありながらもドラマチックなシチュエーションでドラマチックなゲームを見せてくれる代表に肩入れしてしまう。
たとえば、ドーハの悲劇の代表だったり、ジーコとともに大ブーイングの重慶でのアジアカップを戦った代表だったり、オシムとともにスイスで新しいスタイルをみせてくれた代表。
私が今でも一番すばらしい代表と思っているのは、重慶での代表だ。
あの時の中国の反日感情は、今では考えられないくらいの憎悪に満ちていた。
日本大使館や日本人の企業が襲われたり、代表のバスが取り囲まれ,石や汚物が投げつけられ、罵声を浴びせられ、選手にも危害が加えられるのではないかと危ぶまれるような完全アウエーの中で、ひるむことなく戦った彼らを誇らしく頼もしく思った。
彼らは、憎悪にまみれたスタジアムの中で、最後までスポーツを見せたし、スポーツマンでありつづけた。
TVで観る彼らの姿は感動的だった。このチームならなにがなんでも応援しつづけようと誓った。
その感動にくらべれば、今回のW杯ベスト16入りはうれしさはあっても感動はなかった。

最近は代表のニュースを聞いてもどきどきしないし、熱くなれない。
そろそろサッカー日本代表のファンを退く潮時なんだろう。

今日、代表候補選手が発表になれば、必ず背番号10番を誰が背負うか。その10番が代表の王者のように語られることだろう。
だが、その10番を静かに脱いだ選手の歴史を忘れないで欲しい。
彼は、代表の10番を8年以上も背負ってきたが、決してチームの王様ではなかった。おそらく日本代表に一番献身し続けてきた一人だった。決して完璧な選手ではなかったが、その弱点をそれ以上の天性の才能でカバーし、印象的なシーンを創り続けた。だから、その10番が日本のファンタジスタと呼ばれ、スター選手になったのだろうと思っている。ファンタジスタって、トリッキーなプレーが得意な選手ではなく、ゲーム全体を魅力的にする選手なんだろうと思う。
10番がスターになるのは、10番を着たからではなく、心に残るプレーをする選手でありつづけるからだ。

10番を脱いだ彼は、すでに新しい境地にチャレンジしているように見受けられるが、相変わらずなにも語らない。おそらく、新生日本代表への影響を配慮している部分もあるのだろう。
日本代表に最も献身的に尽しながら、人間的にすごく成長した彼の姿をしばらくはJリーグで見続けられる恩恵にあずかろう。


新しい10番はポジションやW杯での印象から順当には本田選手がつけるだろうと思う。
チームの責任を背負う心構えも一番強いと思うので、今日本が求めている自己主張の強い10番には彼が一番妥当だと思っている。

ただ、私の中のどこかで、前の10番のようにか弱さを持ちながらもファンタジーに溢れ,大人の選手に成長していく過程を見せてくれる10番を見たいという密かな思いもある。
柏木陽介選手が代表の10番を背負う時が来るとしたら、また少しだけ日本代表に興味がでるかもしれない。
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by windowhead | 2010-09-30 11:45 | 紙のフットボール | Comments(3)

代表の10番

中村俊輔が脱いだ日本代表の背番号10番をだれが背負うか。
新体制での注目点のひとつなのだろう。
10番は、特別の番号とか
10番を俊輔から奪い取るとか
10番を背負って名実ともにキングになるとか
すでに、スポーツ新聞などマスコミは、候補の選手の記事の中で、10番を強調している。

俊輔ファンの中には、いまでも俊輔に代表に帰ってきてほしいと言う気持ちが強い。
だから、原体制での2試合で欠番になったときは、少しほっとしたと言うのが偽らざる気持ち。
ただ、先輩の名選手や中村選手が背負ってきた10年近くの歴史を踏まえ、代表の10番を必要以上に特別視するきらいもある。

確かに、日本代表の10番は、今では日本代表のシンボルになっている。
おそらくこの傾向が顕著になったのは、中村選手が背負った10年近くの歴史で作られたものだろう。
名波さんから10番を譲り受けた若い中村俊輔が、それを継承してきた先輩達へのリスペクトと憧れの気持ちを持って、「継ぐ者」として認められるように頑張ってきた証でもある。10年近くも、日本代表のシンボル的存在でありつづけた中村俊輔の10番を継ぐ選手は、誇らしいだろう。煽り上手の人たちは、中村から勝ち取ったので、つぎの10番の選手はナンバーワンの実力者だと言うかもしれない。
しかし、その背番号は奪うものではなく、積み重ねてきた先輩達のプライドと実績を引継ぎ育てて、次世代に渡すものだ。

俊輔ファンとしては、この10番のおかげで俊輔が手放したもの、諦めたものをたくさん見てきている。たとえば、代表さえなかったら、俊輔は世界代表でメッシやカカたちとプレーすることができた。しかし彼は代表の練習を選んだ。エスパニョールでプレーし続けたかもしれない…ファンとしてはそんな悔しさもある。代表の10番に忠実であろうとするほど、犠牲にするものも大きい。そんな現実も見てきた。W杯は、さらに辛い現実だった。

ただ、10番だけが、特別な番号ではない。それぞれの背番号に、それを背負ってきた選手達の歴史とプライドが宿っている。
今は10番が日本代表のシンボルだが、今後の選手達の努力や戦術の違いなどによって、爆発的なスターが飛び出すかもしれない。彼の背番号が日本代表のシンボルになることだってありうるのだ。
新しい背番号を引き継ぐ選手達は、そんな可能性も合わせて引き継ぐことになる。
背番号を引き継いだ時点で、先輩に並んだわけではない。
名誉はリセットされていると思って少し気軽に背負ってもいいような気がする。ただ先輩達へのリスペクトを込めて受け取って欲しい。

そのようなことを考えていたら、中村俊輔選手の背番号に対するコメントが日刊スポーツに掲載されていた。
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20100909-676261.html

「背番号10の責任はとても重いと思うし、新しくなった人は大変だと思う。でも過去のことにあまり気を使う必要もないし、なった人は努力して自分の色に染めればいいと思うよ」
多くの人の10番へのわだかまりや気負いを一気に吹き飛ばす清清しいコメント。
10番を脱いだ中村俊輔は、身軽になり、また未知の高みをめざしているのだろう。
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by windowhead | 2010-09-10 15:07 | 10-25shun | Comments(6)

ベルルスコーニのザッケローニ評などおばさんも気になること。

サッカー日本代表の新しい監督はイタリア人のアルベルト・ザッケローニ氏。
なんでまた、イタリア人なの?という疑問があるが、そのうちわかるだろう。

サッカー協会の説明や、メディアの情報によると、セリエAで下位チームを上位に上げたり、ミランを優勝に導いた優秀な監督さんとのこと。
ミランを優勝に導いたのは1998-99シーズンのこと。日本の黄金世代や俊輔たちがシドニー五輪の予選を戦っていた頃。中田ヒデがペルージャに移籍した年だ。
まさに一昔前。このころのセリエAファンにとっては、しばらくは過去を懐かしむトリガーになってくれそう。さっそく今回トップ下になる本田をボバンにたとえたスポ新があった。ボバンかぁと記憶の向こう側からその名のイケメンさんを探す。
オシムさんだって昔の人かもしれないが、彼には世界に通用するフィロソフィーがあった。
ザックさんがどのような哲学をもって挑むのか…。

それよりも、おしゃれなイタリア人ですから、さっそく日本代表の選手達にちゃんとした服装を教えてあげて欲しいなあと、おばさんは思うのです。
日本のエース本田選手の帰国時の私服は,この猛暑の中にあっても冷や汗が出てきました。
ロシアからの帰国とはいえ(今年のロシアは猛暑だけど)、8月にニットのハーフコートはないでしょう。おしゃれさんは一歩先をいくかもしれませんが、あれは一歩ではないでしょ。おまけに、ニットコートの下は、ハイネックシャツとチェックのシャツの重ね着。秋を通り越して真冬の服装です。
この服装は、本田君の自主的なスタイルではないはず。所属事務所がスタイリストをつけているんでしょうが、その人が二流三流だったということ。
あのニットコートを活かして、一歩先を行くスタイルにするなら方法はあったはず。一番かんたんなのは、コートの下を白のTシャツとジーンズにすればいい。Tシャツはノースリーブでもいい。あくまでもプリントなしの下着のような白。これにニットコートを羽織るだけにすると、すごくナチュラルでワンランク上(ファッション雑誌用語だねえ)のオシャレになったのにね。(男のオシャレは引き算ですよ)
本田君が第2のヒデにならないように注意してあげる人がいて欲しいですね。日本の大衆メディアではヒデの成田ファッションは総ブランド品でオシャレだともてはやされていましたが、ファッションジャーナリストや海外のファッション関係者は笑っていました。
ちんけな格好をするくらいなら、移動用のスーツを紳士的に着こなせるようになって欲しいなあ。そのためにも、スーツを着たとき、手に持ったバッグを肩に担ぐような持ち方は止めて欲しい。スーツを着てこの持ち方をしている選手が多いのはとても気になります。

そんなことを考えていたら、NY在住の服飾アドバイザー・ケン青木さんから、原稿が送られてきた。
私が趣味的に運営している「サラリーマンスタイル」というサイトに5年近くも紳士服の基本的な情報やNYから観た日本について記事を書いてくださる。
中村俊輔がスコットランドにいた頃は、NYのスコティッシュたちのパーティの話など、タイムリーな文章をかいてくださったが、今回も、早速ザッケリーニ新監督についての興味深いネタを振り込んでくれました。

「ACミラン」のオーナーでイタリア首相のベルルスコーニ氏による、ザッケローニ評。
もちろん今回の日本代表監督就任にあわせてではないが、ミランのオーナーがザック監督をどう評価していたか,興味深いでしょ。
その言葉がまた、イタリア人らしいこと。
「彼 ( ザッケローニ氏 ) は、いい生地を持ってはいるのだが、良い服を仕立てられない … 。」
どんな意味なのでしょう…。


スポ新によると、若い代表選手たちがこぞってがんばっているようです。
イタリアに行った長友くんなんか、ザッケローニ監督からイタリアでの成功法を学びたいと言っていますが、ザック監督は、はたしてイタリアで成功した人物なのかな?

ザッケローニさん、いいおじさん風なので、日本向きなのかもしれない。
サッカー協会は気配りしてザッケローニさんが孤独にならないように、そして緊急時には万全の対応ができるように、気配りしておいて欲しい。
オシムさんが倒れたときのドタバタを考えると、海外の監督が日本に来たくない理由のひとつに緊急時の対応と自国からの距離の遠さがあるのは間違いないでしょうから。



◎サラリーマンスタイル :http://salasta.upper.jp/
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by windowhead | 2010-09-03 15:34 | 紙のフットボール | Comments(3)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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