身近にあった名も知れない遺構

b0009103_15175931.jpg
2018年8月9日 
今日、長崎は原爆祈念日を迎えた。
仕事場に行く準備を終えてお茶を飲みながらテレビを見ていた。
たまたまローカル番組「なんでんカフェ」が始まった。
今日が8月9日だからなのか?「原爆散歩」というコーナーが始まった。
どうもシリーズみたいでもある。一昨年、昨年と続けてギャラクシー賞報道部門で受賞した長崎ケーブルメディア製作の「ながさき原爆記録全集」の映像から切り出した写真・映像をもとに現在のその場所を探す内容になっている。解説は「ながさき原爆記録全集」でも解説をされているピースバトン・ナガサキの松田さんだ。
興味深く見ていたら、宝町周辺の写真が出てきた。宝町バス停のJR線路側からいまのガストのあたりを写した被爆後(9月ごろ?)の風景。我が家のマンションがあるあたりの崖、西坂国民学校の石垣などが遠景に写っている。解説ではこの辺り一面も原爆の爆風と火災で建物のほとんどが焼失したらしい。(そういえばもっと爆心地を離れた筑後町の福済寺も原爆で焼失している)
その遠景の中腹あたりに小さな丸い穴のような構造物があった。小さいけれど自然の穴ではないなにか構造物の感じ。その上下に水の流れがあるのがわかる。いまの西坂小学校の横から国道の下を通って丁字川に流れ込む大きな溝みたいな小さな川。ということはこの穴のような構造物は橋。旧浦上街道に架けられた小さな橋でいまは道路の一部のようになっていて通行していても気づかない。
ただその川に沿って下に下る階段道があり、その階段を下るとこの橋がわかるだ。
早速仕事場に行く途中にこの階段を下ってみた。
たしかに堰のような橋のような構造物だった。扇型の面にはこの場所の名前か何か書かれていたのじゃないかと触ってみたが風化していてわからない。でもかすかに掘られていたような感じもある。
被爆地から少し離れているが、これも被爆から生き残った構造物だろう。その後73年間毎日多くの車がこの上を通っているがしっかりと役割を果たしている。
すごいじゃないか。
名前もわからない、だれも気づかないけれど被爆してもしっかり人々の日常を支えてきたこの橋がすごく力強く感じられた。

b0009103_15181797.jpg
b0009103_15174248.jpg

◯ながさき原爆記録全集概要のページ(ギャラクシー賞報道制作部門の賞を受賞したこの記録全集の制作過程などが細かく紹介されています)
 http://yoshimurabunko008.blogspot.com/






[PR]
Commented by tomoyoshikatsu at 2018-08-11 18:42
こんばんは…………

ながさき原爆記録…………
使わせて頂きます、、、、、

今夜は 広島との「 平和祈念 マッチ 」
勿論 Vファーレンの 勝利を願っています
by windowhead | 2018-08-09 16:28 | 長崎より | Comments(1)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


by windowhead