「ディス イズ ザ デイ」はJ2だからこそ

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「ディス・イズ・ザ・デイ」 津村記久子 著 (朝日新聞出版)

サッカーファン、特に「Foot!」の視聴者にはおなじみの内巻敦子さんのカバー絵に惹かれて手にした一冊。
見るからにサッカー、Jリーグファンに向けた本だろうとわかる。表紙の絵だけでも色々と想像して楽しめる。選手がいたり、おばあちゃんがいたり、マスコットがいたり、獅子舞持ってる男の人がいたり…一見ワチャワチャしてるけどそれぞれの表情は同一のテンションじゃない不思議な絵だ。

サッカーJリーグ、J2の架空のチームの最終節を舞台にした11プラス1の物語。
映画にグランドホテル方式という群像劇の作り方があるけど、この小説もサッカーを舞台にしたグランドホテル方式の群像劇になっている。
北は青森から南は鹿児島まで架空の22チームを作って対戦させている。実際にJリーグチームのない青森や三重や高知のチームもある。
それぞれの物語の中心人物たちは選手ではなく、ファンやサポーターたち。
それも人生をチームの応援に捧げてるようなコアなサポーターではなく、二週間に1度ホームスタジアムに家族で応援に行ったり、たまたま誘われて出かけたり、メインスタンドやバックスタンドで観戦する、私やあなたにような普通のファン、サポーターたち。それぞれの登場人物たちにはそれぞれの日常があり悩みや迷いやわだかまりがある。それもはたから見ると小さな小さなことだけど、サッカーファンにしてみたら、誰もがどれかは経験したような話。
過去に応援していたけど今は遠ざかっているチームをまた我がチームと言って応援していいのかと迷う青年。
クラブの方針は嫌いになっても選手やマスコットは嫌いになれないという女の人。
クラブへの忠誠心と両親への反抗心を秤にかけてクラブを選んでいるけどいいのかと思っている中学生。
Jリーグ創世期より応援している選手の引退が近いが彼がいなくなってもそのクラブを応援している自分がいるのだろうかと考えるサラリーマン。
家族の次に、いや家族以上に選手のことが心配になってしまうおかあさん。
応援していることをいろいろ詮索されるのが嫌で民話の神様に変装してしまった青年。
原曲名や作曲家の名前でチャントや応援歌を語ったブラスバンドの高校生
誘われて行ったスタジアムで生前の夫の姿を教えてもらった未亡人

それぞれのエピソードを読みながら、どれもが自分の断片のような気がしてくるが、不思議と誰かに似ているとは思わない。誰かより自分のちょっとした一部分に近いとおもってしまう。それは、サッカーファンの特徴かもしれない。サッカーが好き、なになに選手が好き、このチームが好き、スタジアムで一緒に応援しているから、そんな共通点があれば、年齢もどこに住んでいるかも、何を営んでいる人かも関係なく知り合いになり、一緒に楽しんだり応援したりできるしそれが自然であったりする。そしてそれ以上その人の日常に敢えて立ち入ろうという気持ちは起こらない。一期一会の連なりがサッカーの応援のような気がする。
ここに登場してくる人たちも相手に気を配りながらも無理に繋がりを求めようとしていない。人それぞれの人生は大きく変わっていかないけれど、サッカー観戦や応援がちょっとした希望は前進の糸口になってくれた。そんなお話。

サッカーファンになくてはならないスタグルもしっかり創作されている。登場人物たちは必ずなにかを食べたり飲んだりする。それはとても微笑ましかった。
そして彼らがみんなチームのユニフォームを着ているわけでもない。アルバイトの子はユニより遠征費を優先するし、タオルマフラーだけも当たり前にいる。毎年ユニを買うわけでもない。初心者を同行する時はバックスタンドやメインスタンドで観戦している。いろんな人たちが自分らしい観戦応援の仕方でサッカーと付き合っているのがとても気持ちがいいなあと感じさせてくれた。
いろんな人がいろんなやり方で応援している。この本を読んでいてなんだかもっと気持ちを自由にして応援してもいいんじゃないかなあと思えてきた。
「このチームが大好きなんだ!」登場人物たちに共通するのはそれぞれのチームに対するこの思い。

そして11のエピソードはエピローグにつながる。
それは昇格プレーオフ! J2でなければできない舞台設定。
さあ、どのチームがJ1昇格を射止めるだろう。











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by windowhead | 2018-09-28 15:55 | フットボール周辺 | Comments(0)

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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