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オシムの考えはこの本でしかわからない。

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「日本人よ!」 
 イビチャ・オシム著 長束恭行訳

 新潮社

ドイツW杯後の1年、マスコミが押し上げたスーパースターは誰か?
それは間違いなくイビチャ・オシム日本代表監督だろう。
今や日本中の誰もが知っているこのオシムという監督を、W杯前、どれだけの日本人が知っていただろうか?
Jリーグファンと、千葉の人しか知らなかったと思う。
その老監督が、たった1年、いや半年もたたずに、日本サッカーの救世主のような存在と日本中から認識されるようになったのは、良くも悪くもメディア、マスコミのおかげだ。そのような意味では、オシム監督は、いやがおうにもマスコミが作ったスーパースターなのだ。

私は、イビチャ・オシムという人にずっと懐疑的だった。
ジェフを立て直した名監督、育成上手、旧ユーゴの監督、ピクシーも尊敬している人…ほどの情報はあったが、年齢的なものや、クラブは仕切っていても代表監督としてのキャリアはすでに15年近く前のこと、長い間欧州を離れているので本場のサッカーを肌で感じられていない、なにより、選手に対する言葉や態度に選手への信頼や尊敬が感じられないという不安要素を感じていた。
それよりも、ジーコで落胆したとはいえ、またしても、身近なJリーグから監督を引き抜くお手軽さや、ジーコの失敗を消し去るためのようにオシムを手放しで信奉するような雲行きに不安があった。
「日本サッカーの日本化」というスローガンは魅力的だったが、日本サッカーの日本化の最終目標は、日本人監督によるナショナルチームと考えると、オシム監督は、その歴史のどの部分を担おうとするのかも気になっていた。

なにしろ、オシム監督の日本代表監督としての考え方を知りたくても、スポーツ新聞とサッカー雑誌しかなかったわけだ。

いや、「オシムの言葉」やその他、オシム監督の本はたくさん出ていると言う方がいるかもしれない。
しかし、それは違う。「オシムの言葉」や「オシムが語る」や「イビチャオシムのサッカー世界を読み解く」や「オシムがまだ語っていないこと」などのオシム本は、オシムが書いたものではない。オシムを研究したり、その周辺を取材した人たちが見たオシムとオシムのサッカー観なのだ。
「ライオンに追われたウサギが肉離れするか」というような教訓めいた言葉が、名言好きな日本のオヤジたちにうけて、ビジネスマンたちの必読書みたいになった「オシムの言葉」が、これまでのオシムを語る本の中では一番優れていると思うが、これも、イビチャ・オシムという名監督のプロフィールと彼の劇的な半生とそれによってはぐくまれた人間性を紹介してくれるが、彼の今を知るには乏しい情報だった。

「日本人よ!」は、イビチャ・オシム本人による著作ということに、大きな意味がある。

この本で、はじめて、日本代表監督であるイビチャ・オシムのサッカーと代表監督としての考え方、チーム作りの方向性や、その複雑な立場を知ることができる。
オシム監督は、とても論理的な思考の人であり、あらゆる事態を想定し、事態に応じた柔軟性を大切にする人ということがわかった。また、思考の論理性や、柔軟性を選手にも求めている。

「考えて走るサッカー」や「水を運ぶ」という断片的に切り出された言葉の意味するところの広さ、深さや本当の意味を知ることができるのはありがたい。

マスコミやメディアの煽りが日本サッカーの今後にどう影響をあたえるかについても、具体的に納得できる現象を上げて警鐘をならしている。
代表監督と言う立場、Jリーグと日本代表の関係性や所属する選手の立場、海外リーグの選手の立場など、ともすれば誤認されがちなことはわかりやすく整理して伝え、、スピードアップしていくプレーに追いつかない審判陣へは痛烈な批判を投げかけるなど、これから日本のサッカー界が取り組まなければいけない問題点にも示唆に富んだ発言をしている。

「日本人よ!」というタイトルを見て、オシムの人生訓と思ってこの本を購入すると、あてがはずれるかもしれない。オシムは、あくまでもサッカー人としてこの本を書いている。広い意味では、比較文化論であったり、人生訓であったりする本だが、あくまでもサッカーを取り巻く人たちに向けて書かれている。それは、マスコミやジャーナリスト、サポーター、ファンも含めてサッカーを愛し、サッカーにかかわりたい人たちに向けてだ。
政治的なことや経済システムには、断固利用されたくないオシムの生き方が、あえてサッカーという世界だけに執着して書くことを選ばせたと思っている。
「私は人生訓をたれるほど年寄りではありませんよ。まだ、現役監督ですよ」と言っているのかもしれない。

この本で、イビチャ・オシムという監督の考え方をよく理解できた。ある種の誤解も解けた。
マスコミを介した彼の発言で、どうしても受け入れ難い言葉の後ろにある監督として、人生の先輩としてのアドバイスと包容力もわかった。
個人的には、なにより日本代表をイビチャ・オシムに託すことに違和感がなくなったことが大きい。

明日はいよいよ、アジアカップの初戦。
選手も監督も、強豪カタールに対しては、本当の意味のリスペクトをもってぶつかっていくだろう。
今の選手と監督を気持ちよく応援していけるようになれたのがうれしい。


日本人よ! | Excite エキサイト ブックス > 書籍情報
by windowhead | 2007-07-08 18:06 | 紙のフットボール

日本の西海岸・長崎からのつぶやきはビンの中の手紙のように漂いながら誰かのもとへ


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